Side: ハリー・ポッター
あれは、8月の初め―――ビルとフラーの結婚式の時だ。
幸せな雰囲気を漂わせた空間は、『魔法省陥落の知らせ』と同時に一変する。
死喰い人達が客に襲い掛かり、ある者は悲鳴を上げて逃げ惑い、ある者は杖を取り戦った。
そう―――そんな『最低な結婚式』から逃げた先で起こった出来事。
もし、あの時―――あの場所を選んでいなかったら。
もし、あの時―――あの選択を選んでいなかったら。
僕は、いや僕たちは、こうして歩いてはいなかった。
目の前を歩く友人たちの背中を視ながら、僕は『結婚式』から逃げた後の出来事を思い出していた。
ハーマイオニーの手だけを感じ、結婚式が行われていた『隠れ穴』から離れ、降ってきた『死喰い人』からも、そして襲い来るヴォルデモートの魔の手からも逃れた僕たちは、気がつくと、目の前に赤い2階建てバスが目の前に迫っているところだった。
慌てて道端に避けて、衝突を避ける。
「ここは、どこだ?」
ロンが真っ先に声を出す。
明らかにマグルの通りだということは分かったが、それ以外は全く分からない。
なんとなく、ロンドンみたいな気はするけど―――
「トテナム・コート通りよ」
暗い広い通りを、僕たちは半分走りながら歩いた。通りの両側には閉店した店が並び、酔客で溢れていた。パブから出てきたばかりのグループが、僕たちを見てヒソヒソと話している。
そこで改めて、僕とロンはドレスローブ姿だということを思い出すのだ。
ハーマイオニーは、現代でも目立たないライラック色の薄布なドレスだから『あぁ、パーティーの帰りなんだな』って思われると思う。だけど、僕とロンは明らかに『魔法使いの仮装大会』から出てきたような服装だ。
たった今、そばを通りかかった若い女性なんて、さもおかしそうに吹き出し、耳障りな笑い声を立てている。
「ハーマイオニー、着替える服がないぜ」
「『透明マント』を肌身離さず持っているべきだったのに……どうしてそうしなかったんだろう」
間抜けな自分を呪う。
この1年間、ずっと持ち歩いていたのに―――
「大丈夫、『マント』も持ってきたし、2人の服もあるわ」
だけど、ハーマイオニーは安心させるように言った。
人目のない薄暗い裏道に入ったハーマイオニーは、小さなビーズバッグの中から、なんと僕たちの着替えと、見慣れた銀色の『透明マント』を取り出したのだ。
『検知不可能拡大呪文』という呪文をかけて、旅に必要なモノは全てビーズバッグにしまっておいたらしい。なんでも、嫌な予感がした、と。
「後学のために聞くけど、どうしてトテナム・コート通りなの?」
無事に3人とも着替え終わり、再び広い通りに出た際、ロンが口を開いた。
ハーマイオニーは頭を振るう。
「分からないわ。ふと思いついただけ。でも、マグルの世界にいた方が安全だと思うの」
「だけど、ちょっと剥きだし過ぎないか?」
「他に何処があるって言うの?」
確かに、ハーマイオニーの言うとおりだ。
『漏れ鍋』の予約なんて出来るわけがないし、グリモールド・プレイスは、シリウスが管理しているとはいえ、油断は禁物だ。僕やハーマイオニーの家という手もあったけど、連中が底を調べに来る可能性もあるわけだし―――
「ハーマイオニー?それから、ハリーにロン・ウィーズリー?」
その時だ。
突然、後ろから声をかけられたのだ。僕たちは慌てて振り返る。
すると、そこに立っていたのは、1人の女性だった。スーツをしっかり着こなした風貌は、まさにキャリアウーマン。ふんわりとした金髪を効率よく纏め上げ、碧眼の女性は、僕たちに驚いたように口を押えている。
知り合いかと思ったけど、全く知らない女性だ。ハーマイオニーもロンも眉間にしわを寄せている。……反応を視る限り、知らない人間のようだ。
「えっと……誰ですか?」
「そっか……薬で変身しているから、分からないのも無理ないか。
そうだな……『スリザリンの継承者』って言えばわかる?」
そう言いながら、新緑を思わす碧眼が禍々しい青色に染まり、そして再び碧眼に戻った。耳の辺りにかかった金色の髪の奥に、黒い毛が視えたような気がする。
そして、『スリザリンの継承者』ってことは、まさか――
僕は、声を出来る限り潜めて尋ねる。
「君、もしかしてセレネ?」
「そ、で……アンタ達、なんでここにいるの?」
「それは、僕の台詞だよ。セレネこそ、どうして―――」
「待って、ハリー」
その先の言葉を言う前に、ハーマイオニーが遮った。
いつになく険しい表情のハーマイオニーは、探るような眼でセレネだと名乗る女性を睨む。
「悪いけど、本当にセレネか証明して」
「……なるほど。確かにそうだな」
少しだけ苦笑を浮かべた女性は、あまり悩まずに言葉を紡いだ。
「セレネ・ゴーント。義理の父親はクイール・ホワイト。
……ハーマイオニーと出会ったのは、ホグワーツ特急の中。そこで、ハーマイオニーが当てた蛙チョコのカードは『マーリン』。
魔法使いだと知ったハリーと再会した店は、ダイヤゴン横丁のペットショップ。
ロン・ウィーズリーとは――特に何もなかったが……初めて会った時、アンタはドラコ達と菓子の取り合いをしていた」
……このキャリアウーマンが、本当にセレネだということは分かった。
僕とセレネが再会した場所は、確かにダイヤゴン横丁のペットショップだった。ハーマイオニーのことは分からないけど、菓子の取り合いはよく覚えている。
「続いて、こちらから質問していいか?そうだな―――私とハリーが最後に出会ったのはどこだ?」
「「「ダーズリーの家」」」
見事に僕たちの声が重なる。
セレネはコクリと頷くと、不思議そうに顔を歪めた。
「なるほど、アンタ達も本物みたいだな」
とりあえず、僕たちはその足で喫茶店に入った。
プラスチック製のテーブルは、どれもうっすらと油汚れが付いている。だけど、遅い時間帯だからだろう。幸いなことに、客は僕たちだけだった。
「それで、セレネはどうしてここに?」
「匿ってくれた友人が、このあたりに勤めている。買い物ついでに迎えに行ったってとこ。
ま、この時間まで出てこないとなれば―――今日も徹夜だろうけど」
それで、アンタ達は?と尋ねてきた。
「実は、逃げてきたところなんだ」
僕たちは、かわるがわるセレネに事情を説明する。
それをセレネは無表情で、しかし、一字一句漏らさぬよう真剣に聞き入っていた。
だけど、ロンはスリザリン生で、僕たちを裏切ったセレネを『味方』と思いきれていないらしい。依然として疑わしげにセレネを睨みつけていた。
「そっか……なるほどね。ついに、魔法省が陥落したんだ」
もっと早くに陥落していると思ってた。
そう口にするセレネは、なんだか楽しんでいるようにも見える。
「ある意味、待ってたのかもな。確実に、アンタがいる場所を突き止められる日を」
「……そうかもしれない」
そう口にしてから、申し訳なさが湧き上がってくる。
厄介ごとの塊である僕を受け入れてくれたロンの一家、そしてあの場に集まっていた結婚式の客人達に。
みんな、僕のせいで巻き込まれている。だけど、僕は何もできない。
ただ、逃げることしか―――
「でも、これからどこへ行く?」
ハーマイオニーが心配そうに額を寄せてくる。
すると、ロンが注文したカプチーノを不味そうに啜りながら答えた。
「なぁ、ここから『漏れ鍋』までなら遠くないぜ。あれは、チャリング・クロスにあるから――」
「ロン、それは出来ないわ」
「泊まるんじゃなくて、何が起きているのか知るためさ。ゴーントは潜伏中で、何も情報を持ってないみたいだしさ。ここにとどまるのは、時間の無駄だ。まだ、『漏れ鍋』の方が知れるよ!」
「どうなっているかは、分かってるわ!ヴォルデモートが魔法省を乗っ取ったのよ。
他に何を知る必要があるの?」
若干、ヒステリー気味のハーマイオニーが呟く。
「とりあえず、アンタ達は仲間に居場所を伝えた方がいいんじゃないのか?
ハーマイオニーのことだから、守護霊の術は使えるだろ」
セレネが呆れたように、提言する。
ロンは、お前は黙ってろ!と言わんばかりにセレネを一瞥し、ハーマイオニーと向き直った。
「君、あのしゃべる守護霊とか出来るの?」
「練習してきたから、出来ると思う。だけど……」
不安だ。
ハーマイオニーの萎んだ語尾は、そう告げたように思えた。
重たい沈黙に包まれた店内に、がっちりした労働者風の男が入ってくる。そして、僕達からそう離れていない狭いボックス席に、窮屈そうに腰をおろした。
「とりあえず、私達は安全そうな郊外へ『姿くらまし』しましょう。
……貴方に会えて、嬉しかったわ」
最後の一言は、セレネに向けて言う。
セレネの表情は、いつもと変わらない。そして、いつもと変わらないように素っ気なく
「ま、長生きしろよ」
と、告げた。
財布を取り出しながら、ふと何かに気がついたように口を開く。
「で、会計はどうなる?ないなら、今日くらいは払ってやってもいいが」
「冗談じゃない。ハーマイオニー、マグルの金はあるんだろ?」
憤慨した様に、ロンは叫ぶ。そして、カプチーノを一気に飲み干すと、ハーマイオニーに視線を向けた。ハーマイオニーはため息を吐きながら、鞄に手を伸ばした。
「ええ、住宅金融組合の貯金を全部降ろしてきたから。…でも、小銭はきっと、一番底に沈んでいるに決まっているわ」
その言葉が言い終わるか、終らないかという時に、僕は気がついた。
気がついてしまった。
たった今、店内に入ってきた労働者風の男2人組が、ポケットから『杖』を引き抜いたことに。
「伏せろ!」
僕の掛け声とともに、ロンもハーマイオニーも、そしてセレネも、いっせいに杖を引き抜いた。だけど、気がつくのが一瞬でも遅れてしまったからだろう。先制攻撃を放ったのは、死喰い人の方だった。
「『ステュービファイ‐麻痺せよ!』」
労働者風の男たちが、僕たち目がけて閃光を放つ。
目の前に、見慣れた赤い閃光が宙を奔る。これは、すぐに防御呪文を―――
「盾はいい、ハリー!」
防御呪文を詠唱する前に、セレネがテーブルを蹴って前に飛び出した。
赤い2本の閃光を、ナイフで流れる様に一太刀する。
そのままセレネが大柄な死喰い人に、飛びかかる。なら僕は――と、もう1人の死喰い人に杖を向けた。
「『ステュービ―――」
「『エクスバルソ‐爆破!』」
僕が狙いを定めた死喰い人が大声で唱えると、僕達の前のテーブルが爆発する。その衝撃で、ロンが壁に打ち付けられた。だけど、ロンに構っている場合ではない。
「『フリペンド‐撃て!』」
銃弾のような閃光が、死喰い人の肩を貫く。
痛みでうめく死喰い人に、僕は追い打ちをかけるように呪文を詠唱した。
「『ステュービファイ‐麻痺せよ!』」
赤い閃光は見事に男の胸に当たり、そのまま後ろ向きに倒れた。
僕は肩で息をし、失神したまま動かない男を見下ろす。
記憶が正しければ、この男の名前はドロホフ。お尋ね者のポスターに掲載されていた男だ。
「なんで、私達の居場所が分かったのかしら」
店員の避難を促し、シャッターを下ろしたハーマイオニーは茫然と呟く。
どうやらセレネも、大柄な死喰い人を倒し終えたらしい。ナイフをしまいながら、僕達の方へ近づいてきた。カウンターの向こうに白目をむいた頭がはみ出している。
「こいつだ!こいつ、やっぱりグルだったんだな!?」
頭をさすりながら、ロンが叫ぶ。
すると、セレネはため息をついた。
「私も、こいつらに殺されかけたんだ。やらなければ、やられてた」
そう言いながら、今度は小瓶を取り出す。
「あまり使いたくないんだけど……仕方ない。」
小瓶の中には、無色の液体が入っていた。それを一目見たハーマイオニーは、あっと息をのむ。
「それって、『真実薬』!?」
「あぁ。これで、自白させる。そうすれば、どうしてここが分かったのか知れるだろ」
そう言いながら、セレネは薬をドロホフの口に流し込む。
「『エネルベート‐活きよ』」
硬い瞼が開き、ドロホフは驚いたように2,3回瞬きをした。
そして、すぐに攻撃に移ろうと杖を握ろうとする。咄嗟に、僕とロンとハーマイオニーは動いた。
「『エクスペリアームス‐武器よ去れ』」
「「『インカセーラス‐縛れ』」」
僕の放った呪文が、ドロホフの杖を奪い、ロンたちの杖から噴射した縄がドロホフの自由を奪った。
「さて、尋問だ。アンタ、名前は?」
「アントニン・ドロホフ」
「アズカバンに収監された理由は?」
「プルウェット家の兄弟を殺害したからだ。それから、魔法省を襲撃した際につかまり、再度収監された」
驚くほど素直に口にする。顔は苦渋に満ちているというのに、薬の効果だろう。ぺらぺらと話せるようだ。
「それで、なんで僕たちの居場所が分かったんだ?」
「お前たちが『闇の帝王』の名前を呼んだからだ」
「呼んだから?」
イマイチ、よく分からない。
僕が首をかしげていると、ドロホフは薬の効果で全てを語り始めた。
「『闇の帝王』の名前を口にしたものは、反逆の意志があるとみなされる」
「なるほどね……確かに、反対勢力を見つけるには効果的な方法だわ」
青ざめた表情ながらも、ハーマイオニーは納得したように呟いた。
「じゃあ、次の質問。セレネ・ゴーントは『あの人』の手先なのか?」
ロンが荒々しく尋ねる。すると、ドロホフは笑いながら即答する。
「違う。むしろ、敵だ。
見つけ次第、『闇の帝王』が来るまで時間を稼げと言われている。時間を稼いで、帝王自らが仕留めるという命令が出されている」
「つまり、セレネは『あの人』に命を狙われているってことね。
……だから、私達の味方よ、ロン」
「ぐっ!」
それでも、ロンはまだ信じがたいのだろう。
信用ならない目で、ドロホフとセレネを代わる代わる睨みつけていた。
「有意義な情報が手に入ったところで、こいつらをどうする?殺すか?」
ロンが言うと、真っ先にハーマイオニーとセレネが首を横に振った。続いて僕も振るおうとしたが―――
「ほら見ろ!やっぱり、仲間だから殺したくないんだろ?」
ロンは、セレネに指を突きつける。
「ロン!」
「いや、あまり人殺しはしたくないだけ。でも、望むなら殺ってもかまわん。
このままだと――私がここにいたっていう情報が、帝王に伝わるからな」
淡々とした無表情で、セレネは杖を引き抜いた。
冷徹な空気を纏い、触れるのも怖くなってしまう。セレネは、逃げ出したくなるくらいの殺気をチラつかせる。提案した本人であるロンでさえ、その殺気の高さに引いてしまっているみたいだ。
「ま、待て!殺さないでくれ!!」
「じゃあ殺るぞ」
懇願の言葉を聞き入れることなく、セレネは杖をドロホフの胸に突き付けた。
そして―――
「待て。辞めるんだ、セレネ!」
気がつくと、僕は叫んでいた。
セレネは突きつけた杖を、若干離す。
「……」
「こいつらの記憶を消すだけでいい。その方がいいんだ。殺したら、誰かがここにいたことが、ハッキリしてしまう」
そう、何も殺すまでもない。
殺したら――殺したら、僕達は、ヴォルデモートや死喰い人と同じ、人殺しになってしまう。
「君がボスだ」
ロンは、心からホッとしたように言った。
「だけど、僕は『忘却呪文』を使ったことがない」
そう言って、セレネを視る。だけど、セレネはドロホフから距離を取ると、ゆっくり首を横に振るった。
「私も無理。理論も知らないし、知りたくもない」
「私もないわ。でも―――理論は知っている」
ハーマイオニーは深呼吸をして気を落ち着かせ、杖の先端をドロホフの額に向けて唱えた。
「『オブリビエイト‐忘れよ』」
たちまち、しっかりとしていたドロホフの眼から光が失われる。とろんとした、まるで夢を見ているような感じになった。
そのまま、ハーマイオニー自身も夢見心地で、カウンターの向こうに伸びた1人の方にも呪文を駆けに向かう。
一方のセレネは、再びドロホフに近づき、首の後ろに手刀を叩きこんでいた。
ドロホフは、再び意識を完全に手放すと床に転がった。
「とりあえず、片づけよっか」
僕は半壊したカフェを見渡しながら、ロンとセレネに言う。
「なんで?」
「こいつらが正気に戻った時、自分たちがいる場所が破壊されつくされたばかりの場所だったら―――何があったか、疑問を抱くに決まってるだろ」
「あぁ……そうだな」
ハーマイオニーが呪文をかけている間、僕達は喫茶店を元通りに直す。
もちろん、ただ直しているわけではない。直す作業自体は、結構簡単に終わった。たいていが『レパロ‐直れ』の呪文で元通りになったし、床に散らばった破片を『消失』させるのは、『OWL-普通魔法レベル試験』程度。あっというまに店内を元通りにした僕たちは、それぞれ思い思いの場所に腰を掛けた。
セレネは、手近な椅子に腰をおろすと、『私は関係ない』と言わんばかりの雰囲気で、文庫本を読み始めてしまった。
「それで、これからどうするんだ?僕の家に戻る?」
ロンは、嫌そうにセレネを一瞥した後、椅子に座りながら提案をする。
だけど、その案を僕に対して僕は首を横に振るった。
もちろん、ウィーズリーおばさんや、ジニー達の安否は気になる。だけど―――先程、襲撃されたばかりの場所は、さすがに戻ったら不味い気がする。
「グリー……騎士団の本拠地に行こう」
僕はその反対の椅子に腰をおろす。
あの場所なら、安全だ。『秘密の守り人』という魔法で、死喰い人に知られることは無い。
「そこはダメだ」
しかし、ロンは反対する。
「あの時、会場には騎士団の半数以上がいた。
……誰かが口を割ってるかもしれないじゃないか」
「そんなこと―――」
ない、とは言い切れない。
いくら確固とした意思があろうと、『服従の呪文』に逆らうことは容易ではない。
それに、いざとなったら先程のセレネみたいに『真実薬』を使わされる。そんなことをされた場合――いくら『秘密の守り人』をかけてあったところで、『安全な隠れ家』とは言い切れないのだ。
「……行き場所がないなら、私の所に来る?」
セレネが何でもないように、呟いた。
「匿ってくれている友人にも一言言わないといけないけどな。まぁ―――機嫌は悪いが、気の悪い奴じゃない。私のほかにも、もう1人匿ってくれているし」
「セレネ、珍しいわね」
呪文を終えたハーマイオニーが、戻ってくる。
「なに、アンタ達と行動することが『あの人』倒しの近道になりそうだから」
命を狙われているんだ。だったら、殺される前に倒してみせる。セレネは、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。ロンが不満そうに顔を歪め、言い返す前に僕が口を開くことにした。
「分かった、セレネの所へ行こう」
僕は腕を差し伸べる。
どちらにしろ、『破れぬ誓い』の影響で、僕を殺すことが出来ない。
セレネと僕は、久しぶりに握手を交わす。
その瞬間から、僕達は一緒に行動するようになったのだ。
『―――』
セレネは、肩に乗せたバジリスクに語りかける。瞼を閉じているバジリスクは、するするっとセレネの腕を伝い冷たい地面に降りると、まるで先導する様に進み始めた。
「城への抜け道を、案内してくれるらしい」
「城への抜け道?でも、学校に入る道は全部監視されているんじゃ……」
僕が囁くように尋ねると、代わりにハーマイオニーが説明してくれた。
「監視されているのは、あの人達が知っている道だけよ。
セレネのバジリスクは、『あの人』と仲が悪くて話していなかったみたいだから、たぶん、この道は安全なはず」
「安全って言ったって、もっとマシな道はないのか?」
ロンが悪態を吐きたくなるのも、よく分かる。
下水の臭いが充満し、陰鬱な空気が淀むパイプの中を、好んで歩きたいわけがない。
本当なら、今日はホグワーツ特急に乗車して学校に向かっている頃なのだ。
間違っても、こんな下水管伝いで城に向かうことなんて―――人生で二度とないだろう。
「これで、ハーマイオニーの推測が間違ってたら……本気で怒るからな」
ロンがブツブツ言いながら、歩いている。
昨日、ハーマイオニーがある仮説を言い出したのだ。
だからこうして、手掛かりを求めてホグワーツ城へと向かっている。
「分霊箱が、最後の1つ残っているかもしれないか。
ハーマイオニーに言われて、ようやく気がついたな」
セレネが感心する様に呟いた。
セレネが破壊した分霊箱は、『リドルの日記』『マールヴォロの指輪』『スリザリンのロケット』。
アステリア・グリーングラスが破壊した分霊箱が『レイブンクローの髪飾り』で、セレネの協力者が『ハッフルパフのカップ』を破壊した。
そして、先日破壊された僕の中の分霊箱。
これで、7つ。
全て壊し終えた。
でも、ハーマイオニーが気がついたのだ。―――ヴォルデモートは、7つ目を意図してなかったとしたら?
大切な魂の欠片が入った僕を、何度も殺そうとするわけがないではないか。
むしろ、生け捕りにして家畜のように、または実験サンプルのように自由を奪って生かし続けるのではないか、と。
つまり、7つ目はどこか別の所に存在する。
「今までの分霊箱は、すべて『ホグワーツ創設者』の遺品。だけど、まだグリフィンドールの遺品だけが破壊していない」
確認する様に、セレネが囁く。
僕が知っているグリフィンドールの遺品と言ったら、ただ1つ―――そう、校長室に飾られていた『グリフィンドールの剣』だ。
「最後の分霊箱は、きっと『剣』よ」
ハーマイオニーの理屈は通っている。
「日本のことわざに『灯台下暗し』というものがある。
…この推測が本当なら、絶対に破壊されないな」
セレネが汗をかきながら、ハーマイオニーに同意する。
だけど――僕はなんかピンと来ない。それならどうして、ダンブルドアは剣を破壊しなかったのだろうか。ダンブルドアも気がつかなかったのか、それとも――別の何か意図があるのではないか?
いずれにしろ、僕達が取る行動は1つ。
「今度こそ、『最後の分霊箱』を壊そう」
――僕達の手で、確実にヴォルデモートの息の根を止めるために―――
―――――――
11月1日…誤字訂正
1月9日…一部改訂