穏やかな空に漂う雲が時間の緩やかさを具現化する。上空の閑静さと対比するかのように、下界では制服姿の男女達の賑やかな談笑が交わされていた。
下校。
一日の縛りから開放された若者たちが帰路につく、そんなのんびりとした時間に、姉ヶ崎寧々は図書室にいた。
特別、調べ物があったわけではない。特別、会いたい人がいるわけでもない。
「あんなに楽しげに話してる……」
本棚の影からそっと顔を覗かせた彼女の視線。その先にあるのは、寄贈された蔵書の整理に勤しむ一組の男女。
仏頂面の女子と、人のよさそうな顔をした男子。そんな異性の組み合わせを寧々は真剣な眼差しをぶつける。
否、睨みつける。
「ちょっと。本の棚入れやりたいんだけど、これ重いんだよね。あんた手伝ってよ」
「ん? あぁ。いいよ。っていうか、こういう力仕事は俺がやるよ。小早川はリストで本のチェックしておいてくれよ」
「ん……やだ。めんどくさい」
「めんどくさいって……じゃあどうすんのさ」
「……あんたばっかり力仕事させても悪いから、アタシも一緒にやる。で、アンタも一緒にリストのチェックしてよ」
「あぁ。まぁ1つずつ片付けていくほうが気持ち的に楽か」
「そーゆーこと。ほら、始めるよ」
静寂に保たれた図書室の空間では、二人の会話は筒抜けだ。ゆえに、寧々の心境は黒く、憎悪に歪む。
「1つずつ片付けていく……? つまり、一緒に同じ作業をしたいってことじゃない……」
ごおごおと。嫉妬の嵐が寧々の心に吹き荒れる。
デキシーズにアルバイトでやってきた彼。教育係として親しくなった寧々。
二人は付き合っているわけではない。しかし、寧々の愛情表現は鈍感な彼を前に少しずつ方向を見失っていた。
「あの子……小早川凛子ちゃん……よね。うん……」
愛情はやがて愛憎へと変わる。その愛憎は寧々の嵐に触れ、色情へと変化していった。
「先輩として……ちゃんと教えてあげないといけないなぁ」
そう告げて、寧々は柔らかな唇をぺろっと舐める。