学校全土で実施されるクリスマスパーティー。
その準備に向けて、生徒会室はてんやわんやの大騒ぎだった。
「だから! モミの木を動かすためにIS使用させろって言ってんだよ!」
「アホなんじゃないのか君!」
呼びつけたIS整備担当の教師は青筋を立てて怒鳴り返してきた。
いやまあ……反発する気持ちもわかるけど、別にいいだろこんぐらい。
「いちいち専用機持ち招集できるわけじゃねえんだよこっちも! いいじゃん! いいじゃん! スゲーじゃん!」
「すごいのは君の訳の分からん思考回路だ!」
唾を飛ばしあうが、議論は平行線だ。俺としてもこんなところで時間を無駄にしたくはない。
「……じゃあ、これでどうだ。明日に、全ISのモデルチェンジがあるだろ。明後日にその試験運用を前倒しにする。その運用科目の中で運搬させる。これでいいか?」
「ふむ……まあ、一応は、構わんが……他の試験もきちんと行いたまえよ」
最初っからそう素直に許可出しときゃいいんだよ。無駄に時間使わせやがって。
「さすがにきちんとやるさ、その一環として作業を追加するってだけだ」
「物資運搬のテストという形で追加の計画書を提出するように、今日中だぞ」
「実はもうできてる」
「……最初から落としどころをここにすると決めたうえで私を呼びつけたんだな? 会長が変わって少しは楽になるかと思ったら、こちらも食わせ者か」
苦虫を噛み潰したような表情で、先生は俺の手から計画書をもぎ取った。
「ま、よろしく頼みますわ」
「やれやれ。形式上は問題ない、というのは君と楯無のどちらもがこだわるところだな。そのせいでこちらとしても不承不承頷かざるを得ない……まったく分かったよ、ここの生徒会長は厄介者ばかりだ。こちらでスケジュールの調整をしておこう」
鬼ババアと素晴らしい二つ名を持っている三船先生は、なんとか納得し、呆れたような笑みを浮かべながら帰って行った。
『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』の性能を底上げする。
基礎フレームの見直しに始まり、新規兵装の追加、――『展開装甲』の一部導入。
この試みは、日本本国から大きなバッシングをもって受け入れられた。実際に、この試みが予定通りに終われば、IS学園が保有する戦力は、日本の自衛隊と米軍基地に所属しているIS部隊を上回る計算になる。そりゃ嫌がるだろうな。
んで今は、査察を拒否して、本国がお怒り状態。だが他国からは特に介入はない。EU組はドイツを筆頭に親学園派が多いし、アメリカもロシアもそれぞれ国家代表が協力なパイプとなっている。中国はよく分からんが、少なくとも学園を敵対視はしていないようだ。
まあこちらには『ISを使う武装集団からの襲撃に対する防衛のため』っていう名目があるわけだしな。
大体査察だって、こちらにまったくの無許可で強行しようとしてたじゃねえかと言えば向こうも黙るわけだが。
この情報はEUやアメリカに流している。どう考えてもIS学園を私物化しているわけで、ぜひ外交カードとして役立てていただきたいところ。
「かいちょ~、パーティーの司会進行用原稿が終んないよ~」
「うるせえぞ布仏、少しは自力でやれ」
鼻を鳴らし俺が会長席に座りデスクに足を投げ出すと、布仏が泣きついてくる。
……こいつもハニトラ疑惑があるわけだが微妙なところだ。更識家のような暗部とかかわりのある一家だそうで、逆に言えばその所縁でハニトラに抜擢された可能性もある。何はともあれあまり積極的に関わりたくはない。
多くの主人公を敵に回した気がするが、考えすぎだろう。……なんでモブキャラなのにこんだけ人気なんだろうな。
まあ多少はいたわってやろう。
「布仏ァ!」
俺は大声で怒鳴りながら立ち上がり、壁際の机に置かれたポットを手に取った。
「コーヒーでも飲んで少し休めァ!」
「角砂糖三つ、ミルクはたっぷりでー!」
「アッハイ」
ゲロ甘だな……俺も結構好きだけどさ。MAXコーヒーとか。
「会長大好き~」
「おっ、そうだな」
はいハニトラ決定。
コーヒーカップ片手にほっこりとした表情。袖が余ってるのでいつカップを取り落すかと見ている方がハラハラする。
「ただいま戻りました。食品の発注は滞りなく。……本音、あまり会長を困らせないで」
布仏姉が帰ってきた。虚(うつほ)、だったっけか。難しい名前だな。
みんなが食べるもんは問題なく注文できたようだ。ターキーとか俺も食べたい。ケーキとか俺もつくりたい。
「いっそウェディングケーキを注文してみたらどうかしら」
『婚約発表』と書かれた扇子を広げて、奥に置いてある応接用のフカフカな椅子から楯無が立ち上がった。
まだ復職したわけでなく――俺としてはそのうち副会長あたりに就かせたいところだが――こいつは名誉会長を名乗って生徒会室と病室を往復する日々となっている。
あの、そろそろ授業出たらどうですか。こいつのことだから留年して国家代表やめさせられても、俺のとこに転がり込めば大丈夫とか考えてんだろうなあ……まあ拾うけどさ。
「誰と誰の結婚だよ。あ、俺と姉さんか?」
「へぇ~~~~~~」
アッごめんなさい楯無さん! その目で見るのやめて!
ことあるごとに簪をゴリ押ししてくるその姿は結婚詐欺師のそれに近い。お前パワータイプじゃないだろ、むしろテクニック派だったろ……
「会長、そろそろ」
「ん」
虚さんに促されて、俺は組んでいた足を解き立ち上がった。各部活へ下りる予算を決定する最終会議があるのである。
ここからは俺のステージだ!
と意気込んで生徒会室を出て二秒後。
俺の視界の隅から矢が飛んでくる。俺が裏拳気味に打ち払う前に矢が楯無に掴み取られる。
あ、これヤバいな。
「……また……一夏君を……死……せない」
楯無が『切り替わる』。そりゃ分かってるさ、最近のこいつは、無理してかつての自分を演じていただけだって。
でも、こいつのこんな姿を。
前髪越しに眼光を赤く光らせ、全身から殺意を迸らせながら学園の生徒を見据えるような姿を。
俺は見たくない。
「楯無」
俺はしっかりと肩を抱いた。アイコンタクトで、虚さんに生徒を逃がすよう指示。
まあこちらが何かする前に、真正面から更識楯無の殺気を浴びた弓道部の少女は、泡を食って逃げ去った。
……俺が何を言おうと、やっぱり会長の座を狙うやつってのはいるもんだ。
正しい姿だろうし、誰にも責められないんだろうけど。
それでも俺からすれば、そういう行為をする連中は全員邪魔だ。きちんと応えてやるのが生徒会長の義務だとしても、それは『俺』の義務ではない。
「俺は大丈夫、大丈夫だ」
「……ぁ」
床に膝を着いた楯無は、掴みどころのない自称名誉会長でもなく、赤い衝動を身に滾らせたキリングマシーンでもなく、ただ一人のか弱い少女だった。
「頼みます」
「……会議は一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。俺が信用できないっていうなら、俺の手元にあるあなたが作った書類を信じてください」
「分かりました」
女の子二人に背を向けて歩き出す。
廊下を一歩進むたびに自分で拳を握りしめる力が強くなる。
あいつをああしたのは誰だ/俺だ。
あいつを傷つけたのは誰だ/俺だ。
あいつの傍にいなきゃならないのは誰だ/俺だ。
でも俺は進むしかない。
あいつだけでない、俺の信じるみんなを守るために。
(でも、お前が守ろうとしてるのは、お前を狙う人間かもしれないぞ?)
――うるせぇ。知るかよ。俺には俺以外の人間が何を考えてるのかなんてわかんねえよ。だから、俺のよく知る俺を信じるしかねえだろ。
(そのあとどうする? お前の言う『みんな』を守って、そのあとお前はその『みんな』とやらから背を刺されるかもしれないぞ?)
――別に刺されたぐらいじゃ死なない体なんでね。もうそのあたりは割り切っちまえよ。
(割り切れないから、こうして自問自答してるんだろう?)
――…………
会議室の空気はひんやりとしていて、それでも俺の頭は、どこかが白熱したままだった。
「あァ~~~~~~」
自販機から出てきた缶コーヒーを一気に流し込み、空き缶を屑籠に投げ入れる。
癖になってんだ、屋上で一人黄昏るの。
夕焼けのことを『世界の終りのよう』だなんて言うことがあるが、オレンジ色が好きな俺としてはネガティブなイメージはない。むしろ光を浴びて理想や夢が膨らむばかりまである。
……まあ、世界の終りっていうのは、壮絶な美しさを言う表現なんだろうけどよ。
陽光に手をかざす。この光を簪が再び感じるのは、いったいいつになるのだろうか。
義肢技術は、かつてに比べれば発達している。けれどまだまだだ。
忘れてはならないのは、俺たちの世界においてISというのは異質な存在であるということだ。空飛べるしビームも撃てる。でも俺たちの車は宙に浮かばないし、レーザーガンをもった科学特捜隊は存在しない。
ISだけが浮いていて、他の分野を無理矢理にけん引しているだけだ。
義肢技術への貢献? ほとんどねぇよそんなもん。
せいぜいISが簪を救えるとしたら――眼だ。
ボーデヴィッヒやハルフォーフ大尉のように、義眼にハイパーセンサーを移植する。そこが活路だ。
まだ俺は、簪に何もできていない。
俺の代わりにあいつを救ってくれたってのに、何も返せて――
「……ハッ」
どうした。なんだよ、今の訳分からん思考は。
いつから俺は相川の保護者になった。
余計な気を回しすぎなんだよ。なんでもかんでも相川越しに考えやがって――いやいや、別に相川を介して考えてるわけじゃあねえだろ。
ああクソッ、今考えりゃ、あいつが一番ハニトラっぽいじゃねーか。冷静に考えて入学式の時点で気付くべきだった。いきなりIS使って式典を荒らし、クラスメイト全員の前で詰問して恥かかせるような男と仲良くつるめるわけがねえだろ。
『――――死なないで』
……臨海学校のときのことを思い出した。
そっか。俺に死なれたら、困るもんな。仕事を果たせないもんな。
ぎちり。俺が握りしめた鉄柵が潰れた。
pipipi…
「……で、なにこれ」
クリスマスを明日に控え、ほとんどの準備も終わり――というか事前の指示をすれば、後は生徒会直属の下部組織である運営委員会が取り仕切ってくれるので、今頃は一般生徒も駆り出されて飾り付けなりをしているだろう――暇になった俺たち生徒会メンバー。
布仏や虚さんは生徒会室でスケジューリングの最終確認、楯無はいつも通り病室でシスターコミュニケーションのお時間としゃれ込んでいるらしい。
そして俺は、『白雪姫』の専任整備士である下僕のラボを訪れていた。
黒板ほどもある大きなウィンドウに表示されているのは、3Dモデリングされた銃器だ。どっかで見たことある気がする、というか俺が使った『レールガン・禍』や『レールガン・威』に似てる。
「レールガンシリーズ最後の作品、『レールガン・呪(かしり)』よ」
スタンダードな『禍(まがつ)』。
威力重視の『威(おどし)』。
速度重視の『呪(かしり)』。
この三つが倉持の商品となるようだ。
まあ相川が編み出した『神風』とか、俺が使う『穿』とかもレールガンの名を冠しているわけだが。
「前なんか言ってたな……んで、俺はこいつのテストすればいいわけ? いつすんの?」
研究室の隅にあるポットからお湯をカップに注ぐ。置いてあったインスタントコーヒーの袋は購買のワゴンで安売りされてたのを見たことがある。生徒会室だと豆挽いてんだぞ、見習えよ。
「んーん、これはもういいや。テストする暇もないし、データ自体はちゃんと取れてるし」
「前、データ取れてた兵器の砲身が融解したことがあったよなァ」
呆れた。数字だけで満足する節あるよな、お前。
「じゃあなんで俺は呼び出されたんだよ」
「久々に構ってほしいなーなんて」
「帰るわ」
俺は湯気を立てるカップを置いた。ブラックのままでも何の苦味も感じない。
確かにやることはもうないと言ったが、一応最後の確認みたいな作業は残ってんだよ。各部署を回って最終報告書を出させたりとかさあ。
「ちょっとタンマ! 冗談! ほ、ほら、ゲームキューブあるよ? スターフォックスアサルトやろうよ」
「……ったく」
「あ、これで居座るんだ」
当たり前だ。
テレビの画面をつける。大画面でやるゲームは一味違うな。
アサルトは神ゲーだからな。グラフィックとかBGMとかストーリーの密度とか。もっとミッションが多かったら本当に最高だった。
バトルモードを選択。俺は基本フォックスだ。アーウィンの扱いは一流なんだぜ。
俺の横に座り、バイオレットのコントローラーでウルフを操る下僕はランドマスターで俺のアーウィンを撃ち落そうとしてくる。バカめ、ウルフは唯一ランドマスターの扱いが平均値を割ってるんだよ。
上空からレーザーでハチの巣にしてやっているときに、不意に下僕が口を開いた。
「……依頼されてた、調査の件なんだけど」
……画面の中で、狐と狼が動かなくなった。
「日本の中に、そういう、『ハニートラップ』専門の養成施設、みたいなのがあるのは確認できた」
「…………」
「名簿の中に、君の知ってる名前もあったよ」
「鷹月静寐」
「四十院神楽」
「谷本癒子」
「鏡ナギ」
「夜竹さゆか」
「岸原理子」
……もう、いい。
……やめてくれ。
下僕はどんどん名前を吐き出していった。
そして、最後に。
「――相川清香」
やめてくれ!!!
……俺はゲームキューブのコントローラーを床に置いた。当たり前だ。そんな気分じゃない。
下僕が俺の通信端末に何かの座標を送ってきた。その施設とやらの位置なんだろう。だがここに行って確かめろと? それを、俺にしろと。……無理に決まってんだろ。
「……多分俺は、織斑としてまがいものだからさ、こういう時、カッコよくみんなを助けたりできないんだよ」
その時、なぜそんなことを下僕に言ったのか、自分でも分からなかった。
ただ下僕の肩がビクリと跳ね上がったのだけは、視界に入っていた。
「姉さんと俺は、母親が違う。俺は父さんの浮気相手との、不義の子……ってやつらしい。だから姉さんの『零落白夜』と俺の『零楼断夜』は、そういう意味で、真っ向からカチ当たったらこっちが負けるんじゃないかなって思う」
マドカちゃんの『零落極夜』にだって勝てないだろう。
俺を生んだ母親については、ほとんど知らない。写真もない。
姉さんを生んだ母親については、写真を見たことが一度だけ。すっげえ貧乳だった。姉さんとの相性はあんまり良くなかったのだろう――かつて姉さんが自分の母親の話になると表情を歪めていたことから、なんとなく分かる。あれは自分が捨てられたからとかじゃなくて、平時から仲が悪かったのだ。
しばしの、沈黙。
「……あー、そういえば、さ。『黒鍵システム』って、聞いたことある?」
「ん?」
黒鍵。ピアノのあれか。白鍵の間にあるやつ。
「白鍵と白鍵をつなぐから、黒鍵の名前を取られたんだって。『銀の福音』に内蔵されてたシステムなんだけどね」
重苦しくなった雰囲気を吹き払うために、あえて俺が興味を持ちそうなメカニックの話を出してくれたのだろう。こういうところで無駄に空気が読めるのはこいつの美点だと思う。
「で、白鍵っていうのはISコア。黒鍵はそのコアどうしをつなげるために、ISコアの機能の一部分を再現したものらしいんだ」
「再現……? ISコアもどきにISコアのサポートをさせるってことか?」
「その通り! これがあるから福音は3つのコアを同時に使うことができてたらしいんだよねえ。アメリカもこんなの作るなんてなかなかすごいよねえ」
「ほーん」
……福音のコアにそれが使われていたってことは、その、複数のコアを同時に操ることのできるシステムは、亡国機業の手元にあるんだよな。
結構危ないんじゃねえかなあ……まあ、ゴーレムどもが何機かかってこようと負ける気はしないけどな。
俺は再びコントローラーを手に取った。
クラスメイトは全員ハニトラ。出来の悪いラノベのタイトルみたいだ。絶対作者の頭は悪い。
もういい。もうたくさんだ。
奴さんを撃ち殺す、それから、難しいことを考えよう。
「あ、君がコントローラー置いてた間にウルフェンに乗り換えてるから」
「えっ」
壮絶なドッグファイトは普通に俺が撃ち落されて終わった。
クリスマスパーティー当日。
開始のスピーチも適当に終えて、俺は生徒会室の会長席に体を沈み込ませていた。
今頃は様々なオリエンテーションが行われているはずだ。学園中に隠されたプレゼントを探すものから、トナカイっぽく改造したISで生徒の乗るソリを引くアトラクションなどなど。
こういう娯楽で肩の力を抜くのは大事だからな。うんうん。
「…………」
デスクの上に置いた写真を見つめる。
文化祭の時に撮った、俺とマドカちゃんの写真。
いつか彼女と笑いあえる日は来るのだろうか。俺の妹キャラという設定で籠絡に来た彼女だが、おそらく姉さんとは何らかの因縁があるのだろう。外見が何より物語っている。ひょっとしたら姉さんの実妹だったりな。
まあ、姉さんの方の母親は家を出て行っちまってるから、真相は姉さんしか知らないし、俺も簡単には聞けないって分かってるんだけどさ。
「邪魔するぞ」
「ん?」
銀髪が翻る。眼帯を付けたドイツ代表候補生が入ってきた。意外な来客だった。
俺は来客用の椅子に座るよう促し、コーヒーを淹れる。
「砂糖は?」
「少しでいい」
ブラックのイメージだったが、そのあたりは俺の先入観だったようだ。
ボーデヴィッヒの向かいに腰を下ろす。ていうか何にも参加してねえのかよ。
「あまり興味がわかん」
「そう言われちまうと困るな。こちとらない頭を精一杯ひねって、ひねり出した珠玉のイベント集だってのに」
肩をすくめてコーヒーをすする。俺も淹れるのは下手ではないが、この深い苦味は豆の良さに起因しているのだろうって楯無が偉そうに言ってた。知るかよ。
「む、すまないな、お前の努力を否定したわけではない」
……丸くなったな、こいつ。
カップを口元へ運ぶ。俺に見える片目は、少し見開かれた。
「おいしい、な」
きっと以前は不必要なものとして切り捨ててきたのだろう。飲食の悦びは人間にとっちゃ大きな比率を占めてるってのに、今までの人生を無駄にしてきたのだろう。
まあすべてが無駄ってわけではない。ただ、手に入れられるはずのものを無視し続けてきた女なのだ、こいつは。
「どうしたんだよ、いきなり」
本題に入ろうぜ。
なんで今日、このタイミングでここに来た。
恐らく俺以外は現場で奔走してるだろう――つまり、ここに俺だけがいる時間に。
「みんながお前のことを心配していた。『どこか遠いところへ行ってしまいそうだ』と」
ふうん。『遠いところ』、ねえ。……間違ってはいないのかもな。
「俺だって生徒会長だ。今まで通りにはいかないさ」
「そうか。なら、仕方がないのかもな」
互いに無言でコーヒーをすする。静かな時間だ。
ボーデヴィッヒがカップを置いた。
「シャルロットたちを待たせている。そろそろ行かせてもらう」
「なんだ、結局参加するのかよ」
「お前のない頭で絞り出した余興を楽しませてもらうぞ」
ニヒルな笑みを浮かべて彼女は立ち上がった。綺麗な立ち振る舞いだった。俺はそれをただ見ている。彼女の背中を見ている。
背中を向けたまま、ボーデヴィッヒは口を開いた。
「……最近になって、私にも分かってきた」
「あん?」
「お前がクラスにいないと、物足りない。これは『寂しい』と言うらしい」
俺が目を見開く番だった。
わずかに彼女は振り返る。頬が赤く染まってる。
「あまり、心配をかけるな。適度にクラスにも戻ってこい」
「授業中はいるだろ」
「それ以外ではここに籠りきりだろうに。適度に構ってやれ、クラスの生徒や、まあ……私も、だな」
それだけ言うとボーデヴィッヒは出て行ってしまった。取り残されたのは呆けた表情の俺。
多分なかなかにひどい間抜け面を晒していることだろう。
……確かに、最近、みんなとあまり話せてないな。いや、避けているのだ。この俺が、ハニトラを怖がって。
「ハッ、馬鹿馬鹿しいな」
下僕が言うには、もうクラスのほとんどはハニートラップだ。
逆に地雷しかない。すごい。潔すぎるだろこの構成。
「今更何だってんだよ、ったく。ハニトラには引っかからない。でも彼女はつくる。それだけだろ」
コーヒーを一気に流し込む。缶コーヒーとは違う苦味が胸の内に広がるはずだったが、俺はただ水を飲み干したようにしか思えなかった。
人が肉と血の塊であることは、少し年を取れば分かることだ。魂がどこに宿るのか、なんて問いは哲学者にぶん投げるべし。
では肉も血も失いつつある俺は、はたして人と言えるのか。
「……侵食率、40%か」
味覚はもうほとんどない。嗅覚も危ない。
束さんの話では、ISを起動しなければ目が見えなくなるかもしれないということだ。簪のこと心配してる場合じゃねーんだな。
ここがきっと、帰還不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)だ。
俺が人間であるという概念を捧げて戦うか。束さんが何らかの対策を施してくれるのを待つか。
クリスマスパーティーでの大騒ぎを終え、学園は祭りの後の静けさを湛えていた。窓の向こう側では、役員たちは有志のボランティアを率いて片づけに奔走しているのだろう。
役員たちの片づけを適当に見て回りながら、そういえば俺もまったくエンジョイしてなかったなと思う。こういうところがみんなを心配させているのかもしれない。
でも、正直、今あのクラスに居ても頭がおかしくなりそうになるだけだ。相川もきちんと出席するようになったし、色んなイベントを経てある程度は元の状態に戻りつつあるのだろう。
……元の状態? 何がだよ、簪は病室で、楯無は病んで、それで何が元通りだ。何寝ぼけたこと言ってんだよ織斑一夏。
真正面から足音が聞こえた。
顔を上げる。
「難しい顔をしていますね」
「……ああ、三船先生か」
モミの木を運ばせようと直談判しているときは言葉遣いも互いに荒くなっていたが、普段はこういう風に礼儀正しい人だ。
俺はぼうっと外を眺めるのをやめて、見回りを再開した。
「無事終わりましたね。……生徒会など、生徒に任せすぎなのは、この学園の欠点だと私は思うのですが」
「まァそういう校風ですしねー」
三船はすまなさそうな表情で隣を歩く。
……まあなんだ、こういう表情が映えるから年上の美人さんは卑怯だよな。
だから美人は嫌いだ。何をしても許されるから、それでつけあがる。だから嫌いだ。つけあがらなくても、そういう人は大抵優しさを誰にだって振りまくような人間だから、嫌いだ。モテない男子が一番勘違いするパターン。
いや別に教師とどうこうしようとしてるわけじゃねえけどよ。
「気にしないでくださいよ。俺がいじめてるみたいな気分になってくる」
「実質的にはその気しかしませんけど、っと」
突然三船が歩みを止めた。
つられて俺もその場に足を縫い止める。
彼女の視線の先には、何か決意した表情で俺たちの進行を阻む少女がいた。リボンの色からして一年だ。
「ああ……今日でしたか」
「は、はぃ?」
「すみません、私は邪魔者のようですから」
スススッと三船が俺から離れる。
入れ替わりにあんま見覚えのないその子が近づいてきた。
「あ、あのッ、織斑君これ……!」
「えっ、あ、はい」
便箋を渡される。薄い水色。書いてる内容は、まあ封がハートのシールな時点でお察しだ。
三船のババア知ってたのかよ。
「よ、よろしくお願いしまう!」
「はあ」
派手に噛んだそのまま、少女は走り去ろうとして、しばらく駆けてからすっころんだ。三船が慌てて引き起こしてやる。
二人して顔を見合わせ、笑い合った。……ああなるほど、担任なのか。恋愛相談とか受けてんのな、意外だぜ。
お返事については、ごめんなさい。立場が立場だし。てかこの子ハニートラップじゃないだろうな……ラブレターもろくに楽しめねえ。ある意味ドキドキだけどよ。
「けどまあ」
立ち上がってスカートをはたく少女と、優しく見守る三船。
その表情はなかなかどうしてレアモノだった。普段からそれなら鬼ババアとも呼ばれずに済んでるのによ。
笑顔の似合う美人なのにもったいねえなあ、ったく……
そこまで考えて、小さく苦笑。なんてことない、男子高校生にありがちなちょっと邪な考え――――――――
目の前で三船と少女が千切れ飛んだ。
「……あ?」
な、んだ?
いきなり二人の立っていた地面が爆発した、それで二人は空中でバラバラになって、俺のほうに飛んできた。
指とか足とかがばらまかれた。血が降りかかって俺の制服に染みる。
なん、だ、これ。
三船がかけてたメガネのフレームが足下に落ちた。レンズは砕けていた。
なんだよ、これ。
恐る恐る辺りを見渡す。三船と少女だったものがぶちまけられている。原型の思い出せない肉片。
な、んだよ、
なんだよ、
何なんだよ、
「――――ッ!!」
見上げる。太陽がただ照っている。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
アラームが学園中に鳴り響く。
『緊急事態発生!! 緊急事態発生!! 生徒は所定の位置に避難ッ』
放送が爆音にかき消される。破壊音が空を割る。
何が……起きてるんだ。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
陽光が、消える。
偽装が、解除される。ぎしぎしと世界を軋ませながら、それが姿を現す。
大胆にも太陽光を遮り、おそらく疑似的な太陽の光を降らせていたのだろう。学園を覆い尽くすような影が現れる。
「……なんだ、これ」
空中母艦。
上空に浮かぶそれは、学園全土を覆い尽くすようなそれは、各部に備えた砲門を俺たちに向けていた。
「ッッ!! やめ――――」
一斉掃射。
ダンボールを抱えると、小柄な鈴とラウラは前がほとんど見えなくなる。
「一夏の奴、嫌がらせであたしたちにダンボール運べって言ったんじゃないでしょうね~~!」
「あいつならやりかねんな……」
えっちらおっちら、危なげな動きで廊下を進んでいく。パーティーの後片付けを頼まれ、意気込んで了承したはいいものの、女子に容赦なく荷物運びを命じるとは思わなかった。
「……ん?」
ふとラウラが足を止めた。窓の向こう側、突然陽光が消えた。雲がかかったというよりは、突然太陽が消えてしまったかのように。校舎の外がやけに騒がしい。
背筋を悪寒が走る――『シュヴァルツェア・ツァラトゥストラ』が警告している!
「鈴ッ!」
「分かってるわよ!」
『甲龍』から同じように警告を受けていた鈴が叫び返す。
次の瞬間、廊下の壁を砕き、漆黒のISが突入してきた。
「ッ!?」
「こいつは!」
壁を突き破って現れた黒いIS。
手にした巨大な突撃槍を、なんの前触れもなく突き出す。
鈴とラウラは咄嗟に荷物を投げ捨て転がって避けた。反射的に対応できたのは、彼女たちの代表候補生としての才覚の賜物だろう。
「な、なによコイツ!?」
「……今までの無人機と同系統なんだろう。まさか学園に攻め込んでくるとはな」
振動。悲鳴と破壊音がそこら中から聞こえた。
ラウラはIS――『ノルン』が飛び出してきた壁の向こう側を見た。
血だまりが、広がっている。生命の気配が感じられない骸が、その中に転がっている。学園の制服が赤く染まっている。
目の前のISの仕業と見て間違いない。容赦なく人間を突き殺してきたのだ。内心の警戒レベルを引き上げた。
「あまり手加減していい相手ではなさそうだな」
「誰がそんなことするのよ」
間髪入れず次のアタック。黒槍が鈴の喉元に殺到する――が、刹那の間に2人はISの着装を完了している。ラウラがAAICで槍を止め、踏み込んだ鈴が超至近距離で覇龍砲を叩きつけた。
左右それぞれ拡散型と貫通型に切り替えられるが、鈴は通常型を放った。
直撃したゴーレムは火花を散らしながら後退。床を削りながら停止したところへ、ラウラのワイヤーブレードが追撃にかかる。ゴーレムは背負ったバックパックから同様のワイヤーブレードを放って迎撃。
「なにあの触手みたいなの、気持ち悪いわねえ」
「……私にも装備されているんだが、なッ」
AAICによる重力の柱が、『ノルン』を叩き潰さんと左右から迫る。
身動きをとれなくさせてからの大型レールカノン+衝撃砲、仕留めきれなければトドメに『双天月牙』とプラズマ手刀で切り裂く。鈴とラウラは言葉を交わさずとも、同様の戦術を組み立てていた。
だが。
『……!』
スコールの自信作であるゴーレムⅢカスタム――『ノルン』は、その想定の上を行く!
バックパックに取り付けられた漆黒のウィングスラスターが火を噴く。機体出力に任せ、挟み潰す形の重力力場を無理矢理突破、前進し、驚異的な加速を乗せて槍を突き出す。
そこは青龍刀でもプラズマ手刀でもなく、突撃槍の距離だ。
(しまっ……!)
そこでやっと、『絶対防御』がカットされていることに気付く。
かつて『銀の福音』と刃を交えた時と同じ現象だ。
ワイヤーブレードも打ち払い衝撃砲も切り裂き。
槍の切っ先が、鈴の体を貫いた。
「ガハッッ」
壁に叩きつけられ、衝撃が内臓を破裂させ、箒の口から血を吐き出させた。
『……』
天井を突き破って突如落下してきた黒いISは、廊下を歩いていた女子生徒を踏み潰し、辺りの生徒を手当たり次第に斬って捨てた。
すぐさま『人魚姫(ストレンジ・ガール)』を起動させ応戦した、が。
歯が、立たない。
隻眼のISがじっと彼女を見ている。手に持った太刀には、血がべったりとついていた。
貫かれた脇腹を抑え、箒は眼前の敵をにらみつける。おそらくは、今まで戦ってきた無人機と同じ系統の機体だ。
かつて亡国機業の首領を名乗る女が漏らした名前。『セスルムニル』と『エインヘリヤル』、『ワルキューレ』。順に一夏らと戦ってきた無人機。
では。
推測するに、こいつは恐らく彼女が最後に言っていた、『ワルキューレ』のセミカスタムモデル――『ノルン』。
あまりにも、レベルが違いすぎる。
それよりなにより、箒を驚愕させる事象が一つあった。
「そ、の、太刀筋……! 貴様、どこでそれを――――ッ!?」
『シノノノリュウ・インノカタ・キョクノタチ――』
あまりにも完成された剣技。『銀の福音』が見せた、まがい物のコピーではない。
それは篠ノ之流の奥義。
箒が焦がれ、追いかけ続けた理想の姿。
「なぜ貴様が、母様と同じ動きをできているッ!?」
『ゼツ:アメノハバキリ』
斬撃が、空間を切り裂いた。
蒼い『コバルト・ティアーズ』が爆散する。
戦域を制圧しているのは、同様に飛び回る漆黒のビット。
「『サイレント・ゼフィルス』のフィードバックまで……!?」
動きに見覚えがあった。自分の挙動もあれば、かつて戦った同系統の新型機のものもある。
中庭で生徒の避難を手伝っていたセシリアの目の前で、いくつものビットから放たれたレーザーが生徒たちを蒸発させた。自分はとっさにISを展開させて無事だったが――自分が誘導していた生徒たちは一人もいない。見当たらない。消えてしまった。
たった一人で、辺りの量産型の無人機たち、加えて上から降ってきたカスタム型の『ノルン』を相手取らなければならない。もう気が滅入ってしまいそうな状態だった。
「ぐぅっ」
また一つ、蒼穹が散る。
『ノルン』の装備するビットは、シールドビットにソードビットなど『サイレント・ゼフィルス』の特色を反映したものだった。
セシリアがスターライトmkⅤまで使用して戦況の均衡を保たせているというのに、『ノルン』は両手に持ったビームガンをだらりとぶらさげたままだ。余裕の表れか――セシリアの焦りが加速する。
『…………』
ここで黒いISが動いた。ビットのバインダーでもあるウィングスラスターに火を入れる。両手のビームガンを乱射しながら接近。
無人機を一般生徒から引き離すためにBTの操作を割いていたセシリアは対応できない。
両肘からビームトンファーを展開し、『ノルン』の致死の刃が迫る。
(しまッ――)
「セシリア退がってぇぇぇぇl!」
上空から声と弾丸が降ってきた。
「きゃぁっ!?」
緊急回避行動、ランダムにバレルロールしながら縦断の雨から逃れる。『ノルン』も人間なら失神しかねない勢いで急制動、バックブーストして避けた。対応できなかった周囲の無人機が蜂の巣になっていく。
IS反応。フランスのデュノア社製、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』、その身にまとうは『クアッド・ファランクス』の部分展開したもの。
左腕に装備した二門のガトリングガンが硝煙を上げている。
「待たせたね!」
ビットがシャルロットに狙いを定める。放たれたレーザーを回避し、シャルロットは右手に出現させたロングソード『ゲット・ライド』で切り込んでいった。
「援護を!」
「ッ、お任せください!」
動きに精彩を取り戻した『コバルト・ティアーズ』が相手のビットを撃ち落していく。
「セイヤアアアアッ!!」
『……!』
ロングソードとビームトンファーが、互いを食い破ろうと火花を散らしてぶつかり合った。
学園所属の量産型IS『打鉄』を身に纏い、一年三組の担任はブレードを振るっていた。
かつてイタリアで代表候補生を務めていた彼女の一撃は容易く無人機の首を落とす。とどめにシールドビットの隙間へショットガンを滑らせ至近距離で撃ち込み、完全に沈黙させる。
「数が多すぎるわよ……!」
一機の戦闘力は大したことはないが、あまりにも膨大な数が彼女を焦らせていた。
生徒たちの避難もまったく進んでいない。事実、力なく血だまりに沈んでいる生徒の姿があちこちにあった。
「いい加減に――しなさいッ!」
雄叫びと共に斬撃を放ち無人機をスクラップにする。
あまりにも唐突な襲撃は指揮系統の混乱をもたらし、教師がISの下にたどり着けない内に襲われ斬殺されることもあった。
空を塞ぐ巨大な空中戦艦を見る。あれから無差別に放たれる砲撃も厄介だ。生徒に直撃せずとも、周囲に着弾するだけで生徒たちの体は弾け飛んでしまう。
「せ、せんせッ……」
「ああもう、あんたらはこっちに避難するっス!」
たまたま居合わせたフォルテ・サファイアが一般生徒の避難をさせ、教師は周囲の敵勢力を掃討する。
ベルギー代表候補性の専用機『コールド・ブラッド』の特色は冷凍能力であり、その戦闘力は極めて高いが、この場で発動してしまえば生徒を巻き添えにする可能性がある。
「3時方向!」
「あいよっ!」
指示に従い氷の槍を撃ち出す。角を曲がってこちらに迫ろうとしたゴーレムたちはビットごと槍に貫かれ、壁に縫い付けられた。
だがそのうちの一機。他とは形状を異にする期待が、ウィングスラスターから炎を噴き出し猛然と突っ込んでくる。
「ンなぁっ……!?」
両腕に備えられた、亀の甲羅のようなシールド。それが氷の槍を阻んでいた。
ただの瞬時加速ではない、織斑一夏が得意とする多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)を無人機が活用してきていた。
フォルテの判断は一瞬で終わった。回避だ。『絶対防御』のない状態では、まともにぶつかればまず間違いなく即死する。体が千切れ飛ぶだろう。
――だが。
背後には、生徒がいた。
臨時の相方は外の掃討でこちらには来れない。ISの加速に生徒が反応できるはずもない。
(あ、はは。任せたっスよ、織斑一夏クン)
――だから。
正しい判断と、誤った行為が同時に行われた。
前面に氷の障壁を多重に張る。自身も物理シールドを展開し、腰を落として構えた。
結果からいえばフォルテ・サファイアの死は無駄死にであり、障壁を貫き彼女の体をぐしゃぐしゃにひき潰した『ノルン』は、その勢いのまま、フォルテの後ろにいた生徒たちにぶつかった。
悲鳴の上がる間すらない。
「……ぇ?」
アサルトライフルのトリガーを引く指を止め、教師は背後を見やった。
困惑した。生徒たちがいた辺りが血の絨毯に埋め尽くされ、何か小さな肉塊が散らばっている。
そのただ中に悠然と立つ、両腕にシールドを持った無人機。体は真紅に染められていた。
『…………』
「ぇ、ぁ」
距離が殺されるのに刹那もかからない。
間近に迫った『ノルン』がシールドを振り上げるのが教師の瞳いっぱいに写る。
その一撃は教師の頭蓋骨を砕き、背骨を粉々にし、軟体動物のようになったその体を地面に叩きつけた。
無人機が、破裂する。
赤い眼光をひらりひらりと回避し『ミステリアス・レイディ』が舞う。
間髪入れず次の爆破。シールドビットも水蒸気の形で迫る『クリア・パッション』を防げない。黒い装甲の隙間に滑り込んだ水蒸気が爆破され内側から無人機を破砕する。
アリーナエリアから校舎、特に病棟方面へと向かう屋内通路。天井や壁に焦げ跡と血痕を残しながらゴーレムは侵攻し、学園側のISは応戦している。
「この辺りは……オッケーかしら」
楯無は油断なく周囲を警戒しながら、楯無は簪のいる病室を目指ていた。
襲撃してきた組織の目的は不明であるものの、あちこちで無差別な破壊と惨殺が起きている。
踏み潰されて路上に赤をぶちまけていた少女。
首を落とされて力なく横たわっていた教師。
――それがもし、簪や一夏だったら。
「ッ……」
きつく奥歯を噛みしめる。ISを展開したことで一本抜けている。
楯無は眼を血走らせながら辺りを見回した。とにかく目につく敵はすべて破砕して回る。そして突破して二人を保護する。最悪の場合は脱出用シャトルを使って学園から逃げ出すことも――
「……?」
何か、いた。
辺りに残骸を散らせている無人機とは違う異質な存在感。背負ったウェポンコンテナに対し『ミステリアス・レイディ』が警鐘を鳴らす。
(大量の重火器――爆破した場合周囲に甚大な被害? 厄介ね……)
大型ランスを構えなおして相対する。敵は両手に単発式のロケットランチャーを呼び出した。それだけでない。各部のアタッチメントに取り付けられた砲門が照準を定める。
かつての楯無なら余裕を崩さず、笑みすら浮かべていただろう。だがここにいるのは悪鬼であり、殺戮人形(キリングマシーン)だ。
床を軋ませるような轟音と共に砲弾が放たれる。狭い廊下に逃げ場はない。
それでも。
「――――ッ!!」
更識楯無に後退の二文字はない。迷うことなくブーストし、その砲弾の雨の中へ身を躍らせた。
空を覆う黒い影。
地は、地獄の一幕さながらの光景。悪夢のような現実が、俺の足元にぶちまけられている。
「……『白雪姫』」
ISを展開させる。
右手に扱いなれた『白世』を握る。
左手に顕現させるはショットガン。装填されているのは全て小型破裂裂傷弾。
我を失っていたのは数秒。
バカみたいに呆けていたのも数秒。
もう俺の手には武器がある。沸騰する感情が体中を駆け巡り、燃焼し、爆発の原動力となる。
許すな。
こいつらを、許すな。
一機残らずぶっ壊す。
視界に移った黒い影を『白世』で叩き斬る。雑魚の方のようだ。
まだゴーレムⅢはそこらにうじゃうじゃいる。レーザーで建物を破壊するやつ、その腕力でそこらの障害物を薙ぎ払うやつ。この辺りには人影はない。
さっきまでいた二人の人間は、もうそこらじゅうに散らばってしまった。
手当たり次第にショットガンを撃ちこんでいく。そして弾丸を破裂させる。ISほど固くないこいつらは、あっさりと上半身を吹き飛ばし行動を停止していく。
黒い津波の中へ躍り込み、剣を振るう。破砕された残骸が散らばり、その中をまた突っ切って剣を振り下ろす。
「山田先生ッ、避難誘導を! 学園にあるIS全部を起動させろ!」
『……了解』
先生の通信先からも爆発音がした。安全な場所はないようだ。
約30機の量産型+専用機たちが俺の手元にある戦力。過剰戦力と言ってもいいところだが、敵は空を埋め尽くすばかりの数だ。いくらあっても足りない。
「楯無ッ! 聞こえるか!」
『…………』
破壊音が断続して聞こえる。ダメだ、スイッチが入っちまってる。
じゃあ……
「布仏! 今どこだ!」
『会長ッ!? 今これどうなってるのー!?』
「連中が攻撃してきやがったんだろうよ! で、今お前どこにいるんだ!」
『5番シェルターにみんなを誘導してるとこ!』
普段のだらっとした声色はない。焦燥感からか、早口になっている。
5番シェルター……ちょうどいいか。
「誘導が終わったら、簪を頼む! 37番倉庫からラファール引っ張り出せ!」
『うんッ!』
あとは他の専用機持ちと連絡を……
「きゃあああっ!?」
振り返る。8時方向。逃げ惑う女子生徒が二人。俺が加速する寸前に、まとめて首が飛んだ。
彼女らの背後には、そこらじゅうにいるゴーレムⅢとは違う形状の無人機がいた。フォルムは寸胴で、両手に鋭いクローが加えられている。
地面に落ちた少女らの首が少し転がり、そいつに踏み潰され、脳漿を地面に飛び散らせる。
片方は見た顔だった。
…………四十院神楽だ。
「ぁ」
少し気の強そうな顔立ちだった。
礼儀正しいふるまいを心がける少女だった。
箒と、確か仲良くしてくれていた少女だった。
今、斬首され踏み潰され、絶命した。
「――――――――――――――――――ッ!!」
感情が暴発する。引き金が押し込まれる。
装備を『白世』だけに変更。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!」
テッメッエェェェェ!! 俺の、目の前でッ、俺のクラスメイトを……ッ!
瞬時加速で距離を殺し、衝動のままに『白世』を叩きつける。敵は両腕をクロスさせてガードした。
押し込んでいけば、俺の腕部アーマーと相手の両腕が過負荷に火花を散らし始める。
まだだ。
左手も柄に添えて一気に押し込む。相手は床を削りながらも踏ん張り、真紅の双眸を俺に向けた。
そこから放たれる熱線を首を振って回避。髪の焦げるにおい。『絶対防御』は発動してないようだ。
まあいい。
俺には関係ない。
さらに加速する。
ここだ。
俺は手から『白世』を放し、ゴーレムの背中へ抜けた。
お互い全力で拮抗していたバランスが唐突に崩れ、向こうは大きく体勢を崩し、俺は緊急追加召喚(ラピッド・スイッチもどき)で呼び出した『虚仮威翅:光刃形態』を手にしている。
「――るアァァァァ!!」
振り向きざまに遠心力を乗せた一閃。
レーザーブレードはゴーレムの体をバターのように裂く。俺が半回転終えて停止し、数秒の静寂があった。『白世』が床に突き刺さる音が響く。
俺が切り裂いた線にそって、ゴーレムの上半身と下半身が斜めにズレる。寸胴のボディが転がり、二本の足は直立したままだった。
かつて鈴と俺との戦に割って入って来た時は、真っ二つになっても活動を続けていた。
俺は念のため上半身下半身それぞれに小型破裂裂傷弾を打ち込んで爆散させる。もう回収して解析することすらできなさそうな残骸になってしまったが、まあ良しとしよう。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
「次ッ!?」
レッドアラート。
背後に降り立ち、地に身を沈み込ませる無人機。たった今四十院を殺し、俺に破壊された『ゴーレムⅢカスタム』――確か『ノルン』とか言うんだっけか――のうち一機だろう。学園の情報網がうまく機能していない現在、このカスタムタイプが何機いるのかが分からない。
「オオラァァっ!!」
振り向きざまに『白世』を叩きつける。
『……!!』
細い腕を突き出し、『ノルン』はその刀身を掴み取る。
……!? こいつ、俺の斬撃を受け止めた!?
至近距離で俺とそいつの視線がぶつかり合う。赤い眼光、そこに光が集まり――
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
レーザーか!
『白世』を量子化しながら飛びのいた。
俺のいた地点が吹き飛び砂煙が立ち込める。待て……今、レーザーが見えなかったぞ? 弾丸みたいなものも視認できなかった。こいつ今、何を飛ばして攻撃したんだ?
続けざまに眼光が煌めく。俺は直感に従って避け続けた。地面が爆発し背後の校舎の壁が一瞬で融解する。
回避に全力を費やしながら叫んだ。
「『白雪姫』ッ! あいつは一体……!?」」
『観測:空間歪曲、疑似的なレンズ』
そうか……あの赤い複眼、センサーアイじゃないな。太陽光を虫眼鏡で屈折させれば火を起こすことができるというが、そのスケールを大きくしたんだろう。
赤い複眼から強烈な光を放ち、それを発生させたレンズで屈折させ対象に照準を合わせる。レンズを生成することが自在なら、距離を選ばずに攻撃することが可能だ。厄介な兵装じゃねえか。
「ぐっ」
『絶対防御』がない今、あれを食らうとかなりヤバイ。
俺がひょいと横にどけば、背後にあった壁が消え去る。生徒の姿が露わになる――避難中か、なんつー間の悪い……ッ!?
「相川、谷ポン、しずちゃんッ!? みんな!?」
「お、織斑君ッ!」
一組連中かよ!?
相川は改造した『打鉄改』、谷ポンは『ラファール・リヴァイヴ』を展開している。血で汚れているのを見て発狂しそうになるが、おそらくこれらは拾い物だ。そこらで戦闘が拡げられている。元々のパイロットの血だろう。
……ISは破壊せずにパイロットだけ殺す。福音とパターンが似通ってるな。
「早く逃げろ! この辺りにもまだ、搭乗者が死んだISが転がってるはずだ! あっちに反応があった!」
俺が指差す方向には、『打鉄』が二機ほどあったはずだ。
少女たちが頷いて走り出す。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
「ぐっ……!?」
ウィングスラスターから小型のミサイルがばらまかれる。ハンドガンで迎撃しようとするが、なぜか途中で上方へそれて見当違いな方向へ飛んで行った。
着弾、爆音。上から瓦礫の雨が降る。
「きゃあっ!?」
巻き込まれそうになったかなりんやナギちゃんがしゃがみこんだ。
――ぁ。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
――は、は。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
――そういう、ことか。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
赤い複眼が怪しく発光する。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
相川が飛び出した。かなりんたちとゴーレムの間に割って入る。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
悪い、『白雪姫』。
アラートは無視させてもらう。
放たれた不可視の熱線は、ぎゅっと目をつむった相川にも、悲鳴を上げた谷ポンにも、うずくまるかなりんたちにも当たらなかった。
ただ正確に、相川の前に躍り出た俺の左腕を焼き払った。
背後で谷ポンが生徒と相川をまとめて蹴飛ばす。冷静な判断だ。
バシン。
そんな間抜けな音と共にもう一発。左肩から先が内側からはじけ飛ぶ。これで両腕がナノマシン製になるわけだ。
バシン。
左ひざから先が落ちる。
バシン。
左太もも。足の付け根まで吹き飛ぶ。
……おかしい。
PICを制御できず仰向けにひっくり返る。
再生が、始まらない。
『妨害電波を確認。ナノマシン生成の阻害効果有』
……ッ!?
吹き飛んだ腕と足のあった場所を見る。光の粒子が集まろうとして、弱弱しくうろうろしている。
あ、れ、もしかして、これ、相当ヤバいんじゃねーかな……?
バシン。
「ぐアアッ!!」
俺の顔の左半分が吹き飛んだ。眼球が内側から破裂し、皮膚は爛れて剥がれ落ち、奥歯までむき出しになっている。
視界が明滅し始める。誰かの悲鳴が聞こえる。はは、前にもこんなことあったっけな。
クソッ、ふざけんな、何俺専用にチューニングしてやがんだよッ、こいつ、クソがッ……
床を踏み砕きながら、『ノルン』が寝転がる俺の視界に侵入する。
真紅の眼光が俺を見下ろす。
暗転。
世界の終焉が、そこにはあった。
オレンジ色の夕焼けなんて生易しいものじゃない、ひび割れた青空が崩れ落ち、向こう側には漆黒の深淵が見える。
倒れ伏す少年と少女がいた。
近くには剣に寄りかかり座り込む、虫の息の女騎士が一人。
「ぅ、ぁ……!」
血を吐きながら、少年は芋虫のように這って手を伸ばす。少女へ差し伸べる手も、身に着けた白い制服も、どれも残らず鮮血に染まっている。
「『■■■』……!」
名を、呼んで。
それきり、その世界は『おわる』。