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No.32444の一覧
[0] 乳列伝 【完結】[abtya](2015/11/22 19:20)
[1] 0[abtya](2012/04/02 17:21)
[2] 1[abtya](2012/04/21 10:01)
[3] [abtya](2012/04/28 10:05)
[4] [abtya](2012/04/04 17:31)
[5] [abtya](2012/04/28 08:42)
[6] [abtya](2012/04/20 23:26)
[7] [abtya](2012/04/12 17:03)
[8] 7[abtya](2012/04/21 09:59)
[9] [abtya](2012/04/27 08:43)
[10] [abtya](2012/05/01 23:39)
[11] 10[abtya](2012/06/03 21:29)
[12] 11 + なかがき[abtya](2012/07/07 01:46)
[13] 12[abtya](2013/01/10 01:12)
[14] 13 乳列伝[abtya](2013/01/12 01:21)
[15] 14[abtya](2013/03/17 00:25)
[16] 15[abtya](2013/05/19 16:18)
[17] 16[abtya](2013/06/06 01:22)
[18] 17[abtya](2013/06/23 23:40)
[19] 18[abtya](2013/07/14 00:39)
[20] 19[abtya](2013/07/21 12:50)
[21] 20[abtya](2013/09/29 12:05)
[22] 21[abtya](2015/11/08 22:29)
[23] 22(完)+あとがき[abtya](2015/11/22 19:19)
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[32444] 14
Name: abtya◆0e058c75 ID:598f0b11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/17 00:25



その時、拳剛の中で全ての歯車が噛み合った。


ずっと不思議に思っていた事ではあった。内視力で見たときに、何故沙耶の乳だけが太陽の如く輝くのか。
だが考えてみればすぐわかることだったのだ。拳剛の内視力は肉体と、そして気脈を見切る心眼なのだから。少なくとも、太刀川に龍脈の鍵の話をされたときに気付くべきであった。
だが拳剛はその鈍さ故に気付けなかったのだ。己が愚鈍さを拳剛は呪った。

ふたを開けてみれば実に単純なことである。
つまり、沙耶の乳が内視力で見れなかったのは、彼女の中に高密度の気の塊である龍脈の鍵が有ったからだったのだ。沙耶の胸の太陽のような輝きは、龍脈の鍵が放つ強力な気の力の発露だったのだ。

どういう経緯で沙耶の中にそんな代物が入れられているのか。拳剛にはわからないので想像することしかできない。しかし先ほど沙耶の話しを聞いて、大体の予想はついた。
つまり、なんらかの不慮の事故で命にかかわる怪我を負ってしまった沙耶を救うために、拳剛の師であり沙耶の祖父である源五郎が龍脈の鍵を沙耶の中に埋め込んだのだ。
鍵はそれ自体が、拳剛の内視力が潰されかねないほどのエネルギーを持つ強大な気の塊。その力を以ってすれば人一人の命を救うことなど容易である。

さて、鍵を孫娘のなかに取り込ませてしまった源五郎はその後、おそらく困ったはずだ。
なにせ龍脈の鍵は彼が護国衛士から預かった品で、龍脈の力を管理するために必要なもの。勝手に孫娘のなかにぶち込んだりして良い物ではない。まぁ天下泰平のこの世で龍脈のような過剰な力が求められることは少ないだろうが、それでも龍脈には汚れが溜まる物だそうだから、おそらく何十年か何百年かの周期で龍脈は浄化作業をされなくてはならないのだろう。
つまりその時になれば沙耶の中の鍵を使う必要が出てきてしまう。

そもそも龍脈の鍵は、太刀川の言によれば龍脈の力を呼び出すための依り代であるということだった。
一般に依り代とは神霊が『憑く』ための対象物である。そして龍脈の鍵は今や沙耶の一部、血肉となっており切り離すことはできない。
では仮にこの状態で、沙耶の中の鍵を用いてその力を呼び出せばどうなるか。おそらく沙耶自身が力の依り代となってしまうであろうことは容易に想像ができる。
ただの気の力であっても、その膨大なエネルギーは何の訓練もされていない唯の小娘である沙耶にとってはかなりの負担となるだろう。その上、今の龍脈は天変地異をも起こしかねないほどに膨大な穢れが溜まっている。そんなものが何の防備もない唯の少女の一身に降りかかるのだ。間違いなく沙耶は無事では済まない。
龍脈の穢れを浄化する時が来れば、鍵その物となった沙耶の身が危険にさらされてしまう。師・源五郎がその可能性に思い至らないはずがない。
故に彼は龍脈の鍵を、それを狙うものから隠したのだ。

死に際にただの蔵の鍵を弟子である拳剛に与え、さながらそれが龍脈の鍵であるかのように欺むいた。鍵を託された際に言いつけられた最期の言葉「鍵の詳細を明かさずに鍵を護れ」とは、つまり拳剛の鍵を龍脈の鍵であるようにそれを狙う者達を錯覚させ、本当の鍵の持ち主である沙耶を隠すためだったのだ。
もしも沙耶が龍脈の鍵そのものだと知られてしまえば、沙耶は龍脈の力を狙う者達に絶えず狙われることになるだろう。だが龍脈の鍵を持つのが拳剛だと思わせれば、少なくとも沙耶が直接狙われることはなくなる。そうすることで、東城源五郎は孫娘の身を守ろうとしたのだった。

だがそれも結局は一時しのぎにすぎない。
龍脈の鍵は穢れを祓うためにいずれ必要となるもの。もしも護国衛士や憂国隠衆達、その他龍脈を求める者達の眼を欺き続け、鍵を使わせなかったとしても、穢れが限界を超えて蓄積されればいずれ天変地異が起きてしまう。
そうなれば多くの人が死ぬだろう。沙耶とて命を落とさないという確証はない。それでは意味がないのだ。孫娘の命を守り抜くことこそが源五郎の願いなのだから。

つまり龍脈の穢れを祓い、沙耶の命を守る。この両方を成し遂げる必要がある。そして『その手段』は既に拳剛の手の中にあった。源五郎が老いてなお老骨に鞭打ち、数多の道場の門を叩き勝負を挑み、その無数の戦いのなかで高みへと導いた技の数々は、ただ一人の弟子であった拳剛に確かに受け継がれている。かつて師が行っていたという道場破りは、確かに意味があったのだ。
全ては唯一人、愛する孫娘を救うため。ただそれだけのために東城源五郎は命を懸けたのだ。


師・源五郎が何故真実を話さなかったのか、何故騙す様な真似をして鍵を拳剛に守らせたのか。今となってはその理由を知る由もない。
しかし拳剛には大方の予想はついていた。源五郎は選択肢を与えたのだ。

もしも拳剛に全ての真実を話せば、拳剛は唯々諾々に師の言葉に従っただろう。なにせ源五郎を実の父の如く敬愛していたのだから。
だがそうなれば拳剛は一生、沙耶を守るために戦い続けなければならなくなる。拳剛にとって、沙耶は単なる幼馴染、赤の他人である。少なくとも今はつながりがあろうとも、それが未来永劫続くとは限らない。
いずれ切れるやもしれぬ縁のために命を懸けさせるような真似を、源五郎は愛弟子にさせたくはなかったのだ。だが拳剛が戦わねば沙耶はいずれ死ぬ。それは源五郎には断じて許容できることではない。

故に源五郎は拳剛に何も告げなかったのだ。
最後の最後、真実に辿り着いたときに、師の言葉でなく、拳剛自身の意志で選択をできるように。
安穏の道とただ一人の少女のために戦い続ける修羅の道、そのどちらも選べるように。
師は選択肢を拳剛に遺したのだ。

源五郎は。孫娘である沙耶を愛するのと同じく、たった一人の弟子である拳剛もまた愛していた。



拳剛の選択は、既に決まっていた。

全ての点は、互いに結び付き線となり、拳剛の鈍い脳内ではっきりとした形を成した。同時に自分のすべきことも、既にその眼には視えていた。






******************





翌日。
その日の八雲第一高2-Aは荒れに荒れていた。

「服飾の観点からって言うんならよぉ、貧乳にメリットはないだろう」

向かい合うように机を並べて二分された教室の片側から、坊主頭の少年が体育会系らしい重低音で言い放つ。

「巨乳ってのは包まれる服の素材でその様相を千変万化させる。セーターに締め付けられたおっぱい、ブラウスを押し上げるおっぱい、水着からこぼれおちそうになるおっぱい。服の種類だけ、着衣巨乳の形が有るわけだ。」

「さ、さらには個々人での型の違いも巨乳なら顕著に表れるよね。しししかも一般におっぱいの形とは本人の生来の資質だけでなく後天的な影響、例えば姿勢やブラのサイズや形によっても変化するからね。そ、そういう意味で巨乳の形状の可能性とは、まさに無限大と言っていいだろうね。」

そう言ってオタク気味の小太り少年が続くと、二分された教室の半分では拍手が巻き起こり、そしてもう半分からは反発の野次が飛んだ。
しかしそんな罵声など意に介さぬように発言が継がれる。

「けど貧乳にはそれがないわ。形なんて大同小異な貧乳じゃあ、どんな服を着ようが同じこと。締め付けられても貧乳、うっすら見えても貧乳、露出しても貧乳、縛られても貧乳。
故に、服飾の観点から言えば巨乳こそが正義なのよ!!」

最後に熱弁をふるった、胸に【巨乳派代表】ワッペンを付けた三つ編み眼鏡の少女は、そう言うとビシリと黒板を指差した。
指差した先には【本日の議題:服飾における巨乳貧乳に関する考察】という明らかに学び舎にふさわしくない文字が、これでもかというほどでかでかと、チョーク4色を使ってカラフルに書かれている。
そして縦に2分割された教室の正面ど真ん中では、【議長】の立て札が立てられた席に、圧倒たる存在感を放ちながら等々力拳剛が鎮座していた。

「異議あり!!」

突如として、教室の反対側から怒声が上がった。クラスのいわゆる優等生の少年が、顔を紅潮させて手を挙げていた。

「貧乳派、発言を許可する」

拳剛はそれを見て簡潔にただ一言だけを言う。
先ほど発言していたのとは逆のグループ―――貧乳派の一人は、議長である拳剛の許可を得ると憤慨した様子で口火を切った。

「服の種類だけおっぱいの形が有るのは、それは貧乳も同じことだ! いや、巨乳はその膨大な体積ゆえに着用可能な服の数が制限されることを考えれば、貧乳の方がレパートリーは多いとすら言える!」

理知的な顔を憤怒に歪ませ、その優等生風の少年は吠えた。

「それにアンタら貧乳には形のバリエーションがねェなんつってるけどよォ、そりゃ勘違いも良いところだ。貧乳には巨乳にはない細やかな造形がある。その繊細さを楽しむこそが貧乳の神髄だ。」

続いて不良風の少年が、荒々しい見た目に反して乳の繊細さを語る。
そしてその言葉の勢いに乗るかのように、【貧乳派代表】のワッペンを付けた長身おかっぱ少女が畳みかけた。

「最後に、服飾の観点から考えるのであれば、例えば本来有るべき場所に有るべきものがないというのだって十分大きな特徴・ワンポイントといえるでしょう。まぁそういう、いわば逆ベクトルの発想というものは、単純馬鹿の巨乳派の人たちには分からないかもしれないけどね」

言い終わると、今度は巨乳派の方から猛烈なブーイングが飛ぶが、長身おかっぱの少女は澄ました顔である。
巨乳派代表の少女がいきり立った様子で喰ってかかる。

「貧乳派代表、その理論はおっぱいを主としていないわ!
『おっぱいwith衣装』か『衣装withおっぱい』であれば、我々乳を愛する者達は当然前者のスタンスを取らなくではならないはず!! けれど貴女のそれは乳以外の物を引き立てるために貧乳というファクターを使っている!!
それでは乳が従となってしまうじゃない!! 神聖不可侵であるおっぱいへの冒涜よ!!!」

「そんなつもりで言った覚えはさらさらないわ、勝手に解釈を取り違えないで。
私は“無い”という“おっぱい”の特徴を、服飾の上でのメリットとして語っただけ。どちらが主でどちらが従かというのならば、それは間違いなく乳の方が主に決まっている。
冒涜と言うのならば、大雑把な外形にのみ囚われる貴方達巨乳派の方がよっぽどでしょう」

そうして貧乳派代表が三つ編み眼鏡の詰問を一笑に付したのを皮切りに、それぞれのグループのメンバー達は殺気立ちはじめた。

「んだよその言い方は!! 揉む部分もない貧乳を愛でる変態どもの癖によぉ!!」
「オイオイそりゃ今の議題には関係ないだろうがッ!! 取り消せサル野郎!! ドタマかち割んぞ!!!」
「や、やるのかな? やるんだったら容赦しないよ?」
「良いだろう、眼鏡のつるの錆にしてくれる……ッ!!!」

バットにスタンガンに広辞苑、眼鏡に鉄パイプにバレーボール、その他もろもろ、各々が凶器を出し始めたのを見ると、拳剛は大きくため息をついた。どうにも今回の議論には熱が入りすぎたようだった。教室内はまさに一触即発といった様相である。
無論拳剛は議長であるので、きちんと議論の場が保たれるようにしなくてはならない。
場を沈めるべく拳剛は立ちあがろうとした。だがその時、一人の男によってそれは押しとどめられた。

「この場は私に任せてくれたまえ」

男はそう言ってほほ笑む。ラスボス風髭面ダンディこと、黒瀧黒典であった。教室の端で傍観者として議論を眺めていた彼は、いつの間にか拳剛のもとに近寄り、その肩を叩いていた。

「さて議長殿! 私はただの傍観者だが、中立の立場の者として発言しても構わないか!!」

そのよく通る声で、教室に響き渡るように高らかに黒典が問いかけたその瞬間、拳剛は彼の意図を理解した。故に、拳剛は一言だけ告げる。

「黒瀧黒典の発言を許可する!!」

一瞬。僅かに一瞬だけ。拳剛の重低音に反応して、教室の中の沸騰は静まり返った。
それは星の瞬きのように微かな時間であった。コンマ一秒後には再び殺気立った教室に戻ったに違いない。
だがそのわずかな刹那を逃すことなく狙いを定め、黒瀧黒典は己という存在を確かにその空間に捻じ込んだ。



「諸君! おっぱいが好きか!!」
『大好きさぁ!!!!』



一言。
己がアイデンティティを直接揺さぶるかのような黒典のたった一言の問いかけに、その時教室に居た者全てが応じた。それはもはや本能的な反応であった。その瞬間、周囲を覆う殺気は熱気となって一気に黒典へと集中する。

「貧乳が好きか! 巨乳が好きか! 素晴らしい、実に素晴らしい!! だが今の諸君らは唯のクズだ! 妄執にとり憑かれた凡愚でしかない!!」

向かい来る熱量の奔流を悠然と受け止めながら、黒典の演説は続く。

「おっぱいとはその大小や形状にかかわらず、それぞれが無限の価値を持っている。無限より大きな無限はなく、無限より小さな無限はない。つまり全てのおっぱいは等価だ。
だが仮にその無限に優劣をつけるものが有るとするならば、それは一人一人の信念のみ」

「ならば否定してはならない。たとえその信念が自分とどのように相いれないものであろうとも、否定して思考停止してしまえば世界はそこで収束する!
その先に成長は無い! 栄光は無い!!」

「なによりその否定はおっぱいへの否定。天に唾するかの如く、乳の求道者にあるまじき許されざる行為である!!」

言葉の一つ一つが強い覇気を纏いその場にいた全員の心に直撃する。確固たる意志を込められた重々しい叫びは、容易にクラスを支配した。貧乳巨乳どちらが上で有るかなどの取るに足らない問題はもはや欠片も頭に残っておらず、少年少女達はただその言葉に耳を傾けるのみである。

「若者よ、夢多き者よ! 諸君らは切磋琢磨せねばならない! 闘わねばならない!!
だがそれは、他者を認めないことであってはならない!! 相反する思想は糧とせよ!! 栄光への礎とせよ!!
真に乳を愛する者になるためには、それこそが必要だ」


「ダンディだ……!」
「大人だ……!!」
「オッサンだ……!!!」

その場にいた全員が感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。黒典の烈火の如き情熱に、彼らは深く感銘を受け、そして強く共感した。
拳剛はといえば、黒典のさながら帝王かのような堂々たる弁舌に内心舌を巻きつつ、今後のために熱が冷めぬ内にクラスメートたちに釘をさす。

「御教授感謝する、黒瀧黒典。
皆、彼の言うとおりだ。何故我々がこの場を設けているのかを忘れたか。
ここはあくまでより乳の求道者としての高みを目指す場。己が信念を曲げる必要はないが、他者の思想を否定してはならない。そういう理念のもとにこのディスカッションは行われていたはずだっただろう。
議論に白熱するのは良いことだ。だが何が我々の根幹となっているのかだけは、何があろうと忘れてはならないぞ」


――――すまねぇ議長俺達が間違ってたぜ
――――やっぱ貧乳もいいよね
――――巨乳は揉みがいあるよね俺彼女いないけど

初心を取り戻したクラスメートは議論を再開する。
喧々諤々思い思いの意見を述べる生徒達を満足げに見た後、黒典は拳剛を見つめた。

「等々力拳剛、君は若いというのに良い美学を持っている」
「そちらこそ、だ。お前もまた真に乳を愛するものだったか」
「男なら、いや人間ならだれでも当然のことだ。乳によって育まれた者の心の底の原風景にあるのは乳なのだから」
「違いないな」

互いに示し合わせた訳でもなかったが二人は自然に手を差し出し、そして力強い握手をしていた。まるで生き別れた兄弟に出逢ったかのような不思議な親近感が両者を包んでいた。

「君の師は大した人物だ、なにせ君のような若人を育て上げたのだから。東城流は単なる廃れかけの一門などではなかった、以前の非礼を許してくれ」
「いいさ、その言葉が聞けただけで十分だ。」
「そうか、感謝する等々力拳剛。
君とは一度二人で話してみたかった。よければ今からでもどうかな」
「いいだろう。だがここでは少し騒がしい、場所を変えよう」

そうして、二人は教室を後にしたのだった。

************



教室を出た二人が向かったのは校舎の屋上だった。着いてからしばらくの間沈黙が続いていたが、先に口を開いたのは黒典であった。

「とりあえず、幼馴染のお嬢さんを無事助け出せたようでよかった。おめでとうと言っておこう」
「そのセリフからすると、やはりお前は例の第三勢力の人間だったか」

拳剛も予想はしていたことだった。
護国衛士である太刀川との決闘の晩の次の日に転校してきた4人。こんな辺鄙な田舎町の高校に4人も転入生が来ること自体が珍しいが、その中の二人が龍脈の鍵を狙う者だったのだ。ならば残りの二人、すなわち黒典と風見クレアもまたそうであると考えるのは、至極当然のことである。そして彼らは衛士でも隠衆でもないと太刀川とエイジは言っていた。ならば導き出される答えは一つしかない。
黒典の方も既に気付かれているのは重々承知であったようで、拳剛の問いに特に驚くこともなく頷いた。

「いかにも、私は君の鍵を狙う組織の一員だ。まぁ今更だがね」
「ならば戦るか、同じ志を持つ者と戦うのはあまり本意ではないが、おれとて鍵は渡せぬのでな」

師から預かった鍵を守り、そしてそれにより鍵を狙う者から沙耶を守る。それこそが拳剛が自身に課した役割である。たとえ相手が誰であれ退くことはできなかった。
しかし、身構えようとする拳剛を黒典は手で制した。

「勘違いしないでくれ、私は純粋に君との会話を楽しみに来ただけだ。それに、君を打ち負かし龍脈の鍵を手に入れるのは私の仕事ではない、それは彼女が直々にやることなのでね」
「彼女? それはもしや……」
「そう遠くない内に分かる、待っていたまえ」

分かり切った答えを、あえて黒典は口にしなかった。言うまでもないことと考えたのか、あるいは今話してしまうのは無粋だと考えたのか。拳剛には分からなかった。

話は変わるが、と黒典は切り出す。

「等々力拳剛、さきほど君は私の言葉を肯定したな。すなわち全ての乳は等価であるが、仮にそれに優劣をつけるとすれば、それは単に個々人の思想によるものに過ぎない、と」
「ああ、その通りだ」

黒典の言うことは、まさに拳剛の思い描いている乳の道の理想形であった。そのような思想を持つ者を、拳剛は今まで師と自分以外には知らなかった。それゆえに先ほどは黒典に対して十年来の友にあったかのような親近感を抱いたのである。
頷いた拳剛を満足げに見て、黒典は問うた。

「ではそれを踏まえて君に訊こう。君は巨乳派か、それとも貧乳派か」

黒曜石の如き漆黒の輝きを放つ光が拳剛を射抜く。その視線にひるむことなく、拳剛は答えた。

「お前の言うとおり、全ての乳は等価だ。だが……」
「だが?」
「それでもあえてその2つどちらかに分けるというのならば、俺は巨乳派に分類される人種なのだろう」
「……そうか」

黒典は拳剛のその答えに満足そうにほほ笑んだ。

「それを聞けてよかった、等々力拳剛。やはり我らは同じ歪みを抱えた者同士だったらしい」
「歪み?」

黒典の奇妙な物言いに、拳剛は思わず聞き返す。

「気づいていないのか? いや気付かぬふりをしているだけか」
「一体何を言っている?」
「分からなければそれでもよい。戯言と聞き流してくれ」
「むぅ……」

そう言われてはこれ以上聞くこともできない。仕方なく拳剛は話題を変えることにした。

「ときに黒瀧黒典よ、お前は巨乳貧乳どちら派なのだ? 俺にだけ言わせるというのは少々意地が悪いというものだ」

拳剛は嗜好を晒したのだ、黒典だけが教えないのは少しばかり卑怯言うものである。
黒典はその言葉に答える代わりに、無言で写真差し出した。写真には黒典と巨乳の美人、それとまだ幼稚園児くらいの少女が映っている。

「これは?」
「我が最愛の妻と娘だ。私にとってこの世で最も大切な二人だ」
「そうか、妻か。……でかいな」
「ああ、でかいだろう」

何が、とは言わない。二人にとってはあまりに分かり切ったことだったからだ。

「……さて、質問の答えはこれでよいかな」
「なるほどそういうことか。ああ、十分だ」

黒典の意思を理解し、拳剛は頷いて写真返した。
巨乳美人の嫁さんがいて、その写真を見せてきたとなれば、黒典は巨乳派なのだ。

黒典は写真を受け取り、丁寧にしまう。
心地いい沈黙が流れる。しばしの後、髭面が口を開いた。

「等々力拳剛よ」
「なんだ、黒瀧黒典」
「ほんの数分、あまりにも短い間ではあったが、今此処で我らは友誼を深めた。少なくとも私はそう考えている。これは私の独りよがりだろうか」
「そんなわけはない! お前と俺は今此処で、たしかに一つの信念のもとに交わった。」

互いの秘めたる想いをぶちまけたのだ。最早黒典を心友と呼んでも差し支えないとすら思っていた。

「ならば我らは友か」
「ああ友だ」

だから拳剛はその問いに大きく頷いた。力強い答えに、黒典はわずかにほほ笑む。

「……ならば友人として忠告しよう。これから君が戦うであろう敵達は、目的のためならば手段を選ばない。心することだ」
「敵達? それはお前達第三勢力のことか。そもそも目的とは言うが、お前達の目的は一体何なんだ」
「すぐに分かる、次の戦いが幕を開ければな」

黒典のその言葉を最後に、それきり、その場で二人の言葉が交わされることは無かった。


****************


同時刻、別棟の屋上にて。
例の会議が始まるよりも前に教室から逃げ出した沙耶と太刀川とクレアは、活気づいた教室上から覗きつつ会話していた。

「毎週毎週飽きずによくやるよ、本当」
「女子には少々、いえかなり居づらい空間でしたね。普通に参加していた娘もいましたが」
「太刀川さん、なんでも例外っていうのはあるんだよ……」

太刀川のセリフに思わず遠い目になる沙耶に、今度はクレアが訪ねた。

「あれはいったい何なのかしら? 皆随分楽しそうだったけど 」
「変態どものサバト、通称・乳会議でござい。2-A教室にて毎週水曜お昼休み開催。参加、観覧自由、議題はおっぱいに関することならなんでもOK。
ちなみに言うまでもなく発案者は拳剛です」

おのれ変態!! 沙耶は拳を振り上げて悪態付く。その様子を見て太刀川は思わず苦笑いした。

「大変ですね東城さんも。このクラスは疲れそうだ」

真昼間から破廉恥なディスカッションを神聖な学び舎でやるような連中が大半を占めるクラスである。沙耶のように常識的な人間にはあの混沌空間は相当に耐えがたいものであろうというのは、自身も常識人側である太刀川には十分感じ取れた。

「あら、そうかしら」

そのセリフに否定を投げかけるのは、常に冷えた牛乳を持ち歩く、どちらかと言えば変人側に属する少女・風見クレアである。

「私は素敵だと思うけど。共通の関心事があって、それに対してああやって互いの意見をぶつけ合う場が有るっていうのは。ディベートは人の思想を柔軟に成長させるのよ」
「議題がおっぱいオンリーのディベートは一体どんな風に人を成長させるのか、気になって仕方がない今日この頃。みんな拳剛みたいになっちゃったりするんだろうか」
「地獄絵図ですね」

乳を覗く変態筋肉が量産された光景を思い浮かべ、太刀川は思わず震えた。四六時中女性の胸ばかり覗く、あのような人間が増えれば世の女性はまともに外も歩けなくなってしまう。
もっとも、そんな会議に嬉々として参加してしまう時点で、クラスメートはもう精神的には8割方拳剛みたいなものなのであるが。内視力が発現してしまいそうな勢いである。

「……しかし、胸かあ」

おっぱい関連の話が出たことに何か思うところがあったのか、沙耶は自身の胸に手をやりつつ太刀川のデカパイをじっと見つめる。あまりにもまじまじと見つめる、いつもとは違う様子の沙耶に太刀川は冷や汗を垂らした。

「あ、あの、東城さん?」
「太刀川さん、胸ってどうやったら大きくなるの? そのモンスターバストは一体どんな努力をしたら手に入れられるのさ」

眼が据わっていた。その形相に太刀川ちょっと、いやかなり引く。

「い、いやこれは、その努力とかでなったものではないので……」
「あら、何もないっていうことはないんじゃない? 太刀川さんの胸はちょっと尋常じゃない大きさですもの。何か普通の人とは違うことをやってるからそうなったのではなくって?」
「そうだそうだ、なんかあるはずだー! でなければこんな格差は許されない!!」

クレアの追撃に沙耶も乗る。乳が大きくなる方法など本人にしてみれば突拍子もない質問にも程があったが、しかし生真面目な太刀川はしばし考えてから答えた。

「う、腕立て伏せとかですかね。大胸筋が発達した、みたいな」

沈黙が流れる。数秒後、突如として沙耶が太刀川に飛びかかり、太刀川の豊満な胸を揉みしだいた。

「ひゃうっ!!? ちょっ、ととと東城さん!!?」
「こんな柔らかい筋肉があるかー!!! ちくしょー!!」

実に切実な咆哮である。

「いやっ、あのっ!!?分かりましたからっ、胸揉まないでッ!!?」
「こんちくしょー!! 所詮貧乳は貧乳なのかよーぅ!!」
「ひゃんっ!!?」

「はいはいどうどう」

あらん限りの貧乳の嘆きををぶつけて太刀川の乳を揉み続ける沙耶を、クレアが止める。引き離された沙耶は己が胸の大平原を呪いがっくりとうなだれた。一方の太刀川はと言えば、服を整えつつ沙耶の真剣さに本気で不思議がっていた。

「そんなにいい物でしょうか。こんなもの」
「それは持つ者だけが許される、強者の感想だよ太刀川さん」
「そうね、私も無いよりは有る方がいいと思うわ」
「だよね、風見さん!!」
「そういうものですか、激しい運動の時には正直邪魔なだけなんですが」

剣術少女である太刀川にはどうも大きな胸を羨ましがる理由が分からない。その程度の重さなど物ともしない超人的な身体能力を持っていても、やはりその贅肉の塊は邪魔であるのだ。拳剛が聞けば憤死しかねないセリフではあるが。

「やっぱり小さい胸の奴は、一生小さい胸のままなのかぁ。流石にへこむよ」
「東城さん……」

太刀川との圧倒的な戦力差を突き付けられうなだれる沙耶。その姿をじっと見つめてから、クレアは意を決したように口を開いた。

「もしもよ? 小さいことが運命られている人でも胸が大きくなれるとしたら。東城さんはどうするかしら?」
「整形手術的な?」
「いいえ、そういうものではなくて、例えば魔法のような力があったとして、その力でそれができたら」
「魔法?」
「ええ、魔法。例えば私が魔法使いで、貴女の胸を大きくしてあげると言ったら、東城さんは受け入れてくれる?」



「NOです」

即答だった。
予想外の反応だったらしく、一瞬クレアは言葉に詰まった様子だった。

「……理由を聞いても良いかしら」
「理由か。うーん難しいなぁ、なんとなく答えただけだしさ」

沙耶はむぅと唸りながら考える。考えが纏まるにはしばらくの時間がかかったが、沙耶は解答を導き出した。

「やっぱりあれかな」
「あれっていうと、なにかしら?」
「やっぱり、好きな人にはそのままの自分を見てもらいたいじゃない」
「…………!」

その言葉にクレアの瞳は大きく見開かれた。
一方沙耶はと言えば、最後の言葉を言うと同時にだんだん赤面していき、遂には顔を覆ってごろごろ転がり始める。口に出してみてから思いのほか恥ずかしい台詞だったことに思い至ったのであった。

「ごめん、やっぱり今の忘れて。東城沙耶渾身の黒歴史だ、あのときの自分ごと闇に葬りたい気分だよ」
「いいえ。素敵な答えだったわ、きっと忘れない」
「なんという死刑宣告」
「……ただちょっとだけ、残念だったけれど」
「残念?」

そう言って沙耶を見つめてほほ笑むクレア。それは確かに笑顔のはずなのに、その表情にはどこか陰が差しているように沙耶には感じられた。

「……風見クレア」

しばしの間傍観者に徹していた太刀川だったが、クレアの雰囲気が変わったことを察し、竹刀袋を片手ににらみつける。風見クレアは護国衛士である太刀川や憂国隠衆である薄井エイジと同時にこの学校に転入してきた。当然、彼女が拳剛の鍵を狙う第三勢力の一人であることは容易に想像がつく。
故に、もしもクレアが東城沙耶に手を出すつもりならそれを阻止するのが太刀川の任務である。
クレアも太刀川の様子が変わったことから察したのか、申し訳なさそうに弁明した。

「ああ、そういえばもう私の事は知られていたのよね。」
「お前が東城さんの友人で居続けることは止めはしない。だが彼女に手を出すつもりならば覚悟してもらおう」
「大丈夫よ太刀川さん。私は東城さんに、自分の大切な友達に危害を加えることは決してないわ。確かに振られちゃったのは残念だけどね」

「あの風見さんに太刀川さん、どうしちゃったの? なんか雰囲気ちがうよ?」

先ほどまでの和やかな雰囲気とは打って変わって漂い始める剣呑な雰囲気に、沙耶は敏感に反応する。
不安げな瞳を向ける沙耶に、クレアはただ悲しげなほほ笑みを向けるだけである。

「……ごめんなさい、私少し席を外すわね」
「何処へ行くつもりだ」
「東城さんには断られてしまった以上、私にすべきことはもうあと一つしかないわ」

そのセリフを最後に、ほほ笑みをたたえたままクレアはその場を後にした。儚げな彼女の背中を、二人はただ見つめていた。



*********************




沙耶と太刀川の前から去ったクレアが現れたのは、拳剛と黒典の前だった。

「やぁ党首殿、東城沙耶はどうだったかね」

黒典の問いに、クレアは心底残念そうに答える。

「断られてしまいました、残念です。ですがこうなった以上もう心残りはありません。本来の目的に集中することと致しましょう」

そう言ってクレアは拳剛を真っすぐ見つめる。その瞳は太刀川や薄井、黒典と同じ、強い意志を持つ者の瞳だった。

「改めて自己紹介をさせて頂きます、等々力拳剛君。
私はクレア、巨乳党が党首、風見クレア」
「巨乳、党……!?」
「我らが目的は唯一つ。龍脈の神気を以て貧しき乳に祝福を与える―――――すなわち人類巨乳化計画の遂行!!」
「!!?」


「最後の東城流、等々力拳剛。私は巨乳党が党首として、貴方に決闘を申し込みます!!!」






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