闇人VS受刑者 その二
「・・・ええい!!議員はまだ見つからんのか!!」
「申し訳ありません!!ただいま捜索中ですが、一緒に逃亡した仲間からの連絡が全く無く・・・」
オリバがビッグロックに帰還する二時間ほど前、とある市街地で黒服の屈強な男達が怒号を上げていた。どの表情も疲労と焦燥に歪んでおり、普段のポーカーフェイスの面影は無い。
彼らはフランスの“反闇派”議員の護衛を担当するボディーガードであった。最近は九拳の二人が捕縛された影響と、“闇”の重要情報がネット上に流れたこともあってか少なくはなったものの、“闇”からの襲撃を危惧して議員の護衛を行っていたのである。
が、襲撃は突然起こった。議会から車での移動の最中、無手組、恐らくマスタークラスの人間から襲撃を受けたのである。
建物の屋上から飛び降りたかと思ったら、その足でリムジンを叩き割り、一瞬で鉄くずとしてしまったのだ。
議員はボディーガードの一人と共に集まってきた野次馬に紛れて逃げ出したものの、先ほどから全く連絡がつかない。考えたくは無いが、相手の力量から言って・・・。
「ぬうううううっ・・・、何と言うことだ・・・、このままでは『ピリリッ、ピリリッ』
・・・!」
と、突然胸元の携帯が鳴り出した。ボディーガードのリーダーは、仲間からのものか、と半分期待を込めて通話ボタンを押した。
「もしもしっ!!私だっ!!議員は無事か!?」
『あー、残念ながら私は君の仲間ではない』
「!?な、何者だ貴様は!!」
自分の知る声とは全く違う声に、彼は恫喝の声を上げる。が、声の主は落ち着いた様子でリーダーを宥める。
『落ち着きたまえ、私は議員を狙う暗殺者ではない。むしろ暗殺者を追う側の人間だよ』
「何っ!?」
電話の声に、リーダーは驚愕と疑念を持った。
議員が狙いではなく、暗殺者が狙いの人間だと?何なんだこいつは?一体何が目的だ?
いや、そもそもこいつの言っていることは本当か?我々を油断させて議員の命を狙う“闇”の一員という可能性も・・・。
『・・・どうかしたかね?』
「貴様の話を信じていいのか悩んでいる。貴様が真実を言っているとは限らないからな」
リーダーの言葉を聞いた電話側の主は、呆気に取られたのかそれとも何か考えているのか沈黙していたが、やがて納得したのか返答を返す。
『まあ君の言うとおりだ。確かにいきなり暗殺者じゃないといわれても信じられまい。まあ言葉で駄目なら実際に議員を救出してそっちに送るしかないか』
「!?ま、まて、貴様は・・・・」
リーダーが電話の声に問い詰めようとするが、話は終わったとばかりに電話は一方的に切られた。
「ちっ!!おい、こんな所でぐずぐずしている暇は無い!!直ぐに議員の救出に向かうぞ!!万が一発見したら連絡をよこせ!!」
「は、はいっ!!」
リーダーは部下達に指示を飛ばすと、すぐさま議員探索のために路地裏に飛び込んだ。
その頃、ボディーガードのいた場所から300メートルほど離れたとある廃工場にて・・。
「はあっ、はあっ、はあっ・・・」
議員は息を切らして、迫ってくる追跡者から逃げ続けていた。
「まったく“闇”も面倒な任務を押し付けてくれるねえ、議員の暗殺なんて下っ端とかの仕事じゃん。ま、こっちも世話になってるから文句言えないけど・・・」
背後から迫る追跡者は多少面倒くさそうな口調で話しながら議員に迫ってきている。
追跡者の容姿は、金色の長髪を幾つもの三つ編に束ねた、一見すると女性に見えてしまうほど中性的な顔立ちをした美男子であり、とてもではないが今から人を殺そうとする殺人者には見えない。
しかしそれは間違い、彼こそ議員の殺害を目的とした殺し屋にして“闇人“の一人なのである。
その名はクリストファー・エクレール。殺人サバットの達人にして、幾人もの人間を殺してきた生粋の殺し屋である。
以前死の商人ウィン・ゴーシュを暗殺するために来日し、梁山泊の達人である逆鬼至緒に撃退された。しかし本人は重症を負いながらも警察から逃亡し、今は“久遠の落日”に備えて、一人でも多くの達人を集める“闇“の庇護下に入っていた。
もっともタダで庇護下に入れるはずも無く、“闇”の上層部の支持によって“闇”排斥派の要人の暗殺を請け負っており、今回もそうした“仕事”の一つである。
議員の身を守っていたボディーガード達は大体始末し、今はひ弱な議員一人、その気になれば逃げる間もなく始末できるはずである。
しかし彼はそうしようとしない。その理由は単純に“遊び”である。議員が何処まで逃げ延びれるか、単純な好奇心で手を抜いているに過ぎない。
以前ならば早々にターゲットは葬っていたものの、最近“殺し”がマンネリ化してきたことから、今ではわざとターゲットを逃がし、追い詰めたところを殺す、という手法をとっていた。なお、今までこのゲームで逃げ延びた人間はいない。
そして、その議員もすぐに、逃げ道を失った。
「あ、ああ・・・、あああああああああ・・・・」
そこは、以前は冷凍室だったのだろうか。窓も何も無い部屋であった。出入り口は先ほど入ってきた入り口しかない。しかしその出入り口は・・・。
「はい、つかまえたー、ってね♪」
自分を狙う“闇“の殺し屋によってふさがれた。
議員の顔に絶望の色が浮かんだ。
部屋には窓どころか穴一つ無い。入り口は先程入ってきた入り口一つのみ、その入り口の前には自分を狙う殺し屋が立ち塞がっている。逃げる手段はもはや、奴を振り切って逃入り口から出る以外に無い。しかし、そんな余裕を奴が与えるはずが無い。
すなわち、もう逃げ場は、ない・・・。
「ふう・・・、中々楽しい追いかけっこだったよ議員さん。私も結構楽しめたよ。そのお礼に
痛みが無いように、一瞬で殺してあげるよ」
ゆっくりと、クリストファーが迫ってくる。それを見ながら、議員は悟った。
自分は死ぬ。
と。
そして瞳を閉じて、自分の命を奪う一撃が来るのを待った。
が、その瞬間、
「おやおや、ようやくターゲットを発見したと思ったら、まさか議員も一緒とは。日本語で言う一石二鳥、というものかな?」
突然クリストファーの背後から何者かの声が響いた。クリストファーは瞬時に笑みを引っ込めると、素早く背後を振り向く。議員もまた、恐る恐るクリストファーの背後に目を向けた。
そこには一人の男が立っていた。
が、決して普通の男ではない。
その男の身体は、服の上から見ても分かるほど巨大な筋肉で覆われている。上半身は、かろうじてシャツのボタンで留められているものの、少しでも力もうものなら直ぐにでも服が弾けとんでしまいそうだ。
足もまた、まるで電柱の如く太い。特注なのかジーンズを履いているものの、それでもそのカモシカ以上の太さの筋肉は隠すことは出来ない。
そんなあたかも筋肉の鎧で覆われているかのような男が、クリストファーと議員のいる部屋に侵入してきたのだ。
「・・・何、君、議員の護衛?」
クリストファーは油断無く侵入者を見ながら、そう問い詰めた。男は、頭をかきながら、少しおどけた表情をした。
「・・・まあ、確かにそちらの議員には用もあるが・・・、私が用があるのは君だよ。ムッシュ・エクレール」
男は慇懃無礼にクリストファーに挨拶する。クリストファーは少しきょとん、とした表情をしたが、直ぐに獰猛な、まるで猛獣のような表情に変化した。
「へえ・・・・、私に用か。あいにく君のようなデカブツは、趣味じゃないんだよね!!」
クリストファーは間髪いれずに男の首目掛けて蹴りを打ち込む。
サバットは本来フランス紳士の護身術として生まれた格闘技であり、靴を利用した蹴り技が主体である。靴は靴底がしっかりと作られて固いものを使用し、この靴を武器として利用する。が、クリストファー程の達人になれば、たとえ靴が無くとも蹴りの一撃で車を破壊することも造作も無い。ましてや目の前の男の首など、たやすく圧し折ることだろう。
そう思われた、が・・・、
「「なっ!?」」
「どうしたかね、ムッシュ・エクレール。せっかちなのは嫌われるよ?」
そのクリストファーの蹴りを、目の前の男は、そのまま首で受け止めたのだ。鉄柱すらも圧し折り蹴りを、である。それをこの男は、まるでタオルが叩き付けられたかのように何でもない顔をしている。その様子をクリストファーと議員は信じられないものを見たかのような表情で見ていた。が、クリストファーは直ぐに正気に戻ると後ろにバックステップして距離をとり、男に向けて、構える。
「へえ・・・私のシャッセ(サバットのサイドキック)を受け止めて涼しい顔してるなんてね。・・・アンタ、何者かな?」
クリストファーの質問に、男はポンと手を打った。
「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな、コレは失礼」
そして男は再びクリストファーに向かってお辞儀をする。
「私の名前はビスケット・オリバだ。よろしく頼むよ、ムッシュ・クリストファー・エクレール」
男の名前を聞いたクリストファーは、目を見開いて驚嘆の表情を見せた、が、直ぐにそれを引っ込めると、またあの猛獣の如き表情を浮かべ、唇を舐める。
「へえ・・・、アンタが。噂には聞いてるよ。
囚人でありながらその行動は逐一軍事衛星で監視され、刑務所を自由に出入りする怪物が、最近闇人を“狩りだした”ことをね。まさかこんな所で出会えるとは思わなかった。
お会いできて光栄だよ『縛られない者(アンチェイン)』」
「いやいや、こちらもかの有名なクリストファー・エクレールに覚えてもらっているとは、感無量だ」
その男、オリバも朗らかに笑みを浮かべている、が、目だけはクリストファーを油断無く見ている。
「いやー、ぞくぞくするね。今からアンタの・・・」
クリストファーは両足に力を込め、オリバ目掛けて飛び掛り、
「その頭を勝ち割れると思うとさあ!!!」
その頭蓋目掛けて思い切りフィッチ(つま先蹴り)を繰り出す。オリバはそれを避けもせずにそのまま喰らい、そして耐え切った。その頑丈さに、クリストファーは感嘆して口笛を吹いた。
「ふむ、サバットは本来、ステッキを使った『ラ・カン』キック主体の『ボックス・フランセーズ』そしてレスリングの如く敵を投げ飛ばす『バリジャン・レスリング』の三つに分かれているが、君はどうやら『ボックス・フランセーズ』の使い手のようだな」
オリバの言葉を聞いたクリストファーは、ニッと不敵な笑みを浮かべる。
「そう考えるのは、早計じゃないかな?」
クリストファーは瞬時にオリバの懐に入り、足を絡める。オリバははっとした表情になったが、僅かに遅かった。
足を刈り取ったオリバの巨体を、クリストファーは軽々と背負い、冷凍室の壁目掛けて投げ飛ばした。
オリバの巨体は頑丈な鉄製の壁に激突するに留まらず、壁をぶち破ってそのままめり込んでしまった。そして、オリバが壁に激突した衝撃で、建物が大きく振動した。
「あいにくと私は、蹴りだけが得意な達人じゃなくってね、『ボックス・フランセーズ』だけじゃない。投げの『パリジャン・レスリング』も、ステッキの『ラ・カン』も体得しているんだよ。まあ『ラ・カン』は無手組だからほとんど使ったことはないけどねー」
クリストファーは得意げな顔をしながら解説をする。部屋の隅にいた議員は投げ飛ばされたオリバを見て、驚愕と恐怖の表情を浮かべていた。
「さて、それじゃあ早いけど、メインディッシュといきますかー?」
肩にかかった三つ編をかき上げながら、視線を再び議員に向ける。議員は「ひっ」っと悲鳴をあげ、後ろに下がるものの、背後の壁にぶつかってこれ以上下がれない。クリストファーは、まるで獲物を目の前にした獣のように眼を輝かせ、舌なめずりをする。
が、
その時背後で爆音が響き、ドサリと何かが落ちるような音が響いた。
クリストファーが振り返ると、そこには何事も無かったかのように起き上がるオリバがいた。クリストファーの驚いた表情を見ながらオリバはニヤリと笑みを浮かべた。
「なるほど、サバットの達人だからこそ、他の分野も得意、といったところかな。いやはやこれは・・・・」
そしてオリバは、何事も無かったかのように直立した。
「油断が過ぎたな」
オリバが立ち上がったのを見たクリストファーは、瞬時にオリバに標的を変更し、オリバの即頭部にシャッセを打ち込む。立ち上がった瞬間に頭部に受けた衝撃によって、さしものオリバも体が揺らぐ。揺らいだオリバの喉目掛け硬質な靴のつま先が食い込み、そこに間髪いれず金的、鳩尾、顔面と次々と目にも留まらぬ攻撃がオリバに突き刺さる。どの蹴りも、一発でも当たれば並みの人間では致命傷となる一撃である。それが次々とオリバの身体に突き刺さり、オリバの身体にダメージを刻んでいく。
その容赦ない連撃に身をさらしながらもオリバは、避けようともせず、防ごうともせず、ただ攻撃の全てを受けきっていた。まるで己の鋼の肉体を誇示するかのように。
そして止めとばかりに頭部に放たれた一撃を
オリバは片手で掴み取った。
「??!!」
突然足を掴まれたクリストファーは暴れるが、オリバは構わず掴んだ足ごとクリストファーを持ち上げる。
(・・・こいつ、まさか・・・!!)
オリバの狙いに気がついたクリストファーはオリバの手から離れようと暴れるが、万力の如き握力に抗いようが無く、オリバは頭上に振り上げたクリストファーを
そのまま地面に思いっきり叩き付けた。
その瞬間、再び廃工場に大きな揺れが起こり、クリストファーの身体は地面に大きくめり込んだ。
「ぐが・・・・あ・・・」
クリストファーは、頭部が地面に激突した衝撃で、意識が吹き飛びそうになったが、前身に走る激痛で、かろうじて意識を失うのは避けられた。
「ぐ・・・」
何とか立ち上がったクリストファーは、凄まじい殺気をオリバに放つ、が、オリバは平然とその殺気を受け止めた。それがさらにクリストファーの神経を逆なでし、クリストファーは再びオリバに蹴りを打ち込む・・・・、が、
「やれやれ、アンタ少し・・・」
キックに構わず接近されたオリバに片手で頭を捕まれ
「スマートさが足りねえな」
背骨が折れる音と共に、文字通り“潰された”。
クリストファーは、何が起こったか分からないといった表情をしていた。
オリバは首を左右に動かして鳴らすと、胸ポケットに入っている携帯電話を取り出した・・・、が。
「・・・ありゃまあ、こりゃ、弱ったな」
電話は先程の乱闘のせいで、壊れて使い物にならなくなっていた。
オリバは溜息を吐くと、壁に張り付いていた議員に視線を向けた。
「失礼、マドモアゼル」
「へ?は、ハイ!?」
突然話を振られた議員は、驚いてうわずった声を上げる。オリバは苦笑を浮かべながら、議員に質問をした。
「すみませんが、携帯電話を貸して頂けないでしょうか?」
「は?」
オリバの台詞に議員はきょとんとした表情を浮かべた。
その後、議員は無事保護され、クリストファーは背骨を粉々に圧し折られたために病院送りとなった。一応命は助かったものの、背骨の神経が損傷していたらしく、もう殺人拳は振るえなくなったとの事だ。そしてオリバは、議員の携帯電話を借りて呼んだヘリで、無事ビッグロックへ帰還することとなった。
あとがき
折角ですので二話目を投稿しました。
今回はオリバ無双回です。でも漫画じゃ表現できた戦闘シーンの表現が難しかったです。
一応ケンイチの世界でもオリバは強いです。そこら辺の達人級じゃ相手になりません。九拳レベルでもないと相手になりません。・・・まあ世界観が違うんで実際はもう少し開きがあるんでしょうが・・・。
次回、は投稿できたらですが、オリバでなくて別の人物を出す予定です。
タイトルは『ババアVS最強の生物』です。
誰と誰かはもう、分かりますよね?