<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.32444の一覧
[0] 乳列伝 【完結】[abtya](2015/11/22 19:20)
[1] 0[abtya](2012/04/02 17:21)
[2] 1[abtya](2012/04/21 10:01)
[3] [abtya](2012/04/28 10:05)
[4] [abtya](2012/04/04 17:31)
[5] [abtya](2012/04/28 08:42)
[6] [abtya](2012/04/20 23:26)
[7] [abtya](2012/04/12 17:03)
[8] 7[abtya](2012/04/21 09:59)
[9] [abtya](2012/04/27 08:43)
[10] [abtya](2012/05/01 23:39)
[11] 10[abtya](2012/06/03 21:29)
[12] 11 + なかがき[abtya](2012/07/07 01:46)
[13] 12[abtya](2013/01/10 01:12)
[14] 13 乳列伝[abtya](2013/01/12 01:21)
[15] 14[abtya](2013/03/17 00:25)
[16] 15[abtya](2013/05/19 16:18)
[17] 16[abtya](2013/06/06 01:22)
[18] 17[abtya](2013/06/23 23:40)
[19] 18[abtya](2013/07/14 00:39)
[20] 19[abtya](2013/07/21 12:50)
[21] 20[abtya](2013/09/29 12:05)
[22] 21[abtya](2015/11/08 22:29)
[23] 22(完)+あとがき[abtya](2015/11/22 19:19)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32444] 15
Name: abtya◆0e058c75 ID:598f0b11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/19 16:18

「人類巨乳化計画、だと……」

あまりに荒唐無稽。だがクレアと黒典、二人の瞳が、その言葉が本気である事をまざまざと物語っていた。

「如何にも」
「龍脈の力は絶大です。その力を以ってすれば、人を司る運命にすら干渉する事ができる」

運命に干渉する。さながら神の如き行いである。天に唾するが如き、と言い換えてもいい。途方もなさ過ぎて拳剛には想像もつかない。
だが龍脈は地球の生命力そのもの。あるいは可能なのかもしれない。
拳剛の頬を冷や汗が伝う。

「自らの運命を捻じ曲げる気か」
「捻じ曲げるのではありません、打ち砕くのです、」

クレアは拳を握りしめる。爪が白磁の肌を食い破り血が滴り落ちた。

「――――この呪われた運命を、自らの力で」

百戦錬磨の拳剛が一瞬たじろぐほどの壮絶たる形相。拳剛は、クレアの覚悟が生半可なものではないことを理解する。

「いいだろう、その決闘受けて立つ」

故に拳剛はクレアの問いに是と答える。
敵の首領自ら拳剛に勝負を挑んできたのだ。考えようによっては好機と言えた。ここでクレアを下せば、後顧の憂いを一つ潰す事が出来る。沙耶を守るために拳剛がこれからしようとしている事を考えれば、不安要素は少ない方がいい。
そんな考えはおくびにも出さず、拳剛はギラギラとした瞳でクレアを睨む。

「師から受け継いだこの鍵、易々と奪えると思うなよ」
「負けられないと言う訳ですね。ですが此方も同じ事。
同志のため、私自身のため。鍵は必ず手に入れます」

拳剛とクレアはそれぞれの思いを胸に、一歩も退かずに視線を交わす。

「……後ほど迎えの者を寄こします。それでは」
「ではな、等々力拳剛」

しばしの対峙の後、一礼してクレアと黒典はその場から去るのだった。


二人の背中が階下への階段の扉へと消えるのを見届けると、拳剛は陰で一部始終を見ていた者の名を呼んだ。

「薄井エイジ、いるのだろう」
「あらら、ばれてた」

そう言って屋上の陰から薄井エイジはひょっこり現れた。隠れていた事がばれていたというのに驚いた様子は無い。内視力持ちの拳剛に見つかっているのは、最初からエイジ自身織り込み済みであるからだ。彼にしてみれば、自分の役割さえ果たせればどうでもいいのだった。

「やれやれ、覗き見とは趣味が悪いな」
「まぁそう言うなよ、これもお仕事なんでね」

苦笑する拳剛に、エイジはヘラヘラと笑いながら答える。龍脈の鍵を狙う第三勢力、その一員と思しき黒瀧黒典を監視するのが、現在のエイジの役割だった。何か動きがあり次第、直ぐに対応するためだ。
現状、拳剛が第三勢力に鍵を奪われてしまうだけで、衛士も隠衆も、それぞれの目的達成が不可能になる。警戒するに越したことは無い。

「しかし巨乳党か、イカれた連中だな。まさか胸をでかくするためだけに龍脈の力を使おうとするなんてね」

どうかしてるぜ。先ほどの一部始終を思い返し、エイジはそうぼやいた。
衛士と隠衆を越える勢力を持ちながら、その名前も目的も一切が不明であった第三勢力。監視ついでにその正体が明らかになったのは思わぬ幸運であったが、しかしクレアらが語った話はあまりにも突飛過ぎた。よもや胸部の脂肪を得るためだけに、地球の気脈である龍脈の力を使おうとするなど。
太刀川怜同様、割と常識人寄りのエイジからすると、信じられないのも無理は無いだろう。しかし拳剛はそうでもないらしく、むしろエイジのその言葉に小首をかしげている。

「? 気持ちは分からんでもないと思うがな」
「……おおぅ。そういえば君はそういう奴だったね……」

まるで、お前の方こそおかしい、とでも言いたげな拳剛に、エイジは頬をひきつらせる。一般的な感覚からずれているのは自分か相手か。どうか相手であって欲しいと願わざるをえない。もっともマジョリティが一般性というものを決定するのならば、この学校に限って言えば、エイジの方が異端となってしまうだろう。
思わず冷や汗を垂らすエイジに、拳剛は懐から取り出した包みを放った。

「薄井、これを」
「ん?これは……ああ、そういうことか」

一体何事かと思ったが、包みを受け取って中身を見たエイジは得心した。中にあったのは拳剛の持つ鍵であった。
一応同盟を組んだとはいえ、つい先日までその鍵を巡って争っていた相手にあっさりそれを渡すと言うのは中々思い切った行動である。しかし拳剛とて、意味もなくそんなことをしたのではない。
これから拳剛は巨乳党との戦いに赴く。全ての動きを見通す内視力を持つ拳剛の懐から鍵をかすめ取るのは容易ではないが、絶対に不可能という訳ではない。現に薄井エイジは、満身創痍になりながらも拳剛に気付かれずに鍵を奪い取ったのだ。万が一、ということがある。
よって、不意の盗難を防ぐために、薄井エイジら衛士・隠衆連合軍に拳剛の鍵を預けるわけだ。少なくとも初めから拳剛の手元になければ、拳剛が鍵を盗まれるという困った状況は起こり得ない。拳剛にしては珍しく、至極道理にかなった行動であった。

ちなみに、鍵を守る理由は拳剛とエイジたちとでは大きく異なる。
衛士や隠衆の場合は、巨乳陽に龍脈の力を不正に利用させないため、という理由が大きい。国の霊的防衛を担う集団である彼らにしてみれば、特定個人もしくは集団が、私的に龍脈の力を使用するのを看過することはできないのだ。特に『胸に脂肪の塊を付着させるため』などという俗物極まる理由で使われたりなどした日には、国の護衛者としての面目丸潰れである。それだけは何としてでも防がなくてはならなかった。実際は拳剛の持つ鍵は龍脈の鍵ではないので、この心配は杞憂というものなのだが、エイジたちがそんな事を知るはずもない。
一方拳剛の場合は、鍵を奪われる事それ自体は特に問題はなかった。困るのは、鍵が奪われた後で、その鍵が本当は龍脈の鍵ではない事がばれてしまうことだ。拳剛の持つ鍵が偽物だとなると、必然的に本物はどこにあるかということになる。そうなれば、源五郎の唯一の肉親である沙耶にその疑いが行くのは避けられないだろう。場合によっては、沙耶の中に本物の鍵があることがばれてしまうかもしれない。沙耶の安全のために、それだけは避けなくてはならない。幸い衛士と隠衆は拳剛の鍵の封印は解けないので、その鍵がただの蔵の鍵であることは気付く事は無い。エイジたちに預かっていてもらえば、当面問題はないのである。もっとも、本当の事を話す事はできないので、拳剛は後ろめたさはひしひしと感じていたのだが。

「……鍵と沙耶を頼んだ」

罪悪感を押し殺しつつそう言う拳剛に、エイジは鷹揚に笑った。

「任せな。鍵も君の周りの人間も全部、守ってやる」
「ありがたい。ついこの前、その周りの人間をかどわかしたばかりの人間が言う言葉とは思えんな」

敵対していた時とは正反対の台詞を吐くエイジに、思わず拳剛は苦笑する。現金な奴もあったものである。だがエイジは悪びれる様子もなく目を細めた。

「任務だったからさ。そしてお前の友達を守るのも任務だ。俺達に課せられた役目だ。
役目は必ず果たす。俺も、俺の仲間も、太刀川達もだ。俺達に任せろ。
だから勝てよ、それがお前の役目だ」
「ああ、任せた。だから任せろ。必ず勝つ」

二人の拳が力強くぶつかる。昨日の敵は今日の友。大切なものをその友に預け、拳剛は屋上を後にした。
風見クレア、黒瀧黒典、そして龍脈の穢れ。全ての困難に自らの手で決着をつける事を誓いながら。


**********


拳剛の元に風見クレアからの迎えがやってきたのは、それからほどなくしてからのことだった。

「等々力拳剛様、お迎えにあがりました」

さながら執事のように黒のスーツを着こなした妙齢の女性が、そう言って優雅に一礼する。その隣には黒塗りの長くて高級そうな車が停められていた。片田舎の高校に来るにはそぐわない類の車である。

「そうか、よろしく頼む」

思わぬ出迎えではあったが、この程度のことで動揺するほど拳剛は常識的な人間ではない。執事風の女性に頭を下げ、次いで女性の胸部を視ると、車に乗り込んだ。
女性は内視力で確認する必要もないほど貧乳だった。おそらく巨乳党の一員で間違いはないだろう。あれほどの堂々たる態度で決闘を申し込んだクレアがよもや卑怯な罠など仕掛けるとは思えないが、何事も油断は禁物である。最大限の警戒をしつつ、拳剛はどっかりとシートに腰を沈めた。

結局心配は杞憂に終わり、車は特に何事もなく拳剛を目的地に運んだ。八雲町市街地から山間部に入り、そこから一時間近い走行の後に到着したそこは、採石場の跡地らしき場所だった。

「お待ちしておりました、等々力拳剛」

車を降りた拳剛を迎えたのは、風見クレアただ一人。ただ一人が、悠然とその場に佇んでいた。ただし服装は学校に居たときのものとは異なっている。学校指定の制服ではなく、黒のローブに身を包み、手には杖を携え、さながら魔女のような装いだ。

「ああ待たせたな。で、ここはどこだ」
「我が風見家の私有地です。近くに民家はありませんし、万が一のために結界も張り巡らせています。ここでなら、貴方も私も存分に力を振るえるはず」
「それはありがたい、周りに気兼ねしていては全力が出せんからな。
とすると、お前一人しかいないのもそのためか」

薄井エイジいわく、巨乳党は衛士と隠衆をも上回る勢力を持つ集団らしい。その党の悲願が達せられると言うときに、メンバーが一人もいないと言うのはおかしな話だ。だがそれも、決闘の余波に巻き込まれるのを防ぐためであるというならば得心がいく。
案の定、クレアは拳剛の言葉を首肯した。

「ええ、巨乳党には腕利きも数多くいますが、貴方と私の全力戦闘の付近にいて無事でいられる者はそう多くないのです。
故に黒瀧黒典を含め、同志達には離れたところで私の勝利を祈ってもらっています」

要するに邪魔だから下がってもらっているということだ。それも無理のない事だろう。
多少鍛えた程度の人間では、音の速度領域で戦闘を行う拳剛に対して、自分の身の安全すら保証することはできない。拳剛自身も本気で闘っているときに外野を気にかける余裕は無い。近くに人間がいれば、うっかり轢いてしまうかもしれない。敵とはいえ、単なる不注意で倒してしまうのは気がひけた。
そういう意味で、周りに人がいないのは拳剛としてもありがたかった。

そこまで考えて、拳剛はクレアに言い忘れていた事があったのを思い出す。

「そういえば、以前助けてもらった礼を言っていなかったな」
「礼?」
「まやかしの術にかかった時、俺に呼びかける声が聞こえた。アレはお前だろう」

拳剛が言っているのは、先日の隠衆との戦闘の時の事である。不覚にも薄井エイジの幻術にかかってしまった拳剛は、無限の乳に囲まれる夢を見ながら眠っていた。その時幻術の誘惑を断ち拳剛が目覚められたのは、その声に叱咤されたからである。
拳剛の言葉が予想外だったのか、クレアは意外そうに眼を丸めた。

「お気づきでしたか」
「屋上で決闘を申し込まれた時、あの時の声とお前の声が同じだと気付いた
あの時はお前の言葉に助けられた。礼を言う」
「感謝にはおよびません。あれは私の都合でやったことなのですから。」

クレアの言葉は謙遜でもなんでもない、ただの事実である。
巨乳党としては、あのとき他の勢力に龍脈の鍵が渡るのは都合が悪かった。特に隠衆は隠密に長けた集団であり、そのため鍵を持って雲隠れさればクレア達巨乳党には打つ手がなかったのだ。クレアが拳剛を助けた背景には、そういった事情があった。
もっとも、鍵には封印が施されていたため、拳剛を助けようと助けまいと関係はなかったのだが。
更に言えば、実際はその鍵も偽物だ。本物の鍵は沙耶の心臓と同化している。
隠された真実があるとは露も知らず、クレアは拳剛に尋ねた。

「それで、今鍵は何処に?」
「衛士と隠衆に預けてある、俺に勝てばお前のものだというのは奴らも納得済みだ。」

仮に拳剛が負ければ、拳剛の鍵は速やかにクレアに譲渡される手はずになっている。拳剛が負けるはずがないと衛士も隠衆も思っているからこそのことなのだが。

「随分と信頼されているのですね。少々申し訳がない気がします」
「なにがだ」
「貴方に、彼らの期待を裏切らせてしまうことが、です」

そう言うと、クレアは壮絶なほほ笑みを浮かべる。この少女はただの華奢な娘ではない。肉食獣のような覇気を全身から放っている。
太刀川怜や薄井エイジ同様、クレアが自分を打倒し得る存在だと、拳剛は改めて認識した。

「闘う前にもう一度聞かせろ、何故龍脈の力を求める」

全身から闘気を立ち上らせ拳剛が問う。だがその言葉は単なる確認に過ぎなかった。既にクレアの覚悟が確固たるものである事は拳剛自身確信している。
その確信を裏付けるように、拳剛の圧にひるむことなくクレアは凛として答える。

「この世に満ちる不平等、それを少しだけなくしたい」
「貧乳を巨乳にすることでか」

拳剛の言葉をクレアは首肯する。
この世の乳は貧乳と巨乳に分けられる。両者の間に明確な境界はないが、だがそこには確かな隔たりが存在する。持つ者と持たざる者。クレアはその隔絶をなくしたかった。
ただ、とクレアは続ける

「どうか思い違いをしないでください。私達は貧乳を否定したいわけではないのです。
豊乳の祝福を与えるのは、巨乳を渇望し、そのために命を賭して共に闘い抜いてきた同志達にだけだと、お約束します」
「なるほど。巨乳党とは、その名の通り己が胸に豊満なる乳を求める者たちだというわけか」
「如何にも。無論例外もいますが」
「黒瀧黒典、だな」

黒瀧黒典は男性である。自身の豊乳を望むはずはない。

「ええ、彼は巨乳を愛する者として我らに協力してくれています。巨乳を望みながら、貧乳である不幸な人間が少しでも減るように、と。
ご存知ですか等々力拳剛、彼の奥様はそれは見事な巨乳の持ち主なのですよ」
「ああ、知っているさ」

拳剛は黒典に見せてもらった写真を思いだす。流石にプリントされた画像に内視力は発動できないが、そんなものを使う必要がないほどに、黒典の妻が天然巨乳であることは明白であった。
けれど、とクレアは言葉を継ぐ。

「我らは持たざる者。運命に見捨てられた者。彼女や太刀川さんのような与えられた者とは違います。努力ではどうにもならない、超えることのできない“壁”を課せられているのです
その壁を乗り越え運命に打ち勝つ。私達はそのためだけに集い、そして今日まで闘ってきました」
「今の龍脈は穢れている、まともに使えんと思うがな」

拳剛が忠告する。だが既に知っていたのか、その事実にクレアがひるむ様子は無かった。

「鍵を手に入れた際は私達が責任を以て浄化を行います。命を落とすこととなるやもしれませんが、己が野望のために龍脈を使う対価としては足りないくらいでしょう。」
「そうか……」

クレアの巨乳への執念は、命が危険にさらされる程度で折れる物ではない。拳剛はそれを再確認した。

「止めても聞かんのだろうな」
「無論。同胞のためにも、なにより自分自身のために」
「……最早言葉を交わすことに意味はないか」

そういうと、拳剛は拳を構えた。一方クレアも無言で杖をかざす。
一陣の風が両者の間を吹き抜けた。

「東城流、等々力拳剛」
「巨乳党が党首、風見クレア」

『参る』



********

戦いの火蓋が切って落とされる。その瞬間、両者がとった行動は対照的であった。かたや拳剛はその筋力を以て敵までの距離を一息に詰めようとする。そしてかたやクレアは……

「これは……面妖な」

開始早々に起こった目の前の予想外の光景に、拳剛は思わず茫然となった。
愕然とする拳剛に、クレアが言い放つ。

「等々力拳剛、私はあなたを過小評価していません。貴方の剛腕を以ってすれば私など瞬きする間に叩き伏せられてしまうことでしょう。ですから私はこうするのです」

クレアのその言葉は、比喩でもなんでもなく、遥か上から投げかけられた。
拳剛は天を仰ぐ。その視線の先には風見クレアがいる。遥かな天空の中に彼女はいた。
クレアは空を飛んでいたのだ。鳥のように翼があるわけでもないのに、彼女は当たり前のように空中に浮いている。普通の人と比べると、奇奇怪怪な場面と出くわすことは数多くあった拳剛であったが、人が空を飛ぶのは初めて見る光景であった。
現実離れした光景に驚愕しつつも、一方で拳剛はクレアの行動に感服してもいる。

「なるほど、実に理にかなっている」

拳剛の拳は文字通り一撃必殺である。『内視力』で以て敵の肉体と気脈の虚実を見切り、『通し』で以てピンポイントに急所を破壊する。拳剛が師・源五郎から教わったこの技法は、人体に対してはあまりに威力過多である。よって普段は『内視力』と『通し』を同時に使用することは無い。しかしながら気の力で爆発的に強化された拳剛の筋力とその技法のどちらか片方でも併用すれば、それだけで拳剛の拳は強力無比の兵器と化すのだ。
つまり拳剛は、基本的に当たりさえすれば一撃で決まる。しかし逆に言えば、攻撃が当たりさえしなければ怖くは無いのだ。つまり、拳剛の間合いの外に逃げてしまえばいい。
そう言った意味で、クレアのとった行動は至極当然のもので、そして拳剛を相手取るにあたって最も効果的であった。流石の拳剛といえど、間合いの外で天高く飛翔する相手を捉えるのは相当な困難を伴うのだ。無論その絶大な筋力でクレアの元まで跳躍することは可能である。しかし空中では方向転換は困難なため、一直線で突っ込んで行くしかない。直線的であるということは、相手に動きが完全に予想されてしまうということである。迎撃を喰らうのは必至である。少なくとも相手の手の内がある程度わかるまでは、突っ込むのは悪手だろう。
いきなり窮地に立たされた拳剛は、内心の動揺を隠しつつ、頬をゆがめる。

「驚いたな風見クレア。お前は妖術使いだったのか」
「ええ、その通りです。一つ訂正すると、これは妖術ではなく魔法ですが」
「魔女というやつか」

成程、黒のローブに樫の杖、まさしく今のクレアの様相は西洋の魔女そのものだった。

「卑怯者と罵ってもらって構いません。ですが私は負けるわけにはいかない。ここまで同志達のためにも、絶対に龍脈の力を手にしなくてはならない」

そう言うと、クレアは天高く杖を掲げた。

「どんな手を使っても、です。――――――『散れ』」

クレアが拳剛に杖を差し向け、そして命じた。
それが一体『何』に対する命令だったのか。拳剛が疑問に思う間もなく、息苦しさと身体の内側から沸きあがる違和感に全身が支配される。これは危険だ、動物的勘が警鐘を鳴らす。拳剛は咄嗟にその場から飛び退った。
離脱すると同時に息苦しさは消える。

「今のは……?」
「『散れ』」

拳剛が今の現象について考えを巡らせる間もなく、クレアが追撃する。
『何か』に対する命令とともにクレアが杖を振るうと、それにわずかに遅れて、再び先ほどの息苦しさが拳剛を襲う。拳剛は再度その場からの離脱を図るも、今度は息苦しさは消えなかった。
にぶい拳剛といえども、ここまでされれば流石に理解する。

(これは真空か! )

真空中では息ができないだけでなく、体液は沸き立ち気圧差で肉体は破壊される。真空と大気圧ではそこまで気圧差がないため丘に上がった深海魚のように内側から爆発することは無いが、それでも人体が活動できる環境でないのは間違いない。気で強化された拳剛の肉体とはいえども長時間真空にさらされるのは危険であった。

だがタネさえ分かればどうということはない。

拳剛はその瞬間、両足に全力込めた。大腿筋が膨張し、そのエネルギーで以て拳剛は跳躍する。僅かに一足で音速に達し、今度は先ほどよりも遥かに遠くに離脱する。

「『散れ』」

攻撃から逃れた目標に対し、クレアは命令と共に再び杖振るう。再び拳剛の周りが真空と化すが、その時には拳剛既にその範囲外に離脱している。
どうやらクレアが真空にできる領域はそう広くないようだった。その上、真空化までは僅かにタイムラグがある。そこまで分かれば、攻撃を回避するのは拳剛にとってそう難しい事ではない。

そしてクレアの攻撃を回避しつつ、拳剛は別の事にも考えを巡らせていた。クレアの魔法についてである。
拳剛は魔法使いなどという非常識ものがこの世に存在するのは、今の今まで知らなかった。普通の人間からすれば拳剛もよっぽど常識から外れた存在であるのだが、今はそれは置いておく。拳剛は魔法使いを知らない、よってクレアがどのような攻撃を繰り出すのかは全く予想がつかない。クレアが拳剛の能力を把握しているであろう事を考えれば、これは大きなハンディキャップである。よって、敵がどのような能力を保有するのか予測するのは、今の拳剛にとって至上命題であった。

(今のところ風見クレアが使ったのは飛翔と真空、この二つだけだ)

敵の攻撃を掻い潜りながら拳剛は思案する。拳剛は勘は良くても頭は良くないので、クレアの力に明確な説明をつける事はできない。しかしなんとはなしに予想はつく。
その予想を確かめるために拳剛はカマをかけてみる。もっとも、無駄とは分かっていたが。

「なるほどお前は風を操るわけか」
「ええ、その通りです」

しかし以外にもあっさりと、クレアはそれを肯定する。拳剛としては少々肩すかしを喰らった感じである。そんなにあっさり手の内を明かされるとは思っていなかったからだ。能力がばれても問題ないと考えているのか、奥の手が有るのか、それとも両方か。
しかしそれでも、攻撃手段が風だと分かったのは拳剛にとっては行幸である。無論クレアは他にも攻撃手段が有るのかもしれないが、それでも一つでも敵の攻撃が分かっていれば、勝率は大きく変わってくる。

「真空化で倒せればそれが一番良かったのですが、やはりそううまくはいかない物ですね。手法を変えることといたしましょう」

そう言うとクレアは攻撃の手を止め、杖を後ろに大きく振りかぶる。

「時に等々力拳剛、貴方は風の本当の速度を知っていますか?」
「?」

突然の質問にいぶかしむ拳剛をよそに、クレアは続ける。

「風というのは空気分子の流れのことですが、普段はその流れには様々な方向へ飛び交う分子が混在しています。その速度をお互いに相殺し合い、最終的に残ったエネルギーが風の流れの速度を決定するのです。ですから、風の粒子の本来の速度を知るには、温度・質量・速度の変数から成るエネルギーの方程式を解かなくてはなりません。
仮に全ての分子が同一の方向に進む場合、この方程式より求まる風の速度は」
「おい、悪いが俺は劣等生だ。科学の授業なら余所で…………」

突如始まった科学の講義に、拳剛は思わず突っ込みを入れる。いっそこの隙に間合いを詰めてぶん殴ってやろうかとも思ったが、その機会はクレアの言葉によって失われた。

「―――――秒速500メートル」
「……な」
「『突撃せよ』」

その言葉と共にクレアが振りかぶった杖を打ちふるう。瞬間、拳剛の身体大きく吹き飛ばされた。突風と呼ぶのも生ぬるい、超絶なる圧力を伴った大風。音速を超えた暴風が全身を貫き、拳剛は岩壁に叩きつけられる。

「がッあ……!!?」
「音速戦闘を可能とする貴方の身体能力は確かに脅威です。しかし私の攻撃はそのスピードをも超える。如何な等々力拳剛とはいえ避けきれるものではありません」

音の速度はおよそ秒速340メートル。クレアの攻撃は、音の速度をも大幅に上回るのだ。
だが拳剛は怯まない。むしろその顔には笑みが浮かんでいた。

「避けられない、だと?」

拳剛の両拳が岩を砕き、拳剛は岩壁から這いずり出る。

「ならば、突っ込むまでだッ!!!」

予想外の攻撃ではあったが、かえって好都合であった。この場面でクレアが能力を出し惜しみする理由は無い。つまり彼女の攻撃は基本的に風だけだと考えていいのだ。
確かに音速をも超えるクレアの魔法は脅威である。しかし風は炎のような激しさは無く、水や土のような重さもない。そんな『軽い』攻撃では、いくら速度があがったところで拳剛を打ち倒すことは不可能だ。
相手の底が見えたと察した拳剛は、一気にクレアに向かって駆け出した。

「『突撃せよ』」

突進する拳剛を迎え撃つべく、クレアが再び超音速の風の壁を拳剛に放つ。拳剛は一切のためらいなく、腕をクロスしてそのまま突っ込んだ。

「ぬおおぉっ!!」

最早研ぎ澄まされた刃とかした風に全身ずたずたにされるも、拳剛は怯まずに突破する。予想通り、風のような『軽い』攻撃では拳剛の強靭な肉体の肉は切れても骨を断つことはできなかった。
瞬間、遥か上空浮かぶクレア向けて拳剛は跳躍する。

「勝機!!!」
「『集え』」


彼我の距離数十メートル。このまま突っ込めば勝てる、拳剛は勝利を確信した。たとえ風の壁が来たところで、今の拳剛の勢いならば十分に突っ切る事ができる。
一方クレアは、迫りくる拳剛に対して僅かにも動揺することは無かった。目標を迎撃すべく、淡々と杖を構え、新たな呪文を唱える。

それは、瞬きをするほど僅かな時間であった。そのとき極限まで凝縮された時間の中で、拳剛は確かに見た。
クレアの言葉に呼応するかのように、杖の先が空気を喰っている光景を。
いや、それは正しくは喰っているわけではなかった。何千何万リットルという周囲の空気が、杖の先端へと集中し圧縮されているのだ。

(不味いっ!!?)

拳剛は本能的に危機を察知する。しかし空中では回避は不可能。咄嗟にガード体勢をとる。

「『突撃せよ』」

直後、クレアの杖から放たれた超音速の圧縮された空気が、超絶たる質量を伴い拳剛を直撃し、そして『炸裂した』。轟音を伴ったその爆発は拳剛の身体を芯から砕く。全身で骨の砕ける音を鳴らしながら、拳剛は地面に叩きつけられた。

「が……っ、はッ…………」

拳剛は辛うじて生きていた。だがその身体は至る所で悲鳴を上げている。幸い戦闘続行は可能だ。拳剛はよろめきつつも立ち上がる。
拳剛が未だ人の形を保っているのを確認すると、クレアは大きく眼を見開いた。

「本当に頑丈ですね。普通であれば今ので腕は飛び、足は捥げ、全身の肉という肉が抉れているはずでしたが」
「頑強さだけが取り柄でな……!!」

拳剛は強がるものの、実際は非常に危険な状況であった。今の攻撃をあと数発も喰らえば間違いなく倒れる。精神論ではなく、骨が砕け筋が裂け腱がちぎれ、物理的に立てなくなるのだ。
拳剛は情報を整理する。

(奴の杖の先に、馬鹿みたいな量の空気が集っていた。空気を圧縮したのか……?)

圧縮された空気はただ重いだけではない。
例えばガスボンベというのは、物にもよるが大気圧よりも遥かに高い数十メガパスカルでガスが封入されている。このボンベに一点穴を開ければ、ボンベはさながらミサイルのように飛んでいく。圧縮された空気というのはそれほど強い力を持つ。下手な爆弾よりも強力なのだ。
しかも空気は無色透明。視認ができない。実際は圧縮された空気は大気圧の空気とは屈折率が違うため、見える事は見える。がそれは陽炎のように微かなもので、見極める事は不可能に近い。
こんなものが超音速で飛んでくるのだ。要するに不可視のミサイルというわけである。凶悪な事この上なかった。

(多少速度があろうが、単に空気の壁を叩きつけられるならば大してダメージは無い。問題はあの圧縮空気だ)

不可視の、それも炸裂するミサイルだ。一番良いのは炸裂する前に迎撃し、はじき返すことだが、空気弾そのものが視認できない以上それは不可能だ。
幸い、風の壁の場合と異なり、圧縮空気弾を放つのには空気を収束させる必要があるはず。よって放たれるタイミングさえ分かれば、射線から離脱して攻撃を回避することは可能だ。

絶望的なこの状況で、拳剛はたった一つ光明を見出していた。

(勝機はある。『その時』がくるまで、俺が立ってさえいれば……)

拳剛の脳裏を幼馴染の少女の姿がよぎる。師の遺志を継ぐためにも、そして彼女を守るためにも、拳剛はここで倒れるわけにはいかなかった。
よろめく身体で以て、クレアに向かって叫ぶ。

「どうした風見クレア、俺はまだ立てるぞ。
さぁ来い、鍵が欲しくば俺を打倒してみろ! この肉体を完膚なきまでに粉砕してみろ!!」
「――――『集え』」

拳剛の挑発に応えるかのように、クレアが天高く杖を掲げる。今度こそ確実に、敵を破壊するために。

(今だけでいい、後は如何なってもいい。だから、もってくれ俺の身体、せめて『その時』までは………!!)

拳剛は待つ、肉体と精神と命を削りながら。
『その時』が来るのを、ただひたすらに待つ。






***************










拳剛がクレアとの死闘を繰り広げていたのと同刻。
等々力拳剛の鍵と東城沙耶を守護する護国衛士・憂国隠衆連合軍の元に、一人の招かざる客が訪れていた。

「己が信念を偽るのももう終わりだ。全てはこの時のため、私は長い雌伏の時を耐えていたのだから」

宵闇の中、不気味な笑みをたたえて佇立するその男の名は、黒瀧黒典といった。

「忠告したはずだ等々力拳剛。君の敵『達』は、目的のためなら手段は選ばぬと」

そう言って、全身からどす黒い粒子を立ち上らせながら、黒典は不敵に笑う。


今、もう一つの死闘の火蓋が切って落とされようとしていた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.03459620475769