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No.31477の一覧
[0] とある神父と禁書目録【とある魔術の禁書目録 未来設定】[1](2012/03/11 10:26)
[1] Ch.1 とある神父と英国清教[1](2012/03/11 10:28)
[2] 贖罪者の右腕 Ⅰ[1](2012/03/11 10:28)
[3] 贖罪者の右腕 Ⅱ[1](2012/03/11 10:28)
[4] 神父と聖女と聖人と Ⅰ[1](2012/03/11 10:28)
[5] 神父と聖女と聖人と Ⅱ[1](2012/02/20 22:23)
[6] 神父と聖女と聖人と Ⅲ[1](2012/03/11 10:29)
[7] バッキンガム狂想曲 Ⅰ[1](2012/03/11 10:29)
[8] バッキンガム狂想曲 Ⅱ[1](2012/03/11 10:56)
[9] 刃は懐に仕舞われた Ⅰ[1](2012/03/18 13:37)
[10] 刃は懐に仕舞われた Ⅱ[1](2012/03/31 10:15)
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[31477] 贖罪者の右腕 Ⅱ
Name: 1◆9507d07e ID:6af538b7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/11 10:28


 ステイル=マグヌスは苛立っていた。


「そこで俺様は言ってやったのさ。『おいヨハネ、昨日君の家の庭を覗いたらモンスターが土仕事をしてたぜ』」

「うんうん」

「すると奴はこう言った。『HAHAHAフィアンマ、庭にいるのはウチのワイフだよ』」

「HAHAHA!!」

「HAHAHA、とここまでなら小粋なイタリアンジョークだろう? ところがぎっちょん、この話には続きがあってな」


 合コンで女の子の気を引こうとするチャラ男でもあるまいし、なにを古典的ジョークに勤しんどんねん――――とツッコミたい衝動を抑えていたから、ではない。いや、まあ三割ぐらいはそうなのだが、こみ上げるフラストレーションの主因はそちらではない。
 「下がっていいよ」と声を掛けられようが「邪魔だ」と目線で告げられようが、ステイルはインデックスの真横にぴたりと付き従うことを止めなかった。彼女の傍を離れる気など毛頭ない。インデックスの人を見る目は確かだとステイルは知っているが、警戒しすぎてしすぎることはない相手だった。
 『右方のフィアンマ』。ローマ正教秘密諮問機関、『神の右席』のリーダー。第三次世界大戦の仕掛人。上条当麻に敗れてのち、煙のごとく世界から姿をくらましたお尋ね者。
 しかし、そのどれもがステイルにとっては瑣末な情報にすぎない。


「『いやいやヨハネ、それがモンスターは一匹じゃなかったんだ。数えてみたけど、八匹はいたぜ』」

「え?」

「『HAHAHAフィアンマ、それはウチのサンとドーターとブラザーとシスターとファーザーとマザーだよ』」

「えー」

「『HAHAHA驚いたな! それじゃあ君の家はモンスター一家じゃないか! ……ところでヨハネ、それだと計算が合わないんだが、八匹目のモンスターは誰だったんだい?』」

「え……」

「『HAHAHA嫌だなフィアンマ……モンスターならここにいるじゃあないか』」

「ゴクリ」





「『そう…………君の目の前になぁぁあぁあ!!!』」





「きゃー!」

「何者なんだよヨハネッ!! だいたい英国語クイーンズ丸出しのそれのどこが『小粋なイタリアンジョーク』だぁぁぁぁっ!!!」

「ツッコミとしては後半が余計だ。無粋というべきか。そこは『大人の事情』という呪文を振りかざせばどうにかなることになっている」

「ステイルー空気を読みてほしいのよなー」

「やかましい!!」


 ステイルにとってフィアンマは、自らの野望のために『禁書目録』を利用し、挙句彼女を苦しめた大罪人である。十年前、まさにこの聖堂で勃発した戦争にも匹敵する戦闘を、無論ステイルが忘れるはずもない。
 

「そう恐ろしい顔をせずとも、とうの昔に俺様は『神の右席』としての特性を失っている。今の俺様ではお前に勝てん」

「いけしゃあしゃあと……僕は最大主教とは違う。誠意を尽くせば信用してもらえる相手だ、などと思ってはいないだろうな」

「とはいえ、勝てないものは勝てないのだからしょうがない。場所も場所だしな。地の利がない、などというレベルではない」


 このおかっぱ頭が。ステイルは内心で思った。同時に汗が手のひらに滲み出してくる。闘って勝てるだろうか、まずそれを考えた。結論はすぐに出た。そんな思索に意味はない。
 十四歳にして現存するルーン二十四文字を極めた天才。世にそう呼ばれていることは知っていた。しかしステイルは、自分を天才だと思ったことなど一度もなかった。どうしようもない問題があって、勝てない相手がいて、救えない人がいた。ステイルの人生はそんなことだらけだった。
 だが、ステイルがどれほど弱かろうが、敵がどれほど強かろうが関係などなかった。ステイルの使命は守護である。たとえこの瞬間、フィアンマがかの『第三の腕』を振るってインデックスの命を奪わんとしたとする。それでも、ステイルは絶対に負けてはならない。彼我の戦力差など問題にすらならない。命に代えても、彼女は守り通さなくてはならない。 


「ステイル!」


 窘めるような声に耳朶を打たれて、ステイルは視線を右下に向けた。なぜだかインデックスは、悲しげな顔をしていた。


「申し訳ありません。しかし、ここは妥協していただきたい。僕は貴女とフィアンマの歓談に口を挟まない。ですから貴女も、僕が職務上当然の行為に出ることを止めないでほしい」

「思いっきりツッコんでたかも」

「あれは独りごとです」


 ステイルは軽口で流そうとしたが、針のような鋭い視線は止まない。インデックスはわずかにうつむいて呟く。

 
「……私の護衛は、ステイル一人の仕事じゃないんだよ」

「僕が役立たずだと仰りたいのですか」

「そういうことじゃあ」


 剣呑とした空気に押されて真正面から視線をかち合わせたところで、二人は第三者の存在を思い出して口を噤んだ。ふい、と互いに視線を逸らす。その様子をフィアンマは、顎に手を当て興味深そうに眺めていた。


「なにやらお前たちにも複雑な事情がありそうだな」

「君ほどではない」


 有無を言わせぬ口調で断じた。インデックスも今回ばかりは沈黙を返答に選ぶ。


「……まあ、別にいいか、どうでも」


 フィアンマにしてもこだわるつもりはなかったのか、あっさりと話題を変えるそぶりを見せた。安堵感からステイルも思わず息を吐く。その時だった。

 フィアンマの右腕が、素早く懐に伸びた。


「っ、貴様!」


 ステイルは本能的にインデックスの前にたちはだかる。悪寒が走った。右。右腕。聖なる右。とっさにそこまで連想してしまったのは、赤尽くめの男から得も言われぬ妖気を感じとったからであった。
 何か、とてつもない何かをフィアンマは繰り出そうとしている。刺し違える覚悟で、ステイルは呪言を唱えるべく口唇を上下に割り――――






「ほれ、手土産だ」






「……………………はぁ?」


 ポン、とフィアンマが投げてよこしてきた一冊の本を、反射的にキャッチしてしまった。


「お土産? なになに、ご飯だったりするのよな!?」

「残念、魔道書だ」

「そうかそうか魔道書か、ってなに考えてるんだ貴様ぁ!!」


 おおきくふりかぶって本塁へのレーザービームよろしく投げ返す。しっかりキャッチされた。


「イギリス清教が誇る魔道図書館殿への手土産としてこれ以上はないだろう。しかもこれはウチの隠秘記録官カンセラリウスが先日書き下ろしたばかり、『禁書目録』にも載っていないできたてホヤホヤの一品だぞ」

「新しい魔道書? ちょっと興味があるのよな」

「最大主教はこう仰っておられるが、どうするステイル=マグヌス?」

「くっ……ちなみに、タイトルは?」

「『異教徒の猿でもわかる! 性魔術のすべて』」

「ヴァチカンの書庫に収めて二度と世に出すなそんなもんんんっ!!!」


 今頃気が付いても遅いが、先ほどからのロクでもない悪寒はこれだったらしい。


「せ、性……!? あ、いや、別に私はそんな」

「顔を赤らめないでくださいお願いですから」

「残念だな。お前たち二人にこれを渡せばさぞ喜ぶだろう、と土御門元春にそう言われたのだが」

「あ、赤ちゃんなんてまだ私には早…………………………え?」

「ふざけるな誰がそんなデタラメを…………………………今、なんて言った?」


 聞き捨てならない名が聞こえた。聞き間違いであってほしかったが、それが希望的観測にすぎないことをステイルはなんとなく察していた。インデックスもインデックスで、どことなく引き攣った諦め顔をしている。


「土御門元春。聞いていないのか? 奴は俺様の事情を断片的にだが知っているぞ。俺様もてっきり、お前たちはすべてを承知していると思っていたのだがな」

「もとはるェ……」

「あ・の・シ・ス・コ・ン・がッ!! それならそうとなぜ先に言わないんだ!」


 ダン! とステイルは思いきり床板を踏み鳴らした。こんな重大事をも黙して語らず、とは。相変わらず何を考えているのかさっぱり読めない男だった。


「そもそも、なぜにもとはるとフィアンマに面識がありけるのよな?」

「世界を流離っている最中に、たまたま出会って意気投合してな。あの男のおかげで俺様の偏狭だった視野も少しは広がった」

「意気投合、ねぇ。おかしな世界に足を踏み入れてやしないだろうな」

「失礼な、聞いて驚け。俺様はな、いまや年商一千万ドルの大企業のCEOを務めているんだぞ」

「え、すっごい!」


 インデックスは尊敬に目を輝かせた。
 一方ステイルは可哀想な人を見る目になった。十年前の捜査資料にもあったが、到底実現し得ないような大言壮語を吐く癖はまったく直っていないらしい。妄想癖もここまでくると病気である。さらにまた、それを真顔で実現しようとするから手に負えないのだが。


「吹くホラ貝はよく吟味しろ。なんだその小学生並みの『ぼくのしょうらいのゆめ』は」 

「ウソではない、後でググってみろ」

「会社の名前はなんと言うのよな?」

「最大主教、貴女も乗らないでくださ」

「ローマ正教公認メイド喫茶『お客様は神様〜右席に失礼しますご主人様』」

「うわぁ」

「土御門ォォォーーーーーーッ!!!!」

「メイドさんかぁ。私も昔、メイドさんになりたし! と夢見たことがあるのよな」

「メイド道は険しいぞ。俺様も足を踏み入れてから七、八年にはなるが、深奥はまだまだ遥か彼方だ」

「それはいみじくわかりているかも。まいか……あ、私のお世話をしてくれてる人なんだけど、その人は『メイド喫茶なんて邪道だぞー』って言って憚らないんだよ」

「まあ、本職からすれば許せない存在なのかもしれないな」


 ああもうダメだ、マズイ。何がマズイって、この男を警戒しようと努めるだけの気力が、ガリガリ削られていく自分自身である。


「何を言っているんだ君たちは。そして何を教えこんでくれてるんだ土御門のアホは。意気投合ってそういうことなのか。馬鹿なのか。死ぬのか。こんな馬鹿と大真面目に睨み合っていたのかと思うと死にたくなるわ。いっそ死んでやろうか。こいつを殺して僕も死んでやろうか」

「お前こそ、何を小声でぶつぶつ言っているんだ」

「あ、そうだ。メイドといえば、これ」

「“これ”じゃないでしょうが! なにさりげなく一着確保してるんですか貴女はぁぁぁ!!!」


 インデックスは『神にご奉仕☆メイド風あーくびしょっぷ』をどこからともなく取り出した。ステイルが止める暇もなく、受けとったフィアンマが食い入るように観察を始める。


「むっ! ほう……これはなかなか!」

「それは土御門の罠だァァァァーーーーーーーッ!!!!」


 条件反射で繰り出された炎剣、燃え尽きる『神にご奉仕☆メイド風あーくびしょっぷ』。惜しがる表情を隠しもしない、完全無傷のメイド馬鹿がステイルの視界に入った。奇跡的にも『魔女狩りの王』をけしかけることなく踏みとどまることができたのは、日頃のこういう(気)苦労によって練磨された自制心の賜物に違いなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「なんというか……しらけたな」


 噛みタバコを口に放り込みながら、ステイルは投げやりに呟いた。使者への礼節、公使の分別もどこへやら、である。それほどにステイルは疲れ切っていた、精神的に(倒置法)。


「さて、いい加減に仕事をしなければならんな」

「そうだったんだよ! さにあれども、私の初仕事を遂行しけるべきよな!」


 仮にも十字教二宗派の歴史的和解の瞬間だというのに、子供のままごとでも見ている気分だ。専属の書記官がどこかでこの間抜けなやりとりを記録しているのかと思うと、ステイルは胃と頭が痛かった。


「エッヘンオッホン! ではイギリス清教最大主教、Index-Librorum-Prohibitorum殿。この度は最大主教座への昇叙、厚くお慶び申し上げたる」

「ありがたきことよな。非才の身にあれど、主の教えに従ひて研鑽を積み、人々の救いの手となりぬのよ」


 書記官が日本の古典文学にかぶれていたことにでもしようか、とステイルは本気で考え始めていた。うん、いっそそういうことにしてしまおう。その方が皆幸せになれるはずだ。


「ローマとイギリスは長らく友好関係とは言ひ難かった。が、教皇聖下は万民の安寧を願っておられる。ことここに至って、宗派の違いなどなにほどの妨げになり得ようか、という話だ」

「それこそが御主の望みと私も考えます。ローマとイギリス、否、世界の人々の求める『救い』を丁寧に拾いてゆきてこその『救済』なりしよな」


 ……そのわりに、内容は至極まともであった。口調が石兵八陣より複雑な迷路で右往左往していることを除けば、最大主教として完璧な応対と言ってよい。陸都督も草葉の陰で喜んでいるだろう。ローラ=スチュアート? そんな奴は知らん。






「ふふ」


 ふいに、フィアンマが笑みをこぼした。インデックスとステイルは揃って首を傾げる。


「いや、な。なぜお前たちの周りに多くの善意が集まってくるのか、ようやく得心がいった。なぜ俺様が十年前、あの男に敗れたのかも、完璧に理解できた」


 二人は口を閉じた。はっとするほど、フィアンマの相貌が目に見えて引き締まっている。


「俺様がこの場に来たのは、祝福のためだけではない。十年越しの、謝罪のためでもある」

「十年、経ってしまったのはひとえに俺様の――――俺の身勝手な願望ゆえだ」

「あの男に諭されて、世界を見た。なにものをも通すことなく、この眼で直に」

「やはり、醜かった。思った通り、歪んでいた。しかし」


 フィアンマは遠い目をした。微笑む聖母を象った、二人の背後のステンドグラスを眺めているとも、その向こう側の空を透かして見ているとも、ステイルには思えた。


「美しかった」

「善は確かに、この世にあった。作り出すまでもなく、今の世界に」

「それを確かめてようやく、俺は自分の過ちと向き合えた」

「自分が間違っていたと、認められた。だから、いくら遅くなったとしても頭を下げよう」

「すまなかった」


 そのおもてが、きっちり九〇の角度を付けて地と向き合った。今ならば容易く首を取れる。ステイルは一瞬本気でそう考えた。どんなに大振りの一撃であったとしても、フィアンマはそれを躱わさないだろうということが、ステイルにははっきりとわかった。
 鎌首をもたげた考えに、首を横に振った。その時、インデックスが口を開いていた。しゃがみこむようにして、フィアンマの右手をとっていた。


「顔を上げてください」

「人には、口があります。目があって、耳があって、鼻があって、手があって、心があります」

「話し合うために、笑い合うために、手を取り合うために、神様が私たちにくださったもの。私はそう信じてます」

「だから、取り戻しましょう?」

「どんなに長い時間がかかっても、一生だったとしても」

「取り返しのつかないことを取り戻そうとしている人を、私は知っているから」


 自分のことではない、とステイルは思った。自分は、何も取り戻そうとなどしなかった。だからインデックスが言っているのは別の誰か、取り返しのつかない罪を犯した誰かのことに違いない。ステイルは自分にそう言い聞かせた。


「あなたにも、あきらめないでいてほしいから」


 聖女の慈悲はどんな陽の光よりもまぶしく、柔らかだった。そして、寄り添うようなあたたかさがあった。
 インデックスはこの五年で、意図せずして民衆から絶大な支持を集めている。この微笑みが、天性が、彼女を最大主教の座に押し上げる最後の一因になってしまった・・・・・・・のかもしれない。


「私はあなたを許します、フィアンマ」

「ありがとう、最大主教――――いや、シスター・インデックス」


 ステイルには言葉はなかった。唇を真一文字に引き結んで、眼前の救済から目ではなく、心を背けた。まるで天上の、この世ならざる光景を見ているかのようだった。そしてなにより――――


 自分が愛したままの『インデックス』がそこにいたから。
 自分以外を愛した『インデックス』がそこにいるから。


 どんな瞬間よりも強く、その隙間を思い知らされてしまったがゆえに、何も言うことができなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 インデックスとフィアンマは聖堂に並ぶ長椅子の一つに、およそ人一人分の隙間を空けて腰掛けた。そうして日が傾くまで、とりとめのないことばかりを語らっていた。
 ベツレヘム以降、面白い二人組に命を拾われて世界を巡ったこと。かつて危害を加えた前ローマ教皇に赦しを請うたら、拍子抜けするほどあっさり赦されてしまったこと。それ以来、狸爺に頭が上がらないのだということ。遠くないうちに、“あの男”に会いに行こうと思っていること。メイド喫茶経営に伴う諸々の苦労話。お情けで雇ってやったチーフメイドが反抗的で困る、というどこか愉しげにも聞こえる愚痴。
 興味深い話もそこここに散見されたが、やはり大半はくだらない、とりとめのない世間話ばかりである。広間の隅に控えたステイルも、もはや余計な口を挟もうとは思わなかった。


「それでは、時間も時間だ。そろそろお暇しようか」


 ステンドグラスから夕陽が射すのを目の当たりにし、フィアンマが立ち上がりながら告げた。その後ろ姿が、名残惜しげですらあった。


「ではな、最大主教。それとついでに、ステイル=マグヌス。いい時間を共に過ごせた。そして、これからも過ごせそうだ。ローマ教皇には、そう伝えておこう」

「……我らをして御身にならいて、常に天主に忠実ならしめ、その御旨を尊み、その御戒めを守るを得しめ給え」


 フィアンマがかすかに瞠目する。へえ、とステイルは小さく声に出していた。別れの言葉に代えてインデックスが贈った一節は、「大天使聖ミカエルに向う祈り」だった。
 

「かくして我ら相共に天国において天主の御栄えを仰ぐに至らんことを」

「……御身の御取次によりて天主に願い奉る、Amen」


 苦笑してステイルが後に続くと、フィアンマが引き継いで締めた。この男も曲がりなりながら、一応十字教徒ではあったらしい。


「さらばだ」


 大扉の前でフィアンマが一度だけ振り返り、右腕に小ぶりの弧を描かせた。今になって、とんでもない男と向き合っていたのだという実感が湧いてくる。


 かつて、本気で『世界』を『救おう』とした男。


 もう一度会うことがあるだろうか。ステイルは夕暮れのロンドンに消えゆく背中を目で追いながら思った。最後に、溌剌とした声が遠くから聞こえてくる。









「機会がありければまた会いたし。主の加護があらんことよな!」

「なんか感染したぁぁぁぁぁぁ!!!?」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 どうするんだあれ。ステイルは頭を抱えてうずくまった。最近こんなことばっかである。


「気にすることないと思うかものよな」

「なくてたまるか! …………ん 最大主教、足下になにか」

「……手紙、かな? なになに」



『そうそう言い忘れた、俺様の「お客様は神様(以下略)」について、ものは相談なんだが』



「フィアンマの字かな、見たことないけど」

「いや、いつ書いたんだこんなもん」



『先ほどちらりとだが見せてもらった「神にご奉仕☆(以下略)」の出来栄えには誠、感銘を受けた。そちらに異存がなければ俺様の城、略称「ベツレヘムの星」の制服として採用したいと思う。っつーかもう絶対採用するわ、うん』



「ちょ」

「おお!」



『現物はないが俺様の「聖なる右脳」にかかれば再現など容易い。 「あのイギリス清教最大主教も絶賛着用中」のキャッチコピーで商品展開も考えているので楽しみにし』



 轟ッ!! と音を立てて紙切れは灰も残さず虚空に消えた。


「す、ステイル!? なぜにイノケンティウスなど顕現させたるのよな!?」

「ふ、ふぃ、っ」

「ふぃ?」

「フィアンマァァァァァーーーーーーーーッ!!!!!」


 鬼のような形相で『魔女狩りの王』を引き連れたステイルが大聖堂を飛び出す。通行人がびっくらこいて何人か腰を抜かした。乳母車の赤ん坊がキャッキャと笑いだし、手慣れた感のあるホームレスがありがたやと暖を取りに群がる。
 しかし本日四度目となった絶叫の元凶はすでにどこにも見えず、青青く晴れ渡る空に五度目の絶叫が響いて抜けた。


「不幸だぁぁーーーーーーーっ!!!!!」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


Passage1

贖罪者の右腕

END


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