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No.33317の一覧
[0] 【習作】 彼女の価値は 【アイドルマスター シンデレラガールズ】[そらがく](2012/12/04 21:59)
[1] 事務所にて[そらがく](2012/12/04 21:56)
[2] 後輩がやってきた[そらがく](2013/01/05 21:43)
[3] 先輩って言うほど先輩じゃないけどね[そらがく](2013/01/09 19:28)
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[33317] 【習作】 彼女の価値は 【アイドルマスター シンデレラガールズ】
Name: そらがく◆66602330 ID:ec346a1f 次を表示する
Date: 2012/12/04 21:59
 少女はアンコールソングを無事に歌い上げ、観客に命一杯手を振りながら、自分では精一杯の感謝の言葉を口にして、万雷の拍手と声援を体中に受け止めながら薄暗い舞台袖に消えた。

 そして観客から見えない場所まで来るとパタリと歩を止める。
 その場所が彼女が辿り着ける限界だった。
 少女にはもう一ミリだってそこから動く気力が無かった。

 少女はアイドルだ。
 長い黒髪に水色の袖なしシャツに青のパニエで構成された涼やかでかわいらしいステージ衣装からすらっと伸びる手足。
 そして、いつもは愛想のないが整った顔には今日ばかりは笑顔と疲労があった。

 そして少女は気持ちよさそうに両手を軽く広げながら深く息を吸いながら目を閉じる。

 ライブが無事に終わった。
 その事実が空っぽになってた少女の頭の中にゆっくり浸透していく。

 やれるだけの事はやったし、手ごたえはあったと少女は思う。
 中規模のライブ会場ではあったが、それでも少女にとっては信じられない数の観客。そしてその前での熱唱だった。
 全力だった。限界などライブの中盤には超えていた。喉を傷めていない事が奇跡のようだった。
 心がけていたペース配分など出来なかった。
 最高のスタッフ達と観客が作り出したムーブメントが、少女の小柄な体内に潜んでいた熱量を1カロリーも残さず現世に引きづり出すかのようなステージだった。

 でもそれは最高に気持ちがよかった。
 
 少女は自分はもっとクールな人間だったと思っていた。
 ここまで自分が弾ける事ができるのだと初めて知る。
 今、ここで自分は生まれ変わったのだとさえ思った。

「あ」

 ついに足に力が入らなくなり、よろけた彼女の肩を誰かが正面から支える。
 誰だろうとは少女は思わなかった。
 この手の大きさと温かさはよく知っている。
 自分をここまで導いてくれた人の手。そしてこれから更なる高みへと導いてくれるだろう手。

「ねぇ、プロデューサー。ちゃんと見ててくれた?」
「もちろんだ。最高だったぞ、凜」

 息を整えていつもの自分を辛うじて作って少女こと渋谷凜(しぶやりん)が顔を上げる。
 プロデューサーがいつものいい笑顔でそこにいた。
 
「・・・まだまだいけるよ」

 凜はそう言って疲れた表情を懸命に押し殺しながら不敵に笑う。
 プロデューサーは一瞬だけ呆気に取れたが「しょうがないなこいつは」と笑う。

「上等。でも今日はもうおしまいだ」

 そして事もあろうかそのまま凜を背負った。
 プロデューサーは一見は気のいい青年サラリーマンだが学生時代に鍛えていたせいで見た目よりも筋力がある。

「・・・ちょっと。子ども扱いは止めって、いつも!」
「はははっ。凛は相変わらず軽いな。はいはい本日の主役が通りますよ~。今日は皆さま本当にありがとうございました~。今後ともよろしくお願いします~」

 凛の抗議も聞かずプロデューサーは周りにスタッフに頭を下げながら控室まで歩き始める。
 そして凛は気恥ずかしかったが色々な物を天秤に掛けて最終的に意外に広いその背中に身を任せて、顔をその肩に埋める。

「・・・馬鹿」
「ん? 何か言ったかい」
「知らない」

 そうやって渋谷凜の初CD発売記念ライブは終了した

     ◇◇◇

 この時代、芸能界にアイドルは溢れかえっていた。
 華々しい時代だと人は言う。
 始まりは何だと問えば、多くの人は765プロの名を上げる。
 数年前までは業界の片隅にいた弱小プロダクション。その765プロの快進撃。
 所属していた12人(一説では13人)のアイドル達がスターダムに駆け上がる様は本当に奇跡のようだった。
 そこから端を発する第何次かは知らないアイドルブームは市場を大きく盛り立てた。
 そしてその市場に「我こそが第二の765プロなり」と名乗りを上げた有象無象のプロダクションが大小を問わず雪崩れ込んだ。

 そしてそれに伴い各社はアイドル候補生の拡充に動きだす。

「765プロを越えるアイドルを探し出せ!」

 そんな合い言葉のもとに各社はスカウトやオーディション、コネなど各々の方法で発掘に乗り出した。
 そして今は昔と違う。
 交通網はそれこそ網の目のように整備され、インターネットに代表される発達した情報網がある。
 日本は狭くなっていた。

 そして原石は全国に埋もれていた。

 プロダクション各社は47都道府県を問わず飛び回り、発掘し、スカウトした少女をアイドルとして次々とステージの上に送り込んだ。
 
 だが、やり過ぎた。

 はっきり言えば過剰供給だった。
 昨年、誕生したアイドルの数はグロス単位だったとも言われている。
 もちろん、いくらブームが訪れようともパイはそこまで大きくはなってはいなかった。

 当然、淘汰と言う名のふるいが掛けられた。
 数々のアイドルが普通の女の子に戻り、ステージを去っていく。
 そんな中で、まだステージの上に残っていたアイドル達は己の生存権を掛けて日々、仕事に精を出していた。
 
     ◇◇◇

「おはようございます」
「おはよう。昨日はお疲れ様。喉は大丈夫?」

 そういうが朝ではない。高校の制服姿で渋谷凛が事務所に顔を出したのはライブ翌日の夕方だった。
 日中は学校に行っていた。正直、昨日の今日でまったく身が入らなかったけれども。

 出迎えたのは事務員兼会計士の千川ちひろだった。
 事務机に座りながらも体だけは凛の方へと向ける。
 ほがらかな笑顔で色々な事務作業をサクサクこなす才女。
 そしてこの事務所に所属する一癖も二癖もあるアイドルを支える縁の下の力持ち。
 ついでに言えばこの事務所の金庫の最終防衛ライン。その強固な守りは社長ですら突破は容易ではない。
 正直に言えばこの貧乏弱小プロダクションには勿体ないほどの有能で美人だ。
 何故この貧乏プロダクションに居るのか謎なのだが、その理由はほとんど誰も知らない。
 多分、独身なのだろうが、それすらはっきりと判明していない謎の多い人。
 プロデューサーも「入社した時には居たし、聞いても教えてくれないんだ」と言っていた。
 
「ありがとうございます。大丈夫です」

 言葉使いは丁寧だが、口調は素っ気なく返しながら凛は手近にあった長机前のパイプ椅子に座る。
 しかし、この少女はこれでもちゃんと感謝している。感情を表に出すのが少々苦手なのだ。
 それを知っているちひろは微笑すると立ち上がってコーヒーメーカーに近づく。

「喉が渇いちゃった。凛ちゃんもコーヒー飲む?」
「あ、頂きます」

 コーヒーメーカーが豆を挽き、それにお湯を注ぎ始めるとすぐにコーヒーの匂いが部屋に広がる。
 ちひろは抽出を待ちながら口ずさんでいた鼻歌をふと止めると、思い出したように凛へ振り向いた。

「そう言えばCDは学校で話題になってる?」
「よくわかりません。でもが何人か買ったって、何か気恥ずかしいけど嬉しいかな」
「ふふ、全国発売だったものね。買ってくれた人はその何十倍もいるのよ、この日本中に。来週にはオリコンチャートが出るはずだから楽しみね」
「はい、結果はちょっと怖いですけど」
「大丈夫よ。はいコーヒー。ミルクと砂糖はありで良かったよね」
「はい。ありがとうございます」

 凛は受け取って一口付ける。ブラックが好きだと勝手に周りに思われているが、甘いものは普通に好きだ。
 それを見届けるとちひろは自分の席に戻る。

「それよりも今日は他の人は?」

 凛が事務所を見渡す狭い事務所には、ちひろしか居ないようだった。
 社長室には社長が居るかもしれないが、多分いないだろう。
 凛は社長をあまり見た事がない。仕事を取りに社長自ら飛び回っている為、かなりのレアキャラだ。

「みんなレッスンか仕事に出ているわ。あれ、そう言えば今日は凛ちゃんは何しにだっけ?」
「プロデューサーと昨日のライブの反省会です。後、今後の方針を」

 確かに凛は事前に今日は休むか? と聞かれたが断っていた。
 昨日がライブであり体を休めると言う選択肢もあるだろうが、CDデビューを果たしたと言えど、まだ売出し中のアイドルに過ぎない。
 こんな所で休んでいるわけにはいかなかった。

「あ、プロデューサーはちょっと社外の打ち合わせが長引いちゃって帰るの遅くなるって言ってたわよ」
「はい。メール来てました。どのくらい掛かるか分からないって言ってたのでとりあえず予定通りに」

 そう言いながら凛は鞄から筆記用具とノートとプリントを取り出し始める。
 空き時間に宿題を済ませようという腹なのだろう。
 ちひろはそれを見て苦笑する

「何と言うか雰囲気に似合わず真面目よね、凛ちゃんって・・・」
「・・・よく言われます。机借りますね。宿題しとかないと」
「どうぞ。あぁ、そう言えば卯月ちゃんが今から来るって・・・」
「卯月が?」
「えぇ、今週使うオーディション用の台本をレッスン前に取りに来るって」

 島村卯月。凛は自分と同期のアイドル候補生の事を思い浮かべる。
 年は2つ上で栗毛の長い髪を持ち、いつも笑顔で前向きな女の子。長電話という少し困った趣味がある。
 彼女から電話が掛かってきて10分で電話が切れた試しがないし、急いでる時ですらそれなので、よくプロデューサーに怒られているのを凜は見た事がある。
 感情表現が今よりもっと苦手だった頃の凛とも分け隔てなく付き合えるそんな屈託のない女の子だ。

 だから歳は違えど同期で親友だと凛は思っている。



 …でも正直に言えば、ライバルには足りえないとも思っている。

     ◇◇◇
 
 卯月を馬鹿にしているつもりは凛にはない。感情的には彼女を応援しているし、同じステージに立てればいいなとすら思う。
 ただそれは友情から来るもので、純粋に仕事として考えると気後れしてしまう。
 彼女と一緒のステージはきっと楽しいだろう。

 でもそれを見ているファンはどうなのだろうか?

 今はアイドル戦国時代とすら言われる程の弱肉強食の時代だ。
 アイドルは生き残る為に進化の日々を続けている。
 必要なのは何かしらの特徴だった。
 アイドルは花だ。
 何かしらの特徴が無ければ生き残れないと凛は考えている。

 と言ってもそれは自分ではよく分からないものだ。
 現に凛とて自分自身の魅力をちゃんとは把握していない。
 ただプロデューサーいわく「クールさとちょくちょく垣間見える根の真っ直ぐさかね。後は世界に染まらない独特な世界観。名は体を表すと言うけれど、凛と立つさまは大人の女に憧れる少女の憧れそのものだな」だとか。

 確かに凛にはアイドルにしては女性のファンが多い。
 それは他人となれ合う事を良しとしない凛が自分で作り上げたパーソナリティだともプロデューサーは言っていた。

 つまり、そう言うものが凛には卯月から感じられない。

 同期の卯月と凛のトレーニング量はほぼ同等。半端をするつもりはない凛は負けるつもりはないが、彼女の前向きな性格を考えると取り組みへの気合いは向こうの方が上だろうと思っている。
 卯月はオーディションをくぐり抜けてきたが、凛の場合はスカウトでやってきたと言う違いがその熱意の差だ。
 ちなみに凛の場合はスカウトの時に、ただの無愛想な花屋の娘だと思っていた自分がアイドルとか何の冗談かと思った。
 それはともかく能動的にアイドルになろうと決意したもの。受動的にアイドルになろうとしたもの。
 熱意の差はどうしても出てしまう。

 でも、それでも先にCDデビューを果たしたのは凛だった。

 島村卯月は普通の女の子だ。
 容姿は端麗な部類に入るが、学校なら高嶺の花の部類でもアイドル候補生には当たり前だ。
 日本全国から集められた候補生にはプラスαが求められる。
 その場合、選ばれようとした者と選ばれた者では違いが出てくる。 
 
「アイドルは直訳すれば「偶像」だ。そのあり方は神様みたいなもんだ。神様ってのがアレなら妖精でもいい。なりたいという気持ちだけじゃダメだ。誰かに選ばれなけれない。オーディションなりスカウトなり選ばれる。そしてデビューして支持される。アイドルが人に認められるのに熱意は必須条件じゃない。杏なんかがいい見本だ。個人的にはある方が好きだけどな」

 そうプロデューサーは言っていたのを凛は覚えている。
 ちなみに「双葉杏」は同じ事務所に所属するいつもやる気のなく「働いたら負けだと思っている」を座右の銘に持つ小柄な先輩だ。
 これだけ聞くと、ろくでもないニートそのものだが、その秘めた才能はとんでもなく、一度スイッチが入ると奇跡の様なパフォーマンスを見せる。ただ凛は真似をしたいとは思わないが・・・。
 そんな杏は今は背が高く大柄でパワフルで独特なテンションの高い言葉をしゃべる「諸星きらり」いう先輩といろんな意味で凸凹コンビを組んでいる。やる気なしとやる気あり過ぎ。このコンビがうまく機能した為、現在、人気急上昇中でこの事務所看板アイドルコンビになりつつあった(ただ杏は「きらりのあれは『やる気』じゃない。『殺る気』だ」だとボヤいている)。

 それはさておき、卯月の最終オーディションにはプロデューサーも参加していた筈である。
 自分が人生の何%かを割いて育てるアイドルだ。当然の話だ。
 だから少なからずプロデューサーは卯月に何かを見出した事になると凛は考えているのだが・・・。

 そんな事を考えている為か、さっぱり宿題が進まない。

「・・・今度、プロデューサーに聞いてみよう」

 そういう事にして余計な事を考えるのは止めようと凛が残っていたコーヒーに口を付けてプリントに掛かれた問題に取りかかろうとしたその時だった。

「おっはようございまーす!」

 ドアが開いた音が聞こえたと思った瞬間に、元気な声が事務所に響き渡った。
 
 振り返ると他でもなく島村卯月が居た。
 制服姿に髪先だけをカールした独特な栗毛のロングヘアに1つだけ束ねた軽めのサイドテールが今日も揺れている。
 そして顔には満面の笑み。
 アイドルに関わる事は何でも嬉しい。事務所に来るだけでも幸せと前に言っていたのを凛は思い出す。
 まずは事務員のちひろが最初に挨拶を返す。凛はタイミングを外した。

「卯月ちゃん、おはよう。台本はそこよ」
「あ、はい。ありがとうございますっ」

 ちひろの指差す方向は凛のそばであった。近寄ってきた卯月に手に持ったシャーペンを何となく掲げながら凛は短く返事する。

「おはよう」
「あ、凛ちゃん。おはよ。今日来てたんだ」

 卯月は台本を手に取り、ぱらっとめくるとすぐに卯月の前の席に座り、笑顔で、それでいてまっすぐと凛の方へ視線を向ける。

「うん、まぁね。昨日はありがと」

 そう。卯月は昨日の凛のLIVEに来ている。
 後方の関係者席に来ており、開場前にも挨拶にやってきている。
 色々準備があったのであまり長くは話すことはできなかったが。

「ううん。すごい物を見せてもらちゃった。私も早くあんなステージに立ちたいなぁ。とりあえずバックダンサーでもいいから。プロデューサーはなかなか了解してくれないんだよね」

 そう素直に羨ましがられると凛としても困る。
 卯月が一瞬だけ見せた遠い目は多分、いつか満員御礼のステージの上で精一杯歌う自分の姿を見たのだろう。
 夢を見る権利は誰にだってある。ましてや卯月は足踏みをしていると言え、その入口の前に立っている。

「きっと立てるよ。ちゃんとフロントで」

 少しだけ胸が痛む。親友を励ましたい自分とそれは難しいと思う自分の狭間で凛はそう返すのが精いっぱいだった。

 実は昨日のLIVEに凛は卯月をバックダンサーに立たせるのはどうだろうかと提案したのだが「それは駄目」とプロデューサーに一蹴されている。

「うん、ありがと。私頑張るよ。ところで凛ちゃん聞いた? 未央ちゃんがね・・・」

 そんな凛の思いは露と知らず、卯月は笑顔で長電話の時の様に喋り始める。
 凛はそれにいつのもように言葉少なく相槌を打ちながら、それに耳を傾けた。



 結局、それはプロデューサーが帰ってくるまで続き、凛は宿題を片付ける事ができなかったし、卯月もレッスンに遅刻しそうになっていた。

     ◇◇◇

「卯月をどうするのか、って?」

 打ち合わせ室で昨日のLIVEについて、こってりとプロデューサーに絞られた(全体的に誉められたのだが、耳の痛い所をガンガン突っ込まれた)。
 そして今後の展望を熱く語りあった後「今日はこれでしまいにしようと思うが、後、何かあるか? どうでもいい疑問とかでもいいぞ」と言われたので、つい凛は聞いてしまった。

「他人を心配する暇なんかないって思うけど・・・」
「いやいいよ。凛。お前は本当に真面目だなぁ、そんな事で悩んでたとはね」

 そう言って失笑するプロデューサーに流石の凛の少しむっとする。

「悪い?」
「いや友達を大事にしない奴は俺も嫌いだ。そしてアイドルの悩み事を解決するのもプロデューサーのお仕事さ。しかしそうだなぁ」

 そう言ってコーヒーに口を付けた後、プロデューサーは一つ首をかしぐ。
 そしてややあって凛の方へと目を向ける。

「なぁ、凛。率直に言って卯月をどう思う」

 そうストレートに聞いてきて凛は言葉に詰まった。
 どう答えたものか。
 しかし、ここにはプロデューサーと二人しかいない。
 そして「プロデューサーを信用できるか否か」と聞かれれば「一緒に地獄に落ちてもいい」と凛は答える。
 一蓮托生で自分の今の人生を預けている相手だと思い出して、率直な所を凛は答えた。

「普通の女の子」

 その答えを聞いて、プロデューサーは「いい答えだ」とばかりに目を細めた。


「そうだな。あいつは『普通の女の子』だ」


 凛は思わず視線をプロデューサーから机の上に落としてまう。
 肝が冷える。正直、その言葉を凛はプロデューサーから聞きたくなかった。
 アイドルとしての芽がないと宣告されたも同義だと凛は思ったからだ。
 
 しかし。プロデューサーは「でも」と続けた。


「あれがあいつの強みだ」

 
 その言葉に凛は顔を上げる。クールが信条の彼女が思わず疑問符を顔いっぱいにする。
 それを見てプロデューサーは苦笑した。

「女性から見たら確かに分からんかもな。普通と言えば確かにそうだが、卯月には癖がない。ほとんどないと言ってもいい」
「なら何で?」

 その問いにプロデューサーは真顔で簡潔に答えた。

「普通ってのは時として理想と同義になる」

 意味不明。ただ冗談を言っているようには凛には思えなかった。
 目線だけで凛はプロデューサーに話の続きを促す。

「卯月はどこからどう見ても『女の子』なんだ。それこそ『普通』にな」

 だが、無理だった。

「ごめん。ちょっと意味分かんない」
「そうだな。要は男性から見た女性の魅力ってのは最終的に『女の子』に集約される。萌とかツンデレとか属性がどうとかそういうおまけは『女の子』という土台がしっかりしていて初めて成り立つ。なぁ、話は変わるが凛。お前は今までどのくらいの男から告白された?」

 突然の質問、しかもプライベート直撃な質問に凛は眉をひそめるが、まぁプロデューサー相手ならいいかと渋々に答える。

「・・・私に告白(こく)るような度胸のある奴はいないよ」

 実際には何回か身の程知らずの勘違いが告白してきたが、ロマンチックに程遠かった為に凛はカウントしていない。

「だろうなぁ。でも卯月は違う。あいつは一週間に一回の割合で告白される」
「嘘」

 と言ったものの確かにありえない話ではないと凛は思った。とりえず美人だし。

「本当さ。なんでかと言えば普通だから届きやすいと錯覚してしまうんだよな。ちなみに凛は高嶺の花過ぎるんだよ。孤高と言い換えてもいい。だから学校じゃ誰も近づけない。ブラウン管を通したり、ステージと客席と言う壁を隔てる事で初めて愛でる事のできるアイドルだ。後、女性にもてる」
「それは悪い事?」
「いや、凛はそれでいい。むしろそのラインを外すな。しかし卯月は困ったことにあれは愛想がいい。すごくいい。よく喋るし、その内容もネガがない。そして笑顔がやばい。野郎だったらすぐに勘違いしそうなぐらいに。しかもあれがアイドルを目指す為に作ったものじゃなく素であれなんだからな。どんな天性だよ」

 ちなみに「尻もやばい」と言おうとしたが流石に自重した。

「・・・プロデューサーも勘違いした?」

 思わず熱弁をふるうプロデューサーに何故か凛は温度の低い視線を送る。
 プロデューサーは慌てて首を振った

「いや、流石に俺は大人だしな。まぁ確かに今、高校生で卯月と同じクラスだったら勘違いするかもしれんって事だ」
「でもそれはアイドルとしてどうなの?」
「親しみ易い。確かに一歩間違えると地味になりがちだが、あの前向きな性格に笑顔が加われば、卯月はお前と同じくニュージェネレーションの正統派アイドルになれる。打倒765プロも夢じゃないと思ってるよ」

 打倒765プロ。それはプロデューサーの悲願だ。
 過去に業界最大手の961プロに在籍し、組織の中で雁字搦めになって腐っていた自分に765プロが夢を見せてくれたと昔言っていた。
 そして自分なりの765プロへの恩返しが「打倒765プロ」なのだと。
 一見意味不明だが、凛はそれが理解できた。『感謝してるからこそ全力でぶつかりたい』というのは自分にも当てはまるからだ。

「だったら私がバックダンサーに推した時、断った理由は・・・」

 と言いかけて凛は理解した。プロデューサーが言っている事が本当ならば確かに自分でも一蹴する。

「そう言う事だ。卯月が後ろに入れば、お前のステージをまず間違いなく台無しにする。・・・と言うのは言い過ぎか。しかし、お前の持ち味を後ろからじわりと食らうだろうな。それにあれはお前のCD発売記念の単独ライブだ。ピンでやらんと意味がない」
「つまり卯月と私は同じステージには立てない?」

 それは少し残念だと思う凛にプロデューサーは「そうじゃない」と首を振る。

「後ろじゃなくて横に並ぶならば、それはアリだと思う。それなら相乗効果が期待できる」

 そこまで聞いて疑問に思う事が凛にはあった。

「何でデビューさせないの?」
「ぶっちゃけ最後の隠し玉的存在だからかな。それに卯月はでかいエンジンなんだ。ある程度、事務所の知名度やコネというでかい花火を散らせるプラグがないと掛からない。下手に小さくやってもエンストを起こしちまう。その分、回ればでかいけどな」

 エンジンに例えられても凛には意味半分だったが、何となく大きく売り出さないと軌道に乗らない事だけは分かった。

「それじゃあ・・・?」

 よくぞ聞いてくれたとプロデューサーは親指を立てる。

「765プロと同じ手法を取る。プロダクション主催の合同ライブだ。そこで売り込む。『竜宮小町』という呼び水を作って初回の合同ライブで伝説の入り口を作った765プロの様にな」
「卯月の一人の為に?」

 おいおいと凛は思ったが、プロデューサーは意外そうな顔をした。

「いやか? お前が卯月をステージの上に引っ張り上げるんだぞ?」

 なるほど、そう言われれば協力せざる得ないと凛は苦笑する。
 そして悪くないと思う。
 卯月と二人で、いや事務所のみんなと歌うのはきっと楽しい。
 そんな想像をして頬を少しだけ緩める凛を見ながらプロデューサーは肩をすくめる。

「いや、卯月デビューうんぬん抜きにしても近いうちにそういう事がしたいと思ってる。できるかどうかは今後の俺と社長の手腕次第だがな」
「私達、アイドルの実力次第ではなく?」

 そう聞く凛にプロデューサーは不敵に笑った。

「あのな、あんまり俺と社長を舐めるなよ? そしてもっと自信を持て。俺と社長が探し出したお前らはシンデレラだ。今は灰かぶりかも知れないが、その灰を払えば一級品のお姫様だ。だから後はどんどん前に進む事だけ考えろ。かじ取りは俺と社長の責任だ。任せておけよ」

 頼もしいんだけど、何となく危なっかしいなぁと凛は思う。
 だから苦笑しつつも言う。

「たまには頼ってくれてもいいよ」
「そうだな。本当にやばい時はそうするよ。ちなみに分かってると思うが卯月にはまだ言うなよ。お前の口の堅さは信用してるが」
「分かってる」
「じゃ、今日はこれでしまいだ。気を付けて帰れよ。お疲れ」

 そう言って二人で打ち合わせ室を出る。
 事務所にはもう誰もおらず、プロデューサーはもう一仕事で「今日も残業やっほい。スタドリは後何本ストックがあったっけかな」とぼやきながら自分の机に向かっていく。
 しかし、どこか楽しそうだった。

「お疲れ様でした」

 その背中に珍しく素直な気持ちで頭を下げると凛は外に出た。

 かなり夜は更けていた。
 その空を見上げるが、都会の夜では星は見えない。

 しかし、丸い大きな満月があった。

 他を圧倒する輝き。思わず魅入られるように見上げてしまう。

 そしてその光に一つの未来を見た。

 765プロに真っ向から勝負をする自分。
 自分の隣には卯月が、周りにはみんなが居る。
 そしてその後ろから見守る妙にイキイキとしたプロデューサーと社長が居る。

 そんな未来が見えた。


 そしてそれはきっと・・・。

 




 あとがき
 兵器もロボも魔法も出てこない奴を一つ書いてみようと思ってモバマスを題材にしてみました。
 習作として意識して目指したのは

 1.一話完結
 2.モバマス感が出ているか。
 3.魔法とかロボとかそう言うギミックなしに話が成り立っているか。
 4.女の子が可愛く書けているか。
 5.構想から一週間で書き上げる
 
 しぶりんとしまむらさんを中心に置いてます。
 本当はしまむらさんを語り手に置きたかったのですが、しまむらさんを語り手に置くと、しまむらさんが自分がデビューできない理由を悩むストーリーになってしまう。
 で、そんなしまむらさんは見たくないというか、そんなのはしまむらさんらしくないな、と。
 なのでしぶりんを語り手に持ってきました。
 なんとなく話がまとまり切れていない感は自分も感じてはいます。
 
 指摘や感想を頂けると幸いです。
 
 よろしくお願いします。

 追記:SR+しまむらさんが可愛すぎて生きているのが辛い。

 6月2日  初投稿 
 6月7日  修正
 10月1日  ニコニコ動画に動画向けに改稿し投稿
 11月23日 続きを投稿
 

 続きは、しまむらさんがブレイクして少し立った後の話になります。
 ですので、しぶりんもしまむらさんも立派にアイドルしてます。


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