―――― 1 ――――
大型輸送列車のコントロールルームに、ふてくされた男が一人いた。
ネオ・アルカディア~エネルゲン水晶鉱山間を結ぶこの鉄の塊は、男にとって非常に退屈を感じさせるモノで、窓から見える景色――――旧世紀のとある戦争が原因で荒廃した大地はそれを更に増長させていた。
――――くだらねえ
“彼”は思う。
しかし、それはこの退屈を指しているわけでは無かった。また、決してこの輸送任務のことを指しているわけでも無かった。
それどころか、自らが傾倒してやまない、四天王にして烈空軍団長“ハルピュイア”から与えられた任務ならば、誇りにすら思えるモノだと十分承知していた。
それならば何故…?――――理由はもっと簡単な、ある意味で複雑なモノだった。
――――くだらねえぜ……まったく
“彼”は渇いていたのだ。自身にとって何もかもが順調とも言えるこの世界に。何不自由ないこの世界に。
彼は求めていたのだ。自分でさえ何とも分からぬ、何かを。確かに。
「ちっ」と、一つ舌打ち。レジスタンスの襲撃に備え、レーダーとモニターに注意を払っていた部下達が、ビクッと体を震わせ、司令官席の“彼”を恐る恐る見上げた。
「なんでもねえよ」と、乱暴に顎で任務を続けるよう促す。木偶の坊共は怯えたように目前の仕事に向かい直した。
――――よくもまあ、飽きねえもんだ
精鋭といえど所詮はただの下級レプリロイド。四天王の守護のためにミュートスレプリロイドとして生まれてきた「彼」ほどの力を持ったものはいない。同時に、その力のやりどころに悩む者もいない。つまりは、今“彼”が感じている退屈や渇きが分かる者など、この車内には誰もいないのだ。
いや、もしかしたら四天王ほどの者でも、この想いを理解できる者はいないのかもしれない。これ程までに「戦い」へと懸ける“彼”の極私的な執着心を理解できる者は、そしてそれに応えてくれる者は、この世界において誰一人としていないのではないかとさえ思えた。
――――そういえば……
そんな想いの中、最近聞いた妙な話を思い出した。
“彼”と同じ、ネオ・アルカディアを守護するミュートスレプリロイドが二体、“紅いイレギュラー”によって破壊されたという話だ。
“紅いイレギュラー”――――ネオ・アルカディア側からそう呼ばれるレプリロイドは、レジスタンスによって発見された過去の英雄だと聞いている。勿論“彼”自身の脳内にも、その存在はしっかりと記録されていた。
百年前のイレギュラー戦争を、ネオ・アルカディアの主、エックスと共に終結させたという伝説の英雄。そう、百年も昔のレプリロイド。
四天王ほどの力があるワケではないにしろミュートスレプリロイドも、現存しているレプリロイドの中では最高峰の技術で作られ、それに見合うだけの性能を備えている。
そして、そのほとんどが実力を認められ、四天王の片腕としての地位を得て、ネオ・アルカディアを守護している。
そのミュートスレプリロイドが既に二体もやられた。
何かが胸の奥で滾るのを感じる。
――――会ってみてえ
会って刃を交えてみたい。直ぐ傍に誰かいたなら、“彼”の表情の微妙な変化に気づいたことだろう。
この退屈な平穏を打ち壊すであろう存在。その存在を危惧しながらも、一方でほのかな期待感が募り始めていることを否定できない。
日常に現れることのなかった、非日常の存在。文字通りの“イレギュラー”。
「見つかるかもしれねえな」
“彼”は呟いた。
部下達は再び反応したが、“彼”が何も示さないのを確認して、再び自分たちの任務に戻った。
窓の外に広がるは乾き切った荒野。しかし、傾き始めた日が、ひび割れた大地に鮮やかな朱のグラデーションを施す。
風は少しだけ強くなる。
“彼”はまた、自分の体内に備えられた擬似体液循環装置が発する鼓動の高鳴りが大きくなるのを感じる。
見つかるかもしれない。求めていたものが。渇きを潤すものが。非日常の、新たな“戦い”と出会うことで。
分かるかもしれない。――――己が真に望んでいるものが何なのか。
湧き上がっていく期待から、自身も気づかぬうちに笑みがこぼれていた。
それが幸か不幸かは知れないが、その数分後、警報と共にこの黒豹の表情が、歓喜に満ちたことは確かだ。
7th STAGE
渇望/葛藤
―――― 2 ――――
サーベルが弧を描く。鮮やかな蛍光グリーンの軌跡。共に翻る真紅のコート。流れる金髪。
一つ、二つと切り裂かれたホログラフは消失し、続いて第二、第三のホログラフが即座に姿を表す。電子タイマーが経過時間を計測する。オペレーターが戦闘経過とそれに伴うあらゆるデータを随時記録してゆく。
「すごい……。危険度も再現度もほぼ“MAX”なのに……」
ジョーヌは思わず言葉を漏らす。
臆す事無く、迷うこと無く、遅れを取ること無く、その刃は仮想の敵を切り裂き続けた。トレーニング用の飛行型メカニロイドが発すビームを防ぎ、躱し、僅かな傷を負うこともなく、順調にカウントを稼ぐ。
「ラストです。ゼロさん。あなたの戦闘記録からイメージを起こしました」
ルージュの説明通り、ゼロの目の前に姿を投影されたのはいつぞやのミュートスレプリロイド――――マハ・ガネシャリフ。
登場して直ぐ、頭部と手足を体内に収納し、転がり、迫り来る。しかし、ゼロはその場を動かない。それどころか地に足を踏みしめ、迎え撃つ構えを取る。
「ゼロさん! さすがに危険です! 避けて!」
無謀な戦術を見兼ねたジョーヌが叫ぶ。
ホログラフのため外装や内部への実際的なダメージは無いといえど、ゼロの体に装備された擬似体感センサーによって、その痛みは本物の攻撃を受けた時とそう大差ないものになる。通常のレプリロイドを踏み潰す程度訳ないガネシャリフの体当たりをまともに受けてしまえば、その痛みは想像を絶するものとなるだろう。
「今直ぐプログラムの中止を……!」
「いりません」
エルピスがすかさず言い放つ。それとほぼ同時に、ルージュが計測していたゼロの体内エネルギー反応に変化が起きた。
「これが……!?」
初めて見るそのデータに、ルージュは驚きの声を上げる。
セイバーを握るゼロの右手にエネルギーが蓄積され、それらが雷となりセイバーを取り巻き、包む。
ガネシャリフの巨体が、目と鼻の先に来たその瞬間、ゼロがセイバーを一直線に突き出す。それと共に雷撃がその上を駆け抜ける。
刹那。激しい雷光と共に、ガネシャリフのホログラフは呆気無く消し飛んだ。
あとに残るのは、剣を手にした英雄と、プログラムの終了を告げるブザーの音だけだった。
「素晴らしい。ガネシャリフを倒したのは本当だったのですね」
トレーニングルームから上がってきたゼロをエルピスが拍手で迎えた。
「それにしても、もっと早く報告を頂きたかったものです。敵のミュートスレプリロイドの一体を破壊していたということを。……いや、二体でしたか」
復帰の過程で、今までの戦闘データを回収できる限り回収したところ、ようやくマハ・ガネシャリフ、アヌビステップ・ネクロマンセスⅢ世との戦闘、及び撃破を確認したのだった。
「まあガネシャリフに関しては、冥海軍団に同タイプのものがあと7体は確認されていると聞いていますが」
「あれとまだやり合わなきゃいけないのか……」
ガネシャリフ独特の喋り口調を思い出し、ゼロはため息を付く。あの口調は本当に苛立ちを感じさせるので出来れば二度と出会いたくないものだと心底思っていたのだ。
「しかしミュートスレプリロイドの量産なんてのは簡単なことじゃないだろう? 資源的にも、技術的にも」
「ええ、その通りです。しかし、アレはデータ輸送という役割上、必要数の生産が行われました」
曰く「絶対に盗まれない完璧な情報受け渡し手段」、「自己防衛をするデータサーバー本体」。多数のレジスタンス組織から狙われる機密情報を各軍事拠点および本国への持ち運び等に扱われるため、その数が一体では足りるはずもない。ミュートスレプリロイドとして作られ、扱われてはいるが、その性能は他のミュートスレプリロイドに比べれば簡略化されており、性質的にはメカニロイドに近いといえる。
「……あと特別に量産された者といえば、裂空軍団の“賢将”を補佐するために作られた“三羽烏”ことアステ・ファルコン・アイン、ツヴァイ、ドライでしょうか。ただこちらはボディの形状こそ同じですが、精神プログラムの差別化が図られており、完全な量産とは言えません」
「つまり……ガネシャリフは性格も全く同じヤツがあと7体いるわけか」
「そういう事です」
思わずゼロは頭を抱えた。
そうこうしてる内に、計測データの整理を終えたジョーヌが電子ボードを抱えて笑顔で駆け寄って来る。
「すごいですよゼロさん! 全体的に反応値、戦闘速度共に、治療前のデータからほんの僅かですが上昇しています! しかもホログラフとは言えミュートスレプリロイドまであんなにも簡単に!」
復帰後、数日経ったとは言え、ほぼ実戦並みのトレーニングプログラムを行うのは初めてであるというのに、ここまで好成績が出せるとは思っても見なかった。
「整備に力を注いでくれた連中の腕が良かったのさ」
笑顔でそう答える。しかし和やかな二人の間を割くように、ルージュがジョーヌの電子ボードを取り上げ、自分の物と見比べながら冷静に分析する。
「全体的に見れば確かに好成績と言えましょう。……しかし、ところどころコンマ数秒の遅れが生じているところが見受けられます」
ジョーヌが持っていた戦闘成績のデータを示す。
「そして、その遅れよりやや早いタイミングで、思考パルスに僅かですがノイズが確認できます」
自分が持っていたボードでグラフデータを示し、説明する。
「ゼロさん。何か心当たりはありませんか?」
「いや、ないな」
問いに対し、ゼロは即答した。
「強いて挙げるなら、まだ本調子じゃない……ってのが原因だろう。ちょっとした思考と行動のズレだよ」
そう言いながら「何でもない」と殊更強調するように手をひらひらと振る。「しかし」とルージュが話を続けようとするが、ジョーヌが口をはさむ。
「とにかくゼロさんなら大丈夫よ、ルージュ。何を気にしてるのか知らないけど心配しすぎだって」
そう言って無邪気に笑う。それ以上は無駄と思ったのか、ルージュは口を噤んだ。
「しかしまたこのように戦えるようになるとは……しかも以前よりも調子が上がっている。失礼かと思いますがこうなるとは誰も想像していなかったでしょう」
エルピスが満足そうに称える。
「さっきも言ったように整備してくれた連中の腕が良かったんだよ。セルヴォたちには本当に感謝しないとな」
「ええ。そうですね。しかし、油断は禁物ですよ。体を動かした後はメンテナンスを必ず受けてください」
「はいよ」と不満気に返事をしてから、メンテナンスルームに向かうため、部屋を出た。
ゼロがいなくなったあと、ルージュが再び分析結果に目を通し、エルピスに相談する。
「『何も無い』……ということは無いと思うのですが…」
その続きを言う前にエルピスの人差し指が、開こうとする口を止めた。
「彼が『何も無い』と言っているのです。それを信じましょう」
そう言われ、ルージュは渋々引き下がった。エルピスの言うとおり、彼を信じるならばこれ以上の詮索は無用だ。とは言うものの、彼女にはどうしても違和感を拭い切れなかったのだが。
しかし、既にエルピスの頭の中は次の計画に照準を定めていた。
「それより、彼が調子を取り戻した今こそ、延期させてもらっていた例の作戦を実行に移す時です。白の団始まって以来の……いや、レジスタンス組織として初の大反攻作戦と言って良いかもしれません。気を引き締めていきましょう」
そう言いながらもこれから先の想像をし、胸の高鳴りを抑えられず、エルピスは「ククク」と笑みをこぼす。その笑いには確かにネオ・アルカディアへの憎悪が滲んでいた。
―――― * * * ――――
「夢を見たんだ」
メンテナンスベッドから突然ぽつりと聞こえてきた言葉に、セルヴォは首を傾げる。
「夢?」
「…そう…“夢”だ」
ブザーと共にカプセルのカバーが開く。上体を起こし、どこかをぼんやりと見つめながら、ゼロは言う。
「ハッキリとは覚えちゃいないんだ。ただ、何かとてつもなく恐ろしいものと……何よりも掛け替えのないものを見た気がする」
それが何なのかは思い出せない。そのことがとんでもなく歯痒く感じられる。
微かに浮かぶイメージは、暗闇の世界。それを切り裂く鮮烈な光。頭の中で響く声。そして――――…‥
そんなゼロの言葉にセルヴォは何を思ったのかくすりと笑った。少しむっとした表情でゼロが睨むと、「すまんすまん」と悪気のないことを説明する。
「君がそんな話をしてくれるようになるとは思わなくてね。少し嬉しかったんだよ」
不安なことは一人で抱え込み、決して他に頼らないようなこの男が初めてそういった話をしてくれたことに少なからず生まれてきた仲間意識を感じ、セルヴォは嬉しく思えたのだ。
そんなセルヴォに、ゼロは恥ずかしがることも、笑うこともなくただ当然のことのように言った。
「あんただって吐き出してくれただろ。抱えてたもんを…さ」
一瞬意味が分からなかったが、つい最近のやり取りを思い出すと、ようやく理解して思わず苦笑した。ああ、そうだ。確かに自分は全てを語った。
眠りから覚めた翌日。ある程度ゼロの体調が回復したその日――――…‥
『すまなかった』
突然頭を下げるセルヴォに、ゼロは困惑した。
『おいおい、なにがどうしたってんだ…!?』
並々ならぬ雰囲気を纏うセルヴォに、ゼロは慌てて問う。セルヴォは一度息をつき、落ち着いて一言ずつ話し始めた。
『ゼロ……私たちは君に隠していたことがある…』
セルヴォは全てを白状した。ゼロのメディカルチェックにおける結果。内部構造の六割が現時点で技術的に解析不能であり、修復に関しても限度があるということ。そして精神、記憶回路を含む頭部ユニット全般へのアクセス制限。より精密な分析と解析の末、極最近の現実的な戦闘記録などを取り出すことはできたが、夢などに影響する思念的な記憶や、より古い過去の出来事に関しては情報の回収が一切不可能であること。エルピスの“英雄”に対する概念。口止めをされたこと等、彼の今後の思考、行動について影響するであろう隠し事の一切を告げた。
『私たちは結局、君を利用することばかり考えていた。記憶を取り戻せず悩む君の不安を煽らぬようにとしているうちに、いつしか隠すばかりで君に真実を告げることを怠っていた。私たちでは君を救えないのだということを、伝えずにいた』
セルヴォは今までの自分の行動に対し、悔やみきれない想いを感じていた。
話を聞いてからゼロは咎めることもなく、怒ることもなく、ただ尋ねた。
『俺の記憶は戻らないのか?』
その言葉と態度に少し拍子抜けしながら、セルヴォは慎重に、自分の見解を答えた。
『今の私たちの力では無理だ。……が、“絶対に不可能”というわけではない。自然に戻るとも限らないし、いずれ君の構造を完全でないにしても、今以上に解き明かすことができる日が来るかもしれない。“いつ”とは言えないが……』
『なるほどね……』
そう言って少し安心したような顔をする。セルヴォにはそれが何故だか分からなかった。いやそれどころか、もっと他に言うことはないのかと不安になった。
『……私たちを…赦してくれるのかい?』
『“赦す”?』
『ははっ』と笑って答える。
『俺がいつお前らを責めたよ?』
何一つ気にもしていないというふうに、ゼロは言う。
『とにもかくにも、こうして俺の体を直してくれた。それだけで十分さ。……サンキュー、おっさん』
‥…――――セルヴォは確かに全てを吐き出した。彼に対して負い目を感じていたこと全てを。そしてそれをゼロは赦すどころか、気にも留めていないと伝えた。
「あんたが気にしてた件に関して、本当に俺はどうも思ってないさ。でも、あんたはそれをいちいち気にしてくれた。それだけで十分なんだよ。俺にはさ」
セルヴォも言ったように、本当に「不安を煽らない為に」と思ってくれたことならば、それを咎める理由などどこにあろうか。今はただ、無事に復調させてくれたことに感謝している。その言葉に偽りはなかった。
カプセルを出て真紅のコートに袖を通す。
「それに、あの“坊ちゃん”が俺をどんな理由で利用していようが、構わない。俺もまた、こうして用意してもらったシチュエーションを利用させてもらうだけさ」
「利用?」
思わず問う。エルピスが“英雄”であるゼロを利用するのは分かるが、ゼロがエルピスを利用するというのはいまいち分かり兼ねる。いったいなんのために、どのように利用しようというのか。
そんな疑問をあからさまに、表情に浮かべるセルヴォにゼロは答える。
「俺は俺の“目的”をやり遂げる」
そう自信あり気に言いながらも、少し考えてからまたどこか自嘲気味に言葉を付け足した。
「“それ”がなんなのか、自分でも分かっちゃいないんだがな」
―――― * * * ――――
自室に戻ってしばらくすると、数人の男達が押しかけてきた。
「ゼロさん、聞きましたよ! 完全に復調したらしいですね!」
コルボ―が嬉しそうに声を上げる。後ろにはマーク、トムス、ヘルマンまでもが駆けつけている。トレーニングの結果をジョーヌがべらべらと周りに喋り回ったおかげで、ゼロの復調は団員たちの殆どに知れ渡っていたのだ。
「完全ってつもりじゃないが……まあ、程々にな。お前らも元気そうで何よりだよ」
治療が完了してからも、リハビリやトレーニング、各種検査等に追われ、一般団員たちとはなかなか顔を合わせることがなかった。
「一時はどうなるかと不安でしたが……本当にもう大丈夫なようですね」
マークがゼロの様子を確かめながら言う。後ろで「ケッ」とヘルマンが憎まれ口を叩く。
「“英雄”さんが他のヤツらに心配かけてちゃザマねえな。今度からせいぜい気を付けろよ」
「あんな風に言ってますけど、あいつはあいつで心配してたんですよ」
さり気無くフォローを入れるトムス。「いらねえこと言うんじゃねえ」とヘルマンは噛み付くように言ったが、その顔はどこか嬉しそうである。やはりゼロのことが心配だったのだ。
「ゼロ……さん」
不意にマーク達の後ろのほうからか細い声が聞こえてくる。声がしてから若干間を置いて、ようやく気づいたらしく、皆声の聞こえた方を見る。するとそこには赤毛の女性レプリロイドが立っていた。
「あなたは………確か…」
その女性にコルボーは見覚えがある。もちろん、彼女のことはゼロも知っていた。
「ティナ……か…?」
アヌビステップの死屍軍団により壊滅させられた“黄金の鷲”基地から救出し、砂漠で別れたきりとなっていたティナがそこに立っていた。彼女がゼロの傷に責任を感じていたことを、コルボーは思い出す。
「……ゼロさん…本当に良かった」
先日と同様、人間ならば今にも泣いていただろう、そんな顔をしている。しかし前にコルボーが見た時と違うのは、今の彼女の表情にゼロが回復したことへの喜びと安堵の色が、確かに含まれていることだ。
マーク達の合間を縫って、ゼロはティナの傍に寄る。そして、ポンと頭を撫でる。
「お前も無事で良かった。……だからよ、そんな顔すんな。女は笑ったほうがいいぜ? お前みたいな美人は尚更な」
ニヤリと笑いながら冗談めかした言葉を返すゼロに、ティナは少しだけ恥ずかしそうに、けれど心からの笑顔で答えた。
―――― 3 ――――
「それではこれより、ミーティングを始めます。ルージュさん、マップを」
エルピスはルージュに合図を出す。マップデータが中央の三次元モニター上に映し出された。各チームのリーダー、作戦において重要な役割を担うゼロ、また技術局長のセルヴォ等がその場に呼ばれていた。全員が映し出された画像に注目しているのを確認して、エルピスが説明を始める。
「今回の作戦は、言ってしまえば『大がかりな資源調達』です。“レプリロイド解放議会軍”協力の下、ネオ・アルカディアの首都“メガロポリス”に資源を運搬している大型輸送列車を襲撃し、運搬中のエネルゲン水晶を丸ごと奪取します」
生活のために使用されるエネルギー資源――――エネルゲン水晶。それが採掘される鉱山はほぼ全てネオ・アルカディアの手中にあり、エネルギー調達の必要が出たときには奪うしか無い。白の団が備蓄しているエネルゲン水晶もあと数年程度で底をつくだろうことが予測されている。今後どれだけの長期戦になるかも分からないこの戦争において、エネルゲン水晶の奪取は不可欠な作戦なのである。
「待ってくれ」
セルヴォが口をはさむ。
「大型輸送列車というのは……まさか――――」
「はい。“雷霆の黒豹”と名高い“パンター・フラクロス”が搭乗している、“あの”輸送列車です」
「無茶です!」
チームリーダーとして作戦会議に呼ばれていたマークもまた声を上げる。
「ヤツは烈空軍団でも一、二を争う豪傑ですよ! 敵うはずありません! 資源の調達なら他をあたったほうが……」
「だからこそです」
慌てふためく他の団員たちを一喝するかのようにエルピスは言葉を返す。
「フラクロスの大型輸送列車は、搭乗しているフラクロス自身と彼が率いる精鋭部隊により守られています。しかし、周辺の警戒は非常に甘い。これは彼らの自信の表れであり、脅威の象徴です。しかし、それは隙として捉えることもできます」
空間転移装置を利用すれば、物資の運搬など容易に済ませることができる現代に、わざわざ襲撃されるの危険を孕んだ輸送列車という体で物資の運搬をしているのは決して伊達や酔狂からではない。
『何者をも恐れず迎え撃つ』『何者にも決して屈しない』という覚悟を持った、自信の表れ。その自信通りほとんどのレジスタンスチームはその姿に恐れをなし、近寄ることすら臆してしまう。もちろん、非戦闘型ばかりで構成された白の団には手出しをする余裕などどこにもある筈がなかった。
「今まで、私たちにはそれに対抗する術が全くありませんでした。――――が、今はそれがある」
ゼロの方をチラリと見る。そう、今ならゼロがいる。ミュートスレプリロイドとも互角以上に渡り合える英雄がいるのだ。これほど心強いことはない。
「それでは詳細を説明しましょう」
まず、レプリロイド解放議会軍と、その協力チーム――――「黒狼軍」が別地域でネオ・アルカディア前線部隊を引きつける。白の団の周辺地域の警備メカニロイドと大型輸送列車に対しては、解放議会軍と白の団がサイバーエルフによるハッキングを行い、各種センサーを妨害する。
その間にゼロが輸送列車の通過地点まで近づき、列車が来ると同時に飛び乗り、待機している敵を殲滅。貨物車両をコマンダー車両側から切り離す。
他の部隊は輸送トラックとライドアーマーでゼロを後方より追跡し、切り離された貨物車両と接触次第、解放議会軍と共に作業を行い、全てが済み次第、速やかに撤収する。
「物資の運び出し中、ゼロさんはできる限りフラクロスを引きつけてください。そして可能ならば――――」
「倒す。絶対にな」
ゼロは続きを聞く前に、自ら言葉を告げた。それを聞き、小さく頷いてからエルピスは説明を続けた。
「今回の作戦が成功すれば、私たちはネオ・アルカディアから歴史的な大勝を得ることになります。私たちの生活だけでなく、今後の歴史を変える一戦となることは間違いありません。皆さん、心してかかってください」
これは正に世紀の一戦なのだと、エルピスは強調する。
四天王率いる四軍団に所属しているミュートスレプリロイドの中でも、トップクラスの実力者であるフラクロスから勝ち星をあげることが出来れば、今後の戦局的にも、そして士気的にも大いに優勢となることは誰もが予想していた。なんとしてもこの作戦を成功させねばと、皆気を引き締めた。
「しかし、“黒狼軍”が参加するとは……。シエルさんは了承したんですか?」
マークがふと問いかける。他の団員もそこが引っかかっていたらしく、エルピスの答えを待つ。
ただ一人、そのレジスタンス組織の名前が聞き慣れないゼロは、思わず周りに尋ねた。
「黒狼軍ってのはなんだ? ……それに『小娘の了承』ってのは?」
ジョーヌが素早く説明する。
「黒狼軍は数あるレジスタンスチームの中でもトップクラスの実力を持った超過激派です。協力者はネオ・アルカディア内にも潜伏し、民間施設へのテロ活動も度々行い、イレギュラーハンターでさえ、手を焼いているそうです」
白の団は、最終的にはネオ・アルカディアとの融和を目標としているため、思想、戦略的には反対の組織であると言え、どちらかと言えば非協力的な関係にあるのだ。そのため、白の団としては黒狼軍との協力は余り好ましいものではなく、共同戦線を張るという話が上がればシエルは間違い無く渋るだろうし、白の団創始者である彼女が反対するのであればその話はお流れになってしまうのだ。
そういった事情を踏まえ、エルピスは全員に言い聞かせるように、マークに答える。
「今回、私たちが協力するのはレプリロイド解放議会軍であり、黒狼軍は別方面で解放議会軍と“勝手に”共同作戦を展開するだけです。私たちが直接協力するわけじゃありません」
屁理屈としか言いようのない言い訳ではあったが、この一大作戦を成功させるには必要な言い訳であることを誰もが理解していたので、それ以上問い直すものはいなかった。
他に疑問等はないかと、エルピスが団員たちの表情を見渡す。そして、何も無いことを確認すると、もう一度だけ声に力を入れて言い聞かせる。
「それでは明日、一七〇〇より作戦を決行します。いいですか、これは間違いなく歴史を変える大事な一戦です。皆さん、なんとしても成功させましょう」
団員たちは「了解」と力強く返事をし、「解散」の号令と共にミーティングルームを出て行った。ただ一人、ゼロはさらに詳しい説明があるため、残される。
「こちらが資料です」
ルージュが電子ボードを手渡す。そこには車両内の構造及び、戦闘時における敵部隊の予想配置、更には機関部を制御している大型メカニロイドについてのデータが記されていた。
「フラクロス率いる輸送列車の護衛部隊は、烈空軍団の中でも精鋭で構成されています。パンテオンの上位兵種であるパンテオン・ウォーリアが通常配備されているだけでなく、フラクロス自身の戦闘経験等をフィードバックすることで個々の能力値に関しても底上げされており、少々厄介です。また、機関部のパンテオン・コアに関してですがガネシャリフのボディ同様、ビームサーベルは通じないと見て良いでしょう。狙うならば中心部――――防衛システムの中枢として機能しているパンテオンのボディを叩かなければいけません」
画面にタッチを繰り返し、ページを送りながら説明を続ける。そしてフラクロスの項目にたどり着く。
「先ほど、他の隊員たちが口にしていたように、彼は実力的に烈空軍団の中でも最強クラス――――“賢将ハルピュイア”に次ぐナンバー2と言ってもよいでしょう」
先日戦ったガネシャリフとアヌビステップも強敵ではあったが、戦闘能力一つをとって言えばそれら以上に強敵であることは間違いない。
「真っ向勝負は危険です。いざという時は退却してください。それなりに時間を稼いでからにしてもらいますが、ね」
「何度も言わせんな。俺は必ず勝つ」
ゼロは退却する意志など持ち合わせていない。
「黒“猫”程度に敵わないようじゃ、“虎”退治はできないだろ? ……いずれは四天王も全てぶっ潰して、救世主の野郎を叩きのめすんだ。これくらい、こなして見せる」
「猫でも虎でもなく、“豹”ですがね。……いいでしょう。これ以上は何も言いません。お任せします」
始めからこうなると分かっていたらしく、エルピスはあっさりと引き下がる。ゼロは電子ボードをルージュに返し、そのまま退室した。
―――― * * * ――――
「……また…たたかいにいっちゃうんだね……」
当然のようにちょこんと膝の上に座りながら、寂しそうにアルエットが呟く。ゼロはその頭を優しく撫でる。
「それが仕事だからな」
「こんどは……あんなにけがしないよね…?」
不安そうに問いかける。心なしか、ぬいぐるみを抱き締める腕に、いつも以上に力が入っているように見える。
「おねえちゃん…あんなに泣いたことなかった」
もちろんゼロのことも心配してはいたが、彼女はそれ以上にシエルのことを心配しているようだった。
治療中のカプセルを見つめていた表情、その背中、落ちる涙。どれも今まで一度も見たことのない姿だった。
「それを言われると、痛いな」
思わず苦笑いをする。泣かせまいと誓った筈が自分のせいで涙を流させてしまったことを思うと、自身の情け無さに苛立ちを感じてならない。
「もう二度とあんなことは」と思う――――が、今度の戦いこそ、それを容易に口にできるものではなかった。しかしそれでも――――…
ゼロはアルエットを膝から下ろし、自分のほうを向かせた。
「二度と油断したりしない。だからそんな心配は無用さ。次は平穏無事に仕事をやり遂げて、ここに戻ってくる」
そう言って、いつものように小指を差し出す。
「俺が帰ってくるまで、小娘のことは任せたぜ」
それを見て、いつかのようにアルエットも指を差し出し、答える。
「まかせて。ゼロ」
そのやりとりだけで、アルエットが抱えていた不安は確かに小さく萎んでいった。
―――― 4 ――――
作戦に参加する団員たちは敵のセンサーから逃れるため、人機判別を誤魔化す偽装スーツを着用する。今作戦に向け、技術局が総力を挙げて開発していたものだ。敵を引きつけるという役割上、ゼロはそれを着用しなかった。
皆それぞれライドアーマーや輸送トラックへと乗り込み、出撃の準備を整えてゆく。ゼロもまたライドチェイサーに跨る。作戦開始まであと十分もない。
「それじゃ、行ってくるぜ」
後ろを振り向き、声をかける。セルヴォとアルエットはその声に答える代わりに、ただ俯き続けるシエルの方を見た。
「シエル……」
セルヴォが優しく声をかける。まるで今気づいたかのようにシエルが顔を上げる。しかし、何かを言う気配はない。
ゼロは少し困ったように溜息をつく。傷が治ってからここしばらくシエルはこの調子で、まともに会話した覚えがない。ただ、一人思い悩んでいる様子で、声を掛けることすらできなかった。
原因は、分かっているつもりだった。けれど、なかなか言葉にすることができず、ここまで来てしまった。
出撃五分前を知らせるルージュの通信が響く。
このままではいけないと、ようやく意を決し、ゼロはライドチェイサーから降りてシエルに近づく。そして、少し迷ってから言葉をかける。
「すまなかった」
突然の謝罪の言葉に、シエルは驚いたようにゼロを見つめる。周りの団員たち全員がその光景に注目していることに、セルヴォは気づいた。
周囲の視線も気にすること無く、ゼロは謝罪の言葉を続ける。
「……心配をかけて、すまなかった」
「違う…!」
遮るようにシエルは強く言う。「それは違うわ」と瞳を潤ませる。
「謝るのは私の方よ…。あなたに頼って…縋って……そのせいであなたは…」
こらえ切れずシエルは顔を覆う。
今回は乗り切ることができた。けれど、いつ、今回以上の傷を負うか分かったものではない。次は還って来ることができないかもしれない。そして、それらは全て自分に原因がある。目覚めさせてしまった、この世界に引きずり込んでしまった自分に。
「それなのに……私はまた…こうして送ることしかできない…」
この作戦にゼロの存在は不可欠である。いや、この作戦だけでなくこれから先も彼の存在は不可欠なのだ。それは戦略的な理由だけでなく、精神的な意味合いも大きく含まれる。ゼロはどこまで行っても、この世界にとって英雄という存在であることに変りない。そんな英雄が、例え墜ちずとも退くことがあれば、団員たちのネオ・アルカディアへの反抗の意志は砕かれかねない。彼という“駒”が白の団に揃った時から、その宿命はついてまわっている。
万が一にも、負傷を理由に作戦を退けば、作戦成功率の破滅的な低下だけでなく、団員たちの士気低下は避けられない。――――引き止めたくとも引き止められない。シエルの心は雁字搦めとなっていた。
セルヴォも、アルエットも、エルピスも、他の団員たちの誰でも、彼女のために掛ける言葉が見つからない。彼女の心境を思えばこそ、何も言うことはできなかった。――――ただ一人を除いて。
「……顔、上げろ」
そう促すゼロの声に、シエルは従い、顔を上げる。――――その瞬間、「バシッ」という音ともに、額に痛みが走る。シエルは、泣いていたことも忘れ、「痛っ」と声を上げ額を抑える。それを見ていた他の者達も呆気にとられる。ゼロが、指でシエルの額を弾いたのだ。痺れを感じる額を抑え続けているシエルに、ゼロは何処かぶっきら棒に言う。
「小娘、笑え」
「へ…?」
突然の要求だった。そのままゼロは言葉を続ける。今度は少しだけ優しいトーンで。
「もう二度とあんなヘマはやらない。二度と俺はお前に心配をかけない。……だから、お前ももう“そんなこと”で悩むな。――――いや、悩まなくていい。悩む必要なんかない。俺はもう、誰にも負けない。絶対だ」
たとえこの先、如何なる敵が現れようと、退くことも、敗れることも、いや、傷つくことすらしないと誓う。
「だから、お前は笑ってろ。二度と泣いたりするんじゃない。お前は、“お前の英雄”を信じて、無邪気に笑って、理想を語ってればいいんだよ」
不敵に笑い、そう告げる。
自分の心で信じ、自分の手で目覚めさせた英雄。その力をひたすらに信じろと、ゼロは言う。
シエルは赤くなった眼で、じっとゼロを見つめる。その瞳に、確かな輝きがあることを認めると、もう一度だけ俯き考える。そして、緩く握った拳で、ゼロの腹のあたりを「ポスッ」と軽く叩く。
「……さっきの…おでこ、結構痛かったんだから…」
まだ少しだけ痺れているのを感じる。けれど、その痛みすら、どこか優しく感じてしまう。
「絶対よ。…絶対に……絶対よ」
約束に念を押す。
「そう、何度も言うなよ」
笑う。ゼロも、そしてシエルも。それを見ていた団員たちも、安心したように息を付く。
先程までの暗い表情から一転、念を押すシエルの声は明るく響く。
「絶対に誰にも負けないで。絶対に戦いに勝って。どんな作戦でも、絶対に成功させて」
「絶対に誰にも負けないし、絶対に勝ち続ける。どんな作戦だって、成功させて見せる」
シエルの言葉を繰り返すように、答える。
それ以上は何も言わず、ゼロは振り返る。そして、ライドチェイサーに再び跨った。
「手始めに、大手柄を挙げてきてやるよ。完全復帰祝いの準備でもして待ってな」
「任せて。信じて待ってる」
そう言葉を交わし合うと、ルージュの作戦開始を告げる通信が入った。先頭を切って、ゼロはライドチェイサーのアクセルをかけ、走りだす。
「行ってらっしゃい! ゼロ!」
背中を見つめながら、小さな体で元気よく手を振って送り出す声に、ゼロは片手で答えた。
―――― * * * ――――
「既に“私のミス”で二分ほど遅れが生じています。少々急いでください」
ルージュが通信で謝る。「ははっ」とゼロは軽く笑う。
「気を遣わせてすまなかった。――――大丈夫さ。目的地には予定時刻丁度に到着してやる」
そう言って、更に加速してゆく。
頬に当たる風は強く、落ち始めた陽は赤々と不吉な輝きを見せる。改めて眼にする荒廃した大地には、草木一本見当たらない。
ふと、ノイズが走るのを感じる。
――――あの夢の影響か
詳細が思い出せない夢のことを考える。周りにはなんとか押し隠してはいたが、治療が終わってからも、度々ノイズが走るのを感じる。決まって、フラッシュバックのようにあの光景が脳裏を掠めた。
そう言えば、あの場所はこの世界よりも酷かった。誰がどうやったらあんなにも凄惨なものになってしまうのか。それを考えると、何故だか分からないが、少しだけ胸が苦しくなるのだった。
そうこうしていると、目的のポイントが近くなり、肉眼で線路が確認できるようになる。
――――あれを辿って行けば……
ネオ・アルカディアに着く。“あいつ”がいる“理想郷”に。そんなことを不意に考えた後で、鼻で笑った。
「……ネーミングセンス、皆無だな」
そう呟き、ネオ・アルカディアの方角とは逆方向にハンドルを切る。
幾ばくかの距離を走ると、ついに黒い塊が視界に捉えられるようになる。
「見えた」
通常の列車の三倍はあろうかという、巨大な塊。その姿が小さくだが確認できる。
敵の各種センサーに対しては、サイバーエルフによるジャミングが行われているため、ゼロの存在はまだ知られていない。
ゼロはさらに速度を上げ、線路に近づいてゆく。だんだんと黒い列車の顔が大きくなってゆく。心の中でカウントを取る。
――――1……2の……
「3!」
線路沿いまで来たところで、ハンドルを大きく切り、列車と同じ方向へと向いて走る。列車がすぐ傍を走っている。聴覚のポテンシャルをギリギリまで落とし、轟音に耐える。
速度を適度に合わせる。兵員輸送車両、貨物車両としばらく続いた後、最後尾の車両に並ぶ。
「……後でな」
そう、声をかけるとライドチェイサーの設定をオートにして、適当な場所で停まるようにセットをする。
そしてそのまま、鉄の塊へと目掛けて、大きく飛んだ。
乗り捨てられたライドチェイサーは入力されたデータに従い、そのまま走って行く。無理やり車両の突起物に掴まるゼロ。凄まじい風圧で金髪と紅いコートが風にバタバタと煽られる。
「荒っぽくいくぜ」
ゼットセイバーを取り出し、エネルギーを放出する。車両の装甲を縦に切り裂くと、あとは力尽くでこじ開け、侵入した。
瞬間、ほの暗い列車の中、一斉に向けられる銃口。感情のない赤い大きな一つ目が、ぼんやりと幾つも闇に浮かび、こちらを睨んでいる。敵の襲撃に対し、いつでも動けるよう待機していたようだ。
「仕事熱心だな。感心、感心」
そう不敵に言い放つ。パンテオン達の銃口は鈍く光る。
「さてと……――――パーティーの開幕さぁ!」
鳴り響く無数の銃撃音よりも遥かに速く、光の刃が闇に弧を描いた。
―――― 5 ――――
自分たちが警護している車両の中だというのに、何の躊躇いもなく撃ち始める。ゼロは臆す事無くそれらに応戦する。
こじ開けた穴と、取って付けたような小さな窓から注ぎ込む僅かな光。そこに、切り裂かれたパンテオンの火花とバスターショットの輝き、そしてゼロが振り回すゼットセイバーの閃光が激しく飛び散っていた。
途中から、けたたましい警報が鳴り出していたが、まるで耳に入らない。狭い車両の中でも、縦横無尽に駆け回る。ショットが全く当たらない紅いコートに苛立ったのか、パンテオン達はバスターを変形させ、スタンスティックに切り替える。
「来いよ、木偶人形!」
しかし、近接戦ではその実力の差が更に際立つ。スティックを振り回しては斬られ、振り回しては斬られと一方的な殺戮劇にしかならない。
「ほらよ!」
「ゲ――――ッ」
生首が転げ落ちた切断面から、疑似血液が溢れる。そのまま力なく倒れる。
あっという間に車両を一つ制圧する。しかし、休んでいる暇などない。別の車両へと続く扉をゼットセイバーで強引に斬り、蹴り飛ばす。
扉の向こう側で構えていたパンテオンの一機に直撃する。同時に、低い体勢で素早く乗り込む。怯んだ敵は皆、目標を見失う。――――と、何処からとも無く光が走り、その刹那、青い胴体が宙に舞う。
「――――!!」
銃口を向けようとバスターを振り回すが、捉えきれない。一つ。また一つと、首や胴が飛んでは、体が両断されてゆく。そしてまた一つ車両を制圧する。
「…っ!」
同じように扉をこじ開けようとしたが、殺気を感じ取り、身を躱す。すると、反対側から勢い良く扉が吹き飛ばされ、二回り程大きな拳が顔を出す。
格闘用強化アームを装備したパンテオン――――資料で確認した上位兵種「パンテオン・ウォーリア」、それが七機。
「くっ…!!」
事前の情報通り、フラクロスの戦闘データがフィードバックされているらしく、先程までの雑兵とは比べものにならない動きを見せる。
その拳は、小回りこそ利かないが、狭い車内では体積のせいもありヒットの確率が高くなる。繰り出される拳の一つ一つが、必殺の力であり不用意に喰らうわけにはいかない。
すれすれで躱す。風を切り裂く音が耳にうるさい。
「どぉ…らっ!」
「ッ!」
繰り出された腕を屈んで避けると、そのまま伸びた腕を切り落とす。そしてその首を強引に鷲掴む。
「おらよ!」と別の一機に勢いよく押し付け、まとめて串刺す。――――と、同時に左右から拳がゼロを捉えようと振られる。……が、それを数瞬速く読んだゼロはしゃがんで避ける。二機のパンテオン・ウォーリアの腕がまるでクロスカウンターのように交差するのを下から眺める。
「お疲れさん!」
まとめて斬る。腰を断ち斬る。一気に車内が広くなる。残る三体がまとめて拳を伸ばす。しかし、既にゼロの姿はない。
「後ろだ、道化ども」
そう言ってゼットセイバーを振る。まさに瞬殺。
休む間もなく「次!」と車両の天井に穴を開け、外に飛び出る。
「と…っ」
風に圧されよろけるが、突起を掴み体勢を整える。
不意に、ノイズが走る。グッと、どこかへ飛びそうな意識を引き止め、堪える。
「……さっさと終わらせてやるよ」
低い姿勢で屋根の上を駆けて行く。幾つかの貨物車両の上を過ぎ、最前列の貨物車両、その先頭までたどり着く。兵員輸送車両との狭い隙間に、慎重に降り立ち、その連結部分を見つける。
一息で断ち斬る。
力の限り思い切り、且つ、列車から落ちないように注意しながら、貨物車両を抑えつけるようにして反対側に蹴飛ばした。列車の大きさからすれば僅かな力ではあったが、反対方向に弾かれた貨物車両は、みるみる遠ざかって行く。
「ここまではとりあえず、クリア……だな」
これから先が問題である。残る兵員輸送車両は三両。そのうち一両を越えれば機関部。ミュートスレプリロイド――――パンター・フラクロスがいるコマンダー車両は先頭にある。
あれこれ考えていても仕方ない。覚悟を決め、「南無三っ」と体当たりで扉を突き破る。するとパンテオン・ウォーリアが十機程待ち構えていた。
「……よくもまあ、こんなところにゾロゾロと」
多勢に無勢。とは言え、ここで止まるわけにはいかない。敵の中へと飛び込む。
眩いイルミネーションのように、火花が弾ける。閃光が走る。アトラクションのように、飛び交う拳。中を駆け回る紅いコート。
「ちぃ…っ!」
一機、二機と斬り伏せては、敵の攻撃を躱し、また叩き斬る。
不意に、ノイズが走る。
「――――っ!!」
気づけば拳が腹部を捉えていた。咄嗟に後ろへと飛び退く。クリーンヒットは避けられたものの、ダメージは確かにある。地に手を付き、「ゲホッ」と咳き込む。ガネシャリフ程ではないが、その威力の大きさを思い知る。
ふと、掌を見る。何も無いことに安心する。
――――……今…俺は何を確かめた…………!?
思考を遮るように拳が顔面に迫る。首を曲げ、辛うじて躱すと、拳が頬を微かに掠めてゆく。そのまま、油断していた敵を斬り裂く。
噴き出る擬似血液を避けきれず、ゼットセイバーを握る拳が染められる。ぬるりと生々しい感触。
不意に、ノイズが走る。
「……っ!!」
ぼうっと浮かび上がる、“彼女”の背中を振り払うように剣を振る。その一撃でまた一機破壊した。
少しずつ記憶の断片が脳裏によぎり始め、夢の内容を思い出してゆく。
――――あの…世界は……
そうだ。あの夢の光景は、自分の手が生み出した。
確かに自分がやった。破壊の限りを尽くした、この腕が、あの世界を創りだした。
――――俺が……
破壊ノタメニ生マレタ俺ガ、ソレヲ成シ遂ゲタノダ
「五月蝿いっ!!」
誰にともなくそう叫び、また一機破壊する。気づけばその車両からは敵がいなくなっていた。繰り返す破壊の中、昂り始めている己の感情を抑えながら、次の扉を開ける。
「…っ!?」
突然襲い来る炎を間一髪で躱す。炎の噴いてきた方向を向くと、中央にパンテオンのボディを組み込んだメカニロイドが目に映る。
己のトラブルにとらわれ、機関部を制御しているメカニロイドの存在を失念していた。
侵入者に対し、システム防衛用の小型メカニロイドが数機ほど現れる。すかさずエネルギー弾をこちらに向けて放つ。ゼロは壁際まで転がり、やり過ごす。
《モット壊セ》
声が響き始める。重傷を負ったあの日と同じように、その声は繰り返される。
《破壊シロ!破壊シロ!》
「黙れっ!」
銃撃を躱しながら、飛行するメカニロイドを次々に斬り裂く。しかし、パンテオン・コアの後ろからメカニロイド達は続々と姿を現してゆく。それだけでなく、先の車両に控えていたパンテオン部隊も顔を出し始めた。
「ゴキブリかよ……お前ら…」
また、パンテオン・コアに装備されたバーナーからの火炎攻撃も、ゼロに一刻の猶予も与えてはくれない。矢継ぎ早に繰り出される攻撃に疲労がたまる。脳内に響く正体不明のノイズにも精神を侵される。
《俺ハ破壊ノタメニ作ラレタ》
夢の光景が蘇る。崩壊した世界。血染めの空。暗黒の太陽。堆く積み上げられた、無数の屍の山。犠牲になった同胞の亡骸。消えた友。――――そして、最愛の背中。
熱い血潮が沸騰するような感覚を感じる。昂ぶってゆく己の心を御し切ることができない。
《破壊ノタメニ生マレタ》
破壊者トシテノ生キル道ヲ歩キ、破壊者トシテノ末路ヲ迎エルベク進ム。
“自分ヲ含メタ全テノ破壊”トイウ終焉二向ケテ、突キ進ム――――…‥
「 そ ん な こ と の た め に 戦 っ て る ん じ ゃ な い !! 」
響き続ける声を拒むように、振り切るようにそう叫ぶと、パンテオン・コアの中心部へと一気に飛びつく。エネルギー弾が幾つか命中する。コートのビームコーティングがいくらか軽減をしてくれるが、体には衝撃が走る。しかしそれすらも、今は構う余裕はない。
破壊、破壊、破壊……――――破壊衝動が心を突き動かす。けれど、ゼロは意識を保っていた。自我を失わなかった。
何を思ったのかゼットセイバーを収納する。その行動の意図をつかめずにいたパンテオンたちのセンサーが、異常な反応を察知したことを示す。ゼロの右腕に――――どこにそんなジェネレーターを備えているのか不思議なほど――――莫大なエネルギーが、急速に蓄積されてゆくではないか。
「俺は……」
破壊のために生まれた。その事実は確かなのだろう。けれど、それを受け入れるかどうかは別だ。
「俺は……俺の力は……」
破壊のための力だ。他人を守ることも、愛した人を救うことも赦されない。そういう力だ。けれど――――
「俺の力は……俺の力の使い道は……!」
パンテオン達は危険を感じ取った。メカニロイド達も直ちにその危険物を排除すべく、銃口を向ける。しかし、それらは全て、一瞬遅かった。
「 俺 の 力 の 使 い 道 は 俺 が 決 め る っ ! 」
叫びと共に、右腕をパンテオン・コアのボディの隙間へと突き刺す。そして、エネルギーを一気に開放した。――――刹那、止めどなく溢れ出す光が、パンテオン・コアだけでなく、メカニロイドや、パンテオン達、他の車両も、ゼロ自身すらも含む全てを包み込んだ。
数瞬遅れて響く激しい爆音。ゼロが持つ唯一無二の、必殺の力――――「アースクラッシュ」がその破滅的な威力を、余すこと無く炸裂させる。
飛び散る破片と広がる光。そこに漂いながら、ゼロは思う。
――――俺は…いったい……
心の中には大きな疑問符が形を成していた。
“破壊”という宿命を拒絶。破壊の力を利用することを決意。しかしそれならば――――
――――俺はいったい
何の為に
闘っているんだ……?
意識の向こう側
新緑の大地の上で
優しく
温かく
穏やかに吹く風の中
一輪の花が揺れていた
NEXT STAGE
未来