2話 人付き合いは大事
「おや、あんた無事だったのかい!!」
朝から嫌な声を聴いてしまった。
されど声をかけられたからには無視するわけにはいかず、私が声の方向を見るとそこには豚、じゃなかった。人間の女性がいた。『豚』という言葉が相応しい人間はこの女をのぞいたら誰もいないだろう。
いや、少し訂正しよう。
他にも『豚』としかいえない体型の人物を見た覚えがある。
たしか、この女の兄と、その息子も『豚』と呼ぶにふさわしい体型をしていたような気がする。
まぁ、そんな中でも断トツ豚がこの女なわけだが。
「久しぶりに会ったから私のことを忘れちまったのかい?
挨拶1つしてこないなんて!」
「お久しぶりです、マージョリー・ダーズリーさん」
『あ〜二足歩行の豚がいる』という言葉が喉元まで出かかっていた。だが、グッとこらえて出来る限り丁寧に頭を下げる。
一応、近所だし。それに、この豚女は非常に金持ちなのだ。
いざという時に何かの役に立つかもしれないと思い、丁寧に敬うように接することを心がけている。
「こんな朝っぱらから何してるんだい?」
「ジョギングです。身体を動かしたかったので。
ダーズリーさんは、今からお出かけですか?」
「ちょっと休暇でワイト島まで行くのさ。」
「そうなんですか!!
どうりでいつにも増して素敵な格好をなさっていると思いました」
それにしても、いつにも増して悪趣味な格好だ。
一目でブランドものってことは分かるのだが、服というものは着る人を選ぶのだ。
まったくもって似合っていない。
だが、目の前の豚女は、少し気分を良くしたらしい。
ニンマリと嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「そうかい、分かるかい!これは●●ブランドの服で……」
服の自慢話が始まった。あまり興味はない。
早くジョギング再開して家に帰りたい。
だが、我慢して相槌を適当に打っていると、さらに気をよくしたらしい。
もし『気分が向いたら』土産を買ってきてくれる…っと言ってくれた。
服のセンスに関して言うと、ダメダメなこの人だが、金持ちなだけあり審美眼は相当なものだ。
事故に合う前だから、2年前のイタリア土産でヴェネチアングラスを貰ったことがある。
本当に小さい指くらいの大きさのグラスだったが、透き通った深蒼色をしていて、『海』を連想させられた。
日常的に使用するモノではないので、現在も自室に飾ってある。
私は笑顔で彼女を見送ると、ジョギングを再開した。
「ただいま」
「おかえり、セレネ」
家のドアを開くと、クイールが顔を出した。
……もう昼近いのに歯を磨いている……髪もボサボサだし今起きたのだろう。
眼の下にクマがあることから考えるに、また夜中まで徹夜で新学期の授業の準備をしていたに違いない。
クイールは学校の教師で、学校が休みでも夜中まで授業の準備をしているのは日常茶飯事なので、私は驚かなかった。
そのまま廊下を通り過ぎ、テーブルの上を見ると、ジョギングに出る前に作った目玉焼きがそのまま置いてあった。
「朝飯は作って置いたけど……食べてないね……」
「ごめん、今起きたばかりなんだ。すぐ食べるよ」
「いいよ慌てないで。
んじゃあ、昼は父さんの分はなし……ってことか」
そう言うと、私は2階の自室に入る。
部屋に入ると、ペットの蛇のバーナードがゆっくりと重たい頭を上げる。
『おつかれ、どうだった?』
シューシューっと鳴き声を上げるバーナード。
私はバタンっとベットに横になって、ケージの中にいるバーナードを方を見た。
『いつも通り。
バーナードは、もう歳なんだから無理は禁物だぞ?』
『無理なんてしてないさ』
そう言うと、バーナードは目を閉じた。
私はしばらく眠るバーナードを見ていた。
物心ついたときから……私は蛇としゃべることが出来た。
数年前にクイールが遠足の下見に行った先で死にかけた蛇を見つけた。
その蛇がバーナード。
最初はクイールが世話をしていた。だが、バーナードは餌に怯えて拒食症になってしまったのだ。
なんで食べないのだろうか、と思ってジィっとバーナードを観察していた時、彼が話しかけてきたのが始まりだった。
彼の話だと、どうやら、鳥に痛い目にあわされたことがあったみたいで、餌として与えていた『鳥』におびえてしまっていたらしい。
蛇と話せるなんてナンセンス。
きっと頭がおかしくなったと思われるに違いないので、クイールに『図鑑で見たんだけど、餌をマウスに変えたら?』っと提案してこの問題を解決したのだ。
そんなことを知らないクイールは、『セレネは蛇好き』だと勘違いされ…以後、バーナードの世話は私の役目になったのだ。
……もっとも、私が昏睡状態にあった1年間は、クイールが世話をしてくれていたが……
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴り響く。
いったい誰だろうか?バーナードもうっすら目を開ける。
下でドタドタっとクイールが、玄関の方に走る音がする。
セールスマンが尋ねてきたのだろうか?
「セレネ!!ちょっと来てくれ!!」
下からクイールが叫ぶ声が聞こえた。どことなく嬉しそうな声だが、いったいどうしたのだろう?
もしかして、私の友人が訪ねてきたのだろうか?
だが、友人のフィーナはバカンスでフランスだし、ラルフもスイスだし。
私は、髪を見られても恥ずかしくない程度に直すと、階段を駆け下りた。
玄関にはもう誰もいない。どうやら、クイールがリビングに客人を通したらしい。
「父さん、どうした……の?」
リビングを除いたとき、私は思わず何もしゃべれなくなった……
リビングでソファに腰を掛けていたのは、映画や魔法物語に登場しそうな漆黒のローブを纏った男だったのだから。
「……おかしいな……確かこの辺りなんだけど」
キョロキョロっと辺りを見渡すクイール。
昨日…私を訪ねてきた来た黒いマントの男から受け取った、地図を片手に首をかしげている。
「何て言う店探してるの?」
「ん?……あぁ……『漏れ鍋』っていうパブなんだけど
地図だとこの辺みたいなんだけどね」
「パブ?私達って魔法の杖とか制服とか買いに来たんじゃないの?」
「そうなんだけど、セブルスは『まず、ここに行け』としか言ってくれなくてな」
クイールは困惑した表情を浮かべて首をかしげている。
私とクイールは今、ロンドンに来ていた。
最近、不景気だとか言われているけど、活気ある町だと思う。
その町に、ここに新しく入学することになった『ホグワーツ』という学校の入学品を買いに来たのだった。
そのホグワーツという学校は普通の中等学校とは一味どころか二味も三味も違う。
なにせ、その学校は『魔法学校』なのだから。
魔法使いや魔女の才能を持った子が7年間学ぶ寮生の学校らしい。
どうやら、私にも『魔力』というものがあるらしく、入学が認められたそうだ。
考えてみると、昔から不思議な事が出来た。
まず、蛇であるバーナードとしゃべることが出来る。
それから、友達のラルフをいじめていた馬鹿男子共を、少し睨んだだけでコテンパンにしたことがあった。
恐らく、そう言った不思議な現象が『魔力』というものなのだろう。
「で、『漏れ鍋』だっけ?」
私は、クイールの様に辺りを見わたした。
だが、結構簡単に見つけることが出来た。
なんで目の前にあるのにクイールは気が付かなかったのだろうか?
「父さん、ほらアレじゃない?
ほら、その本屋とレコード店の間」
「ん……………あっ!!たぶんあれだよ!!
なんで気が付かなかっんだ?」
まぁ、見落としてしまうのも無理はないかもしれない。
『漏れ鍋』というパブはちっぽけな薄汚れたパブだったし、足早に道行く人たちは、パブの隣にある本屋から反対隣りにあるレコード店へと目を動かし、真ん中の寂れたパブなんて全く目もくれていないのだから。
がちゃり……っと開けてみると、薄暗い空間が広がっている。
ガヤガヤとしゃべっている人はいるが気にならない程度のモノだ。
外の喧騒とは全く違う異空間を思わせるところだと思った。
初めての場所なので気を引き締めて入っていくと、1人の男の人が近づいてきた。
その男の顔がはっきり見えたとき、クイールの顔に浮かんでいた緊張の色が消え、代わりに、ぱぁっと花が咲いたように明るくなった。
「セブルス!来てくれたのか!!」
「耳元で叫ぶなクイール」
眉間にしわを寄せる男。
彼の名前は『セブルス・スネイプ』。この間私に入学案内の手紙を届けた人物であり、クイールの友人だそうだ。
ねっとりとした黒髪に鉤鼻、土気色の顔をした男で、先日と同じ漆黒のローブを纏っていた。
彼は私の家の近所…スピナーズ・エンドに住んでいるらしい。だが、ホグワーツの先生でもあるので、家に帰ることは滅多にないそうだ。
クイールの犬が逃げてしまったのを、気まぐれに保護したのがスネイプ先生の友人のリリーって子だったらしく、そのリリーとの繋がりでセブルスとも仲良くなったそうだ。
もっとも、彼らとクイールが会って遊んだのは彼らが家に戻ってきている夏休みしかなかったみたいだが。
「お前達は魔法界のことを全く分からないから、来てやったまでのことだ。
それに我輩も薬問屋と本屋に行かねばならんのでな」
「あはは。本当に素直じゃないな〜まっ!そういうところがセブルスだけど」
……気のせいだろうか?
今一瞬、スネイプ先生がため息をついたような気がした。
「まぁいい。とにかく行くぞ。
特にセレネ、お前はこれからすることをしっかり覚えておけ」
そう言うとスネイプ先生はパブを通り抜けて、壁に囲まれた小さな中庭に私たちを連れだした。
ゴミ箱と雑草が2・3本生えているだけの庭だ。
その壁のレンガを杖で、とんとんとん、と叩く。すると、叩いたレンガが震えて、次にクネクネト揺れたのだ。真ん中に小さな穴が出来た。そう思うと、それはどんどんと広がり、目の前には人が余裕で通れるくらいの大きなアーチ型の入り口が出来た。その向こうには石畳の道が続いている。
「ここが『ダイアゴン横町』だ。
魔法関係のモノなら大抵のものがそろう横丁だ。覚えておけ」
クイールは驚きのあまり声が出ないみたいだった。
私も店の外に積み上げられている大鍋が日の光を浴びてキラキラと反射しているのを見たり、それぞれ違ったマントやらローブやらを着ている魔法使いに目を奪われていた。
どこを見ても初めてみるモノばかりで、キョロキョロと辺りを見渡しながら進む。
目が覚めてから初めて『楽しい』と思えた瞬間だったかもしれない。
自分が『魔女』だと知らされたときも刺激があったが、この横丁の雰囲気の方が刺激的な出来事だった。
まさかロンドンに……しかも、こんな空間が、あんな薄汚れたパブの裏に広がっていたなんて、想像できなかった。
もしかしたら……本当に異空間なのかもしれない。
「…スネイプ先生、どこに向かっているんですか?」
「まずは金を換金しないとな。マグル……非魔法族の金はこの世界では使用できん」
「へぇ……こっちにも銀行があるのか」
「あるに決まっておろう。
……ここが『グリンゴッツ魔法銀行』。魔法界唯一の銀行だ」
そこに建っていたのは、小さな店が立ち並ぶ中、ひときわ高くそびえる真っ白な建物だった。磨き上げられたブロンズの観音開きの扉の両脇に、黄金と深紅の制服らしき服を着た謎の生物が立っていた。
それは明らかに人間ではない。
なにしろ、11歳の私よりも小さいのだから。せいぜい5歳児ほどの身長しかない。
その上、浅黒く賢そうな顔つきをし、先のとがった顎髭を持ち…どう見ても
人間のモノより遥かに長い指の長さは、明らかに人ではない。
「その、セブルス?あれは人間なのか?」
クイールも同じことを考えたらしく、こっそりスネイプ先生に耳打ちをしていた。
「あれは小鬼だ。」
声を低くしてそう教えるスネイプ先生。
なるほど、道理で人間っぽくないわけだ。
グリンゴッツの中では、沢山の小鬼が秤を使って金を量ったり、大きな帳簿をつけたりしている。
どの小鬼も真剣にその仕事に取り掛かっていた。
その小鬼の1人に、手持ちの金を魔法界の金に換金してもらう。
魔法界の金は金貨や銀貨だった。
スネイプ先生が貨幣の説明をしてくれた。ガリオンやらシックルを頭にたたき込んだところで、ようやく本題の買い物が幕を開けたのだった。