「間抜けねぇ」
「返す言葉もございません」
私の目の前に座る青年――名を、ユージ・オリカワと名乗った――が頭を下げる。
なんでも私達が『神石』を呼び戻したあの日から、三日が経ったらしい。
らしい、というのも私がその間ずっと眠っていたからなのだが。
「ところで、ユージ」
「なんだ?」
その間に起きたことや、儀式の結果などは神官の長から聞いている。
彼は『神石』が飛ばされた世界の住人で、誤って『神石』を取り込んでしまったとのことだ。
今はその経緯を改めて彼の口から聞いていた所である。空腹だからとわざわざ酒場にまで連れてきてやったのだ。
こちらの意志を出来る限り伝えておかなくては損だろう。
「あんた、覚悟はきまったの?」
「そのことか・・・正直、現実味がなくてな」
まだ夢でも見てるんじゃないかって思うよ、とユージは苦笑を浮かべた。
――彼の身体に取り込まれた『神石』は、此処ウォターリアの巫女や神官があらゆる手を
尽くしたが、分離させることは不可能だったらしい――
「現実味がある、ないは問題じゃないわよ。貴方がいなかったらこの国は滅びちゃうの。
貴方、このウォターリア全国民を他の国の奴隷にさせる気?」
「いや・・・それは、ない。それに戻れる可能性を探すには俺一人じゃ無理だしな」
奴隷にされると言った瞬間、私たちがいる酒場にいた人達の視線がこちらを――具体的には、ユージを向いた。
無論仮にこの国が滅んだとしても国民全て奴隷になるなどあり得ないことだが、確実に何割かの平民層は
“そう”なるだろう。彼には覚悟を決めて貰わなければ、困るのだ。
私達の国を護るため。
生ある限り、その身を杖とする覚悟を。
職業:杖 ~第二話:水の王国ウォターリア~
この世界にきてから何度喋ったか分からない、この世界に来た経緯を晩飯ついでに目の前の女の子に説明し、
酒場を出た。夜の空に浮かぶ、もう見慣れ始めている土星の様なわっかを持った月が夜空の黒を薄めているのが目に入る。
俺こと檻川雄二がこの世界にきて、この世界の時間で、三日が過ぎた。
人間の慣れとは怖ろしいもので、俺はこの青い髪や青い瞳、そして文字通り一皮むけば青い宝石が
きらりと光るこの身体とのつきあい方も覚え始めてきていた。
「おうユージ、遅かったな。セリー様はどうなされた?」
「あの子ならまだ食べたり無いそうで、もう少し食べてから帰ってくるそうだよ」
「はははっ、そうか、なにせ三日ぶりの食事だものなぁ」
門番に簡単な報告をすませて、城で俺用にあてがわれた部屋へと入り、ベッドに転がる。
天上の染みはどこにでもあるもんだと、染みを数えながらふと思う。
あの門番ともずいぶんと気さくに話せるようになったもんだ。
なにせ最初の出逢いは剣を喉に突きつけられた物だったのだから、この進歩は偉大だろう。
あれは俺がこの世界へ飛ばされた最初の日――
◆
「貴様、一体何者だ。答えろ」
目の前で倒れ込む少女に手を伸ばそうとした瞬間、俺の周りには氷やら水がうようよ浮いていた。
どれもこれもが神経質なまでに尖っていて、おそらく触れた物はバターよりも滑らかにスライスされるだろうことが容易に想像できた。
これは、逆らわない方が得策だろう。命の損得勘定は大事だ。先程までパニックにあっていた頭がいやでも冷静になる。
「え、えっと俺の名前は、雄二。檻川、雄二です」
「ユー・・・ジ?オリカワが名前か?だがこの国にユージなどという姓の者はおらん」
「い、いえ。オリカワが姓で、ユージは、名前です」
「ふん、オリカワという姓もおらんわ・・・しっぽをだしおったな。貴様、青い髪と青い目・・・我ら水の国の一族になりすました
つもりだろうが、そうはいかんわい。ふん、大方火の国からの密偵だろう。あの火の国の先兵が我らの水の『神石』を異世界へ飛ばした
のだからな。その髪と目も『神石』の色を真似たのだろうが残念だったな。我らの髪も瞳も、あの唯一無二の輝きには及ばんのだよ!」
目の前の爺さんは顔を真っ赤にしながら一息に自分が言いたいことを言い切ったのだろう、一人で納得して、
俺の首の回りに突きつけられていた氷やら水の刃――どうやらこの爺さんが出していたらしい――を、斬りつけた。
哀れ主人公。第二話目中盤で死亡。
とはならず。
その水と氷の刃は、まるで俺の首に吸い込まれるように、消えて無くなってしまった。
「なにっ!?」
爺さんが大声で叫んだかと思うと、急に周りの連中がざわざわと騒ぎ出した。
『・・・あれは・・水の元素を吸収して・・・』
『・・・杖持ちの巫女でもあんな芸当は・・・』
『・・・あの色・・・あれはもしや本当に・・』
『・・・・元素として・・・水が・・・・・・』
「あ、あのお・・・」
雰囲気に耐えきれず、討論だか議論だか知らないが、話し合いをしている連中に声をかける。
いくらなんでも事の当人をほっぽりださないでほしい。何がなんだか本当にわからないじゃないか。
『・・・・』
『・・・・』
『・・・・』
そして、そんな俺を彼らは見つめたかと思うと、突然討論をしていた若い女性の一人が突然駆けだした。
一体なんだろうと思ってしばらくその女性が駆けだしていった方を見ていた。しばらくするとその女性は帰ってきた。
後ろに槍やら剣やらを持った鎧の方々をたくさん引き連れるというおまけつきで。
「・・・・・え?」
「確保ぉおおおおおおおお!!!!」
「嘘ぉおおおおおおおおおお!!?」
その女性の裂帛の声と共に押し寄せる鎧軍団に、あっという間に俺は押し切られ、話が落ち着くまでと
石で出来た部屋というのもおこがましい洞窟もどきに押し込められたのだった。
そしてその時に剣を俺の首に押し当てていたのが彼、門番レイドルフ・ティルストーンであったのだ。
その後、結局まずは俺の話を聞いてみてからだと結論付けた彼らは俺を議会とやらに呼び出したのだが、
当人の話を最初に聞くなんて常識、討論して決めることなのかと俺の怒髪は天をついていた。
時計は無かったが体感8時間も石の上にほっぽり出される気持ちが貴様らに分かるのかと。分からないなら
無理矢理にでもやらせるぞ、と喉のてっぺんまで出かかったが、ここで彼らの気分を損ねると俺は俺が必要な情報を手に入れられないかもしれない。
それは困る。いきなり青くなった身体の事とか、魔法見たいのを平然と使ってたこの世界の事とか、
俺は、帰れるのかどうか、とか。
ともかく下手にでて聞きまくった、そして回りくどく話すのが趣味なのかと思う彼らの口調を読み解いて分かったことは、
俺を元の世界へ帰す手段など彼らは知らず、また帰す訳にもいかないと言うことだった。
◆
グローディア。それがこの世界の名前であり、大陸の名前らしい。
なんでもこの国には5つだか6つの国があり、それぞれの国を創った神様がいたそうだ。
ちなみに大陸はその5人だか6人だかの神様が共同で創ったとか。つくづく俺の世界とは考え方が違うが、魔法という物が存在している以上、
その神様とやらも一笑には伏せない。
だが今はその神様とやらはいない。厳密に言えば、分けられたそうだが、その辺りはあまりよく聞いていなかった。
まあ要するに、神様は神様同士、力を石に変えられ、その身を只の人間に堕としあってしまったそうだ。その辺りもいろいろないざこざがあったらしいが
俺には関係ないので省略。
そして、その人間になってしまった神様の子孫が今各国を治める王様であり、俺が飲み込んでしまった石こそ、まさにそれ。この水の国の神様の力が込められた石だったらしい。
なんでそんな大事な物が俺のいた世界に転がっていたのかといえば、やはりというかなんというか、俺からすれば夢や希望溢れるファンタジー。魔法があるような世界にも、
戦争やら権力争いはあるらしく、対立していた国の密偵が、年に一度の祭典の為薄くなっていた警備をすり抜け、この国の石を命と引き替えに異世界に捨てたそうで。
神様の力が込められた石が無くては、その国土は文字通り崩壊する。他の国の石の力に浸食され、己の国の特性を維持できなくなるからだそうだ。
そうなってはこの国の国民はどうなるのか、考えるまでも無いことだ。
だからこそ各国は力の象徴であり、文字通り国の最後の砦となる石を厳重に扱っている。だが石を壊せば無論速いが、それは一種の正攻法だ。なにも石を壊さなくても戦争はできる。
各国の国境で常に続いているという小競り合い。それを率いるのが神の石を担う各国の神官や、巫女、騎士である。呼び名は違うが要するに、それぞれの国で
最もその石に込められた神様の力を引き出せる人間が担い手となるのだそうだ。
それの選考基準も聞いたが、忘れた。まあ俺には関係の無いことだからだ。
神の力が込められた石を加工する事はできなくても、埋めることや飾ることはできる。この水の国では杖に石を埋め、巫女と呼ばれる者がそれを扱い、前線に
立っているそうだ。最もここ最近は祭典と、新たな巫女への引き継ぎの為に前線に巫女は立っていなかったそうだが。
まあそんなこんなで前述の通り国家の生命線である大事な大事な石を異界へ捨てられた水の国はさあ大変。国にいる神官と巫女全ての力を集約し、
石をこの世界へ引き戻したのである。
・・・俺が飲み込んでしまった石を、だ。水の国に存在するありとあらゆる文献や資料、魔法を試し尽くされた三日間の結果は、俺の身体から石を剥がすことは不可能という事だった。
そして、石を引き戻す魔法や、異界への扉を開く魔法はあれど、その開く異界を選べるような魔法も存在しなかったいという訳だ。
これらの説明を受けた俺と議会の討論の結果、議会と俺の契約は結ばれた。
俺からの大まかな条件は、俺が元の世界へ帰れる方法を探すこと。そして、俺の身体から石を剥がす方法を探すこと。
そして、議会から俺へ出された条件は
俺に、石を剥がす方法が見つかるまで、魔法の杖として生きてもらうということだった。