「ハニトラだろあれ」
俺は布団にくるまって、唇を指でなぞりながらガタガタ震えていた。
いやなんだあれ……タイミングとかが神がかりすぎでしょ……あんなん普通回避できねえよ俺じゃなかったら即エッチシーン突入だよ、CG回収率上がっちゃうよ……
「いつまでそうしてんだよお前」
ベッド脇で興味なさそうにテレビを眺めていた男――五反田弾が声を上げた。
ここは弾の自室。壁一面に本棚が並び、埋め尽くすのは小難しく分厚い書物ばかりだ。
学問として数えられるものなら全て修めたと言わんばかりの、というより実際に修めているんだろう、天才の名にふさわしい部屋だ。
「いや怖くね? いきなりキスだぜ? ちゅーだぜ? マウストゥマウスだぜ? 何のイベントもこなしてねえのに」
「ギャルゲ脳にもほどがあるだろ……そこらへんのカップルなんて数回メシに行ったら成立したりしてんだぜ? もういい加減恋愛に夢見るのやめろよ」
「そういう辛辣なコメントこそやめろよォ!」
枕を投げつけると、ぼふっと柔らかい音と共に着弾。
子供かよと嘆息しつつ、弾がチャンネルを切り替える。
「つーか無断外泊だよな。俺も共犯扱いされたらキレるぞ」
「あ、外泊届は出してきたから安心しろ」
「律儀かよ」
そこらへんの義理は通さねえと姉さんに申し訳が立たん。
普段弾が使っているだけあって完璧にベッドメイキングされていたので、それをグチャグチャにしつつ布団から顔を出す。
「で、だ。さぞおモテになってんだろ五反田君。そこんところのアドバイスをしてくれよな~頼むよ~」
「うぜえきめえ……女々しい、男らしさのかけらもねえ」
アドバイスを頼んだら言葉のナイフが無数に投げられた。
気持ち血を吐いて突っ伏す。クソが、俺が何したってんだ。女の子の告白にビビって逃げ出したか。うん、女々しい!
「まあ心配する気持ちは分からなくはねえけどな。ほれ、気分転換といこうぜ」
弾は棚からゲーム機を取り出すと、コードでテレビに接続し始めた。
まさかこの俺にIS系のゲームで挑むつもりか? 仕方ねえ、雑魚を叩き潰すのもノブレス・オブリージュってか。
「何やんだよ」
「サマーレッスン」
「あもう分かったわお前モテないだろ」
「ブチ殺す!!!!!」
IQ200オーバーの男が放った怒りのインテリパンチを皮切りに、夜通し続く殴り合いが始まった。
最後は親父さんのお玉と中華鍋に鎮圧されたが、中華鍋の盾性能高過ぎィ!
朝日が昇って、そしてしばらくして、太陽が空の真ん中で俺たちを照らしている。とはいっても秋めいてしばらく経ち、アウターなしには外出できない季節だ。
隣を歩く弾は高身長に映えるチェスターコートで、紅葉を見上げつつ足取りは軽い。
一方世界オンリーワンのイケメンたる俺は実家から引っ張ってきたショートダッフルで可愛い系アピールバッチリ。ちなみに「俺って可愛い系だよな?」という問いに対して同意が得られたことはない。クソが。目とか二次元みたいにくりくりしてて可愛いだろ。二次元みたいにくりくりしてて。
「おっ、ここだここ」
公園の遊歩道を突っ切って、道路をまたいだ先。こじんまりとしたカフェが、手書きのメニューを店先に出して佇んでいた。
味のある店だな、と一瞥して思う。そもそも五反田弾を惹きつけたというだけで良い店なのは分かる。ただものじゃないヤツだし。
大して車の通りもない信号を二人して待ち、青いランプが点灯してから歩き出す。
昨夜果たせなかった気分転換を改めて申し込まれ、俺たちはこうして学校をサボり散策している。
中学時代はまるでサボらない超優良児だったのにな……姉さんごめん、ワルくなっちまったよ俺。いや修行で世界中飛び回ってたからサボりまくりだわ。
いや、これ、洒落になんないけどな。学園に戻ったらブチギレられそう。
店のドアを引くと、からんころんと軽い鈴の音。中はカウンターがL字に構えられ、その外側にテーブル席が4つ。客は俺たちの他にはいない。
カウンター席に座ろうとしたら、弾に首根っこを掴まれた。
「こっちだ」
「……あいよ」
一瞬呼吸停まったぞテメー。抗議代わりににらみを利かせて、弾の向かいに座る。奴さんが壁側の椅子だ。ソファー席はない。コートを脱いで椅子にかけると、俺のダッフルは思ったよりくたびれていた。
「いらっしゃい、お連れさんがいるのは初めてだね」
カウンターの内側で雑誌を眺めていたおじさんが気さくに話しかけてきた。あごひげと丸メガネが顔に乗っかっている、フランクな印象の人だ。
「たまにはいいかなと。いつものを2つお願いします。お前ブラック飲めたっけ?」
「ナメんな」
さっきから子ども扱いされてないか俺。
おじさんが豆を焙煎し始める。専門店らしい大型の焙煎機だ。詳しいことは知らんが、ボタンを押してコーヒーがゴーッと出てくるわけじゃないのは久々に感じる。
「いい天気だと思わないか? 紅葉狩りにうってつけじゃんか」
「ああ、そうだな」
マフラーを解いて、傍の荷物入れに入れる。赤マフラーは主人公の鉄則だよな?
首を鳴らして、肩を回して、指一本一本を解きほぐす。なんとなく、ここに来るまで肩肘を張っていた。それが何故なのかは自分でもよく分かっていない。心構えが必要な気がしたような、そういう感じだ。
「鈴はいつもの調子なのか?」
「ああ。バイオレンスさに磨きがかかってるよ、文字通りの鉄拳だ」
「ISを展開して殺りに来るのか、よろしくねえな」
「やるたびに説教フルコースだけどな。姉さんの」
「そりゃそうだ」
コーヒー豆が混ざり合う音。
「これからの世界を背負っていく羽目になるんだから大変だろうよ」
「気負ってるやつとそうじゃないやつがいるけどな。大事なのは塩梅だろ」
「違いねえな。何事もバランスが大切だ。バランスを崩すと人間はすぐダークサイドに堕ちる」
「フォースの導きを信じろってか?」
「ハイパーセンサーだったか、ありゃ実質フォースを科学的に解明したものじゃねえのか」
「どういうことだ?」
「360度知覚できるって言われても、人間が普段使ってる処理能力を超えてるだろ。そういうものを手渡されることで、お前らの脳が活動領域を広げている、って解釈するのが自然な気がするぜ」
「フォースってそんな設定だったっけ」
「知らん。ただ言えるのは、ISと人間は互いに独立した存在って言うことだ。片方をハード、片方をソフトと定義することは難しい。少なくともISはそれ自体の中でハードとソフトが確立されている。拡張パックとも言い難い」
「話を小難しくするのは天才の癖か?」
「このぐらいが小難しいと感じるならお前は本当にノリで生きてるだけだな」
「当たり前だろ。人生はノリだ。俺の行動もノリだ。俺はそれでいつでも正しい選択をしている」
「後悔することはないのか?」
「あるさ。それでも起きちまったことを悔やむことは、プライオリティの関係上人より控えめだな」
「俺は後悔ばっかりだよ」
コーヒー豆を挽く音。
「お前がドイツに行くのを止めればよかった。お前が全然学校に来ない理由を探るべきだった。お前がISを嫌うように仕向けるべきだった」
「……ざっけんなよ。俺の人生のかじ取りを他人に預ける気はねえ」
「それこそふざけた発言だ。お前の人生はお前がどうにもできない領域から操られている。強いて言うならまあ、運命って奴だな。神でもいいぞ」
「超常的存在の定義なんざ哲学者にやらせてろ。俺の人生は俺の人生だ。誰が何と言おうと、世界は俺を中心に回る」
「相も変わらず主観主義の亡者だなお前さんは。だから前しか見えねえ」
「俺の向く方が前だ、当たり前だろ」
「カックイーね織斑一夏君。じゃあ見てる方向と進む方向が違う時、前はどっちだ?」
「銃を構えるとき銃口の先と視線を合わせるのは鉄則だ」
「嘘だな。或いは鉄則を知りながら守れてないビギナーだ。お前は不注意で何人も撥ね飛ばしてる」
「なんだって?」
「相川清香、だったっけか」
コーヒー豆を挽く音。
「お前の都合で振り回される人々に対して、お前はきっとこう言う。『知るかどけ、俺の通る道だ』ってな」
「……だったらなんだよ」
「問題が発生する」
コーヒーを注ぐ音。
「ならばその問題とはだ。お前にも、自分を省みなきゃならない時が来たんだ。一人分の道を一人で突っ走るのはお前らしいぜ実にお前らしい。まさに主人公だ。ただしヒロイン不在の主人公無双確定クソラノベストーリー限定でな」
「俺は」
「うるせえ黙れ口を閉じろ。俺の妹は一人の人間だ。間違っても舞台装置じゃねえ。お前の人生の邪魔にならないよう立ち位置をインプットされたロボットじゃねえ。いい加減に自分とその他で十把一絡げにするのはやめろ。俺はお前の親友じゃない、五反田弾だ。俺の妹はサブヒロインじゃない、五反田蘭だ。お前の意中の女はメインヒロインじゃない、相川清香だ」
机の上に、コーヒーカップが2つ置かれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます、コーヒーは熱いうちに飲むに限るぜ。ほら、冷めないうちに手ぇつけろ」
「…………ああ」
一口、舌に染み込ませる。黒く、熱く、悪魔で地獄って感じだ。
タレーランの馬鹿野郎。天使も恋もねえぞこんなの。
「一ついい話を教えてやる」
「おう」
「経験則じゃねえ。妹からの受け売りなんだがな。何かがしたいから……例えばキスがしたいから、好き、ってのは矛盾だ。好きの前に理由として何かが来た時点でそれは偽物だ。好きだからキスしたくなる。だそうだ」
「すげえ含蓄があるな」
「殴るぞテメー」
「傷一つつかねえよ」
「嘘つけ、殴られるたびに傷つくだろ」
弾は俺の胸を指差した。
「さっきも言っただろ。人間がロボットになろうとしても無理だ。テメーの心がそれを赦さねえ。お前は、傷つかない無敵の主人公じゃない」
突き出した手をグーに握って、弾が身を乗り出し俺の胸を叩く。
「お前は、織斑一夏だ」
――――――――そうだな。
「……さっきの言葉、訂正しろ」
「あん?」
「お前は五反田弾だ。それはそうだ。だけどな、お前は、五反田弾で、俺の親友だ」
「気味悪ィこと言うなよホモか? ホモだな?」
「ガバガバ認定すんのやめろ」
コーヒーをすする。
やっぱり、黒くて熱くて悪魔で地獄だ。
でもやっぱりまあ、コーヒーは熱いうちに飲むに限る。
pipipipi!
緊急コール。毎度恒例だな。俺はさっとコーヒーを飲み下した。
「次はちゃんと味わいに来ます」
「うん、待ってるよ」
初対面なのにこのおじさんメチャクチャ印象いいな。好印象の秘訣があったら教えてほしい。
赤いマフラーを巻き、ダッフルコートを着込む。
「勘定は」
「次は奢れ」
「了解」
扉を開き、外に出て、後ろ手に閉める。
「――『輝夜姫(ライジング・ガール)』」
『起動』
光が交錯し、俺の身にまとうものを分解して格納。
瞬時に鎧が形成され、戦闘態勢に入る。
ホバリングし、高度を上げてから一気に加速。街並みが流れていく。
守りたいから――俺の原初、俺の起源。守りたいから守る。幼馴染も、クラスメイトも、学園にいる人も、この町に住む人々全ても。
そこに嘘偽りはない。だからこそ、気づく。
一人だけちげーじゃん。
あいつだけ、俺、『守りたい』の前があんじゃん。
好きという気持ちを理論立てて説明するのは難しいなあ。童貞には荷が重いや。やっぱフィーリングが一番だよ。
でもきっとこれからは、それだけじゃダメなんだ。
俺は、俺だから。俺が俺の気持ちを大切にしなけりゃ、その気持ちがあまりにも報われねえ。
織斑一夏は舞台装置じゃない。そのことは知っていた。
織斑一夏は人間だ。そのことを、今やっと、実感を伴って落とし込めた。
じゃ、やりたいようにやるだけだろ。
背部ウィングスラスター最大開放。現行IS最速の座は伊達じゃない。
『――――聞こえるか!』
「姉さんサボリの説教はちょっと後にしてくれるとありがたいというかですね、はい」
学園が近づくにつれ、とりあえず現状把握だけしとくかと思って通信を受けたら姉さんだった。あかん、殺される。
「どうせ亡国機業だろ? さくっとぶっ飛ばすからその後で」
『ああ、それはそうなんだが――今回の奴ら、本気だ』
「おん?」
『代表候補生が全滅した』
そマ?
眼下の陸地が途切れ、蒼海に切り替わる。人工島まであとわずか。
視線を上げる。変わらぬIS学園と、コバエみたいに飛び回る黒点。無人機か。
加速を緩めることないまま『白世』を召喚。
「らアアァアアアアアアアアアアアッ!」
超スピードで突撃、連中が気づく前に、その群れの中を大剣を振り回しながら突っ切る。背後で爆発音が連鎖する。一体一体は大したことねえな。
『マドカと楯無がなんとか持ちこたえているが、それもいつまでか……! 教師陣は生徒を守るので手一杯だ!』
「姉さんは何やってんだよ!」
片手にハンドガンを持ち、とにかく片っ端から撃ち落とす。
『私は――地下だ! 地下の中枢機関の防衛で手が離せない! 地上の本体を、やれるか!?』
「ああクソッ、了解した!」
上空で雑魚無人機どもを掃討しているうちに、見つけた、見つけてしまった。
猛進してきたゴーレムを一刀に切って捨て、そして急降下。
「スコォオオオオオオオオオオオオオオオオオオル!!」
上段に『白世』を振り上げ、一直線に学園の大地――グラウンドへと落下。
めがけるは金色のIS。向こうが気づいていないはずもなく、奴は一瞥もせずにサイドブーストをふかして跳ねるように回避した。
俺の一閃がグラウンドを裂く。砂埃が舞う中――俺は大剣を、スコール・ミューゼルは翼の切っ先を突きつけ合った。
もとより当てるための攻撃じゃない、こいつを引き下がらせるための攻撃だ。
だって――俺の背後には、『打鉄改』を着装した相川が、ぺたんと座り込んでいた。
「いち、かくん」
「無事か、怪我は!」
「……ないよ、でも、セシリアちゃん達が!」
どうやら代表候補生がまとめて叩き落とされたって話はフカシじゃなさそうだ。
油断なく眼前の敵を見据えながら、じりじりと間合いを測る。
「ちょーっと本気を出しただけで総崩れ。様子見半分だったのに、肩透かしを食らった気分だわ」
肩をすくめて、スコールが嘲笑う。
ほざいたな、この野郎……!
「カトンボをぞろぞろと引き連れて、よくもいけしゃあしゃあと!」
「私たちが作り上げたゴーレムたちをカトンボよわばりとは、傲慢が過ぎるんじゃないかしら」
「こんな兵器を無数に引き連れていきなりやって来れば、誰だって怯える! そんなこと分からないはずがない!」
「人々を怯えさせるのが私の存在意義よ、お分かり?」
分かってるさ。それぐらい。
でも、お前は、本気でやる気なのか? 本当に、世界を滅ぼしたいのか?
視線に込めた疑問は、奴の攻撃に弾かれた。
翼が猛る。屈指のAIによって編まれた、未来予測じみた連撃。
この得物じゃ無理だ――素早く本命を抜き放ち、鞘であった刀身をPICの変換で打ち出す。一対の翼がそれを叩き落とすと同時、残りを俺が切り伏せる。
「甘いわね」
「甘いんだよ」
だがここで終わるはずがないのは、俺も向こうも同じ。
こいつ/俺なら攻撃を防ぐと確信しているが故の弐ノ太刀。神速の踏み込みから繰り出される、俺の純白とあちらの深紅。
果たして、いつの間に抜いたのかもわからない紅い太刀が、俺の肩から腰に掛けてをばっさり切り裂いた。
「――――――ッ!」
ように見えた。
咄嗟の判断でバックブースト、散布したナノマシンが俺を鏡像化し、その分身が両断された。
どう激突したのかも分からない。ただ言えるのは、こちらから仕掛けた場合に、スコールのカウンターは狙い過たず俺を捉えるということ。
そのまま後ろに引き下がり、相川の隣に並ぶ。
「お遊びは今日でおしまい。まあそろそろ引き上げようかしら、大体のデータは取れたわけだし……まさか今のを見て、まだ続けるなんて言わないわよね。どこかの誰かさん」
「…………」
「取るに足らないわね。有象無象、名前を覚える価値もない、名乗りを挙げさせる暇も惜しい」
「俺は」
真正面からいけば、正直勝率が低すぎて笑える。
それでも。
「やるつもり? なら前言撤回。あなた、誰?」
「俺は」
相川に、視線を向ける。
このタイミングで見られるとは思わなかったのか、彼女はきょとんとしていた。オイオイ、お前が好きな男に見られてんのにそのリアクションはないだろ。
まあ、いいんだ。
関係ない、俺自身の意思で、今、戦いたい。
心の底からそう思えた。
義務でも責務でもなく、俺はそうしたいと思った。
だってさあ。
だってさあ、俺、確かに童貞だけど、それでも一人の恋する男なんだぜ。
好きな女の子にカッコイイとこ見せてえよ。
バカ騒ぎを起こす面白いやつだって思われたいし、コーヒー飲みながら浮かべる沈んだ表情にギャップ感じてほしいし、君のために叫ぶ愛に胸をキュンキュンさせてほしい。
これだけでも欲張りでわがままなのに、俺はあと一つ、一つだけは、絶対に捨てられない。
君に俺を、『織斑一夏』を見てほしい。俺を好きになってほしい。俺は君に愛されたい。
嘘つきでよわっちくて見栄っ張りでクソガキで負けず嫌いですぐ泣く俺だけど――そんな俺を君に愛してほしい。
世界を救ってからだなんて言い訳はズタズタに破いて捨てちまおう。
俺がなすべきは、ただ直進することだけ。
だから、こそ。
「俺は」
その全部を君にぶつけたいからこそ。
「俺はッ」
今この瞬間だけは、最高に最強に、カッコよく演らせてもらう。
「俺はッッッ!! IS学園一年一組、クラス代表兼、相川清香の彼氏候補全一名中堂々のオンリーワン――」
構えた刀を、震えるほどに握りこむ。
「――――織斑一夏、それがッ、俺の名前だァァァァッッ!!」
絶対不動の構え。
隣で相川がぼーっとして、少ししてから顔が真っ赤になり、湯気が立ち始めた。
「えっ、ちょ、え……え?」
「この女を血祭りにあげたら結婚するぞ」
「はいぃ!?!?」
突如として混乱に陥る出席番号一番。ほら、俺の名前とつながりあるくない? これもう運命じゃない?
スコールは俺の叫びに、余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべている。
「そう、それが正しい答えよ、一夏」
「スコール・ミューゼル! テメーが何者かなんて正直すげえ興味はあるけど、今この瞬間だけはどうでもいい! 今は、相川清香以外の存在全て平等に興味ゼロオブザゼロだ!! さっさとくたばって世界平和の礎になりやがれ!」
『雪片弐型』を突きつけ、叫ぶ。
「その意気込みや良し。けど勝てるかしら?」
うんまあ微妙。ISなしの剣道勝負なら百回やって百回負けると思う。
「い、一夏君、結婚するなら無事でいてほしいなあって……」
「安心しろ」
ウィングスラスターが鳴動する。
「またナノマシン? いい加減ワンパターンよ飽きたわ」
「芸がなくて悪かったな」
そう言いながら、スコールを取り囲むように俺の分身が発生。
ランダム機動を行い俺との見分けをつかなくさせて――俺だけ吶喊。
舌打ちと共に、動いていない分身たちをスコールが薙ぎ払う。突撃している俺がダミーで、カウンターを仕掛けた隙に攻撃されるのを防ぐためだろう。
まずこれで、翼の大半は逸れた。
問題はこいつの剣術だ。
紅い太刀が振るわれる。一見すればなんてことない、突撃に馬鹿正直に合わせた袈裟斬りだ。
だが俺は知っている。その肩・肘・手首が連動して行われる加速、こちらの剣筋を鈍らせる威圧。嫌というほど知っている。幼少期に叩きのめされまくった記憶は伊達じゃない。
手に握る白い太刀。俺の精神の象徴を言ってもいい相棒――が、かき消える。
スコールが瞠目した。
同時に瞬時加速を逆向きにかけ、猛スピードで突っ込んでいた身体を静止させる。凄まじいGに、喉奥からせり上がった血の塊が唇から漏れる。
「――しゃらくさい!」
スコールは振りぬきかけた腕を急停止。恐らくPICを使って無理矢理止めたのだろう。そして、流れるように太刀筋が線から点へと移行する。牙突じゃんそれチートやめろよ。
俺の喉元めがけて繰り出された必勝の突き――を、首を振り、体そのものを斜めに滑らせて回避。ぞるっ! と俺の体が地面とほぼ水平になる。
「ッッッ」
コンマ数秒と置かずに、突きが振り下ろしに変換される。三段構えってか。
でもここまで来たら、相手の裏をかくカウンターじゃあないよな。
深紅の刃が俺を真っ二つにする寸前、俺の両足がスコールの腕を絡めとり、体そのものを押さえつける。くるりと回転し、空中で腕挫十字固の格好。
「ハ――――――」
「―――――らァッ!!」
ぐぎり、と、人体破壊につきものの音が聞こえた。
腕が折れたぐらいでスコールは諦めない、ので、空中腕挫十字固から上体を起こすと同時に召喚した『白世』で顔面をぶち抜いた。
もうその後はヤりもヤったりだ。いやくっ殺みたいなことはしてない。自立稼働する翼をひたすら叩き切っている内に、AIの自動判断だろう、ぐったりしたままスコールは離脱していった。それからゴーレムを全て撃ち落としたころ、地下の敵を掃討した姉さんと合流。適当に石破ラブラブ天驚拳みたいなことしてフィニッシュした。正直スコール相手に集中力使い果たしててよく覚えてない。マジで目標をセンターに入れてスイッチを繰り返してた。
そして、だ。
俺は今――完全に針の筵に立たされていた。
「おいお前正気か……? 何全校放送で俺の愛の告白流してくれちゃってんの」
『あらあら、もうこれで後には引けなくなったでしょう? 我ながらいい仕事をしたわ』
授業中とかマジでもう無理が無理過ぎて、適当な言い訳をして屋上でサボってしまっている。くせになってんだ、ことあるごとに空を眺めるの。
前回真正面からブチのめしたラスボス様は、あろうことかあの場の会話を学園の放送ラインに割り込ませて校内放送していやがった。
おかげで代表候補生組からの視線がやばい。『お前こんだけひっぱといて最終的に一般人に着地するんかーい!!』という感じ。問題は相川だけど、まあ意外にも普通。特にいじめられたりしてない。ナギちゃんとかいわく、なんかもうお熱い感じにも程があるのでからかうぐらいがちょうどいいとのこと。無意識のうちに地雷をケアするあたりさすが俺だ。
「あ」
「あ」
不意に扉が開いて、相川がやって来た。
「……よっ」
「ふふっ、よっ」
互いにズパッと片手を挙げて挨拶。
なんだ? 夫婦か?
「あーあ、もう人生メチャクチャだよ」
「惚れる相手ミスってんだよ」
「かもなあ、どうにかできないかなあ」
「あちょっナシで今の」
俺の隣で柵にもたれかかりながら、相川が冗談だよと笑う。
今なんかヒエラルキーが確定する音が聞こえた。
「いい天気だね」
「……ああ」
澄み渡った青空。空気は乾燥していて、息を吸うだけで体の内側が痛む。というか胸が今やばい。ドックンドックンいってる。
俺は隣に視線を一瞬だけやって、相川がほけーっと空を見上げているのを確認してから。
「そのさ、いいか。彼女になってもらっても」
「いいよー」
即答された。
瞠目して、彼女の顔を見る。数拍おいて、彼女もこちらを向き、柔らかくはにかんだ。
「一夏君と一緒にいられるなら、なんでもいいよ?」
そそうか。何か言うとボロが出てテンパってしまいそうで、何も言えない。
けれど、安堵と喜びが、じんわりと胸のうちで滲みだす。
「あーでも、他の子たちとはちゃんとケジメつけてね」
「ウッス。分かってるッス」
それ言われるとマジで何も言えない。
しばらく俺と相川は、二人並んで空を見上げていた。
「この空も、空の下で暮らす人々も、一夏君が守ったんだよね」
それは、この間の人工衛星のことだろうか。
「もうあんな真似したらダメだよ」
「いや、する」
断言。瞬時に答えられる理由は、他ならぬ相川自身。
「不特定多数のためじゃなくて、次は、お前のために、俺は流星になる」
「……一夏君、時々謎のキザ台詞ぶっぱするよね。恥ずかしくないの?」
「そう返されたときが一番ハズいわボケ!! 流してくれや!!」
「言わなきゃいいのに……」
本当にその通りだと思いました、まる。
無限の空は、続く。
空、ソラ、宙。
どこまでも際限なく広がる青空に、俺は未来を浮かべた。
世界だって同じだ。俺にとってのIFは、向こうからすれば俺こそがIF。
ならば『俺』の物語は、ここで一度幕を閉じるとしよう。
何せここから始まるのはアフターストーリー、単なるファンディスクに過ぎない。
きっとまだ戦っている人(オレ)がいる。
きっとまだ絶望しかけている人(オレ)がいる。
ならば、俺が主役の物語は仕舞いだ。
どこかの青空を、漆黒のISが切り裂いた気がした。