※東方緋想天のネタバレがあります。ご注意ください。 今回オリキャラに準ずるキャラクターが登場するのでお気をつけください。 ザァーッという、無数の水滴が叩きつけられることによって巻き起こるオーケストラ。それに気がついたのは他でもない、目の前の光景に呆れて物も言えなくなっていた私自身。 私、比那名居天子はその音に気がついてふと窓の外に目を向ければ、ざぁーざぁーと激しい雨が降り注いでいる。 「雨……か」 ポツリと呟いた私の言葉に、このよろず屋にいたメンバー全員が窓の外に視線を向ける。 みんなの反応はさまざまだったと思う。 紅い悪魔はその光景を見て苦々しそうな表情をして。 メイドは困ったような表情を浮かべ。 悪魔の妹もあまり嬉しくはなさそうな表情。 花の妖怪は興味なさ気に視線を移しただけで。 不幸体質は「ありゃー」なんてぽけっとした言葉を漏らし。 眼鏡は「ふってきましたねー」なんて世間話でもするような。 チャイナは相変わらず酢昆布かじりながら窓の外を。 そして糖尿病一歩手前はどうでもよさそうに一瞥しただけ。 そんないつもどおりとは少し違う、でもやっぱりいつもどおりのよろず屋の光景。 暦は7月に入ろうかという頃合。もうすぐ、幻想郷にも梅雨が来るのだ。 ■東方よろず屋■ ■第十八話「梅雨の雨ほど気が滅入ることもない!!」■ 「まったく、こんなタイミングで雨が降らなくってもねぇ」 一人小さくため息をつきながら言葉にしたのは、やっぱりというかなんというかレミリアだった。 彼女はソファーに腰掛け、背中を思いっきり預けて窓の外に視線を向けている。 「いいじゃない。ここに泊まらせてもらえるんだから」 「こんなボロッっちい家に泊まってもねぇ」 にべもなく口にする。まぁ、確かにぼろっちぃというのには全面的に賛成させていただくけど、いきなりそれはどうなんだろうか? ま、いいか。家主本人が聞いていても何も言わない辺り、別に言ってもかまわないんだろう。 「こんばんわー……というか、相変わらずここは人外魔郷ですね。前に来たときよりも状況悪化してません? ここにいるメンバーだけで世界取れますよ」 「そうなのかあっきゅん? ウチってそんなにやばいのか!?」 「ヤバイですね。悪の秘密組織とかいわれても文句言えませんよ、このメンバー」 家に入ってくるなりこんな暴言をぶっぱく人物だっているのだ。このぐらい暴言にも入んないと思う。 そんなわけで、この家のお隣さんの稗田阿求が、どういったわけか袋持参でこの夜遅くによろず屋に現れたのだ。 ところで、紫おかっぱ。その人外魔郷には私も入ってるんじゃないだろうな? ……入ってるんだろうなぁ、畜生め。 「集まってきたわねぇ。いっそのことこのメンバーで宴会でもしたらいいんじゃない?」 これは名案ねぇ。などとのたまいながら、幽香は既にお酒を取り出していたりする。 さすが自称幻想郷最強の妖怪。人の家のお酒を勝手に取り出してくるとか少しは自重しろっていうのよ。私もやると思うけど。 「……それ、まさか私も強制参加ですか?」 「当然ね」 阿求の不安そうな声に、にべもなく即答する幽香。どうやらこのまま宴会は確定らしい。 外は雨だって言うのに、よくやるわねぇ、本当。いや、雨だからこそ、と言うやつなのかもしれない。 「あややー、降ってきましたねぇ銀さん」 「おーい、ブンブン。いつも言おうと思ってたんだが、窓は玄関じゃないんで玄関から入ってきてくれませんかね?」 「硬いこといいッこなしですよ。ほら、お酒とイチゴ牛乳」 そして狙い済ましたかのように現れる新聞記者の鴉天狗、射命丸文。 お酒よりもイチゴ牛乳に反応して結局何も言わずに彼女を招き入れる坂田銀時。この甘党め。 ため息一つついて辺りを見回してみれば、もうすっかり宴会する気満々のメンバーがいて、それを苦笑しながら新八と咲夜が準備を進めている。 最近は、すっかりと見慣れてしまったその光景。 いつものように馬鹿騒ぎをして、いつものように言い合って、いつものようにケンカして。 そしてなんだかんだで、最後にはこうやって宴会という名の大騒ぎで一週間を締めくくる。 そんな毎日に、なんだかんだといいながら満足し始めたのは、一体いつからだろうか? 彼らがこの幻想郷に訪れてもう三ヶ月がたつ。三ヶ月、自分でもよく彼らと共に行動したものだと感心してしまう。 そんな自分の思考がおかしくて、ついつい苦笑してしまうけど、宴会だと浮かれて楽しみにしているメンバーには気付かれなかったようなので、まぁよしとしておこう。 「天子ちゃん。このお酒、テーブルに運んで」 「はいはい。わかったわよ」 働かざるもの食うべからず。そんな言葉とは一生無縁だと思っていた私にしては、こうやって手伝ったりなどといった行為は随分成長したものだと思う。 以前の私なら絶対やらない。もう確実に。10万円かけてもいいわ。 ざーざーと、外では相変わらず雨が降り注ぐ。でもよろず屋はいつものように馬鹿騒ぎをやめはしない。 きっとこれからも、彼らとはこうやって過ごしていくに違いない。 退屈とは無縁の、忙しくも満ち足りた生活が続くことだろう。 笑って、怒って、やっぱり笑って。 そうやって、銀時たちと過ごしていくのだろう。自分がここまでこのよろず屋を気に入るとは夢にも思わなかったけれど、そのことをいやだと思うこともない。 定春がいて。 新八がいて。 神楽がいて。 そして、銀時がいる。 はじめはたった三人と一匹に私が加わって、いつの間にか幽香も加わって、それからなし崩しな形で入り浸るメンバーが増えていって。 きっと、このままこんな時間が過ぎていくんだろうと、そんなことを思いながら準備を進めていく。 「おーっし、てめぇら。酒持てよ。僭越ながら、銀さんが号令かけたいと思いまーす」 「オィィィィィィ!! アンタ一人だけイチゴ牛乳じゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!」 「違うアル新八。あれには私が角砂糖一杯ぶちまけたからどっちかというと糖の固まりアルよ」 「なお悪いんですけどっ!!? 銀さん糖尿病まっしぐらじゃんっ!!?」 見慣れたと思っても、どこか笑いを誘うそんな銀さん達のやり取り。その光景がおかしくて、私たちはみんなして苦笑した。 しばらくして、銀時は一度咳払いをすると、お酒……ではなくてイチゴ牛乳という名の糖分の塊を高々と掲げた。 それにあわせて、私たちも一様にみな自分の分のお酒を掲げる。 『乾杯!!!!!』 いつものやり取りを交えた宴会の始まり。それが今回の宴会の始まりで、 同時に、最後の宴会の始まりでもあったのだ。 「ふぅ」 ちゃぷんっと、足先から温かい湯船につかる。 未だに馬鹿騒ぎを続けるメンバーをよそに、私は一人だけ先にお風呂を使うことにした。 風呂自体は新八が既に沸かしてくれていたらしく、今は少しぬるいけれど、まぁ仕方ないだろう。 以前なら間違いなくわがまま言っていたと思うけど、成長したわねぇ、私ってば。 「天子ちゃーん、温いでしょ? 今から薪を入れて温度調整するから」 そんな物思いにふけっていた私を、外から聞こえてくる新八の声で現実に引き戻される。 「新八? 宴会は?」 「いや、僕もそろそろお酒きつくてね。抜け出してきたんだ」 外の……といっても、壁一枚隔てた場所から聞こえてくる声は、どこ苦笑が混じっていた。 なるほど…・・・とどこか納得してしまい、「じゃあお願いするわね」なんていって、私は改めてお風呂を堪能する。 ちゃぷんっと、片足だけ上げて、それを太ももから足首にかけて両手でなぞる。今日の仕事は走り回ったもんだから、脚が張っているっぽい。 とりあえず入念にマッサージしておくことにして、私は徐々に温かくなっていくお湯を堪能する。 「どう?」 「ん~、いい感じ。気持ちいいわ~」 湯船から立ち上る水蒸気が、うっすらと靄を作っている。そんな室内で、私は新八の言葉に耳を傾けて、そして言葉を返す。 ほかほかとして温かい。上気した顔が、私の体温が上がっていっていることを如実に現していく。 お風呂を考えた人って本当に天才よね。今の世の中、お風呂のない生活なんてなかなか考えられないし。 そういえば、魔理沙の家には温泉があるとかいってなかったっけ? 真意は定かではないけど、なんとも贅沢なものだ。 「慣れてるわねぇ、新八」 「そりゃ、僕だっていい加減慣れるよ。もう三ヶ月もたつんだし」 何気なくいった言葉に帰ってきた返答。その返答が耳から入ってきて脳に蓄積されて、なんともいえない感情を湧き起こしてくる。 「そっか、もう三ヶ月なのね」 そう、三ヶ月。私がこのよろず屋の一員になって、もうそれだけの時間が経過した。 ただ私自身は、もっと長い間、彼らと一緒にいたような気分だった。 だから、【もう】ではなく、【まだ】三ヶ月といったほうが、心情的には正しいのだろう。 もともとこの世界の住人ではない彼ら。 彼らには自分達の住むべき場所があって、待っている人たちがいて、残してきてしまった人たちがいる。 そんなそぶりなんて見せないけれど、きっと彼らにもいるはずなんだ。 「帰りたい? 元の世界に」 本当なら、聞くべき言葉ではなかったかもしれない。でも、私はどうしても聞きたかった。 だって、彼らが元の世界に帰りたいと願っていたら、そう遠くない未来に彼らはもといた世界へと帰っていくだろう。 あのスキマのことだ。癪だけど、アイツは近いうちに彼らの世界を見つけ出すに違いないのだから。 「そうだね。いつまでもここにお世話になるわけには行かないし、姉上も……多分心配してるだろうし」 「そう」 わかっていた返答だったのに、改めて聞いてみればやはり、落胆は隠せない。 それはつまり、彼らはいつかもとの世界に帰ってしまう。いつの日か、近いうちに必ず。 「どうかしたの?」 「なんでもないわ。ほら、温くなってるから、口よりも先に手を動かしなさい」 誤魔化すようにせかして、私は深く湯船につかりなおす。 壁越しに苦笑するような気配がしたけど、私は知らないフリをして自分の思考に埋没した。 彼らが、元の世界に帰る。それは、永遠の別離を意味している。 まったくの別世界だ。幻想郷の外の世界でもなく、もっと幻想郷とは違う次元に位置した世界。 そもそも、歴史の流れからして既に違うのだ。そんな世界に、果たして行くことが出来るだろうか? 断言しよう。キッパリと無理だ。あのいけ好かないスキマ妖怪でもない限りは。 このよろず屋が、幻想郷からなくなる。彼らが、幻想郷からいなくなる。 なんてことはないはずなのに、元の形に戻るだけなのに、それが、なぜかこんなにも――― 「嫌……だな」 外の新八に聞こえないように、小さな声で呟く。 ここがなくなるなんて、そんなの嫌だ。だけどそれはどうしようもなくて、彼らには彼らの帰るべき場所があって。 理屈ではわかってる。それはどうしようもないことなんだけど、それでも、思うのだ。 いつものように彼らと馬鹿騒ぎをして、いつものようにケンカして、いつものように笑って。 そんな生活が、そんな場所が、私は―――いつの間にか、たまらなく好きになっていた。 出来れば、こんな生活がずっと続いて欲しいとも思う。でも、それは結局高望みなのだ。 「あー、もう。らしくないわねぇ」 自分自身に愚痴を零す。こんなネガティブなのは私のキャラじゃないってのに、私という人物は我が侭で傲慢で自分中心に世界回ってる的な性格でこそ私ってもんでしょうに。 ……今、自分で思ってて悲しくなってきたわ。 「天子ちゃん、どうかした? さっきから独り言ばっかり、痴呆?」 「……新八、あんたあとで覚えてなさいよ」 新八の失礼な一言に、青筋を浮かべながらしっかりと言葉を返す。 ひとまず、お風呂から上がったら『全人類の緋想天』をぶちかましてやろうと心に誓いつつ、今はこのお風呂の気持ちよさに身をゆだねる。 結局のところ、遠くない未来だったとしても、まだ猶予はあるはずなのだ。 その間、彼らとはきっちりと遊びまくって、その上で気持ちの整理をつければいい。 そう、思っていたのに――― 「あれ? 紫さん」 「はろろ~ん。ご無沙汰していますわ」 私にとっては、不吉な声が外から聞こえてきた。 嫌な予感が胸を締め付け、心臓を鷲摑みにしているかのような錯覚。 新八の言葉に答えた声の主は、間違いなく……あのスキマ妖怪。 どうしてコイツは――― 「どうしたんです、いきなり?」 「えぇ、急ぎの用事があったもので、こうしてスキマから失礼いたしますわ」 クスクスと妖しい笑いが耳に届く。その声が、私の不安を余計に煽っていく。 それは半ば確信に近い直感。霊夢じゃないけれど、それでも、この嫌な予感は外れてくれそうにはなかった。 今、このタイミングで――― 「あなたたちの世界、先ほど見つかりましたわ」 ―――そんな、私の心を砕いてしまう事実を持ってきてしまうのか? 雨は、いまだ降り止まずに、ザーザーと耳障りな音を奏でていた。 ■あとがき■ どうも、最近体調を崩し気味の白々燈です。今回遅くなってスミマセン。 そんなわけで今回はシリアスな展開が多かったですが、ギャグ分少なくて申し訳ありません。しかも短いし…申し訳ない。 そしてとうとうゆかりんが見つけてしまった元の世界。これからこの話はどうなるのか? そんなわけで、次回をお楽しみに。