SIDE:アルファルド
3階の女子トイレにある壊れた蛇口……そこが『秘密の部屋』へと繋がる入口になっています。一見すると冷たく張りつめた雰囲気の『秘密の部屋』ですが、その先にある『もう1つの秘密の部屋』は、意外と快適な空間です。今も、いくつものランプの灯火と、煌々と燃え続ける暖炉の炎が、壁一面…本で埋め尽くされた室内を照らしています。
そんな部屋で、今日も主は、猿顔翁(サラザール・スリザリン)や馬鹿リドルが残した本の数々を読みふけっていました。
『…そろそろ休まれては?』
もう、ずっと……12時間は椅子に座って本とにらめっこしている主。主は本に目を落としたまま、蛇語で私の問いかけに、答えてくれました。
『いや、もう少し読んでから休む』
せっかく心配したのに、何を考えているのでしょうか。主は、首を横に振って、目を落としていた本の最後のページをめくります。……どうやら、その本にも主が探している内容はなかったみたいです。主はため息をつきながら、パタンと、今にも壊れそうな灰色の本を閉じました。
『…これも違うか』
『既読済み』の本で作られた山の上に、閉じたばかりの本を乗せる主。時計の針は、そろそろ夜の12時を廻ろうとしています。
主は、スッカリ冷めたコーヒーを啜りました。…私に手があればコーヒーを入れてあげられるのですが、私は蛇です。主の背中を見ていることしかできません。
主が次に手にしたのは、擦り切れた黒い革綴じの分厚い本、本の上に被さっていた埃を払うと『深い闇の秘術』という表題が見えた気がしました。
『……急がなくても良いのでは、主?主にはまだ、時間があります』
主の顔色が青ざめていて病人みたいです。目の下にはクマが出来ています。主が、今日で秘密の部屋に滞在して6日目……授業と食事の時以外は、この部屋から外に出ず、ずっと本とにらめっこしています。寮に戻らない理由として、主の同室の御学友の方々には『試験勉強に集中したいから“秘密の部屋”にこもる』と言ってあるそうです。御学友の方々は主が『スリザリンの継承者』だということを知っているから、たぶん問題は、おこらないでしょう。
主が寝る間を惜しんで本を読み漁っているのには、訳があります。それは馬鹿リドル…つまり、私の元・主の『弱点』を探るためです。
確かに今は『協力者』として行動しているみたいですが、元主はあの性格です。いつ裏切られるかわかりません。ダンブルドアとかいう爺を殺し契約が終わったらすぐに、殺しにかかってくるでしょう。なので、亡命するまでの間、少しでも抵抗できるように、生き残れるように、今のうちに奴の弱点を探っておくに越したことはないと、私も思います。だから、主は試験勉強の合間を縫ってまで、こうして『弱点』を探しているのです。
幸いにも、ここには『闇の魔術』に関する本が500冊以上あります。全て読むことは主が在学している間には出来ないかもしれません。ですが、出来るだけ読んで、読み切れなかった分は……いったいどうするのでしょうか?というか、主が卒業したら、私はどうすればいいのでしょう?
…とにかく、その問題は後回しです。
主は、この大量の本の中からヴォルデモートが興味を持ちそうな『不老不死』に関する話題を探しています。なんでもヴォルデモートが『不死』になった方法を調べれば、必ず、それに対抗する術があるはずだし、今後の対策を練ることが出来るから、だそうです。
確かにそれは正論です。でも、主に倒れらたら……正直、医務室まで連れて行くのが面倒です。誰にも見つからずに、私がやっと通れるくらいの通路を通って辿り着く医務室まで行くのは、骨が折れます。なので、私は主を心配する声をかけました。
『主は、…このままでは身体を壊してしまいます』
『大丈夫。自分の身体の……こと、は……』
主はページをめくった時……固まってしまいました。眼は大きく見開かれて、文字を凝視しています。とうとう倒れるのかな、と思いましたが違いました。
…どうやら、目当てのものが見つかったみたいです。
主は目をこすり、ゆっくりと息を調えました。そして、いつになく集中した面持ちでその項目を読み始めます。時折ぶるっと身体を震わせながら主は一行、一行を丁寧に文字を読んでいました。
『…分かったのですか?』
主が本から顔を上げ、残りのコーヒーを全て飲み干したとき……恐々とした感じで私は口を開きました。
『一体どういった方法なのでしょう?』
『まったく、物騒な方法だ』
主は、背もたれに身体を預けると、ふぅ……と息を吐きました。その表情からは何も読み取れません。
『十中八九…方法は“分霊箱(ホークラックス)”。分割した霊魂を隠した物、という意味だ。分霊箱に納められた魂の断片は、魂をこの世に繋ぎとめる役割を持ち“完全な死”を防ぐ効果を持つ、らしい』
『つまり、本体の肉体や、それに宿る魂を破壊されても……他の魂があるから平気ということでしょうか?』
胡散臭いです。私はシューっという声を上げました。魂という目に見えない物を分割するなんて……信じられる話ではありません。そんな私の態度を見た主は、力なく笑っていました。
『信じがたい話だが、証拠がある』
『証拠がある?主は、馬鹿リドルの魂の欠片を見たことが…』
私はハッとしたように言葉を止めました。
『“リドルの日記”ですね』
2年生の時、ちょうど扉の向こうの部屋で起こった事件を思い出しました。生きる力を吸い取り、実体を持つトム・リドルの記憶。あれをそう簡単に忘れられるはずがありません。ましては、あの事件に私は深くかかわっていたのですから。もう少しで私は、目の前にいる主を傷つけるところでした。
『主が魂の“器”になっていた“日記”を壊したから、帰る場所を失った“魂”は消滅した?』
『大方そんなところだろう。で、奴のことだから念には念を入れて、1つではなく2つ以上……分霊箱を作った可能性が高い』
主は背もたれに体を預けたまま、足をフラフラ前後させています。
『このことは、墓場で奴は“誰よりも深く不死の道へと入り込んだ俺様”と言っていたことからも、分かる。…1回分けるだけで魂は不安定になると、この本は再三、うんざりするほど警告している。2回以上分けたって考えるのが妥当だろ。
違うかもしれないから、他の方法も探してみるが、それと並行して分霊箱を探すのが得策だな』
私は、頷いて同意の意を示しました。
『そこでだ、アルファルド。ヴォルデモート、トム・リドルが分霊箱と思われるのものを所持していた覚えはないか?』
『そうですね…』
私は、いつになく脳を働かせました。馬鹿リドルの行動の中で『特に』不審な点はないか、記憶の隅々まで探します。ですが、馬鹿リドルは孤児です。学用品以外に持っていた私物なんて…
『あっ…』
ありました。何時でしたでしょうか、そう、確か私が目覚めたばかりの時です。なんか、今の主同様……おしゃれに興味がなかったはずなのに、何故か急に指輪をはめていました。気になって指輪について聞く前に、馬鹿リドルは教えてくれたんです。確か…
『マールヴォロの指輪というモノを、指に嵌めていました。おしゃれに興味がない人だったので良く覚えています』
『マールヴォロの指輪…か』
私の答えを聞いた主は、なにやら不敵な笑みを浮かべました。
『…もしかして、これか?』
主はポケットの中から古びた指輪を取り出しました。どこか見覚えのある金の指輪です。いえ、見覚えがあるどころではありません。あの指輪は…
『間違いありません。マールヴォロの指輪です』
『なるほど、壊しておいて正解だったな。…念のため、他にも探すか』
主はフフフと笑いながら、荷物をまとめ始めました。鞄に先程の本を入れると、立ち上がり思いっきり腕を空に伸ばしストレッチをしています。馬鹿リドルの弱点が見つかったのだから嬉しい顔をすればいいのに、主は悔しそうです。右腕をさすりながら、必死に何かを考えています。
『“破れぬ誓い”の破棄は無理か……』
『破れぬ誓い?』
私が問い返すと、主は苦虫を潰したような顔になりました。
『私がヴォルデモートと結んだ契約だが、通常の魔法契約と違い“線”が視えない。だから、消せないんだ。ダンブルドアが死ぬまで、ヴォルデモートの件は先送りか。……とりあえず、今日は寝る。…アルファルド、悪いけど寮まで送ってくれる?』
とりあえず最低限の情報は手に入れたから、今日からはベッドで寝たい…と、眠そうな顔をしながら言う主。まったく、今は何時だと思っているのでしょうか?深夜ですよ?今日は泊まっていけばいいのに。まぁ、医務室まで行くよりスリザリン寮に行く方が楽なので私は構いませんが。
私は主に近づき、頭を垂らし主が背に乗りやすいようにしました。主は小さな声で『ありがとう』と礼を言ってから背に乗ります。こうして礼を言ってくれると物凄く嬉しいです。馬鹿リドルは、そんなことをいいませんでしたから。
私は主を落とさないように慎重に進み始めました。
相当疲れていたのでしょう。寮に辿り着いたときに…主は私の上で小さく寝息を立てていました。私は小さく笑い、ベッドの上、に連れて行くのは身体が大きすぎて部屋に入ることが出来ないので、談話室のソファの上に主を下しました。主は少し身動きをしましたが、すぐに夢の世界に戻ったみたいです。私は、ため息をつきながらも口元は笑っていました。
私は……いい主に巡り合えてよかったです。
あっ、そういえば、分霊箱とは、いったいどうやって作るのでしょう?聞いていませんでした。今度、主が尋ねてきたときに聞いてみましょう。
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11月18日…一部訂正