<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.34283の一覧
[0] [Z-E-R-O] (原作:ロックマンゼロ、ロックマンX)[村岡凡斎](2013/09/18 15:00)
[1] はじめに[村岡凡斎](2012/07/18 16:08)
[2] Prologue[村岡凡斎](2012/07/18 16:24)
[3] Waffle for Chapter[村岡凡斎](2012/11/07 01:25)
[4] OPENING STAGE 「涙の少女と寝起きのマルス」[村岡凡斎](2012/10/29 15:54)
[5] 1st STAGE 「剣」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[6] 2nd STAGE 「星に願いを 夜空に問いを」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[7] 3rd STAGE 「包囲戦線」[村岡凡斎](2013/11/25 19:59)
[8] 4th STAGE 「亡霊の影」[村岡凡斎](2012/10/29 15:59)
[9] 5th STAGE 「死屍軍団」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[10] 6th STAGE 「キズダラケ」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[11] 7th STAGE 「渇望/葛藤」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[12] 8th STAGE 「未来」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[13] 9th STAGE 「理想郷の詩」[村岡凡斎](2012/10/29 16:02)
[14] COMMENTARY 1[村岡凡斎](2012/09/18 18:22)
[15] 10th STAGE 「紅いイレギュラー」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[16] 11th STAGE 「救い」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[17] 12th STAGE 「ウラギリ」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[18] 13th STAGE 「闘将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:27)
[19] 14th STAGE 「証明」[村岡凡斎](2012/10/30 23:28)
[20] 15th STAGE 「レスキューコール」[村岡凡斎](2012/10/30 23:29)
[21] 16th STAGE 「世界を覆う白雪の上で」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[22] 17th STAGE 「理想の表裏」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[23] 18th STAGE 「color of mine/d」[村岡凡斎](2012/10/30 23:31)
[24] 19th STAGE 「妖将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:32)
[25] 20th STAGE 「届かぬ想い、その結末。」[村岡凡斎](2012/10/30 23:33)
[26] 21st STAGE 「デンジャラス・デイ」[村岡凡斎](2013/05/07 21:37)
[27] COMMENTARY 2[村岡凡斎](2012/10/30 23:37)
[52] 22nd STAGE 「レプリロイドは ぜんまいねずみの夢を見るか?」[村岡凡斎](2012/11/07 01:09)
[53] 23rd STAGE 「殺戮舞台」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[54] 24th STAGE 「罪 と 罰」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[55] 25th STAGE 「Raging River」[村岡凡斎](2013/11/19 00:54)
[56] 26th STAGE 「ABSOLUTE - JUSTICE」[村岡凡斎](2012/12/17 00:06)
[57] 27th STAGE 「隠将」[村岡凡斎](2013/01/28 22:27)
[58] 28th STAGE 「再会」[村岡凡斎](2013/05/07 21:39)
[59] 29th STAGE 「暗躍の調」[村岡凡斎](2013/05/25 23:30)
[60] 30th STAGE 「死者の国」[村岡凡斎](2013/06/23 01:04)
[61] 31st STAGE 「乱戦四重奏」[村岡凡斎](2013/08/03 00:49)
[62] 32nd STAGE 「Red, White and Bullet Blues」[村岡凡斎](2013/09/18 14:58)
[63] 33rd STAGE 「    」[村岡凡斎](2013/09/28 16:02)
[64] 34th STAGE 「月と影、そして太陽」[村岡凡斎](2013/10/06 09:36)
[65] 35th STAGE 「残光の行方」[村岡凡斎](2013/11/02 15:37)
[66] 36th STAGE 「救世主」(前)[村岡凡斎](2013/12/24 14:36)
[67]          「救世主」(後)[村岡凡斎](2013/12/25 11:54)
[68] FINAL STAGE 「Message from...」[村岡凡斎](2014/01/25 17:09)
[69] LAST COMMENTARY[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
[70] おわりに[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[34283] 10th STAGE 「紅いイレギュラー」
Name: 村岡凡斎◆45ff140f ID:697d6d9c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/30 23:26













    激闘編
























  ――――   1   ――――


エネルゲン水晶の眩い輝きに照らされる洞窟の奥――――自然物が織り成す芸術に取り囲まれていながら、それらとは遥かに対照的である、如何にも機械的な扉の中の暗い一室。彼は、仄かに部屋を照らしているモニター越しに自分の上司と向き合っていた。

「先日、ガネシャリフの三号機が破壊されたわ」

彼女が疲れ気味に話を切り出す。

「ガネシャリフ二体目の破壊に、元老院から情報運搬ユニットの見直しと、ガネシャリフ運用の一時凍結を言い渡されたの。おかげで戦略研究所から“ガネシャリフユニット”の改造案が提出されて、これからその視察に行かなきゃならなくて……」

「それは……面倒なことになりましたなぁ」

彼は「むふー」と独特の鼻息を鳴らしながら労いの言葉をかける。

「そう、とっても面倒なことになっているのよ。だから、ねえ……私の言いたい事、分かるかしら?」

溜め息混じりに話していた彼女は、一変して妖艶な笑みを浮かべる。思わず彼の心臓部は大きく高鳴ったが、その笑みの奥に含まれる脅迫的な威圧感に気づくと、今度はゾクリと悪寒が走った。

「これ以上の失敗は赦されないのよ。私たち、“冥海軍団”には」

戦略上重要な位置にあったガネシャリフ二体の敗北は、彼女が指揮する冥海軍団にとって戦力的にも、評価の面でも、大きな痛手であった。
これ以上の失態があれば、元老院からの叱責、不信は免れず、今後の活動に負の影響が出ることは間違いないだろう。

「むふー……安心してください、レヴィアタン様ぁ」

念を押す彼女の声に負けじと、彼はニタリとほくそ笑みながら答える。

「このブリザック・スタグロフ。あの鉄塊野郎のような失態は絶対に犯しゃしませんぜ。むふー」

「頼もしい返事ね」

「フフ」と、妖将レヴィアタンは微笑む。しかし、すぐにその笑みは消え、レヴィアタンは眉を僅かに寄せながら「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど」と言葉を付け足す。

「それを言うなら、あなたのその“鬼畜な趣味”は程々にするべきだと私は思うんだけど……どう思う?」

痛いところを突かれてしまい、思わずスタグロフは鼻息を一際荒く鳴らす。

「むふー! お言葉ですがねぇ、レヴィアタン様ぁ。こう……暗い穴蔵の中にいたんじゃあ、ストレスが溜まっちまって仕方ねえんすよぉ」

レヴィアタンはそれに呆れながら忠告する。

「いい、スタグロフ? 『やめろ』とまでは言わないわ。『程々に』と言っているのよ。そんな趣味にかまけて警戒を怠れば、“あの男”はあっという間にあなたの喉元に迫って来るはずよ」

「大丈夫っすよぉ、その点はぁ」

「むふー」と殊更得意げに鼻を鳴らす。

「例え喉元まで迫ったとしても、そこで終わりっすよぉ。ヤツがサーベルを振るより先にぃ、この俺の冷気がヤツを捉えるんすからぁ」

またしても「むふー」と鼻息を鳴らす。自信満々に語るスタグロフだが、その目に宿っているのは決して慢心などではない、確かな勝機と殺意だった。それを認めると、レヴィアタンは満足そうに再び微笑む。

「ならいいわ。……けれど、覚えておきなさい。私たちが追っている“あの男”――――“紅いイレギュラー”は今までのような手緩い相手ではないということを」

「了解っす」とスタグロフが答えると、またしても妖艶な笑みを浮かべながら、レヴィアタンは映像通信を切断した。それからスタグロフは「むふー」と鼻を鳴らしながらゆっくりと振り返り、その部屋を出た。
部屋を出たスタグロフのアイカメラが光量を大きく絞る。煌々とした輝きがエネルゲン水晶に幾重にも反射し、洞窟の中だというのに、朝陽が差し込むテラスのように明るい。その通路を進んだ先にある、別の扉を開ける。そこから先は、地下へと暗黒に包まれた階段が続いていた。仄かに照らしているのは、頭上に備え付けられた数少ないパネルライトだけだった。
階段を下った先に、また一つ扉がある。スタグロフは電子ロックを操作し、その扉を開けた。すると、中には数十人ほどのレプリロイドたちが怯えるように縮こまり、肩を寄せ合っていた。
スタグロフはいやらしい笑みを浮かべ、その場にいる全員に聞こえるよう、声を上げる。

「むふー! いいかお前らぁ! 優しいやさしいこの俺様がぁ、お前らレジスタンス共に最後のチャンスをくれてやるぅ!」

その声に、レプリロイド達は皆「ビクッ」と肩を震わせる。
スタグロフはそれをニヤニヤと眺めながら、声高らかに宣言する。

「今から三十秒くれてやるぅ。その間に牢から出て、基地内を逃げ回れぇ! むふー……パンテオン共には動かないよう指示してあるから安心しろぉ! そして五分! むふー……五分間逃げ切った奴はそのまま見逃してやるぅ。むふー……」

その提案に一人のレプリロイドが恐る恐る問い返す。

「ほ……本当に逃がしてくれるのか……!?」

僅かな希望に縋りつくその瞳に、スタグロフは極上の珍味を前にしたような舌舐めずりと共に答える。

「勿論だぁ。むふー……俺様は優しいからなぁ。但し、捕まった場合は……」

端の方で身体を震わす少女型レプリロイドを一瞥し、殊更興奮したように大きく鼻を鳴らす。その鼻息に、少女はゾクリと悪寒を感じた。

「俺様の好きにさせてもらうぞぉ? むふー!」

「他に質問はないかぁ?」とスタグロフはレプリロイド達に問いかける。希望を抱く者、その提案を訝しむ者、尚も恐怖に震える者――――それぞれ様々な反応を見せる。
ひと通り見回した後、それ以上質問が出ないことを確認すると、スタグロフは壁を力いっぱい叩く。

「むふー……それじゃあゲームを始めるぞぉ!」

レプリロイド達は立ち上がり、駆け出す準備をする。皆、様々な思いを抱えながらも、「生きたい」という願いだけは共通に強く持ち合わせていた。

「ようい……スタートだぁっ!!」

その掛け声と共に、誰もが一斉に地を蹴り、駆け出す。共通に「生きたい」と願いながらも、「我先に」と狭い扉をくぐり、階段を駆け上がってゆく。しかし、数十人が一辺に通れる程の広さは当然ながら無く、窮屈に押し合い、すぐに道が詰まってしまう。

「……きゅぅう……じゅぅう……じゅぅういち……」

スタグロフがカウントする声が聞こえてくる。残り僅かな時間を聞き取ると、一人が「落ち着け」と声を張り上げる。だが冷静なその声も、「どけ」「邪魔だ」という乱暴な声にかき消されてしまう。

「じゅぅうよん……じゅぅうごぉ………むふー…」

突然、スタグロフは数えるのをやめ、考え込む。その不気味な様子に気づいたのは最後尾にいた者だけだった。
しばらく悩むようにした後、スタグロフはまたも鼻を鳴らし、荒々しく乱暴に言い放つ。


「やめだ! 長ぇ! “三十”!!」


頭部側面に突き出ている筒に冷気を集め、一瞬にして氷柱を発生させる。そして、角のように生えた氷柱を前方に向け、最後尾にいた者の背中へと一気に突進した。
ズブリという鈍い音と共に、突き刺された者が悲鳴をあげる。尋常ならざる事態から忽ち悲鳴は伝染し、その場にいた者たちは激しい混乱に包まれた。
スタグロフは瀕死の標的を目の前から除けるように横へ突き飛ばし、更に先へ進んでいる者を突き刺してゆく。一人、また一人とその凶悪な突進の餌食となってゆく。
ようやく先頭にいた者たちが階段を抜け、エネルゲン水晶に囲まれた通路へと飛び出した時には既に十数人が犠牲となっていた。

「セラ! こっちだ!」

男性のレプリロイドはそう叫ぶと、少女型レプリロイドの手を引いて走りだす。

「ロルフさん、ちょっとまって」

歩幅の違いに、セラと呼ばれた少女は躓きそうになる。
その様子に痺れを切らし、ロルフと呼ばれた男性レプリロイドはセラを抱えて走ることにした。

「よく掴まってろよ!」

しばらく駆け回った後、基地内を警備しているパンテオン達の視界に入らないよう注意しながら、途中の岩陰に身を隠す。
その間も方々から耳を劈くような悲鳴が聞こえ続け、その度にセラは耳を塞いだ。

「とにかく……脱出する方法を考えよう」

自身を落ち着かせるように、ロルフは言う。

「『五分逃げ回れば』……なんて嘘に決まってる。なんとしてもこのまま逃げ出すんだ」

その為にはパンテオン達の視界や基地内の監視カメラにこれ以上写ってはならない。その情報はまちがいなくスタグロフに転送されているはずだ。
逃げ出す算段を立てようと思考を巡らすロルフ。だが一方、セラは既にこの絶望的な状況に打ちのめされていた。

「…むりだよ……ロルフさん。そんなの……できるわけないよ」

「諦めるな」とロルフが声を荒げる。

「生き延びるんだ、なんとしても! ……アークだって、どこかで必ず生きているはずだ。会いたいだろう?」

「アーク」――――所属していたレジスタンス組織で、仲の良かった少年レプリロイドの名前を出され、セラは渋々頷く。

「会いたいよ……。けど、にげのびても…どこに行けばいいの? わたしたちの“家”はもう……」

セラとロルフが所属していたレジスタンス組織は、“レジスタンス”と呼ぶには烏滸がましい規模の、ネオ・アルカディアから脱出したレプリロイドたちの寄り合いの様なものだった。まともな反抗活動は出来なかったが、互いに家族のように寄り添い、温かい暮らしを築いていた。
しかしスタグロフ率いる軍団に襲撃を受け、僅かに生き残った者は、同じく襲撃された他のレジスタンス組織の構成員と共に、あの暗い牢屋へと押し込まれていたのだ。
この周辺のレジスタンス組織はもう壊滅的だろう。しかし、ロルフはその状況を理解していながらも、諦めてはいなかった。

「……“白の団”がある。他のレジスタンスへの援助も積極的に行なっているという噂のあそこなら、きっと俺たちを助けてくれる」

そうは言うものの、実際にはどうコンタクトをとればいいのかすら分かっていなかったが、ロルフは希望を持ち、生き延びる道をなんとか模索することにした。そんなロルフの姿勢に、セラもまた生き延びれることを信じてみようと思った。



その瞬間――――


「むふー……みぃぃつけたぁぁ」

醜悪な笑みを浮かべる牡鹿の眼が二人を捉える。咄嗟にセラは声をつまらせ、体を震わせる。そんなセラを守るように、ロルフが抱き寄せる。

「三分かぁ……むふー……。意外に持ったほうだなぁ」

体内時計を確認し、二人の健闘を称えるように鼻を鳴らす。

「男の方は殺すとしてぇ……お嬢ちゃん……むふー」

青ざめた顔で恐怖するセラへ、得意げに提案をする。

「頭を潰されるのとぉ、腹を裂かれるのとぉ。胸を貫かれるのとぉ……むふー……四肢を砕かれ、なぶり殺されるのとぉ……ネオ・アルカディアに帰って人間の慰み者になるのとぉ……どぉれがいぃい? むふー」

想像するのもおぞましい提案の全てに、セラは激しく首を振る。

「…い…や…ぁ…! …どれも…いやぁ…!」

「畜生! この外道が!」

ロルフが怒りのままに吐き捨てるが、スタグロフはいやらしい高笑いを上げる。

「どれも嫌ならぁ……仕方ねぇ。むふー…むふー……腹を突き刺して、死ぬまで俺の慰み者になってもらおうかぁ!」

今度は両腕に冷気を集め、氷の槍を形成する。それを二人へと向け、狙いを定める。
絶体絶命の状況に、セラはいつしか瞼を強く閉じた。ロルフは尚も、彼女だけでも守ろうと更に強く抱き締めた。
恐怖に包まれる二人を眺め、スタグロフは殊更大きく舌舐めずりをする。そしてそのぬるりとした悦楽の時から、更に強い一瞬の快感を味わうべく、「あばよぉ!!」という掛け声と共に両腕を一息で前に突き出した。









刹那、横切る鮮緑の閃光――――











セラは恐る恐る、その瞼を開ける。気づけば、抱き締めるロルフの腕から力が抜けていた。しかしロルフもまたセラ同様に確かな温度を放ち、生きていた。
ロルフが呆然と見つめる先へと、セラは視線を移す。そこに、見えるはずのスタグロフは見当たらず、代わりに見えたのは真紅のコート、流れる金髪――――……‥

「ちょいと“おいた”が過ぎるぜ? ――――なあ、ブリザック・スタグロフ」

その声は、その場を包む絶望を切り裂くように、凛と響く。
氷の槍を防ぐ、その右腕が握り締める剣から発せられる激しい輝きは、辺りを囲むエネルゲン水晶に反射し、殊更眩しく見える。

「き……キサマはぁ! むふー……!」

驚きの鼻息を漏らすスタグロフに、“彼”は嘲笑とともに言い放つ。

「その荒い鼻息も、どうにかした方がいいぜ。……すんげぇ気色悪いからな!」

そう言ってビームサーベルを勢い良く振り切る。咄嗟にスタグロフは後方へと跳び退く。

「さあ、もう大丈夫だ」

スタグロフへの警戒を怠らないよう注意しながら、背後の二人に視線を遣る。鋭い闘気を含みながらも、温かい眼差し。

「あなたは……?」

問いかけるロルフ。その隙を突いてスタグロフが跳びかかる。思わずセラが「あ!」と声を漏らすが、“彼”は危なげ無く、その攻撃を再び防ぐ。激しい鍔迫り合いすら物ともせず、そのままロルフの問いに答える。

「名乗る程のもんでもないさ。けどまあ……そうさな、今の呼び名は――――」

ぐっと踏み込み、空いていた左腕をスタグロフへと突き出す。そこに収束されたエネルギーの危険性に気付いた瞬間、小さな衝撃と共にスタグロフは後方へと激しく弾き飛ばされた。

「――――“紅いイレギュラー”さ……」

不敵な笑みを浮かべ、紅いイレギュラー――――ゼロは強く地を蹴った。













 10th STAGE









      紅いイレギュラー






















  ――――  2  ――――


どうしてこんな事になってしまったのかと、思い返せばキリがない。とにかく、彼が偵察と称して基地の外へと抜け出し、辺りを散策しているうちに、“それ”は起きてしまったのだ。
二時間程経って彼が“家族”の下へと戻った時、事態は全て収束しており、後に残ったのは瓦礫の山と、そこに埋まる無惨な“家族”たちの亡骸だけであった。ただ一つ救いがあるとすれば、彼にとって一番大切な彼女の亡骸だけは、他数名の仲間の亡骸も含め、どこを探しても見つからなかったということくらいだ。
しかし、あの悪名高い“ブリザック・スタグロフ”のことだ。恐らく僅かに生き残った者たちでさえ一人残らず捕まってしまっただろうし、今頃どのような扱いをしているか分かったものではない。
珍しく一人で外出したことについて「彼女だけでも連れ出していれば」とか「どうして自分はこの場にいなかったのだろう」とか、後悔の念は尽きない。
だが、そうしたところで意味はあっただろうか。例え彼女と二人きりになったとしても、やはり大切な家族は失っていただろうし、自分がその場にいたとしても、いったい何ができたというのか。――――恐らく、ここに転がる亡骸が一つ増えただけだろう。

如何ともし難い程に突き付けられた己の非力さを憎み、悔み、今彼はそのちっぽけな手に、小さなエネルギーガンを握り締め、目の前の男にその銃口を向けていた。ただ虚しく広がる荒野の真ん中で。

「……返せよ……」

ライドチェイサーに跨ったまま腕を組んでいる、目の前の男の威圧感に圧し潰されそうになりながら、言葉を搾り出す。

「返せよ……俺の家族……」

バイザーで隠れ、その瞳の様子を窺い知ることはできない。しかし、彼にとってそんなことはどうでもよい。こんな荒野で悠然と構えている事実こそ、目の前の男が彼にとっての敵――――ネオ・アルカディアに所属するレプリロイドであることを如実に表わしていたのだ。
殊更強い憎悪と怒りを込め、叫ぶ。

「俺の大切なもん、返せよぉ!!」

その声は、晴れ晴れと広がる青空にはとても不似合いな、嘆きの響きを奏でていた。




「それで……そいつを俺に向けて、お前はどうするつもりだ?」

しばらくの沈黙の後、男が彼に向かって問いかける。突然の声に、彼は僅かに怯んだが、毅然とした態度で答える。

「……お前らの…基地に案内しろ」

グリップを強く握り、トリガーに指をかける。

「……お前らの基地に案内しろ! ……そして、俺の仲間を…解放しろ!!」

半ばヤケクソ気味に語気を強めて要求をする。だが、向けられた銃口すら意に介さず、男は尚も悠然と構えていた。

「その先はどうする?」

再び問いかけられ、彼はすぐさま言い返そうとした。だが、答えが見当たらない。何故なら彼は“その先”など考えてもいなかった。

「俺を脅してネオ・アルカディアの基地へ侵入できたとして、その小さな銃一丁で本当に仲間を救えると思っているのか?」

「う…うるせぇ…!!」

動揺を隠すことができない。反論の余地が些かもないほどに、男の言葉通りだった。
運良く内部へ侵入できたとしても、敵の真っ只中から生還する術も、その為の道具も何処にもなかった。

「……なあ、ボウズ」

男は呆れたように、その特徴的な金髪を掻き上げる。

「勇ましいのは結構だけどよ……“命は一つしか無いんだ”ってことくらい、頭に入れとけよ」

その忠告の言葉をキッカケに、彼の怒りはさらに強く、溢れ出した。


「お前らが…俺たちを虫けらみたいに殺すお前らが! 偉そうに命の話なんかするんじゃねえよぉ!」


自分の稚拙さ、失った物、理不尽な現実――――……あらゆる物への怒りが一気に爆発し、その勢いのまま、彼はトリガーを引いた……‥‥















「はい、ストーップ!!」


突如として聞こえた制止の声に、彼は既の所でトリガーを引き切らずに指を止めた。
しかし、聞こえた声は明らかに可愛らしい女声であったが、その主が何処にも見当たらない。すると、男の横に小さな光体がヒラヒラと華麗に舞っているのが見えた。

「ちょっとダーリン!? あなたが名乗らないせいで話がどんどんややこしい方向に進んでるんだけどぉ!? どーゆーつもりぃ!?」

「だぁー! 五月蝿い!」と男が慌てて耳を塞ぐ。どうやら声の主はサイバーエルフのようだった。

「レルピィ、耳元で騒ぐな! お前の黄色い声は耳に痛いんだよ」

喚く男の言葉に、レルピィと呼ばれたサイバーエルフは頬を膨らませて猛抗議をする。

「はぁぁ? 失礼しちゃう!! こんな可愛い“彼女”の声を『痛い』だなんて! もうサイテー! 大っキライ! 絶交よ!」

そう言って顔を背ける。男はサイバーエルフの言葉が聞き捨てならなかったらしく、「待て待て!」と慌てて言葉を返す。

「いつからお前は俺の彼女気取りだ!? 勝手に馬鹿な事を言うんじゃない! そもそも『絶交』だってんならコアユニットを荒野のど真ん中に放り投げてくぞ!? いいんだな!?」

『放り投げる』という言葉に、レルピィはすかさず態度を変え、「ダーリン、ごめ~ん」と軽薄な謝罪をしながら男に擦り寄る。男はあきれ果ててそれ以上物が言えない様だった。
そのやり取りを彼は呆然と眺める。先程までの張り詰めた空気から一変、何とも気の抜けた様子に、言葉が見当たらなかった。
しばらくそうした後、男が「おい」と彼に向かって声をかけてきた。

「ボウズ、お前の名前は?」

「え……あ……アーク」

そう言った直後、アークは勢い良く口を手で覆う。問われるまま、無防備に名乗ってしまったことを激しく反省した。
だが、男は僅かな敵意も含まぬ声で「そうか、アーク」と彼の名を呼んだ。

「悪かったな、お前さんがあまりにも真剣過ぎて、俺も名乗るタイミングを見失ってたんだ」

「ハハッ」と軽く笑って、言葉を続ける。

「先に訂正しておくと、俺はネオ・アルカディアのレプリロイドじゃあ無い」

きっぱりとそう言われ、アークは驚きを隠せなかった。このような場所で一人、まともに整備されたライドチェイサーに跨っていたのだ。どう考えてもネオ・アルカディア側のレプリロイドとしか思えなかった。
少し警戒をしながらも、「それじゃあ……あんたは?」と正体を問う。

「ああ……俺の名前は――――」

男が答えかけたその時、一面に響く間の抜けた高笑いがその声を遮った。

「ハーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ――――……‥‥」

アークとレルピィ、そして名乗りかけた紅いコートの男はすぐ近くにそびえる崖を見上げた。
陽の光を背に受けて、五人ほどのレプリロイドがその姿を現す。

「ついに見つけたぞ! 紅いイレギュラー!!」

「……あ」

その声の主を認識すると、男とサイバーエルフは同時に声を漏らす。どうやら相手を知っているようだ。
アークは「紅いイレギュラー」と言う名に反応し、そう呼ばれた男を見る。

――――まさか……

先程までネオ・アルカディアの者だと信じきっていたこの男こそが、かの有名な「紅いイレギュラー」だというのか。
崖の上にいる男は続けて叫ぶ。

「ここで会ったが百年目ぇ! 思えば貴様と初めて出会ってから二週間! 屈辱的失態により、あの生意気なクラフト隊長様々から厳しく云々かんぬん言われてからも二週間! こうして貴様と再び相見えることになろうとは! 俺様にもツキが回ってキタァー!!」

紅いイレギュラーは面倒くさそうに頭を掻く。レルピィは「べー」と声の主に向かって舌を突き出していた。

「今日こそ覚悟しろ! 紅いイレギュラー!! このイレギュラーハンター第十七精鋭部隊第四班班長にして、“赤鬼”グラーツ隊長率いる地獄の第四部隊元副隊長、華麗なる狩人(自称)シューター様が貴様に引導を渡してくれるわぁ!!」

崖の上から「ビシッ」と力強く指を差す。すると、周りのレプリロイドたちも何やら騒いでいる。

「カッコイいっす! 副隊長!」

「そうだろうそうだろう! アーチ隊員! そうとも俺はカッコイい! ――――おい、ボウ隊員! 他のヤツらはどうした!?」

「はっ! 残念ながら、我らの他に二十名程いた部下は皆、副隊長の天才的嗅覚に理解を示さず、全くついてきておりません! しかし、安心を! 我ら真の精鋭、元第四部隊メンバーはしかと、ここに!!」

「ハッハッハッハッ! 天才とは一部の才ある者以外には理解されん悲しい生き物なのだ! 仕方があるまい! ハッハッハッハッ」

少年は現れたレプリロイドたちを見上げ、再び呆然と立ち尽くす。恐ろしいほどの急展開に全く頭がまわっていない。
一方、紅いイレギュラーはレルピィとなにやら話し合っている。どうやら先程の喧嘩について上手くまとめているらしい。何を話しているのかは全くアークの耳に入らないが、紅いイレギュラーは「フッ」と柔らかい笑みを零し、レルピィもまた頬を染めて嬉しそうに笑っている。
自分の話など全く聞かれていないのだという事実に気づかないまま、「シューター」と名乗る男はブツブツと話を続ける。

「――――思えば二週間前……。卑怯な不意打ちに屈し、みすみす貴様を取り逃がしてしまったあの日。『新たな救世主』だかなんだか知らないが、俺様より二年も遅く配属されたクセに周りからチヤホヤされて羨ましい――――じゃなかった……憎たらしい小僧に上から目線で叱られるし、周りの隊員からは指を差され、白い目で見られるし。散々で可哀想な俺様」

「副隊ちょー。能力の差と配属時期は関係ないっすよぉ」

「黙れ! ドロー隊員! 貴様は前もそうやって、俺様の回想時間を邪魔してくれたな! 後で喝を入れてやる! ――――とにかく! 今のところなんだかんだ言って、紅いイレギュラーと接触できているのは第十七部隊の中では我々のみ! これを天の導きと呼ばずして何と呼ぶ! 今日こそ紅いイレギュラーを捕まえて、クラフトの小僧をギャフンと言わせてやるのだぁ!!!!」

「カッコイいっす! 副隊長!」

「そうだろうそうだろう! カッコイいだろう! ――――おい! ドロー隊員! そう言えば、まだクラフトの小僧には報告してないだろうな!?」

「……えっ……………」

「…………『えっ』?………」

先程までの喋りの勢いが滞り、一瞬にして流れる沈黙。そして、シューターは「バカもーん!!」と声を張り上げた。

「何してくれやがったぁ! それじゃあ、もし! 万が一! パーハップス! メイビー! プロバブリー! 失敗してしまったら、またどやされてしまうじゃないかぁ!!」

「そんな!? 副隊ちょー! また失敗するつもりなんすか!?」

部下からの鋭い切り返しに、シューターは僅かに動揺する。

「な! ……そ……そんなワケないじゃあないかぁ。――――念には念を入れなければと言う話だ!」

「大丈夫ですよ! 副隊長! 俺たちみんなで力を合わせれば、できないことなんて何にもないです! 小さな物から大きな物まで動かせるハズです!」

「ボウ隊員! お前の言うとおりだ! もしも人間だったならば俺様、涙ちょちょぎれる想いだ! ――――その通り! 我らが力を合わせれば怖いものなど――――」

シューターが再び調子よく喋りだしたのを遮るように、部下の一人が口を挟む。

「あのー……副隊長…」

「なんだコード隊員! 俺様の口上をまたもや遮りやがって! お前も後で喝を入れてやる!」

「…いや…あのですねぇ……」

モゴモゴとなかなか話し始めないコードに、シューターは苛立ちを顕に怒鳴りつける。

「なんだ!? ハッキリハキハキ話せ! お前はいつもいつもモゴモゴ話すもんだから、何を言ってるんだかぜーんぜん分からん! 二週間前だってそうだ! お前がもっとちゃんと奴の動きを俺様に知らせておけばあんなことには……………」

そして、またもや沈黙が彼らを包む。

『ちゃんと奴の動きを俺様に知らせておけばあんなことには』――――先程、自身が放った言葉が脳内で木霊するのを感じる。
おそるおそる、ようやくコードが口を開く。

「……高エネルギー反応…が…」

気づけば紅いイレギュラーの左腕に激しい光が溢れる。

「ちょっ」

そして紅いイレギュラーはその腕を勢い良く頭上に振り上げると――――

「ちょぉ! ちょぉ! ちょぉ! ちょぉおぉっ待っ…!」

――――容赦すること無く、直下へと振り下ろした。

「待ぁってぇえぇええぇぇえぇぇえぇええぇぇえぇぇえぇええぇぇえぇ――――……‥っ!!」




大きな爆音と共に、地を這うエネルギー波に揉まれ、崖は即座に崩れ落ちた。
















  ―――― * * * ――――


「いいのかよ……あれ」

紅いイレギュラーの背中に掴まり、後ろを見る。先程まで、シューター達が立っていた崖は跡形もなく崩れ去り、そこからはもくもくと空高く砂煙が立ち登っていた。
二人が乗るライドチェイサーはみるみるうちに、その場所から離れて行く。

「『いいのか』ってのは?」

「トドメは刺さないのかってこと」

アースクラッシュで崖は崩れた。だが、おそらく、あのイレギュラーハンター達は生きているだろう。

「何でもかんでも殺しゃいいってもんじゃない。それが例え、憎むべき敵だとしてもな」

アークには男の言っていることがいまいち理解しきれなかった。ネオ・アルカディアに属する、それも彼を追っているイレギュラーハンターでさえも、その生命を赦そうという判断が、どうにも認められないものに感じられた。
しかし、この場で言い争ったとしてもきっと勝ち目など無いだろうということは理解できていたので「ふーん」と曖昧な声を出した。

「で、これで信じられるだろ?」

今度は紅いイレギュラーが問いかける。

「俺がネオ・アルカディア側じゃあないって」

「あ……うん」

シューターが現れるまでの流れを思い出す。
彼は確かに、『ネオ・アルカディア側ではない』と宣言し、事実、シューター達のようなイレギュラーハンターに追われていた。それだけでなく、彼の正体が今世界を騒がせているSランクイレギュラーの一人、「紅いイレギュラー」であることまで分かった。その実力の程も、先程の攻撃で確認できたし、疑う余地はどこにも無かった。

「ごめん……勝手に敵だと決めつけて」

アークはバツが悪くなって謝罪を述べる。すると、紅いイレギュラーは優しく微笑む。

「レルピィの言うとおり、俺が名乗らなかったのが悪い。気にするなよ」

横でレルピィが「ですよねー」と満足気な笑みを浮かべ、頷く。

「えっと……それで……あんたたちはいったい何を……」

「詳しい話はお家でしてやるから、ちょっと待ってな」

「『お家』?」

首を傾げるアークを他所に、紅いイレギュラーはレルピィに話しかける。

「一番近いゲートは?」

「ここからなら7番ね。ペロケに開けてもらうわ。で、あとは私がライドチェイサーを操作するからダーリンは休んで」

「サンキュ。任せるぜ」

レルピィがライドチェイサーの先頭部に溶け込むように消える。すると、ライドチェイサーは独りでに加速した。

――――“家”……か…

アークは一人、紅いイレギュラーが何かを形容して使った言葉を思い返す。そこがまた、温かい場所であることを願うが、つい数時間程前まで共に過ごしていた“家族”の事を思い、胸が苦しくなった。
























「……なん…て…ことだ…」

崩れた岩に埋まりながら、なんとかシューター達五人は生きていた。

「……おのれ…紅いイレギュラーめぇ…。またしても、このような卑劣な手を……」

「二度あることは三度あるとか」

「黙れ! ドロー隊員!」

シューターが拳を握り、地面を叩く。根性で岩を押し除け、足に力を込め立ち上がり、腕を天に突き上げる。

「この雪辱! 近い内に必ずや果たしてくれるわぁ!」

「カッコイいっす! 副隊長!」

「流石です!」

アーチやボウが口々に褒め称えると、シューターは「そうだろうそうだろう」と得意げに笑う。

「そうとも、俺はカッコイいのだ! ――――そうだ! おい、ドロー隊員。『先ほどの報告は私の間違いでした』と訂正しておけ。くれぐれも、クラフトめにこの失態を悟られるなよ」

「……えっ………………」

「…」

「…」

再び訪れる沈黙。
ドローは申し訳なさそうに、恐る恐る答えた。

「すいません…ついさっき………」

「…………」






そのまま言葉を無くし、シューターはパタリとその場に倒れ込んだ。























  ――――   3   ――――


基地の中がどうにも居心地が悪く、クラフトは今日も外に出て、遠く広がる砂漠を眺めていた。

この一ヶ月間、十七精鋭部隊は塵炎軍団基地施設の一部を借り切って、本部としていた。
元々、四軍団とイレギュラーハンターの間には相入れぬ確執がある為、互いに愚痴をしょっちゅうこぼしては、塵炎軍団側はイレギュラーハンターが早く出て行くことを、ハンター側は早く任務が終わることを願っているという状況で、気不味い雰囲気は否めない。
しかし、クラフトの、居心地の悪さの原因はそれだけではなかった。基地内には、あの忌々しいパンテオンが大勢待機している。死人に皮を被せたような、あの人形が大勢いる場所には、あまり留まっていたくはなかった。その人形たちの中に、自分が手を下した者がいるのではと考えてしまうこと自体に、彼は息苦しさを感じていたのだ。

空を見上げ、風を感じる。一ヶ月前まではごちゃごちゃした建物ばかりを見ていたためか、殺風景な景色でも、あまり飽きることはなかった。それどころか、「何もない」ことに清々しさすら感じた。

――――本当に、何もなければいいんだがな

有り得ないことだと分かっているからこそ、思わずにはいられない。
そうこうしている内に、一人の部下が後ろから駆け寄り、敬礼と共にクラフトを呼ぶ。

「第四班より報告です」

数分前、『紅いイレギュラーと遭遇した』と連絡してきた班だった。二週間前も同じチームが遭遇したのだが、あっさりと逃してしまった。――――メンバーがメンバーだけに、今回もあまり期待はせずに受けることにした。

「なんだ?」

「はっ。『心の底からごめんなさい』……と」

その答えに、クラフトは頭を抱えた。――――そして少しの迷いも無く、即座に新たな指示を出す。

「第四班、及び各部隊に知らせろ。これより第四班を解散。五番以下の班番号を繰り上げ。シューター以下元第四部隊の五名は、“特殊班”として紅いイレギュラー捜索に専念。定時連絡は今日より二日に一度、正午に。それ以外の元第四班メンバーは一旦本部に集合。追って、次の班編成を告げる。……以上だ」

「了解」

指示を確認した後、振り返り、颯爽と本部に向かって駆け出した。その部下とすれ違いに、また別の部下が駆け寄ってきた。

「ベルサルク捜索中の第二班、ヒート・ゲンブレム副隊長より報告です」

報告を待ち焦がれたその名前に、「来たか」と僅かに期待を込めた声を漏らす。

「なんと?」

「はっ。『黒狼軍本拠地と思われる地下施設を発見。これより突入を開始する』とのことです」

「了解した。……前回の例もある。用心を怠らないようにと伝えろ」

「はっ」

僅かに期待をしてはいるが、内心では「きっとまた無駄足だろう」と勘づいていた。
同じ報告は、これで三度目だ。前の二度はどちらもダミーで、突入と共に施設を爆破されたり、メカニロイドと交戦したりと苦汁を嘗めた。今回こそ「三度目の正直」となってはほしいが、その可能性は遥かに低いだろう。
つい先日も、烈空軍団長“賢将ハルピュイア”が黒狼軍幹部と交戦したらしいが、結局ベルサルクに出会うことはなかったそうだ。

「それとですね。隊長」

報告を終え基地へと戻るかと思いきや、その部下は何やら分厚い紙の束を差し出す。

「先週分のオリンポスプレス紙が届きました」

その名を聞き、クラフトは珍しく微笑みを浮かべてその紙の束を受け取る。

「すまんな、ご苦労」

早速一部だけ取り出し、残りを脇へと挟み、紙面を広げる。その様子を部下はとても奇妙なものに感じていた。

「一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ん? なんだ?」

一瞬逡巡した後、彼はつい先日より気にかかっていた問いを投げかける。

「どうして新聞を?」

「『どうして』?」とクラフトが首を傾げ返す。

「情報なら管理局から送られてくるじゃないですか」

イレギュラーハンターとして活動する彼らの脳には、定期的に「情報管理局」から国内の最新情報が転送されている。それ故に新聞を読んだり、ラジオを聞いたりする者はほとんどいない。だが、クラフトは取り寄せてまで新聞を読む。人間が書いた、主観の入り交じった記事を楽しみにしているようでもあった。
その問いに「フフッ」と笑いながら、クラフトは答える。

「……新聞を“情報を得るための媒体”としてだけ見たなら、俺のやっていることは確かに、合理性に欠けるのかもしれんな」

自身の行動の非合理性を理解していないわけではない。しかしその合理性を超えたところに、クラフトの目的はあった。

「読みたい記事があるんだ」

「『読みたい記事』……ですか?」

「ああ」と言いながら、また笑う。その笑みはどこか照れくさそうだ。

「ただ“情報として”ではなく“誰かの声として”。そこに込められた想いを、俺は感じたいんだよ」

「……新聞ならば感じられると?」

クラフトは彼の問いに力強く頷く。

「全部が全部というワケではないがな。――――少なくとも、ある一人の記者が書く記事からは、いつも強い想いを感じているよ」

いまいちピンとこない部下の顔を見て、クラフトは苦笑する。そう簡単には理解してもらえないだろうと分かっていた。
同時に、『ある一人の記者』のことを思い出す。――――まっすぐな瞳で、真実と向き合おうとする彼女のことを。

「――――彼女のおかげで……俺は自分を信じることができる」

最後にぼそりと呟いた言葉は、新たに報告を携えた伝令の声にかき消された。

「隊長。元老院議長団より通信です。なんでも火急の用件だとか」

「……議長団から?」

不穏な空気を感じ取り、クラフトは眉をひそめる。この一ヶ月間、さして緊急の事態は起きていなかった。
本国で何かあったのか。それとも捜索対象である三人に関して何かしらの事態が起きたのか。――――考えを巡らせても埒が明かない。

「……分かった…今行く」

クラフトは広げていた新聞を脇へ仕舞うと、急ぎ足で基地へと向かって歩き出した。





どこか不気味さを感じさせる生温い風が、吹き抜けていった。














  ――――   4   ――――


突然の眩しさに、アークはその目を覆い、次には疑った。
紅いイレギュラーに連れられ、とある岩場で隠し扉の中に侵入し、エレベーターを降りるまでは良かった。だがしばらく地下へと降りた後、停止したエレベーターから降り、扉を開けた彼の目に飛び込んできたのは、どこまでも続く青空と広大な草原。そしてネオ・アルカディアでも見たことがないような美しい花畑だった。
呆然と立ち尽くすアークに少しの説明もなく、紅いイレギュラーはライドチェイサーを手押ししながら歩き出した。それに気づき、「ちょっと」っと声をかけようとした所、それはアークよりも更に幼い声により遮られてしまった。

「ゼロ! おかえりなさい!」

「おかえりなさーい!」

その声の主は一人、二人ではなかった。紅いイレギュラーを「ゼロ」と名前で呼ぶ十数人の子ども達が駆け寄り、構ってほしそうに紅いコートを鷲掴む。

「おう、ただいま。ちゃんといい子にしてたか?」

ゼロがそう尋ねると、子供たちは口々に嬉しそうな返事をする。どうやら彼のことをとても好いているらしい。

「うしろのお兄ちゃんは、だれ?」

少女がそう尋ねると、ゼロは一度だけアークの顔を見て、それから意地悪そうな笑みを浮かべ、答える。

「新しいお友達だ。挨拶してやんな」

子供たちは一際大きな声で返事をして、颯爽とアークの下へと駆け寄っていった。突然の歓迎に、アークは戸惑う。

「ちょっと……これはいったい…」

聞きたいことが山ほどあり過ぎて、何処から聞けばいいのかすら分からない状態だった。その様子を見兼ね、ゼロは優しく声をかける。

「安心しな、ここにはレプリロイドしかいない」

「へっ!?」

思わず驚きの声が飛び出す。これ程までの(勿論、人工物かもしれないが)花や緑に囲まれた場所に――――更には、遠方に大きな豪邸のような屋敷すら見えるこの尋常ならざる土地が、全てレプリロイドだけのものだというのか。ネオ・アルカディアを統べる元老院の一部の者がようやく味わうことの出来るであろう贅ある暮らしをレプリロイドたちがその手にしているというのか。現実をその身で知っているアークには、到底信じられるものではなかった。

「あとは……そうさな。いろいろ話し合わなきゃならんことがあるか。……仕方ない、一緒に来な」

そう言うと、ゼロは振り返り、屋敷に向かって歩き出す。未だ戸惑いが拭えないアークではあるがゼロについて行くしか無いのだと思い、名残惜しそうな子供たちの手を、軽く謝りながら振りほどき、彼の後を追った。


玄関へと足を踏み入れると、屋敷の中は外から見るよりも広く感じられた。「ただいまー!」とレルピィが大きな声を張り上げる。ゼロは「ペロケ、いるか?」と誰かの名を呼びながら奥へと進んでゆく。

「……おお、赤いの。無事じゃったか?」

数人の子どもを後ろに連れた、頭の禿げた老人レプリロイドがゼロを出迎える。

「ああ、アンドリュー。生憎、ピンピンしてるよ。ちょっと急ぎの用事があるんで、またな」

そう言って、老人レプリロイド――――アンドリューに軽い挨拶をしてその場を通り過ぎる。すると今度は別のレプリロイドが「ゼロー!」と彼の名を呼び、現れた。

「ちょうどいいところに帰って来たね! たった今新しいポエムが完成したところなんだ! 聞いてくれるかい!? 聞いてくれるよね!? ぜひ、聞いてくれ!!」

「いいぜ、イロンデル。けど、他の用事があるんで、また後でな」

嬉しそうな声で強引に迫る彼――――イロンデルに対し、ゼロは冷静に対処する。イロンデルは「やれやれ仕方ない」と肩をすくめる。

「分かったよ。――――でも、君が『後で』と言って聞いてくれた試しはないけどね!」

「今度は絶対に聞いてやるよ」と言葉を残し、ゼロは更に奥へと進む。そして、特別に誂えられたらしい機械的な扉の前に着く。ゼロはその横にある解錠装置にパスワードを打ち込み、扉を開けて中へと入る。彼の後ろを追って、中へと入ろうとしたアークだったが、ふと先ほどまで元気に飛び回っていたレルピィの姿がないことに気付く。いったいどうしたのかと少し気になったが、「どうした? 早く入りな」と急かされ、部屋に入った。
部屋の中は屋敷内の他の場所と全く違う、まるで前線基地の司令室のような様相で、複数のコンピューターが並び、大型のモニターが設置されていた。
ゼロが声をかけると端の椅子に座っていた、ゼロの腰よりも背の低い、子犬のような顔をした幼気なレプリロイドが返事をする。

「おや、ゼロさん。おかえりなさいませ」

「悪いな、ペロケ。早速コードS2で白の団へ繋いでくれ」

「了解しました」とペロケは答え、素早くキーボードを打ち出す。その容姿に似合わぬ、滑らかな指の動きに、アークはぽかんと口を開けてしまう。
ふと、ゼロのコートが幼い手に引っ張られる。振り返るとそこには、いつも通りにぬいぐるみを抱いて、少女が立っていた。

「……おかえりなさい……ゼロ……」

「ただいま、アルエット」

優しく微笑み、ゼロはアルエットの頭を撫でる。

「繋がりましたよ、ゼロさん」

ペロケがそう言うと、モニターに見慣れた少女の顔が映る。


「お帰りなさい、ゼロ」

「ただいま、小娘」


その声に彼の無事を確認し、シエルはただ優しく微笑んだ。















  ―――― * * * ――――


『ゼロさんにはここから出て行ってもらいます』

塵炎軍団第八方面軍基地襲撃作戦を終えた一週間後、今後の方針について話しあう会議の場において、エルピスは突然そう伝えた。
『どういうつもりだ!』とセルヴォが声を荒げる。集められた各チームリーダーや数人のオペレーター等が困惑した表情を見せる。エルピスは『静かに』と片手を上げ、その場を鎮める。

『これもひとつの戦略です。ルージュさん、先ほどの情報を』

『はっ』と、エルピスの横に控えていたルージュが前に出る。

『近々、元老院が第十七精鋭部隊の召集を協議するのではないかという情報を、他のレジスタンス組織伝に得ることができました』

会議場が一瞬にしてざわつく。

『その理由として、ネオ・アルカディア上層部にて騒がれている“紅いイレギュラー”の存在が大きいようです』

その場にいた者たちは一斉に、ゼロへと視線を向けた。ゼロは腕を組み、ただ黙って話を聞いていた。エルピスがそれを受けて説明を始める。

『フラクロスの輸送列車襲撃成功の件から、ゼロさんの存在はネオ・アルカディアにとっても無視できない存在として認知されつつあります。ゼロさんを追うことに専念する為、第十七部隊が組織されるというのであれば、ゼロさんが行動の拠点としているこの場所にも、その手が及ぶ危険性が高まることは間違いありません』

『けど』と、複雑そうな面持ちで黙り込んでいたシエルがようやく口を開く。

『それなら尚更、私たちが傍でサポートしていくべきじゃないの?』

『サポートといえど、我々に万が一のことがあったとなっては、それこそこの先、誰が彼を支えていくと言うのですか? ――――安心してください。彼の、今後の行動拠点として絶好の場所を用意してあります』

自信ありげなエルピスに、シエルはしばし首を傾げ考えた後、『まさか』と再び口を開く。

『“あの場所”を……?』

『その通りです』と頷くエルピス。“あの場所”という表現にゼロ以外の者は皆、合点がいったらしい。だが、またもや困惑と戸惑いの色が漂い始める。

『この地球上で、現在、おそらく最も安全な場所です。旧世紀の遺産でしか無い我々の基地施設と異なり、最新の機材、設備、通信設備、更には権力の保護までもが整った鉄壁の城です。あそこを利用しない手はないでしょう』

『しかし!』と今度はマークが口を挟む。

『司令! 国を出る時、我々は彼らの支援を断り、二度と“あの場所”を巻き込まないことを誓ったではありませんか! それを今更――――』

『状況が変わったのです』

エルピスはたった一言で、マークの反対を切って捨てる。

『外部にある近場の空間転移装置まで、わざわざ移動しなければならない危険性は誰の目にも明らかでしょう。戦略上、ゼロさんを最大限に活かす為には“あの場所”が必要であり、また、ゼロさんを含めた我々全員の安全を考えた上でも、これが最上の判断です』

それ以上、反論が見つけられないマークたちだったが、容易に納得することも出来なかった。セルヴォとシエルも、他に良い案が無いかとその頭脳をフル回転させていた。
そうしてしばらく沈黙が流れた後、それを切り裂いたのは当人であるゼロの声だった。

『それ以上の策が無いってんなら、俺は従うぜ』

『ゼロ』とシエルが彼の名を呼ぶ。

『けど……それでも…』

『俺たちの目的は戦争で勝つことだ。そうだろ?』

ゼロは『フッ』と笑う。

『その為に必要な策を、“司令官殿”は考えてくれた。――――なら、それを信じるべきだ。違うか?』

ゼロの言葉に、とうとうその場にいた者たちは言葉を返せなかった。
ただ一人、エルピスだけは『ご理解、ありがとうございます』と自身に信頼を寄せてくれたことに感謝の言葉を述べた。

『それで、“あの場所”ってのはなんだ? 俺以外には全員通じているようだが……』

すると、エルピスはニヤリと笑いながら答える。

『そうですね、ご説明しましょう。率直に申し上げると、“あの場所”とは我々のスポンサーが所有する別邸です』

『スポンサー?』

白の団メンバーがネオ・アルカディアを抜け、組織を設立する際、政府内に彼らを支援する者がいた。――――それがスポンサー。その人物は人間として非常に高い地位につきながら、レプリロイドに対し深い理解を示しており、シエルたちの活動を支援してくれたのだ。
そして“あの場所”とは、彼がネオ・アルカディア外部に所有しているセーフハウスの一つである。最新の空間転移装置や通信機器などが揃っており、実際の所、白の団本拠地よりも時代に即した隠れ家となっている。だが、そこには彼と親交のあったレプリロイドたちだけが集められ、静かで穏やかな暮らしが築かれていたのだ。
シエル達はネオ・アルカディアから抜け出す際に、経由地としてその場所を利用させてもらったが、彼らの暮らしにこれ以上の迷惑を掛けるべきではないとして、そこに住む者たちからの協力を断り、二度と関わらないことを約束していた。

一通りの説明を受けた後、ゼロは『成程ね』と呟く。

『詳しいことは、実際にその場へ行けば分かるはずです』

『だろうな。――――そうと決まればさっさと支度をさせてもらうか』

『ええ、ですが』と、エルピスは説明を続ける。

『その場所へ入るには道案内が必要になります。あなたのDNAデータはあちらに登録されていないでしょうから、侵入は叶わないでしょう。そこで、そうですね……シエルさん――――』

『それなら、アルエットを連れていって』

エルピスが彼女自身を指名しようとした声よりも早く、シエルはアルエットを指名した。『そんな!』とエルピスは慌てて訂正する。

『いえ是非、シエルさんに行って頂きます! これから先の戦いはより厳しくなるはず! 人間であるアナタをこれ以上危険な目に……』

『白の団を設立した中心人物である私が、一人安全な場所に隠れる訳にはいかないわ』

きっぱりと言い放つシエルに、エルピスは尚も『しかし』と食い下がろうとするが、シエルはそれを聞かない。

『ごめんなさいエルピス、ゼロ、そして皆。私のエゴだっていうのは分かってるけど……アルエットだけでも、もっと平和な場所にいて欲しいの』

『お願い』と、シエルは深々と頭を下げた。切実な願いに、エルピスですらついに反論できなかった。
彼女たちの間に特別な絆があることを白の団に所属する者たちは、詳しいところまでは知らずともとてもよく理解していた。だからこそ、シエルが身辺からアルエットを遠ざけるという話には驚いたが、その理由を聞いて納得した。アルエットを大切に思うが故に、彼女の安全を願ったのだ。

『小娘の言うとおりにしてやろうぜ』

しばらく考えた後、ゼロはそう言った。渋々ではあるがエルピスもそれに頷き、シエルは『ありがとう』と再び頭を下げた。

















  ―――― * * * ――――


「今日もほとんど成果なし…だ。どこも壊滅的だな」

シエルの要望で、作戦実行日とその前後以外、暇が許す限りゼロは各地のレジスタンス、またレプリロイドの集落を見て回っている。そして敵に襲撃を受けた場所では、保護できる者は保護し、他のレジスタンスチームのアジトや、この屋敷に連れてくることにしている。ここにいる子供たち、また屋敷の奥に匿われているのはそう言った境遇の者ばかりだっただが、思ったような成果は挙げられていないのが現状だ。

「そう……仕方ないわ。ありがとう」

シエルは苦笑いしながら答える。その顔に、ゼロは複雑な想いを抱かずにはいられない。

「けどまあ、なんとか一人だけだが、拾うことができた。ほら、こっち来い」

そう言ってアークを呼ぶ。アークは画面に映る少女に、「どうも」と会釈をする。シエルは「よかった」と小さく呟き、安堵の色を浮かべる。

「早速で悪いんだが、アーク。お前さんがどうしてあそこにいたのか手短に説明してくれるか?」

「えっ?」

「どういう状況だったのか詳しく聞きたい。これからの方針に関わるからな」

少しピンと来なかったアークだったが、ゼロが言わんとしていることに気づくと、「もしかして」と問い返す。

「助けてくれるの? 俺の仲間を……」

「そいつは、お前の話次第だ。――――小娘、ルージュを呼んでくれ、いろいろ確認してほしいことがある」

「分かったわ」とシエルは直ぐ様、ルージュをその場に呼び寄せた。
全員が揃った後、アークは事の顛末を語りだした。共に暮らしていた家族、スタグロフの襲撃、自分が助かった理由、遺体の見つからない仲間――――……‥

時折シエルが哀しそうに、悔しそうにするのを、ゼロは決して見逃さなかったが、ひたすら冷静にアークの話に耳を傾け続けた。




















  ――――   5   ――――


「ブリザック・スタグロフ」――――冥海軍団所属のミュートスレプリロイド。自称、妖将レヴィアタンの右腕。
軍用エネルゲン水晶鉱山の守備任務に付いている。しかし、鉱山といえどその内部は前線基地として改造が施されており、一つの要塞とも呼べる。
非常に横暴で残虐な性格を持ち合わせており、他者を苦しめることに快楽を感じる。レプリロイド狩りを好んで行い、捕らえた者は拠点に連れ帰り、死ぬまでその体や命を弄ぶ嗜好を持つと言う。

「最低の糞野郎だな」

ルージュの淡々とした説明を聞いた後、ゼロが最初に漏らした感想はその一言だった。

「恐らく、生き残った方たちは皆、スタグロフの悪趣味に付き合わされているのでしょう」

現実を率直に突き付けられ、アークの顔はいつしか青ざめていた。シエルもまた胸に手を当て、祈るように瞼を閉じていた。

「ちょっといいですか?」

ルージュの後ろからジョーヌが顔を出す。ゼロと通信が繋がっていると聞きつけ、飛んできたのだ。「仕事はどうしたの」とルージュが声をかけるのを無視して、ジョーヌは意見を述べる。

「スタグロフの基地を叩きに行くという話なら、その子には申し訳ないですけど私は反対です」

彼女の歯に衣着せぬ言葉に、ルージュが「ジョーヌ!」と珍しく声を荒げる。だが、ジョーヌは少しも引き下がらない。

「皆さん知っての通り、先日、解放議会軍が壊滅的打撃を受けました。解放議会軍は事態の挽回を図るべく、我々に協力要請を出しています。司令は勿論、協力関係にある解放議会軍を放っておくつもりはありません。作戦が整い次第、決行するつもりです。そんな大事な作戦を控えている中、こんなところでゼロさんに負担をかけては――――……‥」

「いい加減にしなさい、ジョーヌ!」

再びルージュが声を荒げる。

「……正しいことを言うばかりがいいワケじゃない。分かるでしょうに」

「だって、誰かがちゃんと言わなきゃでしょ。ルージュだって、分かってるくせに。それとも嘘つくワケ?」

「それは」とルージュは口ごもる。ジョーヌが言っていることは正しい。

「戦いに行くのは私たちじゃない、ゼロさんでしょ。ミュートスレプリロイドと戦うのも、作戦に出るのも。そのコンディションを考慮して作戦を進めていかないと、大事なところで躓く可能性だってあるわ」

「……だとしても。――――少しくらい気の利いた言い方をしなさい。彼の顔があなたには見えてないの?」

ルージュに言われ「はっ」とアークの顔を見る。自分の非力を呪い、悔しそうに唇を噛み締めていた。しかし、ジョーヌはどうにも引き下がれない。感情をむき出しにルージュへ食って掛かる。

「な……なによ偉そうに! いっつもいっつも上から言うみたいに…。じゃあどんな言い方すれば良いワケ?」

「それくらい自分で――――」

「とりあえず…いいかしら?」

白熱する二人の間にシエルが口を挟む。すると、皆黙ってシエルの言葉を待った。
少し考えた後、シエルが出した結論は至極簡単だった。

「私は助けたい」

アークが顔を上げ、モニターに映るシエルの顔をよく見つめる。その瞳は一縷の希望にすがるように、切なく輝いていた。

「ごめんなさい、ゼロ。あなたへの負担は大きいと思う。けど、それでも私は仲間を見捨てたくない……。救うことができるなら、救いたいの」

「待ってください! ……本当に生きているかどうかも分からないんですよ!?」

ジョーヌは尚も異を唱える。しかし、その見解は間違っていない。既に事が起きてからしばらく経っている、生存者がそのまま生き続けている保証は何処にもない。となればゼロが苦労して潜入しスタグロフを倒したとしても、無駄足とまでは行かないが、仲間の救出という本来の目的は果たせない。それでは命をかける意味が無いだろう。
「そうかもしれない」と、ジョーヌの意見をシエルは認める。それが分からないほど愚かではない。

「けど、生きてる可能性だってある。――――私は信じたいの」

その気持ちは裏切られてしまうかもしれない。けれど、信じる事をやめることはできない。こんな小さな戦いにおいても、一度でも信じる事を諦めてしまうなら、この先の戦いに希望を見出すことすら難しいはずだ。そう言う戦争をしているのだと、シエルは分かっていた。
まだ不服そうなジョーヌだったが、「もういい」とゼロがようやく沈黙を破り、口を開く。

「ありがとよ、ジョーヌ。俺のことを気遣ってくれるのは本当に嬉しく思う」

その微笑みは感謝の気持ちが上辺だけではないことを表わしていた。

「けどな、俺の実力を信じてくれたらもっと嬉しいぜ?」

「ゼロさん……」

ジョーヌが、別にゼロの実力を疑っていたわけではないことくらいゼロ本人にも分かっていた。けれど、そういう返し方こそが今話を前に進めるために必要なのだと想い、わざとおどけたように言ってみせた。

「話は決まりだ、アーク。これからスタグロフの基地に潜入してお前の仲間を救出に向かう」

その瞬間、「本当!?」とアークは目を輝かせる。

「勿論だ。絶対に救い出してやる。――――ルージュ、直ぐに基地までのマップデータと、スタグロフが率いている部隊のデータを纏めて送ってくれ」

「了解」とルージュは早速作業に入る。

「ペロケ、五分後に出発する。ゲートはルージュからのデータを元に開いてくれ。それと通信回線の防衛プログラム、安定性の確認。それとレルピィを呼び出してくれ」

ペロケもまた「任せてください」とゼロの指示を受け、作業に入る。

「ゼロ……ありがとう」

シエルの言葉に、ゼロは「おいおい」と笑って答える。

「『ありがとう』じゃないだろ? ――――見送りの言葉くらい、ちゃんと言ってくれよ」

拳をモニターに向けて突き出す。それに気付いたシエルは、微笑と共に、同じように拳を突き出した。

「行ってらっしゃい、ゼロ」

「行ってくるぜ、小娘」

そう答えると、紅いコートを翻し、ゼロはそのまま歩き出した。




「ちょっと待って!」

ライドチェイサーを出し、空間転移装置に乗ろうという時、アークがゼロを呼び止める。

「俺も行くよ! ……会いたい奴がいるんだ…」

誰よりも大切な少女の顔を思い浮かべ、アークはそう頼み込む。しかし、ゼロは少しも間をおかず「駄目だ」と切り捨てた。

「敵の基地に侵入しての救出作戦はそれ程簡単なことじゃない。お前を護る余裕があるかも分からん。悪いが、ここで待っていろ」

「でも!」

アークは引き下がる気配を見せない。ゼロは「やれやれ」と肩をすくめる。

「足手纏いには絶対ならない! 俺のことは放っといてくれてもいいよ! 自分のことくらい、自分で守ってみせる!」

「スタグロフに追い詰められても、そのちっぽけなエネルギー銃でどうにかできるって言うのか?」

スタグロフの名を出され、「うっ」とアークは僅かに後退る。
アークの肩を優しく叩き、「大丈夫だ」と声をかける。

「さっきも言ったように、仲間は必ず助けてやる。――――生きていれば、だけどな」

その言葉の後、直ぐにルージュから「時間です」と通信が入る。

「作戦、スタート」

その声を合図に、ゼロは空間転移装置に乗り込み、作戦へと向かって行った。
あとに残されたアークはただその場に立ち尽くし、先程までゼロがいた場所をじっと見つめていた。


















  ―――― * * * ――――


ゼロは追い討ちをかけるように、セイバーを振るう。スタグロフはそれをギリギリのところで素早く躱し、頭部に生成された氷の槍を弾丸のように発射する。その狙いは後方のセラとロルフだった。

「…っなろ!」

それを斬り落とすゼロの隙をつき、二人のもとへとスタグロフが駆け出す。しかし、ゼロは脚部に備えられた緊急加速装置を作動させ「逃がすかよ!」と叫び一気に間合いを詰め、セイバーを振るう――――神速の刃“疾風牙”。
スタグロフは「むふー」という鼻息と共に、片腕に生成させた氷の槍でなんとかそれを防ぐ。が、防戦を強いられているかと思いきや、ここぞとばかりにもう片方の腕からゼロに向け冷気を放出する。それに危険を感じ、ゼロは素早く間合いを取り直す。

「むふー……なかなかいい動きするなぁ……」

スタグロフは見事な身のこなしを見せつけるゼロに思わず称賛の声を上げる。
ゼロはそれを聞き流し、セラとロルフに「今のうちだ」と逃げるよう指示する。少し逡巡する二人だったが、何処からとも無く聞こえてくる黄色い声が二人を急かす。

「ダーリンが時間稼ぎしてる間に! 早く逃げんのよ!」

それは、足元に投げ捨てられたコアユニットにインプットされたサイバーエルフ――――レルピィの声だった。「あたしも拾っていきなさいよ!」と叫んでいる。尚も躊躇う二人にゼロが再び声を張り上げると、ようやく決心して、レルピィのコアユニットを拾い上げてそのまま駆け出した。
スタグロフは「チクショウ!」と悪態をつくと、直ぐ様基地中のパンテオンに二人を追撃するよう指令を送る。

「むふー! 男は殺しても構わん! 女のガキはなんとしても捕らえろ! むふー!!」

興奮して鼻息が更に荒くなる。――――と、視界を緑の閃光が覆う。またもギリギリのところで身を屈め、セイバーの一撃を躱す。すかさず氷の槍を突き出すが、ゼロもまたヒラリとその一撃を躱す。
初撃に戸惑い、序盤こそ攻められはしたものの、スタグロフは冷静に立て直し、勝負を五分のところまで引き戻している。だが、互いに未だ手の内を全て見せてはいない。今後の展開を慎重に読み合い、互いに牽制する。

「むふー…知っているぞぉ。昔は貴様も、エックス様と同じイレギュラーハンターだったんだろう?」

スタグロフは挑発するように下卑た笑いを浮かべる。

「それが今は一介のイレギュラーだぁ……むふー……落ちぶれたもんだよなぁ、英雄ぅ? むふー」

過去の栄光もその意味をなさず、今はただ国家への反逆者としてその命を狙われる立場にある。その状況だけ見れば、確かに、落ちぶれたとも言えよう。
だが、ゼロは少しも気にすることなく、あっさりとそれを認める。

「そう。俺はただの“イレギュラー”だ」

気づくと、その顔は清々しい笑みすら浮かべている。

「“英雄”だとか言う呼び名は少々むず痒くてな。正直、そんなガラじゃないと思ってたんだよ」

自分の生まれた意味を振り返れば、そんな大それた称号を名乗り続けられるような身分ではないことを既に理解していた。「英雄」等と呼ばれる程、自身は輝かしい存在ではないのだと感じていた。
だからこそ「紅いイレギュラー」という呼び名は、非常にありがたいものだった。その名こそ、自身を形容するに最も相応しいものであると確信した。

「“イレギュラー”? ……結構じゃないか」

そしてまた、想う。この歪な世界のことを。
懸命に生きる罪のない者達が、その命を脅かされ、それでも尚生きようともがき続けている。しかしそれをこの“世界”は認めない。歯向かう者あれば反逆者と謗り、その生命は呆気無く砕かれる。

「――――こんな腐った世界の“異常”だってんなら……俺は光栄に思うぜ!」

理不尽と悲劇が繰り返されるこの世界に、歯向かおうとする自分は正にこの世界における“イレギュラー”に相応しいだろう。
そう吐き捨て、再び剣を手にスタグロフへ飛びかかる。「むふー」と鼻息を鳴らし、スタグロフは応戦する。

激しく飛び散る火花が、周囲を囲むエネルゲン水晶と砕ける氷の破片にひたすら反射し続け、凄まじい輝きが二人を彩り続けた。














  ―――― * * * ――――


「な……なにをしているんですか!?」

ペロケは血相を変えて叫ぶ。
「馬鹿な事はやめなさい」とモニター越しに呼びかけるが、アークは聞く耳を持たない。

「早く、空間転移装置を動かせ! じゃないと……じゃないと、本気で撃つぞ!」

ゴリッと少女レプリロイドの頭部に銃口を押し付け脅しの声をかける。人質となった少女の顔は恐怖に包まれている。それを見ている他の子ども達もひたすらに身を震わせてる。

「落ち着いてくださいっ! そ……そんなことしても、ゼロさんの許可無くアナタを外へ出すことは……」

「早くしろぉ!」

更に大声で怒鳴りつける。少女は耐え切れず叫び声を上げる。
ペロケは「分かりました」と慌てて空間転移装置を起動し、アークを外に出す準備をする。エレベーターが上がり始める寸前まで、アークが少女に銃を突き付け続けるのを確認し、ペロケはとうとう諦めて空間転移装置を作動させた。
エレベーターが上がり始めたのを確認すると、アークは少女をようやく解放した。悲しげな顔で「ごめん」と、申し訳なさそうに呟いたのを少女は確かに聞いていた。

上がり続けるエレベーターの隅に座り込み、自分の愚かしい行動を振り返っては、アークは強い罪悪感に苛まれていた。

――――あの子……セラよりも幼かったな……

耳元で聞こえた叫び声を思い返し、より一層、胸が痛くなる。
けれど、これ以上耐えることができなかった。ただ一人、指を咥えて待っていることなど出来なかった。
親しい彼女の顔を思い出す度にその想いは膨らみ、ついには衝動的に行動を起こしていた。

――――セラは……絶対に俺を待ってる……

膝を抱える腕に、より一層強い力が入る。

頭の中を巡るのはネオ・アルカディアにいた頃の思い出。――――ミズガルズのスラム街。共に暮らした時間。何度も助け合い、励ましあった。どんなに苦しくとも生き抜くことを誓い合った。

「セラは……俺が助けるんだ……」

ザラリと嫌な感覚を残す罪悪感を振り払うように、そう自分に言い聞かせる。

エレベーターが着くと、ゆっくりと立ち上がり、外へ出る。
その脳裏に一番強く焼き付いていたのは、初めて会った頃の二人――――無邪気に交わした、とても稚拙で、とても愚かな、たった一つの約束だった。
















 NEXT STAGE








         救い













前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.029244899749756