二杯目の紅茶と補充された茶菓子を交えて、茶会は仕切り直された。いくぶんスッキリした胃の調子にお伺いを立てつつ、ステイルは淹れたての一杯を口に運ぶ。やはり、得もいわれぬ美味だった。
「まあ、一歩前進と捉えるべきだろうね」
「おや、珍しく前向きな意見ですねステイル」
「本当なのよな。結局、いつもならため息をつくか、超不幸だーってなるところなわけよ」
「下を向いて不幸を数えるより、上を向いて石ころにつまずく方がまだマシですからね」
「……そこだけ聞くと、微妙にカッコイイですね」
そこ以外の事情を考慮に入れると、微妙にペシミズムが漂っているのは残念である。
「しかし巨大な岩に足をとられては本末転倒だ。実際問題、治した端から新しい口調が追加になるのではいたちごっこだろう」
「しかも肝心の感染経路が電波ではどうしようもないのである。いっそ自然治癒を待つのも手ではないか」
「あう」
再びテーブルに舞い戻った新婚戦線の雄、騎士団長とその親友がめいめい口を挟む。最大主教フルボッコ。インデックス涙目である。
「で、電波ってちょっとウィリアム。言い方があるでしょう?」
奇特な擁護派は高潔なる人格者、『人徳』のヴィリアンただ一人。
「インデックスはですね、ほら、その……ちょっと頭がオープンチャンネルなだけです! 受信感度良好すぎる純な子なだけなんです!」
「うん、ありがとうヴィリアン。気持ちは嬉しいからちょっと黙っちまってほしいんだよ」
……敵より味方の方が始末に負えないことも、ままある話だが。
「まあ僕としてはやはり、あの超教皇級の馬鹿女のアホな口調が消えたことがすこぶる大きいのですよ」
思い出すも忌々しい、インデックスの前任者たる馬鹿女との日々。この十年というもの、ステイルの帯びた任務の実に五割が彼女の供回りだったといって過言ではない。自らに苛烈な殺意さえ抱いている男を、したたかにも最も身近に置く彼の女狐の胆力には舌を巻くものがあるが、それとこれとは話が別。素っ頓狂な思い付きと珍妙な言葉遣いに振り回され続けて苦節十年。誰も羨ましがらないエリートコースを驀進した結果、今のステイルがあるのだ。
であるがゆえか、嫉妬よりも同情的な視線を多く寄せられている気がしてならない。そんな同情、これっぽっちも嬉しくなどなかったが。同情するなら平穏をくれ。現在のステイルの、偽らざる本心である。
「大丈夫、確かに喋るのが楽になったにゃーん!」
「……貴女、もしかしてこの状況を楽しんでませんか」
「直面する超状況に笑って対処できてこそのプロなのよな」
「ぐずぐずの苦笑いを浮かべて超展開に対処するのは僕の仕事なんですが」
そして、これが現在ステイルの直面する現実であった。浮世とはかくも無情なものなのか。そういう星の下に生まれついたのだ、と思い定めるほかに自分を慰める術は見つからなかった。
ともあれ、一歩前進には間違いない。世界にあまねく存在する摩訶不思議口調とて無限ではあるまい。ヴィリアンの矯正が効果を上げた以上、この「原因不明の怪奇現象IN最大主教の愉快な脳内」にも終わりはあるのだ。
「公の場に出すにはまだまだですが、このぐらいなら日常会話もしやすいですしね」
「ねー」
「根本的解決にはなってないと思うのですけど……」
「いいのです、これで。僕の精神安定上、ね」
能天気な聖人と聖女が揃って首を傾げる和やかな雰囲気の中、ヴィリアン一人が逆方向に首を傾げて正論を述べる。ステイルは全力で目を泳がせた。正直、耳に痛い。ここまでのステイルサイドの動きを振り返れば、後手後手の対処療法に追われる無能な政治家そのものである。
「ははは。まあ、考えてみればあの女狐のような珍妙極まる喋り方をする者など」
「世界広しといえど、そうそういるはずもないのであるな。ははは」
中年二人の豪快な破顔は、ステイルにとっては渡りに船だった。その上、やはり正論でもあった。
「いやぁまったく、お二人とも卓見でいらっしゃる。あの馬鹿に匹敵する馬鹿口調などそうそうザラには」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぶェっくしゅン!」
「クシュン! ってミサカはミサカは」
「第一の質問ですが、ハックシュン!」
「突然。へっくしゅん!」
「bhown噂cixwoクチュン!ovhsa」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おや、ステイル? 顔色が悪いですよ」
「……受信した瞬間、地球が滅んでしまうような……それほどまでに破滅的な電波を拾ってしまった気がしてね」
気遣わしげに火織が声をかけてくる。その時ステイルの総身を駆け抜けていたのは、強烈すぎていっそひくほどの悪寒だった。大寒波だった。脳裏をよぎった受け入れがたい未来予想図。“そんなこと”が実現してしまったらステイルの胃はカタストロフ間違いなし、である。
一方インデックスはステイルの危機的状況をよそに、人差し指をこめかみに当ててみょんみょん唸っていた。
「日本の方角から信号が来てるかも」
「うわぁぁああぁぁああ!!!」
「あはは、冗談冗談。あんまり怒って叫んで飛び跳ねてばっかだと血圧上がっちまうよ、ステイル?」
「な、なんだ冗談ですか、助かった……って貴女やっぱり僕の慌てふためく様を見て楽しんでますよね!?」
「まっさかぁ。私は別に、ステイルに含むところなんてないってわけなのよな」
激しくテンションを上下させるステイルを、絶妙に胡散臭い笑顔でいなすインデックス。結局のところこうなると、インデックスの笑顔に弱いステイルに勝ち目はない。
一分後。軽快な手つきで山盛りのクッキーに手を伸ばす女と、精魂尽き果てテーブルに突っ伏す男の鮮やかな対比が、舌戦の勝敗をこの上なく如実に物語っていた。
「んぐ、そういえば、んぐんぐ」
「こら! 口に物を含んだまま喋るものではありません!」
「インデックス、そんなことでは淑女への道は遠いですよ?」
だからといって恥も外聞もなく、頬をリスのように膨らませている現状はいかがなものか。ステイルは悔しまぎれに口内でもごもごと毒づいた。淑やかさのかけらも見受けられない仕草であるが、それがインデックスの童顔によくマッチして、誘蛾灯のごとく男を惹きつけているのも事実だった。聖ジョージ大聖堂に参拝する男性信者の六割はロリコンである、という衝撃のデータが存在するほどだ。仮にも芳紀二十と五、妙齢の女性に対してあんまりと言えばあんまりだが、半ば以上自業自得である、とステイルは思っていた。
しかし当のインデックスは人目を気にした様子もない。咀嚼物を飲み込み終えて人心地つくと、彼女は並んでテーブルに腰掛ける男衆へと向き直った。
「そういえば、超三人に聞きたいことがあったんだにゃーん」
「超三人? ええとつまり、四人以上、ということでしょうか?」
「……深く考えなくてよろしいんですよ、殿下」
「はぁ、そうなのですか」
気が付けばステイルは、むくりと顔をテーブルから起こしてツッコミを入れていた。げに恐ろしきは日々の習慣である。イギリス清教の濃すぎる面々に取り囲まれるうちにすっかり体質と化してしまった。労災下りるんだろうかこれ。
「我らに何か御用だろうか、最大主教殿?」
「君が私たちに話とは珍しいな。何でも尋ねるとよいのである」
「あーっと……うん。す……んん、三人は、その………………」
嬉々としてステイルを論破した説客はどこへやら、インデックスの歯切れは錆付いたなまくら刀のごとく最悪だった。何事か喋りかけては口を閉じ、そんなことをゆうに五回は繰り返している。さらには途中で、もの言いたげにちらちらとステイルを流し見てきた。ますますもって意味不明である。
やや時間が経つとウィリアムたちも、さすがに怪訝な表情を隠さなくなる。インデックスは事ここに至ってようやく意を決したようで、背筋を伸ばして口唇をおもむろに開いた。かすかに紅潮した頬辺に、ステイルは根拠もなく一抹の不安を覚え、
「さ、三人って、もしかしてロリコンなのかな?」
筆舌に尽くしがたくイヤな予感は、聖女のフルスイングによりジャストミートでバックスクリーンへ叩きこまれた。
「僕はこれからウチの馬鹿どもの居場所を特定します」
カードを懐からダース単位で抜いて探知術式を起動するステイル。
「では私はキャーリサ様の尋問を担当するのである」
「こういう馬鹿をやる最有力候補は、やはり先代だろうな」
アスカロンとフルンティングを各々振りかざして席を立つ両雄。
「い、インデックス! いったい誰にそんな戯言を吹き込まれたんですか!?」
「ロリ……そ、そういえばウィリアムって……」
顔を真っ赤にして元凶を問い質す火織。何事か思い当たった様子で青ざめるヴィリアン。
束の間の阿鼻叫喚に終止符を打ったのは、インデックスの何でもないようなあっけらかんとした告白だった。
「リメエアなんだよ」
「そうですか女王陛下のお言葉ですかなら仕方ないですねって何やってんだあの国家元首ゥゥーーッッ!!」
「おめでとう! すている は のりつっこみ を おぼえたんだよ!」
「やかましい!」
「わざ が いっぱい です どれをわすれさせますか? つっこみ くれないじゅうじ ⇒きつえん いのけんてぃうす」
「それを忘れるなんてとんでもない!」
「……なんやかんやでステイルも、意外と余裕があるではないですか」
余裕というか、本能だった。煙草を捨てるなんてとんでもない。
「大丈夫。そんなロリコンな三人でも私は応援しちまうかも」
「いったい何を言ってるんですか貴女は!?」
「ロリータコンプレックス。性愛の対象を少女にのみ求める心理。ナボコフの小説『ロリータ』にちなむ」
「三○堂の定めるロリコンの定義を聞きたいわけじゃないんですけど! どどど、どうしてそんな話になるんですか!」
「だってだって! 超ヴィリアンも超かおりも、旦那様と十歳以上差があるかも! これはもうロ・リ・コ・ン・か・く・て・いである! 言い逃れはできねーのです!」
その理屈に従えば教科書に登場する偉人の大半はロリコンである。人類みなロリコン。六十億総ロリコン。嫌な時代になったものだ。豊臣秀吉もびっくりである。
あまりのアホらしさに二の句を継げないステイルを尻目に、ロリ認定された二十八歳聖人と三十四歳王族がそれぞれの良人と向き合う。
「ウィリアム……」
「な、何故そんな目で見るのだヴィリアン! 年齢がいかに離れていようと、私が愛しているのはお前だという事実は変わらないのである!」
容疑者一、旧姓ウィリアム=オルウェル四十代半ば。妻との年齢差、推定十。
「でもあなたが私を初めて助けてくれた二十年前、私はまだ十四歳の中学生だったでしょう?」
「ベ、別にあの時点でお前を見初めていたわけではない! あれはあくまで、人として国の盾としての倫理に基づいた上での行動であり」
「じゃああの時は、私のことなんてなんとも思ってなかったのですか!? わ、私はあの日から、ずっとあなたのことだけを想って生きてきたのに!」
「どうしろというのであるかぁぁぁっ!!」
いかに騎士派の猛者どもをも寄せ付けぬ実力者とはいえ、泣く嫁には勝てない。かくしてウィリアムは撃沈した。南無三。
「私とあなたに至っては、初対面の時は倍以上の開きがあったように思うのですが」
「お前が十二の時だったか、あれは。私の方は二十代後半といったところだな」
容疑者二、騎士団長(本名不明)四十代半ば。妻との年齢差、推定十五。
「ふっ。だがそれがなんだというんだ? この盾の紋章に誓って、疾しいことなど何一つない。凛々しく、気高く、美しい。一振りの名刀のようなお前にだからこそ、私は惹かれたんだ。年の差がどうこうなどと、言いたい奴には言わせておけばいい」
「あ、あなた……」
「実際、そんな不名誉な誹りを受けたことなどもないしな、ははは! まあそもそも、私とお前ではあまり外見年齢に差が」
一切の物音が刹那、空間から消え去った。キン、とまるで長刀が鞘に収められたかのような甲高い音が一瞬の静寂を破る。後には十七分割された騎士団長の細切れだけが残された。
いかに騎士派の猛者どもを取りまとめる実力者とはいえ、怒り狂う嫁には勝てない。かくして騎士団長は轟沈した。アーメン。
「……僕はあちらのアレらとは違います。冤罪です」
容疑者三、ステイル=マグヌスくんにじゅうよんさい。彼女いない歴二十四年独身。
ステイルは務めて冷静に、冷徹に自己弁護のみに徹する。あちらのアレら? そんな連中は知ったことではない。我が身の名誉と安全が第一である。
「でもでも! アンジェレネがこないだ『神父ステイルにスイーツおごってもらっちゃいました(笑)』ってドヤ顔で自慢してきたのであるんだよ!」
「ロンドン在住の構成員だったらたいてい一度は彼女に奢らされています。別段、彼女が僕とだけ親密だという事実はありません」
そもそもステイルとアンジェレネはバリバリの同世代だ。不名誉な誹りを受ける謂れは砂一粒ほどもない、とステイルは顔を背ける。疾しいことがあるわけではない。アンジェレネが自分に会う度に向けてくる眼差しがいやに乙女チックに輝いている、という自認があるわけではない。そんなものは単なる自意識過剰……いや、だから認識などしていない。断じてない。フラグを立てた覚えも…………ない。
「ロリータコンプレックスとは実年齢の問題にあらず、外見の問題なのよな! 都条例が黒と見なせば戸籍上白でも黒になっちまうんだよ!」
「※構成員は全員十八歳以上です」などとチラシにただし書きされてる秘密機関。軽くファンタジーである。
「……この際だからはっきりさせておくと、僕はシスター・アンジェレネをそういう対象としては見ていませんからね」
「む、むむむぅ…………そもそも、こもえっていう前科があるのよな!」
始まった。
ステイルは思わず唸り声を上げた。その女性の名前を持ち出されると、ステイルは冷静でいられなくなるところがある。そういう自覚は前々から確かにあった。声のトーンがわれ知らずのうちに一段高くなる。
「実年齢ではむしろ、彼女の方をこそショタコンと呼んでしかるべきで……というか僕と彼女はそういう関係ではない!」
ステイルにとって月詠小萌は人生の師である。それ以上のことは何もない。だというのに、インデックスときたら事あるごとに彼女の名を持ち出してはステイルを糾弾してくるのである。恩人との関係性を邪推されて良い気がするはずもない。自然、ステイルのテンションは鰻登りに上昇していく羽目と相成るのであった。
「ぱ、パトリシア=バードウェイ! 結局、あの子絶対ステイルのこと好きなんだよ! ぴちぴちの女子大生に言い寄られてまんざらでもねーと思ってるくせにこのスケベ親父!」
「だからどうして僕と関わりのある女性をことごとく一回り以上年の差があると見なすんだ貴女はッ! 彼女と僕は二つしか年が離れていない! そんなに僕が老け顔だって言いたいのか!?」
「だったらこの際だからはっきりさせて欲しいってワケよ! アニェーゼやアンジェレネみたいなぺったんぺったんつるぺったんと、ルチアやオルソラみたいなバインバイン、すているはどっちがいいんですかい!?」
悪意あふれる二択だった。ステイルは無意識のうちに、インデックスの顔から視線を下に二〇度ほど落としそうになってしまって、
「だぁあぁっ!!」
「!?」
ガァン! と急加速してテーブルに頭を叩き付けた。
「すいません、クロスに羽虫が止まっていたもので」
「普通手で払うものじゃないかな!? ああもう、たんこぶになっちゃうんだよ、見せてステイル」
腫れあがる額を一目見て、インデックスは狼狽してポケットから絆創膏を取り出した。ステイルは目尻を下げる。今の今まで角目立っていた相手に対して、躊躇いなく慈悲を示すことのできる無制限の優しさ。それがなにより、ステイルにとっては愛お――――
「と、とにかくッ! 別に女性を年上だとか年下だとか、む、胸があるとかないとか、そういう観点で見たことはありません!」
脳内の世迷言を追い出すようにかぶりを激しく振った。同時に人差し指を思いきり良く突きつけて宣言する。
「……そ、そっか。よかった……よかったのかなぁ?」
インデックスはうつむいて、諦めたように絆創膏をしまい直す。その吐息が、安堵と落胆を綯い交ぜにしたような複雑な色合いを帯びていたことに、ステイルは気が付かなかったふりをした。
「ぜぇ、はぁ、ヴィリアン様……げふっ。そ、そろそろお時間です」
しばしの重い沈黙を破ったのは、血の気も失せて死相も露わな騎士団長だった。「騎士」とはややもすると人間ではないものの総称なのかもしれない、とステイルは思った。ホモサピエンスという種は普通、あの部位を切断されて生きていられるような身体構造はしていない。ちなみにバラバラ殺人未遂事件の加害者であるところの火織はといえば、ツンとそっぽを向いて我関せずを決め込んでいる。
「あらいけない、もうこんな時間なのですね」
「う、うむ。それでは我らはそろそろ行かねばならないのである。またの機会を楽しみにしているぞ、最大主教」
「殿下、この後は御公務なのですか?」
口許に手を当ててハッと時計を顧みるヴィリアン。妻の涙目から解放されてホッと一息のウィリアム。万年新婚夫婦が揃って席を立つ姿を見届けてから、ステイルは社交辞令として尋ねてみた。特段、王族の予定に興味が在るわけでもない。
しかし答えを返してきたのは、同じくスーツを羽織り直して帰り支度を始めた「形だけ新婚夫婦」だった。
「公務というと、やや語弊がありますね。とにかくインデックス、ステイル、今日はここでお別れです」
「またね、かおり! ごちそうさま、ヴィリアン!」
「公務ではない? 何やら含みのある言い方じゃあないか、神裂」
興味はなかった、はずだった。だが不穏な気配を匂わされると質さずにはいられない、哀しき護衛官としての性が先に立ってしまう。聞かなきゃよかった。世の中そんなのばっかりなのに。ついつい猫をも殺しかねない好奇心に負けて、ステイルは尋ねてしまった。
困ったように顔を見合わせる四人を代表して、渋々口を開いたのは騎士団長だった。
「これから、『イギリス王室わくわくふれあいタイム』だ」
「………………なんて?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
イギリス王室わくわくふれあいタイム創設特別法案。それは先年ウィリアムとヴィリアンが第三子を授かったことをきっかけに、先代女王がこっそり議会を通過させていた特措法の一種である。曰く、「英国王室は週に一度、万難を排してでも必ず、一堂に会する機会を持つこと」。大丈夫なのかこのイギリス王室。
「……平たく言うと、ババ馬鹿が高じたババアによるババアのためのお孫さんとの触れ合いタイムだよな」
宮殿を辞して聖ジョージ大聖堂へと戻る道すがら。ステイルは疲れきった表情で、同じく疲れきった様子の騎士団長による解説を回想する。そして「イギリス王室わくわくふれあいタイム」なる茶番について、端的にそう表現した。
「ステイルステイル、そんな失礼な口の利き方は応援できねー超」
「僕も応援しかねますね、今の貴女の口の利き方については。なにをまかり間違ったら語尾に『超』が来るんですか。どこの方言なんですか」
その茶番に側仕えとして付き従わねばならない騎士団長夫妻の、製肉工場行きトラックに載せられた子牛のような目が思い出される。どうもヴィリアンではない方の、もう一人の王妹殿下の振舞いに起因するらしい。聞くところによれば甥御姪御にカーテナを持たせた挙句、騎士派から選りすぐられた精鋭(と書いて“けっしたい”と読む)とリアル鬼ごっこをして遊んでいるとか。もうやだこのイギリス王室。
「かおり、忙しそうだったね」
「……ええ、そうですね」
インデックスが少しだけ寂しそうに言った。この五年ですっかり親しくなった無二の友との突然開いた距離感に、いまだ戸惑っているのかもしれない。
インデックスがあれよあれよという間にイギリス清教最高権力者に就任していたのと同様、火織もここ数年で数多のしがらみを背負っていた。騎士派の長の妻にして天草式十字凄教の頂点、そして『必要悪の教会』の切り札。実に複雑な位置に立たされている彼女だが、あるいはそこに、今のイギリスという国家の――――否、世界の在り様が反映されているのかもしれなかった。あれから十年。派閥や勢力が互いに牙を剥き出しにして唸る時代は、幸か不幸か終わりつつあった。
「ですが人の心配ばかりしている場合ではありません。わかっているでしょう? 明日はオックスフォード、明後日はバーミンガムです。僕らにも休む暇はない」
「うん……でも、かおりが仲良くやってるみたいでよかったにゃーん」
貴賓室を飛び交う刃の嵐を、ぞっとしない思いでステイルは振り返る。あれを「仲良し」認定してしまって果たしていいものだろうか。博愛で鳴らす最大主教様の判断基準は、時にすこぶる意味不明である。
「まあ、喧嘩するほどなんとやら、と言えなくもないか。それにしたって神裂もいい加減、洋食は諦めればいいものを」
「むっ! その言い草は聞き捨てならねーかも。かおりだって旦那さまを喜ばせるために頑張ってるのよな、結局」
「はあ……夫君の喜ぶ顔というのは、時にその本人の命よりも大事だったりするわけですか。ますます理解できませんね、女という生き物は」
肩をすくめて両手のひらを上に向け、ステイルはやれやれと全身でイヤミに笑ってみせた。カチンときたのかインデックスが鼻息を荒げて、
「乙女心はカーテナより貴く、英仏関係より複雑なのである!!」
どやっ。
「…………『である?』」
「あれ? ……あれー?」
「そういえばさっきから……何度かそんな事言ってたような……」
「ドタバタしてて自分でも超気づいてなかったんだよ! である!」
渾身の力を振り絞って一歩進んだ次の瞬間、突風に押し戻されて二歩下がる(以下繰り返し)。どうやら自分はドン・キホーテばりの道化であるらしい、とステイルは悟った。物語のライオンの騎士殿より不幸な点があるとすれば、道化であると自覚した上でなおも風車に立ち向かわなければならないという、哀愁漂う滑稽ぶりか。
「うむむ! 由々しき事態であるにゃーん!」
この道を進んだ先に――あるいは強制的に引き返させられた後に――果たして何が待ち受けているのか。輝かしい栄光のゴールでないことだけは、どうやら間違いなさそうだった。
「やっぱり、不幸だ………………はぁ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
・超教皇級の馬鹿:馬鹿な馬鹿口調
・建宮:「~なのよな」
・浜面夫人:「応援できない」
・???:「ブチコロシ」「にゃーん」
・???:「超~」
・アニェーゼ:江戸っ子
・???:「結局~ってわけよ」←New!
・ウィリアム「である」←New!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
Passage3
バッキンガム狂想曲
END