※東方緋想天のネタバレがあります。ご注意ください 「とぉ、いうわけでございましてぇ!! 是非とも太陽の畑に巣くう花を操る最悪の妖怪を退治していただきたいぃぃぃいいい!!」 よろず屋に訪れた今日の来客が満ちかけてきた内容は、つまるとこそういった内容のものだった。 そんな依頼人の話を聞いているよろずやメンバーは、そのあまりにもでかい音量の声に耳を塞ぎながら、何とか話を聞いている。 そのよろず屋メンバーの中に、今日は天子の姿が無い。今日は用事があってこれないのだそうだ。 そういうわけで、元の世界でよろず屋を営んでいたこのメンツで、今日も相変わらず依頼を受けているのだが、よりにもよって妖怪退治という依頼が来てしまったのである。 ここ幻想郷には、退治やら何やらには独特な決闘方法を用いる。 それが、スペルカードルールという、この世界独自の文化だ。 まず一つ目、スペルカードとは自分の得意技に名前をつけたもので、使うときは宣言してから使う必要がある。 二つ目、お互いのカード枚数は予め決闘前に提示しなければならない。 三つ目、手持ちのカードがすべて破られると負けを認めなければいけない。 四つ目、勝者は決闘前に決めた報酬以外は受け取らない。相手が提示した報酬が気に食わなければ断ることが出来る。 五つ目、勝者は敗者の再戦の希望を、積極的に受けるようにする。 そして六つ目、不慮の事故は覚悟しておく。 大雑把に言えば、スペルカードルールというのはこのようなもので、生憎銀時たちはそういったスペルカードなどといった類のものを持っていない。 故に、彼らが決闘を行う場合、自然と他の方法に限られる。例えば銀時であるのなら、せいぜい接近戦のガチンコ勝負がいとこなのだ。 この場に天子がいれば、そういったスペルカードルールで決闘を挑んでもらって、銀時たちは適当に観戦するといったことも出来たのだったが……。 「期日は今日まで!! 出来れば早急にお願いいたしたい!!」 こういわれては、唯一スペルカードルール、要するに弾幕ごっこで勝負が出来る比那名居天子不在のまま妖怪退治に向かわなければならない。 それはいくらなんでもマズイ。何しろこっちの世界に来たときに、博麗の巫女である博麗霊夢から、口すっぱく言われたことの一つが、「妖怪相手に弾幕勝負以外で決闘をしないこと」だったのだ。 実力差こそあるものの、スペルカードルールによる決闘は、種族問わずほぼ対等な勝負が出来て、見た目も美しく派手であるという理由から、この幻想郷では人気の決闘法である。しかし、それが出来ない以上、身体能力が尋常じゃない者も居る妖怪相手に、殴り合いだとかそういった決闘を申し込むほか無いのである。 「出来れば明日まで待って欲しいんですがねぇ。家の弾幕要因が今日は休んですよ~、これ。正直俺たちじゃ荷が重い……」 「そぉですか!! 引き受けてくださいますか!! さすがよろず屋!! 噂に違わぬ豪傑でございますな !!!!」 「おーい、人の話し聞いてる? 聞いてますか? なんかどっかのダレカさんを彷彿させるんですけどこの人。というかいつ噂になったの銀さん? 豪傑とか明らかに嘘だよね? 銀さんまだ戦ってないもの」 そして最悪なことに人の話をまったく聞きゃぁしねぇ依頼人。いつぞやの鍛冶屋兄弟の片割れを思い出しながら、銀時は問いかけるがまったくといっていいほど効果な無い。 「それでは!! 私は急ぎの用事がありますのでこれで!!」 「ちょと待てい!!? 無視!? また無視ですか!? 銀さんの意見は徹底的に無視ですか!? 本当にどっかのダレカさんを彷彿させるんですけどもこの人!! ていうか待てッつってんだろオイィィィィイイイイ!!」 言うが早いか、依頼人のオッサンはあっさりと玄関から外に飛び出し、ばびゅーんなんて聞こえてきそうなスピードであっさりと見えなくなる。 そして残される三人と一匹。ため息をついたのは一体誰だったのか、それに答えるだけの気力が残っている人間は、この場にはいなかったのである。 ■東方よろず屋■ ■第三話「花が咲くときは花粉症に気をつけろ!!」■ 「はい、というわけで銀さん達は太陽の畑に来ていまーす」 「……銀さん。誰にしゃべってるんですか?」 あらぬ方向に向けてしゃべる銀時に向かって、新八が冷たい目を向けながらツッコミを入れる。銀時、新八、神楽、定春、三人と一匹の視界の先には、あたり一面視界いっぱいに植えられた向日葵が今か今かとツボミを膨らませていた。 まだ夏にはなっていないので当然といえば当然、花など咲いてはいないのだが、それにしてもここに植えられている向日葵は随分と成長が早いらしい。まだ暦で言えば春のはずだが、この分だともう少しで花が咲きそうな勢いだ。 「僕いやな予感がするんですけど、どうするつもりなんですか、銀さん。僕達、霊夢ちゃんたちみたいに弾幕勝負なんて出来ないですよ?」 「わーってるよ、んなもん。受けちまったもんは仕方ねーだろうが。オイ神楽、あっきゅんから教えてもらった情報、なんて書いてある?」 新八の言葉に、いつものようなやる気の無い言葉を返し、稗田阿求からもらった情報と、里からここまでの道のりが書かれた地図をもった神楽に言葉を投げかける。 「んーっと、銀ちゃん。この紙には『花の妖怪は幻想郷最強クラスの妖怪である。間違っても退治しようなどとは思ってはいけない。自殺行為である』とか書いてアルヨ」 『………』 神楽の読み上げた言葉に、思わず沈黙する銀時と新八。そういえば、事の説明をしたときに阿求がものすごく裏のありそうないい笑顔で「がんばっ!」などと親指をサムズアップしていたことを思い出す。 これから退治するべき妖怪は、残念ながら二人が思っていた以上にパンチの利いた存在らしい。 (オイオイオイ、冗談じゃねぇぞ。幻想郷最強? なんだってそんなものの退治依頼が俺んとこに来るんだよ) 冷や汗流しながら、太陽の畑に視線を向ける。あー嫌だ嫌だと、早くもモチベーションが下がってきたらしい。無理も無いかもしれないが。 (大体、花の妖怪って外見の特徴も何もわかんねぇんじゃどうしようもねぇじゃねぇか。あれか? 花で最強っつーぐらいだから……) もやもやと思考に埋没する。花を操る最強の妖怪というものを想像していくと―――悲しきかな、銀時の想像力はとんでもないものを連想してしまったのである。 まぁ、平たく言えば。隣の屁怒絽さんを想像してしまったわけで。 花を操る→花屋。 最強→顔がまさに最恐。 妖怪→顔が(以下略 「……新八君。やっぱ帰ろうか」 「オィィィイイイイ!! 早ぇぇんですけどこのマダオが!! せめてもう少し真面目に仕事しろよ頼むから!!」 「ばっかオメェ!! となりの屁怒絽みたいなの出てきたらどうするんだッツーの!! 花で最強とか銀さん一発であれに変換しちまったんですけどもぉ!!?」 「知るかァァぁああああああああああああ!!」 ここに来て勃発する毎回恒例のマダオVSメガネ。しかしながら観戦者はここには誰もいない。神楽は目の前の太陽の畑に視線を向けているのみである。 だからこそ気付いたのだろう。今はまだ咲いていない向日葵畑の前で、ぽつんと佇む日傘を差した少女の姿があった。 「銀ちゃん。あそこに誰かいるアルヨ」 「あん?」 神楽の言葉に視線を向けると、確かに日傘を差した少女の姿がある。 「どうします? あの人に聞いてみましょうか?」 「しょーがねぇな。いくぞ~、オメェら」 新八の言葉に、銀時は相変わらずのやる気ゼロの声で足を動かす。そんな彼のあとを追って、新八と神楽、定春も向日葵畑に足を向けた。 ある程度近づいてみると、確かにその少女は未だに咲かない向日葵たちに視線を向けていた。 あとその少女との距離まで2mほどのところまで近づいてみると、銀時が言葉を投げかけた。 「すんませーん。ちょっと聞きたいことがあるんですけども~」 そんな気のない声に、少女はふわりと振り返って、その顔を銀時たちに向けた。 鮮やかな深緑の緩やかなセミロング。色の白い肌。人形のように整った顔立ちの少女は、不思議そうに銀時たちに視線を向け、にっこりと笑顔を浮かべた。 「何か御用かしら?」 穏やかな物腰。鈴のような声を耳にして、銀時は改めて思う。こっちの世界、美少女とか美人の類が多すぎじゃね? とかなんとか。 事実、目の前の少女は文句なしに美少女の類だし、その証拠にそういうことに免疫が無い新八が顔を真っ赤にしているのが気配でわかる。 「新八~。顔赤いあるよ~。ぶっちゃけキモイからさっさと素面にもどれよ眼鏡が」 「って、ちょっとぉ!! ぶっちゃけすぎだろそれ!! ていうかなんでそんないきなり言葉が辛辣なの!?」 とかなんとか、銀時の後ろのやり取りはひとまず置いておいて……。 「いやね、花を操る妖怪を退治しに来たんですけどねぇ。多分、頭に花と角生やして顔が真緑のごっつーい顔した―――」 「オィィィィイイイイイ!! だからそれはアンタの勝手な妄想だろうがァァァアアアアア!!」 銀時の言葉にすぐさま飛ぶ新八のツッコミ。そんな光景を視界に納めたまま――― 「……へぇ~」 ゾクリと、底冷えするような冷たい声で、少女は言葉にした。 相変わらず少女は笑顔だ。笑顔なんだけれど、額にはうっすらと青筋が浮かんでいるようにも見えなくも無い。不思議な迫力に、思わず一歩下がる銀時。 「あれ? あれあれ? 俺なんか言った? 銀さん何かまずいこと言った!!?」 「えぇ、とっても。『私を退治に来た』なんてだけでもアレなのに、面と向かって言葉でそんな侮辱をされればねぇ…。要するに喧嘩売ってるのよね、貴方」 うろたえる銀時に、クスクスと笑う目の前の少女。そんな彼女を、冷や汗だらだら垂らしながら見つめているよろず屋メンバー。 何しろ、彼女からにじみ出る殺気が半端じゃない。相当頭にきているらしく、笑顔のまま信じられない殺意をぶちまけていた。 「も、もしかして……アンタが?」 「えぇ、その通りよ。私は風見幽香。貴方達がお探しの、花を操る妖怪ですわ」 銀時の言葉に、少女……風見幽香は笑顔のまま、なれた動作で赤いチェック柄のスカートの裾を掴んで会釈した。 (おいおい。顔よくて礼儀正しくてそのうえ最強とかどんな完璧超人ですか? あ、妖怪だったっけ?) 微妙にテンパッている銀時。そんな彼の心情を理解しているのかいないのか、幽香はにっこりと笑顔を浮かべたまま、一歩前に足を踏み出した。 「普通なら貴方みたいな弱そうなのは相手にしないんだけど、今日は特別ね。それで、スペルカードは何枚まで?」 「あー、……ワリィけど俺たち誰一人としてスペルカードなんて大層なもんは持っちゃいねーぞ。持ってるとしたら、この木刀ぐらいなもんだ」 そういって、腰にさしていた洞爺湖とかかれた木刀を肩に担ぐ。そんな銀時の言葉に、幽香は笑顔を崩して、ぱちくりと信じられないものを見たような目で銀時を見る。いや、むしろ珍獣か何かを見るような目であったといっていいかもしれない。 「それって、つまり私に接近戦を挑むっていうこと? ……あなた正気?」 「仕方ねぇだろーが。無いもんは無いんだし、依頼は期限が今日までなんでね。生憎、家の弾幕要因は今日はお休みなもんでね。代わりに俺が体張って仕事するしかねーだろーが」 そう紡ぐ銀時の言葉にも、イマイチやる気は感じられない。こうなんというか生きる気あるんだろうかと思うほど目が死んでるやつって言うのも結構珍しいと思う。 「そう。世知辛いわね」 「世知辛いんですよー、世の中。それで、決闘は受けてくれるのか?」 幽香の言葉に軽口を返し、銀時は改めて彼女に問いかける。 クスリと、少女は笑って日傘を閉じると、銀時に改めて視線を向けた。 「いいわ。受けましょう、その決闘。その代わり、弾幕とまではいかないけれど、私は遠距離攻撃もそれなりに使わせてもらうから、死んでも知らないわよ?」 「へーへー、それじゃ、死なない程度にがんばりますかね。おい、新八、神楽、オメェら下がってろ」 シッシッと手で追っ払う銀時。何か言いたそうにしていたが、おとなしく新八たちは銀時と幽香から離れていく。10mほど離れただろうか。ここまでくれば大丈夫だと思ったのだが、幽香は大きな声で二人に言葉を投げかける。 「まだ足りないわ。もうちょっと離れなさい」 「だとさ、新八。ほれ、早くしろよ~」 更に下がっていく二人と一匹。それを見届けてから、「まぁいいでしょう」なんて呟いて、幽香は銀時に視線を向けた。 「馬鹿ね。仕事だからってむざむざ命を落とすこと無いのに」 「別に、死ぬつもりなんかねぇよ。マジでやばくなったら、尻尾巻いて逃げすさ」 本気なのか冗談なのか、どちらともつかない言動。やる気があるのか無いのか、飄々とした雰囲気のこの男は、やる気なく木刀を腰溜めに構える。 まったく不思議な男だと思いながら、幽香はクスっと笑って傘を眼前に突き出す。なんてことはない日傘のはずなのに、まるで真剣と相対したかのような緊張感。 「えぇ、そうしなさい。死にたくなかったらね!!」 幽香がつむぐその言葉が、この決闘の幕開けの号砲の代わりとなって、二人をすぐさま行動に移させていた。 二人の姿が霞み、ガッという硬いものがぶつかった音が太陽の畑に鳴り響く。木刀と日傘がせめぎ合い、視線の先にはお互い敵の姿が視界に映る。 ぎちぎちと、銀時の腕の筋肉が悲鳴を上げる。木刀からもミシミシという音が聞こえてきて、ことのしだいを伝えてくる。 自分よりも背丈が低い少女に、一体どこにそんな力があるというのか、銀時が圧倒的に押されつつあった。 「おいおい、マジでトンデモネェなこっちの連中は。そんななりしてまぁ、あんたどんだけ怪力さんですかね?」 「女の子に怪力扱いは頂けないわね。もう少し、女の子の扱いを勉強されては?」 「へいへい、そうさせてもらいますか、ね!!」 力をうまく受け流して、日傘を地面に激突させる。その余波で巻き上がった衝撃だけで体が泳ぎ、咄嗟に飛びのけば、切り替えしのように放たれた幽香の日傘が、銀時の腹を掠める。 それだけで裂ける肌。着物が少し破れてうっすらと血が滲んだ肌が晒される。 「ちょっとぉ!! これ一張羅なんだけどどうしてくれんの!?」 「知らないわよ!」 傘を真横に振るう。何もなかった空間から巨大な花が出現し、高速で回転しながら大地を抉って銀時に直進する。 無論、鋭利な傷跡を残していくそんなものにあたるつもりなどなく、それを紙一重でかわしながら、コチラも人間にしては信じられない速度で幽香に接近する。 ガンッと、木刀と傘が打ち合い、二人の位置が入れ替わるようにじりじりと移動して、そして弾かれるように距離をとる。少女は綺麗に着地し、銀時は片膝をつきながらの着地。 銀時が体勢を立て直す間も与えず、幽香は、文字通り人外さながらのスピードを披露する。 10mもの間合いを、この少女は一秒とかけずにゼロにした。 再び打ち合われる木刀と日傘。さっきから信じられない力で叩きつけられているというのに、その傘は傷一つ付くことなく凶器として機能している。 上段から振り下ろされた一撃を、銀時はかろうじて受け止めていたが、じりじりと押されていく。 このまま力負けすれば、その日傘で真っ二つにされる。それが当然のように理解できて、冷や汗が流れるのをとめることが出来ないでいた。 「慣れてるわね、接近戦。少し面白くなってきたかも」 「そりゃどうも。こっちは必死ですよまったく」 軽口を叩く銀時に、幽香はクスリと笑う。 実際、人間でこの男ほど接近戦が出来る奴を、幽香は知らない。しかも、この男は明らかに接近戦に慣れている。 必ず当たると思ったはずのこの攻撃を、この男は咄嗟に受け止めて見せた。 考えての行動じゃない。体が勝手に反応したといった感じだ。つまりそれだけ、この男は接近戦で戦い続け、しかもそれなりに修羅場をくぐってきたということになる。 人間にしては最上級クラスの身体能力もそうだし、この事実が幽香を予想以上に楽しませていた。 最初は目の前の人間を懲らしめてやろう位の心算だった。あそこまで馬鹿にされた発言をされて、黙っていられるほど幽香は人がいいわけじゃない。だから、現実というものを教えてやろうと思ったわけだけど、それがどうして、その怒りという感情が今は綺麗さっぱり消えてしまっている。 ここ最近、弾幕勝負ばかりで体がなまっているというのもあったかもしれない。だから、久しぶりに体を大きく動かすという今の状態が、たまらなく気持ちがいい。 しかも、目の前の男は人間でありながら、自分の動きにしっかりと反応している。 これを、楽しまずになんとしろというのか? 「いいわ、貴方。接近戦限定だけれど、人間相手にこんなに楽しい気分になったのは霊夢や魔理沙以来だわ」 「生憎だな。こっちは全然楽しくねぇっての!!」 木刀をうまく動かし、日傘の軌道を逸らす。その隙に転がるように移動しながら立ち上がり、銀時は木刀を構え……。 もう既に、目の前にまで接近している幽香の姿に愕然とした。 「んな!?」 咄嗟に木刀を盾にする。信じられない速度で繰り出された突きは銀時の体を、それこそ車に引かれたかのように吹き飛ばしたのだ。 もし生身で受ければ、直撃した箇所が綺麗に貫通していただろう。この戦闘反射とも言うべき自分の反応に、銀時は素直に感謝したい気分になりたかったが、現実そうもいっていられない。 今度は三つの花の刃。それが三方向から銀時に襲い掛かり、その刃に、潜り込むようにして回避して、再び幽香に走っていく。 「ほらよっ!!」 構えも何もない。手数の多さで責め立てる乱打。急所に狙うわけじゃなく、どこかに当たればいいという乱雑な攻撃。だが、その一つ一つが速く、幽香もその木刀を受け止めるのに意識を集中させる。 連続的になる硬い音。それを耳に届けながら、銀時は蹴りを放った。 ふわりと音がしそうなほどの優雅さで、幽香は後ろに跳躍することでその攻撃を回避する。 はたから見れば目で追うのがやっとの光景、その光景を見ている新八と神楽は、一体何を思うだろうか? 地面に着地した瞬間、幽香は信じられない神速を持って銀時に接近する。 繰り出される傘による斬撃は、それこそ視認することが難しいような信じられない速度。 蹴りを繰り出した状態で体制を崩している銀時には、その攻撃は致命的な一撃だった。かわすすべなんて無い。みっともない格好のままよけたところで、続く第二撃に討ち取られる。 完全なチェックメイト。そう誰もが思ったはずだ。 遠くで、あの二人が銀時の名を叫ぶ。それだけその状況は、絶望的な光景のはずだった。 流れていく景色。まるでスロー再生されているかのような時間の乖離の中、幽香はその光景に驚愕することになった。 不完全な体制のまま銀時はその一撃を木刀で受け、力に逆らわず受け流した。 「なっ!?」 完全に勝ったという心の油断。わずかあの瞬間に、この男は更にその動きを加速させた。 視界の先には、ゾクリとするような眼をした男の姿がある。 コイツが、本当に先ほどの男と同じなのだろうか? その冷たい眼が、幽香を見据えて、見下ろしている。 死んだ魚のような目をした男は、今この一瞬だけかつての面影を取り戻す。 白夜叉。かつて攘夷志士だった男の、鋭利で冷徹な視線が幽香を捕らえて離さない。 日傘が地面に突き刺さりつんのめる。それは、逃れようのない完全な隙だった。 振り下ろされる木刀。それを、愕然とした表情のまま視界に納めて――― ピタリと、男は木刀を直前で止めた。 「はい、終了。銀さんつかれましたよー」 あっけらかんと、銀時は口にして木刀を腰に戻した。幽香にその木刀が直撃することもなく、男はやる気なさ気に背中を向けた。 その眼は、先ほど幽香が見た鋭利な目などではなく、元の死んだ魚のような目に戻っていた。 「…どういうつもり? 弱っちい人間の癖に、私に情けをかけるっていうの。私はあんな攻撃でやられたりしないし、負けたりなんてしないわ。なんで―――」 憮然とした言葉。怒りと共に戸惑いのこもった声を銀時に投げかける。 幽香の言葉は事実だ。確かに、あれが直撃すればある程度は痛いだろうし、怪我もするかもしれない。だが、勝ち負けとは別の話だ。実際、あれを受けてもまだ彼女は戦えた。 それは、この男だってわかっているはずだ。なのになんで――― 「俺たちの依頼は、最悪の妖怪を退治するってもんだ。ここには、そんな最悪の妖怪なんて居なかったッてだけの話だよ」 「……どういう意味?」 納得がいかないと、幽香は言葉をつむぐ。銀時はそんな彼女に視線を向け、彼女の後ろにある向日葵畑に指をさした。 「俺の背後に向日葵があるとき、あんたあの遠距離攻撃してこなかっただろ? それも何度もだ。距離が開いてるっていうのに、何の迷いもなく接近戦を仕掛けてきやがる。 それで銀さんは直感したんですよ。あぁ、コイツはこの向日葵畑を傷つけたくないんだってな」 その言葉に、幽香は小さく息を呑む。 彼のいうとおり、幽香は銀時の背後に向日葵があるとき、遠距離攻撃を使わなかった。 それは、彼女がこれから咲くであろう向日葵を傷つけたくなかった。確かにその通りだ。 この男は、この短い時間に……そのことに気付いたっていうのか? 「表情見りゃすぐにわかる。大事なんだろ、この向日葵がよ。向日葵を傷つけないように気をつけて戦うような奴が、【最悪の妖怪】だとは思わねぇし、根っこから悪い奴だとは思わねぇよ。俺は」 その言葉に、また眼をぱちくりとさせるしかない幽香。 人間からそんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。少なくとも、里の人間達は、幽香のことをそう評価することはあるまい。 霊夢や、魔理沙ばかりだと思っていた。自分に、悪い妖怪以外の評価をつけたこの人間に、不覚にも、幽香は驚きを隠せないで居た。 クスクスと笑う。笑いが零れて、この男のバカさ加減に大笑いしたい気持ちを、必死に抑えて彼を見た。 「変な奴」 「そりゃないんじゃない? まぁ、いいけどよ。おーい、新八、神楽。帰んぞ~」 やる気のない足取りで、銀時は二人に歩み寄っていく。そんな彼の後姿を眺めながら、幽香はくすくすと笑って、三人と一匹の姿を見送った。 なんか妙な終わりになったもんだけれど、まぁいいかとも思う。たまにはこういうのも悪くないと思いながら、先ほどから覗いている誰かに視線を向けた。 「それで、いい加減出てきたらどうかしら?」 「ひっ!?」 情けない悲鳴。腰を抜かした男が、向日葵畑の陰に隠れていた。 その手元には、弓矢が握られている辺り、だまし討ちするつもりだったんだろうが、生憎それよりも先に決着がついてしまったということか。 その男は、銀時に依頼を持ちかけてきた男だった。 「決闘に横槍はよくないわね。覚悟は出来てるんでしょう?」 くすくすと笑いながら、男に近づいていく。這いずるように逃げ出す辺り、腰が抜けてしまったのか。 まぁ、どうでもいいやと思いながら、幽香はその男の背中を踏みつける。 ひぃっ、という情けない悲鳴。幽香は満面の笑みを浮かべながら、踏みつけている男を見下ろして――― 「今夜は、久しぶりに人間でも食べてみようかしら」 そんな、恐ろしい一言を紡いで、傘を遠慮なく、その男に突き立てた。 「……で?」 翌日、よろず屋で天子の不機嫌そうな声が上がる。彼女の視線の先には、どういうわけか、椅子に座ってお茶を嗜む風見幽香の姿があった。 「どういうこと、これ?」 ジト眼で銀時を睨みつけながら、天子は言葉にする。一方の銀時は、一体どこで仕入れてきたのかジャンプを片手に無視を決め込んでいる。 「新八~、やっぱ俺も【卍解】とか使えるべきかね?」 「そうね、使えたらいいわねぇ。そうしたら、ちゃんと私に身体能力で勝てるかもしれないわね」 「聞いてよ!! ていうかなんでそんなに馴染んでんのよ!? 意味わかんないんだけど!!」 銀時の言葉に、新八の代わりに幽香が答え、そのあまりの馴染みっぷりに切れる天子。 「天子ちゃん。実は昨日色々あってね、幽香さんは今日から家で手伝いすることになったんだ」 「はぁ!? コイツが!!? どんな気まぐれよ!!」 新八の言葉に、信じられないといわんばかりに天子が言葉にする。 まぁ、彼女を知っているものならそんな言葉をつむぐのも無理はないのかもしれない。 風見幽香という少女は、とにもかくにも弱い相手にはまったくといっていいほど興味がない。 そんな彼女が、このよろず屋の手伝いとか、一体何をたくらんでいるというのか。 「イイじゃない。暇だし、たまにはこういうのも悪くないわ」 「むぐっ!?」 まるっきり自分のときと同じ物言い。それをいわれると言葉に詰まる。 そんな彼女を尻目に、幽香は銀時に視線を向けた。 死んだような魚の目。その眼が、あの時一瞬―――鋭利で冷徹な修羅の目に変わった。 こうやって一緒に居れば、もしかしたらその目をもう一度見れるかもしれない。 要するに、興味本位。幽香自体、それ以上の理由は無いが、暇だというのも理由の一つ。 こうして、風見幽香という少女がよろず屋に入り浸ることとなり、よりカオスなよろず屋がここに誕生したのであった。 ■あとがき■ いろいろ思うところはありましたが、幽香の話。 なんか今回だけ話違うような…。 うん。よりカオスになったことだけは確かかと。 どうなんだろうなぁ、今回の話。説得力よわいというか、展開が急ぎ足というか…。 次回からまたギャグになると思います。 それでは。 誤字の修正をしました。 ご指摘、ありがとうございました。