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No.34283の一覧
[0] [Z-E-R-O] (原作:ロックマンゼロ、ロックマンX)[村岡凡斎](2013/09/18 15:00)
[1] はじめに[村岡凡斎](2012/07/18 16:08)
[2] Prologue[村岡凡斎](2012/07/18 16:24)
[3] Waffle for Chapter[村岡凡斎](2012/11/07 01:25)
[4] OPENING STAGE 「涙の少女と寝起きのマルス」[村岡凡斎](2012/10/29 15:54)
[5] 1st STAGE 「剣」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[6] 2nd STAGE 「星に願いを 夜空に問いを」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[7] 3rd STAGE 「包囲戦線」[村岡凡斎](2013/11/25 19:59)
[8] 4th STAGE 「亡霊の影」[村岡凡斎](2012/10/29 15:59)
[9] 5th STAGE 「死屍軍団」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[10] 6th STAGE 「キズダラケ」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[11] 7th STAGE 「渇望/葛藤」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[12] 8th STAGE 「未来」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[13] 9th STAGE 「理想郷の詩」[村岡凡斎](2012/10/29 16:02)
[14] COMMENTARY 1[村岡凡斎](2012/09/18 18:22)
[15] 10th STAGE 「紅いイレギュラー」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[16] 11th STAGE 「救い」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[17] 12th STAGE 「ウラギリ」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[18] 13th STAGE 「闘将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:27)
[19] 14th STAGE 「証明」[村岡凡斎](2012/10/30 23:28)
[20] 15th STAGE 「レスキューコール」[村岡凡斎](2012/10/30 23:29)
[21] 16th STAGE 「世界を覆う白雪の上で」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[22] 17th STAGE 「理想の表裏」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[23] 18th STAGE 「color of mine/d」[村岡凡斎](2012/10/30 23:31)
[24] 19th STAGE 「妖将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:32)
[25] 20th STAGE 「届かぬ想い、その結末。」[村岡凡斎](2012/10/30 23:33)
[26] 21st STAGE 「デンジャラス・デイ」[村岡凡斎](2013/05/07 21:37)
[27] COMMENTARY 2[村岡凡斎](2012/10/30 23:37)
[52] 22nd STAGE 「レプリロイドは ぜんまいねずみの夢を見るか?」[村岡凡斎](2012/11/07 01:09)
[53] 23rd STAGE 「殺戮舞台」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[54] 24th STAGE 「罪 と 罰」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[55] 25th STAGE 「Raging River」[村岡凡斎](2013/11/19 00:54)
[56] 26th STAGE 「ABSOLUTE - JUSTICE」[村岡凡斎](2012/12/17 00:06)
[57] 27th STAGE 「隠将」[村岡凡斎](2013/01/28 22:27)
[58] 28th STAGE 「再会」[村岡凡斎](2013/05/07 21:39)
[59] 29th STAGE 「暗躍の調」[村岡凡斎](2013/05/25 23:30)
[60] 30th STAGE 「死者の国」[村岡凡斎](2013/06/23 01:04)
[61] 31st STAGE 「乱戦四重奏」[村岡凡斎](2013/08/03 00:49)
[62] 32nd STAGE 「Red, White and Bullet Blues」[村岡凡斎](2013/09/18 14:58)
[63] 33rd STAGE 「    」[村岡凡斎](2013/09/28 16:02)
[64] 34th STAGE 「月と影、そして太陽」[村岡凡斎](2013/10/06 09:36)
[65] 35th STAGE 「残光の行方」[村岡凡斎](2013/11/02 15:37)
[66] 36th STAGE 「救世主」(前)[村岡凡斎](2013/12/24 14:36)
[67]          「救世主」(後)[村岡凡斎](2013/12/25 11:54)
[68] FINAL STAGE 「Message from...」[村岡凡斎](2014/01/25 17:09)
[69] LAST COMMENTARY[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
[70] おわりに[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
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[34283] 19th STAGE 「妖将」
Name: 村岡凡斎◆45ff140f ID:697d6d9c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/30 23:32
 











    あの日 あなたが最期に紡いだ言葉を




    私は今も 思い出せずにいる































 19th STAGE











        妖将





























  ――――  1  ――――


「メラレーン湖の畔にあるネオ・アルカディアの研究施設に向かっていただきたいのです」

その日の朝、映像通信を介してエルピスからゼロへ早々に切り出された話は、新たな任務の依頼だった。

「研究施設?」

「はい。仕入れた情報に、少々気になる点がありまして……」

ネオ・アルカディアの内部へと潜入している、他のレジスタンス組織の構成員が流している情報によれば、メラレーン湖の畔にある研究施設では、近々、戦略研究所第七研究室が開発した実験兵器の、模擬戦形式による稼働試験が行われるらしい。
単なる実験兵器の稼働試験であるならば、注目する必要がないのだが、問題はその実験兵器に関する情報だ。

「イレギュラー戦争時代の遺物を用いて開発された、レプリロイドでもメカニロイドでもない、新しいタイプの兵器だという情報を小耳に挟んだのです」

イレギュラー戦争時代の遺物――――百年以上昔の技術ではあるが、それをわざわざ導入してまで開発された代物だ。その上、レプリロイドでもメカニロイドでもない、新しいタイプの兵器と言われては尚更、謎が深まる。
いったいどれだけの脅威に成り得るのか、それすらも見当がつかない為、エルピス自身の興味も含め、ゼロへとその調査任務を依頼したいと思ったのだ。

「どうでしょうか、ゼロさん。私の勝手な推測ですが、それが本当にイレギュラー戦争にまつわるものであったならば、あなたの記憶を呼び覚ますキッカケにもなるかもしれません」

「なるほど……。いい交渉のネタだな」

正直な所を言えば、過去については既に吹っ切った思いがある。とは言え、関心がないわけではないし、なによりその兵器自体に対しても、ゼロ自身、興味が湧いていた。

「いいだろう、エルピス。その仕事、引き受けるぜ」

「ありがとうございます、ゼロさん。それでは作戦計画書をこちらでまとめてお送りいたしますので、少々お待ちください」

そう言って、モニターの映像は途切れた。

「『レプリロイドでもメカニロイドでもない、新しいタイプの兵器』とは……私も気になってしまいますね」

ペロケが「う~ん」と唸りながら、興味を口にする。学者肌の彼にとって、探究心を大いに唆られる話題であった。
研究所に足を運び、その目で確かめたいという気持ちも勿論あったが、残念なことに、そこでネオ・アルカディアの兵隊と戦うだけの力と度胸はない。

「ゼロさん、“できれば”で構わないので……どうかサンプル回収をお願いします」

「仕方のないやつだな…ったく」

その根性に呆れてゼロは思わず肩を竦めた。
とは言うものの、ここ最近の戦闘では何度も協力をしてもらっている分、嫌という訳にもいかない。渋々ではあるが、可能な限りサンプル回収を試みることを誓った。

それから通信室を一旦離れ、ゼロはコアユニットが設置されたデータルームへと向かう。
部屋に入ると、デスクに設置された椅子に腰掛け、レルピィの名を呼んだ。

「はいは~い、呼ばれて飛び出てなんとやら! どうしたのダーリン!」

視覚化するやいなや、レルピィのいつも以上のハイテンション振りに、ゼロは一瞬戸惑う。
よく見ると、その外見がいつもと違うのが分かった。いつもの簡素な形状とは違い、フリフリの付いたロリータ系の衣装を着ている。

「お前…それ………」

「すっごいでしょ!? ペロケが特別製の外装アプリを作ってくれたの! 他にもあるんだよ!」

そう言ってはしゃぎながら、コアユニットへと戻る。それから五秒ほどすると、白いワンピースを着て飛び出てくる。かと思いきや、それからまた同様にして、今度はスカートと大きめのリボンを着けて、その次は中華系の衣装を着て――――…と、目まぐるしく衣装を変化させていった。
ストップを掛けるまで、十数着の衣装をゼロへと嬉しそうに見せつけると、「ダーリンはどれが良かった!?」と顔の間近まで迫り、輝くような笑顔で問い詰めてきた。
ゼロは呆れて答えられず、そのまま項垂れた。

「あいつはいったい……何に力を注いでいるんだ……」

「い~じゃん、い~じゃん。時には息抜きも必要ってことよ!」

「全くどいつもこいつも」とぼやいたが、レルピィにはまるで聞こえていないようだ。
一見、お淑やかそうな雰囲気を醸す和服に身を包んだままのレルピィに、ゼロは次の任務の話を切り出す。

「まあ、いつもどおり手伝ってくれると助かるんだが、大丈夫か?」

「勿論よ。どこにだって着いて行くってば」

いつも通りのやりとりだった。
ゼロが「手伝ってくれるか」と言えば、レルピィは必ず「勿論」と答える。
レルピィ個人としては若干不満があった。彼女自身、断る理由はどこにもなく、「呼ばれれば何処へでもついて行く」と公言もしているというのに、それでもゼロは必ず了承を取りに来る。
とは言え、それがゼロなりのレルピィに対する敬意の表し方なのだろうと理解もしていた。――――だが、それでもある一点について、レルピィはこれまでずっと疑問を抱き続けていた。

「で、結局どの衣装が良い?」

「……好きなものを着てくりゃいいさ」

「じゃあ、ダーリンとお揃い!」

そう言って着替えてきたのは、言葉通り、ゼロのコートに似せた衣装だった。瞬間、「それは却下だ」とゼロは素早く切り返す。
「ちぇ~」と口を尖らせながら、コアユニットへと戻ると、いつも通りの格好に着替えて戻ってくる。そして、落ち込んでいるように膝を抱えて見せた。
それを見たゼロは「やれやれ」と溜息を一つ吐く。

「どんな衣装を着込もうが、お前はお前だ。外見がどんなだって、構わないのさ」

「…ダーリン……」

その言葉の意味を考えながら、少しだけ頬を赤らめる。だが、それからすぐにレルピィは、どこか不安げに俯きながら問いを一つ口にした。

「……ダーリンは、どうして私を選ぶの?」

この屋敷の中にいるサイバーエルフは、何も彼女だけではない。他にも、それこそ彼女以上にペロケから手を加えられた、特別製のエルフもいる。
しかし、ゼロはそれを知っていながらもレルピィを選ぶ。初めてこの屋敷に来た時も。ここから任務に向かう際にレルピィを選び、それからずっと、パートナーのように行動し続けてきた。
レルピィは単純に気になっていた。自分の感情をどれだけゼロは理解していたのか。その上で、何故自分を選ぶのか。それがこれまでずっと気になって仕方がなかった。
「そうだな……」とゼロは少しだけ考える。

「一言で言えば……“フィーリング”かな」

「フィーリング?」

「そ」と軽い調子で答える。

「辛気臭い奴と一緒にいるのも、真面目ちゃんと肩並べるってのも……俺には合わないだろ?」

ゼロの言う状況をレルピィも想像してみる。「確かに」と思わず声に出して納得してしまった。

「そういうことさ、レルピィ。お前くらい元気があったほうが、俺は付き合いやすいのさ」

そうあっさりと答えると、「それじゃまた後でな」と逃げるように部屋を出ていった。
はぐらかされたような気持ちで、レルピィは閉じた扉の前で呆然とする。
それから、再び不満そうに口を尖らせると、何かを蹴るように片足を振った。

「いったい誰のためにしたと思ってんのよ……」

ペロケに頼み込んで外装アプリを作ってもらったのは、完全な私情だった。人間やレプリロイドのようなお洒落をしてみれば“何か”が変わるのではないかと、そんな淡い期待からだった。
とは言え、それを本当に気づいて欲しい相手には、結局のところ上手く伝わらなかったらしい。
だが先ほどの答えも、単にはぐらかしただけではないと理解していた。と言うより、それが単なる希望的観測に過ぎないことは承知していた。
レルピィが抱く感情について、ゼロは少しもまともな反応を示してくれない。適度に反応しては、上手くやり過ごしている。そんな感じだった。
それでも、いつだって彼女のことを選ぶのだ。

「ダーリンのバカ……“とーへんぼく”!」

一人不満を叫ぶと、再びコアユニットの中に戻った。
しかしそれでも、感情は変わらない。この微妙な想いも、それでも尚、嬉しいと感じる気持ちも。

「…………ばーか」

もう一度小さく呟く。だが、それが外部に音声化されることはなかった。













  ―――― * * * ――――


二日後――――アルエットやイロンデル等、屋敷のメンバーに見送られ、空間転移装置を使って外へ出る。
メラレーン湖より十数キロ程度離れた廃墟の影から、ゼロはライドチェイサーに跨ったまま飛び出した。
見上げると、雲一つ無い青空が見渡せる。

「なかなか気分のいい天気だ。こんな日は弁当こさえてピクニックと行きたいもんだよな。なあ、レルピィ」

そう呼びかけてはみるものの、ライドチェイサーの管制システムへとダイブしたレルピィからは、一言も返事がない。
ゼロは思わず顔をしかめる。
実際のところ、昨日からずっと同じような様子で、まともな会話もできていない。着いて来てくれただけでも運が良かったと思うしか無いような状況だ。

――――あの時の対応が悪かったか……

外装アプリではしゃいでいた時に、まともな反応を返してやれなかったことを今更ながら反省する。とは言え、あれ以上になんと言えばよかったのか。
あの質問についてもそうだ。彼女が望む答えではないだろうことは、正直分かっていた。だが、だからと言ってご機嫌取りの上辺だけの返事を、何時になく真剣だった彼女に対して返すことはできなかった。
そう言えば出会ってから暫く経つが、よくよく考えてみれば、まともな感謝や見返りになりそうなものは何一つ与えてやることができていない。もう幾つもの戦場を共に駆け巡った戦友とも言うべき相手だと言うのに。
任務から帰ったら今日こそは何かしら、彼女が喜ぶものを用意してやろうと、ゼロは心の中で誓った。

そうこうしている内に、岩場を抜け、メラレーン湖の水上へと車体を走らせる。すると、とんでもない光景が目の前に飛び込んできた。

「………竜…!?」

思わず口を衝いて出た言葉が、おそらく形容するに最も相応しい言葉だっただろう。
数十メートルに及ぶであろう長大な胴体を持った巨大な蛇のような生物(?)が水中から姿を現していた。
よく見ればその身体は透明で、向こう側の景色が透けて見える。

「……ダーリン…あれって」

これまで黙っていたレルピィも思わず声を漏らす。

「……まさかのまさか…かもな。レルピィ、援護頼む!」

そう言ってアクセルを回す。そして、その巨大な蛇へと向かって突き進む。
するとその竜が、水面を走る別の獲物を狙って、食らいつくように飛び込むのが見えた。跳ね上がる水飛沫の中、竜の攻撃を躱した獲物をよく見ると、それは明らかにネオ・アルカディアのパンテオン達だった。
皆、ライドチェイサーで水面を走り、その竜と戦っている。

――――これが…模擬戦か?

ゼロはその竜の姿を見た瞬間、それこそがネオ・アルカディアが開発した新たな兵器ではないかと推測した。その兵器がネオ・アルカディアのパンテオン達と交戦していると言うことは、エルピスの情報通り、模擬戦形式の稼働試験なのだろう。
だが、場を包んでいるのはそれ程軽い雰囲気ではなかった。
パンテオン達以外にも、数多くのメカニロイドが現れ、その竜に対して攻撃を始めた。いや、よく見れば、水面に幾つもの残骸が浮かんでいるのも分かる。
稼働試験というには余りにも重い事態が起きているのではないかと、ゼロはその状況から感じた。

「……どうやら事情が込み入ってるらしいな」

不吉な予感を胸に抱き、竜へ向け、ライドチェイサーの先頭部に備えられた銃口からビームを連続して放つ。だが、その光弾が胴体に命中した瞬間、透明な身体へ溶け込むように消滅した。

「バカな!」

そう思わず口にするが、成程、あれだけの攻撃を受けながら、竜が一向に墜ちる気配を見せないのはこういう理由からかと理解する。
どれだけビームを放とうとも、その透明な身体は何事もなかったかのように全て吸収してしまう。
ならば、斬り込むまでと、ゼロはゼットセイバーを取り出し、レルピィに限界まで近づくよう要求する。
加速するライドチェイサー。刃を振るゼロ。だが、その刃もまた、身を斬ること無く、通過する。

「クソ! セイバーが効かない!」

「ダーリン、ダメ!掴まって!」

気づけば頭上から、竜の頭部が大口を開けて迫っていた。
レルピィが慌てて加速しようとした瞬間、ゼロは驚きのあまり、ハンドルを握る手を緩めていた。途端に加速したライドチェイサーに振られ、ゼロの身体は竜に飲み込まれることは無かったが、掠った牙に頭部を揺らされ、水上に投げ出されてしまう。

「ダーリン!」

頭部を揺らされたゼロは、当たり所の悪さも相まって、意識を失ってしまう。そしてそのまま水中に沈んでしまった。
「ダーリン」と叫び、その場で旋回するレルピィ。だが、竜の尾が水底から跳ね上がった瞬間、その反動で車体をひっくり返され、勢いに乗って沈んでしまう。

かくして、ゼロとレルピィは、竜の追撃は免れたものの、暗い湖の底へと沈んでいってしまった。






























  ―――― * * * ――――


瞼を開くと、白い壁が一メートルほど先に見えた――――が、自分の体勢に気づき、それが壁ではなく天井であることを認識する。
見知らぬ天井を呆然と眺めた後、つい先程までの状況を思い出し、勢い良く上体を起こす。そして未だに傷が疼く頭を抱えた。

――――そうだ……俺は……

ゼロは、あの竜の牙に頭を強打し、意識を失ったことを思い出す。
すかさず、左手のコアユニットを確認した。だが、そこに有ったエメラルドの輝きは、何処にも見当たらない。
湖の底に落としてしまったのか。それならレルピィはどうなってしまったのか。ライドチェイサーの制御部にダイブしたままだったなら、ライドチェイサーと共に湖の底に沈んでしまった可能性もありうる。いや、ブースターを上手く噴かして水面に上がれた可能性も考えられる。
何れにしても、今傍にはいないということだけは確かだ。

「……そもそも……ここは何処だ…?」

ようやく、自分が置かれた状況について、疑問を口にした。
そういえば確かに暗い湖の底へと沈んで行った筈だ。しかし、気づけば五体無事に、それどころか柔らかく寝心地よいベッドの上に先ほどまで寝ていたのだ。よくよく見てみればタオルケットまでかかっていたらしい。だが、専用の紅いコートが無いことに気づく。身に着けているのは黒いアンダースーツのみだ。
いったいここは何処だ? どうして助かった? この格好はどうした? 何が起こった?
整理のつかない頭で、周りを見渡す。
そばに置かれた机と椅子。壁に備えられた電子モニター。簡素ではあるが、誰かがここで過ごしているような雰囲気がある。
奥の方へ視線を遣ると、部屋の一角にまた別の個室らしきものが見える。――――と、そこから妙な音が聞こえる。暫く耳を澄まし、シャワーが床を叩く音であることを理解する。
間違いない。この部屋には誰かいる。その誰かが、おそらくゼロを救い、この部屋で介抱していたのだ。そして今、無用心にも、シャワーで身体を洗い流しているところらしい。

ゼロは考える。
ゼロを救った時点で、レジスタンス関係の者と考えるのが一番妥当だ。しかし、先ほどまでいた場所を考えれば、ネオ・アルカディアの関係者という線も捨て切ることはできない。
更に、後者であるならば、ここがネオ・アルカディア関係の施設内である可能性も高いわけだ。万事休すという事も考えられる。
考えれば考えるほど、想定は広がる。だがある時点で、考えたところでキリがないと感じ、ゼロはついに考えることをやめた。

それから、ふと机の上に視線を遣る。
そこには四角いフォトスタンドが見える。枠の装丁は木目が目立ちノスタルジックな作りになっているが、無論、映っているのは過去に記録されたデジタル映像である。
ゼロはそのフォトスタンドをおもむろに手にし、そこに映る映像を眺めた。

「……こいつは…」

そこには一組の男女が映っている。ゼロはその内の片方に見覚えがあった。髪や目の色が異なってはいるが……明らかに“彼女”だ。
ならばここは――――……‥‥





そこで、シャワー室の戸が開く。ゼロは咄嗟にフォトスタンドを机の上に戻した。

「あら……起きてたの?」

羽織ったバスタオルで水滴を拭き取りながら、“彼女”はゼロに問いかける。衣類を一つも纏わず裸体を晒しているというのに、“彼女”は少しも恥じらう様子を見せない。
特徴的な青い髪がその白い肌を更に妖艶に見せる。
一歩二歩と近づく度に揺れる豊満な乳房に、ゼロは思わず顔をしかめる。

「……まさか…お前にまた会うことになろうとはな。しかも、こんな形で……」

「フフッ……形は問題じゃないわ。大事なのは、“こうして再び出会った”という事実よ」

そう言って裸のまま、ベッドの端に腰掛ける。誘惑するように腰をくねらせ、ゼロへと顔を近づける。

「久しぶりね、紅いイレギュラー」

「ああ、ボレアス山脈以来……だな。妖将レヴィアタン」

二度目の邂逅に、お互い不思議な因縁を感じずにはいられなかった。
















  ――――  2  ――――


イレギュラー戦争時代に、かのレプリフォースが使用していた物を、冥海軍団用に改造したのがこの大型潜水艦だった。
今回の稼働試験の関係により、レヴィアタン率いる冥海軍団の一部隊が乗艦していた。
現在はメラレーン湖内に潜水中である。

あの竜との戦闘により、水中に沈んだゼロを、冥海軍団に所属する水中調査用パンテオンが発見し、回収したのだ。
おかげで、幸か不幸か、ゼロは湖の藻屑となる前に一命を取り留めたわけだが、正直なところ、状況が好転したとまでは言えなかった。

「いつまでその格好でいるつもりだ……」

「あら…、困る?」

椅子に腰掛け、裸のままドライヤーで髪を乾かすレヴィアタンに、ゼロは苦い顔をする。

「ホント、思ったよりもお子様なのね」

「どう言ってくれても構わないが………この状況…お前の方こそ分かっているのか?」

別に、レヴィアタンが肌を露出し続けることに関して、どうこう思うことは無い。
問題に思っているのは、口にしたとおり、この状況。
レヴィアタンは丸腰どころか一切の衣類も纏わぬまま、ゼロを背にし、悠々と髪を乾かしている。ゼロが紅いイレギュラーという、四天王最大の宿敵だというのを忘れたかのような無防備さだ。
確かにこの艦内にいる限り、下手な手出しはできない。だが、彼女を人質にして浮上を迫り、逃げ出すことも、ゼロにはできるのだ。
先日のボレアス山脈の一件といい、彼女はいったい何を考えているのか。それがゼロには掴めず、不安要因となっていた。

「そういえば…カムベアスの一件、聞いたわ。結局、あなたが彼を殺したそうね」

ふと、振り返ることもないまま、レヴィアタンが話題を変える。
あの雪山での苦い経験を鮮明に思い出し、ゼロは答える。

「……ああ。すまない、せっかく情報をくれたというのに」

レヴィアタンが情報提供してくれたというのに、ゼロはそれを生かして、カムベアスを救うことが出来なかった。
だが、レヴィアタンは短く笑って返す。

「別に、謝る必要なんて無いわ。あれは…なるようになっただけ…でしょ?」

『なるようになっただけ』――――その言葉が、何処か寂しく響いて聞こえた。
髪をあらかた乾かし終え、レヴィアタンは体ごと振り返る。先程から相も変わらぬ、ひどい無防備っぷりに、ゼロはそれ以上突っ込まないことにした。

「さて…と。……大丈夫よ。あなたのことを只のウブな坊やだなんて、欠片も思っていないわ。――――これを見れば、私の態度の意味が分かるでしょ?」

そう言ってロックを解除し、机の引き出しからあるものを取り出した。
ゼロは唖然とする。それは、彼が身に着けていたはずのコアユニットだった。しかし、中心部には封印装置が取り付けられているのが見える。

「まあ、ただのサイバーエルフならデリートしても構わないのだけど……。紅いイレギュラーのサイバーエルフとなれば話は別よ」

その言葉の意味が、悔しいほどによく分かる。
紅いイレギュラーと言えば、四天王並びにイレギュラーハンター、いや、ネオ・アルカディア全体の宿敵であり、お尋ね者だ。
しかし、明らかに彼のバックボーンに関しては謎が多する。
その能力、行動範囲の広さや、行動理念等は勿論のこと、彼のバックにいったい何者が付いているのか? 協力者はどれほどいるのか? 組織であるならばどの様な組織なのか? 規模は? 本拠地は?
彼が所持していたサイバーエルフを解析することにより、そんな様々な謎を解明できる可能性があった。

実際、レルピィを解析してしまえば、それだけの情報を引き出すことができるのも確かだ。

「自壊プログラムを作動されても困るから、こうして動きを封じているのだけど……どうしようかしらね」

意地悪そうに笑ってみせる。その憎たらしさに、ゼロは思わず苦笑する。

「返してもらえると嬉しいんだが……大事な相棒なんでね」

「そう簡単に返すと思う?」

「力尽くでも」

「あら、怖い」

どこまでが本気なのか分からない笑みを零す。
だが実際、力尽くでかかったところで、既にレルピィのデータが移されている可能性もあり得る。もしそうなっていた場合、ここで無用な騒ぎを起こすわけにもいかない。
しかしレヴィアタンは、あっさりとその答えを明かす。

「安心して、あなたの大事な相棒はちゃんと中にいるわ」

ゼロはますます訳が分からなくなった。

「…お前は…いったい何を――――ッ!」

問い質そうとした瞬間、レヴィアタンは人差し指を立て、ゼロの口唇に押し当てる。

「一つ、交渉といきたいの」

そう言って、コアユニットを机に置くと、ベッドに手をつけ、椅子から「ずい」と前に進み出る。
近くで見ると、その端正な顔の作りと白い肌は更に妖艶で、ゼロ程の男でさえも扇情的な彼女の動きに、動揺してしまう。――――妖将とはよく言ったものだ。
揺れるゼロの心を知ってか知らずか、レヴィアタンは真剣な表情で話題を切り出す。

「見たでしょ、あの竜を」

その言葉に、ゼロは反応する。
『竜』――――おそらく先程湖で出会したあの透明な竜のことだろう。
口唇を塞ぐ手を掴み上げ、口を開く。

「あれがお前たちの新兵器か?」

「実験兵器LX-13号……通称“ラドゥーン”」

レヴィアタンは躊躇うこと無く、そう返す。それが自分達の新兵器であることをあっさりと認めた。

「今、アレは制御不能状態に陥っているの」

あの竜――――ラドゥーンは稼働試験中に、冥海軍団のコントロールを離れ暴走を始めた。
ゼロはようやく合点がいった。だからあの時、模擬戦形式の稼働試験というには些か緊張感に満ちた雰囲気の戦闘となっていたのか。それならば、あの状況に説明がつく。

「この子から情報を引き出すのは容易いわ。……けど、アレを止めるのは容易ではない」

先ほどの様子を思い出す。確かに、あらゆる攻撃を無効化する体を持ったラドゥーンを止めるのは難しい。ゼロ自身、痛手を負ったばかりだ。
そこで、レヴィアタンはある提案を持ちだした。

「紅いイレギュラー、あなたの力を貸して。アレを――――ラドゥーンを止めるのに協力してちょうだい」
































  ―――― * * * ――――


ネオ・アルカディアにある、意思を持ったスーパーコンピューター――――俗に「マザー」と呼ばれるコンピューターには、その誕生から今日までのあらゆる情報、或いはネットワーク上に散らばったプログラムの断片など、数億、数兆というデータが眠っている。
ちなみに、ゼロが眠っていた忘却の研究所に関しても、シエルにその所在を知らせたのは彼女だ。
研究者の中には、マザーでさえ復元、引き出し困難なデータをサルベージし、ネオ・アルカディアの今後に役立てようという者が大勢いる。
その内の一人、戦略研究所第七室主任オベールは、イレギュラー戦争時代のある実験から生まれた、一体の怪物に興味を示した。
「一つの細胞をどこまで大きくできるか」――――そんな研究者の興味から始まった実験は、紆余曲折を経て、一体の“バイオメカニロイド”を完成させるに至った。

オベールは、そのバイオメカニロイドの戦闘データ、プログラム、設計図等をマザーからサルベージし、現代の科学力を持って改良。構想から二年がかりの巨大プロジェクトの果て、新たな兵器として誕生させるに至った。
それが実験兵器LX-13号――――通称「ラドゥーン」である。

サルベージしたプログラムをベースに、新たな思考パターンを組み込んだAIをパンテオンの頭部に移植。それを核として、ゲル状素材により、竜のような身体を形成した。
身体には、無数のナノマシンが埋め込まれており、それらが神経と骨格の役割を果たすことで、柔軟かつ自在に変形することができるのだ。
また、ゲル状素材にはエネルギーを吸収する特性があり、あらゆるエネルギー弾を防ぐことが出来る仕組みになっている。加えて、その機能を活かし、外部からのエネルギー充填も可能。

かくして百年前に生まれた実験兵器は、現代技術による改良も施され、蘇ることとなった。

そんな「ラドゥーン」の記念すべき稼働試験の日。
メラレーン湖の研究施設に妖将率いる冥海軍団を招いての、模擬戦形式での評価試験。その途上、事件は起こった。

メカニロイドとの模擬戦後、パンテオン部隊との模擬戦へと移行するやいなや、突如として制御不能となり、ラドゥーンはそのままパンテオン部隊を瞬時に全滅させた。
緊急事態に、施設の防衛部隊と冥海軍団の戦闘部隊を出撃させ、ラドゥーンを取り押さえにかかったが、その脅威的なスペックの前に、全く歯が立たない。

そこに颯爽と現れたのが、真紅のコートに流れる金髪――――かの紅いイレギュラーだった。
















  ――――  3 ――――


「――――そうして暴走した実験兵器を止める手伝いをして欲しい……か」

「そうよ」

椅子の背もたれに一度身を預け、それからスッと立ち上がる。揺れる青い髪から、華やかな香が漂った。

「……まあ、この状況ですもの。答えは一つよね」

そう言って背を向けて歩きながら、再び手にとったコアユニットを、見せつける。
確かにレヴィアタンの言う通り、協力を拒めばいったいどのような手を取られるか分かったものではない。だが、だからと言って協力したところでレルピィを返してもらえるかどうかは、残念ながら別の話だ。
何れにしても、主導権は全て向こうが握っている。ここで下手に逆らう手はない。

「……仕方ないな。いいだろう。その話に乗ってやる」

「ありがと、紅いイレギュラーさん」

そう言って、レヴィアタンはあろうことかコアユニットをゼロに向けて投げ渡した。その意図が計りきれず、ゼロは再び戸惑う。

「預けておくわ。勿論、解除キーは私しか知らないけど」

「本当に……何を考えてやがる……」

ホームヘと持ち帰れば、ペロケに封印を解除してもらうことも可能だ。つまりは、これで隙を見て逃げ出すこともできる。
もしや、それすらも見越しているというのか。底が測り知れず、ゼロは疑いの眼差しを向ける。
だが、レヴィアタンは少しも動じること無く、言ってのける。

「あなたがここで逃げ出すような卑怯者ではない事くらい、私には分かるわよ」

「フフッ」と得意げに微笑む。
残念ながらレヴィアタンの言う通り、それが可能だと分かっていても、この状況をそのままに逃げ出そうとは考えていなかった。無論、ラドゥーンの脅威を野放しにしておくわけにもいかないと考えてもいたのだが。
「それに」とレヴィアタンはくるりと振り返り、付け足す。

「目の前に、こんないい女がいるのに……それを放っておくような甲斐性無しじゃないでしょ?」

いちいち真面目に言っているのかどうか分からず、ゼロは苦笑を返すことしか出来なかった。それから完全にペースを持って行かれていることを、自嘲した。
そうしている内に、レヴィアタンは近寄り、ベッドの上に乗る。そして、ゼロの上に覆いかぶさるようにして両手をつき、微笑を浮かべながら問いかける。

「それで、どうする?」

「……なにが……?」

「もう“初対面”じゃないわよ」

ボレアス山脈でのやり取りを思い出す。冗談半分ではあったが確かに“そのような”会話をした。
レヴィアタンは扇情的な眼差しでゼロの顔を見つめる。

「“据え膳くわぬはなんとやら”……って知ってる?」

「なるほど……とんだ将軍様だ」

そうして更に顔を近づけ、レヴィアタンは頬を紅潮させ、艶かしい吐息を誘うように吐き始める。身体が奥の方から火照り出すのを感じる。
ゼロはタオルケットの下に入れていた手を出し、彼女の方へと伸ばす。妖しく揺れる、たわわに実った果実のような、それでいて柔らかく揺れる白い乳房へと。ついにその指が触れる――――かと思いきや、その手は青い髪を掻き分けると、彼女の肩を抑え、そのまま優しく遠ざけた。
「あら……?」と呆気にとられるレヴィアタン。ゼロは不敵に笑う。

「悪いが、敵陣の真っ只中にいながら、敵の女を抱くような趣味も持ち合わせていないのさ」

そう言うゼロを、レヴィアタンは物足りないような目で見つめながら嘲笑う。

「一見悪そうなクセして……そういう真面目なところ、損よ?」

「一応、自覚してる」

そのままレヴィアタンは笑いながら離れ、ベッドの端に腰掛けた。
ゼロは机の上に視線を向ける。

「それに、既に先約がいるみたいだしな」

「え?」とレヴィアタンも同じ方を眺める。
そこには、先ほど見つけた例のフォトスタンドが立っていた。すると、レヴィアタンは慌てたように手を伸ばし、フォトスタンドをパタリと伏せた。

「勝手に見るなんて……狡いわ」

「無造作に置いておくほうが悪い」

初めて動揺させたことに、ゼロはようやく余裕を取り戻す。

「そこに映ってるの……お前だろ?」

常に映っていた男女二人組。カップルのように寄り添い、笑顔を見せていた。
その内の女性の方。髪の色も瞳の色も、彼女特有の青ではなかったが、顔の作りも、女性らしい身体のラインも、レヴィアタン本人としか思えなかった。
だが、レヴィアタンは誤魔化すように笑う。

「女の過去に口出しするなんて、案外野暮ね。いい男が台無しよ?」

「なるほど、妖将ともあろう女が、過去の男を今も引きずっているわけか……」

「ノーコメント」と不機嫌そうに立ち上がり、背を向ける。
そして壁に近づき、手を当てる。すると四角い溝が入り、扉が開く。そこはクローゼットとなっていた。
レヴィアタンはそこから自身のボディスーツとジャケットを取り出す。そして、共にかけてあったゼロのコートを取り出すと、ぶっきら棒に投げ渡した。

「ある程度おしゃべりも済んだことだし……作戦といきましょう」

そう言って再び背を向けると、ボディースーツを下から履き始める。こちらに向けられた形の良いヒップが、尚もゼロを誘っているようで、思わず目を逸らした。
そうして一人考える。
過去を聞かれることをあからさまに拒否し、話を逸らした彼女に、ゼロは興味が湧いた。
妖将といえど一人のレプリロイドであり、触れられたくない過去の一つもあるのだ。そして、きっとそこに彼女の真実があるのかもしれない。
ようやく一つできた取っ掛かりを、どうにか上手く利用することはできないものか。

「ほら、早く準備なさい。いつまで人のベッドを占領しているつもり?」

最後に赤いリボンを頭に飾りつけながら、そう言って急かす。
「すまない」と立ち上がり、ゼロは自分のコートに袖を通した。――――と、不意に思い立ち、机のフォトスタンドに手を伸ばす。そして気付かれないように隠しながら、懐に仕舞う。

――――これくらいの見返りは許せよな

そう心の中で呟く。
もしかしたら、何かしら彼女の情報を得ることで優位に立てるかもしれない。そう言う材料は、今尚続く窮地には重要だ。見過ごすことはできない。
代わりに、ラドゥーンを仕留めるのに全力をつくすことを誓い、彼女の後に付いて部屋を出た。
































  ―――― * * * ――――


現在、ラドゥーンは壊滅した研究施設の内部に胴体を滑り込ませ、発電装置と接触することで充電をしている。
言わば、彼にとっての食事休憩中だ。

「御存知の通り、ラドゥーンの外装には、直接のエネルギー攻撃は効果がありません」

研究施設から命からがら逃げ果せてきた戦略研究所第七室主任オベールは、3Dヴィジョンに映るラドゥーンを示しながら説明する。

「しかし、彼を倒すには内部に浮いている、コア部分への攻撃が必要不可欠です」

パンテオンヘッドを使用したコア。ラドゥーンの頭脳であり、機能の中枢を担っているコアはその部分である。
しかし、そこへ攻撃を貫通させるには、無敵の外装を突破しなければならない。
自在に硬質化も可能な外装で有るため、仮に、実弾兵器による攻撃を加えたとしても、まともなダメージを与えることは敵わない。

「そこで妖将様のフロストジャベリンによる奇襲攻撃です」

レヴィアタンが愛用する専用兵装、フロストジャベリン。実体刃を持ちながら、エネルギー放出攻撃も可能。更には周囲の水分を集めて凝縮し、瞬間冷却により氷を生成して扱うこともできる優れ物である。

「他の者が彼の気を惹きつけている内に、後方より直接胴体に取り付く。そこから硬質化が起こるよりも早く、直接フロストジャベリンを突き入れ、氷結系攻撃を行えば……」

3Dヴィジョン上に、シュミレーション結果が表示される。レヴィアタンの攻撃速度と硬質化までの速度を比較した数値が表示される。
成功確率……87%。直接取り付くというリスクを考慮しても、十分な数値だ。

「その惹きつけ役が…俺ってことか」

冥海軍団員達が敵意むき出しの視線を浴びせる中、ゼロは不敵に笑い、そう呟く。
あくまでも平静を取り繕いながら、オベールは説明を続ける。

「紅いイレギュラー、あなたはラドゥーンを湖上へ惹きつけ、このポイントへ誘い込んでください。効果の有無はともかく、妖将様に彼が気づくことの無いよう、攻撃の手を緩めずに」

「その点は任せときな。敵とは言え、レディーをそうそう傷つけさせるつもりはないんでね」

「よく言うわ。そのレディーの誘いを平気で断ったクセに」

そう言ってレヴィアタンがクスクスと笑う。
だが、彼女の部下達はそれほど寛大な気持ちを持ち合わせてはいないらしく、ゼロを睨む眼差しは更に強くなった。
「ゴホン」とわざとらしい咳払いを一つして、オベールは話をまとめる。

「それではこれより一時間後、各員が配置についた後、状況開始ということでよろしいですね」

一同が頷いたのを確認すると、最後にレヴィアタンの一言で作戦会議は幕を閉じた。
















  ――――  4 ――――


「どいつもこいつも……思った以上に俺への視線が厳しいんだよな」

格納庫へと向かう廊下で、数人の兵達とすれ違った後、ゼロがそうぼやく。並んで歩いていたレヴィアタンは「当然でしょ」と肩を竦める。

「あなたのせいで最も苦渋を舐めているのは、私達、冥海軍団なんだから。睨みつけたくもなるわよ」

ガネシャリフの損失、スタグロフの敗退、そしてボレアス山脈の要塞も勿論のことだが、そもそもゼロが眠っていた忘却の研究所を守備していたのも冥海軍団だった。
元を辿れば、冥海軍団の不手際により目覚めてしまったわけで、その点に関しての外部からの風当たりは消して弱くはない。

「本音を言わせてもらえば、今すぐにでもあなたの裏に何者がいるのか調べて、復讐してやりたいくらいなのよ」

そう言って妖しく笑う。『本音』と言いつつも、どこか楽しそうにする彼女の表情に、ゼロはまたも顔をしかめた。

「一応、俺だって“英雄様”だぜ? もう少し温かく迎えてくれたってバチは当たらないだろ」

「こっちのプロポーズをあっさりと断ってくれたくせに、よく言うわ」

目覚めた後、忘却の研究所での戦闘を今更ながら振り返る。そう言われてみれば、そのような誘いをガネシャリフ伝に受けていた。
実際、フラクロスの輸送列車襲撃作戦を成功させるまでの間、ネオ・アルカディア側はゼロに対しそこまで攻撃的な対応を考えておらず、むしろ、救世主エックスの無二の親友ということで、軍門に加えようという声まであった程だ。
だが、輸送列車襲撃から、ゼロの脅威が目立ち始めると共に、元老院達の認識も改まり、現在に至るわけだ。

「なんなら今からでも“こっち”に来る? 私としては歓迎よ」

「御免被る。残念ながら、今の状況で『はい行きます』とのこのこ答える程、落ちぶれちゃあいない」

「……ホント、残念」

そう言いながらも、やはり彼女は嬉しそうに微笑んで見せた。
レヴィアタンの言う通り、冥海軍団に対し多大なダメージを負わせたことはゼロ自身、自覚していた。だが、彼らの視線の理由がそれ以外にもあるのだと言う予測はついていた。
自分達冥海軍団のトップであるレヴィアタンが、部下が監視を申し出たにも関わらず、それを断り、自らその役についているのだ。しかも相手は今、最も危険なイレギュラーである“あの”紅いイレギュラーなのだから。あらゆる点で誰もが内心、気が気でないに違いない。
そんな彼らの心情を思えば、ゼロもあまり派手な動きをするつもりにはなれなかった。

しばらくして辿り着いた格納庫。十数台のライドチェイサーが整頓されて並ぶ中、多数の配線が繋がった一台へと近づく。
一際目を引く、白い流麗なデザインが、他のライドチェイサーに比べ遥かに上等なものであることをハッキリと主張している。

「これは最新型ライドチェイサー、アディオンⅨ“エル・クラージュ”。試作段階の代物だけど、十分実戦配備可能な状態よ」

イレギュラー戦争時代、特Aクラスのイレギュラーハンター達に配備された高性能ライドチェイサー“アディオン”。
ADU-T400 turbo“チェバル”に始まるライドチェイサーの歴史の中でも、一流のハンターにしか扱えないジャジャ馬的性質を持ちながら、あらゆる性能において、他のライドチェイサーシリーズを圧倒し続けてきたそのマシンは、今でも伝説の名機として知られており、過去の実戦データの解析と共にネオ・アルカディアの戦略研究所で後継機の開発が続けられていた。
ゼロが最近使用していたものも含め、白の団に配備されていたライドチェイサーはアディオンのデチューン機“ハーネット”の後継機であり、アディオンとは雲泥の差がある。しかも本拠地に配備されていたものについてはエルピスが苦労して集めた数十年前のマシンであり、その性能が保たれてきたのはドワ達整備班の腕のおかげによるところが大きい。
四軍団や第十七部隊に配備されているのは、バリウスと呼ばれるマシンの後継機であったが、これもアディオンに比べれば性能的には見劣りしてしまう。

「加速性、反応性、最高速、エネルギー出力――――どれをとっても今あるライドチェイサーの中でも一流の機体よ。火気管制プログラムの見直しとサイバーエルフリンクシステムの大幅改良のおかげで、戦闘面においても期待できるわ」

ゼロはレヴィアタンに促されるまま、エル・クラージュに跨る。
乗った瞬間から、これまで扱ってきたマシンとの感覚的な差に、思わず溜息を漏らす。
ハンドルやシートの感触から、計器類の配置や無駄のない重量感、果ては自身との一体感まで、あらゆる点で高性能機としての所以を思い知らされる。

「今回の作戦にあたって、これをあなたに貸してあげる」

ラドゥーンの攻撃を掻い潜り、囮としての任を全うするにあたって、それだけの高性能機が必要であると判断された。

「アナタほどのレプリロイドなら、十分扱いきれるでしょ?」

「……簡単に言ってくれる」

そう言いながら、ゼロはニヤリと嬉しそうに笑みを浮かべる。
ネオ・アルカディアが誇る技術力の粋を集められた高性能機。跨っただけでゼロの心はその虜となっていた。

「一応言っとくけど貸すだけよ。勘違いしないで」

「白けるようなこと言ってくれるなよ」

レヴィアタンの鋭い視線に、名残惜しい気持ちを抑え、渋々と降りた。
とは言え、ここまで上質のマシンに一度でも乗る機会ができただけでも儲けものだ。そう考えられる程、エル・クラージュは完璧なマシンだった。

「レルピィも解放してくれると嬉しいんだがな。こいつもいた方が、遥かに心強い」

そう言ってコアユニットを見せつけるが、レヴィアタンは「我慢するのね」と笑いながら一蹴した。

「試運転の一つもさせてあげたいところだけど……まあ、そこは経験でカバーして」

「そのつもりさ。大丈夫、こいつとは初めて会った気がしない」

そう言いながら車体を優しく撫でた。
実際、イレギュラー戦争時代にゼロやエックスが愛用していたマシンはアディオンタイプであった。記憶を取り出せない状況だとはいえ、感覚的に懐かしさを覚えてしまうのも無理は無いのだろう。無論、彼自身にとってその理由自体は憶測の範囲なのだが。

「フフフ……流石ね。自信のある男って素敵よ。過剰なのは問題だけど」

「ありがとよ。だが…これ以上褒めてくれるなよ。お前の部下達から熱い視線を感じてならないからな」

整備員達の殺気を含んだ視線から目を背けつつ、ゼロは苦笑を浮かべた。

「で、お前の方は大丈夫なのか? ……水中戦になるわけだが――――」

「ご心配なく。水中は私の庭よ。まあ、荒廃したこの世界じゃあまり見せる機会はないのだけど」

レヴィアタンが着ているボディスーツは着用することで感覚が皮膚と直接リンクする特別製である。その感度は肌に直接触れた場合と寸分違わぬ精度を誇り、水中戦においても彼女の戦闘レスポンスを妨げること無く、身を守ることができる。
無論、水中へ赴く時はフルフェイスの専用ヘルメットを被ることになる。

「妖将の戦い振り、とくと見せてあげる」

挑発するようなレヴィアタンの笑みに、ゼロは「楽しみにしてるぜ」と言葉を返した。


それからゼロは再びエル・クラージュに跨ると、システムのチェックを始めた。マシン性能の詳細を確かめつつ、自分に適した設定に合わせてゆく。
レヴィアタンは胸の前で腕組みし、壁に寄りかかった。それから少し考え込んだ後、ゼロに問いかける。

「一ついいかしら?」

「何だ?」

「あなた、サイバーエルフに“ダーリン”なんて呼ばせてるのね」

「…………」

思いがけないツッコミに、ゼロは思わず言葉を失う。そして、数秒の硬直後、彼女の言葉をようやく理解した。

「……レルピィと話したのか?」

「あなたを回収した時にね。『ダーリンに気安く触んないで~』って散々喚いてたわ。五月蝿いから直ぐに封印したけど」

「成程」とコアユニットを眺める。
意識を失っている間、力及ばないにしても、ゼロを護ろうと必死に動いてくれていたわけだ。尚更、感謝の気持ちが募る。

「そこまで気性の激しいサイバーエルフなんて…初めて見たわ。相当手の込んだプログラムが組まれているのね」

素直に感心を言葉にするレヴィアタン。だがゼロはシステムのチェック作業を進めながら「その言い方はナンセンスだな」と返す。

「確かにプログラムに源泉はある。だが、コイツらも一応、“生命体”を名乗ってるんだ。その激しい気性もコイツ個人の“性格”として捉えるべきだ」

「……つまり?」

「後ろの部分は余計だってことさ。コイツは“道具”じゃない。俺の大事な“パートナー”だ」

本心からの言葉だった。
しかし、その考えに当てはまるのはレルピィだけではない。あらゆるサイバーエルフに対し、ゼロは同様のスタンスで付き合っていた。
だが、その在り方に、レヴィアタンは驚きを隠せない様子だ。

「ネオ・アルカディアの研究者連中でも、そんな風に考える人間は見たことないわ」

サイバーエルフという存在に対する見解というのは、基本的に“道具”としての側面が大きい。ハッキングやクラッキング、それらから情報を守るための防壁――――そう言った活用場面を考えても、それ以上のものとして捉えることは基本的に無く、“パートナー”とまで口にする者は稀だ。
ゼロとしても、確かにそう言った背景があることは理解できる。シエルやペロケのように、まるで友人のように接する技術者ばかりではないことも分かる。だが、個人的にそうした付き合い方をこそ認めたいと思うのだ。

「……もしもコイツらを只の道具だと割り切ってしまうのなら…俺達は、俺達自身を“道具である”と認めたも同然だろう。俺はそんな在り方を認めたくはない」

“道具”――――只、目的を遂げるための手段としてしか扱われない存在。ゼロ達レプリロイドも、その点で言えば“道具”として扱われてもおかしく無い存在で、精神や感情を単なる“プログラムの産物”として受け取るのであれば、その扱い方を認めたも同然と言っていいだろう。
故に、サイバーエルフ達が持つそうした部分を、ゼロは否定したくはなかったし、彼らの生命体としての尊厳もまた認めたいと思うのだ。

「コイツらも、俺達も、個性を持った一人の命だ。プログラムに縛られただけの生き方を決定づけられたわけじゃない」

自分で考え、時に迷い、生き方を選ぶことができる。
楽しいこともあるだろう。嬉しいこともあるだろう。苦しむこともあるだろう。悲しむこともあるだろう。――――そうした経験を自然に受け容れ、反応できる自我を持っているのだ。

「笑うこともあれば、怒ることもある。憎むこともできれば、愛することもできる。個別の精神と感情、人格と個性を持ち合わせた立派な“生命体”だ」

そう言って真っ直ぐな瞳でレヴィアタンを見つめる。その瞳が、「お前もだろ?」と問いかけている。

「誰かを愛した感情を、プログラムなんかのせいにしたくはないだろ?」

「………思ったより、しつこいのね」

ゼロの言葉の意味を解すと、レヴィアタンはそう言って、苦笑いを零す。
彼が言っているのは間違いなく、机の上に置いておいたフォトスタンドの映像についてだ。

「興味が湧いたのさ。こんな潜水艦の中にまであんなものを持ち込んで。話を振れば嫌がって……――――そこまで固執する過去ってのが一体どんなものなのか…な」

「あなたにだって……それだけの容貌なら、そう言う過去の一つや二つあるでしょ?」

「あったかもしれない…――――が、今の俺には無いも同然さ」

そういえば、紅いイレギュラーは記憶喪失状態にあるという情報を、レヴィアタンは思い出した。
成程、もしかしたら彼は過去の記憶を失くしたがために、他者の過去に関心を持ったのかもしれない。只の推測に過ぎないが。

それからそっぽを向き、レヴィアタンは機嫌を損ねたように黙り込んだ。それを尻目に、ゼロは作業を続ける。どうやら彼女の癇に障る事は元から承知の上だったらしい。そんなゼロの態度が、レヴィアタンには余計に腹立たしく思えた。
だが、そうして宙を見つめながら一人考える。
確かに自分は、この過去に固執し続けている。仕方のない事だ。プログラム以上に、自分の存在意義を揺るがす重要な過去なのだから。

「………羨ましいわ」

ポツリと呟くように、そう言う。ゼロは、「え?」と尚もそっぽを向いている彼女の方へ視線を向けた。

「あなたみたいに……何もかも忘れられたら、少しは楽になれるのかしら」

それは、彼女がようやく零した本音だった。少なくとも、彼女の哀しげな、寂しげな表情が、ゼロに証明してくれている。
ゼロの方へ再び顔を向ける。

「私もあなたの意見に賛成よ。自分自身をプログラムに縛られただけの只の道具だなんて認めたくはない」

「だけど」と、言葉を続ける。

「……だけど時々、自分の感情を否定したくなるわ。一個の道具に成り下がることが出来れば……そうすれば、きっと――――」

「過去を忘れたところで、束縛からは逃れられない」

鋭く響く声が、レヴィアタンの言葉を遮る。

「それはお前自身が通ってきた道だ。どれだけ否定しようと、忘れようと、その経験をした事実は失くならない。だから、お前はその過去の影を背負いながら生きていくしか無いのさ」

「……それは経験者としての意見?」

ゼロは「そう取ってくれていい」と苦笑気味に答えた。

ああ、確かにその通りだ。ある一点において、レヴィアタンは過去を封じ込めていた。そのことに自分自身気がついている。そして、その事実こそが、彼女を最も強く縛り付けている原因となっていた。
ゼロの言う通り、例え忘れても、蓋をしても、その過去と共に生きてゆくしか無いのだろう。
だが不思議なことに、そのような過去を失いたくないと思う気持ちも確かにあった。
思い返してみれば、決して哀しい事ばかりではなかった。幸福もあった。慕情を抱いていた。それ故に募る黒い感情も否定出来ないのだが。

忘れたい。忘れたくない。失いたい。失いたくない。――――そんな雁字搦めにあいながら、今日まで生きてきた。そして、きっとこれからも……‥‥

そんなことを考えながら目の前にいるゼロを見つめる。
彼もまた同じように、思い出せずとも拭い切れぬ過去を背負いながら、今も闘い続けているのだろうか。
いや、きっとそうなのだろう。そうでなければ、揺らぐこと無く、無二の親友と呼ばれる相手に刃を向けることなどできない筈だから。

「……やっぱりあなた、“こっち”に来なさいよ」

微笑みながらそう言うレヴィアタンに、ゼロは思わず首を傾げた。






























  ――――  5 ――――


大型潜水艦が浮上すると、ゼロはエル・クラージュと共に水面へ走り出る。
停まっていた時以上に感じられる、絶妙な乗り心地に感心しながら、畔の研究施設めがけて加速した。
同時に、艦長の指示によって陸に待機していたメカニロイド部隊が研究所内へと侵入する。充電中のラドゥーンに対し攻撃をかけ、炙り出すのだ。

「妖将様、いつでもどうぞ!」

「ありがとう。それじゃ、怪物退治と行かせてもらうわ」

通信機越しにそう返事をしてからヘルメットのバイザーを閉じると、レヴィアタンは艦底から水中へと飛び出した。
フロストジャベリンを片手に、水中の感覚を確かめるように泳ぎながら、所定の位置に向かう。

それからしばらくして、研究施設の方向から爆音が響く。そして、施設の天井を突き破り、巨大な竜がその顔を見せた。

「It’s Show Time…ってな!」

ゼロは間近まで接近し、車体を起き上がらせ、そのままブースターを利用して飛び上がる。そして先頭部のビーム砲をラドゥーンに向けて放った。
三発のエネルギー弾を身体で吸収すると同時に、ラドゥーンはゼロの方へのっそりとした動きで首を向ける。ゼロを確認すると、大きく口を開け、勢い良く飛びかかってきた。
姿勢制御用のスラスターを吹かし、ブースターと併用して空中で向きを変え、ラドゥーンの攻撃を間一髪のところで躱す。
監視用メカニロイドのカメラから様子を眺めていた冥海軍団のメカニックは、その無茶な扱いに思わず肝を冷やした。

「こっちのモンだからとぶち壊してくれるなよ!」

「当たり前だ…ッ!」

オペレーターの文句に答えつつ、ラドゥーンの尾の追撃を機敏に躱す。

「俺もこんなところで死ぬつもりはないからな!」

エル・クラージュが破壊されるような攻撃ならば、自分の身もただでは済まない。
ラドゥーンの様子に気を配りながら、反転する。すると直ぐに水中からラドゥーンの首が再び飛び出した。

「こっちだ! 着いて来な!」

挑発するようにそう叫び、加速する。二度、三度と飛びかかるラドゥーンの牙と尾の攻撃と、舞い上がる飛沫を掻い潜りながら湖面を駆け抜ける。
一向に獲物を捉えられないラドゥーンは、ゼロをこれまでの相手とは別格であると認識したのか、新たな動きを見せ始めた。
グニョグニョと蠢いたかと思うと、ハリネズミのように無数の針を形成し、連撃をかける。

「ッんなろ!」

しかしゼロはそれに臆す事無く、冷静に軌道を読み取り、隙間を縫うようにして華麗に回避してゆく。
突然、攻勢が止んだかと思うと、大きな影が周囲を覆う。見上げると巨大な板のように身体を形成しているのが見えた。
そしてそのまま硬質化し、圧し潰すようにして湖面に落下する。――――が、ゼロを潰した感触が感じられない。

瞬間、後方からビームが直撃し、硬質化した身体に衝撃が走る。竜の体に戻って振り返ると、不敵に笑いながら逆走するゼロの姿が見える。エル・クラージュの後方に取り付けられたビーム砲が更に火を噴くが、続くエネルギー弾は全て吸収されてしまった。

「流石だな……もうあのマシンを乗りこなしている……」

冥海軍団員達は、ラドゥーンの激しい攻勢を、無傷で躱し続けるゼロの操縦技術に対し、素直に賞賛を送った。
元々、エル・クラージュは四天王クラスのレプリロイドを支援するためのマシンとして開発されており、一般の兵に扱えるような代物ではない。それを試運転もなしに、ここまで使いこなしてしまうというのだから、流石は伝説の英雄と言う他、言葉はいらなかった。
飛びかかるラドゥーンの牙を再び躱し、方向を転換する。そして、目的のポイントに向け、アクセルを回した。

尚も続く追撃。だが、一向にゼロは捉えられず、ラドゥーンは躍起になったように、さらに攻勢を激しくする。

そのおかげか、ゼロに集中するせいで徐々に生まれ始めた隙。ついに、その瞬間は訪れた。

大口を開け、ゼロへと襲いかかるラドゥーン。その懐から、飛沫と共に蒼い影が湖上へと舞い上がる。
またとない絶好のタイミングである。誰もが作戦の成功を確信した。

「眠りなさい!」

蒼い影――――レヴィアタンはフロストジャベリンの切っ先をラドゥーンのコアに向け、振り上げる。そして飛びかかる勢いを上乗せして、一息で振り抜いた。

















    ……ユル…ナイ…



















飛びかかる刹那の内に、レヴィアタンは状況を理解するために思考した。

何故、竜の首がこちらを向いているのか。
何故、その口は開かれているのか。
何故、その牙がこちらを向いているのか。
何故、ラドゥーンは自分の存在を感知し、一瞬の内に補足したのか。

その答えを得るより先に、硬質化した牙がレヴィアタンを襲った。
咄嗟にフロストジャベリンで防ぐが、逸らした牙は彼女の脇腹を掠める。そして飛び散る鮮血と共に、弾かれたレヴィアタンの身体は落下を始めた。

「レヴィアタン!」

トドメの瞬間を確認するため、振り返ったゼロは、その光景に思わず彼女の名を叫ぶ。
牙が彼女の身体を弾き飛ばした瞬間、最高速で引き返し、飛び上がると同時にゼロは腕を伸ばした。そして、落下してきたレヴィアタンの身体を抱きとめる。

「おい! しっかりしろ!」

未だ状況が飲み込めない頭で、ゼロはレヴィアタンに呼びかける。だが、レヴィアタンは激痛に顔を歪めるばかりで、返事ができるような状態ではなかった。
そんな二人に少しの猶予も与えること無く、ラドゥーンが追撃をかける。

慌ててゼロは旋回し、攻撃を躱すと、レヴィアタンの身体を抱え直し、アクセルを絞った。

「いったい何が起こった! 妖将様は!?」

ようやく状況が掴めたのか、オペレーターが叫ぶように問いかける。

「分からない! とにかく作戦は失敗だ! 一旦離脱する!」

そうは言うものの、ラドゥーンの攻勢は止む気配を見せない。それどころか次第に激しさを増してゆく。
加えてレヴィアタンまで抱えているのだ。状況は悪化する一方で、とてもではないが離脱などできる気がしない。

――――それに……これは……!?

ラドゥーンの攻撃パターンに違和感を感じる。「まさか」と思いながら、いくらか鎌を掛けるような動きをすると、次第にその思いは確信へと変わっていった。

「…私を…捨て…て…行って…」

ようやくレヴィアタンが口を開き、ゼロにそう訴える。水中に潜れば、手負いの自分でも逃げ延びることができるかもしれない。何よりこのまま二人共犠牲になる訳にはいかない。
だが、ゼロは「バカを言うな!」と声を荒らげた。

「あれは………あいつは……」

根拠があるわけではない。ただの直感だ。しかし、ラドゥーンが向ける殺意がそうとしか思わせない。
突如見せた瞬発的な反応。先ほどまでとは打って変わった雰囲気。攻撃の微妙な方向の偏り。間違いない――――


「あいつは…お前を狙ってる!」


何故かは分からない。本来ならば、紅いイレギュラーとして情報を入力されたゼロを優先目標とする筈だ。少なくとも、あの瞬間まではそうだった。
だが、レヴィアタンが湖上に飛び出す瞬間、確かにラドゥーンはこれまでとは違う反応を見せた。そして、今もゼロが左腕に抱える彼女を狙う動きを見せ続けている。偶然とは到底思えなかった。








    ……ユル…ナイ……ます…ーニ……ア…ナス…モノ………










突如、動きを止めたラドゥーン。次の瞬間、状況は一変した。

「ラドゥーン内部に高エネルギー反応!」

「…まさか……そんなバカな!」

オベールは分析用モニターを前に、愕然とする。

「“その装備”は確かに搭載させた! だが……起動プログラムの入力はまだだぞ!」

ラドゥーンが所持する究極の必殺技。その装備を搭載したのは確かだが、評価試験の際には不必要として、万が一の事態も考え起動プログラムの入力は先送りにしていた筈だった。
しかし、ラドゥーンは今まさにそれを発動させようとしている。理由は分からない。だが、何かの手違いで、或いは何者かの手によってそれは入力されていたのだ。そうとしか考えられない。

――――いや……違う…

そこでオベールは新たな仮説に辿り着く。研究施設内に取り付いた際、充電と共に、コンピューターへ接続し、データを自ら取り入れたのではないか。
メカニロイドの単純な思考パターンだけでは、通常あり得ない。だが、ラドゥーンの中枢はマザーからサルベージしたプログラムを八割方流用していた。ボレアス山脈のレイビット群同様、何かの影響を受けて複雑な変化を遂げていたのではないかと考えれば――――そしてこれまで発見されなかったその変化が、偶発的に今、現れたとしたら説明はつく。おそらく、この一連の暴走劇に関しても。
冷静に分析するオベールを他所に、艦内は騒然とする。「急速旋回!」と艦長が吠え、大型潜水艦はその場を離れるべく旋回を始める。
不穏な雰囲気を醸すラドゥーンから、ゼロは壮絶な悪寒を感じ、陸へと上がり、全速力で遠ざかる。


    ………ル…ナイ………すたー……ハム…ウモ……………


次の瞬間、稲光のような閃光がラドゥーンを中心に、メラレーン湖を包んだ。
その破滅的な輝きは、直視すれば視覚センサーを焼き切っていただろう。巻き起こる爆音は、聴覚に一定の異常を生む。
ゼロのアースクラッシュを遥かに凌ぐ、そのエネルギー波は想像を絶する程の威力を炸裂させ、メラレーン湖の形を一瞬にして作り変える。
湖の水はその衝撃で津波となり、陸を襲う。ゼロは衝撃に吹き飛ばされながら、レヴィアタンをしっかりと抱きかかえ、エル・クラージュのハンドルを握りしめた。
その場からできる限り遠くへと離れようと必死になって、ブースターを全開まで吹かした。

かくして、周囲に待機していたメカニロイドも含め、冥海軍団の部隊は一瞬にして消滅した。














    ……ユ…サナ……………ロ…クマ……ック………






    ……ユルサナイ……




















  ―――― * * * ――――


辺りが宵闇に包まれる中、岩場の影に身を隠し、エル・クラージュを停車させる。
レヴィアタンの身体を優しく下ろして岩の壁面にもたれかけさせ、自分も横に座った。

「……クソッ」

通信が通じない。どうやら、潜水艦はあの衝撃に巻き込まれ、撃沈したらしい。

「……とんでもない戦いに巻き込まれたな…」

脳裏に先ほどの光景が蘇る。自信が放つアースクラッシュ以上に壮絶な威力を持った技を、目覚めてこの方見た覚えがない。
おそらくラドゥーン自身へのダメージも無視できないに違いない。
そう考えれば、そうそう何度も放てる様な技ではないはずだ。無論、希望的観測に過ぎないが。
痛覚を弱めることでなんとか耐えながら、不意にレヴィアタンが問いかける。

「ラドゥーンは……?」

「見失った。位置情報も分からない。……が、あれだけエネルギーを放出した後だ。きっと研究施設の方へ戻っただろう」

とは言え、それも研究施設が無事だった場合の話だ。ゼロ達とラドゥーンとの距離を考えると、消滅したということはないだろうが、間違いなくそれなりの損害は出ているはずだ。そう思いたい。

「………部隊は…?」

ゼロは渋々首を横に振る。

「ダメだ……繋がらない。あの威力だ、潜水艦は沈んだと見ていい……」

「…………そう、沈んだの…」

「そう」と確かめるように何度か呟く。その表情は言いようのない虚しさを感じさせる。――――哀しんでいるような、けれど、どこかで安堵しているような。
しばらく不思議な想いで彼女を見つめていると、表情の理由に思い当たった。

「お前が気にしてるのは…これか?」

「…ぇ……あっ…」

ゼロが懐から取り出したのは、例のフォトスタンドだった。
レヴィアタンはしばらく呆然とした後、手にとって確かめる。角を撫で、画面を摩り、そして小さくため息を吐いた。

「勝手に持ち出すなんて…ね」

「すまない…」

「いいわ……別に」

「フフ」と笑って答える。だが、それを手にした時の彼女の表情は、決して安心感だけに包まれたものではない。何故かは知れないが、どこか残念そうにさえ見えた。

「……大事なものなんじゃないのか…?」

思わず問いかけると、レヴィアタンは躊躇いがちに首を横に振る。

「そんなんじゃ…ないわ。……たぶん」

「『たぶん』?」

いまいち掴めない答えに、ゼロは首を傾げる。レヴィアタンは自嘲気味に言葉を続ける。

「自分でも、どうしてこんな物をいつまでも残しているのか………分からないのよ…」

今の彼女の複雑な表情とは裏腹に、写真の中の二人は眩しいくらいに幸福そうな笑顔を浮かべている。

「……恋人との大切な思い出の一枚だろう…。大事に残して、おかしいことはない」

真剣に言うゼロの顔を見つめ、レヴィアタンは黙りこむ。そして、暫くの後、何かを考えるように目を逸らした後、「フフ」と口元を緩める。

「残念…半分正解で、半分間違い」

「は?」とゼロは狐につままれたような顔で見つめる。そして、何度も映像と彼女とを見比べた。
その様子があまりにもおかしく、レヴィアタンはクスリと笑う。それから、再び考え込んだ後、彼の疑問に対し口を開いた。

「そうね……私の傷が癒えるまで動けないでしょうから…退屈凌ぎに昔話でも聞かせてあげるわ」

それは単純な気紛れだったのだろう。なんにせよ、彼女は自分から過去について、明かすことにした。既に知られていたことはあっても、自ら他人に語るなどというのは初めてだった。

「まず、映像の中の彼。……彼の名はオルジフ。ネオ・アルカディアにおけるレプリロイド工学の権威にして、四天王計画参加者の一人」

痩せ型の身体に、血色のよくない顔のおかげで、病弱そうに見える。だが顔は彫りが深く、男性らしい整った顔立ちをしている。

「そして………‥」

レヴィアタンと瓜二つの顔をした、茶髪の女性を指差す。何処からどう見ても、髪と瞳の色以外は彼女としか思えなかった。
少しだけ口を噤んだ後、レヴィアタンは疑問符を浮かべるゼロに、真実を明かした。

「彼女の名は“レベッカ”。………私の“元”になった人間の女性」

初め、彼女の言葉が理解できなかった。
呆然とするゼロに向かって、レヴィアタンは尚も自嘲気味な笑みを浮かべながら、分かりやすく簡潔に言葉を言い換えた。




「私は、彼女の“模造人形”なのよ」




























 NEXT STAGE












       届かぬ想い、その結末。



























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