今回は、ハリー視点です。
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凍りついた窓に、今日も雪が乱舞していた。もうそろそろクリスマスの時期が訪れようとしている。
ハグリットは既にクリスマスツリーを1人で大広間に運び込んでいたし、ヒイラギで作られた飾りが階段の手すりに巻きつけられ、鎧兜の中からは永久に燃える蝋燭が輝いていた。廊下には大きなヤドリギの塊が、一定間隔を置いて釣り下げられていて、その下を通るたびに大勢の女の子が群れを成して集まってくる。そのせいで、いつも廊下が渋滞した。だから、ヤドリギのない通路を移動しなければならなかった。幸い城の抜け道に関しては並々ならぬ知識を持っていたから、特に苦労することはなくて……本当に助かった。
だから僕がいま抱えている問題は、ロンとハーマイオニーのことだ。
いま、この2人は絶縁状態になってしまっている。先日のクィディッチ寮対抗試合のスリザリン戦の後、ロンと同学年のラベンダーが付き合い始めたのが原因だ。ロンが、2年前にクラムと付き合ったハーマイオニーに対する当てつけのような感覚で、ラベンダーと付き合い始めたのだ。ハーマイオニーは気にしていないように振る舞っているけど、絶対に気にしている。まず最初に、絶対に授業の時以外はロンと同じ空間にいようとはしない。今、僕とハーマイオニーは図書室の一角に並んで勉強をしているけど、ハーマイオニーが図書室に足を踏み入れたのは、ロンとラベンダーが出て行ってからだった。その数分前に、図書室に入ろうとしたけど、すぐに引き返していったハーマイオニーを僕は目撃している。
なんとか2人の仲を元通りにしたいけど、修復するのは非常に難しそうだ。だから僕は、何も言わない。ロンの話題を出すことなく、貝のように押し黙って勉強をする。
「ハリー…そういえば、あのことを調べたわよ」
ハーマイオニーは鞄から、比較的新しい本を取り出した。表紙には≪杖を使わない魔法≫と記されている。僕は何のことかわからず、首をかしげた。その様子を見たハーマイオニーは、小さなため息を吐き、ページをパラパラをめくり始めた。
「『マジックガンナー』とか『ミス・ブルー』と呼ばれている女性について調べてみたの」
ハーマイオニーが言って、ようやく先日であった赤い髪の女性が脳裏に浮かんだ。風に攫われたかのように消えてしまった女性。あそこは、ホグワーツの敷地内だから『姿現し』も『姿くらまし』も使えないはずなのに、なんで消えてしまったのか不思議に思っていたのだ。
「ほら、ここよ。≪蒼崎青子(アオコ・アオザキ)。第五魔法『魔法・青』の継承者≫」
「えっと、『魔法・青』って何?そもそも『杖を使わない魔法』って?」
聞きなれない言葉なので、ハーマイオニーに尋ねてみる。ハーマイオニーは、ページに羽ペンの羽の部分を挟むと、前のページに戻った。
「詳しくは書かれてないけど、時に関係する魔法らしいの。なんでも、この人の曾祖父が『逆転時計』を制作したらしいわ。―――あった、このページよ」
本のかなり初めのページを僕に見せてくるハーマイオニー。本棚に背を向けている司書の姿を振り返って確認すると、小さい声で要約しながら教えてくれた。
「この本は、著者が旅行でインドに行った時に、カレーの話で意気投合した少女から聞いた話を纏めてあるものなの。オカルトの棚に置いてあった本だから信憑性はないけど……この本曰く、魔法には2種類あるらしいわ」
そういって指を2つ立てるハーマイオニー。
「もともと1つの魔法だったみたいだけど、2つに分かれたらしいの」
「それって、もしかして『魔術』のこと?」
去年、夢かもしれないと思い込んでいた記憶が浮上してくる。僕は、去年『叫びの屋敷』で聞いてしまったセレネ達の会話を思い出せる限り話した。セレネと『魔術師』と名乗る東洋系の男と、あと1人…思い出せないけど男の人の会話だったと思う。
その話をすると、ハーマイオニーは腕を組んで考え込んだ。
「じゃあ、まんざら嘘じゃないかもしれないのね。でも、なんで彼女がホグワーツに来たのかしら……」
「きっと、ダンブルドアに用があったんじゃないか?」
「そうだといいんだけど、何かモヤモヤするのよ」
しばらく羽ペンを動かす手を止めていたハーマイオニーだったけど、次の授業があるらしい。チャイムの音が鳴り響いたのと同時に、荷をまとめ走って行ってしまった。授業がない僕は、しばらく羊皮紙を広げて勉強をしていたけど、10分もしないうちに勉強をする気分じゃなくなってしまった。荷物をまとめて、図書室を出る。
僕は歩きながら、先程まで話していた蒼崎青子のことではなく、マルフォイのことを考えていた。最近、マルフォイの行動が怪しい。
休みの間、闇の魔術がかけられている商品を取り扱うボージン&バークスを訪ねていたし、ホグワーツ特急の中では『ヴォルデモートの重要な仕事を任された』みたいなことを言っていた。死喰い人になったセレネの後ろを歩いていた少女と行動をしているし、あんなに好きで自慢をしていたクィディッチの試合にも出場しなかった。風も強くないし、良く晴れた絶好のクィディッチ日和だったのに……
絶対に何か企んでいる。
そう思った僕は、時間があると必ず『忍びの地図』を取り出して、ドラコ・マルフォイの居場所を探すようにしている。この地図は、僕の父さんやシリウス、ルーピンや裏切り者のペディグリューが作ったホグワーツの地図で、地図の範囲内に存在する人物の名前が地図の中に表示され、誰がどこにいるか把握することが出来るのだ。僕は地図を広げて、マルフォイの居場所を探す。
でも、マルフォイの居場所が見つかる前に、とんでもない名前を見つけてしまった。
ホグワーツのパイプの中を通る3つの点、1つにはアルファルドと記されていて、2つ目にはマイヤと記されたアジア系の名前、そして3つ目に記されていたのは―――――――
「《セレネ・ゴーント》だって?」
何度見ても、そこに書いてある文字は≪セレネ・ゴーント≫。
そのまま3つの点は、嘆きのマートルが住み着いている女子トイレの脇を通ると、すぅっと地図の外に出てしまった。あの先にあるのは、秘密の部屋。きっと、そこにセレネが隠れ住んでいるのだ。
僕はダンブルドアに知らせないと、と思い校長室に走り始めた。でも、校長室に着く前にロンとジニー、それからネビルに呼び止められてしまった。ジニーに声をかけてもらい、淡いピンク色の感情が心に少しだけ広がったが、そんなことを考えている場合じゃない。少しイラついた声を僕は出した。
「何だ?」
「何だ、じゃないわよ。そんなに急いでどうしたの?ダンブルドア先生なら、さっきホグズミード村に出かけるところを見たけど」
「何だって!?」
僕は叫んでしまった。ネビルが突然の叫び声に驚き、小さく悲鳴を上げる。
「どうしたの、ハリー?顔色が悪いけど」
ネビルが心配そうに尋ねてくる。ロンは親友だし、ネビルとジニーはDAのメンバーだし、この間…魔法省に乗り込んだメンバーだ。信用できる。僕は腹をくくった。
「秘密の部屋に『セレネ・ゴーント』がいるらしいんだ」
『秘密の部屋』と聞いた途端、ジニーの顔は一気に青ざめ、ネビルは雷を受けたかのように、驚いた顔のまま固まってしまった。ロンは眼を大きく見開きながら、拳を握りしめた。
「それって、本当?」
震える声で尋ねるネビル。僕は黙ってうなずいた。
「僕は、今から『秘密の部屋』に行く。君たちはマクゴナガルに伝えてくれ」
「僕も行くよ!」
真っ先に声を上げたのは、ネビルだった。ネビルはハーマイオニー同様、まだセレネが『死喰い人』だと認めようとしない。きっと、ついてきてセレネに真実を確かめようと思っているのかもしれない。僕もセレネが『死喰い人』なんて信じられないけど、あの紫色に燃える瞳を見た時、確信したんだ。セレネは僕達とは違うって。でも、そんなことを今ネビルに話しても時間の無駄だ。僕は声を荒げて話し始めようとする前に、ロンが口を開いた。
「じゃあ、僕とジニーでマクゴナガルに知らせてくる。ほら、君が毎晩毎晩、蛇語で『開け』って言っていたから、その単語だけなら蛇語で話せるぜ。マクゴナガルの所に行っても、誰も『秘密の部屋』を開けられないんじゃ意味ないだろ?ちょうど二手に分かれた方が、効率いいし」
僕はロンの意見に賛成した。本当は皆を危険に巻き込まないようにしたかったけど、敵はセレネだけじゃない。見知らぬ人を連れているのだ。きっと、セレネが連れているくらいだから、かなり強いに決まっている。僕1人で勝てる自信がない。
「じゃあそうしよう。出来るだけ早く来てくれ」
僕はネビルと一緒に走り始めた。ネビルは僕より足が遅いけど、前より早くなったし、何よりDAに入ってから魔法の腕がぐんっと上がったのだ。DAに入る以前のネビルだったら足手まといだったかもしれないけど、今は心強い仲間だ。
僕は、2年生の時に通い慣れたトイレに走る。幸か不幸かマートルの姿は見当たらない。
パイプの中に入り込むと、ぬるぬるした暗い滑り台みたいだった。曲がりくねりながら、下に向かって急勾配で続いている。時折、後ろからネビルが、ひぃっと言葉を漏らす声が聞こえてきた。
湖の下あたりまで来たのではないだろうか、と思ったとき、パイプが平らになり、出口から放り出された。僕はうまく着地できたが、上手く着地できなかったネビルは、ローブがネトネトに汚してしまっていた。そういえば、2年生の時の僕とロンもネトネトにしていた気がする。辺りは暗い石のトンネルのようだった。じめじめとしていて足元の土はネトネト湿っていた。
「『ルーモス―光よ』!」
杖を取り出し呪文を唱えると、懐中電灯の様に杖に灯りが灯る。真っ暗なトンネルを、ピシャッピシャっと音をたてながら、慎重に進んだ。杖灯りがあるとはいえ、目と鼻の先しか見えない。
しばらく見たことがあるはずなのに、見覚えがないと感じてしまう道を歩いていくと、何かが彫られている壁にぶつかった。堅い壁に2匹の蛇が絡み合っている彫刻が施してあり、蛇の眼には大粒のエメラルドが輝いている。
『開け』
手洗い場のときの様に、『蛇語』を使う。すると壁が二つに裂け、絡み合っていた蛇が分かれ、両側の壁が、スルスルと滑るようにして見えなくなった。僕とネビルは杖を構えると、消えた壁の向こうに足を踏み入れた。
ひんやりと冷たい右手に杖を持ち進んでいくと、広い空間にたどり着いた。誰かがいる気配はしない。僕とネビルは足音を立てないようにしながら、奥へと進み始めた。奥には巨大な、年老いて細長いあごひげを蓄えた顔をした石像がある。
その手前のところに、セレネが立っていた。
動きやすそうな藍色のパーカーに、同じく動きやすそうな深緑色をした短パン。右手には、この間とは違う種類の銃を握り、左手には、杖を握りしめて僕たちを見据えていた。まだ黒い瞳には、何の感情も浮かんでいない。一切の表情を欠いた冷淡な視線を僕たちに向けている。
地図に記されていた、もう1人の名前の主と、バジリスクの姿がどこにも見当たらない。
自分1人で十分だと高をくくっているのだろうか?ネビルは、僕の隣で微かに震えていた。その様子を確認すると、躊躇いなくセレネに杖の先を向けた。
「セレネ・ゴーント、僕はココでお前を倒す!」
セレネは、何も答えない。ただ、黙って銃口を僕たちに向ける。2年生の時に、この部屋を訪れた際に感じた時とは比にならない、殺伐とした緊張感が広い部屋が狭く感じるくらいに広がった。