『地図にない基地(イレイズド)』と呼ばれる軍事要塞がある。
どの国にもある非公式の軍事要塞、ユナイテッド・ステイツが数多く誇るその中でも、最もIS研究に特化していると言われる基地。
そこを今、宵闇の悪夢が襲っていた。
『ふうん、大分順調そうね。制圧率も予想より高いわ』
「……そうか」
最初にやって来たのは地対地ミサイルによる攻撃。それらを基地の防衛システムが迎撃した後、接近する1機のISをレーダーが捉えた。
基地を真正面から攻撃し、機甲部隊を皆殺しにし、視界を過ぎる人間を残らず蜂の巣にしながら、『サイレント・ゼフィルス改』を操る織斑マドカは突き進んでいた。
通信相手であるスコール・ミューゼルから指示されたとおりに進んでいく。
「そろそろか?」
『向かって右側、今いるとこから2つ目のドアよ。強引に破ってあげて』
「了解」
言われたドアを『スターブレイカー』でぶち破る。
部屋の中に押し入ったマドカは見たのは、中央に置かれたシリンダー。中には液体と、それに浮かぶ水晶が浮かんでいた。
全てを透き通してしまいそうな水晶体はマドカの掌に収まる程度の大きさしかない。
シリンダーを叩き割り、そのクリスタルを手に入れる。
「福音の、コア……」
『これよ。これが欲しくて、あんな手の込んだ真似をしたのよ』
スコールが興奮気味に声を荒げた。
ISのコア、マドカも初めて見る。内部に浮き上がっている黒い結晶が目に付いた。
これが目標のか、と頷いたところで――部屋の壁をぶち破り、虎模様が飛び込んでくる。
「!」
「テメェッ!!」
殴りかかられ、それを受け流し、二人そろって壁を突き破った。
廊下に転がり出ると同時に周囲を素早く警戒する。
『ちょっと、エム! 応答しなさい!』
耳元でうるさい、と言わんばかりにマドカは目元をひくつかせた。
少し離れたところでイーリスが起き上がった。
「なんだ、なんの用だ」
『そっちのモニターがいきなり切れちゃって心配してるのよ。エム、相手は誰?』
「『ファング・クエイク』のイーリス・コーリングだ。実力差もまともに掴めない、頭に血の上った豚とも言うが」
「いい度胸だぜ小娘ェッ!」
イーリスの拳は空を切る。ミリ単位で回避挙動を取るマドカは顔色一つ変えずに攻撃をいなし続けていた。
事実、『銀の福音』専属パイロットであったナターシャ・ファイルスの仇とも呼ぶべき存在を前に、確かにイーリスは冷静さを失っている。
だがそれでもアメリカ代表は伊達ではない。的確な部位への打撃やこちらのBT兵器を無力化する間合いの取り方など、はっきり言って舌を巻くほどだ。
『せっかくの機体を失うわけにはいかないわ。見逃したところで計画に支障が出るわけでもないし』
「なら、帰投すべきか」
「逃がさねえぞ『亡国機業』ッ!」
徒手空拳でよくやる、マドカはその程度の感想を浮かべた。
確かにこのレベルなら問題にはならないな、とも思いつつ。
『ええ、退きなさい、エム。…………って言いたいとこなんだけどねぇー』
いきなり通信先の声色が変わる。
綱渡りのような至近距離での攻防の最中に、マドカの通信相手――『亡国機業』首領であるスコールと名乗る女は、相手を思わず和ませるような声音で言う。
『どっちかって言うと私よりエム、ううん、マドカちゃんの方が判断したほうがいいんじゃないかなって』
「……どういうことだ」
鉄をも砕く拳の一撃を銃身で逸らすという離れ業をやってのけながら、マドカは問うた。
スコールは勿体ぶるように笑い、答えを口にする。
『アメリカはさ、今のところお兄ちゃんに対して一番過激なアクションを起こしてるんだよ』
「…………ッ!?」
『誘拐未遂もあるし、圧力については一番ひどい。アメリカ国営の企業から兵器の提供を押し付けられるって周りにも相談してるみたいだし。お兄ちゃんにとって、アメリカは害悪なの』
「おい……お兄ちゃんってのは誰だ、お前ら何者だ!?」
イーリスの叫びを無視して、マインドコントロールのようにマドカの中でピースが組み上がっていく。
アメリカは害悪。アメリカは兄の害悪。なら排除しなければならない。目の前にはアメリカ代表。害悪組織代表。
害悪は、排除しなければならない。
『ねぇマドカちゃんマドカちゃん。私としては『ファング・クエイク』は別に見逃してあげてもいい。だから決めるのは、君だよ』
「戦闘を続行する」
『やれるー?』
マドカは動きを止めた。油断することはない。イーリスはむしろ不気味な沈黙に落ち着かない。
カタカタと、自分の手が震えていることにイーリスは気づいた。
……得体の知れない不気味さ。
マドカは顔を上げた。
「話にならない」
『そっか……』
スコールは、顔こそ見えないが、明らかに笑っていた。
ひどく歪んだ嗤い。
悪意をパンパンに孕んだそれから、邪悪にまみれた言葉を吐き散らす。
『じゃあそいつぶっ殺して、『銀の福音』とついでに『ファング・クエイク』も手土産に持って帰ってきちゃってー』
「……了解。お兄ちゃんの邪魔はさせない……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる殺してやる殺してやる殺す殺してやる殺してやる殺してやる殺す殺す殺してやる殺してやる殺す殺してやる殺す殺してやる殺す」
「簡単にやれると思うなよォッ……!」
黒と虎模様が、激突する。
衝撃波で周囲の隔壁がひしゃげるのにも構わずイーリスは殴り、殴り、殴る。
冷静にマドカは防ぎ、打ち、撃ち、打ちつけ、撃ち抜く。ビットを巧みに操り拳を妨げ、関節部に射撃を撃ち込み、隙あらば装甲にビットを突き刺す。
しかし相手も然る者。合間に片手間ながらビットを打ち払い、妨害をフェイントですり抜け、本命の一撃を叩き込む。
どちらも人為的にリミッターを切った、全開出力のIS。エネルギーが切れるか戦意が折れるか、はたまた過負荷に人体が限界を迎えるかいい勝負だ。
「オラオラオラッ! 口ほどにもないぜッ、お前ッ!」
「……チッ」
裏拳気味な左の手甲でシールドビットを払い、そのまま腰の捻りを活かして右ストレート。32の銃口をものともしない洗練された一撃が『スターブレイカー』を砕いた。
そのまま、イーリスはカチンと引き金を押し込む。
「――『盾殺し(シールド・ピアース)か』」
「デュノアじゃないぜ、USA(うち)の最新鋭、『背水の猛進(エンドレス・マーチング)』だ」
腕部装甲に仕込まれた炸薬式の鉄杭が弾ける。爆発的に乗せられるありったけの運動エネルギーが唸りを上げた。連射故にトリガー音が先行した。
マドカは焦らない。基本理念は変わらないのだ、対処法も変わらない。
一撃目は『スターブレイカー』の破片を完全に粉砕した。
二撃目を半身に避ける。
三撃目はかがんでやり過ごす。
意図して作り出した前傾姿勢。スターブレイカーの残骸を手放し同時に量子化し、ごく自然に両手を後ろに回す。
まるでそこに剣があるかのような握り手。否、在る。暗闇に紛れて危うく見逃してしまいそうな宵闇の太刀が、いつの間にかマドカの手にあった。
――あ、れ?
ひどくスローテンポに世界が動く。最速の四撃目を放っているはずの自分の動きさえもがすっとろい。
対照的に加速し続ける思考は、挙げ句の果てに今ではない過去を描き出した。代表候補生時代、訓練生時代、スクール、出生、一周回って、恋い焦がれた唯一の男性IS操縦者。なぜ今になって一夏を思い出すのか。なぜ自分が何度倒れても立ち上がる彼の姿を熱に浮かされた瞳で見つめている情景が浮かぶのか。
全てがコールタールの中に沈んでしまったような世界の中で、イーリスはこの感覚の名を思い出した。ただ一人の日本人男性の知り合いが、ただ一人認める自身の弟子が、ただ一人自分が身を預けてもいいと思った男がいつか教えてくれた言葉。
走馬灯。
黒太刀が根元から裂け、深紅の刃が顕れる。まるで持ち主の血潮すべてを凝縮させ形成したかのような禍々しい紅。
一閃。
居合いの姿勢から抜刀されたそれは、イーリスの右手を肘から断つ。
返す刀がその細い首筋に当たり、詰め、押し広げ、食い破り、切り裂いた。
視界が宙に浮く。一瞬また一夏の笑顔を幻視して――それきりイーリスの世界は絶えた。
「言い忘れていた、私は、銃より剣の方が強い。……ふん、聞こえていないか」
無感情に言葉を続ける。
「『零落極夜』終了。いくらなんでも燃費が最悪すぎる、早くなんとかしろ」
ごろごろとイーリスの首が転がっていく。体は装甲を失い、そのまま倒れ伏せた。
真紅の太刀が形状を失い、元の宵闇の実体剣になる。
『サイレント・ゼフィルス改』を動かし、マドカはイーリスの生首を踏み潰した。熟れた果実が落下したように、頭の中味が硬質の床にぶちまけられる。脳漿は壁まで飛び散り、血と得体の知れない体液が混ざりながら床に広がった。
それらを一瞥し、マドカはイーリスだった肉塊をスキャンする。『ファング・クエイク』の本体の位置を探る。
「……へそにあるな」
『じゃあよろしくー』
蹴り飛ばして遺骸をひっくり返す。
無心のままマドカは手に待機形態の『ファング・クエイク』を掴んだ。へそにピアスとしてとめられているそれを引き抜く。
パワーアシストの恩恵を受け、苦もなく腹の肉ごと引きちぎるようにして『ファング・クエイク』は手には入った。勢いあまって内側の内臓まで外に溢れてきた。視覚的に気分が悪い。
適当にBT兵器で体を焼き切る。マドカの想定とは裏腹に、今度は肉の焦げる異臭が漂う。
もう面倒だ。
マドカは32機全てをイーリスの残骸に向けた。
一斉射撃。床が抉れ肉片が散り血が蒸発し、わずかな欠片を残し、イーリスは完膚なきまでに悉く殺し尽くされた。
「予定外の手土産ができたな」
『本命は?』
「内部に『黒鍵システム』の存在も確認した、万事滞りない」
帰投すべくマドカは来た道を戻り始めた。残っていた兵は残らず射殺し、基地内を抜け空に上がる。
朝焼けは、血染めのように赤い。
アメリカ。フロリダ州郊外の軍人墓地に、喪服を着た軍人が大勢集まっている。
女性も、男性も、そろって悲愴な面持ちをぶら下げてやがる。号泣してるのもたくさんいる。かく言う、今俺の腕にしがみ付いているバカも泣きっぱなしだ。
「一夏ァ……いちかぁぁっ……」
おい、俺が死んだみたいになってんだけど。
いい加減腕放せよアメリカ代表候補生、もとい次期代表。
「イーリスさんが、だって、赤かったんだよっ。イーリスさんなんてここにいないっ。ここに埋められてなんかないっ」
そりゃそうだろうよ。超音速ジェットで駆けつけた俺が見たのだって、えぐれた床とコーリングさんのごく一部の欠片だったんだ。
吐くことすらできず、泣くことすらできず、俺はずっと立ち尽くしていた。
コーリングさんが、死んだ。
基地にいた人間は皆殺しにされた。監視カメラによって犯人は、UK製の第三世代機、奇しくも俺がついこの間戦った『サイレント・ゼフィルス』の改修機であることが分かった。
俺の知る限り、最強の一角に数えられるべき人が死んだ。死んだんだ。
マドカちゃんの手によって。
「大丈夫。大丈夫」
アメリカでコーリングさんに次ぐ腕を持つ少女。彼女を必死に慰めながら、俺は空を見上げた。
『亡国機業』による突然の襲撃。
世界最強の一角の敗北。
奪われた2機のIS。
「だいじょ、うぶ。……俺が、いるから」
マドカちゃんは、俺が倒す/止める。
「一夏っ!」
教室に入るなり箒が駆け寄ってきた。アメリカから帰ってきて、シャワー浴びてスーツから制服に着替えただけだ。
まだ考えもまとまってねぇ。
ぐるぐるする。
「大丈夫だ」
「アメリカに行っていたんだろう。その……」
「コーリング代表がお亡くなりになられたというのは本当ですの?」
言いにくそうに言葉を澱める箒に代わって、オルコット嬢が言葉をつなげた。
教室の他のみんなも静かにこちらを見ている。
「ああ」
「……ッ」
驚愕に、みんなの表情が固まった。
俺が一番信じられねぇよ。
「箒。放課後、道場行くわ」
「あ、ああ、部長も喜ぶ。だが、ISの訓練はどうする」
「優先順位があるから」
それだけ言って俺は自分の席に着いた。
鞄からメモリーカードを取り出し机に挿入。昨日までの板書データが教科ごとに振り分けられた状態で表示される。
そいつらを無感動に眺める俺の頭の中では、黒い閃光がびゅんびゅん飛び回っていた。
あれよあれよという間に放課後。
「面ェッ!」
「ぐっ」
箒の上段からの切り下ろしを受ける。ギギギ、と鍔迫り合いは一瞬。離れ際の切り払いもとい胴は互いに空振り。箒のは弓手に構えた小太刀だ。
体勢を立て直してから、もう一度構えを取る。
「……一夏、確かにお前は少しばかりイカれた感性の持ち主だ」
おいおい、いきなり罵倒かよ。この幼馴染容赦ねぇな。
「二刀流の私が奇特なのも確かだ。だがな、その八双もどきは何なんだ!?」
俺の構えは、刀身を地面に垂直に突き立てるような角度で持つ八双、その切っ先を相手に向ける形で変化させたものだ。
「このっ、何も返事なしか!!」
面を叩きにきた箒に対し、俺は突きを放つ。箒はほんの少し体の軸をズラすだけで避け、逆にカウンターの胴を打ち込んできた。
あっさり対応されて大変悔しいでござる。
「実を伴わないまま奇をてらうからこうなる。きちんと相手の動きを見てカウンターを仕掛けろ。相手ありきなんだぞ、フェイントに引っかかったりしたら目も当てられん」
ボロクソ言われすぎだろ俺。
カウンター一辺倒でやってみたが、特に成果はない。むしろ自信なくすわーこいつ剣強すぎだわー。
「ふぅー、シャワー借りますね。あ、あと箒ありがと」
「……部長。私、今慌しそうに立ち去っていく男に、いいように使われている気がするんですが」
「それは、完全に、気のせいじゃないね」
シャワー浴びたら次は第3アリーナだ。
オルコット嬢ら代表候補生が待ち構えている。
「織斑、何を急いでいるんだ」
「ボーデヴィッヒか。ついでに来てくれ」
「っ? え、あ?」
その場にいたドイツ代表候補生を拉致ってみる。
アリーナで待ち構えるはUKフランス中国とそれにドイツも加わって俺の身がもたないレベル。
「何がしたいんだ、お前?」
俺もボーデヴィッヒもISスーツを着込んでいたので、同じロッカールームでさっさと上着を脱ぎ捨てた。
「強くならなきゃいけない」
「何故だ」
「気持ちだけじゃ何も守れない。だから俺は意思を手に入れた。今度はまた、力が必要が場面なんだ」
「……『サイレント・ゼフィルス』のデータなら」
「もうオルコット嬢からもらったよ」
ピットでISを展開。白と黒が並び立つ。
「でもダメだ。データ見ても、ますます勝てる気がしない。ていうか改造されすぎだろBTの数が20ぐらい増えてたぜ。こないだボッコボコにされた時だって手も足もでなかったし」
『ちょっと一夏、遅いわよ!』
『ラウラも連れて来たんだ』
『あらあら、4対1ですの? 皆さんこの『ブルー・ティアース』とセシリア・オルコットの邪魔にならないようせいぜい隅っこで立ち尽くしておいてくださいね』
アリーナで適当に射撃練習をしてたっぽい三人が、思い思いの言葉を投げかけてくる。
「……多数の敵からの方位射撃か。確かにBT兵器と戦うに当たって正しいやり方だな。で、あいつは?」
『ちょっと、いきなりこの私を指差すとはどういう了見ですの!』
「『サイレント・ゼフィルス』については強奪されたことから知ってたぜ。誰が強奪したのかも、多分今回のも同一犯だろうってのまで知ってた。お前はやっぱ、代表候補生だとそういうのも回ってくるのか」
「ああ。お前が情けなくボロボロにされたところまでしっかりとな」
「そりゃ恥ずかしい」
ボーデヴィッヒと連れ添って空に上がる。
自動的に『白雪姫』がタイムカウントを刻み始めた。30分、姉さんが設定した俺の一日のIS起動制限だ。
みんなには『俺、一日30分以上IS使ったら死ぬ奇病にかかったから』って言ったらやる気なさ過ぎってツッコまれて終わった。人間としての俺が着々と死ぬから嘘は言ってないんだぜ。俺の周囲からの信頼度が測れるね!
「近接攻撃はほどほどに、ひたすら俺を撃ってくれ」
「了解した」
そして振る銃弾の雨。メインは弾幕係のデュノア嬢、隙間をBTが抜いて隠し玉の衝撃砲。先日まではこれだったが今回は一撃即死級の特大レールガンが追加された。なにこのアップデート素敵。素敵過ぎてリタイアしてぇ……
ハンドガンでBT兵器を撃つ。特訓の成果か、一つ一つの動きが俊敏でおまけにオルコット嬢自身も積極的に攻撃してきてる。
でも……これ以上に苛烈で凶悪な攻撃を、俺は知っている。
それに比べたら生ぬるい。
『余所見するなんて余裕ね一夏っ!』
不可視の砲撃を『白雪姫』がアラートで警告。回避。反撃はせずにスルー。
『こっちもだよ織斑君!』
デュノア嬢がミサイルをぶっぱしてきた。ホーミング性は低い。バレルロールしながら全部撃ち落とす。煙幕代わりにはなるだろ。
インファイト主体の俺としてはこの回避訓練のミソはいかに攻撃を捌くかではなく、いかに攻撃を掻い潜り接近するかだ。
――と言いたいとこだが、近年の俺の射撃武器の強化改修っぷりは異常。よって動くことなく手に新たな武器を召還する。
「一名ご招待だぜっ!」
爆煙越しに小型破裂裂傷弾を撃ち込む。目標はオルコット嬢。一番厄介なデュノア嬢は最後まで残しておく。じゃねえと訓練の意味がねぇ。
ここんとこ学園に居座ってる下僕のおかげで、俺の射撃武器にフランキ・スパス12をモデルにしたセミオートショットガンが追加されている。
そいつに装填された弾丸は、すべて小型破裂裂傷弾。セミオートで連射されたそれを片っ端から爆破させていく。
『きゃああああああああああああああああああ!!?』
黒煙を上げながら墜落していくオルコット嬢を見て、大体みんな顔を引きつらせた。
そして俺の手の中でショットガンがボン! と爆発した。
ホント俺に渡される新兵器の耐久性のなさには定評がある。やったね下僕! 仕事が増えるよ!
「らぁっ!」
『!?』
デュノア嬢に思いっきりスパスを投げつける。スパススパス連呼してたらすぱすぱ思い出した。アダルト鈴(中華代表候補にあらず)に狙い撃ちされたいヤツはIS学園集合な。
まあ何はともあれ、厄介な弾幕係の視界は一瞬ふさいだ。
瞬時加速で鈴との距離を詰める。自分がロックオンされたと感づき、鈴はすぐさまバックブーストしながら衝撃砲を放ってきた。
『ナメんなっ!』
『こっちもだよ!』
スパスを物理シールドで弾いた後、デュノア嬢は両手のライフルと肩部のショットキャノンで精密射撃を乱打してくる。なんだ精密を乱打っておかしいだろいい加減にしろ。
なんかもう嫌になるぐらいの密度の弾幕を乗り越え、どうにかこうにか鈴へとカチこむ。二刀持った彼女と、空中で得物を叩き付け合い――そこでブザーが鳴った。
「今日はここまでな」
『む、そうか』
背後に回ってプラズマ手刀を振り下ろそうとしていたボーデヴィッヒへ振り向きざまにハンドガンを向けながら、俺はそう言った。
ちなみに続行していた場合、ボーデヴィッヒの手刀か鈴のゼロ距離衝撃砲のどちらかを確実に食らっていた。体勢崩れてるしデュノア嬢の掃射に晒されて一気に終わっていた可能性が高い。オルコット嬢だってエネルギーゼロにされたわけじゃないからまだ残ってたしな。
ま、まあBTにマシンガンとか搭載されてないですしおすし……(震え声)
「んじゃ晩飯にすっか」
着替えてISスーツはランドリーの洗濯機にぶち込み、食堂に向かう。
「あ……一夏」
「おっ、簪じゃねーか」
サラダを皿に取っていた簪とばったり遭遇。
楯無が辺りにいるんじゃないかと思わず周囲を見回してしまうぜ。
「……お姉ちゃん、会いたがってた」
「メシ食ったら行こうかな……どうせ『ミステリアス・レイディ』の調整だろ」
「高機動、パッケージ……『ルーンヌィ・スヴィエート』が、ロシア……から、来た……から……」
ふーんと頷いて、俺はそばを一皿テーブルの上に置いた。
つゆに万能ネギをぶち込んで、俺は正面に座った少女の目を見る。
「お前はキャノンボール・ファストに出るんだよな?」
「う、ん……倉持が、『翠雨(すいう)』を、つくって……くれた、し」
高機動パッケージのことだろう。実は個人的に優勝候補は簪じゃないかと思っていたりする。
なんせ超高速戦闘の最中にミサイル48発を容赦なくぶっ放してくるんだ、ミサイルカーニバルとか悪夢以外の何物でもない。
「ごちそうさま」
「……ごちそうさま、でした」
二人で食器を片付け、第二整備室へ向かう。
あいつが自分のISの調整を一人でやってるのは昔からだから特に違和感を覚えないが、冷静に考えると何気にすげーよな。
自動ドアにIDカードを触れさせる。バシュッと扉が割れると、水色のISを装着しながら自分でキーボードを打ち込み続ける楯無の姿があった。
「よう」
「あら一夏君じゃない」
『ミステリアス・レイディ』の特徴であるアクアナノマシンを用いたヴェールはなく、彼女は二つのキーボードに指を走らせながら視線だけこちらに向けてきた。
見る限り、どうやら出力の振り分けはもう終わってるみてーだ。今やってるのはオートクチュール(専用機のために作られたオンリーワンの後付装備)の調整か。
「調子はどうよ」
「まぁまぁね。仕上がればかんちゃんぐらい一発でコースアウトにできるわ」
「……簡単には、やられない……」
姉妹の間で火花が散る。お願いなのでぼくを挟まないでくれませんかねぇ。
というかなんでこいつら直接対決があるみたいに言ってんだろ。
「何? お前ら戦うの?」
「そういえば一夏君は参加しないから詳しく知らないのね。各学年の一般機同士のレースが終わった後、最後に学年関係なしでの専用機レースがあるの。これが最大の見所よ」
「一夏……出ない、の?」
「姉さんが許可出してくれなかった」
だから授業で高速機動演習とかやってる時もグラウンドの木の下で体育座り+見学のぼっちコンボでした。あれ本当につらい。
巨乳先生のπをひたすらガン見したり、箒の展開装甲の調整に付き合ったり、暇すぎて管制担当までしたりと本当に暇だった。
「な、ん……で?」
「ナノマシンがうんたらかんたらだとさ。俺にとっちゃ専門外だ、理由なんぞ知らん」
「私のアクア・クリスタルはそんな暴走起こさないのにねぇ」
「そりゃお前のはコピーだからだろうよ」
……んん? と楯無は首をひねり出した。
あ、これあれですね。これ以上言ったらマズイパターンかもしれませんね。
「確かにこの技術はロシア政府から送られてきたもので、開発のブレイクスルーになったんだけど……ひょっとしてどこかの国の技術をパクってきたってこと? いや、私以外でナノマシン技術を使ってるのはいない……まさか」
ハッとした表情で楯無は俺を見てくる。無駄に頭の回るやつだぜ。
「まさか『白雪姫』の……ッ!?」
「いいや、ISじゃなくて、俺の体に埋め込まれたナノマシン生成技術がロシア政府に寄贈された。まあ、俺を逃がしてくれた礼みてーなもんさ」
といっても夏休み中に束さんが教えてくれたことだ。
『癒憩昇華』はそのナノマシンを医療目的に使う上で必要なワンオフアビリティだ。固形化とかを命令する機関の役割を持っているらしい。
逆に言うと楯無の『ミステリアス・レイディ』に搭載されたそれは、擬似的な水分の状態だけしか維持できないということ。
「……そっかぁ」
ぼそりと、隣で簪がどこか安心したかのような息を漏らしていた。
あんだよ。
「お姉ちゃんのISも、誰かに助けられてるんだなぁって」
……少し、それを聞いて、怖くなった。
もし俺がかかわってなかったら、もし『白雪姫』のデータ流用がなかったら、この子はどんな風な見聞を持っていたんだろうか。
「当たり前でしょ。……私、こう見えて寂しがりやなんだから」
ああでも、この姉がいたらなんとかなったのかもしれない。
笑いあう姉妹を見て、俺はそう思えた。
しばらくして、整備室で俺は簪の火器装備の相談を受けていた。
今朝はお天気お姉さんがいい笑顔だったので俺も晴れやかに朝を迎えられた。機嫌がいいので簪に対しても明るく振舞う。
「んんwww高機動戦においてヤケット非装備はありえないwww」
「……? なん、で?」
「ヤイフルでは連射性……もとい必然力が足りませんなwww貴殿の信仰度にもよりますがヤイフルは基本的に役割を持てませんぞwww」
「でも、『翠雨』……には、ロケットランチャー……は、ない」
「んんwww異教徒のつくる装備は難解ですなwwwただ倉持が我の言うことに従わないのはありえないwww」
非誘導性のロケットの方が常時VOBみたいな戦闘中はやりやすい。下手にホーミングしてもあっさり振り切られちまうが、ロケットなら撃ちながら平面的に弾幕を張るだけで大体当たる。その点だと簪の『山嵐』は例外で、キチガイ極まりないホーミング性なわけなんだが。
というわけで下僕を呼んで、連射性に優れたロケットを適当に見繕ってもらうことにした。同じ倉持なんだしさっさとやれよ。デュノア嬢はこのあいだクナイ射出装置とかもらって喜んでたぞ。お前らのセンスマジでどうにかしろ。
「あーもう、織斑君、最近人遣い荒いんだから」
「んんwwwこの装備は簪氏のヤーティに相応しいですなwww」
「……んんwwwさすが織斑氏wwwこれは装備以外ありえないwww」
「あなた、も……同類……!?」
とまあ、俺と下僕の二人がかりで簪と論者に仕立て上げたり、鈴の訓練を見学して改善点を適当にコメントしたりしてたらすごい勢いで時間がたった。
簪が実戦形式で稼動チェックをするので、俺に管制官として付き合ってほしいと言ってきた。
付き合うって恋人としてですかね?(難聴)
「すごいゲス顔してる……」
「うっせぇ」
隣で管制官役をやってる相川が若干引いた。1組の一般生徒も練習中らしい。確かに画面を飛び回る『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』には見知った顔もいくつかあった。
他にも何人か代表候補生や一般性とがびゅんびゅん飛んでいる。交通事故が発生しそうで怖いぜこのアリーナ。
管制室の無駄にフカフカな椅子に座り込み、モニタリングしつつ、アリーナ内で模擬レースに打ち込む少女たちへ声を飛ばす。
「オルコット嬢ー! いい加減にブルー・ピアス当てろぉー!」
『で、す、が、っ! このGでは銃口がブレて……ッ!』
「デュノア嬢は当ててきてんじゃねーか! 射撃スキルは俺の知る限りお前の方が高ぇーんだしっかりしろ!」
マイク越しに怒鳴りつける。次!
「鈴テメェッ! キャノンボール・ファストはあくまでレースなんだよ! 衝撃砲当てるのに躍起になってんじゃねぇ!」
『あんたさっきセシリアに言ったことと全然違うじゃない!?』
「衝撃砲を拡散仕様にしたのは何のためだ! 当てるんじゃなくて牽制用だろーが! しっかり出力も上がってんだきっちり理解してやれ!」
『なーによ偉そうに!』
「出たくても出れねーヤツの身になってみろよ! そんな口叩けんのか!? あぁ!?」
『!!』
鈴は少し黙った後、アクセルをさらに踏み込んだ。
『分かった。やってみる』
「オーケーだ。スペック的には優勝狙えるんだ、ちゃんとやってみろ」
『う、うん……それで、もし優勝できたら、私と』
そこで俺は通信をブチ切った。隣の相川がギョッとした表情で俺を見てくる。
「……えーっと、切って良かったの? 今の」
「え? 何だって?」
「いやだから、鈴ちゃん何か大事なこと言おうとしてたんじゃ」
「え? 何だって?」
「いや、ちょっ」
「え? 何だって?」
「うわぁ……」
KDK先輩直伝のフラグブレイクは本日も健在です、まる。
俺は何も気にすることなくモニターに眼を戻した。なんか鈴がヤケになったみたいに衝撃砲を虚空にぶっ放しまくってたけど気にすることではないな。
次のアドバイスに移行する。
「んんwww簪氏www必然力が足りませんなwww」
『……命中率の、低下は……PICの反動上、仕方……ない……』
「ヤケットランチャーの薬莢排出の反動計算がズレておりますなwwwこれは修正以外ありえないwww」
『…………んんwww』
かんちゃん他人に染まりやすくてきっとお姉ちゃん心配してる。俺色に染め上げてやんよ。
……あ、ちょッ、ごめん楯無から通信あったわ。もうそんなの行くしかないじゃない!
多分逝かされるんでしょうけどね。優しくイカせてほしいな(マジキチスマイル)
昨日は楯無と時間制限無しのリアル鬼ごっこをしたので疲れてすぐ寝た。
食堂の隅っこでオルコット嬢がタブレット端末を凝視していた。
一緒に歩いてた谷ポン、相川、ナギちゃんとすぐさまアイコンタクト。かなりんは危ないので待機。背後から回り込んで画面を覗き込む。
「およおよー? セシリアが何かしてるなー?」
谷ポンがわざとらしく顔を近づけた。俺たちも便乗してみる。
移っていたのは、舞い踊る白と黒。
『白世』と『黒陽甲壱型』。
俺とマドカちゃん。
「うっわ……なに、これ」
「!!」
相川が思わず呻いてしまうような映像、だった。
蹂躙という言葉をとっさに思い浮かべたぐらい。第三者から見るとここまで痛めつけられてたのか俺……マドカちゃんえげつねぇ。
「す、すみません! これは極秘映像なので、お見せできませんわ!」
慌てた様にオルコット嬢はタブレットを机の中に叩き込む。大丈夫か割れてねぇか今の勢い。
何をしていたのか、なんてのはすぐに分かる。同じBT兵器を扱うのだ、何か参考にしたり、技術を盗めたりはできないかと観察していたのだろう。
だが違う。違うぜ、そのデータは。あいつは人間を止めてるよマジで。
「偏光射撃(フレキシブル)怖いわー」
「あんな急な角度で曲がるものなんだ……」
「ふぇぇ」
「てゆーかBT多くない?」
かなりん含め四人が顔を青くしてた。
どうでもいいけどお前ら物知りすぎるだろ、なんでBTについて知識深いんだよ。
今日は剣道部がお休みなので道場を思う存分使えるよ!
キャノンボール・ファスト直前ということもあって箒はアリーナで調整中。『紅椿』は背部の展開装甲を常時展開、脚部をちまちま展開するらしい。
姉さんが最前列のVIP席を俺用に取ってくれたらしいが、どう考えても勝手な真似しないように縛り付けるための餌ですよねこれ。
まず基礎的トレーニングを終わらせてから、居合いの姿勢をとる。
「……………フゥーッ」
頬を一筋の汗が伝う。
今の俺には意思がある。自分でそう信じている。
だから戦う。
限界以上に張り詰め、今にも千切れ飛びそうな緊張の糸を意図してさらに引き伸ばす。
まだだ。
居合いの姿勢で目を閉じる。感覚のセンサーを広げ、五感以外の『何か』に手を伸ばす。
俺には天性のものなんて何一つない。
適性もないし、格闘戦だって劣るし、射撃の才能もないし、剣じゃ箒やマドカちゃん、姉さんのいるステージから一つも二つも下にいる。
それでも。
「…………フゥーッ」
コーリングさんと戦ったころから、実質的に俺は何も成長していないのかもしれない。
それでも。
「……………フゥーッ」
呼吸を深く。深く。深く。
息を吸い、吐くというこの動作が戦闘術における基本にして究極。
自分の中に沈みこんでいく感覚。周囲の世界が混濁し明滅し遅延し、俺だけが潔癖し灯燭し加速する。
今までにない感覚。
呼吸が思考に追いつかない。
それでも!
「――――――――――――――――――――――フゥッ」
一刀。
目の前に浮かべた仮想敵を裂く。
「ゼッ、ぜぇっ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……ハァッ」
残心のまま、俺は、その場に倒れ込んだ。
『イチカ……私は、あなたに』
『会いたい』
声が、聞こえた気がした。
その後酸欠で保健室に運び込まれた俺は、オルコット嬢が見舞いという名目でサンドイッチを作ってきたり相川がおしるこを喉に流し込んでこようとしたりしたせいで、天井を見上げて『ブラックジャックを呼べェェェェェッッ!!』と叫ぶ羽目になりましたとさ。
めでたくねぇめでたくねぇ。
はーい、キャノンボール・ファスト当日でーす。
風荒び狂う上空幾kmの世界から、俺はキャノンボール・ファストの会場を見下ろしていた。バカでけー会場だ。ここを満員にできるのは多分全盛期の72ぐらい。あっいや僕はいおりんに命捧げてますけど。
一般枠では相川がさりげに一年生の部で優勝してた。あれ、あいつ普通に操縦上手くね?
「今度高速機動教えてもらおうかな……」
姉さんの封印とかコピー紙みたいに破って、『白雪姫』は全装甲を顕在してた。
全力稼動とあってもうすでにナノマシンが生成されつつある。体を大分蝕んでくれたおかげか、今までは無理だった超過負荷人外鬼畜機動もこなせるようになった。
姉さんがさっきコアネットワーク経由で俺のことをゴミカス間抜けと罵り、今すぐ『白雪姫』を解除しろと泣き叫んできたが無視した。
ちょっと、こればっかりは、譲れない。
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
敵機の出現。こちらに向かっていた姉さんに対して攻撃を始めた。
機動力を強化し燃費の効率化も図った『暮桜改』なら瞬殺だろう。なんでわざわざ姉さんを狙ったんだか。
……まさかマドカちゃんじゃないよな?
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
「……杞憂だったみてーだな」
俺よりはるか上空から放たれたレーザーを『白世』で弾く。
下ではついに専用機持ちのレースが始まった。沸き立つ声援とは対照的に、雲に手が届くこっちの世界は静謐に満ち満ちている。
同高度まで、宵闇が舞い降りてきた。
『サイレント・ゼフィルス改』がその身にまとった自立兵装を起動させる。
「姉さんの方は、別の人がいったのか」
「スコール・ミューゼル。私たちの首領だ」
「おいおい……ラスボス様が瞬殺されちまっても知らねーぞ?」
「それはこっちのセリフ、だ……ッ!」
マドカちゃんが先制してくる。目にも留まらぬ速さで疾走するBT兵器を、俺は適当にハンドガンで牽制。
とにかく、俺の目的はザル過ぎる警備を責めることでもなく、一般客に避難を促すことでもない。正直下の方に被害が出ようと知ったこっちゃない。
俺は今、マドカちゃんと話すためにここにいる。
「お前の意思はッ」
「変わんねぇーよ!」
BTの一機を『白世』でスライス。爆炎をバックに俺はマドカちゃんへ切っ先を突きつけた。
「なら、無理矢理にでもお前を捕まえよう。世界で唯一ISを使える男子は我々が保護する。織斑一夏は……お兄ちゃんは私のものだァァァーーーーッ!!」
「ヤンデレ妹とかいつの時代だよてめぇええええええええええええええ!?」
お兄ちゃん、という甘い響きに折れそうになる膝。底なしに甘い誘惑を振り切るべくッ、俺はスラスターに火をぶち込んだ。
ビルも空も人ごみも、まとめて絵の具でぐちゃぐちゃにしたみたいにマーブル模様に溶けていって――――俺とマドカちゃんの二人だけのステージが、始まる。