※東方緋想天のネタバレがあります。ご注意ください。 あと、今回はオリキャラに順ずるキャラクターが登場するのでお気をつけください。 非常に唐突ではあるが、世界には奇跡というものが本当に存在していたらしい。 いつものように晴れた昼下がり、こんこんと、よろず屋の玄関からノックの音がした。 その音に、よろず屋にたむろしていた天人、吸血鬼、メイド、花妖怪、妖精三人組は玄関に視線を向けていた。 天人、比那名居天子は読書を。吸血鬼、レミリア・スカーレットは紅茶を。メイド、十六夜咲夜は吸血鬼の傍らに。 花妖怪、風見幽香はリビング兼事務所に自分の力で咲かせた花に水を。妖精三人組は神楽と談笑を。 そんないつも通りに、お互いやりたいことをやりっぱなしに放り投げていた面々だったが、そのノックの音で意識が玄関に集中してしまう。 「銀時~、誰か来たよー。依頼人なんじゃないの?」 「ばーっか、レミリア。こんな時間に依頼人なんか来るかッてぇんだよ。どーせ新聞の勧誘かなんかだろ。新八~、文々。新聞以外だったら、文々。とってるからって追い返しとけ」 「はいはい、わかりましたよ」 不承不承といった感じで、新八が重い腰を上げる。この間にもノックは続けられており、未だに鳴り止む気配はない。 「新八、文々。新聞だったら、朝日のように爽やかに暴言を吐いて追い返すネ」 「いや駄目だろ。文々。新聞だったら間違いなく文さんだから。追い返しちゃ駄目だし暴言も駄目だから」 なかなかにヘヴィなボケをかます神楽にとりあえずツッコミながらも、新八は玄関に向かって脚を勧めた。 「は~い、今開けますから、ちょっと待っててください!!」 大声を上げて、小走りに玄関に近づくと、ためらいなく玄関を開ける。 そこに―――その男は立っていた。 白髪の混じらぬオールバックで纏めた髪。目つきは鋭く、体格も筋肉がついてがっしりとしており、その背丈はどこかとなりの屁怒絽と同じぐらい。 かっこいい、というよりは、どこかダンディといったほうがしっくりと来る印象の男であった。 「スマンが、頼めば何でも引き受けてくれるよろず屋というのはここだろうか?」 そして声のほうもそこはかとなくア○ゴ君そっくりのダンディボイス。しかし悲しきかな、筋肉質な体とは不釣合いなエプロンが非常に間抜けに見える。 男性はぐるりと中を見回し、一同……無論、この場合レミリアや幽香も含む。を、視界に納めて、改めて言葉をつむぎだす。 「この里でカフェの店長をやっている者なんだが、俺ぁ依頼を持ってここに来た」 ピタリと、よろず屋にいた全員が言葉を無くし、程なくして沈黙が訪れる。 1秒、2秒、3秒、―――時計の音がカチコチと滑稽に鳴って……。 『えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!?』 ありえない現実と夢のような展開を目の当たりにして、依頼人以外の、レミリアや幽香すらも含む全員が驚愕の声を上げることとなった。 ちなみに驚いた原因はというと、その外見でカフェの店長はありえないだろうという事実と。 もう一つは、このよろず屋のカオスを目の当たりにして、平然と依頼を持ってくる里の人間がいたという事実に。 ■東方よろず屋■ ■第十二話「八目鰻におでんにロックンロールってもはや意味がわからねぇ!!」■ そう、その出来事があったのがつい先ほど。今現在、銀時と新八は慣れないウェイターの制服に袖を通していた。 店長の話によると、いつも来ているウェイトレスの子の母親が急病で倒れたという知らせが入ったらしく、早退してしまったのだという。 いつもなら一人でこなすのだが、今日はどういったわけか客の入りが多く、一人では捌ききれなくなったのだそうだ。 そこで、昼の休憩時間を利用して、銀時たちに依頼を持ちかけたというわけである。 「おー、結構さまになるものね」 ケタケタと笑っているのはレミリア。一応、傍には咲夜も控えており、彼女達(というよりもレミリア)はおかしそうに日の当たらない机に陣取っている。 まぁ、彼女はよろず屋の従業員ってわけじゃないので、当然といえば当然だが。 レミリアと咲夜のウェイトレス姿をご想像した方々、世の中はそんなに甘くはねぇのである。 「うるせーよ。冷やかしなら帰れよー、レミリア」 「銀さん、レミリアちゃんは一応お客ってことでここにいるんだから、そんな乱暴な言葉遣いしないでくださいよ」 「私的にはちゃん付けも正直勘弁してほしいんだけど……」 むっとした風にレミリアは言うが、同時に「まぁどうせ直す気無いんだろうなぁ」などと思考しながらため息をつく。 何しろ、今まで何度注意してみても、この男ときたら必ずちゃんをつける。どうも癖らしく、なかなか直らない。 まぁ、いいか。などと思考しながら、レミリアは他の連中の登場を待った。おそらくだが、他の面々もウェイトレスの姿で登場するのだろう。 おかしかったら思いっきり笑ってやろうとか思考しつつ、店の置くから登場する女性陣に視線を向けた。 サニー、ルナ、スター、そして神楽は同じタイプの制服で、白と黒を基調にし、ロングスカートに洒落た刺繍も施されている。 知らず、「へぇ……」と感嘆の声がレミリアの口から零れ落ちる。 あの筋肉質な店長からは想像できなかったのだが、コレがなかなかどうしてセンスがいい。 少し洒落た制服は、これまたこのちびっ子の面々によく似合っていた。 コレには、神楽がいつもの髪型ではなく、髪を下ろして少し大人びて見えるのも一つの一因かもしれないが。 「ウェイトレスねぇ……。外の世界じゃこういうのが普通なのかしら?」 ブーブーと、文句をたれながら出てきたのは、髪をポニーテールにした天子。彼女もちびっ子と同じタイプの制服を着込み、両腕を前に組んでレミリアを見る。 「なんで居るの?」 「イイじゃない。お客さまなんだから」 実に簡潔な言葉が返ってくる。天子は「あっそ」と、それっきり興味をなくしたかのようにむーっと考えながら仕事内容を反芻する。 実に意外なことではあるが、この天人、やるからには完璧にこなさないと気がすまないらしい。 「みんな似合ってますね」 「褒めたって何もでないわよ?」 新八の言葉に、クスクスと笑いながら天子は言う。まぁ実際、彼にしてみれば天子やサニー達はともかく、神楽が予想外に似合っていることに驚きを隠しきれない。 まぁ、神楽自身、元は可愛いほうなので、わりかし何でも似合うのかもしれないが。 ……と、ここで約一名がまだ出てこないことに気がつく銀時。その一名と言うのは言うまでもなく風見幽香だった。 「おまたせ」 もしやトンズラこかれたのだろうかと銀時が心配になってきた頃、件の人物の声が聞こえてくる。 やれやれ、やっときやがったかよ。なんて思いながら、銀時は気だるそうに視線を声のほうに向けて――― 途端、ピタリとその姿を認めて綺麗に硬直してしまったのである。 幽香はにこやかにその姿を現す。彼女が着込む制服は、なんというか他のメンツが着ているものとだいぶ違っていた。 神楽たちが着てきた制服は、黒と白を基調とした服装で、黒のロングスカートには白い糸で刺繍が施されている。どちらかというと清楚な印象の制服だった。 対する幽香の制服は、全体的には黒と白が基調と、ここまでは同じだったが……残念ながら共通項はそこまでだった。 まず、他のメンバーが着ている制服に比べると布が少ない。胸元は上は綺麗に無く、ふくよかな胸の谷間とほっそりとした肩が外気に晒されている。でも何故か袖はある。 しかも、スカートはロングではなくそれなりに短い。こちらもやっぱり細部にまで細かな刺繍が施されていた。 スカートが短い代わりに、黒のハイニーソックス。腰には大きな白いリボンでアクセントが加えられている。 うん、なんというかウェイトレスというよりはなんかいかがわしい場所のメイドのコスプレに近いと思う。 「あのー、ゆうかりん? なんか他のメンツと衣装が違いませんかー? それじゃどこぞのコスプレ喫茶じゃん」 「あら、そうなの? 制服が二種類あったから、私はこっちにしたんだけど」 こともなげに答える。服装が服装なだけにたわわに実っている胸が強調され、自然とそこに目が行くのは男の悲しさか。 (あ、やべぇ。鼻血でそう) 慌てて鼻を押さえてそれを悟られまいとする銀時。ちなみに傍らに居た新八にいたっては既に鼻から赤い雫がぽたぽたと零れ落ちていたりする。 二人とも心の中では『クールになれ! クールになるんだ坂田銀時(志村新八)!!』などと必死に叫んでいたりするが、その叫びだけはやめてあげていただきたい。 だって、その台詞出てきたら大抵は惨劇しかおこらねぇ魔の呪文だったりするのだから。 まぁそれはともかく、そんな幽香の胸に視線を向けていたのは何も男性陣だけではなかったが。 『…………』 幽香を除く女性陣全員が、彼女のその大きな胸に視線が注がれている。しばらくそれを見て、自然と自分の胸に視線を移す一同。 ……全員がシンクロして、ふいに涙を流したくなった。 「おぉっと、みんな存外に似合っているじゃねぇの。似合わねぇンじゃねぇかと思ったが、問題ねぇみてぇだな」 「アンタのそのエプロン姿が一番問題だよ! 頼むから変えろよマジで!!」 仕込を終えたらしい店長が、全員の姿を見てそんな言葉をつむぐが、横合いから新八が声を大にしてツッコむ。 何しろ、かわいらしい雀のプリントが入ったエプロンが非常に似合っていない。ある意味夢に見てうなされそうなほど似合っていない。 「いいか、よぉく聞いてくれ。これから昼からの営業を開始するが、質問は今のうちにいつでも言ってくれぃ。 一時とはいえここで働く以上、俺はオメェたちのことをファミリーだと、思ってる」 そう言って、店長はキセルを口に含み、ポワッと煙を吐き出す。 「無視かよ。いやそれより、お店の衛生上、キセル吸うの止めたほうがいいと思うんですけど?」 「馬鹿ヤロウ新八。俺が居るのは喫煙席だろぅが。第一、仕事中にまで吸うような馬鹿はしねぇよ」 新八の指摘にそんな言葉を返しながら、店長はまたキセルを口に含み、時計を確かめている。 その様子に、新八は深いため息をつく。こんな店長で本当に大丈夫なんだろうか? なんというか、非常にアウトローというかなんというか、絶対に店長には向きそうにない。 なのに、この店はそれなりに繁盛しているらしく、自分達に救援を求めるぐらいなんだから相当だろう。 「ねぇねぇ姉御。その脂肪の塊こっちによこせよ」 「コレは駄目よ。それに、神楽はまだこれからなんだから、諦めちゃ駄目だわ。少なくとも、他の連中よりは救いがあるから」 『どういう意味だ!!?』 とりあえず、背後で展開されている修羅場は見ないことにする。一斉に鳴った複数の歯軋りのような音もきっと気のせいということにしていただきたい。 そんな女性陣のやり取りを眺め、苦笑しながら店長は更に言葉をつむぎだしていた。 「いいか? 客っつっても相手ぁいろんな奴がいる。人当たりのいい客もいれば、いちゃモンつけてくるような奴もいる。こいつばかりは仕方がねぇ。 オメェさんたちは今日が初めてだからな。困ったことがあったら、遠慮なく俺に言ってくれや」 「店長ー。この制服、胸がきついのだけどー?」 「そいつは自分でどうにかしてくれ。ほら、これから開店すッぞー!! 気合入れろテメェら!!」 幽香の悪戯の混じった言葉を綺麗にスルーしつつ、パンパンと手を叩く店長。その姿が実にさまになっている。エプロンさえなければ。 そうして、カフェが開店してよろず屋のハードな午後が幕を開けたのであった。 カフェは思いのほか賑わっていた。女性客から子供に人気があり、男性客もちらほらと訪れている。 そしてやっぱりレミリアと咲夜の主従コンビもしっかり居座っており、優雅に紅茶を楽しんでいる。 そんな中で、せわしなく動きまわる妖精3人組は思いのほか役に立っていた。もっとも、その中でルナはしょっちゅう転ぶのと料理が出来るのとで厨房にいたが。 神楽は問題を起こしそうなのでとりあえずテーブル拭きに落ち着き、天子は以外にもちゃんとオーダーを取って、客にも愛想を振りまいている。 時折、「ちょろいもんよね」的なすごく黒い笑みが見えるのは見なかったことにして。それはさておき。 新八はレジ要因。銀時は一応客のオーダーを取ったり料理を運んだりとちゃんと働いていた。やる気のない顔と声がかなり減点対象ではあったが。 そんなメンバーの中で、意外にも好成績なのがなんとあの風見幽香であった。 いつも笑顔でいるものだから愛想もよく、客の対応も丁寧。流れる動作に一切のよどみもなく、手馴れた様子で料理を運ぶ。 最初は幽香の姿を見て怯えていた者も多かったのだが、ここまで綺麗にウェイトレスとしての役目を果たし、丁寧で礼儀正しく接してもらえると段々と警戒心が薄れていったらしい。 実際、幽香のような長い時を生き、強い力を持った妖怪ほど、普段は礼儀正しく紳士的。よっぽど悪辣なことがない限り、彼女はある程度は紳士に接してくれるだろう。 ……無論、あくまである程度、ではあるが。なんだかんだで彼女はS(サド)ッ気が強いし。人の神経を逆撫でしたがる悪い癖がある。 「お待たせいたしました。オーダーなされたバケツパフェですわ」 でんっと本当にバケツをひっくり返して作ったかのようなパフェが、二人の男性客の前に置かれる。そのまま別の机に向かおうと、ゆったりとした動作できびすを返す幽香。 その瞬間、シュバッ!! と勢いよく、血走った目で顔を下にして、目線を上に向ける欲望に忠実な馬鹿が二名。が、しかし。 ズドっ! ミヅッ!! と打撃音が聞こえた瞬間、突然男二人の頭が跳ねてそのまま気絶してしまう。 一体何が起こったのだろうと首をかしげる一般客。しかし、今の光景が【見えて】いた五人は、「またか……」と、それぞれ小さく呟いていた。 なんてことはない。幽香が立ち去ろうとしたところで欲望に忠実にスカートの中をのぞこうとした二人は、他でもない幽香自身に蹴られたのだ。おおよそ、常人の目に映らないような速度で。 それが見えていたのは、レミリアと咲夜、そして天子に神楽、最後に銀時である。 かれこれ同じ光景がここ一時間だけで既に五回。そのことごとくを幽香が放った蹴りが覗きを敢行する男性客をノックアウトしている。 もうそのことを咎めることすら疲れたらしい新八は、ツッコミもせずに黙々と仕事をこなしながらため息をついていた。 「あらやだ。どうしたのかしらあの二人。最近はやり病でもはやってるのかしらねぇ」 「でも奥さん。心なしか恍惚としたいい笑みを浮かべてらっしゃるわよ、あの二人。店員さん、なにか知りません?」 「いーえ、全然知りませんよ~。まぁなんかぶつかったんでしょうや」 オーダーを取りに来た銀時に話しかける中年の女性二人。そんな彼女達に、銀時は適当に答えながら、先ほど彼女達が言っていたオーダーを書き留めていく。 そろそろ失敗もなく適当なこともしなくなった銀時だったが、それでもやはりやる気がゼロにしか思えない言動と態度。 勘違いしてはいけないが、この男はこの姿こそがデフォルトである。もうちょっとがんばって生きろよ、天パー。 そんな銀時にも気さくに話しかけるお客のおばちゃん。その顔には既に噂好き特有の表情が見て取れる。 「あぁ、そうだ。店員さん知ってるかしら? ここの店長さんはね―――」 すっかりと、夜のほとぼりは落ちていた。 店の営業時間が終わり、よろず屋メンバーも給料を貰ってそれぞれ帰路に着いた……はずであった。 「すまねぇな、銀さんよぉ。いやなら、断ってもよかったんだぜ?」 「気にしなさんなよ店長。俺は別に嫌ってわけでもねぇし、いい酒飲めるんだったらそれでいいさ。それより、どーしてオメェがいるんだよ、ゆうかりん」 「イイじゃない。私だってお酒が飲みたい気分なの」 銀時、幽香の二人が、店長に連れられて夜道を歩いている。他のメンバーはとっくに自分が変えるべき場所に帰宅している。 最初に誘ってきたのは店長だった。「いい場所を知ってるから、一緒に飲みにいかねぇか?」と言葉を持ちかけてきた店長に、銀時は二つ返事でうなずいたのだった。 そんな二人に引っ付いてきたのが幽香である。彼女はどこか上機嫌に日傘を片手に二人の後ろをついてくる。 気がつけば、三人はとっくに人里から出ていた。道を歩き、電気もない暗闇の中を、提灯一つを頼りに歩いていく。 そうして、聞こえてきたのだ。その歌が。 「おーう、今日も歌ってやがんな」 カッカッカッと楽しそうに、どこか安心したように店長が笑う。 激しく、まるでロックンロールを思わせるような激しい歌。その歌が聞こえるほうに、店長は迷いもなく歩みを進めていった。 一瞬怪訝な表情を浮かべる銀時と、その歌を非常にうざったそうにしている幽香だったが、仕方なく店長のあとに続いていく。 やがて見えてくる一軒の屋台。周りは森に囲まれているというのに、こんな人も来そうにない場所で、その少女は歌っていた。 やや小さいが立派な翼に、長い爪。外見こそ12~15歳程度のその少女は、上機嫌に歌っている。 「お、店長じゃん。どう、そっちはさ?」 「おうよ、ボチボチっていったところよ。ミスティアこそ、相変わらずみたいじゃねぇの」 店長に気がついたのか、少女は歌を中断して言葉を投げかける。お互いに気軽に会話しながら、アッハッハッと景気よく笑う二人。 やがてドカッと用意されていた長椅子に座り、銀時と幽香もそれに続いた。 「うわっ、花の妖怪。なんでこんなとこにいるのよ?」 「別にいいでしょ。今日はお客なんだから。えっと、焼き八目うなじだっけ?」 「八目鰻。まぁ、今はそれだけじゃ繁盛しないんでおでんもやってるけどね」 お互い顔見知りなのか、ミスティアと呼ばれた少女と幽香は互いに軽口を叩き合う。 「ん? アンタはお初だね。名前は?」 「坂田銀時。一応、里でよろず屋なんていう何でも屋やってる」 「ふーん。私はミスティアよ。ミスティア・ローレライ。妖怪よ」 お互い簡単な自己紹介を済ませる。妖怪と聞いても顔色一つ変えない銀時をみて、馬鹿にされているのだろうか? と思うミスティアだったが、銀時はそんなことには目もくれない。 三人は熱燗を頼み、ミスティアは慣れた手つきでてきぱきと道具を用意する。 「よぉ、店長。アンタ、この妖怪とは知り合いだったのか? アレか、ロリコンか?」 「ちげぇよ。ありゃ俺がガキの頃の話でよぉ……、大体30年ぐらい前からの付き合い……ま、強いて言やぁくされ縁って奴よ」 気を悪くした風もなく、ケラケラと店長は笑い、そのまま言葉をつむぎだしていく。 30年前。その頃はまだ子供だった店長だったが、人里から少し離れた場所で罠にかかった妖怪を見つけたのだという。 それが彼女、夜雀の妖怪、ミスティアだった。 当時幼く、妖怪の危険性というものをあまりよく理解していなかった彼は、罠が足に食い込んで、痛そうにしている彼女を、何の疑問も持たず解放した。 それから、店長とミスティアの奇妙な関係は始まったのだという。 決まった時間に森の一角で待ち合わせ、遊んだり、時には里で人気のお菓子を持ち出して食べあったり、時には彼女の歌を聞くだけだったり。 大人になって、彼女が人を食らう妖怪だと知り、理解しても、彼はいつものようにミスティアに会いに行った。 彼が酒を嗜むようになってからは、もっぱら夜に開いているという屋台に足を運ぶのが日常となっていった。 「懐かしいねぇ」 店長の語りを聞きながら、ミスティアは相変わらずケタケタと笑みを浮かべながら三人分の熱燗を取り出し、いつの間にか幽香が頼んでいた焼き八目鰻を、これまた三人分並べる。 妖怪とは、人間よりもはるかに義理堅い生き物である。腹が減れば遠慮なく人間ですらも捕食するミスティアだったが、さすがに恩のある人間を食べようとは思わなかったらしい。 第一、一緒に居るときにお腹がすいても、大抵は彼が何か食べ物を持ってきていたので、それを遠慮なく差し出してくるのだから、わざわざ恩人を食べる理由もない。 そんなこんなで長く続いた関係は、ま、適当な関係を上げるなら友人といった表現が適切かもしれない。 「なるほど。道理でよろず屋の中身見て驚きもしないはずだわ。妖怪慣れしてるのね、店長って」 「おーい、ゆうかりん? それじゃ家が人外魔境みたいじゃん? やめてくんない、そういう言い方」 「正しく人外魔境じゃない。私のほかに、最近はレミリアだっているし、オマケに妖精三匹に天子までいるじゃない」 そこまで自覚なかったの? と、幽香は冷ややかな視線を銀時に送りつつ、銀時のコップにお酒を注ぎこむ。 そんな幽香の言葉に、ミスティアが「うわぁ……」と露骨に言葉を漏らしていたりする。 「凄い人外魔境じゃん。それじゃ下手な妖怪だって近寄らないと思うわよ? あたしも近寄りたくないなぁ、そんな場所」 「そんなに!? そんなにヤバイの我が家って!!? 妖怪だって近寄らないとか洒落になりませんよコレ!!?」 今明かされるよろず屋の実態。その事実に「どうりで客がこねぇハズだ」と、納得したように紡いで頭を抱える。 まさか妖怪ですら近寄りがたい魔境と化していたとは。里の人間が来ない理由を今はじめて思い知った銀時であった。 ―――それじゃ、今日は人間の面々は帰った帰った。早くしないと、私の狩りの時間になっちゃうよ。 相変わらずの笑顔で言葉にした夜雀の言葉を反芻しながら、店長と銀時は帰路についていた。 幽香はもう少し飲んでから帰るといって屋台に残り、べろんべろんに酔っ払った銀時に肩を貸しながら店長は歩いていた。 既に人里に入っている。人里に入れば、たいていの妖怪は人を襲いはしない。だから、一応今は安全のはずである。 「うー、飲みすぎた。やべっ……、吐きそう」 「おいおい、銀さんよ。吐くなら帰ってからにしてくれよ? ほら、今つれてってやるからよ」 ずるずると銀時を引きずりながら、店長はよろず屋目指して一直線に脚を進めていく。 少しの間、沈黙が降りる。相変わらず気分の悪そうな銀時だったが、今はだいぶ落ち着いているらしい。 そんな沈黙の中で、口を開いたのは店長だった。 「変だと思ったかい? 人間が、妖怪とあんなに仲良くすることが」 それは、ある種の独白だった。不思議そうな表情を浮かべながら、銀時は店長の顔を覗き見る。 何か遠い、憧れに近いものを思い出すかのような表情。届かない何かを、必死に追い求める男の顔がそこにあった。 昼間、店でおばちゃん二人組が話していた言葉を思い出す。 『ここの店長さんはね、妖怪に恋をしてるんじゃないかって言う噂があるのよー。実際、昔はしょっちゅうあってたみたいだしねぇ』 恋……とは、違うのかもしれない。ただ、それに近い感情を持っていることは想像するのに難しくはない。 そう出なくては、妖怪と30年も長い間友人のような関係など築けまい。 「別に、変だとは思わねぇよ。第一、それをいったら俺も似たようなもんだろーが」 「はっはッはッ!! そりゃそうだ、違いねぇ」 銀時の言葉に、盛大に大笑いする店長。あんまりにも豪快な笑い声だったもんだから、眠ってる人が文句を言うんじゃないかとひやひやしたもんだ。 まぁ、どうやら店長も酔っ払っているらしい。ほんのり顔が赤く、銀時ほどでないにしろアルコールが回ってるのだろう。 実際、店長なんぞより銀時のほうが妖怪たちとの友好関係はかなり広い。 「俺ぁアイツの歌が好きでよ。昔ッからよくアイツのとこに行ったもんだ。そのことで親父ともケンカしたし、家も出ちまったしな。ま、そう考えるとだ、俺はアイツに惚れてたんかねぇ」 柄にもねぇ。なんて小さく呟いて、店長は銀時を引きずる。 「馬鹿なもんだぜ。俺は人間、アイツは妖怪。俺は捕食される側で、アイツは捕食する側。そもそも、たとえあいつに惚れていたとして、アイツと共にいたとして、俺はアイツみたいに長く生きられねぇってのによ。 あーあ、まったく。当時の俺は大馬鹿野郎だったってぇわけだ」 まるで、自分自身を戒めるように。それは自分自身に対する楔のように。 吐いて、吐き捨てて、ただただ弱い自分を叱咤する。間の抜けた話だと、自分自身でも思いもする。 「それでもよ、やっぱ俺はアイツの歌が好きなのよ。あいつの歌を聞いてるとよ、こう、力が湧いて、明日もがんばろうって気分に何のさ」 「あのロックな歌がか? どんなファンキーな子供時代送ってんだオメェは」 「ファンキーか。確かに違いねぇや」 カッカッカッと、店長は酔った頭で笑いながら銀時を未だに引きずっていく。 そうして、目的の場所に着くと、店長は引き戸を開けて玄関に入り込み、ゆっくりと銀時を腰掛けさせる。 さてっと、店長はきびすを返して歩みを進める。その背中に、銀時の声が投げかけられた。 「――――――」 それを背に受けて、クッと店長は苦笑する。そのままドアを閉めて、彼はやれやれと肩を回しながら自宅の方に足を向けた。 空には星がちりばめられている。人が作った星座と、妖怪が思い描いた星座が、夜空に浮かんでいる。 かつて、子供時代にミスティアに教えてもらった星座を探してみて、それを案外覚えている自分自身に驚いて、また苦笑する。 ゛俺は、あんたのことを大馬鹿だとは思わねぇ。ただ、不器用なだけだよ。アンタは゛ 「言ってくれるじゃねぇの」 誰ともなしに呟き、意外としっかりとした足取りで歩いていく。 なんと無しに気があって、酒を飲み交わして、自分と同じように妖怪と交流を持った人間。 素性は知らないが、里の中に、自分と同じように妖怪と平然と接することが出来る人間が、果たして何人いることか。 だから、そういった意味で言えば。銀時という男は唯一、腹を割って話せる数少ない人間だったのだ。 「今頃、どこかで人間でも襲ってんのかねぇ、アイツは」 ポツリと呟き、それもせんないことだと苦笑する。 妖怪とはそういう生き物だ。一歩間違えれば、彼女は自分を襲い、食らうかもしれない。 だが不思議と、恐怖は無いのだ。その時はその時で、どうせなら彼女に食われてしまえたら。と、思っている自分もいる。 「わりぃな、銀時。やっぱ俺ぁ大馬鹿だわ」 ポツリと呟く。夜の風が酔いをほんのりと醒ましていき、春とはいえ夜は風が冷えて仕方がない。 あー、さみぃ。なんて呟きながら、彼は歩を早めて帰路に着いた。 その途中。風に乗って、彼のよく知るあの激しい歌が、耳に届いたような気がした。 ■あとがき■ ども、白々燈です。今回の話はいかがだったでしょうか? 今回はちょっとしんみりな方向にしてみました。今回の話は色々試験的なものを多分に含んでおりますので、ちょっと反応が怖かったりしますが…。 今回はミスチーの話。まぁ一方的な人間→妖怪の片思いに近い話にしてみたかったんですが、なんだか微妙かも。もうちょっとミスチーに出番を与えたかった…。 最近ようやくモチベーションが上がってきています。やっぱり歌を聞きながらだと結構上がりますね。 そんなわけで最近、「ゼロの使い魔に恋姫の趙雲が召喚されるSS書いてくれ!」などと友人にいわれましたが…無理だッツーに。ただでさえ作品連載止めて、コレ書いとるというに。 ただプロット自体と話の流れはあっという間に浮かんでしまった罠。まぁ書きませんが。 そして今更ながら東方キャラソートなるものをやってみた。 結果は↓1 風見幽香 2 比那名居天子 3 射命丸文 4 ルナチャイルド 5 レミリア・スカーレット 6 サニーミルク 7 小悪魔 8 八雲藍 9 稗田阿求 10 鈴仙・優曇華院・イナバ うん、まぁこのSS読んでたら薄々わかったんじゃないかなぁと言うような順位に。 阿求が9位にいることに驚きましたがw それでは、今回はこの辺で。