―――― 1 ――――
ミズガルズ――――ネオ・アルカディアの外周都市群の総称である。
そこに住むのは中心であるアースガルズの住民より比較的貧しい暮らしを強いられた貧困層である。最低限の生活保障は国家が約束し、実現してはいるが、職につけない者もいれば、提供される治療技術等の制限もあり、裕福なアースガルズよりも荒れた町ばかりとなっているのは明らかだ。
そして、ミズガルズの一画――――最も荒れた名もないスラム街に、その少年レプリロイドは細々と暮らしていた。
生活が荒めば心も荒む――――このスラム街と、ネオ・アルカディア首都メガロポリスやアースガルズ第二エリア中心都市ニューオリンピア等の様子を比較すれば、それは一目瞭然である。そして荒んだ心の遣りどころは、余すことなくレプリロイドへと注がれる。
少年は酷く疼く左脇腹の辺りをさする。ある家に忍び込み、レプリロイド用の加工食品を盗みだそうとしたのだが、家を出ようというその一歩手前で見つかってしまった。そして暴力を振るわれ、身体中が傷だらけになった。最も強い蹴りを入れられた左脇腹を抑えながら、なんとか逃げ延びることができた。
「ちくしょう……アイツら許さねえ……」
少年に暴力を奮ったのは、その人間に飼われていたレプリロイドたちだった。皆、人間の怒りやイレギュラー処分を恐れ、飼い主の言い成りになっているのだ。
「……意気地なし共……」
そう悪態をつく。少年は飼い主に反逆し、そのままこのスラム街に逃げ込み、なんとか生き延びていた。
あの日のことはまだ覚えている。ぶよぶよと太った醜い飼い主の男が油まみれの汚い顔を近づけ、少年の口に無理やり舌を押し込もうとしてきたのを、逆にその舌を噛みちぎってやったのだ。口いっぱいに広がる鉄の味に躊躇うこと無く、とっさに口を覆った男の腹に一発蹴りを入れ、そのまま逃げた。男の嗜好を凝らしたシチュエーションのおかげで、その部屋には自分と男以外に誰もいなかったことが幸いして、無事に逃げられたのだ。
「レプリロイドが……人間に怯えてどうすんだよ……」
実際的な能力ではレプリロイドの方が明らかに人間を上回っている。だというのに何故、他のレプリロイドたちは奴隷のような扱いを受け入れ、逆らわずにいるのだろうか。勿論、イレギュラー処分や処刑など、恐るべきものは他にもある。しかし、レプリロイド達が団結して立ち向かえば、この逆境を跳ね除けることも難しくないはずだ。
そんなことを思いながらも、現在の状況を振り返り、自嘲が漏れる。結局自分も人間に怯え、身を隠すようにこのスラム街で暮らしているのだ。他の者達をどうこう言う資格などなかった。
路地に入り込み、壁伝いに歩く。よろけた拍子に、傍にあった木材に躓く。すると積んであった木材はガランと大きな音を立てて転がってしまった。
「やべっ!」
思わず声に出す。人間に聞こえてしまうかもしれない。
すると、「だれかいるの?」という幼い少女の声が、寄りかかった壁の上方にある小窓から聞こえてくる。
少年は高鳴る心臓部のあたりを抑え、息を潜める。しかし、ふと気になって上方に目を遣ると、窓から顔を出した少女と目があってしまう。
しかし、少年は安堵した。その少女もまた、人間に飼われたレプリロイドだった。飼い主の趣味と思われる首輪がそれを如実に物語っている。
「だいじょうぶ?」
じっと見つめる青い瞳。サラリと流れた栗色の髪。少年の目に、それは強く焼き付いた。気づけば体温は上昇し、頬が紅潮していた。
「けがしてるの? ……まってて」
少年の傷を見ると、少女はそう言って窓の中へと顔を引っ込める。少年が言われるまま待っていると、少女は再び顔を出し、プラスチックの小さなケースを渡す。
「ぬるといいよ」
それは、レプリロイドの自己修復機能を補助する修復用ナノマシンを含んだクリームだった。言わば、レプリロイドの傷薬である。
少年は少しだけ躊躇ったが、身体中の傷にそれを塗りたくった。クリームを返そうと、もう一度見上げると、少女の顔は既にそこには見えなかった。中から、先ほどの少女とは違う男の声が聞こえたので、少年はそのままそこから立ち去った。
ようやく隠れ家に到着し、腰を落ち着けた少年の胸には少女への感謝の気持ちと、同時に憐れみの気持ちが湧いていた。
――――いい子なのにな……
瞳の奥にある空虚。まるでかつての自分を見るようだった。
少年、少女型レプリロイドの存在意義は大きく二つの側面に分けられる。人間の親が、子どもの遊び相手として飼う等といった側面。もう一つは、人間の性欲の捌け口としての側面。後者の需要はミズガルズ――――特にこのスラム街においては非常に大きい。人間よりも遥かに丈夫なことから、酷く乱暴に扱われることが多く、精神プログラムがそれを受容しきれず閉鎖、崩壊してしまう事も決して少なくない。『生活が荒めば心も荒む』――――まさにその象徴でもあった。
「………俺には……関係ねえよ」
自分に言い聞かせるように呟いてから、疲れ果てた体を横にして、瞼を閉じる。
そう、“関係ない”。自分が生きるだけでも精一杯なのだ。だからあの少女のことを憐れむ気持ちは、どうにもできやしない。どんなに少女の顔を思い返しても、その声と瞳を思い出しても、全て何の意味もなさない。
それでも胸の奥に燻り続ける気持ちが、彼を眠りに就かせてはくれなかった。
翌晩、傷が癒えたのを確認し、外へ出た。あの少女に会いたい気持ちが確かにあった。
――――傷薬を返すだけだ……
決して他意あってのことではない。用事があるから会いに行くだけだと、自分に言い聞かせる。
しばらく歩き、あの路地へと入る。そして少年は、昨日、少女が顔を出したあの小窓から中を覗いた。
しかし視界に飛び込んできた、世にもおぞましい光景に少年は絶句した。
五、六人程の人間の大人達が、たった一人の少女に欲望のまま乱暴を働いていた。少女は衣一つ着せられず、轡を噛まされ叫ぶことも許されず、ただ身体を揺らされている。人間の汚らしい体液が彼女を汚し、少女もまた擬似体液を虚しく垂れ流し、只管にその身体を弄ばれていた。――――そして、その少女こそ昨日出会った彼女だった。
しばらく思考が追いつかなかった。ようやく状況を理解すると、ぐるぐると何かドス黒いものが少年の中で渦巻き始めるのを感じた。そして快楽に浸る人間たちに囲まれる中、少女の瞳が絶望の色に包まれているのを確認した瞬間、何かが大きな音を立てて切れた。
気づけば少年は足元の木材を手に、壮絶な勢いで家の中へ押し入っていた。
その後はよく覚えていない。とにかく何か叫びながら木材を振り回し、その場にいる人間達を殴り飛ばした。そして少女の腕を掴み、脇目もふらずにスラム街を駆け回った。そして何処をどう通ったのか、それすらも分からないまま、自分の隠れ家に命からがら辿り着いた。
息を落ち着かせてから、少年はその辺にあった布で少女の体を綺麗に拭いた。そして、人間から盗んだ服を渡して着るように言った。少女はそれに黙って従い、服を着た。
それから訪れる沈黙。何から話せばいいのか分からなかった。そもそも、あんなことをしてしまって良かったのか。自分たちの状況を更に悪くしてしまっただけではないのかと、少年は思い始め、恐怖を感じ始めた。
そして、その沈黙はようやく破られる。少女のか細く、そして愛おしい声で。
「わたしは…セラ。……あなたは…?」
「……アーク」
少年は問われるまま名乗った。すると少女――――セラは「アーク」と彼の名を確かめるように呼ぶ。
「アーク……。ありがとう」
初めて見せるセラの微笑に、少年――――アークはいつかのように、頬が紅潮してゆくのを感じた。
それから二人の生活が始まった。
人間の家から物を盗んではその身を隠し、隠れ家でその日の収穫に二人で一喜一憂した。一緒に空を眺めたり、星を見たり、二人で散歩に出かけることもあった。
決して楽ではなかった。けれど、幸せだった。そんなささやかな生活が二人を包み続けた。優しい時間はみるみるうちに流れていった。
ある夜。隠れ家の屋根から星を眺めながら、アークは言った。
「ネオ・アルカディアを出よう」
突然の提案だった。
「……どこかいくあては…あるの?」
不安そうに言うセラに、アークは少し自信なさ気に、正直に答える。
「無い…。けど……外にはたくさんのレジスタンス組織があるって言うし……。それに、外に出ようっていうヤツらが結構集まってるって話もよく聞くし……」
恥ずかしげに答えるアークに、セラは思わず微笑む。そして、「いいよ」とあっさり同意した。
「アークがいっしょなら、わたしはどこでもいくよ」
見つめる瞳にはアークへの信頼が確かに強く輝いていた。あの時アークが助けてくれたから、今までもアークがいたから、だから自分はここまでこれたのだ。
そんなセラに、アークは固く約束する。
「…何処に行っても、どんな時でも……俺は絶対セラを護るよ」
その声は、揺るぎ無い意志が確かに感じられた。
「何が起きたって、俺はセラを助ける。絶対にセラだけは護り抜く――――」
「たとえこの命に代えても」と言いかけたところで、セラは人差し指をアークの口に当て「それ以上はだめ」と遮る。
「ふたりで生きぬくんだよ、アーク。ずっといっしょに、生きていこうよ」
自分よりも幼い少女が、その小さな口から発する力強い言葉に、アークは一瞬呆気に取られ、それから強く頷いた。
小さな胸に熱いものが込み上げてくるのを感じたあの夜の誓いを、生涯忘れはしないだろう。
11th STAGE
救い
―――― 2 ――――
レルピィが保持していたマップデータを元に出口を目指し駆け回っていたが、とうとう周囲をパンテオン達に囲まれ、道を塞がれる。三人は岩陰に身を隠し、何とか難を逃れる。
「くそ……ここからどうする!?」
「とにかくじっと耐えるの!今、ダーリンを呼ぶわ」
正面突破を図ろうかと身を乗り出そうとするロルフに、レルピィはそう言ってコアユニットからゼロへと通信を始める。セラは目を閉じ、祈るように両手を強く握り合わせていた。
――――アーク……
頭の中で呼ぶのは最も信頼し、大切に想っていた少年の名。きっと無事にいてくれること、再会できることを心から祈っていた。
鼻息と共に、両腕から氷の槍を発射する。ゼロはそれを華麗に斬り落とし、スタグロフへの懐へと潜り込むが、新たに生成された氷の槍がその勢いを削ぐ。また、それを防ぎきることができたとしても、両腕から殺気とも取れる違和感を感じ、再び距離をとってしまう。
――――あの冷気はヤバい……
両腕から先ほど放出されていた冷気の危険性に、そう直感していた。
ふと、耳元に通信が入る。
「ゴメン、ダーリン! 囲まれたっ!」
その慌てように、事態の深刻さが窺える。ゼロは「問題ない」と落ち着くよう言い聞かせる。
「よく連絡してくれた、今そっちへ行く」
「『そっち』って……“どっち”だぁ!?」
そう叫び、スタグロフが一気に間合いを詰める。しかし、ゼロは既に次の手を打っていた。
左腕に高速で蓄積されたエネルギーを、足元へと放出する。瞬間、地面が大きく崩れ、エネルギーの放出に合わせて岩盤が弾け飛んだ。
フラクロス戦におけるアースクラッシュの用途について事前情報を得ていたスタグロフは、そのエネルギーを感知すると、咄嗟に後ろへ飛び退いていた。そして光量に視覚が刺激されることと敵の追撃を警戒し、両腕から氷の盾を生成し眼前に構える。――――しかし、ゼロが再び飛び掛ってくる気配はない。
「むふー……あの野郎ぅ……」
一通りの衝撃が過ぎたところでゼロの姿を探す。しかし、既にあの紅いコートはどこにも見当たらなかった。どうやら取り逃がしてしまったらしい。
「むふー………逃げられると思うなよぉ…」
基地のデータサーバーを介し、パンテオンたちの視覚情報や監視カメラの映像にアクセスする。そして逃亡する二人とサイバーエルフ、それにゼロの位置を確認する。
「ここは俺の基地だぁ……俺様が一番良く知っているんだよぉ…むふー」
横の壁から隠し通路へと入り、ゼロよりも早く、あの二人を捕えるべく駆け出した。
レルピィの位置情報を頼りに、駆けるゼロの耳に、新たな通信が入る。ペロケからだったが、ひどく慌てていた。
「すいません、ゼロさん! ……アークさんが……」
「……っ! なんだと!?」
ペロケは手短に、アークが脅迫まがいの行動を起こし、空間転移装置を作動させ、スタグロフの基地へと乗り込んで行ったことを伝えた。思わず「ちっ」と一つ舌打ちをする。
「本当にごめんなさい」と深く謝るペロケに、「大丈夫だ」とわざとトーンを高くして答える。
「お前は何も悪くないさ。何とかしてみせる!」
そう言いながらも、新たに生まれた不安要素に、ゼロは焦りを感じずにはいられない。
そしてそれ以上に、少年の無謀な行動が悪い結果を生まなければ…とゼロはただひたすら願い、基地内をできる限りの速度で駆けるだけだった。
そんなゼロを足止めするように、パンテオン達が道を塞ぐ。
「お呼びじゃないんだよ!」
バスターを一斉に撃ち始めるパンテオンの群れの中心へと飛び込み、ゼットセイバーを構え、高速で回転する――――“円水斬”。その勢いに巻き込まれたパンテオン達は余すことなくズタズタに身体を引き裂かれてゆく。また、そうして生み出した隙を利用し、ゼットセイバーを左腕に素早く持ち替え、右腕にエネルギーを蓄積し、地面に打ち付け放出する。エネルギーは無数の光弾となって周囲へと飛び散る――――“落鳳破”。
忽ちの内に、周囲を囲み始めていたパンテオンやメカニロイド達はスクラップへと変えられてゆく。
その光景をリアルタイムで確認していたスタグロフはその戦闘力に感嘆すらしていた。
「流石だなぁ……紅いイレギュラー! しかしぃ…こいつらはどうだぁ!?」
ゼロが一際広い部屋へと足を踏み入れると、目前に五機の改良型ゴーレムが立ちはだかる。
口元が開き、冷気が漏れ出たかと思うとそこには巨大な氷の塊が生成され、ゼロ目掛けて発射される。咄嗟にゼロはゼットセイバーを構える。するとその刃は燃え盛る炎に包まれた。ゼロは一息で氷塊を破壊すると、炎の剣を手に飛び上がり、ゴーレムの頭部から足元まで、一直線に焼き切る――――“断地炎”。
他のゴーレム達は氷の槍をその両腕から飛ばすが、ゼロはそれらを鮮やかに掻い潜り、一気に足元へと潜り込むと炎の刃を上方へと向け、一気に飛び上がる――――“龍炎刃”。一機、また一機と持てる技を駆使して破壊し、五機のゴーレムを正に瞬殺してしまった。
『けれど、覚えておきなさい。私たちが追っている“あの男”――――“紅いイレギュラー”は今までのような手緩い相手ではないということを』
スタグロフはレヴィアタンの忠告を思い出す。確かにこの男の戦闘能力には計り知れないものがある。これをこのまま野放しにしていては危険極まりない。そしてまた、正面切ってぶつかり合ってはいけない相手だと理解した。
「むふー! 一刻も早くガキどもを捕えてやるぅ!」
それを盾に戦えば、絶対に勝てる。そう確信し、全速力で走り続けた。
ふと何者かが基地内へ侵入したことを感知した為、監視カメラの映像へ直ぐ様アクセスした。
「むふー……何だあのガキはぁ……」
見たこともない少年レプリロイドが基地内を駆け回っている。咄嗟に「紅いイレギュラーの仲間では」と勘付いたスタグロフはパンテオン達に警戒するよう呼びかける。
指令を受けたパンテオン達は、セラ達を取り囲みながらも、その少年の接近に備えることにした。
―――― * * * ――――
基地内の煌びやかな輝きに目もくれず、アークはエネルギー銃を手に走り続ける。頭の中は、ただセラのことだけでいっぱいだった。
――――この基地の何処かに……セラが!
なんとしても自分の手で助けだすのだと強く誓い、走り続ける。
無謀であることは分かっている。ゼロに任せているだけでも上手く行ったのかもしれない。そんな風に思い、何度も足を止めてしまいそうになった。けれど、それでも彼女はきっと自分を待っているのだと信じて疑わなかった。――――そう思うことで、家族を失ったことへの悲しみに打ち拉がれそうになる自分を支えていたのかも知れない。
――――セラ…………セラ……!!
共に生き抜くことを誓い合った少女、誰よりも大切な彼女の顔を、瞳を、髪を、鼻を――――何度も思い出しては地を駆ける足に力が入ってゆく。疲労すら感じること無く、ただひたすら走り続ける。
――――俺が絶対に……!
膨らみ続けた気持ちは溢れ出し、己を奮起させるように、思わずその名を叫ぶ。
「 セ ラ ぁ ! !」
直ぐ近くまで迫っていた彼の反響する声に驚きながら、思わずセラは「アーク!」と彼の名を呼ぶ。ロルフやレルピィ、そしてパンテオン達もまた、その声の方へと視線を走らせる。
アークは微かに響いたセラの声を、確かにその耳で拾うことができた。そして、パンテオン達の姿を確認すると、エネルギー銃を前に向け、腹の底から叫びながらその引き金を引く。
「 う あ ぁ ぁ あ あ ぁ あ あ あ ぁ ぁ あ あ ――――!!」
警戒していたとは言え、突然の襲撃にパンテオン達は一瞬躊躇し、二機、三機とその頭部を撃ちぬかれる。慌ててバスターショットを放ち応戦すると、アークは咄嗟に身を庇うように地面を転がり、銃撃を掻い潜る。そして、セラたちの下へとあと一歩まで迫る。しかし――――
「アーク、駄目だ!」
ロルフの声にアークは、スタンスティックをその腕に装備し、飛び掛ってくるパンテオンの姿に気づく。避けるだけの余裕は何処にもない。
セラが悲鳴を上げる隙もないほどに、それは一瞬で訪れた――――
恐る恐る瞼を開くと、金の髪が鼻の辺りでくすぐったく揺れている。砕かれたと思ったその身体には、僅かな異常もない。
「馬鹿野郎……!」
そして耳に刺さるのは彼を叱咤する男の声。
「『仲間は必ず助けてやる』って言っただろう!」
「ごめん……なさい」
アークは思わず震える声で謝る。
高速で駆けつけたゼロは片腕でアークを抱き寄せ、ゼットセイバーを振るい、パンテオンの胴を断ち切っていた。
しかし、アークに向けられた攻撃は勿論、それだけではなかった。
「ダーリン!!」
レルピィが悲痛に叫ぶ。コートにより威力は大きく軽減されたが、ゼロの身体はパンテオンたちの集中砲火を浴び、その衝撃から内部へのダメージは無視できない。また脚部への一撃が、当たりどころが悪かったらしく、感覚が鈍ったことは否めない。
「喚くなよ、レルピィ……。全員、顔伏せてろ!」
ゼロは自分の背後にアークを降ろすと、ゼットセイバーを左腕に仕舞い、パンテオンの群れに向け両腕でアースクラッシュを解き放った。その破壊力は凄まじく、光りに包まれたパンテオン達は一瞬にして塵と化した。
この日何度目かの大技の行使に、ゼロは片膝を着いた。負担は大きく、疲労は隠せない。このような緊急事態でなければ、何度も使用すべきではないと改めて思った。
アークが、よろけるゼロの身体を支える。そして、尚も「ごめん」と謝り続ける。ゼロはその手を優しく振りほどく。
「言っただろ。……“命は一つしか無いんだ”。策もなく、敵陣に飛び込むんじゃない」
そう言って、頭をぐしゃぐしゃと掻き撫でると、アークは小さな声で「はい」と答えた。
「アー……ク?」
セラが、彼の名を確かめるように呼ぶ。「本当にそこにいるのはあなたなの?」と大きな瞳が問いかける。ゼロは、少し戸惑うアークの肩を、優しく叩いた。それに押されるように、アークの足は前に出る。
「セラ……!」
アークは問いに答えず、代わりに名前を呼びながら駆け寄り、その小さな体を抱き締めた。セラもまた、アークを抱き締める。一言も言葉を交わすことなく、二人は再会の喜びを噛み締めた。
「よかったねぇ……」
レルピィがゼロの傍で呟く。幼い二人の再会は、何処か感動的だった。
しかし、喜びに浸っている場合ではない。
「悪いが、続きは後にしろ。早くここを脱出しないと、スタグロフが――――……‥」
言いかけた瞬間だった。
ゼロ達の向かい側の壁が素早く開く。そして、氷の槍が一直線に撃ちだされた。――――隠し通路からスタグロフはここまで辿り着き、機会を窺っていたのだ。
その槍の矛先は、アークを確実に狙っている。
「むふー……! このクソガキがぁ!!」
気に入ったセラに対し親しげに接するアークへの、理不尽な怒りからだった。
「クソ…………ッ!」
斬り落とすべく駆け出そうとしたゼロだったが、脚部の故障が響き、地面を上手く蹴れず、そのまま倒れこむ。「避けろ」と叫ぶが、突然のことに二人は身動きが取れずにいた。
二人の目と鼻の先まで槍が近づく。ようやく状況を理解したアークは、セラを守るべくその身を盾にした。
ズブリと、生々しい音が響く――――……‥
誰もが言葉を失った。
氷の槍は、咄嗟に二人を突き飛ばしたロルフの胸を、深々と突き刺した。
まるで永遠にも思える一瞬だった。
吹き出る鮮血が、光り輝くエネルゲン水晶を紅く染め上げる。
何が起きたのか思考が追いつかなかった少年と少女は、数秒で事態を整理した後、彼の名を大声で叫んだ。
その声は洞窟の奥まで、悲しく反響を繰り返した。
―――― * * * ――――
『あの二人はどうした?』
リーダーのバートがロルフに尋ねる。“あの二人”とは他でもない。このレジスタンス組織において最も幼い二人の少年、少女レプリロイド――――アークとセラのことだった。
『また二人で散歩だよ。全くいい気なもんさ』
ロルフは決して嫌味なく、笑いながら答えた。
『やれやれ……いつ敵さんに襲われるかも分からんってのにな』
そんな風に言いながらも、バートはそこまで気にしてはいなかった。ネオ・アルカディアを抜けてからの数年間、この隠れ家が襲撃されたことも、仲間を失ったことも一度たりともなかったからだ。勿論、レジスタンスと呼べるような行動を少しもとっていなかったことが幸いしているわけだが。
しかしその危険も、実際には足音を立てて忍び寄っていた。未だ現実味はなかったが。
『ロルフ……ブリザック・スタグロフのことを聞いたか?』
そう尋ねるバートに、ロルフは「勿論」と頷いた。
当然、あの凶悪なミュートスレプリロイドと、彼が率いる残忍な部隊の噂は耳にしていた。ここ数ヶ月で、付近のレジスタンス組織や、集落が幾つも襲われていた。
『正直、怖いよな。……うちは大丈夫だって信じたいが』
実際のところ、大丈夫だと思っていた。特に根拠があるわけではないが。
『なあ、ロルフ』とバートは、少しだけ深刻な表情で話を続ける。
『万が一、奴がここに来た時の話なんだが……他の連中とも話したんだ。その時はあの二人だけでも――――……‥』
『分かってる。アークとセラだけでも、必ず守ってやろうっていうんだろ。賛成するよ』
とても仲の良い二人の幼いレプリロイド。彼らがネオ・アルカディアでどんな扱いを受けてきたか、それは恐らくロルフ達の想像を絶するものであっただろうと思う。同様に奴隷的扱いを受けてきたとは言え、少年、少女型の彼らが受ける仕打ちは更に惨く、その精神年齢には些か以上に応えるものだと思われた。
それでも尚、二人は強く生きている。そんな二人の笑顔に、仕草に、心遣いに、存在自体に――――周囲の心はどれだけ救われて来ただろうか。思い返せばきりがない。だからこそ皆、思う。――――二人だけは、絶対に生き延びて欲しいと。幸せになってほしいと。
『ああ、何があっても。命に代えても、護ってやろう。――――俺たち大人が、さ』
僅かにはにかみながら、バートは言った。
“大人”――――実際の所、レプリロイドに年齢の差など関係はない。しかしそれでも、そんな風な言葉を使ってしまうのは、きっとここにいるのが皆、本物の“家族”だからだろう。
だからロルフもまた、その言葉を少しも気にせず、強く頷いた。
『命に代えても大切な家族を護る』――――そんな誓いが、きっと彼らにとって、最期の“救い”だったのかもしれない。
―――― 3 ――――
「 ロ ル フ さ ん っ !!」
その身を揺らし、アークが叫ぶ。しかし、答える声はない。その瞳もまた黒く沈み、光を失っていた。
ロルフは死んだ。呆気無く、たった一瞬で、その生命を散らした。
その傍で、アークは尚も彼の名を叫び、セラは呆然と座り込んでいた。
「クソッ!」
アークたちを守るようにゼロはスタグロフの前に立つ。脚部の傷が疼くが、痛覚回路の遮断は更に感覚が鈍ることを懸念し、実行しなかった。
疲労の色が見えるゼロの姿に、スタグロフはいやらしい笑みを浮かべ、その特徴的な鼻息を鳴らす。
「残念だったなぁ……むふー! ここでお終いだぜぇ……紅いイレギュラー!」
スタグロフは両腕を前に向ける。ゼロはそこから感じる最も強い殺気に、その場を離れようとした――――が、直ぐ後ろのアーク達を思い出し、踏みとどまる。そう、避けられない。
絶好のシチュエーションに、スタグロフは歓喜の笑い声を上げ、無情の冷気をゼロへと向けて放った。
瞬間、ゼロの身体を氷が包んでゆく。体温は急速に低下し、コートも、髪も固定され、足元から頭頂部までが、全て氷に覆われてしまった。ゼロは忽ち、ただの氷像となってしまった。
それに気づくと、アークは絶句し、次にゼロの名を叫ぶ。レルピィもまた、傍へ駆け寄り「ダーリン!」と何度も呼びかけ続ける。しかし、それに応じるものはいなかった。
スタグロフは、戦いに勝利したことを確信し、ゼロの氷像の脇を通り、二人のもとへと歩み寄る。
「むふー……こいつはレヴィアタン様への手土産にしてやらぁ……むふー…」
二人に視線を向ける。その奥に潜む悪意にセラは身を竦ませ、後退る。
「お嬢ちゃんは……むふー…むふー……俺様と一緒にイこうぜぇ?……むふー…」
下卑た笑い方に、セラは思わず叫び声を上げる。それを守るように、アークはスタグロフとの間に立ちはだかった。
「むふー……このクソガキぃ…」
「と…止まれ!」
そう叫び、震える手でエネルギー銃を構える。しかし、少しも覇気がないどころか、身体中から恐怖が伝わってくる。スタグロフはその様子に、またもや下卑た笑みを浮かべ、エネルギー銃を軽く弾き飛ばした。
だが、それでもアークはセラの前から退かなかった。尚も彼女を守り抜こうと、立ちはだかった。精一杯、心を奮い立たせ、睨みつける。しかし、スタグロフは高笑いをあげる。
「てめぇみたいなクソガキが、俺様に敵うと思ってんのかぁ! むふー! むふー! 貧弱小僧がぁ! むふー!」
興奮して鼻息が更に荒くなる。思わず「うるせえ! うるせえ!」とアークは叫び続ける。しかし、高笑いは続く。
アークは圧倒的な力の差に、絶望を感じずにはいられなかった。できることは、ただ子犬のように震えながら吠え続けることだけだった。
そして笑い声の中、スタグロフは右腕に氷の槍を生成し、腕を高く振り上げる。
「むふー! むふー! 終わりだぜぇ! クソガキぃ!!」
アークへとその槍を振り下ろす。何度目かの窮地に、アークも、セラもついに目を閉じる。
スタグロフは昂揚した気分のまま、完全勝利へと突き進む。
そんな気分の昂揚が、快楽への期待が、彼のセンサーが捉えた僅かな異常と、そこから起こった急激な変化を見落とす原因となり、仇となったのだ。
スタグロフがそれに気づき、視線を後ろに向けた時、既に紅蓮の刃が左下から右上へと斜めに胴を斬り上げていた。
「……馬鹿……なぁ……」
完全に氷漬けにしたはずだった。絶対零度の凍気を浴びせたのだ。その動力炉は完全に停止していたはずだ。何故、この男――――紅いイレギュラーはこうして、氷の牢獄を打ち破り、生きているのか。
そしてスタグロフのセンサーはその答えを見つけた。
白いショルダーアーマーと、コートに付着した焦げ跡。煙を吹き出す関節部。急速な体温上昇に対し行われる、排水作業による発汗作用。そして、異常な程の高熱を放つ左腕。
――――まさか……!?
氷漬けにされる寸前、ゼロは左腕のジェネレーターをフル稼働させ、アースクラッシュ一撃分に匹敵するエネルギーを急速に蓄積した。そしてそのエネルギーを一気に逆流させ、瞬間的に身体中から異常な程の高熱を発生させることで、ある程度の温度を確保することにより既の所で駆動系の停止を防いだ。それから瞬時に、ゼットセイバーのエネルギー変換機能を応用し、灼熱の炎を発生させ、内側から氷を溶かし、力尽くで砕き切った。
無論、絶対零度の凍気の中、アースクラッシュのエネルギー逆流から駆動系の完全停止を防ぐ程の高温を発生させること、そこから休む間もなくゼットセイバーに炎を発生させるというのは容易なことではないし、初めての試みだった。オーバーヒートによる身体への負担は計り知れないものがあった。しかし、ゼロは全てをこの策に賭け、結果、勝利をもぎ取ることができた。
「……おまえ…………な…kな…か…や…r……なぁ……」
死中に活を見出した強敵に、スタグロフは素直に己の敗北を認め、心からの賛辞を送る。そして、そのまま機能停止した。
あの五月蝿い鼻息は、ついに聞こえなくなった。
勝者となったゼロもまた勝利の余韻に浸る間もないままに、両膝を地面に着け、俯せに倒れこむ。
あまりの恐怖に腰を抜かしたアークとセラは、そこから一歩も動けずにいた。レルピィはゆっくりとゼロの傍へと近づき、その無事を確認すると安堵の溜息をついた。
夥しい量の血が流れ、数多の命が散り、ついには主を失くした要塞。
しかしその壁面はそれでも尚、眩しい輝きをひたすらに放ち続けていた。
―――― * * * ――――
華やかな屋敷の裏に広がる草原に数十、数百といった数の石碑が並んでいた。どれも名が刻まれ、花が手向けられている。そこは、レプリロイドたちのための墓場だった。
その中央にそびえる、一際巨大な石碑へと一行は近づく。
「遺体を回収しきれなかった者たちは、この石碑で弔うことにしているんだよ」
イロンデルがアークに小声で教えてくれた。
「さあさ」とアンドリューに背を押され、アルエットが庭先で摘んだ花束をそこに手向ける。それを真似るようにして、今度は子ども達が、続いてセラが花束を手向けた。
「さて……それじゃあ、黙祷を捧げるかね…」
アンドリューの声に従い、皆、瞼を閉じ、多くの失われた命に黙祷を捧げた。僅かな時間だったが、それはとても永く感じられた。
どうか安らかに眠って欲しいと、アークとセラは仲間たちの顔を思い浮かべ、切に願った。
「私のせいです…ゼロさん」
ペロケが頭を下げる。しかし、それを見て、アークが「違う」と声を上げる。
「俺が悪かったんだ…。俺が馬鹿なことしたから……。俺のせいで……ロルフさんは……」
救えたはずの命が、救えなかった。それは皆の心に暗い影を落とした。
しかし、ゼロは少しも責めること無く、ただ二人の頭を優しく撫でた。
「ペロケも、アークも……誰が悪かったわけじゃない……」
ロルフの死を止めることはできたかもしれない。けれど、どちらにしろ止められなかったかもしれない。また、誰に責任があるかなどと言及したところで、彼が生き返るわけでも、彼の魂が救われるわけでもない。だから、誰が悪かったかなどというのを決めるのは虚しいことだ。
「それよりも……なあアーク、セラ」
二人の名を呼び、顔を見る。そして、目線を合わせるようにしゃがみ、二人の手を握る。
「ロルフが救ってくれたその命を、大切にしろ」
二人は強く頷いた。
『誰が悪かったわけじゃない』――――屋敷へと戻る途中、そんな自分の言葉に、ゼロは少し考える。
確かに、誰に責任があったわけじゃない。あの状況では、もう打つ手がなかった。しかし、考えてしまう。
――――本当にそうだったのか……?
可能性は何処にもなかったのか。ロルフの死は決まっていたのか。
もしかしたら他の“誰か”ならば、救うことができたのではないか。
自分ではない“誰か”だったならば――――……‥
そんな時、決まって“あいつ”のことを思い出す。
“あいつ”ならばどうにかする道を見つけたのではないかと思わずにはいられない。それどころか、あそこにいた全員を救う術を見出したかもしれない。
――――俺ではなく……“あいつ”だったなら……
くだらない妄想か、希望か、それとも未だ閉ざされたままの過去の記憶がそう思わせるのか。
理由はともかくとして、知らず知らずのうちに、握った拳に力が入っていた。
―――― * * * ――――
「バカな……。本気で仰っているのですか!?」
特別通信室で、モニターに向かってクラフトは一人、憤りのままに問い返す。
するとモニターの中に座る元老院議長団の八名、その中心に構える元老院最高議長――――ヴィルヘルムが「無論だ」と少しも躊躇うこと無く答える。
「これは元老院議会での決定であるぞ。クラフトよ、直ちに命令を遂行せよ」
嘲笑を浮かべながら、元老院議長第四席――――マクシムスが顎の肉を揺らしてそう告げる。
「ですが!」とクラフトは猛抗議をする。
「それは我々の……“誇り”に関わります! 指令の撤回を! 閣下!!」
尚も嘲笑を浮かべるマクシムスには目もくれず、ヴィルヘルムへと声を上げる。
するとヴィルヘルムは一度だけ鼻で笑い、それから険しい表情でクラフトを睨みつける。
「貴様……第十七精鋭部隊の隊長でありながら、人間である我々の決定に逆らうというのか?」
「ぐっ」とクラフトは言葉に詰まる。
「くだらん“誇り”などの為に我々、人間に逆らうと言うのであれば、それ相応の処置を取るが……覚悟はできておろうな、クラフト?」
その脅迫まがいの言葉に、とうとうクラフトは片膝をつく。そしてただ一言、震える声で「承知しました」と指令の了解を伝えた。
「よろしい、それでは作戦に備えよ。健闘を祈っておる」
ヴィルヘルムがそう告げると、映像通信は一方的に打ち切られた。
後に残されたクラフトは、しばらくの沈黙の後、声にならない叫びを上げ、拳で床を殴りつける。憤りと、怒りと、抗い切れない自分の非力さを悔やむ気持ちがそこには現れていた。
そして、強い信念を持って自らの使命を全うしようと突き進む、勇ましい彼女のことを思い浮かべる。
――――ネージュ……
君は俺を信じてくれた。だから俺も自分を信じられた。――――しかし、今の俺はどうだ?
誇りを自ら踏みにじるような命令に逆らえず、片膝をつき、屈している。――――こんな俺を、それでも君は信じてくれるのか?
「俺は……何を信じてゆけばいい…?」
ポツリと呟いたその問いに、答えてくれる者は誰もいなかった。
NEXT STAGE
ウラギリ