ジンの塔。半年前の九月九日、時の交わる日。ここで世界の命運を賭けた戦いがあり同時に二人の男が命を散らした。ゲイル・レアグローブとゲイル・グローリー。レアグローブの血とシンフォニアの血を受け継ぐかつて親友であった男たち。その激しさを物語るようにジンの塔の姿は既になく、あるのは山のような瓦礫だけ。人の気配も全く感じられない静寂の世界。だがそこに二つの人影があった。少年と老人。祖父と孫ほども年が離れているであろう姿。だが奇しくも全く同じ点があった。金髪。二人ともまるで瓜二つのような金の髪をしていたこと。それは呪われた、王者を示す証。
ルシア・レアグローブとシャクマ・レアグローブ。今この世界に残る二つのレアグローブの末裔が今、ジンの塔で相見えていた――――
(はあ……とりあえずは二人きりになれたか……これで周りの心配をすることはねえな……)
ルシアは表は無表情のまま心の中で大きな溜息をつきながら一応安堵していた。とりあえずはあの場からシャクマを引き離すことができたことによって。あのまま覆面の男を含めた乱戦になっていれば傍にいたハルやエリー達に危険がある。既に一度シャクマがエリーに向かって攻撃を加えてきたことからそれは明白。故にルシアはシャクマをこのジンの塔まで呼び出していた。ジンの塔にした理由はいくつかあったが一番はシャクマが知っているであろう場所であること。原作では終盤になるまで表に出てくることは無かったシャクマだが息子であるキングが死んだ場所であるジンの塔を知らないことは考えづらい。加えてこの場であればもし戦闘になったとしても周囲の被害を気にしなくても済む。ルシアとしては避けたい選択肢なのだがいかんせん状況が状況だけにそれも選択肢に入れざるを得なかった。だがそんな珍しくシリアスな緊張感を以てその場に赴いているルシアの心境を知ってか知らずか
『どうした、いつまで黙りこんでおる。せっかくの祖父との感動の再会なのだ。もっと喜んだらどうだ?』
胸元にいるマザーはまるでさっさとこの場を盛り上げろといわんばかりに捲し立ててくるだけ。まるで見せものを前にした観客のよう。仮にも主に対する態度とはとても思えないような傍若無人ぶり。ある意味いつも通りの光景だった。
『うるせえぞ……いつ戦闘になるか分かんねえんだ。しばらく黙ってろ』
『何だ、ノリが悪いぞ主様。いつも以上に慣れないことを続けてきたせいで余裕がなくなってきておるのではないか?』
『お、お前な……前々からずっと思ってたんだがもしかして俺を邪魔するためにそこにいるわけじゃねえだろうな?』
『はて、なんのことやら。我は何もしておらん。お主が勝手に右往左往しておるだけであろう』
『マザー、そこまでになさい。今はアキ様の邪魔をしている時ではありませんよ』
『ふん、邪魔などしておらぬ。少し場を和ませてやろうとしただけよ。で、どうするのだ? このまま戦闘に入るのか、我は別にどっちでも構わんが』
『……まだだ。とりあえずは話をしてからだ。だからてめえはしばらく黙ってろ、いいな』
『くくく……まあよかろう。せいぜい楽しませてもらう』
お手並み拝見とばかりにマザーは邪悪な笑いを漏らしながら観戦モード。アナスタシスはそんなマザーを嗜めながらもいつでも動けるように待機中。ある意味息が良いコンビかもしれないと思いながらもルシアは思案する。それはシャクマと戦闘になった際のシミュレーション。
(ヤバい相手には違いねえが……今の俺ならそこそこは戦えるはず……)
『負けることは無い』
ルシアは頭を切り替えながらそう冷静に判断する。それは慢心も何もない客観的な見通し。かつてのハードナーとの戦いによって得た経験、マザーからの評価を加えるならルシアは今、四天魔王にも後れを取らない実力がある。無論ルシアとしては四天魔王に勝てる自信などこれっぽちもないのだが。シャクマ相手なら戦う際の制限がないことも大きな理由。ドリューやオウガが相手ならルシアはよっぽどのことがない限り戦うわけにはいかない。彼らを倒してしまうことはハル達の成長の機会を奪うと同時にシンクレアを手に入れてしまうことを意味しているのだから。五つが揃い次元崩壊のDBエンドレスが完成すればその時点でこの並行世界は消滅してしまう。四天魔王についてもエンドレスの子と呼ばれるようにエンドレス側の存在でありそれをハル達の代わりに倒そうとしてもマザー、もしかすればエンドレスそのものによって防がれてしまう。まず前提として四天魔王を倒すことが今のルシアに可能かどうかすらルシア自身には分からない。一対一でもその有様にも関わらずそれが四人。故にルシアは自ら敵を倒すことはできない。だがシャクマは例外であり倒しても特に大きな問題が発生しない人物。
ルシアは自分が知る得る限りのシャクマの能力を思い出す。
『古代禁呪』
古に失われたはずの禁じられし魔法。宇宙魔法すら超えた魔法における到達点。それをシャクマは扱うことができる。世界最強に相応しい実力をシャクマは有している。だが決して今のルシアはそれに劣るものではない。マザーとアナスタシスという二つのシンクレア。シンクレア以外では最強のDBであるネオ・デカログス。汎用性の高いイリュージョンやワープロードなど改めて考えればこれでもかというほどの戦力を有している。特に汎用性が高いのがネオ・デカログス。その威力もだが魔導士にとって天敵とも言える封印の剣。もし封印の剣でも対処できない魔法が使われたとしても他の剣の能力でも十分対抗できる天変地異にも近い威力を持っているのだから。万が一どうしようもない事態に陥ったとしてもマザーの能力、シンクレアの極みである次元崩壊もある。絶対領域を纏えばいかなる攻撃もルシアには届かない。無論、次元崩壊の使用は力の消費が激しく、世界に影響を与えてしまうため使用しないに越したことは無いのだが。以上のことを考えればルシアがシャクマに負ける要素はほぼ皆無といっていい。だが根本的な問題があった。それは
(問題はどうやって倒すか……だよな。俺、空は飛べねえし、闇の真空剣が通じなかったらどうしようもねえ……)
剣と魔法。そこにある絶対の壁。空を飛ぶ相手に対する限界があった。こればかりはルシアでもいかんともしがたい問題。どんな物でも斬ることができる時空の剣も届かなければ無意味。もちろん闇の真空剣のように遠距離の相手を倒す手段も持ってはいるがシャクマに無効化されてしまう可能性は捨てきれない。そうなってしまえば後は消耗戦。どちらも決め手がない以上避けられない展開。
(手がないわけじゃねえけどアレを使うのはヤバすぎる……失敗したら全ておしまいだ。大体そのままシャクマに逃げられちまうのが一番厄介だしな……)
ルシアは思わしくない見通しに頭を悩ますしかない。手段を選ばなければシャクマを遠距離から倒す手がルシアにはある。だがそれは諸刃の剣。失敗すれば全てがおしまいになってしまう時空の剣や絶対領域の比ではないリスクがある技。何よりもっとも厄介な点。それはシャクマが空間転移という大魔法を使用できるという点。ある意味古代禁呪よりもルシアはその魔法に厄介さを感じていた。何故ならシャクマはいつでも逃げることができるということなのだから。同じワープロードという瞬間移動の手段を持っているルシアだからこそそれが身に染みて分かる。戦闘で劣勢になってもすぐに退却できることの利点、そしてそれを相手にする厄介さ。魔導士ではないルシアにそれを防ぐ手はなく、ワープロードも相手を追って行ける類の能力ではない。要するに逃げられればルシアには為す術がないということ。しかもそうなればシャクマがエリーを狙って動く可能性が高い。そうなればルシアはエリーに付きっきりで護衛しない限り奇襲を防げなくなる。ルシアにとっては詰みに近い状況になってしまう。故に戦闘を行う際には絶対にシャクマを逃がすことができない。難易度、リスクが高すぎる戦いであるためルシアはそれは本当に最後の手段として覚悟していた。
「フム……先程の二人の付き添いは連れておらぬのか」
「……ああ。途中で置いてきた。あいつらがいても邪魔になるだけだからな。そうだろう、超魔導シャクマ?」
終始無言のルシアにしびれを切らせたかのようにシャクマが静かに問いかけてくる。だが両者の間には大きな距離が開いている。互いの間合いの一歩外。いつ戦闘が始まってもおかしくないことを示すもの。それが分かっていながらもルシアはあえて挑発的な態度を崩さない。もし下手に出るような態度を見せればどうなるか分からない。本物のルシアなら見せないような情けない姿を晒すわけにはいかないという必死の抵抗だった。そしてその言葉通りこの場には既にレイナとジェガンの姿は無い。ルシアは二人をここに移動する前に本部へと置いてきていた。理由は言うまでもなく邪魔になるから。ただでさえシャクマの相手で精一杯にもかかわらず二人の面倒まで見る余裕は今のルシアには無い。言葉は悪いが六祈将軍が二人いたところでシャクマには何の意味もないのだから。
「なるほど……どうやら本当にワシのことを知っておったようだな」
「あんたの名前は有名だからな。で、その世界最強の魔導士が俺に一体何の用だ?」
「……新しいDCのキングにあの金髪の悪魔がなったと風の噂で耳にしてな……ぜひこの目で見てみたいという単純な興味よ」
シャクマはまるで見定めるかのような視線でルシアを射抜き続ける。その一挙一動を見逃すまいとするかのような視線にルシアは冷や汗を流しながらも微動だにすることなくシャクマを睨み返す。同時にシャクマの狙いが自分であったことに安堵しながらも肩を落とすしかない。
(ふう……やっぱそれか。BGを壊滅させたせいで原作よりも早く俺の存在に気づかれたってことか……)
原作よりも早くBGを壊滅させ新生DCの最高司令官になったこと。その影響によってシャクマが動いたことにルシアは気づきげんなりするしかない。金髪の悪魔である自分が脱獄したのは十年以上前だが表舞台にでてきたのはつい最近であったためシャクマもこれまではルシアを見つけることができなかったのだろう。もちろんルシア自身がハイドを使って気配を消していたのも大きな要因だが。
「そうかい。で、俺を見てどうだってんだ。悪いがジジイに見つめられて喜ぶ趣味はねえぜ」
「これは失礼した……まさかここまで圧倒的な力を持っておるとは思っていなかったのでね。まさにレアグローブの血を受け継ぐに相応しい力だ、ルシア・レアグローブよ」
「…………」
どこか満足気な表情すらみせながらシャクマは感嘆の声を漏らす。瞳には確かな狂気ともいえる光が灯っていることにルシアは圧倒されるも何とか平静を装い続ける。だがこれまで何度も戦い続けてきたルシアであってもここまで不気味さを感じさせる存在は初めてだった。ハードナーの狂気がもっともそれに違いが根本的な違いがある。シャクマは正常でありながら狂っているということ。ただ純粋にこの並行世界の消滅を望んでいる存在。キングも本物のルシアもそれを望んでいたもののそれは様々な絶望があったからこそ。決して初めから悪に染まっていたわけではない。だがシャクマは違う。まさに純粋悪とでも言うべき悪意がそこにはあった。
「……そいつはどうも。だが一つ聞かせろ。何でさっき余計な横槍を入れやがった。まさか俺が負けるとでも思ったのか。答えによっちゃ覚悟してもらうぜ」
「…………」
それ飲み込まれんとしながらもルシアは最も重要なことを問い詰める。先のシャクマによるエリーへの攻撃。攻撃自体については記憶にはないもののそれが行われたことをルシアは覚えている。そしてその理由を聞くことこそがルシアの最大の目的。その答えの内容によっては戦いも避けられないのだから。だがそれは
「…お主は『リーシャ・バレンタイン』という娘を知っておるか?」
ルシアにとって最悪とも言える形で現実のものとなった。
(―――っ!? リ、リーシャ!? な、何でいきなりそんな話に……!? い、いや待てよ、確か……)
思わず声を漏らしそうになりながらも寸でのところでそれを飲みこみながらルシアは耐える。だがその混乱しまともな思考すらできない有様。当たり前だ。
『魔導精霊力を持っていたから』
それがシャクマがエリーを狙った理由だとルシアは考えていた。同じ魔導士であるシャクマなら封印されている魔導精霊力の存在を感知してもおかしくはない。だがそんな予想を遥かに超えた事態。つまりシャクマはエリーの正体がリーシャであると見抜いたうえで襲撃したということ。だがその理由をルシアは悟る。それは二つの理由。
一つがシャクマはリーシャに縁がある人物であるということ。五十年前の王国戦争を引き起こした張本人でありリーシャによって苦汁をなめさせられた記憶を持つ男。原作でもエリーの魔導精霊力の力と言葉によってその正体を見抜いた事実がある。だがまだエリーはそこまで至っていない。にもかかわらずそれに気づいたもう一つの理由。それは
(や、やっぱエリーが髪を伸ばしてたせいか……!?)
エリーの容姿がリーシャそのままであったこと。確かに顔がそっくりであるのは原作と同じだが今のエリーはさらに髪型まで当時のまま。その容姿によってシャクマが一気にその正体にまで至ったとしても不思議ではない。間接的とはいえ自分のせいであることにルシアは動揺し、今にも倒れてしまいそうなめまいに襲われる。まるで忘れかけた死亡フラグが現れたかのような事態にルシアは絶望しかけるも何とか打開策を模索する。
「……確かレイヴを作った奴だったか。それがどうかしたのか」
「あの場にいた金髪の小娘が瓜二つのだったのでな。加えて魔導精霊力の魔力まで持っておる……まさかとは思ったが確かめようとしたまでよ」
シャクマの言葉によってルシアはまだ取り返しがつく可能性があることに気づく。確かめようとした、つまりまだ確証までには至っていないということ。ならばまだ誤魔化すことも不可能ではない。もしバレたとしてもシャクマが手を出せないようにする必要がある。様々な言い訳が思い浮かんでは消えるもののルシアは結局一つの答えに辿り着くだけ。ある意味原作と同じ対応。
「なるほど……だがあいつはエリーだ。大体そのリーシャとか言う奴は五十年前に死んだはずじゃねえのか。それともそれが分からねえぐらいに耄碌しちまってるのか?」
「…………」
「納得がいかねえって面だな。だがあいつに手を出すことは許さねえ……あれは俺の物だ。魔導精霊力を含めてな。もしそれを邪魔するって言うんならこの場で相手をしてやる……かかってきな」
ルシアはネオ・デカログスに手をかけながらシャクマに対峙する。先程の比ではない殺気が辺りを支配し、シャクマを襲う。その圧倒的な重圧にこれまで表情を変えることのなかったシャクマに確かな焦りが生まれる。超魔導である彼を以てしても恐怖する程の威圧感。もっともルシアにとってはまさに綱渡りに近い博打。そのまま戦闘になればシャクマを逃がすことが許されないのだから。
『ほ、ほう……何だ、ちゃんと男らしいところも見せれるのではないか……ま、全く……いつもそうしていればいいものを……うむ、エリーのためなら仕方あるまいな、うむ』
『……マザー、無理をするのはやめなさい。声が震えていますよ』
そんなやり取りが自らの胸元で行われていることすら気づけぬままルシアはシャクマと睨み合い続ける。それが一体いつまで続いたのか
「……よかろう。色恋沙汰には興味はないがお主がそう望むのであれば我も余計な口出しはすまい。だがゆめゆめ忘れるな。魔導精霊力はお主にとっては毒にもなり得ることをな」
「余計な御世話だ。魔導精霊力だろうがレイヴだろうが俺の敵じゃねえ……それにハル、二代目レイヴマスターも同じだ。あいつは俺の獲物だ。親父の仇でもある。レアグローブの血が覇道の証であることを証明するために俺はあいつを倒す。てめえの手は借りねえ」
ここが勝負どころとばかりに一気にルシアは思いつく限りのシャクマが納得、興味を惹かれる単語を使いながらハルに手を出さないように釘を刺す。特にレアグローブとシンフォニアの因縁については原作でシャクマは異常なほどに執着していた。それを利用する形。いずれハル達に任せるか自分でするかは別として倒さなければならない相手であるが今はまだあまりにもハル達は未熟。下手に戦いを仕掛けてここでシャクマを逃がし、ハル達が狙われる方が危険すぎるためシャクマの動きをコントロールできるならそれに越したことはない。奇しくもルシアが六祈将軍の行動をコントロールするために最高司令官になった状況と同じ。
「フム……お主の血の運命と言うわけか。だがこの老いぼれの力が役に立つこともあろう。その時には御身の力となろう。禁じられし名を持つ男よ」
シャクマはそのまま首を垂れながらまるで忠誠を誓うかのようにルシアに跪く。その姿にいつしかのハジャの姿が被り辟易とするも何とか丸く収まったことでルシアは安堵する。同時にワープロードでいつでもシャクマを呼び出せるように契約を結ぶ。無論余計なことをすれば呼び出して行動を制限するためのものなのだが。
「これで契約は終了だ。悪いが俺は忙しいんでな。これ以上は付き合えねえ。先に失礼するぜ」
ルシアは剣を収め、マントを翻しながらシャクマに背を向けんとする。予想外の事態が続いたもののようやくそれから解放されるめどがついたことでルシアは内心安心しきっていた。覆面の男のことは気になるが時間的に既にハル達はシンフォニアを発ってしまっているはず。覆面の男が同行しているかどうかも含めて確認する必要もあるがひとまずは自分の役目は終わったと安堵しかけるもルシアはふと気づく。直接戦闘をしたシャクマであれば覆面の男の正体に見当がついているのではないかと。
「……そういえばシャクマ、あの覆面の男が何者か心当たりはあるか?」
「…………いや、残念だがワシにも分からぬ。力については一つ、心当たりがなくもないが……ふむ、やはりあり得ぬ。それよりもルシアよ、お主の仲間に魔導士はおるのか?」
シャクマの突然の質問にルシアはどこか呆気にとられるしかない。それはシャクマがまるで自分を見ていなかったから。その視線は遠く見るかのようなもの。ルシアは気づかない。それが自分達を覗いている者を見通すためのものであることを。
「魔導士……? 魔導士ならハジャって奴がいるぐらいだが……それがどうかしたのか」
「ハジャ……フム、あやつか。呼び止めて済まなかった……では……」
シャクマはそのまま一度頭を下げた後空間転移によって姿を消してしまう。後には先の質問の意図が分からないルシアが一人残されただけ。
(何だ……? あの覆面の男がハジャだとでも思ったのか? いや、流石にそれはないだろうし……自分の弟子がどうしているか気になったってことなのか?)
ルシアは頭を傾げながらも大きな溜息と共にジンの塔の跡地を後にする。その道中に何故か挙動不審になっているマザーを宥めるという罰ゲームをこなしながら――――
「大丈夫なのか、ムジカ、レット?」
「ああ、もう何ともねえ。しかしすげえな、魔法ってのは。あの怪我があっという間に治っちまうんだからな」
「ウム、その通りじゃな。済まぬ、蒼髪の主よ。主がいなければワシは樹から元に戻ることができなかったじゃろう」
激しい戦いが終わったシンフォニアの大地に騒がしく騒いでいる一団があった。それはレイヴの騎士たち。ようやく長い緊張状態から解放された反動かいつも以上に騒がしさが増している有様。それに圧倒されっぱなしになっているのが時の番人、ジーク。そんなジークの戸惑いに気づくこともなくハル達は騒ぎたてるもののジークは一度大きな溜息を吐いた後、その視線をある方向に向ける。
「気にするな……オレは何もしていない。礼ならそこにいる男にするんだな」
そこには一人の男がいた。正確には男かどうかも定かではない覆面の人物。シャクマとルシア達がこの場から退いた後も覆面の男はその場から動くことなく立ち尽くしたまま。まるでまだハル達に用があるかのように。だがそれとは裏腹に覆面の男は一言もしゃべることもハル達に近づくそぶりも見せない。あまりにも怪しい行動と容姿に流石にハル達もどう接していいのか分からず途方に暮れるしかない。そんな中
「ありがとう、おかげでみんな助かっちゃった! でも何であたし達を助けてくれたの? もしかしてあたしのことを知ってるの?」
「エ、エリー……あんまり失礼なことするなよ。そいつも困ってるみたいじゃねえか」
「えー? でもちゃんと聞かないと分かんないよ。ハルは気にならないの?」
「そ、そりゃ気にはなるけどさ……」
遠慮など何のその。まるで珍しい物を見つけたかのように興味深々にエリーは覆面の男に纏わりついていく。それは次第にエスカレートし背中の杖に手を伸ばし、しまいには覆面を取ろうとし始める始末。だがそんなエリーの行動をまるで予期しているかのように全く無駄のない動きで覆面の男はエリーをあしらい続ける。このままでは埒が明かないと判断したジークが皆を代表し、改めて覆面の男へと向きあう。
「助けてくれたことには感謝する。だが聞かせてほしい……お前は何者だ。何の目的があってオレ達を助けた?」
お前は誰なのか。何故自分達を助けてくれたのか。そんなその場にいる全ての人物の疑問の代弁。ハル達は先程までの騒ぎが嘘のように静まり返り息を飲んだまま覆面の男の回答を待つ。だがいつまでたっても覆面の男は口を開くことはない。まるでしゃべることができないかのように。その姿にハル達は困り果ててしまう。本当なら無理やりにでも事情を聴きたいものの助けてくれた恩もあり手荒なこともできない。何よりも先程の戦闘からハル達では覆面の男に敵わないことは明白。あきらめにも似た空気がハル達を支配しかけた時
「…………」
覆面の男が突然動きだす。だがそれはハル達から逃げるためのものではない。まるで付いてこいと言わんばかりの物。その証拠に覆面の男は顎を動かし自分についてこいと促すかのようなジェスチャーを見せる。
「付いてこい……ということか?」
「きっとそうだよ! みんないってみよう!」
「エ、エリー待てって! オレも行く!」
「ま、待つポヨ! ボクたちも行くポヨ!」
『プーン!』
それに導かれるようにハル達は覆面の男の後に続くように歩きだす。ジーク、レット、ムジカは互いに視線を交わしながらもひとまずは後を付いて行くことにする。もっとも警戒を解くことなく。いくら自分達を救ってくれたとはいえ正体も目的も不明の人物。当然の判断だった。だが進めど進めど先には何もない。当たり前だ。ここはシンフォニアの大地であり大破壊の跡地。見渡す限り何もない荒野の世界。だがそんなことなど関係ないとばかりに覆面の男は立ち止まることも振り返ることもなく歩き続ける。だがいい加減に止めた方がいいのではとハル達が思い始めたその時、まるで目的地に着いたかのように覆面の男は唐突に足を止めてしまう。
「何だ……? ここにオレ達を連れて来たかったのか?」
「でもここ、何にもないよ? 何かが埋まってるわけでもないし」
「オレ達をからかってるのか?」
理解できない事態にハル達は動揺し詰め寄って行くも覆面の男は返事をすることはない。何かがあると期待して付いてきたハル達からすれば肩透かしもいいところ。だがそんな中にあってジークだけは違っていた。
(この位置は……まさか……!?)
それは今、自分たちが立っている場所。既に目印になるようなものはないがその場所が何であるかをジークは知っていた。
『ELIE3173』
それがその場所の世界座標。四つのアルファベットと数字でこの世界では座標を表している。だがそれはただの座標ではない。そこは恐らくはエリーの記憶に関連した何かがある場所。エリーの腕にはELIEという文字がナンバリングされていた。だがそれは3173とも読める物であり、その両方の読み方が正しい物。すなわちこのシンフォニアの地を示す暗号。そのことをエリー達に伝えることがジークがこの場にやってきた本当の理由。そしてその事実をジークが告げようとした瞬間、覆面の男がその背中にある一本の杖をその手に取り、そして地面へと突き刺した。
瞬間、世界が変わった――――
「なっ―――!?」
「何だ、地震か!?」
「いや……景色が変わっていく……!?」
まるで地震が起きたかのような振動が辺りを襲い、周囲の景色が歪み変わっていく。それは森の中。先程までの死の大地が嘘のような風景。間違いなく覆面の男の仕業。ハル達は理解できない事態に圧倒されるしかない。
「これは結界魔法の一種……この辺りの地形一帯を空間の狭間に閉じ込めていたのか……」
ジークだけはこれが一体何なのかを理解し驚愕するしかない。それはこの結界があまりにも高度であること。習得までに何十年かかるか分からない程の大魔法。大魔導であるジークであっても使用できないほどのもの。それをこともなげに覆面の男は見せたのだから。だが
「え? ハル、覆面の人は?」
「っ!? ほ、ほんとだ、さっきまでいた筈なのにいなくなってるぞ!?」
「マジかよ……あの一瞬でいなくなっちまったっていうのか?」
「間違いない……もうこの一帯にはあの者の気配は感じられぬ」
「き、消えたポヨ! ゆ、幽霊ポヨー!」
「お、落ち着いてくださいルビーさん! きっと魔法でどこかにいってしまったんですよ!」
「ああ……恐らく空間転移だろう。この結界魔法といいやはり魔導士だったようだな……」
ジークの言葉によってようやくハル達は落ち着きを取り戻すも何も告げることなく去って行ってしまった覆面の男について疑問は尽きない。だがその疑問はさらに深まっていくことになる。それは結界に閉じ込められた森の中。そこに一つの物があったから。
『リーシャ・バレンタインの墓』
五十年前に死んだリーシャの墓がそこにはあった。まるでそれを守るかのように。ハル達は悟る。先の覆面の男が見せたかったのはそれであったことに。同時にエリーの中の記憶が断片的ではあるが蘇って行く。
両親の記憶。魔導精霊力を生まれながらに持っていたこと。カ―ムと呼ばれる老人と世界各地を旅していたこと。
断片的ではあったもののエリーは自分の記憶を取り戻したことによって安堵する。自分が作られた存在ではなかったことに、魔導精霊力が決して怖いものではないことに。
そしてエリーが記憶を取り戻した瞬間、結界は再び元の姿へと、何もない大地へと戻って行く。まるで役目を果たしたかのように。
「そっか……あいつが見せたかったのはこのことだったんだな」
「じゃああの人、あたしのこと知ってたってこと?」
「そう考えるのが妥当だろう……でなければわざわざリーシャの墓を結界で守り、オレ達に見せることなどしないはずだ」
「だがよ、リーシャの墓とシンフォニアの森を閉じ込めたってことは少なくてもあいつは五十年以上生きてるってことになるぜ」
「じゃああの覆面の人は老人ってことですか?」
「おそらくは……シャクマと渡り合うほどの魔導士なのだからそうであってもおかしくない。もっとも何者であるか分からないことには変わりないが……」
ジークは答えの出ない問題を前にしながらもとりあえずはエリーの記憶が断片的であれ戻ったことに安堵する。まだ時期が早かったせいもあるが全てのレイヴを集めてから再びここに来れば記憶は完全に戻るはず。そしてその時には間違いなく覆面の男も再び姿を現すはず。奇妙な確信がジークにはあった。
「…………」
「……? どうかしたのか、レット? さっきからずっとジークを見つめて。まだどっか具合が悪いのか?」
「いや……何でもない。少し気になることがあったのだが気のせいだったようじゃ。済まぬな」
レットは一度深く目を閉じながらも頭を振り、何でもなかったかのように振る舞う。だがどうしても気にかかって仕方がないことがあった。それは匂い。竜人としての人間を超えた嗅覚によってレットは感じ取っていた。先の覆面の男の匂いとジークの匂いが似ていたことを。それどころか全く同じと言ってもおかしくないものであったことを。だがそんなあり得ない事態にレットは自らの勘違いであると切り捨てる。そう、この世界に同じ人間が二人いるはずがないのだから。
そしてハル達は再び旅立ちの時を迎える。だがその表情にはもはや迷いはない。レイヴを集めることが全ての答えに繋がっていると再確認することができたのだから。同時にハルは決意する。強くなると。今の自分がまだまだ弱いことをハルはルシアとの戦いで思い知った。今のままではエリーを守ることも、ルシアを止めることもできないと。ハルはそのTCMをジークに向かってかざしながら宣言する。
「ここに誓おう! 剣と魔法はいずれ一つになる!!」
剣と魔法。対極に位置する物が一つになる時が来ると。だがそれは剣と魔法に限った話ではない。光と闇も決して争うだけではない。レイヴとDBも、レイヴマスターとダークブリングマスター、自分とアキもきっと分かり合えるという希望を意味するもの。
「ああ……全てのレイヴが揃う時この場で会おう。共にルシアを止めると誓う」
ジークはその手の魔法剣を作り、ハルに向かって差し出しながら誓う。共にルシアを止めるために戦うと。倒すのではなく止める。ハルの言葉の意味を汲み取ったが故の誓いの言葉。共に強くなるという誓いによってその場にいる者たち全てが決意を新たにする。だが
「あたしも混ぜて! あたしも記憶が戻ったら魔導精霊力でアキにお仕置きしてやるんだから!」
そんな空気をぶち壊すように満面の笑みでガッツポーズを取りながらエリーはアキに対するお仕置きを宣言する。いつかハルが聞いた一発叩いてやるという言葉を遥かに超えた宣言。実際に魔導精霊力の力を目の当たりにしているハルとジークは顔を引きつかせるしかない。
ここにシンフォニアでの争いの幕は落ちる。だが本人の与り知らぬところでダークブリングマスターの憂鬱はまだまだ続くことになるのだった――――