Side:ヴォルデモート
苦しげに呻く声を聞きとがめ、俺様は部屋の中央へと目を移す。
そこには、縄で巻かれたアインツベルンの女が転がっていた。白い髪が赤い絨毯の上に乱れている様は、まるで殺人現場のようだ。もっとも、女は死体ではなく、浅い息を繰りかえしているが。
「娘の方は、シリウス・ブラックに連れ去られましたが、母親の方は手に入れましたわ」
ベラトリックスが、誉めてくれ、と言わんばかりに擦り寄ってくる。だが、俺様はベラトリックスに目も向けず、こう言い放った。
「俺様は、娘の方も連れてこいと言ったはずだ」
頬を紅潮させていたベラトリックスの表情が、面白いくらいサァッと青白く染まっていく。
飛びのくように俺から離れ、片膝をついた姿を鏡越しに見た。
「申し訳ございません、わが君。今からでも、娘の方を捕えてまいります」
「……」
敢えて何も答えない。
俺様は鏡に映るベラトリックスからも目を逸らし、床に横たわる女にのみ視線を向けた。
「わが君?」
再度、問いかける声が聞こえる。ベラの声色は、どことなく不安そうな色が漂っていた。だが、その問いにも俺様は答えなかった。
ベラトリックスは、俺の無言を『肯定』と受け取ったのかもしれない。何も言わずに、部屋を出て行った。――ちなみに、この部屋では『姿くらまし』を防止する呪文がかけられている。そんな安全装置など不要なモノのようにも思えるが、万が一のためだ。
さて……これで、部屋には俺とナギニと女しかいなくなった。セブルスが以前、開発した『マフリアーと‐耳塞ぎ』の呪文の効果で、しばらくの間はこの中で起こっている音が、外に漏れることはないだろう。
未だに死んだように横たわる女に近づき、杖を引き抜いた。
「『エネルベート‐活きよ』」
杖先から生み出された活性化の閃光は、女の胸に突き刺さる。
その途端、女は掠れた息とともに、女は瞼を開けた。
「うぅ……」
虚ろな紅い瞳は、明らかに焦点を失っていた。だが、徐々に光を取り戻し、俺をゆっくりと見上げてくる。
「あな、たは……ヴォルデ、モート。…やっぱり、お前の差し金だったのね」
「ほう、俺様がお前を捕えると分かっていたのか?」
少し意外だ。
まさか、感づかれていたとは。だが、過程はどうであれ結果として女は逃げ切ることが出来なかった。努力よりも、結果が全て。俺様は喜びのあまり、口元がゆがむのを抑えきれなかった。
「なら、俺様の要求は分かっているな?」
しばらく女は、どこか虚ろな紅色の眼差しを俺様に向けていた。やがて震えながらも自信に満ちた声で、自分を拘束した俺様に告げる。
「例え知識を盗んだとしても……『魔法』に到達できないわ」
口の下から鼻のあたりまで禍々しい傷が奔り、しゃべるのも困難であるだろうに。それでも、声色に憎悪の感情をにじませて断言する。
「魔術は、一朝一夕で身に着けられるものではないの。魔法ならなおさら。
それに、『永遠』を求めた魔術師は全て『人間』を辞めているわ。そこまでしてでも、真の『第三魔法』にはたどり着くことが出来ない。いずれ、朽ちていく」
まるで、俺様を憐れむような侮蔑するような視線を迷うことなく女は向け続ける。
こんな『人形』に過ぎない女の言葉で、頭の中は怒りと恐れが燃えあがっていた。この最も強大な俺様が、名もない虫けら魔法使いどもを数えきれないほど始末してきた俺様が、偉大なるサラザール・スリザリンの血を引く俺様に―――出来ないことがある?
「出来ない、だと?その『魔法』とやらが俺様に使えないだと?」
自分が使えないから、俺様にも使えるわけがない。
そのような意味で、言っているのではないだろうか。俺様は疑いの眼差しを女に向けた。すると、俺様の考えていることを察したのだろうか?女はゆっくりと首を横に振るう。
「そうね……お前にいくら言っても考えは変わらないようだから、聞き方を変えるわ。
そこまでして生に執着したいの?どんな命になってでも、どんな形になってでも、それでも生きたいのかしら?」
女は恐怖の欠片も見せることがない。
痛々しいほどの傷だらけの容姿に、幾分かましになったとはいえ浅い呼吸。それでもなお、俺様を睨みつける眼差しには、どことなく間違っていないという自信と、何故か憐みを感じられた。俺は舌打ちをすると、杖を振るう。迸る真っ赤な閃光は、女の悲鳴を生み出した。
「もう一度言う。おとなしく、その秘術を教えろ」
「……」
「どうやら、話したくないようだな」
どうやら、この女は自分の口から『秘術』を語りたくないらしい。
それは、俺様にもわかる。誰でも己の一族が代々にわたり蓄積してきた『秘術』を、赤の他人にペラペラと話しがるわけがない。なら、どうやって聞き出す?簡単なことだ。
「もう1度言うわ。お前は『魔法』に至れない」
「そう言っていられるのも、今の内だ」
抑揚を失って平坦な声で、俺様はあざ笑う。杖を真っ直ぐ女の額に向け、何度も使い古された呪文を唱えた。
「『レジリメンス‐開心せよ』!」
空間が破られる。
その隙間に飛び込むように、俺様は女の記憶を覗き込んだ。
感覚、五感の全てが女の記憶に含まれたためだろうか。いや、女の奥底に眠る『第三魔法』に通じる知識を引きずり出そうと、『女の中に眠る別人物』の記憶をさかのぼっているためだろう。
通常の『開心術』の際に感じる圧力とは桁違いだ。痛みと言う痛みが何重にも重なり圧しかかってくる。まるで、痛みの渦の中で回転しているかのようだ。
気をしっかり保て!この程度の痛みで、諦めるのか?
気を失いそうな痛みを食いしばりながら、目当ての記憶を探る。
死ぬのだけは、ごめんだ。死に屈するのだけは、ごめんだ。そのためなら、なんだって実行した。いま、目の前に俺様がたどり着けなかった『真の不死』への方法が眠っているのだ。ここで、諦めてなるものか!
そのうちに、一つの記憶に吸い寄せられる。目を奪われるように、その記憶の中に俺は入り込んだ。
そこに広がっていたのは、巨大な回路。
半径は50メートル以上はあるだろう。すり鉢状の岩肌に何重層にも描かれた魔法陣。
幾重にも張り巡らされた回路。回転する幾何学模様。まるで、美しい蜘蛛の巣の中心に添えられた白い少女がいた。
床に横たわっている女と瓜二つ。
白銀の髪を持ち、祈るように目をつぶる。その少女はまるで、儀式の生贄のように蹲っていた。あの少女は―――誰だろうか?
視界がさらに狭まる。
違う、この記憶ではない。
俺様は、少女から目を背け別の記憶へとさかのぼる。どこだ、俺の求める物は、どこにあるのだ?
縮み低くなってしまった視界では、世界があまりにも広すぎる。いずれ、何も見えなくなってしまう。その前に、早く探し出さなければならない。
弾かれる。
これより先に進むな!と言わんばかりに弾かれる。
だが、俺様は進む。
届かない。届かないなど、許されるわけがないのだ。先へ進む。少しでも『記憶』の底へと手を伸ばす。焼き切れた眼球、焼き切れた腕、そんな些細な痛みなど関係ない。
どこだ?どこにあるんだ、俺の求める―――知識は―――永遠は―――――っ!
「はっ!?」
自分で跳ねたのか、それとも何かに跳ね飛ばされたのか。
気がつくと身体は宙を飛び、背中から絨毯に落下した。そんな俺を案じるように、ナギニが長い影のようにスルスルと寄り添ってきた。
「だから言ったでしょ。お前には無理だと」
どことなく呆れたような失笑を、女は浮かべていた。
俺は立ち上がると、そんな女の喉元に杖を突き刺す。俺に絡みつくナギニも、下を出し入れしながら鋭い瞳孔で女を睨みつけていた。だが、女は未だに恐怖の色を見せない。
『余裕』の二文字を見せつけられているかのようで、怒りが煮えたぎってくる。その怒りは、まるで焼き切られたような痛みを忘れさせてくれた。
「黙れ。『レジメ――」
と言った瞬間に、視界の端で銀色の光が奔るのを捕えた。
俺様はとっさに、女に向けていた杖を光の方に向ける。杖の先から生れた防御の盾は、かきんと軽い音を立てて銀の軌跡を弾いた。いや、弾いたのは一瞬だった。目に追えないくらい素早く繰り出された二撃目の銀の光が、呆気ないくらい簡単に盾を四散される。
「なっ!?」
銀の光が『ナイフの残光』だと気がついたのは、ナギニの首が胴体から離れた瞬間だった。
赤い絨毯の上を、弧を描くようにナギニの血が噴出される。ぬめっとした首は、シャンデリアに照らされた灯りに照らされ回りながら赤い絨毯へと落ちていく。
一太刀でナギニの首を切り落とした人物は、床に転がる女を抱きしめると、俺から一気に距離を取った。
俺様は、その人物に杖を向け呪文を唱えようとした。それと同時に、その人物が『誰』であるのか気がつき声を失った。
「貴様は―――」
少しくたびれた黒いコート。そして、俺様ですら禍々しいと忌避する『紫』の瞳。
絹を思わす黒髪をたなびかせ、血の滴るナイフを構える少女は、クスリと笑った。
「久しぶりだな、ヴォルデモート」
少女はタオルで血に塗れたナイフを軽くふきながら、絨毯に転がるナギニの首を見つめている。
「最愛の『蛇(ナギニ)』を失った気分はどう?」
心臓が早鐘を打ち始める。
目の前の少女は、『最後の分霊箱』として作り上げた大切なナギニを、いとも簡単に壊した。
その怒りは、想像を絶するもので『普段の俺様』だったら、所構わず呪文を唱えていただろう。絶叫を上げながら、煮えくり返った感情に身を任せるまま、少女に襲い掛かっていた。大切な『分霊箱』と『ナギニ』を同時に殺された怒りを力に変えて、呪文を乱射していただろう。
だが、その理解を超えた怒りは、逆に俺様を冷静にさせていた。
俺は杖を真っ直ぐ少女に向け、低い声で問いただす。
「おまえは、誰だ?」
記憶の中に該当する少女は、1人。
その少女と目の前にいる少女は、瓜二つといっていいだろう。だが、とてつもない違和感を覚えた。そう、自分の知る少女は、どこか根本的な部分で俺と似た臭いを感じた。方法論は違えども、『死』に恐怖し、『生』に執着する貪欲さがあった。
だが、目の前の少女からは、その臭いを感じ取ることが出来ない。
「セレネ・ゴーント。それ以外の何者でもないけど?」
ナイフをくるりっと手で回すと、もう片方の手で髪を軽くかきあげた。瞳は禍々しい紫色なのに、どことなく眠そうな力のない眼差しを俺に向けていた。
「あぁ、安心しろ。私は『ヴォルデモート』を殺すために来たんじゃない。アイリスフィールを助けるために来ただけだ。このまま彼女を連れて帰る」
「それは困るな。おいて行ってもらおう」
つまらなそうに話すセレネ・ゴーントに、俺様は杖を突きつけた。
俺の問いかけに、セレネと名乗る少女は顔を半分傾かせる。そして、話しなど聞くもんか、と言わんばかりに背を向けた。その無法備な背中目がけて、『死の呪文』を放つ。しかし、振るわれた杖先から迸る緑色の閃光が、セレネ・ゴーントに当たることはなかった。彼女は素早く振り返ると、ナイフで閃光を薙ぐ。そうして、俺が再び次弾を放つ前に、思い出したかのように言葉を告げた。
「あぁ、そうだ。これを返しておく。これ、アンタのだろ?」
ひょいっと惜しみもなく投げられる小さな欠片。
欠片は宙をゆっくりと舞い、俺様の足元に転がり落ちる。そして呼応するように、女を抱えたセレネ・ゴーントは、回転して消えていく。だが、『姿くらまし』を食い止めるよりも先に、その小さな欠片が目に留まってしまった。
それは、俄かに信じがたい欠片だった。記憶の奥に光る、大切な大切な品物の欠片にそっくりなのだ。屈みこみ、震える手で、その欠片をつかんでみる。
「なん、だと……?」
良く視なくても分かった。
分かってしまった。
欠片の正体は、鈍い金色に輝くカップの底。
そう、それも『アナグマ』と『H』と刻まれた―分霊箱『ヘルガ・ハッフルパフ』のカップの無残な欠片だった―
Side:久宇舞弥
「そうか、最後の『分霊箱』は『蛇』だったのか」
無線越しに報告を受ける衛宮切嗣は、『仕事』の顔をしている。
硬さと冷徹さが滲み出ている無表情で、武器の準備に勤しんでいた。くたびれたコートの下のサスペンダーに、各種の手榴弾や短機関銃の予備弾倉を治めたポーチなどを次々と取り付けていく。だが、どことなく数秒前よりも『ホッと』安心していることは確かだ。声色から緊張と不安とで張りつめた色は、失われている。
きっと、最愛の妻『アイリスフィール』の無事を確認したからだろう。
「あぁ……君の言うとおりだ。さすがの奴も、これ以上は魂を分割しないだろう」
切嗣は、腰に巻いたガンベルトに愛用のコンテンダーを収めながら、無線の向こうの人物と言葉を交わしていく。
「とはいえ、ここからが本番だ。折り返し、数分後に連絡する。それまで、アイリをよろしく頼む」
無線の電源を切ると、何か思いつめるように、切嗣は窓の外を見つめていた。
その背中に、私は声をかけてみる。
「切嗣」
「舞弥……僕をどう思うかい?」
相変わらず、切嗣の表情は見えない。
だが、長年の付き合いの成果だろう。彼が、どのような表情を浮かべているのか想像することは容易かった。
「このまま作戦を決行したら、あの娘を危険な目に合わせることになる」
手すりに寄りかかった切嗣の声は、弱弱しく掠れている。
無理もない。
セレネ・ゴーント。知り合いの愛娘であり、ここ数年間ずっと協力関係にあったそれは、私と違い対等……とまではいかなかったが、それに等しいものだった。
それに彼女は、私が持つ技術の全てを叩きこんだ愛弟子だ。
だから、これから行おうとしている作戦で命を落とすのは、私にとっても忍びない。出来れば死なずに戻ってきてもらいたいが、その確率は非常に低いのだ。
私はいったん目を閉じ、言葉を選んだ。
「ですが、あの作戦は彼女の本望です。貴方が悔いる必要はどこにもありません」
切嗣は何も答えなかった。
ただ、思いつめたように窓の外を見つめ続けている。そして、ゆっくりとこちらを振り返った時には、無線に向き合っている時と同じ―――冷徹で、無慈悲な表情に戻っていた。
「『あの人』の蛇が最後の分霊箱だった。よって、予定を変更し『作戦B』で行こうと思う」
心を落ち着かせるためだろうか。懐から煙草を取り出すと、ライターでかちりと火を灯す。
「分かりました」
短く告げる。
それ以外の答えなど、存在しない。切嗣は、感情のこもっていない眼差で私達を見ていた。
「かしこまりました。作戦Aを破棄し、Bでいくのですね?」
紫煙の向こうに佇む小さな影は、そう答えながら深々と頭を下げる。
腰布一枚の影は、ただ黙々と与えられた遂行するつもりらしい。切嗣は黙って頷くと、機械的に煙草の煙を吐いた。そして、まだ長い煙草を灰皿に押し付け歩き出す。
小さな影が、切嗣の行動を察知した様に素早く動くと古びたドアを開けた。私は、切嗣の背後を護るように半歩後ろに続く。
切嗣は、開け放たれたドアの前に立つ。
そして、とある言葉を紡ぎながら敷居を超えた。それは、まるで私達、いや自分自身に言い聞かせるように。そして―――
「さぁ、行こうか」
――ここにはいない『誰か』へ言い聞かせるように――
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9月20日:誤字訂正