突然の出来事に里は混乱していた。白昼の悲劇にある者は震え上がり、ある者は泣き崩れた。
人里でわずかな時間の内に4名の命を奪った怪物は退治したとの妹紅と一真の報せに人々は胸をなでおろしたものの、同じような怪物があと数体いると聞いて恐れ戦いた。里では怪物が全て退治されるまで外出は控える事が呼びかけられた。
すでに慧音によって外の世界から怪物が幻想郷に入り込んでいる事は知らせられていたのだが、それに対する警戒は門に見張りを立てる程度のものだった。今回のジャガーUの襲撃で真っ先に殺されたのは、その見張りだった。彼が門の外で襲われた事、さらにジャガーUの標的の息の根を止めるまで時間をかけて襲う習性のお陰で人々はジャガーUが里に侵入する直前に気づく事ができ、死者が4名で済んだという見方もできる。門に立つ見張りの数は2人に増え、里を囲う塀に設置された櫓にも人が配置された。
妖怪による襲撃などほとんどなく、里がこれほどの厳戒態勢に入るのは珍しい。それだけ幻想郷が平和だという事であり、それが今脅かされているという事でもある。慧音にそれを聞かされた妹紅と一真は悔しさを隠せなかった。
「慧音、アンデッドの正確な位置を調べてくれ」
慧音から話を聞いた妹紅の第一声がそれだった。
ジャガーUは封印しても、まだ平和は取り戻せていない。2人とも里に戻ってきてジャガーUを封印した事を人々に伝えた時、殺された人達の遺族から感謝の言葉を受けた。しかし皆、悲しい顔で頭を下げていたのが2人の脳裏から離れない。アンデッドは全て封印すると2人は彼らに約束したが、それがどれほどの慰めになるかわからない。
「もうこれ以上犠牲者を出したくないんだ。頼む」
その悲しみとやるせなさが2人の心に重くのしかかっていたが、それでもなお2人は戦う意志を曲げようとしない。
妹紅に続いての一真の言葉に、慧音は頷いた。
「わかった。歴史を見れば今の位置もわかるはずだ」
そう言って慧音は紙と筆を卓に置いて座った。
「でも、どうやってそんなの調べるんだ?」
一真が妹紅に尋ねる。
「まあ見ててよ」
「本当は満月の夜がいいんだが・・・」
慧音は帽子を取ると畳に置き、目を閉じた。
「・・・?」
そのまま数秒の時が流れる。
そして、慧音の体に変化が起きた。
「あっ!?」
慧音の頭から2本の白い角が生えてきた。さらに慧音の青い髪も緑がかった色に変わる。角はけっこう長く、左側の角には赤いリボンが結んである。
変化が終わると同時に、慧音は筆で何事か紙に書きつけ始めた。驚いている一真に妹紅は小さい声で、
「気が散るといけないから、私達は隣の部屋に行こう」
「あ、ああ」
2人は静かに隣の部屋へ移動した。
その間にも慧音は何か書き続けている。
「慧音はワーハクタクだから、歴史を正確に知る事ができるんだ。だから、この幻想郷で起こった事は何でも知る事ができる。アンデッドの動向だってね」
その様子を珍しそうな目で見ている一真に妹紅が説明する。
すると一真はポケットからラウズカードを1枚取り出して、それと慧音を交互に見比べた。妹紅が一真の手元をのぞくと、それは『MAGNET』のカードだった。
「角が似てるとか本人に言うなよ」
「えっ!? い、言わないって!」
言われた一真はぎょっとして首を横に振る。
「もし言おうもんなら慧音から頭突き食らわされるぞ」
「ズツキ!? あの頭で!?」
裏返った声を上げ、慧音の頭を指差す一真。妹紅は両手を広げて首をすくめた。
「私も食らった事あるけど痛いぞ・・・角がない時にだけど。あいつ寺子屋やってるんだけど、宿題忘れた子には頭突きのお仕置きするんだよ。角は出さずに」
「へー、先生なんだ・・・でも、子供に頭突きするのか?」
「本人によると、ハクタクの本能らしい。攻撃といったら角なんだと」
「・・・・・・」
それを聞いて一真はまたもカードに目を落とす。
「だから似てないって!」
一真の腕を押さえる妹紅。
「いや、むしろそう思ってるのはお前じゃないの?」
図星を指されて妹紅はギクっとうろたえた。
「な、何言って」
「わかったぞ、2人とも」
「ウェアアア!?」
「わあああっ!?」
大声を上げる2人。
声をかけた慧音は怪訝そうな目を向ける。頭にもう角はなかった。
「どうした?」
「い、いや、なんでもない」
カードを後ろ手に隠しながら笑ってごまかす一真と妹紅。
慧音は釈然としない様子だったが、帽子をかぶりなおし、
「まあいい。アンデッドの正確な数と位置がわかった」
「! 本当か!?」
それを聞いて2人は卓に座った。
慧音は紙に書いた地図を示しながら、
「現在、幻想郷にいるアンデッドは4体。すでに2体が封印されたから、やはり6体いたようだ。過去のバトルファイトの歴史と照らし合わせると、この4体はイーグルアンデッド・ウルフアンデッド・ディアーアンデッド・トリロバイトアンデッドと思われる」
アンデッドの名前を聞いて、妹紅が首を傾げた。
「・・・イーグルとウルフはわかるけど、他のはどんな生き物なんだ?」
「ディアーは鹿、トリロバイトは三葉虫です。後者はもう絶滅しています」
慧音はそう答えて、地図の1ヶ所を指差す。
「イーグルアンデッドは君達がジャガーアンデッドと戦った平原にいたようだが、頻繁に位置を変えている。平原は広いし、見つけるのは難しいだろう」
妹紅と一真は頷いた。
続いて慧音は別の所へ指を滑らせる。
「ディアーアンデッドは妖怪の山の付近にいるようだ」
「妖怪の山?」
今度は一真が疑問の声を上げる。
「あの山だよ」
妹紅が窓の外に見える高い山を指す。
「文字通り、色んな妖怪が住んでいる山だ。鹿だから山が居心地いいのかな?」
「だが、すでに山の妖怪と小競り合いをしたようだ。妖怪の方も被害は出たようだが、ディアーアンデッドは撃退されて山の麓をうろついている」
「アンデッドを追い払うなんてたいしたもんだ。その山の妖怪って、そんなに強いのか?」
一真が感心したように言う。
「ま、私も近づきたいとは思わないね」
両手を頭の後ろで組んで答える妹紅。
「ウルフアンデッドとトリロバイトアンデッドは迷いの竹林にいる」
「竹林に?」
妹紅は思わず声を上げた。
「私のテリトリーも同然じゃないか。よし、一真。私が案内するから早速――」
「待って下さい、妹紅」
立ち上がろうとした妹紅を、慧音が呼び止める。
「やる気があるのは結構ですが、そろそろ日が暮れる時間です。いくらあなたでも、夜の竹林でアンデッドを探すのは危険ですよ」
外を見ると、日が傾いてきている。一真のブルースペイダーを使っても、竹林に着く頃には夕方も遅い時間になっているだろう。
「私が歴史を読みながら探すのが確実でしょうが、里の守りも必要ですし・・・」
妹紅の手助けをしたいのは山々という風に、申し訳なさそうに言う慧音。
それから一真の方に目をやり、
「それに、一真の宿泊場所も見つけないと・・・里を探せばいいと思いますが・・・」
「よし」
妹紅はポンと手を叩いて一真を見た。
「一真。お前、今日は私の家に泊まっていけ」
「え?」
異口同音に声を上げる一真と慧音。
「私の家は迷いの竹林の中にあるから、明日朝早く起きてアンデッドを探しに行くんだ。いい考えだろ?」
「いや、だけど・・・」
渋る一真。当然、少女――実年齢は一真のそれを遥かに上回るが――とはいえ女性の家に泊まるには抵抗がある。
「言っとくけど、変な気を起こしたらタダじゃ済まないからな」
「い、いや、そんな事はしないけどさ」
「ならばよしだ。飯も出してやるよ」
「しかし妹紅・・・」
それで最低限の義理は果たしたとばかりに言う妹紅に慧音も何か言い返そうとしたが、逆に妹紅に遮られる。
「大丈夫。今までだって家に人を泊めた事はあるしさ。それに、竹林にいるって事は私の家を見つける可能性もあるだろ? だからボディガードを置いとくんだ」
「・・・・・・」
人差し指を立てて言う妹紅に、慧音はもう止められそうにないと判断した。彼女は言い出すと聞かない所があるのは、浅くない付き合いの中でよく知っている。
はあ、とため息をつく慧音。
「一真、彼女はすっかりその気だ。おとなしくそうした方がいいと思う」
「・・・いいのか? 本当に」
「妹紅は君のパートナーになる気満々だ。その気分を損ねるのは得策ではあるまい」
慧音の言葉に、妹紅がうんうんと頷く。
「そうそう。私がいないと、竹林であっさり迷子になって一生出られないかもよ?」
「今のは比喩ではないぞ。あの竹林は本当に遭難する者が後を絶たん。“迷いの”というくらいだからな」
「・・・・・・」
一真は2人の顔を何度か見比べて、結局首を縦に振った。
「わかった・・・お世話になります」
そう言って、小さく頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそよろしくね」
「・・・ん?」
女性の声。だが、妹紅でも慧音でもない。
部屋の中をきょろきょろと見回す3人。しかし、他には誰もいない。
「うふふふ」
今度は笑い声。聞こえてきた方向は・・・上だった。
3人が一斉に見上げると、女性が虚空から体を乗り出していた。部屋の上方の空間に黒い切れ込みのようなものがあり、金髪に白い帽子を乗せた紫と白の服の女性の姿がその切れ込みの中に見える。よく見ると、その切れ込みの両端には赤いリボンがついている。
「な、何だ!?」
その様に驚いた一真は見上げたまま後ろに手をついてしまった。妹紅と慧音も驚きの声を上げる。
「お前・・・八雲紫!?」
「え、ゆかり? この人が?」
慌てふためく一真を見て、女性――紫は口元を袖で隠しながら笑った。
「あなたが剣崎一真ね? 話は霊夢から聞いてるわ。幻想郷に入り込んだアンデッドを退治してくれるそうね」
「あ、はい・・・」
一真は見上げた姿勢のまま頷く。
「悪いわね。本当は私が幻想郷から全員追い出してやる所なんだけど、体調が優れなくてできないのよ。こうして挨拶に来るのもしんどくて」
「挨拶なら、せめて玄関から入ってきてくれないか」
慧音が抗議するが、紫は悪びれた様子もなく微笑む。
「いちいちスキマの外に出るのも面倒じゃない。戸を開ける手間も省けるし」
「そんな事、面倒臭がってどうするんだよ」
卓に頬杖をついて突っこむ妹紅。
「あなたもアンデッドと戦ってくれるそうね。助かるわ」
「やつらが心底気に食わないだけだ。あんたのためじゃない」
気だるそうに手を振る妹紅を見て、また微笑む紫。
「2人とも、よろしく頼むわね。それじゃ、私は眠いからこれで失礼するわ」
そう言うと紫は切れ込みの奥に戻り、切れ込みも消えた。
「・・・・・・」
3人はしばらく、紫が消えた空間を見上げていた。
「本当に挨拶に来ただけだったようだな」
「顔を見せただけ、よしとしないといけないのかなぁ」
「・・・・・・」
ぼやいてはいるが平然としている慧音と妹紅を見て、
(ホント、スゴい所なんだな。幻想郷って・・・)
一真は改めてそう思った。
「よし。じゃ行くか」
「え?」
聞き返す一真と、立ち上がる妹紅。
「私の家だよ。そろそろ行かないと、日が暮れるよ」
「あ、ああ」
妹紅に腕を引かれて一真も立ち上がり、玄関へ向かう。
「それじゃ慧音、今日はゆっくり休んで明日からアンデッドを探すから」
「ええ。2人とも、気をつけて」
妹紅と一真は連れ立って慧音の家を後にした。
「お前の家って、どの辺なんだ?」
「ちょっと遠いけど、ブルースペイダーならすぐだろ」
「お前、あれ気に入ったみたいだな」
「まあね。あははは」
「・・・・・・」
慧音は、楽しそうに話しながら門へ歩いていく二人を見送りながら腕を組んだ。
「ずいぶん彼を信頼しているんだな・・・」
妹紅は人づきあいが苦手な方だ。素直でなくぶっきらぼうで、さらに少々短気ときている。そのくせ、困っている人を見過ごす事ができない。
家に人を泊めるというのも迷いの竹林で迷った人を保護したり、竹林の案内を彼女に依頼する人を泊める事があるからだ。付き合ってみると、そういう憎めない性格に好感を持てる人物ではあるのだ。
しかし妹紅自身が友人を作ることに消極的――むしろ避けている所があり、彼女が親しくしているのは幻想郷全体を見ても慧音しかいない。そういう慧音も、気難しい性格が災いして友人と呼べるのは妹紅しかいないのだが。人里へは用事がある時以外はほとんど寄りつかないので、慧音が妹紅の家へ行く事の方が多い。
その彼女が、会ったばかりの一真を家に泊めてもいいと思うほど心を許している。アンデッドと戦う事に集中していて、その仲間として認めたというのもあるだろうが、やはり彼がそれだけの信頼に足る人物であると見たのに違いない。慧音が一真と言葉を交わした時間はわずかだが、そのわずかな言葉の端々からも彼が裏表のない性格らしい事は理解できる。一真が妹紅の心をこうもたやすく掴んでいるのはちょっと妬けてくるが、友人としては喜ぶべき事であろう。
妹紅が彼をそれだけ信じているならば、きっと自分も信じて大丈夫だろう。慧音は妹紅を信じているから。
(あの2人がいるなら・・・今回の異変もすぐに収まる。信じていよう)
「さて・・・あの件はどうしたものかな」
先ほど歴史を見てアンデッドの足取りを追った時に、里の外ですでにアンデッドに襲われた人間や妖怪がいる事がわかった。妖怪は簡単に死なないし、妖精はすぐに復活するのでまあ問題はないが、人間は数名が殺されており、彼らはちゃんと弔ってやりたい。しかしアンデッドがいる以上、不用意に里の外へ出るのは危険だ。なんとか実力者を里に集めて、彼らに力を借りねばなるまい。当てがない事はない。妹紅と一真に頼めば遺体の回収もしてくれるだろうが、彼女らにはアンデッドを倒す事に集中してもらいたい。
(私は私にできる事がある。だから妹紅、一真。君達は自分のするべき事をやってくれ)
~少女&青年移動中・・・~
「こんな所に家あるのか?」
「もうすぐだって」
人間の里をブルースペイダーで発って数十分。
竹林の中へ分け入っていった一真は、ブルースペイダーを手で押しながら妹紅の後について行っていた。この辺りの竹はそれほど密集しておらず、ブルースペイダーも割とすんなり進める。上を見ると竹の葉にだいぶ空が隠れているが、暗くなり始めた茜色の空は見えている。
「ほら、ここだ」
妹紅が指差す先を見ると、比較的開けた場所に平屋建ての小さい家があった。小さいといっても、縁側もあってそれなりに広い部屋もありそうだ。
「ここがお前ん家?」
「ああ。何もないけど、ま、上がってよ」
ブルースペイダーを玄関の傍らに置いて、妹紅に続いて一真も玄関に入ろうとしたが。
ゴンッ
「痛っ!?」
入り口に頭をぶつけてしまい、その場にうずくまってしまった。
「だ、大丈夫?」
「あいったたた・・・」
頭を両手で押さえて顔を歪める一真に妹紅が駆け寄る。
「背が高すぎるのも案外不便なんだな」
「た、たまにな。いてて・・・」
涙目の一真に苦笑する妹紅。
頭をさすりながら、一真は妹紅に連れられて部屋に上がった。
「あー、慧音の家でも思ったけど、なんか畳って久しぶりだな」
「畳が久しぶりって、どういう家に住んでたんだ? お前」
座布団を出していた妹紅が振り返る。
「ああ、洋風の家。友達の家に居候になってるんだ」
幻想郷がどんな文化なのかある程度わかってきた一真は、座布団に座りながら妹紅がちゃんと理解できそうな返答をした。
「ライダーになりたての時、訓練で2ヶ月くらいアパート空けてたら家賃払うの忘れてて追い出されちゃってさ」
「何やってるんだよ・・・それで友達の家に世話になる事にしたわけか」
妹紅も座布団に座りながら、呆れたように肩をすくめた。
「正確には、居候になってから友達になったんだけどな。そいつ虎太郎っていって、ルポライター志望で最初はライダーの取材目的で俺を家にいさせてくれたんだけど、今はすっかり俺達の仲間だよ」
「取材ねえ・・・幻想郷にもいるな、そんなやつが」
ちゃぶ台に肘を突いて、虚空を見やりながら妹紅。
「あ、そうなのか?」
「ああ。私の所にも来た事あるよ。弾幕放ってやったんだけど、私の弾幕をかいくぐりながらそれをカメラで撮影してさ。あれはさすがに驚いたよ」
「すごい根性だな、それは。虎太郎も俺がアンデッドと戦ってる所に乗り込んできたっけ」
「ああいう連中って、どこに行っても根性だけはあるみたいだな」
「言えてるよな」
あははは、と2人でひとしきり笑う。
話している間に暗くなってきたので、妹紅は指先に火を灯し、火の玉を作り出して宙に浮かべた。
普通の人間が客として来ている時にこれをやると驚くので、そういう時は行灯やロウソク、ついでにマッチを使うのだが、一真なら遠慮はしなくていいだろう。実際、一真は「おー」と小さく感嘆の声を上げるだけで驚いたりはしない。
「腹減ったろ? 飯、すぐ用意するから待ってな」
台所へ行き、そこにも同じように火の玉を作る妹紅。
「あ、手伝うよ。2人でやれば早く終わるだろ」
言いながら台所へ入り、指輪を外してポケットに入れる一真。
「・・・お前、男のくせに指輪なんてしてるのか?」
指輪の存在は博麗神社で会った時点で気になってはいたが、聞くきっかけがつかめず今まで保留していた。
「これ、先輩の橘さんがしてるの見て真似したんだよ。カッコよかったから。水道どこ?」
「ないよ。井戸なら裏にあるけど」
答えながら妹紅は台所に置かれた水がめから柄杓で桶に水を汲んだ。手を洗って水を捨て、桶を一真に差し出す。
「・・・・・・」
一真はそれを受け取り、同じ様に手を洗った。
妹紅は一真に手ぬぐいを渡して、大根などの野菜を取り出す。金を稼ぐ術がなく、人里へもあまり行かない妹紅を気づかって慧音が分けてくれたものだ。時折、竹林で迷った人を助けたり竹林を案内した時にお礼をもらう事もあるが、どうしても金が必要な場合は里で何とか稼いでいる。
「あ、それ俺が切るよ」
そう言うと一真は妹紅の手から大根をさっと取って桶で洗い、出しておいた包丁とまな板で大きめに切って皮をむき始める。
「へえ、案外上手いんだな」
料理に関しては正直期待していなかったが、危なげのない手つきに感心した。
「独り暮らしが長かったからな。料理はちょっと自信あるんだ」
「それ、味噌汁に入れるから小さく切ってくれるか?」
「わかった」
言っているうちに皮をむき終わり、大根をいちょう切りにしていく一真。これなら任せて大丈夫そうだと判断した妹紅は釜で米を洗い始めた。
「橘って、アンデッドにカードを奪われた人だろ? 頼りになるの?」
「橘さんだってそういう事はあるさ。ほら、言うだろ。河童の・・・何だっけ?」
「河童の川流れ?」
「そうそう、それそれ」
左手で妹紅を指しながら頷く一真。それに妹紅は手も止めず半眼だけを向ける。
「・・・お前、ことわざ苦手だろ」
「んー・・・そういや、こないだ鬼に金棒が出てこなかった事が・・・」
「重症じゃんか」
「あははは・・・」
そう切り捨てて、白くなった水を数回捨てるとまた水を入れてかまどへ乗せる。かまどの中に割った竹を適当に放り込んで、手から炎を噴きつけるとたちまち燃え上がった。そこへ更に竹を入れる。竹林の中に住んでいるので、木より竹の方が手に入りやすい。というより、付近には竹しか生えていない。
「便利だなー、火が出せると」
大根を切り終わった一真がその様子を見て言う。今度はごぼうを取り、
「ごぼうはどうする?」
「ああ、それも味噌汁に入れる」
「じゃ、ささがきにするよ」
「うん」
しばらく2人は調理を続け、ごぼうをだいぶ切ってそろそろ十分な量かと思い始めた頃に一真はふと手を止めた。
「そういえばさ、不老不死でも腹は減るのか?」
「ん? まあ、死ぬ事はないんだけど気分的に何か食べたい時はあるし、今日みたいに激しく動いたりすると腹減るな。それに・・・」
「それに?」
一真がそう言った直後、妹紅の表情が曇った。
「飯を食べる事までやめてしまったら、私は本当に人間じゃなくなるような気がして・・・」
「・・・・・・」
それを見て、一真は言葉に詰まった。
「ご、ごめん。余計な事聞いちゃって」
「あ、いや、いいよ。気にするなって」
「いや、ホントごめん。考えなしに俺・・・」
「いや、私の方こそ余計な事言っちゃって・・・」
それから気まずい沈黙が数秒訪れて。
「あ、そうだ。味噌汁作るんだろ? 俺やるよ。鍋どこ?」
「え? あ、ああ。じゃ、これ・・・」
妹紅がかまどのそばに置いていた鍋を取ると一真はそれをつかみ、
「じゃ、そっちにも火つけといてくれ」
そう言って水がめから鍋に水を入れ始めた。
「あ、うん・・・」
促されるまま、米を炊いている隣のかまどに竹を入れて火をつける。そこに一真が水の入った鍋を乗せた。
「ダシは何使う?」
「ああ、しょう油だけでいいよ」
「かつお節とか昆布とかは?」
「そんなのないよ。幻想郷には海はないんだから」
「え!? そうなのか?」
ばっと振り向いた一真の驚いた顔と声に妹紅は思わず吹き出す。
「元々内陸地だった所を結界で隔離しただけだからな。だから魚といったら川魚だけだ」
「はー、なるほどなぁ」
今度は心底納得したように頷く一真に、妹紅はまた笑ってしまった。それに一真も笑顔になり、
「何笑ってんだよ?」
「いや、だってお前の反応がいちいち・・・」
さっきまでの重苦しい空気はどこかへ吹き飛び、そのまま2人は笑いながら料理を続けた。
~少女&青年料理中・・・~
「いただきます!」
数十分後、出来上がった食事が並んだちゃぶ台を挟んで2人は座っていた。白米と味噌汁、干物と漬け物。簡素な食事だが2人とも猛然と食べ始めた。
「美味い! やっぱアンデッドと2回も戦って腹が減ったからな」
「うん、なんか私も普通に腹減ってたな。疲れたのかな」
ご飯や味噌汁をかき込みながら話す2人。
「あー、自分で料理したのも久しぶりだったな」
「そうなのか?」
「うん、最近は虎太郎に任せてばっかだったから。広瀬さんもほとんど作らないし」
「ひろせ?」
「ああ、俺と一緒に虎太郎の家に居候してる女の人。彼女もボードの職員だったんだ」
2人とも全く箸を休めずに会話を続ける。
「女と一緒に住んでるのか?」
「一応そうだけど、ただの同僚だよ。腕っ節強いからケンカしたら絶対勝てないし」
「ふうん。でも、なんで一緒に住む事に?」
「ボードの施設がアンデッドに襲撃されて壊滅してさ。俺はその時いなくて、広瀬さん以外はほとんど殺されちゃってな・・・」
一真がわずかに顔を歪ませる。
「それからしばらく、広瀬さんや虎太郎にサポートしてもらいながら俺1人で戦ってたんだ」
「他の仮面ライダーは?」
昼間の話では、ライダーは一真の他に3人いたはずだ。
「橘さんは・・・ちょっと事情があって一緒に戦えなくて、睦月はその時まだライダーじゃなかった」
「あとの1人は?」
「そいつも・・・なかなか一緒に戦えなくてな・・・組織もなくなって、頼りにしてた橘さんもいなくて、あの時は本当に大変だった。ほとんど一人で戦ってたから」
少々歯切れが悪かったのは気になったが、恐らく色々とあったのだろう。
「ふぅん・・・そりゃ大変だったな。その分、打たれ強くなったんじゃない?」
「それはあるかもな」
ちょっとだけ笑顔を見せる一真。詳細を知る由もないが、逆境の中でも戦いをやめなかった事は立派だと妹紅は思う。そんな状況にあっても自分の戦う理由を見失う事はなかったのだろう。
と、そう思い至って。
「なあ。お前、どうして仮面ライダーなんてやってるんだ?」
その『戦う理由』が気になった。
「アンデッドなんかと戦うとなると、命がけだろう? どうして今までやり通せたんだ? 仕事って事は、金のため?」
それは多分違うと思いながら、あえて意地の悪い聞き方をした。
妹紅の予想通り――そして期待通り、一真は首を横に振る。
「違うよ。金銭面で言うならもっと割のいい仕事は他にあるだろ。給料は安いし、残業手当もつかないし」
「じゃあ、なんで?」
そう聞かれた一真は、両手を止めてちゃぶ台の上に下ろした。
「この間も同じ事を聞かれたな。最初はそれが俺の仕事だから、って答えてたけど・・・」
一真は真っ直ぐに妹紅の目を見て、
「俺は、人間を愛しているからだ」
淀みない言葉ではっきりと答えた。
「人間をアンデッドから守りたい。誰かが傷ついたり、悲しい思いをするのが許せない。だから俺は戦うんだ」
「・・・・・・」
あまりにストレートな言葉と眼差しに、妹紅は一瞬沈黙してしまった。
「そんな恥ずかしい事、よくはっきりと言えるな」
「いや、でもこれ、紛れもない本音なんだって」
照れたように笑う一真。しかし、その表情はすぐに引っ込んでしまう。
「俺、11歳の時、両親が死んだんだ。火事で、俺の目の前で家と一緒に燃えてしまってさ」
悲しみの色を浮かべたその顔に、妹紅は思わずはっとした。ジャガーUを倒した時に妹紅も親の事を考えていたからだ。
「その時、そこにいたのにどうする事もできなかったのがずっと悔しくて。だから、家族や友人が傷ついて悲しむ人の気持ちってどうしても、こう・・・」
そこまで言って一真は虚空を見上げた。表現が思いつかないらしい。
「他人事に思えないっていうか、放っておけないっていうか、なんとかしたい気持ちになるっていうか・・・」
首を傾げて考えながらしゃべる一真の表情に、妹紅はまたも軽く笑ってしまう。
「いいよ、大体わかったから。優しいやつだな、お前」
「そうかな?」
今度は照れ笑いを浮かべる一真に妹紅も微笑み返す。
一真は天真爛漫というか純粋で素直な性格のようだ。そして、苦しむ人々に迷う事なく手を差し伸べる優しさと厚い正義感も持ち合わせている。言ってしまえばお人好しだ。ある意味、仮面ライダーという職業にこれ以上なく最適なタイプと言えるだろう。
妹紅の1000年以上にも及ぶ人生を振り返っても、こういう人物は少なかった。いや、いなかったと言いきれる。
人づきあいを避けていたといえども、純粋で優しい人物はいた。だが一真のようにそういう気持ちを持ち、なおかつその情熱を実現できる力を持ち合わせた人物となると話は別だ。幻想郷の妖怪ならば力は持っているが、進んで人助けをするような神経を持ち合わせた者はほとんどいない。その両方を兼ね備えた一真は、極めて稀有な存在だと断言できる。
「お前だって、理由は同じなんだろ?」
「え?」
飯を口に運んだ所で不意に聞かれて、一瞬きょとんとした。
「俺と一緒にアンデッドと戦ってくれるのは、お前もみんなを守りたいからなんだろ?」
にこやかな一真。
「・・・まあね」
妹紅は箸の先を口にくわえたまま、気のないような返事を返した。一真はそんな返事にも満足したように頷いて、食べるのを再開した。
「・・・・・・」
確かに、アンデッドが人々の安全を脅かす事は許せない。そういう点では、妹紅と一真は同じ理由で戦っていると言える。そうだとわかって結構嬉しい気持ちになった。
(許せない、か・・・)
ただ、妹紅には許せない人間が1人いる。
アンデッドとは違い、“彼女”に対するそれは完全に私怨だ。一瞬その事が頭をよぎり、さっきの一真の問いをはっきりと肯定しきれなかった。
はっきり言って“彼女”は、妹紅にとって守りたい人間の範疇から外れている。仮に“彼女”がアンデッドに襲われたとしてもアンデッドごときには殺せないと確信しているのも理由の1つだが、建て前でしかない。
それは妹紅が“彼女”に殺意を抱いているからだ。一真にはそんな人物はいなさそうに思える。だから、はっきり同じだと言いにくかった。
自分は憎んでいる人間がいながら、人間のためという正義を掲げてアンデッドと戦おうとしている。
(・・・私って偽善者かな)
妹紅が自己嫌悪に陥っていると、
「妹紅、おかわりしていいかな?」
「え? ああ、いいよ」
妹紅が返事すると、一真は「よし」と言いながら櫃から飯を嬉しそうによそう。
「悪いな、メシまでご馳走になっちゃってさ」
「気にするなって。代わりに色々仕事やってもらうから」
「あ、そういう事? なら遠慮しなくていいな」
そう言うと一真は飯を山盛りにした。
「いや、少しは遠慮しろよ、お前」
ほとんど脊髄反射的につっこむ妹紅。
「まあまあ。ちゃんと仕事はするからさ」
食べながらにこやかに答える一真。
仕事云々は今思いついたのを言っただけなのだが。
「アンデッドはちゃんと封印するさ。それが俺の仕事だからな」
笑顔で、しかししっかりと言い切った。
軽い気持ちで言ったのではなく、当然の義務だとでもいう風に。
「・・・なら、まあいいよ」
ばくばくと飯をかき込む一真を眺めながら、つぶやく。この男が相手だと、なぜかペースが狂う。それなのに悪い気がしないのは、もはや卑怯ですらある。
だから妹紅も、再び夕食に箸をつけた。
(偽善とかどうとか、一真にもアンデッドにも関係ないよね)
ぐだぐだと考えるのは性に合わない。今は、アンデッドを倒す事に集中していればいい。一真のように。そう頭を切り替え、妹紅も飯をかき込んだ。
◇ ◆ ◇
あるのは静寂とわずかな月の光。夜の竹林の中には異様な雰囲気が漂う。
その中をゆっくり進む人影があった。
着物風のピンクの上着と長いスカート、黒絹のような長い髪の少女。その顔立ちはまだあどけなささえ感じさせる一方、その愛らしさに不釣り合いな程の気品も漂わせていた。不気味な闇の中さえも、彼女が立ち入れば一瞬で幻想的な空間へと変貌する。その場に誰かいれば、そう錯覚したであろう。それほど彼女は美しかった。
彼女――蓬莱山輝夜は歩きながら上方へ顔を向けた。
竹の葉の間から月が垣間見えている。今夜の月はおおむね十三夜。あと数日で満月になるだろう。
別に月が満月だろうと半月だろうと、何が変わるわけではない。それは幾星霜を通して変わらず続いてきた営み。そしてそれはこれからも続くのだ。月がそこにある限り、永遠に。
これから自分が彼女に会いに行くのも、その後起こるだろう事も、これまでも繰り返されてきたし、これからも続くのだろう。
別に構いはしない。時間など掃いて捨てるほどあるのだ。
輝夜は自虐気味に口の端を吊り上げた。
「今からあなたを殺しに行くわ・・・妹紅」
そうつぶやき、輝夜は仄暗い竹林の中へと歩を進めていった。
◇ ◆ ◇
「妹紅、水の量はいいぞ」
「うん。ご苦労さん」
妹紅は火の入った風呂釜の前にしゃがんで竹を入れ込みながら、風呂場の窓から顔を出す一真に返事をした。
夕食中、しばらく2人は色々な話題で会話を続けていた。そしてその後、風呂を沸かすために一真に水を入れさせていた。なみなみと水が入った桶を両手に持って風呂と井戸を何度も往復するのは重労働のはずだが、一真はそれほどきつそうではない。自分の場合、桶にあまり多く水を入れるとばててしまうので往復回数は多かったが、やはり力仕事は男にさせるべきらしい。
「汗かいたろ? お前が先に入っていいよ」
「いいのか?」
勝手口から出てきた一真に声をかける。
「悪いな。じゃ、そうさせて・・・いや、待てよ」
言いかけて、腕を組む一真。
「そういえば俺、着替えとか持って来てないんだよな。泊まる予定なんてなかったし」
「ああ、それもそうか」
妹紅の服では考えるまでもなくサイズが合わない。「う~ん」と考え込む一真。
「里まで買いに行くかな」
「でもお前、こっちの金なんて持ってないだろ」
「あ・・・確かに」
指輪などの持ち物を売れば多少の金になるだろうが、それは少々酷い気もする。
「仕方ない。私が金貸してやるよ」
一応、多少は持っている。
「え? いや、でも」
「いいから。ちょっと待ってて」
渋る一真を押しとどめて、勝手口から家に入る。棚に仕舞っていた財布を持って来て一真に渡す。
「ほら。1人で里まで行けるか?」
「ああ、それは大丈夫だと思うけど・・・」
「店の場所は慧音に聞けばわかるだろ。この時間ならまだ起きてるはずだし」
財布を受け取った一真は申し訳なさそうに、
「なあ、ホントにいいのか?」
「気にするなって。じゃあ・・・明日、朝飯はお前が作ってくれよ」
それを聞いた一真は笑って頷いた。
「わかった。じゃ行って来る」
「早く戻って来いよ」
一真が表へ周った後、ブルースペイダーのエンジン音が鳴り響き、やがて遠ざかっていった。戻ってくるまで1時間程かかるだろう。自分が先に風呂に入っていていいかもしれない。そんな事を考えながら竹を風呂釜に入れ、火かき棒で適度に混ぜる。
「ふう」
一息ついて、外壁に背を向けてしゃがむ。ふと空を見上げると、月が見えた。
「・・・・・・」
月を見る度に“彼女”の事を思い出してしまう。それが“彼女”に対するいらつきを更に増長させる。いつもなら単にそれだけで気分を適当に切り替える所なのだが、今日は少し違った。
アンデッドは戦いを幾度となく繰り返してきたという。その話を慧音や一真から聞いて、それが自分と“彼女”を想起させた。“彼女”との戦い――否、殺し合いは実に300年にも及ぶ。毎日というわけではないが。それは月の満ち欠けのように、ずっと繰り返されてきた歴史。始めた時から何も変わっていない。それはいつまで続くだろうか。
自分の“彼女”への憎しみ――そして、それ以外の感情が消える事はあるまい。何かにこだわる事をやめてしまったら、自分は死ぬ事も年を取る事もない人形と一緒だ。体が人間ではなくなっても、心だけは人間のままでいたい。それが彼女を捕らえ続ける『永遠』に対する、せめてもの抵抗だ。
「・・・・・・」
ふと、風呂釜を見ると竹がほとんど燃え尽きていた。意外と長い時間、物思いに耽っていたらしい。
竹をまた数本くべ、そろそろ湯加減を見ようと立ち上がって勝手口へ足を向けようとした瞬間。
気配を感じた。
「・・・!」
反射的に、スペルカードが入ったポケットに手を入れる。“彼女”がやって来たのかと思ったのだ。
意識を集中させて周囲を伺う。
明かりは月光と風呂釜の炎、そして妹紅が作った火の玉くらいで辺りは暗い。燃やしている竹が時々爆ぜる以外は音もなく静かだ。次第に、気配がはっきり感じ取れてくる。格子のように立ち並ぶ竹の合間に目を凝らすと、影がわずかに見えてきた。
「あれは・・・?」
大きめの火の玉を空中に生成し、ようやく相手の姿をはっきり視認できた。
鉄仮面のような頭部に金属のような皮膚、左腕に2本の爪と右腕に幅広の甲殻を持っている。そして腰にはベルトのようなものが見受けられた。
「アンデッド!?」
予想外の来訪者に妹紅は驚愕した。
アンデッドが竹林にいると聞いて、自分の家を見つけるかもしれないと冗談めかして言いはしたものの、本当に現れるとは思わない。しかも間の悪い事に今、一真がいない。帰ってくるまで、あと数十分はかかるはず。それをどうにか乗り切らないといけない。
(慧音の話じゃ、竹林にいるのはトリ・・・何だっけ? 確か、三葉虫だったか・・・こいつがそうかな? それとウルフアンデッドってやつが・・・待てよ?)
竹林にいるアンデッドは2体。その事を思い出し、目前のアンデッド――トリロバイトUから周囲へ注意を向けた時。
右方向から殺気。
「!」
咄嗟にしゃがみ込み、飛びかかってきた影からの攻撃を凌ごうとした。右肩に痛みを感じるも、地面を転がって影から間合いを取る。
「ハァァァッ!」
「くっ!」
影はそのまま妹紅に追撃、妹紅はそれらをなんとかかわして火の玉を影に撃ち込み、炎の翼で上空へ飛んだ。
「やはり貴様も普通の人間ではないようだな?」
影がしゃべる。白っぽい体色に狼のようなシルエット。毛並みのように全身に刃がついている。
影――こいつがウルフUだと目星をつけた――とトリロバイトUを空中から睨みつける妹紅。
(アンデッドが協力してる・・・?)
一真の話では、封印されたカードから解放されたアンデッド達はまとまって動いていたらしい。ここでも引き続き協力体制を取っているのだろうか。
妹紅の右肩はウルフUの刃に切り裂かれ、血が流れ出ている。これくらいの傷ならばじきに回復するだろうが、2体のアンデッド相手では楽観はできない。肩を押さえ、自分の取るべき手段を考える。とはいえ、打てる手は限られる。
一真がいなければアンデッドは封印できないので結局の所、彼が来るまで時間を稼ぐしかない。逃げるという方法もあるにはあるが、わざわざ向こうからやって来た所を見逃す気にはなれない。それに、自分の家の所在がばれてしまったのが非常にまずい。ここで逃がしたら襲撃を警戒しなければならなくなる。何より、放っておけば人間が襲われる危険性が高い。
昼間の人里での惨劇が脳裏に蘇る。なんとか封印したい。そう思いを巡らせていると、
「ふん、まあいい。ここには妙な生き物ばかりいるようだが、何であろうと俺に敵うはずなどない」
ウルフUは吐き捨てると、妹紅の家の屋根の上へ飛び上がり、更にジャンプして妹紅へ腕を振りかざす。
「!」
咄嗟に降下して爪撃をやりすごし、振り向いてウルフUへ弾幕を放つ。地面へ降り立ったウルフUは即座に跳躍し、弾幕は地面に炸裂した。それを追うように弾幕を撃ち込むが、ウルフUは竹から竹へ身軽に飛び回り、狙うタイミングを絞らせない。
「この、ちょこまかと!」
普通の弾幕ごっこ並の回避に――幻想郷の者なら、これくらいは誰でも出来る――狙い方を変える必要を感じていると、別の方向から殺気を感じた。
妹紅が仰け反った直後、一瞬前まで彼女の頭があった空間を何か尖った物が通過していった。
飛んできた方にはトリロバイトUがおり、左肩の突起を発射してきた。アンデッドは案外、飛び道具を備えているらしい。
「フッ!」
トリロバイトUの攻撃に気を取られている所に、ウルフUが上から飛びかかってきた。身を翻して避け、弾幕を撃ち込む。
ウルフUはせわしなく動き続けてかわし、トリロバイトUは右腕の甲殻を盾にして防いでいる。体に命中してもほとんど堪えていないようだ。
「くっ!」
状況を打破する方法を思案しながら、妹紅は炎を撃ち続けた。
◇ ◆ ◇
「悪いな、慧音。こんな時間に」
「いや、構わん。気にしないでくれ」
一真と慧音は人里の道を並んで歩いていた。
夕食後、本を読んでいた所に一真が訪ねて来て、着替えを買いたいので店を教えて欲しいと言ってきた。それで今、その店に向かっている所だ。金は妹紅に貸してもらったらしい。代わりに家で色々仕事をする事になっているそうだ。
「ん?」
と、一真が何かを見つけて足を止めた。道端に立てられた掲示板に人相書きが2枚貼りつけられている。
「あ、これ俺が教えた・・・」
「人間に変身した上級アンデッドの顔だ。町中に貼ってある」
人相書きには、人食い妖怪と書かれている。
「アンデッドの事を説明しても、ほとんどわかってもらえないと思ってな」
「それもそうか」
一真は頷き、少し屈んでいた背筋を伸ばす。そして辺りを見回し、
「そういえば、誰もいないな。いつもこうなのか?」
通りには明かりはほとんどなく、慧音が持っている提灯を除けば家々から少し漏れ出る光くらいしかない。人影はまったくなく、慧音の家を出てからは見回りの男性数名と一度すれ違った以外に人は見ていない。
「元々少なくはあったが、昼間あんな事があったんだ。夜に出歩くのが恐くなるのも無理はない」
「・・・・・・」
「私は寺子屋をやっているんだが、それもしばらく休む事にした。昼間とはいえ子供を出歩かせにくいからな。それに・・・」
提灯の光でわずかに照らされた地面に視線を落とす慧音。
「今日、アンデッドに殺された人達の中に1人、私の生徒の父親がいてな・・・その子は、とても勉強などできる状態じゃなかった」
一真と妹紅がジャガーUと戦っていた間に被害者の家族が駆けつけた。父親の亡骸を前に母親にすがって泣き叫ぶ教え子の姿を見るのは、心が切り裂かれるほど辛かった。
宿題を忘れたりすれば頭突きをやって泣かせたりするが、毎日勉強を教えたり面倒を見ていれば当然、自分の教え子は可愛い。授業などできる気力がないのは、むしろ自分の方かもしれない。いつも満月の夜にハクタクの能力で得た正確な歴史を歴史書に書いているが、今日の事を記録するのはとても辛いだろう。
沈んでいると、一真が肩に手を置いて顔を覗きこんできた。
「大丈夫だ、慧音。残りのアンデッドは必ず俺が封印する。寺子屋もすぐに再開できるようにするよ。約束する」
件の襲撃の際、逃げる人々をかき分けてジャガーUに向かっていった彼の姿が脳裏に蘇る。ライダーという力があるとはいえ、アンデッドのような怪物に立ち向かうにはかなりの勇気がいる。それを彼は、アンデッドの姿を見るや何の躊躇もなく向かっていった。あの行動だけで彼は勇敢な男だと十分に理解できる。それも手伝ってだろう。笑顔を浮かべ優しく言い聞かせるような一真の穏やかな口調には、とても安心感があった。
慧音は一真に小さく頭を下げた。
「よろしく頼む、一真」
「ああ、任せてくれ」
ぐっと握り拳を作って応える一真。頼もしいと思った。
「急ごうか。妹紅を待たせてはいけない」
再び歩き出し、やがて目当ての店に着いた。
里でも珍しい洋風の服を扱っている店で、なんでも奉公していた店のつてで外の世界の品物を扱う道具屋から服を卸しているらしい。店主は物好きらしく、大抵の店が閉まる時間も営業している。2つの意味で、一真にとっては運が良かったと言えるだろう。
「ここだ。私は外で待っていよう」
「ああ、すぐ終わるよ」
一真が店に入っていったのを見届け、慧音は店の脇の路地に入った。空を見上げると、月が出ている。満月まであと少しという所だ。
帽子を取り、ハクタクに変身する。人通りがほとんどないとは言え、通りで堂々と変身はしにくい。
ワーハクタクである慧音はハクタクになっている時だけ、歴史を正確に認識する事ができる。本来、ハクタクの力は満月の夜に真価を発揮する。満月でない時でもハクタクに変身はできるが、心身ともに負担が大きい。昼間は短い時間しか持たず、今日変身した時もだいぶ疲労があった。月の出ている夜は負担は小さい。
慧音は意識を集中させ、アンデッドに関する歴史を見ていく。先ほどの一真の励ましを受けて、今何かをしたいと思った。今、この瞬間にも誰かがアンデッドに襲われていないとも限らない。昼に調べたアンデッドの痕跡を辿って行く。
「・・・えっ?」
その結果得られた情報は、悪い予感が的中している事を示すものだった。しかも・・・
慧音は慌てて角と尻尾を引っ込め、表へ飛び出した。ちょうど袋を持って出てきた一真と出くわし、彼に飛びつくように訴える。
「一真、大変だ! 妹紅が今、アンデッドに襲われている!」
「へ?」
急に言われて一真は困惑したようだったが、すぐに真剣な表情になる。
「どういう事なんだ!?」
「今、歴史を見たら妹紅の家にアンデッドが2体現れたらしいんだ! 急がないと彼女が危ない!」
それを聞いて一真は走り出した。
「一真、私も行く!」
慧音も一真を追って駆け出す。一真は背が高い上に走り方もわかっているようで足が速く、まったく追いつけない。
「変身!」
『 Turn up 』
里の門を出た所で、一真はブレイドに変身した。
ブレイドがブルースペイダーとかいう乗り物にまたがった所で慧音はようやく追いついた。
「後ろに乗ってくれ!」
「・・・どう乗ればいい?」
妹紅達がジャガーUを倒して戻ってきた時に2人が乗っているのを見たが、ワンピースを着ている自分ではまたがるのは難しい。
「横から腰かけるように乗るといい。タイヤにスカートを巻き込まないように気をつけて」
「こうかな?」
言われた通り、足をそろえて左側からシートに座り、スカートを足に巻きつけるように固定する。
ブレイドはラウズカードを取り出し、ブルースペイダーのカードリーダーに通す。
『 Mach 』
「行くぞ! 目一杯飛ばすから、しっかり捕まっていてくれ!」
「わかった」
そう言って一真はアクセルを捻りこみ――
ギャリギャリギャリギャリッ!
激しく回転するタイヤが地面をけたたましく抉り――
ギュオンッ!
「うわ!?」
慧音の帽子が後ろへ吹き飛んだ。正確には、帽子だけがその場に取り残された。ブルースペイダーは電光の如き加速で走り出し、一瞬で人里が見えなくなった。空気を切り裂く音が大きく、耳を塞ぎたいが両腕でしっかり一真にしがみついていないとふりほどかれそうだ。注視しないと周囲の景色がまともに判別できないほど早く流れていっている。尋常でない速度に、慧音は冷や汗をかいた。
(ど、どうしてこんなスピードが出せる!? そういえばさっきラウズカードを・・・)
ブルースペイダーで走り出す直前に一真が使ったラウズカードの音声を思い返す。
確か『MACH』だった。
(マッハ・・・音速!? 急ぐからって、限度があるだろう!?)
納得すると同時に、一真に頭突きを食らわせてやりたいと思った。しかし、こんな猛烈な速度で走っている時に転倒でもしたら本気で命が危ない。緊急事態とはいえ、恐怖すら感じるほどの超スピードに神経を削られながら慧音はじっと耐えるしかなかった。
<『MACH』消費AP 1600>
<ブレイド残りAP 3400>
◇ ◆ ◇
唐突に解放された後、何かに導かれるようにこの世界へやってきた。なんとも奇妙な世界で、人間と思って襲ったものがことごとく人間ではなかった――妖怪やら妖精だなどと名乗っていたようだったが、上級アンデッドである自分に比べれば遥かに脆弱だった――。
その間も他のアンデッドの気配は感じていた。アンデッド同士で戦った形跡はなく、やつらもこの世界の人外と戦っているのだろう。アンデッドを狙いたかったが、近い位置におらず行こうとしても途中で戦いが終わったようで気配が消えてしまう。それが数度あった。
そして日が沈む頃になって、この竹林の中にアンデッドの気配を感じ、ようやくトリロバイトUとまみえる事ができた。叩きのめし屈服させて満足したので―――どうせ自分では封印できない――人間や人間もどきを襲うのに使ってやろうと引き連れていると、家と女を見つけた。
やはり普通の人間ではなく、空を飛ぶ上に炎の技を使ってくる。それまで蹴散らした人間もどきよりはできるようだが、パワーに欠けるのか決定打になるような攻撃を狙う素振りすらない。飛び回りながらたいした威力のない炎の弾を撃ってくるだけだ。2体がかりでもなかなか追い込む事ができないが、それも時間の問題だろう。竹林を縦横無尽に跳ね、次々に飛来する炎はほとんど自分に当たらない。
竹の幹に手と足をかけ、竹に張りついた状態から竹を蹴り、別の竹へ飛ぶ。炎の翼を背中に生やした女は狙いどころを伺っているのか、自分より低い高度を滑空している。チャンスと見たウルフUは横を通り過ぎようとした竹を左腕でつかみ、それを支点に回転して方向転換、そして腕を離して女目がけて落下していく。女はそれを見てウルフUから遠ざかるように後ろ向きに下がりながら火球を放つ。
ウルフUは火球を爪で打ち払いつつ着地し、即座に女を追って大地を蹴る。女は炎を撃ちながら後ろ向きに飛び、ウルフUは火の弾を左右に動いたり腕で払ってかわしながら追走する。
少しずつ距離が詰まっていく。女は焦った表情を浮かべている。不意に女の飛行速度が落ち、そこに一気に踏み込む。
「フッ!」
短く息を吐き、女の腹目がけて爪を突きこむ。
しかし、爪は空を切った。
「!」
急上昇した女を見上げる。その顔は笑っていた。
「・・・何がおかしい?」
爪をカチカチと鳴らしながら言う。疲労はほとんどない。女は空中で笑ったままポケットに両手を入れた。
「狙い通りに事が進んだからさ」
「何だと?」
月明かりに照らされた女の不敵な笑顔に眉をひそめる。
(・・・何? 月明かり?)
竹林の中では月の光などほとんど届かなかったはずだ。周りを見渡すと、回り一面に立ち並んでいた竹が1本もなくなっていた。後ろを振り返ると、だいぶ離れた距離に竹林が見えた。いつの間にか竹林の外まで誘導されたらしい。
「なるほど・・・」
竹林では自分の足場になる竹に事欠かない。地の利を削ぐために竹林の外へおびき出したようだ。
さっき女が隙を見せたのは、自分自身をエサにしてウルフUを竹林から誘い出す最後の詰めだったのだ。炎を撃っていたのも、自分が凌ぎながら走れる程度に加減していたのだろう。そうすればかえって女を追うのに集中するし、ある程度視界を遮る事もできる。
まんまと引っ掛けられてしまったというわけだ。そして、女がそういう行動を取った意味は、
「オレと徹底的に戦うつもりか、貴様」
自分にとって有利な地形へ誘い込んだ。つまり戦って勝つつもりでいるという事だ。相手の策にハメられた苛立ちや怒りよりも、相手の戦う意思をしっかり感じ取れた事による高揚感が勝っていた。
アンデッドは戦うために生み出された存在。戦い、倒し、勝ち残り己の種族を繁栄させる事が使命――いや、アンデッドの唯一の存在価値。
「だが、貴様ごときにオレは倒せんぞ」
「そいつはどうかな?」
余裕の表情を浮かべ、右手をポケットから出して髪をかき上げる女。と、ウルフUは切り裂いたはずの右肩の傷が治っていることに気づいた。
「何・・・? なぜ傷が・・・?」
「私はお前らと同じ不老不死なのさ」
「なんだと?」
ウルフUは二重の意味で驚いた。普通の人間ではないと思っていたが、この女も不死だという事。そして、アンデッドの事を知っているという事だ。
「だからって、お前達に同情なんてしない」
女の表情が変わった。
「もうこれ以上お前達に好き勝手させるわけにはいかない。まとめて仕留める」
女の体から火の粉が舞い、長い髪が浮き上がる。『これ以上』というセリフに引っかかるものがあったが、それよりも女の発する熱気と闘志の方に興味を惹かれた。
「・・・今から本気を出すという事か」
気配で後ろを伺うと、トリロバイトUはすでに竹林から出てきていたようだ。一体どんな戦いになるのか。血が滾るのが自覚できた。思わず拳を握る。
「不死鳥は燃え尽きても、灰の中から新たな命を得て蘇る。お前が不死鳥ほど気高く立ち上がれるか、確かめてやる!」
女が両腕を振り上げ、その手に炎が燃え盛る。そして振り下ろされた腕から、大量の炎の弾が撃ち放たれた。
「!」
さらに女は素早く左側へ回り込み、そちらからも炎球が雨霰と降りそそぐ。視界一面に広がる炎の壁が迫る。
「クッ!」
逃げるのは間に合わないと判断し、赤く輝く弾幕を見据える。激流のような炎は目前まで迫っている。その熱気だけで皮膚が焼けつくようだ。そして直径数十センチほどある最初の火の弾がウルフUへと到達した。
「ヌウゥッ!」
ウルフUはそれをかわし、次々に飛来する弾幕を避け続けた。
前と左、アンデッドゆえの優れた感覚で弾幕の位置を見切り、前後左右に細かく動いてそれをやり過ごし、避け切れないものは爪で打ち払う。理不尽な事に、火球同士は触れてもぶつかって消える事はなくそのまますり抜けてしまう。
かわしきれなかった炎が左肩に当たり、ボンと爆ぜる。当然、肩には熱傷が残った。
その痛みを堪えひたすらかわし続けるが、数が数。2発3発と次々に火炎の弾幕を浴びていく。
さらに、右斜め後ろの方からも弾幕が迫るのを知覚して、ウルフUは総毛立った。あの女は本気で自分達を灰にするつもりらしい。
アンデッドである自分が死ぬ事はないが、負ける事は許されない。勝つ事がアンデッドの誇りなのだ。
◇ ◆ ◇
「あれは!?」
ブレイドは正面方向、妹紅の家の方角が明るくなっているのに気づいた。赤い光が揺らめき、暗い空を照らし出している。
「炎・・・? 妹紅か!?」
「ちょっ、一真、できれば少しゆっくり――うわ!?」
アクセルを捻り込み、ブルースペイダーは夜の幻想郷を駆け抜ける。
◇ ◆ ◇
ウルフUは頭をフル回転させ、弾幕からの突破口を探した。なんとか活路を見出さねばならない。
と、その場にいるもう1体のアンデッドの存在を思い出した。
弾幕の流れに逆らいながらトリロバイトUの気配の方へ走る。足に被弾してバランスを崩しかけたが、転倒などしようものなら確実に消し炭になってしまうので全力で耐えた。
どうにかトリロバイトUが見える所まで来ると、トリロバイトUは直立したまま弾幕を受けまくっていた。しかしトリロバイトUは全く動じておらず平然としている。よく見れば体全体が鋼鉄のような鈍い色になっており、冷たい光沢を放っている。
トリロバイトUは体を鋼鉄化させる能力を持っている。この状況なら、それを使って凌ごうとするだろうと考えたが案の定だった。
鋼鉄化したトリロバイトUに素早く近寄り、それを盾に弾幕をやり過ごす。複数方向から飛んでくるためトリロバイトUだけで全てを避ける事は出来ないが、それでもだいぶマシになった。トリロバイトUを中心に動いて安全な空間を探し当て、その間に気配を探る。
今のままでは焼き尽くされるのは時間の問題。その前に敵を倒すしかない。途切れる事のない炎の弾幕に囲まれながら、やがて女の気配を探り当てる。割と近い位置を飛びながら火球を撃ちまくっているようだ。こちらがトリロバイトUを盾に使い出したので焦れているのかも知れない。
意識を集中させて女の気配に注意を払う。
(今だ!)
「ハァッ!」
トリロバイトUの肩を踏み台にして、女の気配目がけて大きく跳躍する。
空中から見下ろすと、大地はまさしく炎の海と化していた。大量の炎の弾が隙間も見当たらないほど飛び交う様は、地獄どころか美しくもさえ見える。そしてその炎を撃ち続ける火の鳥は、まだこちらが空中にいる事に気づいていないまま弾幕を放っている。
やがてウルフUの体は空中で弧を描くように降下しだした。
ようやく女が驚いた顔でこちらを見上げたのは、ウルフUが右腕を振り下ろす瞬間だった。
「うっ!?」
しかし女は反射的に後ろへ飛び退き、爪は頬をかすめ、髪に結んだ小さいリボンが千切れ飛ぶ。
着地し、再度跳躍して左の爪を体勢を崩した女の腹目がけて突き出す。凍りついた女の顔を見て、決まりだ、と思った瞬間――
左肩に衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「グッ!?」
なんとか足から着地し、攻撃が飛んで来たと思われる方向――竹林に目を向ける。
「今のは・・・」
仕留め損ねた女のつぶやきが聞こえる。
「派手にやってると思ったら、やられそうだったじゃないの。妹紅」
暗い竹林の中から別の女が姿を現した。ピンクの服に赤いスカート、長い黒髪。
「輝夜っ!?」
上空の女が驚いた声を上げる。
「お前・・・っ! なんでここに!?」
「決まってるでしょ。あなたを殺しに来たんだけど・・・今夜は先客がいたみたいね。何なの、そいつら?」
輝夜という女――人間の名前などいちいち覚えていられないが――は物騒な事をさらりと言いながら、袖で口元を覆う。
妹紅というらしい女はこっちをにらんで、
「こいつらはアンデッド・・・外の世界から来た、私達と同じ不死の怪物だ」
「あら、蓬莱人以外にもそんなのがいたのかしら」
ウルフUは輝夜と妹紅の関係を推し量りかねていた。殺しに来たと言っているくせに助けたので、妹紅の敵か味方かはっきりしないのだ。今のわずかな会話にしても、一見普通の顔見知りのようでどこかそっけない。それに、妹紅が引っかかる事を言っていた。
(・・・『私達と同じ』?)
その意味はつまり・・・
「さて、どうしたものかしらね。せっかくのデートの邪魔しちゃ悪い――」
意地悪く笑いながら言っていた輝夜の言葉は、不意に飛んできた矢のようなものに阻まれた。矢は輝夜の右手をかすめ、彼女の手の甲から赤い血が滴り落ちる。
「・・・・・・」
その場の全員の視線が集中する先には、いつの間にか鋼鉄化を解いていたトリロバイトUがいた。肩から突起を輝夜へ発射したようだった。見た目は人間であるし、ウルフUが攻撃されたのを見て敵と見なしたのだろうが、敵か味方かはっきりしない状態でそんな事をすれば・・・
「やったわね・・・」
輝夜は口の端を吊り上げ――だが目には怒りの色が浮かんでいる――何かカードを1枚取り出した。一瞬ラウズカードかと思ったが、そんなはずはない。
「『五色の弾丸』でお返しよ!」
輝夜が叫ぶと同時に彼女の周囲に数個の光の玉が現れ、そこからさらに光が放たれた。赤・青・白・黄・黒の5色の光の矢が尾を引いて飛来する。
それは妹紅の炎の弾幕とは違った美しさを放っていたが、当たればどうなるのか大体予想がつくので回避に専念した。先ほどの炎の嵐に比べれば優しいといえる。トリロバイトUを見ると、鋼鉄化はせず多少避けつつ腕の甲殻で防いでいる。
「おいっ、輝夜!」
その弾幕は妹紅まで巻き込んでいたらしい。宙を舞い、避けながら怒鳴る彼女に輝夜はにべもなく、
「これくらい、いつも避けてるじゃないの」
「お前は・・・!」
片や弾幕を撃ち、もう一方がそれを避けながら言い合うのを聞きつつ弾幕を避けながら、ウルフUは輝夜の手の傷がすでに癒えているのに気づいた。さきほどの『私達と同じ』というのはやはり、輝夜も妹紅と同様の不死の存在だという事だ。
その事実と2人の言い合いの内容からウルフUはようやく、この2人は自分達と同じなのだと思い至った。アンデッド同様、戦い合う因縁にあるものの、その期間が――付き合いが、とも言えるかも知れない――長いため殺伐としていながら多少馴れ合っている。そういう関係なのだと推測した。恐らく、この2人も何度も戦っているのだろう。
「今、お前とやりあっている場合じゃない! こいつら、放っておけば無差別に人間を襲う! 倒さないといけないんだ!」
「そんな事言っても、不死身なんじゃ倒しようがないじゃないの」
「それは・・・」
ウルフUは、2人の会話を聞きながらどうするべきか考えていた。この場にいる全員が不死となると痛み分けにならざるを得ないのだが、どうやって戦いを中断させるか。その思考は、妹紅の次の言葉で吹き飛んだ。
「手立ては有るさ・・・こいつらを封印する手段がな」
「何!?」
耳を疑ったが、妹紅は間違いなく『封印』と言った。なぜそんな事を知っているのか。驚いて妹紅を凝視すると、彼女は遠くウルフUの後方を見ながらにやりと笑っている。そして、その後方から音が聞こえた。
大いに聞き覚えのある音。
振り返ると、光を放つ何かがこっち目がけて凄まじい速度で突っ込んできた。
「ウッ!?」
慌てて横へ身を投げ出し、すんでの所で光をかわす。光を放つものは轟音と風を撒き散らしながら、ウルフUがいた場所を通り過ぎて止まった。起き上がり、それ――青いバイク――をにらむ。
自分自身が使っていたので、音だけでバイクだと瞬時に判別できた。しかもこのバイクには見覚えもある。そしてその乗り手にも。
「ブレイド!?」
忘れるはずもない。一度自分を封印した男、仮面ライダーブレイドだ。アンデッドサーチャーで自分の位置を捕捉してきたのか。そうでなければ、これほど都合よく現れるはずがない。
「お前は!」
当然、向こうもこっちを知っている。赤い目でこちらを睨みつけてくる。
「遅いじゃないか、一真!」
「妹紅! 大丈夫か!?」
「まったく、1人で全部やっちゃう所だったぞ!」
ホッとした表情で軽口を叩く妹紅。その瞬間、妹紅がアンデッドの事を知っている理由を理解した。
(この女、ブレイドの仲間だったのか!)
「チィッ!」
自分の失策を呪いながら、ウルフUはブレイドへ踊りかかった。ブレイドはバイクから降り、ウルフUへ踏み込んで爪をかわして腕を振るう。それを防ぎ、両腕で組み合う。
「まさかこんな所まで追ってくるとはな! いつかの礼をさせてもらうぞ!」
「お前の好きなようにさせるか!」
組み合ったままにらみ合うブレイドとウルフU。
「お前を・・・もう一度封印する!」
「やれるものなら・・・やってみろ!」
ブレイドの腹に蹴りを入れ、ラッシュをかける。数発の攻撃がブレイドに入るが、ブレイドは後ろへ下がりながら身を翻して間合いを取り、腰の剣を引き抜く。月光に煌めく刃がウルフUの胸をかすめ、さらに返す刃が描く弧の外側へ飛び退く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ウルフUは腰を落とし、ブレイドは剣に手を添えて構える。ゆっくりと足を運び、位置を、飛び込む隙を、仕掛けてくるタイミングを計る。呼吸さえ、心音の変化すら聞き逃すまいと意識を研ぎ澄ます。世界から自分達2人以外のものが消える。そう錯覚するほど集中していた。そして、感じ取る。ブレイドの足が一瞬強く踏み込むのを。
「!」
「はっ!」
小さい動きで刃が下から斬り上げられる。左へ体をずらしてかわし、刃を返す前に肉薄する。ブレイドはそれを肘で阻み、膝蹴りを繰り出す。膝は右腕で防ぎ、左の爪を突きこむ。身を捻るブレイド。爪は胸の装甲に受け流される。さらに逆の方向へ身を捻りながら肘をたたみつつ剣を振るい、至近距離でありながらウルフUの胸が斬りつけられた。しかし大して力はこもっておらず、一瞬怯んだものの左腕を裏拳気味に左へ振るう。腕についた多数の刃がブレイドの横っ面に浴びせられる。2人同時に足を突き出し、同時に蹴りが当たる。それにバランスを崩し、後ろへ下がる2人の戦士は再び距離を取って対峙した。
◇ ◆ ◇
妹紅は一真がウルフUの戦いをじっと見ていた。2人の集中力が作り出した場に引き込まれてしまっていたのだ。直後のわずかな時間の内に繰り広げられた攻防。息を呑む戦いに我を忘れて見入った。同時に、この2人の戦いは幻想郷において異質である事を改めて認識した。弾幕を全く使わず、相手を倒すための攻撃ばかり繰り出している。さっきの自分もそうだったが、こういう戦い方は本来幻想郷であってはならないスタイル。やはりアンデッドは幻想郷にいてはいけない存在だ。
だが、自分がそれを言えるのか? 輝夜を殺したい自分に――
「妹紅、ご無事でしたか」
不意に声をかけられ、我に返る。なぜかふらついている慧音がブルースペイダーから降りてきていた。
「慧音、来てくれたんだ」
地上に降りて駆け寄ると慧音が少しよろけたので、慌ててそれを支える。
「慧音、大丈夫?」
「心配しているのは私の方なんですが・・・一真があんまり飛ばしていたもので」
彼女の顔がいつもより白く見えるのは月明かりのせいばかりではないらしい。しかし確かにブルースペイダーは早いが、こんなふらふらになる程だったろうか。
「わ、悪いね。でも、なんで慧音も?」
「たまたまアンデッドの歴史を辿っていたら、あなたと戦っているとわかったもので一真に知らせて飛んで来たんです」
「ありがとう慧音。やっぱ持つべきものは友達だね」
笑いかけながら、ぽんぽんと慧音の背中を叩く。
「また変なのが増えたわね。あれの同類?」
と、そこに輝夜がやって来た。トリロバイトUは、輝夜が作り出した光が張り続ける弾幕で動きを抑えられている。
妹紅は輝夜に詰め寄った。
「輝夜、あいつは外の世界からアンデッドを追ってきたやつで、あいつならアンデッドを封印できるんだ」
「さっき言った倒す手って、その事?」
「ああ」
妹紅は輝夜の襟をつかみ、声を荒げる。
「いいか。あいつはアンデッドから人を守るために幻想郷まで来たんだ。あいつには絶対攻撃するんじゃないぞ! あいつに手を出したら、私が許さないからな!」
「わかったわよ」
妹紅の手を振り払い、襟を正す輝夜。
「とりあえず私はあっちのと適当に遊んでるから。早く済ませてよね」
そう言うと輝夜はトリロバイトUの方へ向かって行った。
「妹紅・・・なぜ輝夜がここに?」
聞いてくる慧音に背を向けたまま、
「いつもの用事だよ。たまたまアンデッドが来た時にあいつも来ただけ」
「・・・そうですか」
感情を抑えようとして、それでも抑えきれない声だった事に慧音は気づいたようだ。
輝夜こそ妹紅が憎み、300年の長きに渡って殺し合いを続けてきた不死者だ。両者とも不死の為、当然決着など着くわけがなく、もはや2人の習慣と化している。妹紅はため息をつき、輝夜への黒い感情を払うように頭を振る。
「それより、まずはあっちのウルフUから片づけよう。3人がかりなら――」
「ウェェェェイ!」
「!?」
大声の聞こえる方を見ると、一真の拳とウルフUの蹴りが同時に炸裂している所だった。
◇ ◆ ◇
一真が以前ウルフUを封印した際は、橘も一緒に戦ってくれた。2人がかりでどうにか倒せた強敵だったが、それから一真も腕を上げている。
一真――ブレイドとウルフU、両者の実力は拮抗しているといえる。
攻撃を当て、防ぎ、かわした回数はおおむね同じ。ウルフUが妹紅と戦った後なのを鑑みても、ブレイドとしての戦闘能力は感嘆すべきレベルだった。しかし、ラウズカードを使うスキがなかなか見出せず、決め技が狙えない。当然ウルフUの方もそれをわかっていて攻め立て、あるいは着かず離れずの位置を保っているのだ。跳躍して一息で間合いを詰めるウルフUの爪を地面を転がってかわし、素早く起き上がって次の攻撃をブレイラウザーで受ける。力任せに弾き返し、刃を振るうが紙一重でかわされる。ブレイラウザーを振るった勢いに逆らわず身を翻しながら横へ動き、ウルフUの反撃をやりすごす。踏み込もうとした所を狙ったウルフUの飛び蹴りを、かろうじて肩で受けて頭を守る。それでよろけた所を肉薄され、体中の刃を利用した連続攻撃を浴びせられる。
やはり全アンデッドの中でも最も強い力を持つ上級アンデッド。一筋縄でいかない事は経験から良くわかっていた。
だからこそ、倒さねばならない。こんな怪物に襲われれば、普通の人間に成す術などない。人里の犠牲者の遺族の、先ほどの慧音の悲しい顔が浮かぶ。両親を亡くした時に経験した不条理な悲しみ。もう誰にも、あんな悲しい思いをして欲しくない――させたくない。装甲ごしに伝わる痛みを堪える一真の意識の中で、そんな思いが強くなっていった。
「終わりだ、ブレイド!」
喉元目がけてウルフUの爪が突き出される――直前にブレイドは自ら踏み込み、肘をウルフUの顔面に叩き込んでいた。
「ウグゥ!?」
カウンターをくらったウルフUはたたらを踏んで後ずさる。
「俺は・・・」
肘を打ち込んだ姿勢でブレイドが声を絞るように上げる。
「俺は絶対に負けない! 負けられない!」
叫ぶと同時、ブレイラウザーのナックルガードを叩き込つけるようにパンチをウルフUの顔に打ち込む。
そこから、今度はブレイドが攻勢に転じた。ブレイラウザーの刃はことごとくウルフUの体をとらえ、ウルフUの反撃はいなされるか空を切るばかり。
ライダーシステムは装着者の精神状態によってパワーが大きく左右される。装着者と融合するカテゴリーAとの『融合係数』が影響するためで、戦う事に消極的だったり恐怖感を抱いたりしていると融合係数が下がってカテゴリーAとの融合の親和性が悪くなり、カテゴリーAの力が引き出せなくなる。逆に、確固たる強い信念を持って戦いに臨めば融合係数は上がり、装着者がカテゴリーAの持つ力を強く引き出す事が出来る。一真は先天的に融合係数が高い体質で、さらに人のために戦う優しく強い心を持ち合わせた、仮面ライダーになるべくして生まれたような人間だった。
「クッ!」
ウルフUが突きを繰り出そうと右腕を上げた瞬間、ブレイドの蹴りが一瞬だけ無防備になったウルフUの右脇腹に命中した。
「ガァッ!?」
ほぼダイレクトに肺に衝撃を受け、一瞬ウルフUの呼吸と動きが止まる。振り下ろされたブレイラウザーが火花を散らす。
「グハァッ!」
「うぉぉおおおっ!」
叫びと共に剣を振り上げる。渾身の斬り上げを受け、ウルフUはついに地に伏した。転がるウルフUを一瞥し、ブレイドはブレイラウザーのトレイを開いて2枚のカードを取り出し、カードリーダーにラウズした。
『 Beat 』
『 Fire 』
『 Burning Fist 』
『BEAT』に描かれた前足の大きなライオンと『FIRE』のホタルの絵の形をした光のビジョンがブレイドアーマーに吸い込まれ、ブレイドが頭上に掲げた右拳に炎が巻きつく。そして拳を引きながら、膝をつくウルフUに向かって跳躍した。
「ウェェェェイ!」
<『BEAT』消費AP 600>
<『FIRE』消費AP 1000>
<ブレイド残りAP 1800>
「クッ!」
突き出される炎の拳を避けられないと判断したウルフUは軽く地を蹴って宙に体を横たえるように浮き上がり、右足を蹴りこんだ。そしてブレイドのパンチが一瞬早くウルフUの左肩に、直後にウルフUのキックが一真の胸に命中した。
「うっ!?」
「グォッ!」
同時に倒れこむブレイドとウルフU。2人ともすぐに立ち上がろうとするが、それぞれ肩と胸を押さえて膝をついた。
「一真!」
そこに駆けつける妹紅と慧音。
ウルフUは状況は明らかに不利、そして逃げられるチャンスは今しかないと判断し、肩を押さえつつ後方の竹林へ走り出した。
「待て!」
後ろから妹紅の怒号。
直感で危険を察知し、ジャンプすると足元で炎が炸裂した。竹林の中へ入り、立て続けに撃ち込まれる炎は竹を焦がすにとどまった。
「くそ!」
「妹紅、深追いは危険です!」
後を追おうとする妹紅を慧音が止める。
「だけど!」
「手負いの獣ほど危険なものはありません。それより一真が」
ブレイドは胸を押さえて、肩で息をしていた。
「一真、大丈夫か!?」
「ああ・・・大した事はない」
仮面に覆われた顔を上げて返事をするブレイド。
「それより、もう1体は?」
「それなら・・・」
見ると、トリロバイトUは輝夜の弾幕を防ぐ一方だった。しかし頑丈なため、有効なダメージが与えられないでいる。輝夜も本気で倒すつもりがないでいるのだが、仮にその気だったとしても鋼鉄化で大抵の攻撃は凌いでしまうだろう。だが、鋼鉄化していると動けないので攻撃が出来ない。だから常に鋼鉄化はしないのだ。倒すには、一瞬の隙を突いて強力な攻撃を叩き込まなければならない。
「妹紅、ヤツからなんとかスキを作れるか?」
一真は左手首に取りつけた『ラウズアブゾーバー』のホルダーから『ABSORB』のカードを取りながら言った。
「わかった。やってみる」
妹紅は答えると、炎の翼で空へ舞った。
『 Absorb 』
一真が『ABSORB』をブレイラウザーに読み込ませると、ブレイラウザーの表示APの数値が上昇した。
<『ABSORB』AP2000回復>
<ブレイド残りAP 3800>
妹紅も宙でスペルカードを宣言する。
「蓬莱『凱風快晴・フジヤマヴォルケイノ』!」
大きな炎の玉を生成し、それを――
「輝夜!」
トリロバイトUとそれに弾幕を打ち続ける輝夜の間辺りに投げつける。
「えっ? ちょ、ちょっと!?」
それを見た輝夜は慌てて弾幕を中断し、逃げ出す。火の玉が地面に触れると、轟音と共に地面が揺れ、文字通り噴火のような大爆発が起こった。トリロバイトUはその炎と衝撃に巻かれ、大きく体勢を崩した。
「今だ!」
それを見たブレイドは用意していた3枚のカードをラウズする。
『 Kick 』
『 Fire 』
『 Mach 』
『 Burning Sonic 』
カードリーダーに通した『KICK』の大きな後ろ足のイナゴ、『FIRE』のホタル、『MACH』のジャガーの大きな光のビジョンが一真の背後に現れ、1つずつブレイドのボディに吸い込まれる。
ブレイラウザーを地面に突き立てるブレイドの仮面がスペード型に赤く輝く。
<『KICK』消費AP 1000>
<『FIRE』消費AP 1000>
<『MACH』消費AP 1600>
<ブレイド残りAP 200>
「おおおおっ!」
走り出すブレイド。『Mach』の効果で残像しか見えない程の速度でトリロバイトUに向かっていき、そしてジャンプした。
「ウェェェェェイ!」
右足を突き出し、真っ赤な弾頭と化したブレイド。よろけていたトリロバイトUの胸に蹴りが打ち込まれ、大きく鈍い音と共に足先から炎が散り、トリロバイトUの体が滑るように低空を飛ぶ。地面に叩きつけられたトリロバイトUは爆発し、ベルトのバックルが開いた。
着地してそれを見届けた一真はブレイラウザーへ歩み寄り、カードを取り出してトリロバイトUへ投げつけた。大地に横たわるトリロバイトUの体にプロパーブランクが突き刺さり、カードに吸収された。ブレイドの手元へ三葉虫の絵が描かれた『♠7 METAL』のカードが飛んで戻ってきた。
「やったな、一真」
バックルのハンドルを引き、元の姿に戻った一真に妹紅が声をかける。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとかな」
胸をさすりながら返事する一真。
「なるほど、今のが封印ってやつね」
輝夜の声に、妹紅ら3人は彼女の方を向いた。
「それより、さっきのはひどいんじゃない? 私まで巻き込まれる所だったわよ」
「あれくらい、いつも避けてるじゃないか」
言ってから輝夜に顔を背け、見えないように舌を出す妹紅。輝夜は憮然とした表情で、
「なによ。さっき私が助けてあげたっていうのに」
「よく言う――」
「君が妹紅を助けてくれたのか? ありがとうな」
言いかけた妹紅を遮るように一真が――その気はなかったが――手を差し出しながら輝夜へ歩み寄ろうとしたが、妹紅がその腕をつかんで止めた。
「やめろ、一真! そんなやつに礼なんて言う必要ない!」
「えっ・・・」
驚いた表情を妹紅に向ける一真。話からするに知り合いのようであったし、そんな事を言われるとは露ほども思っていなかった。
しかし妹紅は一真の戸惑いも意に介さず、輝夜を険しい顔で睨みつけている。その鋭い視線を受ける輝夜はふっと笑い、
「今夜はもう帰るわ。なんだか気がそがれちゃった」
妹紅らに背を向け、袖で口元を隠しながら振り返り、
「それじゃあね、妹紅。また今度、殺しに来るわ」
「――!?」
その言葉に驚く一真。当の妹紅は黙って輝夜を睨んでいる。そして輝夜は、月明かりの届かない竹林の闇の中へと姿を消した。
◇ ◆ ◇
夜の空を翔ける影があった。イーグルUは夜の幻想郷の風を切りながら、戦う相手を探していた。目指すは2体のアンデッドの気配。それも戦っている時のものだ。だが、その気配はとうに2つとも消えていた。戦いはすでに終わったのだろう。しかし、まだその辺りにアンデッド、もしくはアンデッドと戦った者がいるかも知れない。もしかするとそれは、ブレイドかあの不死の娘ではないか――そう考えながら飛んでいると、見覚えのある景色が見えてきた。月明かりのみで少々わかりにくいが、昼間に不死の娘と戦った竹林だ。彼女との戦いを思い出しながら見下ろしていると、何か竹林から飛び出してきた。
体に多数の刃を備えた異形――ウルフUだった。左肩を押さえ、上半身を大きく上下させていて、遠目にもわかるほど消耗していた。さっき戦っていたのは間違いなくこいつだ。イーグルUは気配を抑えながら空中で静止し、ウルフUを観察した。同じカテゴリーJで基本的な能力はおおむね互角ではあるが、空が飛べる分こちらが有利なはず。ましてこの消耗具合からすれば、今戦えば自分に分がある。
「・・・・・・」
だがイーグルUは動かず、代わりに耳を澄ませてウルフUの様子を伺う。アンデッドの感覚をフルに駆使すれば上空からでも声を聞き取るくらいはわけもない。
「ハァ・・・ハァ・・・」
竹林から離れ、木に右手をついて荒い息をつくウルフU。左腕を上げようとするが、激痛からか上げられないようだ。彼をこれほど追い詰めるとなると、やはり相手はブレイドだろうか。
「オオォォォッ!」
ウルフUが唐突に右腕を木に叩きつけた。ベキベキときしみながら木は中ほどから音を立てて真っ二つに割れ、大地にその幹が横たわった。ウルフUはその右手を強く握り締め、
「オレは負けん・・・負けるものか・・・!」
喉から声を絞るようにうめく。
「勝ち残るのはこのオレだ・・・!」
握り締めた手に爪が食い込み、緑色の血が肘から滴る。
「絶対に勝ち残る・・・絶対に・・・!」
そしてウルフUは肩を押さえ、歩き出した。
「・・・・・・」
イーグルUはそれを黙って見ていた。
ウルフUの、勝ち残る事に対する執念。それをはっきりと耳にしてしまった事で、ウルフUを倒してしまう事がためらわれた。アンデッドがアンデッドに同情するなど本来はありえない。だがイーグルUには実力を認め合ったアンデッドがいた。それゆえ、ついウルフUの心境を考えてしまったのだ。この不思議な世界に迷い込んだ上級アンデッドという、妙な仲間意識のようなものもあるのだろう。
それに。
こいつは利用できるかもしれない。
考えていたある思惑に、ウルフUを組み込めるかも知れない。ウルフUが立ち去るのをただ見ながら、イーグルUは思いを巡らせた。
◇ ◆ ◇
「はぁ~っ」
妹紅の家で、妹紅は大の字に寝そべって、慧音は卓に乗せた腕に突っ伏し、一真は後ろに手をついて天井を仰ぎ、同時にため息をついた。
外はもう真っ暗になっており、妹紅が疲れて火の玉も出せないと言うので部屋の明かりに行灯を灯しているが、電球にも劣る光量だった。
「ああ、疲れた・・・」
「1日に3回もアンデッドと戦うのは流石に辛いな・・・」
「私は全然戦っていないが」
口々に言う妹紅と一真と慧音。
「あのスピードはきつすぎたぞ、一真」
「わ、悪い。妹紅が襲われてるって言うから急ごうとして・・・」
「そんなに早かった?」
「『MACH』のカード使ったからな。これをブルースペイダーに使うと速くなるんだよ。それで全速出したもんだから」
「・・・それはきついだろ。あれから更に早くなるとか」
横を向いて畳に肘を突く妹紅。
「まあ、急いで来てくれて助かったけどね」
「そういえば家の近くで襲われたようでしたが、竹林の外へおびき出したんですか?」
慧音が伏せていた顔を上げる。
「うん。竹があると邪魔だったし、家巻き込みたくなかったし。それにあそこ、里からここへの道の途中だから一真が帰ってきたらすぐ気づくと思って」
「頭いいな、お前」
「伊達に長生きはしてないってね」
あはは、と笑う3人。
「これで6体いたアンデッドのうち3体は封印された。もう半分が片づいたな」
慧音の顔から笑顔がこぼれる。それを見て一真も微笑むが、一瞬だけだった。
「ああ。だけどまだ3体残っている。安心は出来ないな」
「うん・・・明日、どうする?」
と、妹紅。竹林にいるアンデッドを明日探す予定だったのが、今夜遭遇してしまった。
「ウルフアンデッドを追うか? 一晩で回復するダメージじゃないはずだし」
「いや、それはやめた方がいいかもしれない」
そう言う一真に対し、慧音は卓から上体を起こした。
「さっき歩きながら歴史を見たが、ウルフアンデッドはイーグルアンデッドがいる辺りに逃げ込んだようだ。もしその付近で戦闘になると、イーグルアンデッドもやってくる可能性がある」
「上級アンデッド2体を同時に相手するのは危険、か」
「じゃあ・・・」
慧音と妹紅の言葉に、一真は頭をかきながら、
「確か、ディアーアンデッドが妖怪の山の近くにいるんだよな? そっちを当たってみよう」
「わかった」
そして訪れる沈黙。3人とも、疲れからかしばらく何も言わず寛いでいる・・・ように見えた。
「・・・なあ、妹紅」
一真が幾分かの躊躇を伴った重い口を開いた。
「さっきの輝夜って女の子・・・お前とどういう関係なんだ?」
「・・・・・・」
妹紅も慧音も、一真はずっとその事が気にかかっていたという事に感づいてはいたが、どちらも自分から話す気にはなれなかったのだ。
「あー、妹紅、疲れたでしょう。風呂にでも入ってきたらどうです?」
目を泳がせている妹紅にそう言う慧音。2人の目が合う。
「・・・そうだね。そうする」
そう言って立ち上がり、一度慧音を振り返ってから部屋を後にする妹紅。それがどういう意味か、鋭い方ではない一真も理解していた。一真は卓の前に座り直し、慧音に向かい合った。
「一真、君は竹取物語を知っているか?」
「竹取物語って、かぐや姫の?」
「そう。あの輝夜は、そのかぐや姫本人だ」
「・・・・・・」
固まる一真。その意味を正確に理解するのに時間がかかったようだが、やがて口を開く。
「ホントに?」
「ああ。彼女が月から地上にやってきたのが、ちょうど妹紅の生まれた時代なんだ」
「へー、キレイな娘だとは思ったけど、あれがかぐや姫だったのか。おとぎ話の人物がいるなんて、やっぱ幻想郷ってすごいな」
心底感心したように腕を組んでしきりに頷く一真。と、何かに気づいたように身を乗り出す。
「・・・月から、って言った?」
「ああ。彼女は月に住む月の民で、言ってしまえば宇宙人だ」
「月に人が住んでるのか?」
「結界を張って、人間には見えない空間を作って生活しているそうだ。ちょうど幻想郷のようにな」
ふーん、とまたも頷く一真。
「それで、妹紅とはどういう?」
「ああ。竹取物語の内容は知っているか?」
「確かかぐや姫が貴族達から求婚されて、それで実在するのかわからないものを持って来いって難題を出して、結局誰も持って来れなかったんだよな」
「その貴族の1人が妹紅の父親だったんだ」
「そうなの? ていうかあれ、史実なわけ?」
まあな、と答える慧音にぽかんと口を開ける一真。
「って事は妹紅、貴族のお嬢様だったの?」
「そうなる。もう1300年も昔の話だが」
今度はへー、と感嘆の声を上げる。
それにため息をついて、慧音は話を続けた。
「それから、かぐや姫はどうなった?」
「月から迎えが来て、不老不死の薬を置いて帰ったんだっけ。その不老不死の薬は富士山に捨てられて・・・待てよ。不老不死?」
慧音は頷き、
「妹紅は、その薬を飲んで不老不死になってしまったんだ」
一真は、今度は得心がいったようにゆっくり頷いた。
「富士山の頂上に持って行こうとしていた所を途中で奪ったそうだ。父親に恥をかかせた輝夜が許せなくて、その薬を盗んで仕返しをしたかったらしい」
慧音は無表情に目を閉じて頭をかいた。
「単純な発想と思うだろうが、当時の彼女は子供だったからな」
「ああ・・・まあ、富士山にまで登るアクティブさはあいつらしいかも」
少し苦笑する一真。笑えない事はわかっているが。
「それから彼女の人生は狂ってしまった。歳を取らない事で1ヶ所に何年と留まる事もできず、絶えずいろんな場所を渡り歩いて人の目を気にして・・・」
うつむく慧音。
「重傷を負っても死なない所を見られて、それなりに親しくしていた人間達から妖怪と言われて追われたり、泊めてもらう事もできず食べる物もなく1人ぼっちで雨風にさらされながら夜を明かした事もあったという」
一真は慧音の表情から、妹紅は思い出しただけで辛く悲しい気持ちになるような生活を強いられていたのが理解できた。
「不老不死の人間の生き肝を食べると不老不死になるという言い伝えを信じた者達に追い詰められそうになった事さえあった」
「そんな・・・!?」
「欲に目がくらんだ人間というのはそんなものだ。その言い伝えは本当だしな」
人間の長い歴史を正確に知る慧音は、人間の醜い部分も見飽きるほど知っている。それに対して妹紅に『人間を愛している』と答えた一真には非常に衝撃的だった。
――俺と一緒にアンデッドと戦ってくれるのは、お前もみんなを守りたいからなんだろ?
――・・・まあね
知らず、自分は彼女に残酷な事を聞いてしまった。一真にそう答えた妹紅の心中はいかばかりだったろうか。
「そうして人里を離れて幻想郷に辿り着いたが、この竹林の中で何百年も孤独に世捨て人のような生活をしていた」
知り合って1日しか経たないとはいえ、自分の知る妹紅から想像もできない彼女の過去に一真はただ絶句する他なかった。
「最初、彼女の歴史を見た時、こんなに辛い人生を送った人間が本当にいたのかと信じられなかった」
行灯からジジッと炎が揺らめく音が小さく響いた。
「実は私も元々は外の世界の普通の人間だったんだ。ある時ハクタクの力を得て半獣になってしまい、幻想郷へ来たんだが・・・彼女の境遇が自分とあまりにそっくりで、どうしても他人事に思えなかった」
卓に両肘を着き、顎の辺りで手を組む慧音。
「彼女の歴史を追ってみると、幻想郷にいるのがわかったので会いに行った。それから私達のつき合いは始まったんだ」
その言葉に一真は納得した。そんな経緯で人との接触を拒んだ彼女が慧音に心を開いたのは、同じ身の上だったからなのだ。
「実は輝夜も不老不死だ。月で作らせた不老不死の薬・・・『蓬莱の薬』を飲んだ罪で地上へ追放されたそうだ。地上に置いていった薬が、その蓬莱の薬らしい。蓬莱の薬で不老不死になった者を『蓬莱人』と言う」
一真はまたも驚いたが、おとぎ話の人物ゆえにかえって納得できる部分がある。
「だけど、月に帰ったんじゃ?」
「いや。結局月には帰らず、そのまま地上に残ったんだ。それから幻想郷に来るまでは、妹紅と同じように転々としながら生活していたようだ」
慧音は大きく息を吐いた。
「それから数百年経って・・・妹紅と輝夜は幻想郷で再開した。たまたまな。そして・・・」
慧音が一瞬、一真から視線を逸らす。
「2人は殺し合いを始めた」
「殺し合い・・・!?」
目を見開く一真。
「妹紅にしてみれば、輝夜は自分の人生を大きく狂わせた元凶だ。蓬莱の薬を飲んだ事は彼女の自業自得だが、そもそも彼女が蓬莱の薬を作らせ、それを地上に持って来なければそんな事にはならなかった」
そういう慧音自身も本心は納得しているわけではないように、一真には感じられた。
「でも、それは・・・」
「逆恨みだと思うか? だが妹紅にとって、1000年以上受け続けたその苦しみをぶつけられる相手は輝夜しかいないんだ」
慧音の悲しそうな目に、一真は何も言えなくなってしまった。
「どっちも不老不死だから当然殺せるはずがない。それでも2人は300年ほど、ずっと殺しあっている」
「それじゃまるで・・・」
まるで遥かな昔からバトルファイトを繰り返してきたアンデッドのようだ。
だが、それとは異なり妹紅と輝夜の場合は勝ったからといって何が得られるわけではない。それどころか決着をつけることすらできないはずだ。
ただ心と体を傷つけ合うだけの、何も生み出さない戦い。
どうして、そんな事をするのだろう。妹紅は優しい人間のはずなのに。
「君の気持ちはわかるが・・・君には2人の気持ちはわからないだろう」
思わずうつむいていた一真は、上目遣いで慧音を見た。彼女も悲しげな目をしていた。
「正直、私も君と同じ気持ちだ。そんな事はやめて欲しいと思う。だが・・・」
慧音は腕を組んでうつむいた。
「自分が人間でなくなってしまった張本人がいたら、私とて妹紅と同じ事をするかもしれない。そう考えると、私には彼女を止める事ができない」
もどかしげな表情。慧音は少し顔を上げた。
「それに・・・あの2人はお互いに対して強くこだわっているが、それは憎しみからだけではないと思う」
「どういう事だ?」
「私の推測が混じるが」
そう前置きして、真っ直ぐ一真を見た。
「それは、互いの不老不死ゆえの苦しみを誰よりも理解できる相手だからだ」
半分納得し、だが半分はまだよくわからない。
「さっき、輝夜も妹紅と同じように居場所を変え続けたと言ったろう? 妹紅はその点で彼女に同情している節がある。元々、人のいい性格だからな」
それを聞いて、一真は少し安心した。憎い相手にさえ思いやりが隠せない性格だと。
「それに、長く生きすぎているがゆえに妹紅には古い知り合いというのがいない。普通の人間の寿命では全く足りないからな。だから輝夜は、妹紅が不老不死になる前から知っている唯一の人間という事になる。輝夜には長命の従者がいて妹紅より恵まれているといえるが、それ以外の人物では妹紅がそれにあたる」
その言葉には頷ける。アンデッドにもアンデッド同士の因縁などがあるのを知っている。
「蓬莱人の気持ちは、蓬莱人でないとわからないという事だ。そういう共感と憎悪を同時に感じているんだろう」
一真は卓に頬杖をついて考え込む。結局の所、2人の関係は――
「複雑なんだ、あの2人は・・・恐らくは、私が考えている以上に」
一真もそう評せざるを得ない。
「ケンカ友達・・・ってレベルじゃないな」
それを聞いて慧音はわずかに苦笑した。
「多分それが近い。もしかすると妹紅と輝夜は分かり合えるのかもしれない。だが、そうやって歩み寄る事がどうしても出来ないのではないだろうか」
頬杖をついたまま一真は頷いた。そのあたりの気持ちはなんとなく理解できる。自分も近い経験があるからだ。ふう、と慧音は一息つく。
「・・・本人のいない所で推測を語るなど本当はフェアじゃないんだろうが――」
「構わないよ、慧音」
声と共に開いた襖の音に驚いた慧音がびくっと肩を震わせた。隣の部屋から、寝巻きだろう白い浴衣を着た妹紅が入ってきた。
「・・・すいません、妹紅」
「いいよ。むしろ悪いね、説明してもらって。本当は私が自分で言わなきゃいけないのに」
うつむき気味に謝る慧音に笑いかけ、妹紅は縁側の障子を開ける。月の淡く白い光を浴びながら縁側に座る妹紅の背中に一真が声をかけた。
「妹紅、ごめん。お前が人間に襲われた事があるなんて知らなくて、俺――」
「ああ、いいよ。昔の話だし、気にしてない。それに、私を襲おうとした連中はそれこそとっくの昔に死んでるはずだしね」
背中越しに自虐的な言葉をかける妹紅。3人ともしばし沈黙していたが、一真がそれを破った。
「なあ、妹紅」
「今回だけはお節介はいらないよ。私の問題なんだ。お前が首を突っ込む事じゃない」
言おうとした一真の言を遮り、背を向けたまま手を振る妹紅。一真は妹紅に向けていた体を卓の方へ戻したが、今度は顔だけを向け、
「・・・お節介はしない。ただ、ちょっと聞いてくれるか」
務めて穏やかな口調で言葉を投げかける。
妹紅は何も言わない。それを話を聞くと解釈して一真は言葉を続けた。
「俺もさ、いるんだ。お前達みたいな関係だった奴が」
「・・・?」
妹紅と慧音が反応を示した。
「相川始。俺と同じ仮面ライダーの1人、『仮面ライダーカリス』だ。だけど本当はそいつは人間じゃなく、アンデッドだったんだ」
「なんだって?」
それを聞いて妹紅は一真を振り返った。慧音も驚いた表情を彼に向ける。一真は卓の下で指を組みながら、
「そいつもアンデッドと戦っているんだけど、その理由は俺達と違って、アンデッドとしてバトルファイトに勝ち残るためだった」
それから一真は薄く笑みを浮かべ、
「最初会った時、アンデッドと戦ってたからてっきり味方だと思って話しかけたら急に襲われてさ。『貴様ら人間もオレの敵だ』って。だけど・・・」
まだ驚きの色が残っている妹紅に顔を向け、
「始はさ、今日妹紅に話した虎太郎のお姉さんの家に下宿してたんだ。アンデッドである事を隠して。その家の女の子――天音ちゃんっていうんだけど、その子に凄く好かれてて」
月明かりに照らされる竹林に妹紅の銀色の髪と赤い瞳が映え、室内から見た縁側は絵になる風景になっていた。それを眺めながら一真は話を続ける。
「天音ちゃんがアンデッドに襲われて危なかった時、始は自分の正体が俺にバレるのも構わずに助けに行ったんだ。それで俺、こいつは本当はいいヤツなのかなって思ったんだけど」
目を妹紅から離し、卓の真ん中に向ける一真。
「実はアンデッドだってわかった時、裏切られたような気分になって・・・だから俺、こいつは絶対許せない、アンデッドのクセに人間の皮をかぶってみんなを騙しているこいつは絶対倒さないといけないって・・・あいつを心の底から憎んだ」
「・・・!」
妹紅は目を見開いた。一真は人のいい男で、自分のように誰かを憎む事などないだろうと思っていたからだ。
「だけど、その後行方をくらませた始を天音ちゃんがとても心配して・・・少なくとも天音ちゃんにとっては、いいヤツだったんじゃないかって思うようになって」
一真は顔を上げて虚空を見上げた。
「ある時、そいつが別のアンデッドにやられて重傷を負ってた所を見つけて・・・どうしても封印する事ができなくて、そいつを助けたんだ」
「・・・甘いなあ、お前・・・」
「自分でもそう思うよ」
呆れた声を上げる妹紅と、苦笑する一真。やっぱりこいつはお人好しだったと、妹紅はちょっと安堵した。
「あいつ、以前はそんなんだったけど最近はだいぶ人間らしくなってきて、俺達に手を貸してくれるようになったんだ」
「・・・私と輝夜もそうなるって言いたいの?」
なんとなく嬉しそうに話す一真に、妹紅はつい噛みついてしまう。
「そんな単純じゃないさ」
一真は顔から笑みを消し、嘆息した。
「お互いに・・・な」
「・・・どういう事?」
悲しそうな目を下に向けた一真に聞き返す。
「俺がライダーで、あいつがアンデッドなら・・・例えどんなに人間らしくても、俺はあいつを封印しないといけない」
「アンデッドを封印していって、最後の1体が決まればそれが勝者となり、そのアンデッド以外の種は滅亡してしまう・・・人間も」
一真の言葉の後を、それまで黙って聞いていた慧音が続けた。
「そういえば、その始というのはどのアンデッドだ?」
慧音の問いに、一真は目だけを上げ、
「あいつは・・・ジョーカーだ」
「な・・・ジョーカー!?」
卓に手をつき、身を乗り出す慧音。
妹紅はそれに目をひそめた。
「慧音? ジョーカーって?」
慧音がこういう反応を示す事は珍しい。慧音は身を乗り出させたまま妹紅に顔を向け、
「ジョーカーはアンデッドの中で唯一、種の始祖生物でない存在です」
「始祖じゃないって・・・じゃあ、それが勝ち残るとどうなるの?」
「ジョーカーが最後の1体になると・・・」
慧音ではなく一真が真剣な顔でそれに答えた。
「地上の全ての生物が滅ぼされる・・・らしい」
「そんな!?」
妹紅は思わず声を上げていた。
「どうしてそんなのがいるのよ!?」
「全アンデッドにとって共通の敵。用意されたゲームオーバー。恐らくバトルファイトを活性化させる目的で生み出されたのでしょう」
と、やはり真剣な顔の慧音。
「それでも俺はあいつを封印したくない。ずっと人間らしく生活して欲しいと思う。あいつもそれを望んでいるはずなんだ」
妹紅と慧音は同時に一真に目を向ける。一真は真剣な顔でうつむいている。
「・・・結局、何が言いたいの? 一真」
縁側から部屋へ入り、卓につく妹紅。
「言ったろ? お節介はしないって。ただ・・・」
一真は言いながら広げた自分の両手を見た。
「俺は始を友達だと思ってる。それでも、俺はあいつを封印する事になるかもしれない」
そして顔をあげて妹紅を見据え、
「お前には・・・お前達には、そんな悲しい関係にはなって欲しくない」
一真の目は、その願いを強く訴えていた。
◇ ◆ ◇
「は~あ」
輝夜は月を見上げながらため息をついた。竹林の中、帰途につく輝夜はずっと眉をひそめていた。
結局自分は何回か弾幕を撃っただけ。肝心のアンデッドは退治できなかったし、妹紅との殺し合いもお預けだ。外の世界に不死の存在がいたというのは面白い話だが、それほど興味を引かれるものではない。妹紅はわざわざ首を突っ込んでいるようだが、そこまでする気にはなれなかった。
「つまらないわね、もう」
退屈でしょうがない。
月の民の姫として生まれた輝夜は何不自由のない生活をしてきたが、そんな生活に退屈を覚えるようになった。『退屈は人を殺せる』が口癖だったくらいである。挙句の果てには、地上ならば楽しい生活が出来るかもしれないと考えて不老不死の薬を作らせて飲み、わざと地上へ追放されるよう仕向けたほどだ。
地上に降りた直後はそれなりに楽しいと思ったが、だんだんとまた退屈さを感じてきた。それでも地上で自分を育ててくれた老夫婦や好意を抱かれた天皇らとの触れ合いから月では感じられなかった人の温かみに触れ、それが忘れられず罪を許されて遣わされた月からの迎えから逃れてそのまま地上へ居ついた。月の追っ手から逃れるためにそちこちを移り続けながら、現在の幻想郷となる土地で竹林の奥に居を構えた。
輝夜には『永遠を操る程度の能力』がある。それを用いれば何も変化しない歴史の止まった空間を作り出すことができ、誰も訪れる事のない屋敷を作り出した。蓬莱の薬もその能力を応用して作らせたものである。現在はその能力は屋敷には発動させていない。月の民は幻想郷を見つけ出す事ができないので必要ない。もっとも、その事に気づいたのはごく最近だが。
「まあいっか。永琳への土産話にはなるわね」
家で待っているであろう従者の事など考えながら独りごちる。
熱しやすい妹紅に比べて、輝夜は何事にも腰が重くすすんで動かない性格である。月にいた頃から変わらないその性格が退屈の大きな原因なのだが、本人はその事に気づいていない。退屈しのぎといえば、屋敷に住み着いている妖怪兎達をからかうか――
「・・・・・・」
思い浮かんだ少女の顔に、再びため息をつく。
まだ屋敷の歴史を止めていた頃、従者の目を盗んで外出して竹林を散歩するのがわずかな楽しみだった。といっても何もしないよりはましという程度でしかなかったが。
だがあの日に限っては、彼女の人生で一番刺激的な夜となった。
ある満月の夜、いつものように竹林の中を歩いていると少女が現れ、自分の名を呼んだ。そんな事は初めてだったので驚いていると、少女は遥かな昔自分がもてあそんだ男の娘で、自分が天皇に渡したはずの蓬莱の薬を飲んで不老不死になってしまったという。
その時の彼女のぎらついた赤い瞳は今でも忘れられない。
そして次の瞬間、自分の体は焼き尽くされていた。
すぐに復活し、応戦した。
長いような短いような妖術の応酬の後、気づけば自分は屋敷で寝ていた。傷はなかったが血だらけでぼろぼろの格好で玄関に倒れていたらしい。
それからしばらくは連日のように竹林へ出向いて彼女――妹紅と全力の戦いを繰り広げた。戦いながら妹紅は1300年にも及ぶ恨みつらみの限りをぶつけてきた。輝夜はそれを受けて立ち、2人とも動けなくなるまで戦い続けた。
あの時は、唐突に燃やされた事に対する報復程度にしか考えていなかったが、今思い返してみると――自分は彼女に心を震わされたのだ。
かぐや姫というおとぎ話ではなく、実際の自分を知る者はもう地上にはいないと思っていた。だが、当時の自分を知っている人間がいたと知って輝夜の胸は躍った。それは輝夜を憎悪するが故であったが、そんな強い感情をぶつけられた事もなかった。そして、自分と同じ蓬莱人としての運命に翻弄されている。妹紅と自分の因縁はとても新鮮だった。
本来ならばそんな呑気な事など考えられない事態だが、彼女達には死などない。不老不死である自分にとって過去は無限に押し寄せるもの。だから何よりも今を楽しむ事が重要なのだ。自分の代わりに妖怪兎や竹林で見つけた妖怪を妹紅にけしかけた事もある。そして妹紅はそれに腹を立ててまた自分に挑んでくるのだ。死をなくした彼女達は殺し合いにすら多少なりと娯楽性を見出すようになってしまった。
それも数年、数十年、百年と続くと特別なものではなくなり、ほとんど習慣と化した。殺し合いを行う頻度もだいぶ間が空くようになったし、状況次第では顔を合わせても手を出さない場面も出てきた。割と普通に口を聞く事もなくはない。自分でも意外なほど気安い関係かもしれない。殺伐としてもいるが。
もし妹紅がいなくなったとしたら、それこそ死ぬほど退屈になってしまうだろう。だが、妹紅の事は単なる暇つぶしの相手と思っているわけではない。妹紅は自分に対して強くこだわっている。そうやって思いを向けられる事が――例えそれが憎悪と殺意であっても――自分が生きている人間である事の証明のように思える。
そして、妹紅は『過去』に変わらない。いつまでも『今』でいてくれる。例えどんな感情を抱いていても、自分と『永遠』を共有する存在。我ながら、歪んだ感情だと思う。だが蓬莱人そのものが輪廻から外れた、歪んだ存在といえるのだから当然といえば当然だろう。
「・・・何考えてるのかしら、私」
取り留めのない事を色々考えながら歩いていて、ふと立ち止まり声に出す。こんな妙な事を考えてしまうのは、天に妖しく輝く彼女の故郷のせいだろうか。
「・・・帰ろ」
思考を払うように頭を振り、輝夜は再び歩き出した。
◇ ◆ ◇
高く上った月を慧音と2人、縁側に座って見上げていた。夜の外気はだいぶ冷たくなっている。
「そういえば、今は何月だっけ?」
「9月ですよ。もう秋ですね」
外の世界と同様、幻想郷でも新暦が使われている。妹紅は暦を持っていないので(そういう生活が染みついているし、金もないからだ)、今は季節のいつごろ程度にしか考えていない。
「あと数日で十五夜ですよ」
「そういえば、慧音とお月見とかした事ないね」
「私は満月の夜はどうしても外せないので・・・」
満月の夜は月に1度、ハクタクの力を最大限に発揮できる日だ。歴史書の編纂は最低1ヶ月分以上書かないと歴史、というか過去の方が溜まっていってしまうので一晩費やしてしまう。
ある時、作業中の慧音に近づいたら頭突きをされた事がある。時間が無くて気が立っていたらしい。翌日ちゃんと詫びを入れてきたが、そういうわけで満月の夜は慧音の家には近づけない。
「・・・・・・」
「意外でしたね」
月を眺めたままぼーっとしていた妹紅に、慧音が笑みを浮かべながら言った。
「・・・うん」
目線を下げ、頷く。
「あいつには関係のない事だからって思ってたんだけどね・・・」
頭をかきながら片目をひそめ、今は風呂に入っているはずの一真の事を考えた。
「私も、あんなに正面から受け止めてくれるとは思いませんでした」
「ま、ああいう経験をしていたんならね」
「経験があるからこそですよ。私達だってそうじゃないですか」
言われてみると、一真は最初に会った時から妹紅が不老不死であるという事実をすんなり受け入れていた。
――だけど、死なないからって痛くないわけじゃないんだろ? 不死身だからって無理はしてほしくないんだ
「道理で・・・」
つぶやく妹紅。それに慧音がくすりと笑う。
「なんだか、運命的ですらありますね。あなたと一真の出会いは」
「何その変な言い方。ていうか慧音は運命なんて信じない方だと思ってたんだけど」
「ただの表現ですよ。あまりに出来すぎているのでつい」
よしてよ・・・と額に手を当てる妹紅。
「確かに、歴史に運命など有り得ません。ですが、何かしら近いものを持った者同士が引かれるように巡り合う事は珍しくありません。ましてやここは幻想郷。非常識な事が日常的に起こる世界です」
真剣な表情。歴史を語る時、慧音はいつもそうだ。
「そうした、人の出会いが歴史を動かす事があります。これは予感なのですが・・・一真は、あなたの歴史を変える人間かもしれません。輝夜のように」
そう言うと、優しく微笑んだ。
「願わくば、いい方向へ変わってほしいものです」
「ま・・・輝夜よりはましだと思うよ」
小さく笑い返す妹紅。慧音は満足そうに頷くと、座っている縁側に両手をついて天を仰いだ。
「正直面白くなかったのですが、もう諦めました。あなた方はもっと親しくなるべきです」
「何? 慧音、妬いてたの?」
にやりと口の端を片方つり上げる妹紅。慧音は手をついたまま顔だけを向け、
「私の時よりもすんなり心を開いているものですから、つい」
「慧音は友達少ないからねえ」
「あなただって人の事は言えないでしょう」
口を尖らせる慧音に、妹紅は自慢げに腕を組んで横目を向ける。
「私は今、1人進行中だもんね。慧音には勝ってるよ」
「頭突きしますよ?」
「それは勘弁」
慧音に頭を向けられ、両手を突き出して首をぶんぶんと振る妹紅。2人とも、けらけらと笑い合った。
慧音は靴を履きながら立ち上がり、
「それじゃ、私はそろそろ帰りますね」
「1人で大丈夫? 一真に送ってもらえば・・・」
「いえ、大丈夫です。アンデッドは途中にはいないようですから。それに、あの乗り物は私にはきつすぎるようです」
「ならゆっくり走ってもらえばいいと思うけど・・・」
ブルースペイダーの速さはむしろ気に入っているのでそう言ったが、慧音は自分の頭を指し、
「本当は、一真に頭突きを叩き込んで帰りたい所なんですがね」
「そこまで・・・?」
笑顔のままさらりと言う慧音に、妹紅はなぜかちょっぴり恐さを感じた。
「それでは。頑張って下さい」
「うん。お休み」
暗闇の中へ消えていく慧音の背中を眺めていた妹紅は、彼女が見えなくなると雨戸を閉め始めた。最後の1枚を締め切る直前、ふと月を見上げて手を止めた。
「・・・・・・」
あの日――幻想郷で輝夜を見つけた夜は、今日より綺麗な満月だった。
竹林を何気なく歩いていて人影を見つけた。誰だろうと目を凝らしてよく見ると、知っている少女だった。それに気づいた瞬間、妹紅の心臓は爆発するかと思うほど強く跳ね上がった。
求婚した父に難題をふっかけ、屈辱にまみれさせた悪女。蓬莱の薬を地上に残し、自分を不老不死にさせた元凶。
彼女を直に見るのは、かつて父が屋敷に彼女を招いた時以来だ。遠目に見ただけだったが、自分と変わらない年頃の女の子だったのに驚いたのをよく覚えている。確かに美しかったが、どうしてこんな娘に結婚など迫るのかと心底父に呆れたものだった。結局彼女を見たのはその一度きりだったが、1300年経ってもはっきり思い出すことができたのは一重に彼女への憎悪ゆえだ。
そしてそれが目前を歩いていた。なぜまだ生きているのかは、驚きやらなにやらでその時は考えられなかった。
ほとんど無意識の内に走って彼女の前に立ちはだかり、彼女の名を呼んだ。驚く彼女に名乗り、そしてその身に炎を全力で叩き込んだ。
甲高い悲鳴を上げながら倒れ、燃えていく輝夜。
それを見た妹紅は、やりたかった事を実現させた事と意外なあっけなさに茫然自失としていた。
だが次の瞬間、まばゆい光が輝夜の死体から飛び出し、そして無傷の輝夜が現れた。混乱していると、今度は輝夜の放った光が妹紅の胸を貫いた。そうなってもわけがわからないでいたが、とりあえずリザレクションする事を考えた時、輝夜もまた蓬莱人なのだと思い至った。
そうして2人は炎と光を激しくぶつけあい、いつの間にか気絶していた妹紅は竹林の中で目を覚ました。
次の夜も竹林の中を歩き回り、輝夜を見つけると即座に襲いかかった。それは毎日のように繰り返された。
しかし妹紅自身も自覚しない内に、その理由は憎しみだけではなくなっていった。
人間と関わる事に疲れ、600年ほど竹林の中で孤独に暮らしている内に心が動く事がなくなっていた。それが輝夜の出現により、1つの事に打ち込む情熱が彼女の中に復活したのだ。元々、父の報復のために富士山まで登って蓬莱の薬を奪おうとするほどの行動力をそなえた少女である。気の遠くなるほど長い時間押し殺していた心を取り戻そうとするように、妹紅はどうやって輝夜を殺そうか終日考え続けた。その鬱憤をぶつけて当然の相手という建前もあった。
人間は情熱がなければ生きていけない。不老不死とて例外ではない――むしろ無限の時を生きる蓬莱人は尚更だ。輝夜が言った『退屈は人を殺せる』は的を得ていると思った。
今思えば、一真のアンデッド退治につきあっているのも情熱を抱きたいからかもしれない。蓬莱人同士で不毛な殺し合いをするよりは建設的であるし、その殺し合いも以前ほど情熱を傾けなくなった気がする。惰性でやっているような気がするのだ。今はアンデッドがいるからそっちに集中しているが、その件が片づいたらやはり輝夜と殺し合いを繰り返す日々に戻るのだろう。
結局、自分にはそれしかないのだ。
だが、一真と出会った事で何かが変わるかもしれない。慧音が言っていた通り、もしかすると自分という存在に対して一真が一石を投じるのではないか。これまで、輝夜と慧音以外に『明日』を変えてくれるものはなかった。一真と共に戦いに身を投じた事で、明日何が起こるか全くわからなくなった。明日はどうなるのだろう。今日のように体験した事のない出来事が起こるのだろうか。考えただけでわくわくしてくる。輝夜や慧音でもこんな気持ちにはさせられなかった。
この戦いが終わった時、自分は何か変わっているだろうか。
とりあえず、雨戸を閉めて布団を敷こう。さすがに同じ部屋に男と寝る気はないから、一真の分は別の部屋に用意してやろう。妹紅は月をひとにらみして、雨戸を閉め切った。
◇ ◆ ◇
「はあ」
霊夢は縁側に寝そべって月を眺めていた。もうじき満月だとか、秋らしくなってきたとかいう感慨は何もない。そういう事に疎いわけでもないが、今しがた帰ったばかりで少々疲れているせいもある。
紫を訪ねてアンデッドの事を話すと、彼女はスキマを使ってどこかへ雲隠れ。かと思えば数分足らずで戻ってきて即行寝てしまった。何事もマイペースなこのスキマ妖怪にはいつも振り回される。
それから冥界の白玉楼を訪れた。死者の管理を行っているその屋敷へ警告するついでに、アンデッドを倒す方法はないか聞きに行ったのだ。だが返ってきた答えは、アンデッドを死に至らしめる事は不可能だというものだった。
さらに、その日に人間の死者が数名出ており、それはアンデッドに殺されたと知らされた。
スペルカードルールを作って以来、妖怪が人間を殺す事はほとんどなくなったので危機感が薄かった。決して楽観視していたつもりはなかったが、今回ばかりは自分の見通しが甘かったと言わざるを得ない。
「ん~・・・」
しばらく唸っていた霊夢だったが、唐突にがばと起き上がった。深刻に考えるのは柄ではないが、もはやそんな事は言っていられない。仮にも博麗の巫女として、死者が出たのに何もできなかったのは悔しい。
「夜回りくらいはしないと、寝られないわ」
霊夢はつぶやき、靴を履いて夜の幻想郷へ飛び立った。
誰もいなくなり、静まり返る博麗神社。そこに玉砂利を踏みしめる足音が響く。無人の境内に現れたのは――異形だった。月明かりに照らし出される緑色の皮膚と無機質な顔。背中には翼が折りたたまれている。
その異形の存在は、自らに課せられた使命を反芻していた。
『お前に、初めて使命を与える』
異形の脳裏に、記憶から引き出された男の声が聞こえる。
『剣崎一真の消息が不明となった。お前は剣崎の痕跡をたどり、奴の所在を明らかにしろ。そして、私の元へ連れてくるのだ。抵抗するなら実力でおとなしくさせろ。邪魔をするものは剣崎以外は殺して構わん。これは、お前の人造アンデッドとしての能力テストも兼ねている。私の期待に応えてくれ。行け、トライアルC!』
「ハァァァァ――」
長い息を吐き出した異形――トライアルCは4枚の翼を広げ、博麗神社から月が照らす幻想郷へ飛んだ。
――――つづく
次回の「東方永醒剣」は・・・
「そうしてると、お前も普通の女の子なんだなって」
「お前・・・私を何だと思ってたのさ?」
「これがただのピクニックだったら楽しかったんだけどな」
「あ、吾亦紅だ」
「われもこう?」
「アンデッドに仮面ライダー・・・面白そうじゃない」
「ぐあっ!?」
「妹紅っ!?」
「まさか・・・7体目のアンデッド!?」
第4話「人造アンデッド・トライアルC」