外に出ると、今はまだ夏だというのに空気が冷たい。ここは、一体イギリスのどのあたりなのだろう?上着を持ってくればよかった。私は少し後悔した。
「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」
ずらりとそろった生徒の頭の向こう側に見えるのは、巨大な男。たしかハグリットっていうホグワーツ関係者の1人だったと思う。
そのあとは、ハーマイオニーとネビルと一緒に険しく狭い小道を他の生徒たちと一緒に歩いていく。
ネビルが1,2回鼻をすすった。
そして、狭い道が急に開かれたとき、私は驚いてしまった。
周囲からの歓声に驚いたのではなく、純粋に目の前に広がる光景に驚いてしまった。
大きな湖の向こうには高い山がそびえ、そのてっぺんに壮大な城が見えた。
キラキラと輝く窓が、星空に浮かび上がって見える。
あそこが私が7年間過ごす学び舎だと思うと、いつも心のどこかに残っていた不安感はなくなり、昂揚感のみが残った。
そのあとは、4人一組でボートに乗り込む。
私達の他に、『僕はイートン校に行く予定だったのに……』と歩いている途中ブツブツつぶやいていた少年が乗り込んだ。
船旅は順調で、少し肌寒かったが他には問題なかった。
それに、船から降りた時ちゃんとトレバーというネビルのヒキガエルも見つかったし。
汽車からここまでついてきた蛙って凄いと思う。実は頭がいいのか?それとも動物的本能というのか、はたまた蛙にも魔力が宿っているのだろうか。
玄関まで辿りつくと、エメラルド色のローブを着た魔女が現れた。
絶対に逆らっては不味い人だと感じた。
絶対にこの人に言い訳というものは通じそうにない。そんな雰囲気を漂わせる鋭い視線の持ち主だった。
それにしてもお腹が空いた。
早く夕飯になって欲しい。昼食は口にしたが、その後にヒキガエル探しで列車の中を駆け回ったから、今にも腹が最速の音を立てそうだ。
ポケットの中には菓子が入ってるが、この状況で食べるのは難しい。
目の前であの厳格そうな魔女が話しているのに、こっそり菓子を食べられるほど図太い神経を持っていない。
「大丈夫、セレネ?」
ネビルが心配そうに尋ねてくる。
「平気だが?」
「そう?さっきゴーストが出てきたのに無反応だったから」
「ゴースト?」
幽霊?そんな未確認物体が存在するのか?魔法界だから何でもありなのかもしれない。
それにしても、お腹が減った。何かを口にしないと力が出ない気がする。
「ネビル、今って飲食オッケーかな?」
「えっ!?た、たぶん、ダメなんじゃない?」
「だよな。あぁ……飢え死しそうだ」
ガックシっと肩を落とす私。すると、ネビルがゴソゴソと開いている方の手をポケットに突っ込んで何かを探しているみたいだった。
「あっ!あった!!
あのさ、これ僕のだけど……よかったら食べる?」
ネビルが差し出してきてくれたのは、どうやら飴みたいだった。
優しい!いや、『何も食べるもの持ってないからくれ』って意味で言ったんじゃないんだけが……でも、心遣いってのが嬉しい。
「ほ…本当にいいの?」
「うん。だって、トレバー探すの手伝ってくれたし」
「ネビル、アンタは将来偉大な魔法使いになれるよ」
そう言って菓子を口の中に放り込んだ瞬間
「さぁ行きますよ」
さっきの厳格そうな魔女が戻ってきた。
見られてないよな?いや、一瞬だけ魔女から射抜くような視線を感じた。だが、気のせいだと思おう。
「ごめんね。今マクゴナガル先生に睨まれてたでしょ…僕のせいだ」
先生に聞こえない様にボソリとつぶやくネビル。すまなそうに肩をすくめている。
やっぱり先生に睨まれてたか。
「ネビルのせいじゃないって。私が腹減ってのが悪いんだから
そういや、これから何をするの?」
「えっ!?組み分けの儀式だけど……聞いてなかったの?」
聞いてなかった。
それよりも、儀式って何だろう?
魔法使いらしく、魔方陣を書いたりするのか?水晶玉で占ったりするのだろうか?
いずれにしろ、この人数だと時間がかかりすぎると思うから、簡易的な儀式だと思うが。
少々不安になってきた。まぁ、死ぬようなことはないだろう。それに、高い金を払ってまでして学用品までそろえた子供を『儀式不適合だから退学!』って真似はさすがに……ないと思う。無いと信じよう。
マクゴナガル先生という魔女に引率され、再び玄関ホールに戻る私達。
足が鉛になったような感じで歩く他の生徒たちと一緒に、私も二重扉を通って大広間に入った。
大広間の中には、まさに『魔法』と呼ばれるような空間が目の前に広がっていた。
何千というろうそくが空中に浮かび、四つの長いテーブルを照らしている。
テーブルには、おそらく四つの寮ごとに分かれて上級生が客席し、ろうそくの明かりでキラキラ輝く金色の大皿とゴブレットが置いてあった。
まだ、何も置いていないっということは、これから食事が配られるのだろうか。しかもこの量となったらかなりの時間が必要だぞ?魔法を使うに違いない。
まぁ、食べ物のことはひとまず置いておこう。
広間の奥の上座には、もう一つ長いテーブルがあって、先生方が座っていた。
スネイプ先生や、ハグリットもそこにいた。
マクゴナガル先生は、上座のテーブルの所まで私達を引率する。私達を興味深そうに眺めてくる上級生の視線が痛い。
ふと、上を見上げてみると、そこには夜空が描かれていた。
以前、クイールと日本に旅行に行ったときにみたプラネタリウム『メガス●ーⅡ』に負けず劣らない夜空が広がっていた。いや、この人工的に作り出した夜空には雲もあるから、こっちの夜空の方が本物に近い。
「空じゃなくて天井よ、魔法で夜空のように見えるだけ。
『ホグワーツの歴史』という本に書いてあったわ」
後ろで得意げにそう言うハーマイオニー。
反応して欲しいのだと思うので、私は口を開いた。
「へぇ、やっぱ魔法なんだ。超高性能プラネタリウムかと思った」
「あら、知らないの?ホグワーツの中だとマグルの機械製品は狂うのよ?」
「そ、そうなのか!?」
しまった。そうと知らずに携帯ゲーム機を持ってきてしまった。せっかく主人公のレベルを必死にあげて、もうすぐ、ラスボス戦だったのに。そのデータ全部消えてしまうのだろうか、と考えると少し気持ちが落ち込んだ。
「ねぇ、セレネ。あの帽子は何かしら?」
不安そうに尋ねてくるハーマイオニー。
見ると、マクゴナガル先生がどこからともなく古びた帽子を持ってきて、私達の前に置いた。
この歓迎色が漂う『新入生歓迎会』には相応しくない薄汚れた帽子だ。
私にもわからない。そう返そうとしたとき、なんと帽子が動き出して詩を歌い始めたのだ。
どうやら、この帽子が組み分けを決めるらしい。
詩の内容は四つの寮の特色を謳ったものだった。
・グリフィンドール
勇敢な騎士道精神を持った人が集まる寮
・ハッフルパフ
心優しく忍耐強い人間としてできた人が集まる寮
・レイブンクロー
勉学に対する意欲が一際強く、学力の高い人が集まる寮
・スリザリン
どんな手段を使ってでも目的にたどり着こうとする人が集まる寮
簡単にまとめると、こんな感じだった。
私はどこの寮に入るのだろう?
まず、グリフィンドールは論外。
私に騎士道なんてない。だいたい騎士道なんて私は嫌いだ。
ハーマイオニーはその寮に入りたがっているみたいだが。彼女的にはレイブンクローっぽい気がする。
ネビルは、ハッフルパフだろうか?優しいしから。
グリフィンドールは消去するとしたら、残る寮は3寮。
だが、ハッフルパフもない。私は、優しくなんてない。
そうなると、レイブンクローかスリザリンだろうか?
「名前を呼ばれたら順に前に出てきてください。
ハンナ・アボット!」
金髪のおさげの少女が前に転がるようにして出ていく。
ハンナと呼ばれたその少女に、マクゴナガル先生が古びた帽子『組み分け帽子』をかぶせると彼女の目が隠れた。
そして一瞬の沈黙。
「ハッフルパフ!」
右側のテーブルから歓声と拍手が上がり、ハンナはハッフルパフのテーブルに着いた。
「ねぇ、改めて聞くけど、セレネはどこの寮がいいの?」
こっそり後ろに並んでいるハーマイオニーが尋ねてきた。
「言っただろ?平穏に暮らせるならどこでもいいって。
まぁ、さっきの帽子の歌を聞く限りだと、消去法で『レイブンクロー』か『スリザリン』かな?」
「『スリザリン』!?」
信じられない!!っという顔をするハーマイオニー。その隣にいるネビルも驚いて目を大きく開いている。
何か不味いことでも言っただろうか?
「だって、私は騎士道精神なんて持ちたいとは思わないし、ハッフルパフが求めるような優しさもない。
となったら、レイブンクローかスリザリンかなって」
「セレネは優しいと思うけど。
でも、スリザリンは止めておいた方がいいわ。闇の魔法使いを多く輩出しているって言うし、評判を聞く限りだと『最悪』よ!?」
かなり真剣に訴えかけるハーマイオニー。
そんなに評判悪いのか、スリザリン。チラッとスリザリンのテーブルの方を見る。
まぁ、確かにガラの悪そうな奴もいるが、ガラの悪そうな奴ならグリフィンドールやレイブンクローにだっている。
「まぁ、どこの寮に行ってもよろしくな」
「そうね。出来れば同じ寮がいいけれど」
「セレネ・ゴーント」
私の名前が呼ばれた。
いつの間にか私の番が来たらしい。私は前に進み出た。
全校生徒が私の方を見てる。
先生方も私の方を見ている。
突き刺さる視線が痛い。
少しだけ緊張してきた。こんなに注目されたのは初めてだ。
マクゴナガル先生が私の頭の上に…すっぽりと帽子をかぶせる。 私の視界を闇が覆う。
「む!?まさかゴーント家の子かね?」
頭の中で低い声が聞こえる。 恐らく帽子の声だろう。こうして対話をして寮を決めるのだろう。
「まぁな。ってかゴーントってどんな家だか知ってるの?」
「もちろん知っている。まさか生き残りがいたとはな……」
「生き残り?ってことは私以外の親族は皆全滅ってことか?」
「いや、1人だけ生きている可能性がいる奴はいるがな。
おしゃべりはこのくらいにしておこう。ゴーントの家系ということは君の寮は決まっておる。
その寮に入れば偉大なる魔法使いへの道が開けるだろう」
「まさか、グリフィンドールとかないよな?」
「全く違う。君の入るべき寮は…………
スリザリン!!」
帽子が最後の言葉を広間に向けて叫んだのが聞こえる。
途端にスリザリンから歓声が沸きあがった。
帽子を取ると私はスリザリンの席へと向かう。
途中でチラリっとハーマイオニーやネビルの方を見ると『信じられない』という顔をされた。
ハリーも同じような顔をしている。
少し心外だ。
そこまで嫌われているのか、スリザリンという寮は。
でも、私を迎え入れてくれた上級生は普通に私を歓迎してくれた。
私は先にスリザリンに迎え入れられていた体格のいい女子生徒の横に座った。
「あんたさ、てっきり『グリフィンドール』かと思った」
「なんで?」
初対面でそんなことを言われるなんて。
私が『わけわからない』という顔をしていると、その女子生徒は言葉を付け足した。
「アタシはミリセント・ブルストロード。
あんたって列車の中でヒキガエル探してたでしょ?」
「そういえば、その時に尋ねたコンパートメントで会ったっけ?」
「お人好しと言ったら『グリフィンドール』か『ハッフルパフ』って相場決まってるからね。
で、あんたは馬鹿そうに見えなかったから『グリフィンドール』って思ったのよ。
まさか、スリザリンに来るなんてね」
少し『嫌悪』の色が強い視線が突き刺さる。
なんかむかつく。だが、そんな色を微塵も出さずに、私は平然を装った。
「帽子が『ゴーント家の人はみんなスリザリン』って言ってたけど……ゴーントって家系知ってる?」
「『ゴーント』?知らないわね。どうせちっぽけで細々と続いてきた純潔の家系でしょ?
あんた、自分の家系のことも知らないの?」
「両親は物心つく前に死んで、以後はマグルの家で過ごしたからな」
「それは災難だったわね。
まぁ、これから7年間、よろしくね」
ミリセントが手を差し出してきた。
意外と礼儀はあるみたいだ。私はその手を握り返した。その時、隣にまた誰か来た。
「やぁ、セレネ。君もスリザリンだったんだね」
隣に腰を掛けたのは、マルフォイだった。
彼もスリザリンだったらしい。
「ドラコ・マルフォイだっけ?アンタもスリザリンだったんだ」
「……僕の組み分け見てなかったのか?」
「ごめん、ミリセントとしゃべってた
まぁ、7年間よろしく」
「こちらこそよろしく。でも驚いたな…君はレイブンクローか、下手したらグリフィンドールかと思ったのに」
なんでみんなにそう言われるんだ。 そんなに私は、グリフィンドールっぽいのか?
それにしても、スリザリンが嫌われるのと同様、グリフィンドールも嫌われているみたいだ。
「ほらごらん、有名人の組み分けだ」
見るとハリーが壇上に上がるところだった。
ハリーが組み分けってことは、ハーマイオニーとネビルは終わってるに違いない。
見回してみると2人ともグリフィンドールの席に座っていた。
なんか少しさびしい。心の中に冷たいものが広がった。
まぁいい。ハリーの番だ。
辺りがシーンとなる。一体何が起こったんだ?ってくらいシーンとなった。
「なぁ、マルフォイ。ハリーって有名人なのか?」
「有名さ。いわば英雄扱い。
『名前を言ってはいけないあの人』を赤子なのに倒したとされているからな」
苦々しく言うマルフォイ。『名前を言ってはいけないあの人』とは誰なのだろうか。『言ってはいけない』っていうほどなのだから相当の大物なのだろう。あとで調べてみよう。
ちなみに、この後ハリーは『グリフィンドール』に決定し、ほどなくして夕飯が始まった。
あの『アルバス・ダンブルドア』と名乗る校長先生の名前や声がどこかで聞いたような気がした。だが、空腹だった私は何も考えないで食べ続けた。
いつもなら『野菜』とか『カロリー』とか考えて食べるけど、この日だけはそんなこと考えないで、他の生徒と交わって豪華な料理を食べ続けていた。