※東方緋想天のネタバレあります。ご注意ください。 「実は、明日はどうしても外せない用事があってな。済まないが臨時の講師をやってもらいたいんだ」 前日新居が倒壊してから早数日。ようやくよろず屋として再開できる最低限まで復旧したその日、最初に依頼に訪れたのは上白沢慧音だった。慧音にお茶を出す新八に、その向かい側の椅子に座っている坂田銀時。神楽は定春に餌を与えており、今回から新規参加の天子は優雅に紅茶を楽しんでいたりする。 「講師……ねぇ。確か寺小屋開いてるんだっけか? 悪ぃが、俺たちドイツもコイツも学がねぇぞ? 講師が勤まるとは思えねぇんだが」 「その辺は問題ないよ。講師といっても、どちらかといえば子供達の面倒を見ていて欲しいのが理由としては大きい。集まっているのは小さな子達が多くてね、簡単な問題を出していてくれればそれでいいんだ」 銀時の言葉に、慧音はそういってからズズッとお茶を口に含む。そんな銀時の様子を伺いながら、横手から天子が一言。 「いいんじゃない? 慧音先生直々においでなんだから、引き受けてあげても」 「別に引き受けねぇとはいってねぇよ」 「……それでは」 「あぁ、その依頼。確かに引き受けさせてもらうさ」 銀時のその言葉に、慧音は満足そうにうなずくと、ゆっくりと席を立った。メッシュの入った銀髪を揺らしながら、慧音はゆっくりとした足取りで、ドアを開けた。 外は夕方。日はもうすぐ落ちるだろうし、そうなれば妖怪たちがこの里を襲うかもしれない。あまりここに長居をするわけにもいかない。 「すまない。よろしく頼む」 「へーへー。わーってるよ」 気のない返事。だというのにそれが彼らしいと思うのだから、おかしいものだ。その返事に不思議と納得しながら、慧音はよろず屋を後にした。 残された銀時はそんな彼女を見送りながら、がりがりと後頭部をかいていた。 ■東方よろず屋■ ■第二話「教師の説明は異様に長いから眠くなる」■ 「はーい、というわけで。今回慧音先生の代理の銀八先生でーす」 「助手の天八先生でーす。皆さんよろしく」 白衣姿で教室に入っていきなり偽名を語る二人。そんな二人にもけなげに「はーい」なんて返答する子供達。そんな二人を教室の後ろのほうで気が気でない表情で見守っている新八と、心底どうでもよさそうな神楽と定春の姿。 「ちょっと銀さん。タバコ吸うの止めましょうよ。ていうか何処で入手したんですかそのタバコ」 「新八ー、これはタバコじゃありません。ぺろぺろキャンディーです。ぺろぺろしてると煙が出る新種なんですよ、コレ」 「聞いたことねぇよそんなぺろぺろキャンディー!! 子供いるんだからとっとと吸うの止めろボケっ!!」 むちゃくちゃな屁理屈をこねる銀時に飛ぶ新八のツッコミ。そんな様子を眺めている天子はというと、なんか生き生きしてるわねぇ、ツッコミ入れるとき。とか何とか思っていたりする。 慧音が依頼をもちかけた次の日、銀時たちはちゃんと寺子屋に訪れ、講師としての役割もこなすつもりらしい。はっきり言って無謀以外の何者でもない。しかも講師役、見張り役とで分かれ、講師役が銀時と天子。監視役が新八と神楽、そして定春となったのである。ちなみに、じゃんけんで分かれた辺り、とっくにまともに授業する気が無いのは目に見えていたりする。 「はーい、皆ー。あそこの没個性の眼鏡のことは無視して、今日は楽しく授業しましょうねぇ」 『はーい』 「オィィィィィイイイイ!!! 誰が没個性だこのSM(サドマゾ)ハイブリットがぁぁぁぁあああああ!!」 何気に酷い発言をする天子。そしてそんな天子にツッコミをいる新八だったが、その一言が天子の機嫌を損ねたらしく、投げつけられた要石ドリルが新八の額を直撃する。先端が尖ってるもんだからがりがり新八の額を削り、やがて頭蓋骨の丸みによって軌道が逸れ、寺子屋の天井を直撃し、貫通して空高くへと消えていく。 当然ながら新八は血を噴出しながらグルグルと回転しながら床にぶっ倒れる。明らかに致命傷だったが、銀時も神楽も、それどころか子供達ですらガン無視。志村新八、いくらなんでも哀れすぎる。 「はい、注もーく。これから先生が簡単な問題を出すんで、それがわかったら挙手して答えるよーに」 パンパンと手を叩きながら子供達の視線をコチラに向ける銀時。そんな彼に「はーい」と従順に返事をする子供達。そんな子供達は銀時に任せ、パンパンと手を叩いて倒れている新八に言葉を投げかける天人くずれ、比那名居天子。 「はーい、没個性メガネ野郎。さっさと起きなさい。授業始まるわよー、仕事しなさいよ」 「っだぁぁぁああああ!! ムカツクゥゥゥ!! ムカつきエンペラーだよっ!! どこのサド王子だテメェはぁぁぁぁあああああああ!!」 天子の無茶苦茶な物言いにあっさり復活する新八。相変わらず血まみれだったが見事に立ち上がりツッコミを入れるその姿は、ある意味まばゆく輝いているかもしれない。ツッコミ芸人の鑑である。それにしても、以前神楽に言ったムカつきチャンピオン通り越してムカつきエンペラーと称している辺り、そうとうムカついたらしい。 そんな最近なじみになった新八と天子の口喧嘩(?)をよそに、銀時は黒板に手早く数式を書いていく。内容は1+1=というごく簡単な誰でも出来そうなものであった。 「はい、みんなこれがわかるかなー? わかったら先生に挙手で教えてください」 やる気ゼロの棒読みな台詞だったが、子供達は真面目に挙手。はい! はい! と元気に声を張り上げて当ててもらおうと躍起になっている。ちなみに挙手したのは全員。まぁある意味当たり前だろう。簡単も何も片手で計算が事足りる内容である。 一応真面目な授業内容に、ほっと胸をなでおろす新八。 「意外アル。銀ちゃんちゃんと授業してるアルネ」 「本当だね。これなら心配要らないかな?」 神楽の言葉に同意して、ひとまず安堵の息を漏らす新八。そして誰かが当てられたらしい。元気よく「はい」といって席から立ち上がる。 「2です!!」 「ぶっぶー、違います」 正解のはずの答えに「え?」と疑問視を浮かべる一同。そんな中、われ関せずといわんばかりにカッカッと黒板に文字を書いていく銀時。そこにはとある漢字がはっきりと書かれている。 「正解は田んぼの田です」 「オィィィイイイイ!! 何子供相手に引っ掛け問題出してんだこのボケェェェエエエエエ!! 子供かアンタはぁぁああああああ!!」 収まっていたツッコミ熱が再燃焼。やっぱり志村新八。どこまで行ってもツッコミという星の元に生まれて来たに違いない。そしてやはり坂田銀時。何をやっても駄目な男だということが証明されつつある。さすがマダオ。他のとマダオ率が一味違う。 「馬鹿だなーお前。銀さんは親切心からこういう意地悪な問題出してるんですよー新八君。アレだぞ? 今の世の中、子供のうちから大人の汚さを知っておいたほうが後々楽になるってもんなんですよー」 「子供だからそういう汚いことを知らずに生きて欲しいってもんでしょーが!! ていうかそんな子供はろくな子供に育たねぇよコンチクショー!!」 「新八、銀ちゃんの言う通りね。大人の汚さを知っておかないと子供は苦労するあるよ。大人の汚さを知って、味わって、かみ締めて、そうして子供は大人の階段を登っていくアルヨ」 「オィィィィィ!! 大人の汚さを知ってろくな子供に育ってねぇいい見本がここに居るじゃねぇかぁぁァアアアア!!! ていうか何!? 僕がおかしいの!? 僕がなんかおかしいの!!?」 いい具合に孤立無援、四面楚歌状態の志村新八。悲しきかな、子供達を除けば比較的常識人なのはこの場には新八しかいないのである。 そんな新八をよそに、また別の問題を黒板に書いていく銀時。 「はいはい。次の問題ですよーチミ達。お父さんカエルはケロケロケロ、お母さんカエルはケロケロ。 さて、子供はなんと鳴くでしょう?」 「さぁ、みんなで考えよー」 銀時が問題を出し、天子がパンパンと手を鳴らして子供達を煽る。しかし、なかなか思いつかないのか、必死に悩む子供達。そんな中、寺子屋の子供達とはまったく関係ない神楽が挙手。 そんな彼女を視界に納め、「はい、神楽」と真っ先に当てる銀八先生。 「おそらくジェロニモォォオオオオだと思うであります!! 軍曹!!」 「いねぇぇぇよそんな子供!! 世界広し探しても超人の名前を泣き声にする子供なんていねぇよボケェェェエエエエ!!」 「はい新八。いつものツッコミありがとう。そしてチワワ一等兵。今軍曹は銀八先生だから。そしてそれハズレだから。はい次ー」 神楽の的外れな回答に新八がいつものようにツッコミ、銀時が軽くスルーして子供達に促す。そんな中、一人の子供が挙手して立ち上がる。他に誰もわからないようすだったので、銀時は遠慮なくその手を上げた少年を当てた。 「はい、そこの少年。答えは?」 「えっと、おぎゃーおぎゃーとか?」 自信なさ気に答える少年。事実、他の子供達も自信が無いのか難しい顔をしているし、必死に色々考えているらしい。それどころか、銀時の隣にいる天子ですら難しい顔で考えてる始末。 しかし、銀時はその答えにも「ぶっぶー」と駄目押しをしていた。そんなわけで、全員の視線が銀時に集まる。答えを待っていることは銀時もわかったようで、相変わらずやる気なさそうな顔で答えをつむぐ。 「正解は、おたまじゃくしは鳴きません」 「また引っ掛け問題かァァァァァァアアア!! アンタいい加減にしろ!! 真面目に授業しろよコノヤロー!!」 というか、そもそも今の問題は引っ掛け問題以前になぞなぞの類ではなかろうか? なんて思った子供達も何人かいたものの、誰も何も言わなかった。そろそろこの銀髪がまともな教師じゃないことに気がついたらしい子供達。まぁ、ここまで引っ掛け問題しか出さない奴がまともな教師だなんてことは絶対にありえないというかむしろ居たら嫌なわけだが、それはさておき。 新八のツッコミに対し、「あー、はいはい」と適当な相槌を打つ銀時。 「わーったよ。ちゃんと授業やりゃいいんだろーが」 後頭部をカリカリと掻きながら、銀時は子供達を見回す。そんな銀時を子供達は黙って見つめ、ようやくまともな授業が始まるらしいと悟った子供達。子供達の視線を一身に受け、銀時はゴホンとわざとらしく咳をする。 「あー、それではこれから保健体育の授業を始めたいと思いまーす。さし当たってはどうやって子供が出来るのかを勉強―――」 「銀さぁぁぁぁあああああん!!? それアウト!! 色々アウトだから!!」 しっかりと飛ぶ新八のツッコミ。だがしかし、そんなことに気にも留めず、天子に視線を向ける銀時。 「そんなわけで、今から実践しようと思います。はい天八先せー、服脱いでこっちこ―――」 皆まで言うことなく、銀時の言葉はゴシャッというなんか砕けたような音で中断されることとなった。犯人はもちろん比那名居天子。要石を銀時の顔面に叩きつけ、ニコニコ笑顔ながらしっかりと青筋を立てている。 そして当然のように、要石が砕け散った後には顔面血だらけの銀時が居るわけで。 「銀八先生。セクハラ発言はどうかと思います。次やったら問答無用で殺しますよ?」 「ばっか冗談だよオメー。オメーみたいな貧相な胸の奴とか興味ないから銀さんは」 言わなくていいのにまた地雷を踏む銀時。当然のように繰り出されたハイキックが銀時のこめかみに命中し、「アベシッ!!」という奇妙な悲鳴と共にノックダウン。恐ろしく切れのあるハイキックを目にして、一同「おぉ!」だの「姉ちゃんスゲェ!!」だの歓声が上がる教室内。崩れ落ちた銀時の頭を踏みつけ、「ブフッ!!?」という悲鳴を聞かなかったことにして、にこやかに教室中を見回す天八先生。でも悲しきかな、目はコレッぽっちも笑っちゃあいねぇのである。 そしてやっぱりこの天人くずれ、足癖がわりぃのであった。 「はい。子供の作り方はさておきまして、一応幻想郷の歴史について勉強しましょう」 皆まで言わせねぇ。何か言おうものならブッチKILLという気配をありありと漂わせながら、声の質は穏やかに、しかしその笑顔は恐ろしく冷たい相貌で一同を見回している天子。そんな彼女に逆らえる人間がこの場にいるわけも無く、コクコクと首がもげそうな勢いでうなずく子供達。 そんなわけで、銀時たちよろず屋メンバーの仕事はつつがなく(?)進んでいったのである。 ■■■■■ 時刻は既に昼。用事を終えて、寺子屋に戻った慧音は、子供達とよろず屋のメンバーが居るであろう場所に足を速めた。予定よりも早く用事が終わったということもあり、これ以上あのメンバーに迷惑をかけるわけにもいかないと足を速める。教室にまでたどり着き、窓から様子を伺ってみると、そこには楽しそうに授業を受ける子供達の姿があった。 (……よかった。ちゃんとやってくれていたんだな、彼らは) そう思って、その光景をもう少し眺めていたくなった。そこには笑顔が溢れており、慧音が授業をするときにはそんな顔をしている生徒はほとんどいなかった。 自分でも、楽しい授業をやるということが苦手で、なにか面白い話もしてやれない。それは、慧音が持つ一つの負い目……というより、悩みといったほうが正しいのかもしれない。だから、その光景は、とてもまぶしいものに感じてしまう。 ……のだが、 「はい、そろそろお昼の時間なんでー、今日のおさらいをしようかと思います。はい、1+1=?」 『田んぼの田ー!!』 その一言でずっこけた。もうそりゃあ盛大に。近年のお笑い会でも見られないような見事なこけ方だった。審査員とかいたなら間違いなく皆、満点をつけたに違いない。そのおかげで床に後頭部を強打し、あまりの痛さにごろごろと転げまわる羽目になった。 そんな大きな音に視線を廊下のほうに向ける一同だったが、銀時だけは我関せずを貫き、「はい正解」と言葉にしていたりする。 痛みが治まってきたところで、ガタッと立ち上がる上白沢慧音。なんか凄い形相のまま歩き出し、教室のドアを開けて銀時に一直線。そのまま銀時の顔面にワンパンチ! 「グハっ!!?」という短い悲鳴と共に倒れそうになる銀時の胸倉を掴んで引き寄せて、慧音はドスの利いた声で銀時に言葉を投げかける。 「何をやっているんだお前は?」 もちろん、目が笑っていない。なまじ美人が凄むと怖いといういい見本である。しっかりと青筋を浮かべて、件の張本人を締め上げようと腕の力を強めていく。 ちなみに、この間に新八と神楽は教室内から子供達を外の広場に誘導する。「さ、皆外で遊ぼうねー」なんて呼びかけながら、いち早くこの危険空間から子供達を退避させる。ちなみに、天子もそれに混じって手早く退避。銀時を見捨ててあっさりと逃亡したのである。 「いやね、銀さんは今のうちに大人の汚さを教えようとですね……」 「子供のうちからそんなこと教えてどうするんだ!! アレか!? ワザとか貴様!!?」 ガックンガっクンと頭を揺らす。いい具合に脳みそがシェイクされていく坂田銀時だったが、それにも負けず一応言葉にする。 「いやね、銀さんもがんばったんですよ? 後は子供達の前で子作りの実践をするしか銀さん浮かばなくてですね……」 「ふんっ!!」 メゴシャッ!! という鈍い音が教室中に響く。慧音の放った頭突きはいい具合に銀時の眼に命中した。 「痛ッ!!? 痛いんですけど!? 目に頭突きはちょっとしゃれにならないんですけどコレ!? 破裂してない!? 銀さんのお目々が破裂してなーい!!?」 「うるさい!! そこに直れ!! 貴様に一般常識というものを叩き込んでやる!!」 そんなわけで慧音先生のお説教タイムに突入していく教室内。そこにはとっくに二人しか残っておらず、新八も神楽も自業自得って言うことで早々に避難した。 外に集まって早くも遊びに興じる子供達。教室のほうから時折聞こえてくる銀時の悲鳴は全員が黙殺した。誰も地雷は踏みたくないものである。というか、災難に自分から首を突っ込むのは愚者のすることだということを学んだだけでも、銀時の授業には価値があったのかもしれない。 「…すまん、やりすぎた」 色々と説教が終わって外の広場に顔を出した慧音が、一緒に出てきた銀時に向かってそんな一言をつむいでいた。 何しろ、今の銀時の状態がかなり愉快なことになっている。頭突きを連続で受けたことによって頭がカチ割れてぴゅーぴゅーと血を噴出して顔面血まみれだし、ところどころぼろぼろになったその様は、なんというか死亡一歩手前なようにしか見えなかったのである。 さすがにばつが悪かったのか、素直に頭を下げる慧音先生。そしてそんな彼女の様子にも動じないで、銀時はすぐそばにあった、木で作られたベンチのように横に長く作られた形をした椅子に腰掛けた。 「別にいいって。もう気にしちゃいねーよ。あんたが怒るのも、まぁ当然だったかも知れねぇしな」 取り出したハンカチで頭を拭く銀時。そしてあっという間に赤に染まっていくハンカチ。あー、こりゃ洗濯しても落ちねぇなぁなんてぼんやりと思いながら、銀時は目の前の光景に視線を向けている。慧音もその視線を追って、眼前の光景に視線を向けた。 元気にはしゃぎまわる子供達。その相手をしているのは、神楽や新八、そして天子と定春達。 「姉ちゃん姉ちゃん。そのおッきな犬にかまれてるけど痛くないの?」 「痛くないわ。むしろなんかこう……ゾクゾクって来るものがあって気持ちよかったりするわよ? 試してみる?」 「やめんかぁぁあああああ!! それアンタだけだから!! あんたしか来ないからそのゾクゾクとした快感なんざァァアアアアアアア!!」 後頭部をガップリと定春にかまれている天子。その様子を心配げにしている子供達の言葉に、天子は血まみれになりながらにこやかに言葉にして、それを新八がツッコミを入れる。神楽は子供達と一緒に縄跳び辺りに興じており、それなりに馴染んでいる様子だった。 子供達は皆笑顔で、楽しそうにはしゃぎまわっている。そんな様子を眺めながら、慧音がポツリと言葉にする。 「……私は、教師には向いていないのかもしれないな」 それは、誰に向けられた言葉だったのか、それとも自分自身に向けた言葉だったのか。少なくとも、銀時はそれに答えず、聞いているのか聞いていないのか、ただ眼前の光景に視線を向けているだけだ。 思い出すのは、先ほどの授業風景。授業内容こそアレだったものの、そこには確かに笑顔があって、皆楽しそうに授業を受けていた。楽しくない授業なんて、それこそ苦痛にしかならない。それがわかってはいるものの、自分ではその楽しい話というものがどうも苦手だった。 性根が真面目なこともあって、面白おかしい話というものが苦手で。淡々と真面目な授業を繰り返すことしか出来ない自分が、どうにも恨めしかった。 自分には出来ない、授業中に笑顔を浮かべさせるという光景。その内容がアレだったとしても、やっぱり、その光景はうらやましかった。 「面白いことなんて何一ついえない。真面目な授業ばかりで、先生の授業はつまらないって何度も言われたこともある。楽しい話の一つでも出来ればいいんだが……難しいものだよ、教師というものは」 静かに続く独白。それは、ただ自分の不甲斐なさを悔いるように紡がれて、空気に乗せて、やがて消える。自分の欠点。自分が直すべき場所。それがわかっていながら、うまくいかないもどかしさ。 「いいんじゃねぇの。アンタはそれでよ」 そのもどかしさを、まるで消し去るかのように銀時は言葉をつむぐ。驚いて慧音が彼を見れば、相変わらず死んだ魚のような目をした男は、ただ眼前の子供達を眺めているだけで、慧音には視線を移さない。 「教師なんて真面目なくらいで丁度いいんだよ。俺みたいに不真面目な奴がやったって、何にも身になりゃしねぇ。アンタは、子供たちのことを考えて教師やってんだろ? なら、それでいいじゃねぇか。アンタの性格なら親身になって子供達を教えてるだろうし、それに自ずと子供達も応えてくれるってもんだ」 いつものふざけたような言葉ではなく、ただただ染み渡るような言葉。それを耳に受け入れながら、しかし、慧音は少し俯いて、視線を銀時から逸らした。 「しかし、私は―――」 「半分妖怪だから……ってか? どうでもいいんじゃねぇの、そんなの。少なくとも、この寺子屋にそんなこと気にしてる奴なんざ居ねぇだろうし、里の連中だってアンタのことには感謝してるからな。それは、アンタが勝ち取った信頼ってもんだろ? 半分妖怪だろうが関係ねぇ。上白沢慧音は、間違いなく教育者として大切なものは持ってるんだ。それは素直に、誇れるべきところだと思いますけどね、銀さんは」 なんでもないように返される言葉。その言葉に、どうしてか何か救われたような気がしてくる。 いつも里の人々に感じていた不安。自分が半分妖怪……ワーハクタクであるという負い目。それすらも、この男はそんな適当な言葉使いであるというのに、不思議と安らぎを与えてくれた。 銀時が素直に思い、直に感じた上白沢慧音という少女に対する印象、紛れも無い本心。それが、慧音の心に深く浸透して、ゆっくりと波紋を広げていく。 そんな時、広場のほうから何人かの子供達が慧音に駆け寄ってくる。その子供達は慧音の手を掴んで楽しそうな笑顔を浮かべていた。 「慧音先生。慧音先生も遊ぼうよ」 「し、しかし、私は―――」 「いいっていいって。行ってきなさいよ慧音先せー。銀さんはここで眺めてるから、遠慮なく慧音先生を拉致って行きなさいチミ達」 子供達の言葉に、慧音は戸惑うものの、それを銀時が後押しする形で強制的に行かせる。子供達に連れられていく間際、慧音は笑顔を浮かべて小さく言葉を銀時につむいでいた。 あとは、彼女は遠慮なく子供達の輪に入っていく。新八が定春に頭から食われ、その光景を大笑いする慧音以外の一同。慌てて助けに入ろうとする慧音に、そんな光景を大笑いしながら楽しんでいる天子と神楽。 騒がしくて、あわただしい光景。それに様子を見に来た阿求も加わったもんだから、余計と場は混沌とした現状を作り上げていく。 そんな様子を、遠巻きに眺めている糖尿病一歩手前のマダオ。 「ありがとう…ねぇ」 ポツリと呟いて、空を見上げる。それは、慧音が子供達に連れて行かれる間際に、銀時に紡いだ言葉。別に思ったことを口にしただけで、それが効果があったのかは微妙だとおもっていただけに、その言葉は不意打ちだったらしい。ボーっと空を見上げれば、この上なく快晴の青空が広がっている。 いつから教師に助言できるほど偉くなっちまったのかねぇなんて間の抜けたことを思いながら、銀時は空を見上げて、ポツリと一言。 「あー、ジャンプ読みてぇ」 いつものマダオに逆戻り。銀八先生の役割もこれで終わりだと理解しながら、空をぼんやりと眺めて、最近まったく読めなくなった趣味の一つに思いをはせる。 こうして、よろず屋の初仕事はさまざまな騒動がありはしたものの、無事に終了したのであった。 ■あとがき■ 今回はちょっといい話を目指してがんばってみた。でもやっぱり納得のいかない出来に。いい話に出来ているのかどうかも自信がないという罠。 学校の教師を請け負う話でしたが、いかがだったでしょうか? 東方らしさも残せたらいいんですけど、今のところ銀魂色のほうが強いかな? 東方のキャラは色々出せたらいいなぁとは、個人的に思っています。 今回はこの辺で。意見、感想、指摘等ありましたら、遠慮なくいってください。 それでは。