私は、元の大きさに戻ったアルファルドに道を案内してもらいながら、カビの臭いが充満するパイプの中を進んでいた。食料の積もった重たい袋を背負い、隠れ家へと急ぐ。きっと、指名手配中の私と蛇の王者が、こんなところにいるとは誰も予想だにしないだろう。
ルーピン先生の協力を経て、私はアルファルドと舞弥さんと一緒に、ホグワーツへ戻ってきていた。ホグワーツの周囲に張られている防衛呪文の『線』を切る。そして、異常に気が付かれる前に、ホグワーツ敷地内に入り込み、ルーピン先生から教えてもらった防衛呪文を張り巡らす。その後、すぐに『秘密の部屋』に隠れたが、どうやら侵入したことに気が付かれていないみたいだ。数か月ぶりに踏み入れた『秘密の部屋』は、いつも通り、洞窟の中にいるみたいにひんやりとした空気を漂わせている。
今日から時が来るまで、ここで舞弥さんと銃火器の扱い方や杖を使う魔法などの修行をつけてもらっていた。人が訪れることがないこの場所なら、いくら修行をしても問題ないし、見つかる心配もないからだ。だが、1つだけ……大きな問題が存在した。
それは、食糧問題。
ホグワーツ在学時代は、時折、ここにこもる程度だったので特に問題は起こらなかったが、今回はそれと話が違う。魔法で食料を出すことは『ガンプの元素変容の法則』の例外だから不可能だ。なので、こうして数日に一遍、夜中にホグワーツ中に張り巡らされているパイプを通り、厨房へと向かう。だが、食料を調達する途中でバレてしまったら、ホグワーツに潜伏することが困難になってしまうので、何があってもバレるわけにはいかない。だから、屋敷しもべ妖精が各寮や廊下の掃除に出ている夜中を見計らって、厨房に忍び込んでいた。
今日も日持ちする食料を手に入れ、アルファルドと一緒に『秘密の部屋』へ帰る途中のことだった。パイプの向こう側から、なにやら、ひそひそと話す声が聞こえてきた。物凄く聞き覚えのある懐かしい声だ。思わずアルファルドに停止するように手で指示をし、聞き耳を立ててしまった。
SIDE:ドラコ・マルフォイ
「うぅ…もうやめましょうよ、マルフォイ先輩」
「続けろ、アステリア!」
僕は、作業の手を止めたアステリアを叱責した。アステリアは、不満そうに口を膨らませる。
「だって、これを修理するの…難しすぎますって。…私達には荷が重すぎます」
「お前は魔女で、僕は魔法使いじゃないか?荷が重いなんてことはないだろ」
先程から寝ぼけたようなことを言うアステリアに、僕はイライラしていた。
本当は、ガラクタの類が大量においてある部屋になんていたくない。噛みつきフリスビーや帽子、見るからに重そうな血染めの斧から古い鬘などが積み上げられているのだ。埃っぽいし、汚らしい。でも、僕はここで『姿をくらますキャビネット棚』を修理しなければならないのだ。
これを直せば、簡単に外の世界に出ることが出来る。
正確に言えば、対のキャビネット棚が保管されている『ボージン&バークス』に出ることが出来るのだ。しっかりと修理すれば、『加勢』を呼び込めることが出来るし、素早く逃走することもできる。アステリアもそれは重々承知で、最初はやる気になっていたのだが…
「今日はもう無理ですって。やめましょうよ」
…と言いながら、傍に置いてある古びたティアラで遊び始めていた。『セレネを助けたい!』という純粋な姿に、思わず目を奪われたこともあったが、まだまだ子供だ。もっとも、子供だからこそ、純粋な気持ちで一途にセレネを思い続けることが出来ているのかもしれない。
「あのなぁ、お前…セレネを助けたいんだろ?」
「決まっているじゃないですか!でも、こんなことをしても先輩は助けられないって思っただけです!!もっと…こう…なんていうか…そのぅ…………アレ?」
アステリアは、何かに気がついたように眉間にしわを寄せた。手にしていたティアラに、ぐいっと顔を近づけている。
「えっと…なんだろう。マルフォイ先輩、なんか書いてあるんですけど、読み取れないんです。読んでくれませんか?」
「…それは、関係あることなのか?」
僕がイライラした口調のまま尋ねると、アステリアは大きく頷いた。キラキラと輝いた真っ直ぐな視線を、僕に向ける。
「はい!これになんて書かれているか分かれば、スッキリして、再び修理に取り掛かれそうです!」
「…本当だな?」
「本当ですとも!!」
僕は大きくため息をついた。アステリアが抱えていたティアラを乱暴に手を取り、目線と同じ高さまで持ち上げてみると、相当な年代物だということが判明した。僕の家にあるティアラよりも、ずっと古く高級そうな品みたいに見える。元々は銀製品だったようだが、年月が経ち過ぎたのだろう。輝かしい銀色はどこにもなく、黒ずんだ錆で覆われていた。よく見てみると、何か文字が彫られているようだ。文字をそっと指でなぞり、読んでみる。
「『計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり』……ロウェウナ・レイブンクローの格言か?」
格言の横には、レイブンクローを象徴する『鷲』が彫られていた。数々の高級品を見てきたからわかる。これは…ほぼ間違いなく、レイブンクローの遺品だろう。だが、なんでこんな高級そうなティアラが、ガラクタの山に転がっているのだろうか?パッと見渡す限り、他にティアラと並ぶ高級品なんて、どこに見当たらない。これだけが異質だ。高級品だからこそ、誰にも見つからないようにするため、こんなガラクタの山に隠しておいたのだろうか?いや、そもそも、こんな高級品をホグワーツに持って来る生徒がいるだろうか?こういったものは売却するか、さもなければ家で丁寧に保管しておいておくもの。
では、誰が隠した?
生徒ではないとするなら、教師だろうか?いや、それならなんで教師が隠すような真似をするのだろうか。各々の自室なんて、罰則を受けた生徒や呼び出した生徒くらいしか立ち入ることはない。だから、こんなところに隠しておく意味はないはずだ。
「とりあえず、返してきましょうか」
「返す?持ち主を知っているのか?」
僕は、まじまじとアステリアを見た。アステリアは、きょとん…とした表情を浮かべる。
「え?それって、ロウェナ・レイブンクローのモノなんですよね?だったら、彼女の娘さんに返すのが妥当じゃないですか?」
僕は失笑してしまった。
「ロウェナ・レイブンクローが、いつの時代の人だか知っているか?…娘じゃなくて、子孫の間違いだろ」
そんな僕の反応を見たアステリアは、驚いたように目を見開いた。
「レイブンクロー寮憑きのゴースト『灰色のレディ』を知らないんですか?レイブンクローの娘さんなんですよ?」
「……はぁ?」
そんなこと初耳だ。僕は、間の抜けた声を出してしまった。一瞬、僕をからかっているのかと思ったら、そうでもないみたいだ。
「誰に聞いたんだ?」
「『血みどろ男爵』に聞きました」
『血みどろ男爵』といえば、スリザリン寮憑きのゴーストだ。血だらけでげっそりとしており、加えて目は虚ろという恐ろしい風貌なので、入学当初のスリザリン生からは避けられ気味になりがちなゴーストだ。僕たちも最初は近寄りにくかったが、話してみると、基本的に良い奴だと分かり、普通に接するようになったが、そこにいたる道のりは長かった…。
「では、行きましょう!」
アステリアは僕が手にしていたティアラを取ると、すたすたと部屋から出て行ってしまった。僕は、ため息をついた。まだ、今日の分のノルマが終わっていないのに…。『ティアラに書いてある文字がわかったら、作業に戻る』と言っていたのは、誰だったかことやら。
「ほら、マルフォイ先輩も行きましょうよ」
天井高く積みあがった本と本の合間から、ひょっこりとアステリアは顔を出す。アステリアに対する文句の言葉が、のど元まで上がってきた。しかし、実際に僕の口から飛び出た言葉は……こうだった。
「分かった。行こう」
なんで、そんなことを言ってしまったのかはわからない。気がつくと、了承の言葉を口にしており、アステリアと一緒に『灰色のレディ』の前に立っていた。腰まで届く長い髪に、足元までの長いマントを纏っている。一見すると美しいかもしれないが、同時に傲慢で気位が高いようにも見えた。近づいてくるアステリアと僕を見たレディは、話したくない気分だったのだろうか。眉を吊り上げ、固い壁を通り抜けようとした。それに待ったをかけるように、アステリアが声を張り上げた。
「『灰色のレディ』!これって、貴女のお母様のモノですよね?」
アステリアが『灰色のレディ』に、ティアラを見せる。『灰色のレディ』はチラリと見ただけで、目玉が零れ落ちるのではないかというくらい、大きく目を見開いた。
「ど、どこでそれを……それは、確かアルバニアの森にあるはず、なのに…」
酷く狼狽する『灰色のレディ』。ティアラをよく見ようと、ぐぃっと顔を寄せてきた。
「アルバニアの森って…ハゲ爺が隠れていたって言われている森でしょうか?」
アステリアは、僕の耳元で確認するかのように囁いた。僕は小さく頷く。
「噂では、な。……それで、それは君の母親のティアラなのか?」
信じられないとでも言わんばかりに、ティアラを見つめ続けているレディに問いかける。すると、レディは、するすると後ろに後退した。当惑した表情を浮かべた彼女は、首を縦に振る。
「確かに、これは母の『髪飾り』です。間違いありません。……しかし…」
何か言いよどむように、レディは口を濁す。
「それを受け取ることは出来ません。元あった場所に、戻しておいてください」
それだけ言うと、逃げるように壁の向こうへ消えて行ってしまった。僕とアステリアは、誰もいない冷たい廊下に、ぽつんと残されてしまった。アステリアは黙って手の中のティアラを、じぃっと見つめている。
「ほら、戻しに行くぞ」
僕は、根が生えたかのように動こうとしないアステリアを急かす。だが、アステリアは依然として動こうとしない。痺れを切らした僕が、腕をつかんで強引に連れて行こうとしたとき、ようやく口を開いた。
「マルフォイ先輩…これを完膚なきまで壊す方法って…知っていますか?」
僕は眉をあげた。いきなり、何を言い出すのだろうか。僕がそのことを問いただす前に、アステリアは再び口を開いた。
「だって、気持ち悪くないですか?アルバニアの森にあったはずのコレが、いつの間にかホグワーツの…しかも『必要の部屋』に置いてあったんですよ?アルバニアと言ったら、ヴォルデモートが潜伏していた場所です。…気持ち悪いですよ!はやく壊しましょうよ!!」
必死な表情を浮かべたアステリアが、僕を見上げてくる。言われてみれば、アステリアの言うとおりだ。アルバニアの森といえば、ヴォルデモートが潜伏していたとされる森。そんな森に安置されていたティアラが、どうして国境をはるかに超えたホグワーツに置いてあったのだろう。
「…誰かが持ってきたんだろ?」
「じゃあ、なんで『必要の部屋』に隠したんですか?」
「それは……」
分からない。
いくらなんでも、『アルバニアの森=ヴォルデモート』とつなぐのは、欄楽過ぎのような気もする。だけど、アステリアの話を聞いているうちに、得体のしれないモノが潜んでいる気がしてきた。僕たちに害をもたらすような、気味悪いモノが、ティアラの中にいるような気がしてたまらない。僕は、ローブの内側から杖を取り出した。
「『レダクト‐粉々』!」
ティアラに向けて、呪文を放つ。杖先から出た黄色い閃光は、確かにティアラを貫いた。だが、ティアラはカランと地面に落ちただけで、外傷はひとつも見られない。ぷっとアステリアが笑った。
「マルフォイ先輩、そんな簡単な呪文も使えないですか?」
「…今のは、何かの間違いだ。…『レダクト』!」
再び閃光がティアラを貫く。しかし、相変わらずティアラには傷一つついていない。これはおかしい。今の呪文も先程の呪文も、確実にティアラを貫いていた。それなのに、傷一つもつかないなんて、ありえない。この間の『闇の魔術に対する防衛術』の時間では、無言呪文でも出来た呪文だ。スネイプに30点を貰ったから、よく覚えている。なのに、なんで今は出来ないのだろうか?困惑する僕を横目で見たアステリアは、やれやれと言いながら杖を取り出した。
「マルフォイ先輩、じゃあ私が手本を見せますね。『レダクト』!!………あれ?」
アステリアの杖の先端からも、閃光が奔るが相変わらず…ティアラに傷が一つもついていない。僕はティアラを乱暴につかむと、石で造られた壁に思いっきり叩きつける。ガツンっと大きな音が、静まり返った廊下に響き渡る。だが、壁にぶつかったティアラに傷はない。…背筋がぞわぞわっと逆立つ。なんで、傷がつかないのだろうか。これは、明らかに変だ。
「な、なんで破壊されないんですかー!『コンフリンゴ‐爆発せよ』『ボンバーダ‐砕けろ』『エクスパルソ‐爆破』!!」
アステリアは覚えている破壊系統の呪文を、端から唱え始めているようだ。そのたびに鋭い閃光が杖先から走るのだが、相変わらずティアラに傷がつくことはない。
「アステリア、これはスネイプかマクゴナガルに見せに行った方が…」
「だったら……これならどうです!!」
静止を呼びかける僕の声を遮り、アステリアは杖を振るう。何か呪文を叫んだように聞こえたが、聞き覚えのない呪文だった。杖先から噴射されたのは、炎。それも、尋常な火ではない。普通、魔法で生み出された炎は『緑色』なのに、アステリアの生み出した炎は禍々しい朱色だ。炎はキメラに姿を変えると、あっという間にティアラをのみ込んだ。それと同時に、まるで断末魔のような苦痛の悲鳴のような音が廊下に木霊する。だが、そんな音も一瞬のうちに炎が轟々と燃え盛る音にかき消されてしまった。
「おい、早く止めろ!」
不気味なティアラをのみ込んだ炎は、一向に静まる気配をみせない。それどころか、炎で形作られたキメラは、まるで本物のキメラであるかのようにアステリアに襲い掛かっていた。
「む、無理です!おかしいんです、収まらないんです!!」
今にも泣きだしそうな顔をしたアステリアが、顔をぐしょぐしょに歪めながら叫んでいる。僕はアステリアの前に立つと、杖を真っ直ぐキメラに向けた。
「『アグアメンティ‐水よ!』」
僕は声を張り上げたが、杖先から噴出した水はキメラに届くことはなく、空中で蒸発した。水が効かないなんて……。他に水系の呪文はいくつか知っているが、今の呪文が駄目だったのだ。他の水系の呪文も、効果がないだろう。となると、呪文を終わらせる呪文を使った方がいい。そう考えた僕は、再び杖を振り降ろす。
「『フィニート・インカンターテム―呪文よ、終われ』『エバネスコ―消えろ』!!」
だが、炎はますます燃え上がるばかり。一向に収まる気配がない。それを見た僕はアステリアの手をつかむと、一目散に走りだした。もう僕とアステリアの力では、どうにもならない。なんとしてでも、ここから逃げて、誰か対処できそうな人に伝えないと不味い。
だが、キメラは巨大な尻尾を振り上げると、僕たちの進行方向に打ち付けたのだ。あわてて反対側へ逃げようと振り返るが、退路は炎の壁で塞がれていた。もう逃げられない。今までに感じたことのない絶望が、僕の心に広がった。炎だけではなく、目が痛くなる黒い煙が、僕たちを取り巻いていく。
ここで、僕は…何もできずに死んでいくのだろうか…
もう、轟々と燃え盛る炎の音しか聞こえない。アステリアが必死な形相で、隣で何か言っているようだが、それすら聞き取れないくらい炎が間近に迫ってきていた。
死にたくない。死にたくない。僕は、こんなところで死にたくない!
黒い煙を吸い込んでしまい、ごほごほと咳き込む。もう、恐怖が極限状態に陥ってしまったのだろうか。轟々と燃え盛る激しい炎の音が聞こえない。煙と熱が耐え難いほど激しくて、思わずアステリアを抱え込む感じで、しゃがみこんでしまった。床に近いからだろう。立っているよりも幾分かは煙が薄まり、呼吸がマシになる。だが、煙がなくなったわけではない。だんだんと、視界が暗くなっていく。
「『悪霊の火』か…危険すぎるだろ」
聞き覚えのある少女の声が、上から聞こえてきた。まさか、と思い僕は重たい頭をあげる。頭上に広がっていたのは黒々とした煙と混濁しつつある意識のせいで、ぼんやりとした輪郭しか分からない。ただ…ゾッとするくらい黒い煙の中で、少女のモノと思われる蒼い瞳だけが、爛々と輝いているのだけは分かった。
「先生が来る前に、ココは何とかしておく。……ごめん、だから今は寝てろ」
左手に持っていた杖を、僕に向ける。そして、何かつぶやいた。青白い閃光が目の前でさく裂し、不自然なくらい急に眠くなる。頭の片隅で『催眠魔法だ、気を確かにもて!』と叫ぶ声がした気がする。でも、眠気に逆らうことは出来なかった。僕は少女に、話しかけようと口を開こうとするが、わずかに口が開いただけで声が出ない。
なすすべもなく、僕の意識は消失した。
気がつくと、目が痛くなるくらい白い天井が広がっていた。ここは、どこなのだろう。確か、僕は『必要の部屋』で『キャビネット棚』を修理していた。その途中で見つけたティアラを壊そうとしたアステリアの呪文が暴走し、炎に囲まれた気がする。黒い煙に囲まれ、もうこれまでか!と思った時に助けてくれたのは……
「…セレネ…」
「起きてそうそう『セレネ』かよ」
聞き覚えのある声が、隣から聞こえてくる。声の方に視線を向けると、ザビニとノットが立っていた。ザビニは、どこか面白がるような表情を浮かべている。
「よかったな、パンジーが授業でいなくて。あいつ、『不倫ね!ダフネの妹と不倫するなんて!!』ってキレてたぞ。それに加えて目覚めて一番最初に発した言葉が『セレネ』ときた。いや~、いなくて良かったな」
「……不倫?」
ザビニの言葉の中に、聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。僕は眉間にしわを寄せて、聞き返す。すると、ノットがいつも通り淡々とした口調で教えてくれた。
「アステリアと一緒に昨夜、悪戯専門店『WWW』製品の『試作品版:暴れバンバン花火』で遊び、最終的に煙に巻かれて気絶したんだと、俺は聞いたぞ。まったく、アステリアの杖が折れるくらい花火遊びに夢中になるなんて、らしくない」
「花火…だって?」
確かに、最終的に煙に巻かれた。でも、気絶はしていない。あれは…
「違うのか?」
察しのいいノットは、僕の顔に浮かんだ困惑の色に気がついたらしい。
僕は、あの場であったことを話そうと口を開きかけた。でも、口から飛び出たのは全く違う言葉だった。
「いや、その通りだ。……まったく、ひどい目にあった」
本当のことを言えなかった。もし、言ってしまったら……『セレネ』のことまで話さなければならなくなる。あのセレネは、絶対に幻覚ではない。あの絶体絶命な状況を打破できるのは、僕の知る限りセレネしかいない。ということは、セレネは『ホグワーツ』に潜伏しているということになる。彼女が、何の目的でここにいるのか分からない。でも、彼女のことだから、きっと作戦があるのだろう。だから、僕は黙っている。セレネを邪魔してはいけないから。アステリアにも、よく言っておかないと。
「あっ!起きたのね、ドラコ!!」
パンジーが医務室に飛び込んできた。喜びと怒りが混ざり合ったような表情を浮かべて、ずかずかと近づいてくる。
「ねぇ、どういうことなの!説明してよ、ドラコォォ!!」
瞳が真っ赤に染まったパンジーが、迫ってくる。いったん、セレネのことは頭の片隅に追いやることにする。今は、どうやって、パンジーの怒りを鎮めるかが最優先だ。助けを求めようと、チラリとザビ二達の方に視線を向けたが……助けてくれる気配はなさそうだ。ザビニは、笑いをこらえるのに必死だし、ノットは関係ないとでも言わんばかりの表情だ。
ため息をつきたくなるのを堪えると、僕はパンジーに視線を戻すのだった。
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12月15日…訂正