※東方緋想天のネタバレがあります。ご注意ください。 今回オリキャラに準ずるキャラクターが登場するのでお気をつけください。 よろず屋がなくなる。 この幻想郷から、彼らがいた場所にぽっかりと穴が開く。 ただそれだけ。ただそれだけの事実に、こんなにも心が恐れ、震え上がる。 いつの日からか、大切な場所になった場所。 ただの暇つぶしの場のはずが、こんなにも楽しくて居心地のいい場所になった。 その場所が、なくなる。消えて、なくなるのだ。 その事実が、その真実が、私の心をこんなにも揺さぶって、不安が波のように全身に広がる。 嫌だと、声を大にして叫びたかった。 だけどその時の私は、ただその言葉の意味を拒絶しようとするばかりで、そんな簡単な言葉すら紡げなかった。 なんてことはない。幻想郷が元の形を取り戻すだけだというのに、こんなにも……心が張り裂けて壊れそうになる。 だから、私はそのことを実行することに、何の戸惑いもなかった。 ■東方よろず屋■ ■第十九話「有頂天変~WONDERFUL HEAVEN」■ 銀時たちのもといた世界が見つかった。 八雲紫からもたらされた一報は、さまざまな反応をもたらした。 来るべきときが来たか。と、妙に納得するもの。 その言葉の意味をよく理解できずに、身内に説明を求めたもの。 笑顔を浮かべながらも、少し残念そうにしたもの。 多種多様、さまざまな反応があったものの、みな一様に、多少の皮肉を込めながらも「おめでとう」と口にした。 よろず屋のメンバーは喜んでいいのか、悲しんでいいのか微妙な反応をしていたが、某吸血鬼の提案で博麗神社で最後の大宴会を開こうという提案が出た。 盛大なお別れ会。博麗神社の巫女に了承を取っていない提案だったが、いつも了承なんてとらないのでまぁ大丈夫だろう。 その大宴会を明日の夜、雨だった場合は延期と約束して、彼女達は思い思いの場所に帰っていった。 その約束をした日から【一週間】、銀時たちはまだ人里の仮の住居に住んでいた。 「やまへんなぁ、雨」 「まったくアル。これじゃ、いつまでたっても帰れないアルよ」 窓の外を見ながら呟いたアオの言葉に、神楽が何気無しに呟いて、アオは少し悲しそうな顔をする。 なんだかんだで、彼女にとってはよろず屋のメンバーは家族のように思っていたのだ。 短い間ではあったが、その感情は芽生えてしまったのだから仕方がない。 彼らは、そのうちに帰ってしまう。自分に、このよろず屋をしていた住居と、思い出だけを残して。 その事実が、やっぱり悲しくて、それがついつい表情に出てしまう。 「ごめんね、アオちゃん。飛べるように手伝うっていったのに」 「あはは、仕方あらへんよ。ウチのわがままで皆を引き止めるわけにはいかへんもん」 新八の申し訳なさそうな声に、アオは慌てて笑顔を浮かべてそう返答する。 荷物は既に纏めてある。そのせいか家の中は閑散としていて、アオの私物だけが置いてあるだけ。 それは誰の目から見ても、なんともさびしい光景だった。 「にしても、妙な空だぜ。緋色の雲なんざ、俺ぁ初めてみた」 「僕もですよ」 「私もアル」 「ウチも」 「わんっ」 銀時の言葉に、全員が同意して、改めて窓から空を見上げる。 そこに広がるのは、灰色ではなく緋色の雲。その雲から、ザーザーと水滴が零れ落ちてきて、雨という現象を作り出している。 確かに、妙な雲だとはみなが思ったが、そのことを深く考えることはなかった。 天子は、あの日から姿を見せていない。あの図太い性格をした彼女が、今の今まで姿を見せないことに疑問に思うが、なにか心境に変化でもあったのだろう。 幽香はこの長雨で太陽の畑が心配になったらしく、ここ最近はよろず屋に姿を見せていない。 レミリアたちはもってのほかだ。彼女等はそもそも雨のときは外に出ない。というか出れない。 だからこそ、銀時を見送るという口実の大宴会は雨の日は延期なのだし。 そんなときに、こんこんと控えめなノックの音がした。 一体誰なのかと疑問に思いながら、新八が玄関を開けると、そこにはセミロングの青い髪をして、緋色の羽衣を纏った女性がたたずんでいた。 竜宮の使い、永江衣玖。雨に濡れた様子もない彼女は、ゆっくりとよろず屋の中に入り込んだ。 「衣玖さん。どうしたんですか、今日は一体?」 「えぇ、実は皆さんにお願いがありまして」 「……お願い?」 「はい。場合によっては依頼ととってかまいません」 丁寧な物腰で、衣玖は静かに言葉にする。 その言葉を不思議に思いながら、よろず屋のメンバーは首をかしげながらも、とりあえず座るように衣玖に促す。 彼女は「ありがとうございます」と一礼してから、ソファーに座る。 ザーザーッと、雨はいまだ降り止む気配を見せず、容赦なく大地を打ち付けている。 「んで、依頼って? 一応、今は休業中なんですけど?」 「存じています。ですが、ことは急を要しますし、あなた方もあながち無関係というわけではありません」 その言葉に、合点がいかず首を傾げる銀時。ほかのメンバーもみな同じような反応だ。 その中で、新八は銀時と同じように首をかしげながらも、体が冷えているだろうと温かいお茶を衣玖に差し出す。 新八に一礼し、そしてまた彼女はその瞳を銀時に向ける。 「この梅雨の時期と同時に始まった長雨、これは人為的なものであり、俗に言う【異変】というものです」 「異変……ですか」 コクリと、新八の問い返しに丁寧に頷き、更に言葉をのせる。 「この異変はあなた方を狙ってのものです。あなた方を元の世界に帰すまいと、【あの御方】が起こしたわがままの結果といえましょう」 その言葉に、銀時たちはお互いに顔を見合わせた。 元の世界に帰さないように。それはつまり、銀時たちと面識があるということ。 そして、彼女が【あの御方】と表現する人物。 そんな人物は、彼らが知る限りではただ一人しか該当しない。 「そんで、俺にどうしろっていうんだ?」 大して興味もなさそうに、銀時は言葉にする。 衣玖の言葉を信じるのであれば、犯人は間違いなく彼らがよく知る【彼女】に間違いないだろう。 そのことに気がついているのか、それとも気付かないフリをしているだけなのか、銀時はここにいたってもいつもどおりの態度だった。 「それは、あなた方のお心次第。そのままでいるのもいいでしょうし、この件を解決なさる気があるのでしたら、私はあなた方を責任を持ってご案内いたしましょう」 「銀さん……」 衣玖の言葉は、あくまで選択を促すような問いかけ。その言葉で、新八は思わず銀時に視線を向けた。 坂田銀時という男は、良くも悪くも何を考えているのかわかりづらい男だ。 こういうとき、今このときに、銀時が一体何を考えているのか、悔しいことに、付き合いが長いと思っている新八でさえわかりかねる。 それは、神楽も同じだ。だからか、彼女にしては珍しく、何もしゃべらない。 そんなわずかな間に訪れた沈黙に、終止符を打ったのは、やはり銀時だった。 「ったくよぉ、そういうのは選択肢がねぇって言うんだぜ? この異変の目的が雨を降らせて宴会をさせねぇことにあるんだッてぇなら、これを解決しない限りは俺たちは帰れねぇ」 俺はあの吸血鬼の嬢ちゃんに怒られるのはゴメンだからな。と、そんな言葉を付け足す。 まぁ実際、雨が降ったところで帰れることは帰れる。 ただ、かねてから予定していた大宴会が出来なくなるというだけの話であって、それさえ無視してしまえば帰ること自体に問題はない。 だが、やはり心情の問題だろう。どうせなら最後にぱーっと景気よく別れたいというのもあるし、何よりあの吸血鬼は雨の日は外に出られない。 彼女達には世話になったこともあるし、それなりに親しい……とは思う。 だからこそ、彼女達には別れに付き合って欲しいというのが本音であった。 それに何より、宴会が出来ずに勝手に銀時たちが帰ったと知ったら、あのわがまま吸血鬼は間違いなく怒るだろう。 室内で……という案もあるにはあるが、やはりここの幻想郷のメンバーは、宴会は外の月の下で……というほうが好きらしい。 だから、この話には銀時たちには最初ッから選択肢なんてなかったのだ。 この異変を解決しなければ、いつまでたっても彼らは元の世界に帰れない。それに――― 「それにだ。アイツは俺に用があるみたいだしな、いくっきゃねーだろーが」 そう言って、坂田銀時は立ち上がった。 重い腰をあげ、愛用の木刀を腰に挿し、やる気なさそうにカリカリと後頭部をかく。 その様子に、……いや、その言葉に、衣玖は満足そうに笑みを浮かべた。 「僕も行きますよ、銀さん。僕等、よろず屋の一員なんですからね。それに、彼女だってよろず屋のメンバーなんですから、説得しないといけないですし」 「まったくアル。駄目だとかいっても絶対についていくヨ。こんなことしてただで済むと思ってるんならボッコボコにしてやるアル! 同じよろず屋銀ちゃんの一員として!」 その様子を見て、衣玖は微笑ましい気持ちを覚えながら、静かにまぶたを閉じた。 あぁ、あの御方は本当にいい人たちとめぐり合えたのだと、今更のように気付いた。 自分達が帰ることを妨害しているというのに、本来ならば口汚く罵ってもいいはずなのに、それでも、彼らは口々にいう。 同じよろず屋のメンバーだ。つまりは、彼女は仲間なのだと、そんな風に口にする。 そこに、負の感情は見当たらない。ただ純粋に、悪いことをした子供を叱りにいくかのようなそんな雰囲気に、衣玖はたまらず苦笑する。 なんとなく、本当になんとなく……衣玖は、あのわがままな少女がこの異変を起こした理由を、少しだけ理解できたような気がした。 そうして、彼女はすっと瞼を上げた。 空は極光が輝き晴れ渡り、大地には美しい花々が咲き誇った場所―――天界。 自身が長年住み、【退屈な場所】と称した場所に、彼女……比那名居天子はたたずんでいた。 小さく息を吐き、ふるふると頭を振る。 「少し……寝てたかな。疲れてるのかしら」 わかりきっているくせに、確認するようにそんな言葉を紡いだ自分自身に腹が立つ。 小さくため息をつき、彼女は大きめな要石を作り出して、そこに腰を下ろした。 疲れているのか? 当然といえば当然の自身の問いに、しかし天子はそれを否定する。 もしそれを肯定してしまえば、今の今までの行為が全て無駄になってしまう。それだけは避けなければならない。 結論から言えば、間違いなく天子は疲れていた。 彼女がこの【振り続ける雨の異変】を起こし始めてから、わずか二日で異変を解決するために巫女が……博麗霊夢が来た。 何しろ、天候を操作した上に、緋色の雲も出ていたのだ。以前、天子が異変を起こしたことを知っているメンバーならすぐに犯人に行きついただろう。 それから立て続けに霧雨魔理沙、十六夜咲夜、魂魄妖夢、東風谷早苗、鈴仙・優曇華院・イナバ、アリス・マーガトロイド。そうそうたるメンバーが異変解決のために天子の下に訪れた。 その全てと戦い、勝利を収めて、彼女は今ここにいる。 本当は、時間が欲しかっただけなのかもしれない。 考えて、考えて、考えるだけ考えて、彼女はようやく一つ行動を起こした。 「衣玖は……うまくやってくれてるかしら」 ポツリと呟き、天子は苦笑する。 まぁ、あの口のうまい竜宮の使いのことだから、あまり心配はしていない。 だから、彼女は座して待てばいい。彼らが、この天界に来るまで、堂々としていればいい。 自分はわがままだ。それは認めよう。これ以上にないくらい、わがままな女だという自覚もある。 なら、今回はそのわがままを突き通す。それでこそ、彼女は彼女でいられるのだから。 静かに体を休めることに勤める。今はただそうすることしか自分は出来ない。 それに、こうやって静かに考え込むのも、別段悪くないような気がするのだ。 だというのに、何もない空間に亀裂が生じた瞬間に、あらゆる思考が漂白されていくのを感じた。 亀裂はやがてスキマに変わり、そこから物理法則をまったく無視して一人の女性が姿を現す。 「あぁ……、最悪」 小さく呟き、天子は目の前の女性を睨みつけながら立ち上がる。 手には既に緋想の剣が握られ、いつでも斬りかかれるようにギュッと剣を握る力を強める。 八雲紫。あらゆる法則を曖昧にし、破壊してしまえる文句なしの【最強】。それが今、天子の目の前に佇んでいた。 「こんにちわ、比那名居天子。ご機嫌はいかがかしら?」 「何度もいうけど最悪ね。出来れば今すぐ立ち去ってほしいのですけど?」 なんてことはない、言葉でのけん制。幻想郷では見慣れ、聞きなれる言葉遊び。 軽口をたたいてはいるが、天子は相対する相手のせいで、余裕なんてものはなくなってしまっている。 からからと喉が渇く。相対するだけで、チリチリと肌を焼くような威圧感。普段彼女からは感じないそんな圧を、以前にも天子は経験したことがある。 だからこそ、彼女は理解した。 勝てない。それは、どんなに考えても考えても、それ以外の結論が出ないほどの決まりきってしまった未来。 「それは無理ですわね。私はあなたに用があってまいりましたのに」 「私にはないわ」 「私にはあるの」 飄々とした言葉。妖しい笑みを浮かべたまま、八雲紫は一歩、天子に歩み寄る。 勝てない。あぁ、そうだ。絶望的なまでに、目の前の妖怪には敵わない。本気の八雲紫に敵う者がいるとすれば、それは……幻想郷の最高神、【龍】ぐらいのものではないのか? それでも……、天子は負けられない。負けられない理由があった。 それはとても傲慢で、自分勝手なひどいわがまま。 だけど、その思いはある意味では何よりも子供らしく、そして純粋なものだった。 ここで負ければ、ここで終わってしまったら、全ては泡沫に消えてしまうだろう。 それは……、それだけは絶対に、嫌だった。 「落ち着きなさい。別に私はあなたをコテンパンにするために来たわけではありませんわ」 そう思っていただけに、その紫の言葉は天子には予想だにしない言葉で、思わず目を丸くする。 その様子がおかしかったのか、紫はクスクスと苦笑した。 「……どういうつもり?」 「どういうつもりもないわ。今回、あなたの邪魔をするつもりはないと、そういうことよ。観客が舞台に上がって上演を邪魔するのは無粋でしょう?」 「もう上がってるじゃない」 「舞台はまだ始まってませんもの。その前に質問がしたかっただけ」 その真意がわからず、天子は相変わらず怪訝な表情を浮かべるだけ。 そんな天子の表情にもかまわず、八雲紫はいつもの仕草、いつもの妖しい笑み、いつもの立ち振る舞いで、静かに問いかける。 「そんなに、あのよろず屋が大事?」 そんな、心の奥底を見抜いたような、その問いに。 「……、えぇ。私は、あの場所が大事で、大好きで、無くしたくない」 天子は、その言葉の意味を理解したあと、迷いなくその思いを口にした。 端的にいってしまえば、彼女が異変を起こした動機の根源はまさにこれだった。 雨が降れば宴会は起こらないし、そうなれば不確かではあるものの、その間は銀時たちはこの幻想郷にいてくれるだろう。 本当は、その間に心の整理をつけるつもりだった。 そうやって、笑顔で、いつものようにあいつ等を送り出してやるのだと、そう納得しようとした。 でも、……出来なかったのだ。 納得しようとして、心がそれを否定して。結局、彼女は納得できずに、こうやってその結論に達してしまった。 もっと、よろず屋にいたい。あそこで笑って、喜んで、怒って、悲しんで、そしてやっぱり笑って。 そんな、充実した毎日を過ごしたいと、彼女は思ってしまった。 「それでも、彼らには帰る場所がある」 「わかってる。そんなことわかってるわ。だから―――けじめをつけるの」 小さく、彼女は瞳を閉じた。そうすれば、まるで昨日のようのことに、彼らとの日々が思い出せた。 地震を起こして彼らの家を潰したことや、本の分別の仕事や、掃除に、ほかにもたくさん彼らと過ごしてきた。 だから、けじめをつける。理由がどんなにわがままであると罵られても、それでも彼女はそれを決めた。 銀時と戦って、無理やりにでも幻想郷に引き止める。 だけど、もし銀時に負けたその時は―――。 結局は、やっぱり我侭。自分自身の、盛大で傲慢な、子供の駄々のような彼らに迷惑をかける理由。 それでも、 「わかりました。この件に関しては、もうしばらく傍観することにいたしましょう」 八雲紫は、そのことを咎めなかった。 その言葉を一瞬信じられず、天子は驚いた表情で紫を見つめるが、彼女は満足したようにスキマに戻ろうとしている。 「なん……で?」 「何故? あなたをコテンパンにするのは、今回は私の仕事じゃない。彼の役目でしょう? 確かに、以前異変を起こしたときと【全く同じ】であったなら、あなたを今度こそ亡き者にしようかと考えもしましたけれど……ね」 なかなかに物騒な言葉を紡ぎながらも、紫は振り向きざまにクスリと微笑んで、それっきり何も言わずにスキマの中に戻っていった。 あとには、天子だけがこの場に残される。 確かに、天子の今回の異変は以前と同じように彼女のわがままが起因する。 だがしかし、結局幻想郷に異変は大体が何かしらの【わがまま】だったりするのである。 以前、紫が以前天子に対して怒ったのは、彼女がそれらのわがままに、更に輪をかけてたちが悪かったからだとも言える。 何しろ、彼女が以前異変を起こした理由は「暇だった」というとんでもない理由であったし、その上、異変のあとに博麗神社を乗っ取ろうとさえした。 結果、天子は怒った紫にギッタンギッタンにされる羽目になったのである。 それに比べれば、今回彼女が起こした異変は。……いや、異変を起こした理由は、人に迷惑をかけるとはいえとても子供らしく、誰もが持つ想いでもあった。 大切な場所を無くしたくない。それは、人間であれ、妖怪であれ、誰もが持つ確かな理由なのだから。 無論、褒められたものではないかもしれない。褒められたものではないが、それを怒るのは紫の役目ではない。ただ、それだけのこと。 「……ありがとう」 小さく、本当に小さく、天子は呟く。 それが、あのスキマ妖怪に聞こえていたかどうかはわからない。 むしろ聞こえないように呟いたのだから、これでいいのだが。 万が一にもあのいけ好かないスキマ妖怪に聞かれていたらどうしようとも思うが、いってしまったものは仕方がない。 「総領娘様」 その声を聞いて、彼女はゆっくりと視線をその声の場所に向けた。 その場所には、お使いを果たした永江衣玖が、空気のボールに包まれた三人と一匹を傍らに、ゆっくりと着地する。 十分な高度まで下がってきたことを確認すると、衣玖は空気のボールをといて、三人と一匹を天界の大地に丁寧に下ろした。 「うわぁ……凄く綺麗な場所じゃないですか。オーロラだって見えてますし」 「うっぷ、俺、酔っちまったみたい。乗り物酔いですかこれ? ものすごく気持ち悪いんですけども?」 「……銀ちゃん。なんかいろいろ台無しネ、その台詞」 一週間ぶりのよろず屋のメンバーたち。いつもと変わらない相変わらずの面々に、疲れも忘れて天子は苦笑した。 本当に、彼らは変わらない。そんな馬鹿らしいやり取りも、いつものように目の前で交わされている。 舞台は整ったのだと、天子は自覚した。 「それでは、私は席をはずします」 空気を読んだのか、静かにそれだけを言葉にして、衣玖はその場から立ち去っていく。 あとに残ったのは、天子と、そして銀時たちよろず屋のメンバーたち。 「お久しぶりですね、銀さん、新八、神楽、それに定春。お元気でしたか?」 「久しぶりじゃねぇんだよコノヤロー。人様に迷惑をかけるなって親に教わんなかったのか?」 「教わらなかったわね」 いけしゃあしゃあと言葉にして、天子はくすくすと笑った。 ここ最近は考えるばかりで、ろくに笑みなど浮かべてはいなかったが、それでも彼らと会話すると自然と笑みが零れた。 そのことを嬉しいと思うと同時に、一抹の悲しさも同時に覚えて、それを心の奥底にしまいこむ。 「天子ちゃん、僕たちは……。その」 「何も言わなくていいのよ、新八。これからあなたたちがやることはひどく単純で、簡単なことなんだから」 静かに目を閉じて、そして、覚悟を決めて、再び瞼を開ける。 「私が勝ったら、あなた達には幻想郷に残ってもらう。私が負けたら、この雨の異変は終わって、宴会の後にあなたたちは元の世界に帰れる。 幻想郷のルールの一つに、勝者は決闘前に決めた報酬以外は受け取らない。相手が提示した報酬が気に食わなければ断ることが出来るというのがあるけど、どうする? もちろん、私はこれ以外には提示しないけど」 「あのなぁ、そういうのは選択肢がねぇっていうんだよ。ワリにあわねぇから天界の桃もつけとけや」 「いいわよ。そのくらいなら」 軽口のたたきあい。その中には、決闘の約束も含まれていた。 選択肢のない、むちゃくちゃな条件。けど、結局彼らにはその条件を飲むしかない。 そういう条件を突きつけるために、彼女はこの異変を起こし続けたのだから。 自分でも卑怯だと思う。それでも、今はその汚名も甘んじて受けよう。 いってしまったからには戻れない。彼女の手には既に緋想の剣が握られている。 「それにな、帰る帰らない以前によぉ、俺はここに【超絶わがまま娘】をオシオキしに来たんだぜ?」 超絶わがまま娘。そんな言葉を聞いて、天子はクックッと苦笑した。 なるほど、確かに。そんな奴は私以外にはいないだろう。と、なんだかおかしくて仕方がない。 腰にさした木刀が、ゆっくりと引き抜かれる。それを確認した天子は、本当に―――満足そうに笑みを浮かべた。 「それが私じゃないとは言わせない!!」 「あったりまえだろーがっ!!」 甲高い音が天界に響き渡る。 駆け出した二人は木刀と緋想の剣を交差させ、これで最後になるかもしれない決闘が幕を開けた。 ■あとがき■ 終わりが近づいてまいりました東方よろず屋。 今回始終シリアスばかりでした。やばいよ、やばいよ。ギャグ入れるスペースがないよ先生!! まぁ、それはともかく、銀魂からみでシリアス一辺倒ってイイのだろうか? と思わなくもないですが、どうだったでしょうか? 一応、あとは最終話とエピローグを残すのみとなりましたが、もう少しだけ皆さんお付き合いください。 最近になって、ようやく友人の家で天子の曲を聴きました。 有頂天変と幼心地の有頂天。この二曲をはじめて聞いたというのも、実は自分のPCは音源がぶっ壊れているのか音がまったくでないせいなんですが、まぁそれはともかく。 もうなんていうか、この二曲を聞いて……なんだか知らないですけど涙が出てきてしまいました。 なんでかはわからないんですけど、ただものすごく心に残るというか……うまく言えないですけど。凄くよかったです。 そんなわけで次回、最終話「幼心地の有頂天」をお楽しみに。 それでは、今回はこの辺で。