「VRに限らずコンテンツの終焉は、新規の流入が減り、飽きや個人的な理由で古参が立ち去るって形で、徐々に人が抜けていって、流動性が下がって、企画としての魅力が盛り下がって、さらに人が減る悪循環に突入して、徐々に消えていくのが大半。時にはやらかしやらで大炎上で華々しく消え……」 立て板に水を流すように軽快な口調で行われる企画説明。 人と変わらぬ思考を持つ高性能のAIを投入し過疎化しそうなエリアに投入し、活性化させると共に、コンテンツを短期的に消耗される流行ではなく、趣味やライフワークと呼べる物へと昇華させる。 大宇宙を舞台にした戦闘がメインコンテンツとみせかけ、芸術作品製造、惑星開発、農地経営、さらにはスポーツ大会開催等々。 リアルで同様の活動をしようとしても、多額の資金、大勢の人手、そして膨大な時間を必要とし、個人でそんな大企画をやれる者などほんの一握りのさらに一握り。 誰でも出来るとは言わないが、だがやる気さえあればリアル世界よりも遙かにハードルを下げて、思いのままの夢を叶えられる仮想現実世界。 多種多様なVRMMOを取り込み、数多のコンテンツが培い積み重ねた経験を取り込んだPCOが目指すのはただのVRMMOではなく、もう一つのリアルな人生への入り口。ポータルサイトと呼ぶべき物を目指す。「一緒に馬鹿やって、何か作って、笑いあって、ガチ喧嘩をする。VRだけの知り合いリアルの正体を知らなくてもできた不自然な関係でも、友人やらツレと呼んで愛着を持ってきたのがネット黎明期からごく自然の習わし。AIだと知らず同様の体験をした時の差異があるかって話だわな」 だからこそあちらもまたもう一つのリアルだと、人々の認識を変えさせるための布石として、NPCだと隠された新型NPCが導入される。 ただしそれを大々的に喧伝してやると、意図的な世論操作や倫理観を問題視して反対意見が巻き起こるだろう。 違う価値観や意見の差異による衝突はいつか避けられない。 だからその日までに意識改革の布石を打つため、今は水面下の行動を主とするための秘密保持案件として指定されている。(存在するの……ありえ……でもあったら……まってそんな都合の良い……罠かも……) 三崎が語る話を生来の生真面目さ故に要所要所で無意識的にメモを取っていた高山美月だったが、その精神状態は混乱の極みの中にあった。 会議室の椅子に腰掛けているからまだ良かったが、もし立っていたら膝から崩れ落ちるほどの衝撃を受けていたからだ。 完全人造肉体製造および脳内ナノシステムを用いた意識転送技術。 美月の脳裏で何度も繰り返される言葉を、ブラフだとあざ笑ってみせる性格の悪さが醸し出された笑い顔。 実現不可能な超技術を餌にすると、それを話の掴みにすると冗談めかして言ってのける。 そんな戯れ言をぬけぬけと放言する男。 三崎伸太が、彼が死んだ瞬間を美月は脳裏に刻み込んでいる。 叫ぶようなブレーキ音を響かせる特急列車が、致命的な速度で通過して、肉片と血と臓物の入りまじった混合物が辺り一面に撒き散らかされる幻影。 実際の現実とは違うはずなのに、三崎が死んだその瞬間を目撃したという強烈なトラウマに煽られ、心臓は早鐘のように音を立てる。 あり得ない、出来るはずが無い。美月の知る常識が否定する。 倫理的な問題から禁止されてはいるが、故人の細胞から肉体再生するクローニング技術はとうに昔から存在する。 だが一から完全な人工肉体を作る技術や、ましてやそうやって作った肉体に、脳内ナノシステムを用いて意識を転送する技術など存在するのか? 人工心臓を筆頭に、それぞれの部位で臓器の代わりをする人工臓器も生み出されているが、それは耐久性や小型化などの問題を今も抱え、日々改良が研究されていて、全身を人工物で作り上げる事なんて可能なのか? 脳内ナノシステムによる記憶補助機構や、治療としてのトラウマ記憶抹消などはあるが、人一人分の記憶や、それこそ意識などを転送するなど夢物語だ。 もちろん一介の高校生である美月では知り得ないことのほうが、世の中では多い。 それでも感覚的な部分であり得ないと思ってしまう。 自由に時空間を移動するタイムマシーンや、恒星間航行を可能とするワープ技術と同じ分類のSFの作り物……それこそゲームの世界だけの技術だと、美月の常識が判断する。 だけどもしそんな技術が実際に存在するとすれば……三崎がそれを使って生き返ったのなら……父もひょっとしてその技術によって……月で亡くなったはずの父からのメッセージが存在する理由に説明が…… ぐるぐると否定と肯定を繰り返す思考に脳がカロリーを過剰に消費したのか目の前が真っ暗になり、【美月だいじょうぶ?……お水でも飲んでおちつこ】 隣に座っていた麻紀が折りたたんだメモに書かれた伝言と一緒に、未開封のミネラルウォーターのペットボトルをそっと差し出してくれていた。「あ、ありが、っ!」 小声でお礼を伝えようとした美月は思わず言葉に詰まる。 三崎の説明が始まってから初めて麻紀へと意識を向け、自分のことで手一杯だった事を恥じる。 メモに書かれた文字はペン先が震えて躍っている上に、麻紀本人もこちらが心配になるぐらい顔色が青ざめて、少し呼吸も荒い。 極めて軽微ではあるがトラウマ発症状態の兆候を麻紀は起こしていた 三崎の話に、美月と同じ幻想を麻紀も思い出したのは間違いない。 この反応も当然だ。むしろ衝撃の度合いは、人死にへの致命的なトラウマを持つ麻紀の方がひどいはず。 だが麻紀はトラウマが発動して心が荒れていても、美月よりも冷静に状況を判断出来ている。 仮想ウィンドウを使ったチャット機能を使って会話を交わした場合、三崎にのぞき見られる可能性を考え、わざわざメモ書きをよこしたのだろう。【ごめん。大丈夫ちょっと驚いただけだから。それより麻紀ちゃんがつらいなら、抜け出して外の空気でも吸いにいく?】【ありがと。お薬のんだから、今はうごかない方がらくだしこのままで。ここで美月が聞き逃したら情報不足でダメな気がするから、がんばる。あんな美月をこばかにする人なんかに負けないでいこ】 やけにひらがなが目立つのも麻紀の頭が動かず精神状態が良くない証拠だろうが、美月の提案を麻紀は断ると、苦しそうな表情のままでも無理矢理に笑ってみせる。 美月は小さく頭を下げて、一息はいて覚悟を決める。 今は想像で悩まないと。 相手は何を考えているのか、それ以前に何者なのか。人間なのかと疑いたくなるほどに怪しい。 プロフィールは知っている。 三崎を昔から知っているKUGCメンバーや、高校の教師の羽室からもいろいろ情報を仕入れた。 それでも情報を集めても集めても底が見えない怪人物。 だったら判るまで、確固たる結論を出せるまで考えてやる。 美月なりの精一杯の敵意を込めた視線で睨み付けるようにしたその瞬間。 まるで計ったかのように壇上に立っている三崎と一瞬目線が交差し、三崎が微かに笑みを浮かべた様にみえた。 まるでこちらの覚悟や敵意を見透かして、受けて立とうと答えているかのように…… 気にしちゃダメだ。悩まないって決めたんだ。 親友の覚悟に答えるためにも、美月は不安も戸惑いも押し殺して、三崎の言動の裏の裏まで探ってやると意識を集中させた。 説明をしている最中も周辺観測は忘れずにってのは大事だなと、美月さんに睨まれながらも俺はほくそ笑む。 重要目標の二人が顔色が悪くしていたのは心配だったが、どうにかこうにか乗り越えて俺へのヘイトをまた一段階高めて、特に美月さんはさらに踏み込んでくる覚悟を決めたようだ。『ちょいと趣向は違うが、授業中のメモ回しは学生文化として残ってるのに感謝だな。いやいや二人とも熱い友情だ。今の場面リルさん記録で。もちろん文面も映像保存で』 やりとりした情報が漏れる恐れを警戒してネットを通さないで、メモ直書きで会話ってセキュリティー意識は立派だが、あいにくとこっちにはリルさんという反則級超AIがついている。 腕の動きから書いた文字を再現なんてお茶の子さいさい。 健気なやりとりがされるメモ書きの内容は、心に訴えかける響きがあるだろう。 特に俺に敵意を覚える連中には共感を抱かせる文章だ。良い武器が手に入ったと俺がほっこりしていると、『畏まりました。物質生成により複製作成し文章資料として保存指定をいたしました。別件ですがアリシティア様から一言あるそうです』『女子高生の秘密の手紙のぞき見って……旦那さんがのぞき趣味で喜ぶ変態は勘弁なんですけど。シンタのデバガメ。あとそろそろ向こうに戻らないといけないんだけど、どうする?』 前半と役割をそれぞれ交代して、説明をする俺の補佐に廻っていたアリスだが、そろそろ予定時間30分のリミットが差し迫っている。 調子に乗って話して時間を忘れやすい俺への忠告はありがたいが前半の罵倒はいらねぇ。 女子高生の秘密の手紙だつっても、個人的にはレア武器を拾って嬉しいって感想しかねぇよ。人聞きの悪い。 ただここで下手に反論すると、必死に言い訳してるとからかわれかねないのでスルー推奨。『もうそんな時間か。こっちを片付けたら、俺もなるべく早めにそっちに戻る。地球時間的にも姉貴の方も旅館仕事にそろそろ戻らなきゃまずいからちょうど良い頃合いだ。爆弾を投げつけてお開きといくか』 『ホントに葵さん相手にアレやるの? 大切な思い出だって前にシンタ言ってたじゃん』 アリスの言うアレとは、エリスの存在がばれたときから、家族からの詰問された時のために用意しておいた対姉貴用特殊兵装。 ピンポイントに姉貴に刺さる上に、今なら麻紀さんへの牽制にも仕えるマルチ兵器。 ここで使わなきゃいつ使うって話だ。『大切だからこそだっての。いつか諸々本当の事を伝えたときに、実の姉貴や家族からスワンプマン扱いされるのも、逆に悩ませるのは俺も勘弁だ。ここである程度、理解を深めとけば姉貴達もエリスのことも受け入れやすくなるしな」『そのエリスは地球人嫌い絶賛加速中だけど……シンタのことだからあくどい手を使ってどうにかすると思うけど、ホントに収拾つけられるの?』『諸々含めて考えてあるから心配すんな。それにホウさんや沙紀さんに無理いって回してもらった機材を使わないって訳にもいかない無いだろ。試用データ回す約束もしてるしな。第一旧式の方でオープンイベント当日にさんざん好き勝手暴れたアリスに言われたくねぇ。あれの開発費用回収の為の計画の一つだ。文句は言うな』『うぅーそれ言われると何も言えないじゃん。わかったよ。上手くやってよね』『あいよ美月さん、麻紀さんももう一段階上のステージにご案内といこうか』「っと説明が長くなったけどそろそろアリスを拘束するのも限界だ。諸々聞きたいことあるだろうが、とりあえずお開きだ。今日中に公開できる部分は公開するんでそれ以外は秘密で。あと最後に姉貴の質問に答えとこうか。エリスが何者かだったよな?」 脳内でやりとりもしながらも壇上で説明を続けていた俺は、予定していたタイムスケージュール通りに資料の最終ページまでをきっかり終わらせ、モニター内で不満顔のままの姉貴へと語りかける。『回りくどいし遅い! いくら私でもここまで聞いたら判るわよ!』 我が姉君は大変ご立腹のご様子だ。 そりゃそうだ。 エリスの正体を問いただすはずが、ほぼほぼうちのゲームに投入する新型AIとそれを使った営業戦略なんて、わざとらしく的を外した話に注力したんだから。 まぁその甲斐もあってエリスがその新型AIだと誤認をさせることは成功した様子。「そりゃ良かった。なら安心して仕事に戻れるだろ姉貴。ほれ時間みろって、もうそろそろお客様をお出迎えの時刻だろ。若女将がいなきゃ格好がつかねぇぞ」 腕の内側に文字盤を向けていた腕時計を姉貴につきだしてみせる。 姉貴によく見えるように。『そんなことシンに言われなくてもわかっっ!? …………あ、あんた』 小生意気な弟に対して怒りかけた姉貴の表情が凍り付き、横にいた陽一義兄さんも固まっている。 同様に違う画面に映っていた親父やお袋も顔色を変えていた。 気づくよな。そりゃそうだ。姉貴に俺が頭が上がらない理由の一つが、そこには無いんだから。 腕時計を巻いた手首の内側の肌には傷一つないつるりとしたもんだ。 ガキの頃に遊んでいて古釘に引っかけて、血がだらだら流れて痛みと怖さで泣きじゃくったのは、我ながら恥ずかしい記憶を思い出す。 男の子がこれくらいで泣くなと叱りつけて、入ったばかりの高校の制服に血がついてシミになるのも気にせず、俺を背負って病院まで走ってくれたって思い出は、家族の中に強力に残っている。 そのときの縫い後は薄くはなっているけど、しっかりと古傷として残っていた。一度死んでしまうまでははっきりと。「まぁ……そういうことだ……姉貴達でいろいろ考えてくれると助かる。俺にとっちゃ姉貴は姉貴。変わらないさ。もちろん陽さん、親父、お袋もな」 血の気が引いてく姉貴に寂しげな笑顔を浮かべて殊勝に伝えてから強制的に姉貴達との通信を遮断する。 こういうときは余韻が重要。だらだらと話すよりもこの方が印象に残る。先ほど俺が嘯いてブラフと伝えた内容と共に。 あり得ないと想いながらも悩む事になるだろう。 まぁ……予行演習にはちょうどいいと思ってもらおう。「……シン……兄?」 会議室の面々は事情がわからず、俺と家族の今のやりとりの意味が伝わっていない。ただ一人を除いて。 俺の恥ずかしい昔話として何度も聞かされている陽葵だけは、俺の手に残っていた傷の由来やそれが今も残っていたことを知っている。 不安げに俺の名を呼ぶ陽葵に対して、俺はにかっと笑ってから、腕時計の下の皮膚をつまむと、そこの部分だけテープをはがすように皮膚がはがれていく。 その下にはあら不思議。宇宙技術によって再現したほほほぼ生前と変わらない新しい古傷が姿を現す。 そして手に持っていたはがした皮膚は、すぐに湿布ほどの大きさの透明ビニールのように色や形状が変化する。 これはこの間のオープニングイベントの日に、自由自在に衣装を変化させてみせたホウさん特製の形状変化ポリマー生地の技術を元に、大手医療法人西が丘グループが開発した人工皮膚試作品の第一号。 耐久性や形状変化能力の幅を大幅に落とす代わりに、軽量化と薄さ、持続性を目指すコンセプトになっている。 まぁアリスのお遊びで使うにはガチで高い制作資金がつぎ込まれていたんで、麻紀さんの母親でもある沙紀さんに相談したら、ちょうど西が丘でも似たような素材を開発していたとの事で、とんとん拍子で話が進んだのは実にラッキーだ。 元々傷を隠してって方針は出来てたが、化粧や人工皮膚を貼り付けてかますブラフで考えていたが、こっちの方がよりリアルにいけたので結果オーライって奴だな。うん。「というわけでひまり。一つ頼みがある。今姉貴達をだまくらかしたこいつの実地試験をみさき屋でやってくれ。俺の知り合いが開発した新素材を、西が丘グループとの共同開発で試作改良した温泉でも使用可能な傷隠しになる人工皮膚みたいなもんだ。ちょいと、うちの嫁の無駄遣いを回収する必要があって良い機会だから使ってみた」「あ……うん。シン兄だ。うん。あの流れでこういうヒドいインチキするのはシン兄だ」 半分ブラフ、半分本気な俺の頼みに対して、陽葵は緊張で疲れたのかテーブルにぺたんと倒れると、珍しく恨めしげな声をあげる。「そりゃ悪いな。代わりにカナ達以外にもお供を二人追加してやるから許せ」 甘いな陽葵。油断するのは早いぞ。俺の仕掛けはここからだ。 西が丘の名前を出したことで、びくっと反応していた麻紀さんや美月さんをちらりと見た俺はこの先に入れるべき修正の算段をたてていた。