※東方緋想天のネタバレがあります。ご注意ください 空は快晴。見ていて気持ちよくなるほどの晴れ晴れとした青空。 ゆったりと流れる雲が、平和な世界を象徴するようにゆらゆらと、ゆっくりと風に乗る。 「……はぁ」 だというのに、グリーンを基調とした服と帽子に身を包み、鮮やかな赤色を腰まで伸ばした髪の少女は、盛大にため息をついていた。 出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。そんな女性らしい体つきの彼女は、憂鬱に空を見上げている。 「なんでこんなことになってるんですかねぇ」 ポツリと、納得がいかないように一人呟く。 空はどこまでも晴れやかだ。だって言うのに、少女の心は曇り模様。そんな彼女はこれまた盛大にため息をついた。 紅美鈴。それがこの紅魔館の門番を務める彼女の名前である。 先ほどまで自分は仕事をしていたというのに、主人……、レミリア・スカーレットのふとした思い付きのためにここにいる。 正直、彼女はそこまで危機感を感じているわけではない。 外見だけでなく精神的にも地味に幼い彼女の主は、突拍子もなく、時にはマジで死に至りそうな無茶な思い付きをすることがある。 彼女の妹、フランドール・スカーレットの弾幕ごっこの遊び相手とかいい例である。アレは彼女の中でも軽くトラウマになりつつある。 今回の思いつきは、それに比べればはるかにマシといえる。それは正直ありがたい。 ただし、今目の前にある問題はある意味では凄く悩ましい事実が転がっている。 そう、【転がっている】のだ。 「ちょっとぉぉぉぉ!!? いきなり拉致られたと思ったらなんですかこの状況ぉぉぉぉぉ!!? 意味わかんないんですけど!? マジで意味わからないんですけど!!?」 眼前に、簀巻き状態でこの紅魔館中庭に連れてこられた哀れな人間の銀髪男性。 周りには紅魔館のテラスで二人を見下ろす主要メンツどころか、妖精メイドが彼女達を取り囲んでいたりする。 キャーキャーワーワーとえらい興奮状態の彼女達。ついでに言うと、テラスには銀髪の仲間であるよろず屋メンツが心配そうに視線を向けている。 ……あ、ちょい訂正。天子と幽香は実に面白そうに笑みを浮かべていたりする。 とりあえず、美鈴はどうやってこの状況を納めようか必死に思考を動かしていたのだった。 ■東方よろず屋■ ■第十話「中華って何気においしい料理が多いよね」■ きっかけというのもなんてことはない。 レミリアが咲夜から、「自分の投げナイフに近距離で反応した」という男の話を聞き、暇だし、面白そうだという理由から始まった今回の騒動。 紅美鈴VS坂田銀時。そう銘打って開催された今回の騒動は、しかし、美鈴にとっては頭を悩ませるには丁度いい迷惑さだったのであった。 弾幕は無し。あくまで接近戦主体の格闘戦。それさえあればスペルカードの宣言も自由。 銀時は弾幕勝負が出来ないので、そこで格闘戦を得意とする美鈴に白羽の矢が立ったのだ。 いい迷惑だ、とまた小さくため息をつく。 相手は人間。こちらは妖怪。この時点で格闘戦なんて狂気の沙汰としか思えない。 弾幕勝負は不得手だが、格闘戦は彼女本来のフィールドである。そんな彼女と格闘戦なんて、無謀以外の何者でもない。 「銀時ー、そんなわけなんだけど事情は飲み込めたー?」 「飲み込めるわけねーだろーが!! ちょっとサッキュン!! あんた自分のご主人にどういう教育しちゃってんの!!?」 「残念ね、お嬢様のは素だから。私は何も教育していません」 事情でも説明していたのだろう。レミリアの言葉に思いっきり抗議をする銀時だったが、咲夜がさりげなく自分の主に毒を吐く。 テラスはさしずめ特等席といったところか。 あそこにはレミリアやフランドール、パチュリー。そして咲夜と小悪魔。新八、神楽、幽香、天子、定春の姿が見て取れる。 いい気なものだと、美鈴は内心毒づいてしまう。こっちはどうやって相手をなるべく傷つけずにことを乗り切ろうか大変だというのに。 とりあえず、簀巻き状態でビッタンビッタンとはねる辺り、かなり器用な銀時を視界に納めて、またため息。 いけない、ため息ばっかりじゃない。と思いもするが、この妖怪にしては心優しい彼女はどうやって相手を傷つけないかで苦心していた。 彼女の職務はあくまで門番。門を許可なく突破しようものなら容赦はしないが、今回はそういった類のものではない。 どう考えたって、今の銀時はレミリアの我が侭に付き合わされた被害者である。 「美鈴さま~!! がんばってください!!」 「ふぁいと~!!」 「絶対に勝ってくださいね!」 「おら、簀巻きの銀髪!! 美鈴さまに怪我させたら夜闇に気をつけなっ!!」 ついでに、耳を劈くばかりの周りの妖精メイドの応援もどうにかして欲しい。 声援は主に門番隊の妖精メイドたちと、彼女に憧れを持っている内勤のメイドたち。 ……ところで誰だ? 最後の過激な発言は。 そんな彼女の思惑などそっちのけで、妖精メイドの何人かが銀時の縄を解いて、洞爺湖と銘打たれた木刀を彼に渡す。 その際、メイドが銀時にメンチを切っていたことだけは見なかったことにする。 ついでにそのメイドが自分の部下の門番副長だったことも見なかったことにする。 「あーあ、ったくよ。銀さんはやりたくないんですけども? すんませーん、キャンセルは?」 「受け付けておりません」 咲夜がばっさりと斬って捨てる。見ていて惚れ惚れするほどの即答振り。 咲夜さん。アンタ鬼や。悪魔や。鬼畜ですよ、イやマジで。 どう見たってやる気のない銀時。だらしなーく木刀を構え、適当に終わらせてさっさと帰ろうという魂胆が見え見えである。 そんな相手に、どう本気を出せというのか? 彼女の主は全力でやれといっていたが、美鈴自身、それを実行するほど良心は捨てていない。 と、そんな銀時を見かねたのか、テラスから上がるフラワーマスター、風見幽香の声。 「銀さーん。ワザと負けたら承知しないわよ。もし負けたらアレ、あなたに遠慮なく撃つからそのつもりでね」 ズビシッと、坂田銀時が完全無比に硬直した。彼の脳裏には、永遠亭の出来事がエンドレスで回想されている。 アレって、アレ? あの二人まとめて吹き飛ばした挙句に、空の雲すら断ち割って月をのぞかせたあの波動砲ですか? 硬直する銀時。ニッコニコ笑顔の幽香。そして言葉の意味がよくわからないで首をかしげる美鈴。 周りのメイドたちの喧騒がやけに遠く聞こえて――― 「っしゃぁぁぁぁぁのやろぉぉぉぉぉ!! 来いコラ!! 俺絶対に負けねぇ!!」 なんか急にやる気出した銀髪。しかしその顔には余裕ってもんがコレッポッチもなかった。 「なんか……、必死ですね」 「いや、命掛かってますから」 切実だった。切実過ぎて涙が出てきそうだったが、美鈴はかろうじて堪えた。 でも、目の前の光景がかすむぐらいは許して欲しい。切な過ぎて今にも涙が零れ落ちてしまいそうだ。 なんですかね、この近親間。実にいやな近親間だけど。 「ま、ああはいったけど美鈴に一票ってところかしら」 ポツリと、眼下で対峙する二人を視界に納め、レミリア・スカーレットはそう言葉をもらしていた。 日の光が彼女と、その妹、フランドール・スカーレットに当たらぬように立てられたパラソルの下で、紅の吸血鬼は冷静に状況を分析した。 「まったく、だったらこんな催しをする必要はなかったんじゃないの? わざわざ咲夜にアレを拉致させておいて。見事な手際だったけど」 「恐縮ですわ」 「私も手伝ったのだけどねぇ」 そんな吸血鬼の親友であるパチュリー・ノーレッジは、親友にそんな言葉を投げかける。 その言葉の中で褒められた咲夜は、礼儀正しく礼をいい、少し主張するように幽香が言葉を続けた。 実際、ことが決まって銀時を連行する際、咲夜の働きも見事だったが天子と幽香の裏切りが実に手早く銀時を拘束した。 嬉々とした表情で銀時を縛り上げる、天子と幽香の恍惚とした表情は今でも忘れられない。 あぁ、いい汗かいた。みたいなすこぶるご機嫌な笑顔を浮かべたまま、二人はあっさりと咲夜に銀時を明け渡したのである。 ちなみに、幽香が亀甲縛りで銀時を拘束しようとしていたが、さすがにそれは全員から止められたのは余談である。 「それにしても、美鈴さんって強いんですか? 門番任せてるくらいだから、相当だと思いますけど」 「そうでもないわよ。むしろ妖怪としてはあまり強くないほうね」 新八の言葉に、レミリアはあっさりとひどい言葉を発言する。 まぁ、確かに。美鈴は妖怪としてはそう強い部類ではないだろう。だが――― 「でも、こと対人となればあの子に隙はないわ。接近戦はあの子の十八番だし」 そう、紅美鈴は確かに妖怪としては、決して強い部類とはいえないが、それでも弱者というわけではない。 単純に、弾幕勝負という彼女の不得手な勝負方法が常だったために、得意の拳法で戦う機会がほとんどないのだ。 人間相手には隙がないとは、レミリアの知る紅美鈴という少女をより的確に示していた。 「随分、あの門番を評価するのね。それじゃ、私は銀時に一票」 クスクスと笑いながら言葉にする幽香。 その言葉に、若干驚いた様子を見せる紅魔館のメンバーをよそに、彼女は眼下に視線を向けた。 「あなたこそ、随分とあの銀髪を評価してるのね、風見幽香」 訝しげなレミリアの言葉に、幽香は視線を逸らさぬままクスっと笑う。 一体何が楽しいのか、何が可笑しいのか、クスクスと銀時に視線を向けていた。 「当然じゃない」 つむがれる言葉。そこには絶対の自信が宿っていた。 つりあがる唇。彼女のまぶたが閉じられ、手の中に現れる白い百合の花。 脳裏によみがえる、あの眼。あの冷たくて、底冷えのするような夜叉の眼差し。 その瞳を、もう一度見ることが出来るかもしれないと思うと、「あぁ…」と喉がなった。 閉じられた目蓋を上げる。恍惚の笑みを浮かべて、これからの未知に心震わせて、言葉をつむぐ。 「だって、あの男は私と格闘戦で引き分けた男なんですから」 白い百合が、彼女の手から放射線を描いて、ゆっくりと中庭に落下していく。 湧き上がる周りからの歓声。その中で、二人はただお互いだけを視界に納めていた。 目前の相手は、未だに構えらしい構えを取っていなかった。 木刀を肩に担ぎ、片方の腕を着物に突っ込んでいる。戦う気があるのか? と、疑問に思うほど隙だらけな光景。 (しょうがない。一発で気絶させて早々と終わらせよう。お嬢様には悪いけど) 心の中で愚痴り、静かにため息をつく。 正直それしか穏便に終わらせる方法が思いつかない。いや、穏便かと聞かれれば絶対に違うと言い張れるけど。 それはともかく、美鈴は構えを取る。両の拳を中段に構えて、急所をカバーできるように構えるオーソドックスなファイティングポーズ。 それを確認したらしい銀時は、ぐっと脚に力を込める。 向こうから来るか。なら後の先で終わらせる。それが、彼女が即座に導き出した決断だった。 カウンターの準備を内心で進めながら、彼の挙動一つ一つを見逃さない。 脳内ではカウンターの瞬間のイメージを何度も思い描きながら、相手の出方を待った。 そうして、まるで申し合わせたように、どこからか落ちてきた白い百合の花が、ぽとりと地面に落下した。 その瞬間を見計らったかのように、銀時が動き出した。力を込めた脚で大地を踏み抜き、一直線に美鈴に直進する。 この時、ことの内容はある程度までは美鈴のイメージどおりだった。何度も反芻したとおりの軌道を、この銀時という男は直進した。 唯一の誤算は―――、その人間にあるまじき、異常な身体能力。 驚愕に染まる美鈴をよそに、木刀が振り抜かれる。 完全にタイミングを狂わされ、イメージしていたカウンターの構図が霧散する。 かろうじて身をそらして避けるものの、切り返しの要領で変化した太刀筋が美鈴に襲い掛かる。 舌打ちしながら、彼女はその木刀の腹を叩いて攻撃を弾く。 「もらった!!」 木刀を弾かれて泳ぐ体。その瞬間、確かに銀時は無防備に体勢を崩していた。 美鈴の拳が、吸い込まれるように銀時の頭部に吸い込まれる。 これで決まる。そう確信した刹那、目の前の男は弾かれた力を利用して、ギュルっと一回転しながら木刀を振りぬこうとした。 ばかげた反射神経。それは直撃するはずだった拳を髪にかすらせるだけにとどめ、あまつさえ反撃の機会を作り出していた。 (嘘でしょ!?) どんな馬鹿げた身体能力をしているのかと、驚愕しながらも美鈴自身も常人には信じられない反射神経を発揮してバックステップ。 無理に起こしたアクションなだけに、常人なら足首を痛めるだろうその動きにも、妖怪である美鈴には苦にもならない。 わずかに離れる間合い。美鈴の顔面スレスレを通り過ぎる木製の凶器。それを確認した銀時はそのまま倒れこむように前進する。 追撃をかける銀色。突き出された木刀を身を捻って回避し、そのまま捻った力を使って放たれた回し蹴りが大気を斬る。 「うぉわっ!!?」 直撃すれば一撃で意識を刈り取るだろうその一撃を、銀時は頭を低くすることで何とかやり過ごした。 ただし、バランスを崩し、まともに顔面から地面に倒れこみ、勢いあまってごろごろと転がっていく。 傍目に見ていてかなり痛いが、この隙を逃すほど美鈴も間抜けではない。 「あいたたた!! 削れた!? 今頭削れたって!!?」 「知りませんよ!!」 倒れていた銀時に拳を打ちつけようとするが、木刀をうまく使って軌道をそらされてしまう。 器用な奴!! と、悪態をつきたい気分にかられながらも、湧き上がる高揚感。 それに蓋をして、目の前の戦いに集中する。何しろ、この男はすぐさま美鈴に脚払いを仕掛けてきたのだから。 今度ばかりはさすがに避けれず、倒れこみそうになるが何とか受身を取って距離をとる。 気がつけば、銀時も既に立ち上がり、パンパンと服についたゴミをはたいている。 静寂が、場を支配した。その言葉の通り、今この場に言葉を発するものは誰もいなかった。 観客も、レミリアも、フランも、パチュリーも、咲夜も、小悪魔すらも。 ただ一人、満足そうに笑みを浮かべていたのは幽香のみ。 わずか一瞬の攻防。果たして今の攻防が見えたものが、あのテラスの上にいる以外のメンツで、果たして何人いたことか……。 あぁ……と、美鈴は小さく喘ぐような言葉を漏らした。 自分は、相手を甘く見ていたらしい。身体能力が、もう既に人のそれとしては非常識な高さ。 なるほど、知らず知らずのうちに油断していたらしい。それに、今はこんなにも――― 「気持ちいい」 湧き上がる高揚感。蓋をしたはずなのに溢れ出る闘争本能。 本来、彼女は物静かな印象を受けるが、根のほうはかなり好戦的だ。 最近は彼女に腕試しをしてくれる相手もいなかっただけに、自分の得意な格闘戦で戦えることが、気分を高揚させる。 改めて、美鈴は銀時に視線を向けた。 今このときから、彼女は相手を気遣うなんていう余分は捨てる。捨てなければ勝てないと、無意識に理解した。 この男は強い。人間でありながら、身体能力は並大抵の妖怪に凌駕するだろう。 「失礼しました。ここからは、本気でお相手いたします」 「いいって、本気出さなくて。出来ればわざと負けてくれたら、銀さん嬉しいんですけども。命掛かってるし」 「そういうわけにもいきません。お嬢様の命令は絶対ですので」 ダンッと、大地を勢いよく踏みしめる。踏み締められた地面がわずかに陥没し、構えは今までで一番力強いものを取っていた。 「紅魔館門番、紅美鈴。参ります!!」 「驚いたわ。まさかここまでとはね」 ポツリと、感情の平坦な言葉がテラスに響いた。 声の主は誰よりも早く、その光景を現実として受け止めたパチュリーのものだった。 眼下で繰り広げられる戦い。接近戦という美鈴の本来の戦闘スタイルを持ってなお拮抗する二人。 坂田銀時。以前紅魔館に訪れたときとはまるで別人のような身のこなし。それを持って、彼は門番の少女と戦っている。 彼女自身、格闘技などというものには頼ろうとしない。それを補って有り余るほどの魔法のバリエーションこそが、彼女の最高の持ち味なのだ。 事実、パチュリーという魔女にとっては、格闘技で挑んでくる相手など大して脅威にはならない。 魔法で防げるし、避けることも出来るし、何より接近される前にかたをつける自信があった。 だが、それでも。自分が出来ないことに対する憧れに近い感情は、少なからずありはした。 もともと体が弱い自分が、格闘技などむかないことはわかっていたし、それを押しとどめて本を読むことに没頭した。 本の傍に自分があってこそ、自分はパチュリー・ノーレッジでいられるのだという、そのあり方こそは変わらない。 だが、それを差し引いても―――目の前の戦いは驚愕と、そして興奮を覚えさせる光景だった。 少なくとも、この格闘の「か」の字にも興味がなさそうな彼女が、無意識に言葉をつむいでしまうくらいには。 「すっごーい、銀時。美鈴と互角だね」 「そうね、これはさすがに予想外だったけど……、棚から牡丹餅ってこういうことを言うのかしらね」 ケタケタと楽しそうに笑いながら言葉を紡ぐフランの言葉に、姉のレミリアが肯定するように言葉を紡ぐ。 レミリアは別に美鈴の実力を低く見ているつもりはない。 彼女の不得手である弾幕勝負ならいざ知らず、格闘戦であったなら彼女は人間に対してはほぼ最強だろう。 長年の経験と、隙のない構えと、洗練された技術から放たれる技。そして妖怪特有の身体能力の高さ。 それを持ち合わせ、更に技の鍛錬を欠かさないのがあの紅美鈴なのだ。 その美鈴と、互角に格闘戦を行うあの坂田銀時という銀髪の男。これがまた戦い方が奇妙なのだから余計に面白い。 構えは隙だらけ。やる気のない体勢から放たれる木刀の一撃は、恐ろしいほどに早い。 急所を狙わず、乱雑な攻撃と見えるのに、一撃一撃が洗練されているように感じてしまう矛盾。 加えて、そいつの攻撃というものには型がない。臨機応変に、時には足場が不確かな空中でさえ身を捻らせて、信じられない一撃を放ってくる。 ああいう戦い方をされては、美鈴もさぞ攻め手を考えあぐねていることだろう。 とにもかくにも、あの銀時の動きは先が読みづらい。 「さすが銀ちゃんアル。あの歳でジャンプ読んでるだけはあるヨ」 「いや、ジャンプ関係ないから。あの歳でジャンプ読んでるからって強いわけじゃないから」 二人の戦いを見下ろしながら、呟くチャイナにツッコミをいれる眼鏡。 そんな二人のテーブルに、完璧瀟洒な従者は紅茶を置いて、例を言う新八に軽く会釈をしてから幽香に近づく。 「はい、あなたの分の紅茶ですわ」 「あら、ありがとう」 彼女の分の紅茶をテーブルに置くと、幽香はいつものように笑みを浮かべたまま言葉をつむぐ。 そのまま、彼女は咲夜には興味がないといわんばかりに視線を眼下の戦いに向けた。 振り抜かれる木刀。それを受け流し、何とか隙を作ろうとする美鈴。 その隙を作るまいと、無茶な体勢からも鋭い一撃を放ってくる銀時。 拮抗した戦い。お互いの実力が伯仲し、なかなか致命打を与えられない。 その男の目を、幽香はただ見据えた。 今の銀時には、いつもの死んだ魚のような濁った目ではなく、嬉々とした感情が読み取れる。 なんだ、ノリノリじゃないの。なんて思いもしたが、小さくため息をつく。 「でも、足りないわ」 そう、足りない。あの眼じゃない。あの底冷えのする、冷たく鋭利な夜叉の目には、まだ遠い。 「ねぇ、見せてよ銀時。あの目を」 静かな独白は、誰の耳にも届くことはなく、やがてどっと沸きあがった歓声の中に消えていった。 もうどれだけ戦っていただろうか。 ここに来て、互いの種族としての決定的差が現れ始めていた。 すなわち―――耐久力、スタミナの差だ。 銀時にはうっすらと汗が滲み、わずかに呼吸が荒くなっている。 それとは対照的に、美鈴には汗もなく、呼吸を乱した様子もない。まったく疲れは見えていなかった。 「おいおいおい、元気すぎるんじゃねぇの? どこの超戦士ですかコノヤロー」 「銀時さんが不健康すぎるのでは? というか、人間と妖怪の基本能力を一緒にされても正直困ります」 まったく持ってその通りである。妖怪と人間という時点で身体能力に致命的なハンデがつくものだ。 銀時の身体能力の高さもあって、それは限りなく縮まってはいるが、耐久力となると話は変わってくる。 周りの歓声がやけに大きかったが、二人には互いの声がちゃんと聞こえ、じりじりと間合いを調節する。 このままでは、おそらく銀時の敗北で決着がつくだろう。何しろ、本当に目の前の少女には隙が見当たらない。 攻撃にも防御にも、付け入れるような隙を見つけられず、じりじりと体力を消耗する結果となってしまった。 「銀時さん。私、一枚だけスペルカードを使わせていただきますよ」 途端、空気が変わった。美鈴が決意したように銀時に視線を向け、その瞳には確かな覚悟が張り付いていた。 木刀を構えなおす。未だ致命的な怪我こそ負っていないものの、油断すれば即座に敗北が待っているだろう。 空気がぴりぴりと痛む。周りの歓声さえ聞こえなければ、まるで戦場に佇んでいるかのような錯覚さえ覚えてしまう。 そんな感覚を覚えてしまう自分自身に、チッと舌打ちしながら脚に力を込める。 二人とも、互いに視界を納めたまま動かない。数秒とも、数分ともつかない奇妙な時間の中で――― 美鈴が、今まで以上のスピードをもなって動いた。 今までの比ではない。幽香には及ばずとも、それでも銀時には十分に早く感じる速度。 銀時の眼前で、美鈴の体が右倒しに近い体制となる。 (左っ!) 間髪いれず、銀時は左に体を向ける。 今の美鈴の速度なら、ここから反応しなければ間に合わない。反撃をするつもりならばなおさらだ。 振り返る。視界の先に、緑の帽子をかぶった彼女が、そこに―――居なかった。 それを脳が認識した瞬間、【背後】から感じる冷たい感覚。 「しまっ!?」 「―――三華!」 振り返れば、宣言したスペルカードを放り投げる美鈴の姿。 力づくで引き上げたトップギアによるフェイント。そのフェイントに、まんまと引っかかった自分自身にしかりつけたい気分になる。 だが、避けようにも、防御しようにも、反撃しようにも、今の銀時はあまりにも隙だらけだった。 掌が腹部にめり込む。華奢な腕からは想像も出来ない破壊力を秘めたその一撃が、銀時の体をくの字に折り曲げる。 「【崩山―――」 そのまま美鈴は身を低く屈め、肩で突き飛ばすように銀時を上空に跳ね飛ばした。 トラックにひかれたかのような衝撃。上空に空高く跳ね飛ばされた銀時は、鈍い激痛を覚えながら青い空を視界に納めていた。 (ヤベェ、これちょっとまずくねぇ?) 木刀を落とさなかったのは僥倖というべきだろうか? だというのに、体中が痛みでうまく動かせないのだから、どの道敗北は確定だろう。 あー、アレ食らわなきゃいけねぇのかなぁ? などと微妙にずれた思考展開させながら、銀時はどうせなら今のうちに気絶できないかな? なんて考えていた。 だって、地上にはとどめの一撃を構えている美鈴の姿があるのだし。今気絶したら、多分痛みはないだろうとも思う。 「銀さん!!」 「銀ちゃん!!」 (あーうるせぇ。そんな大声出されたら銀さん気絶できねーだろーが。頼むからおとなしく気絶させろコノヤロー) 新八と神楽の声が聞こえて、そんな悪態をついてしまう。 上昇した体が止まる。このまま、自分は一気に重力にしたがって落下するのだろう。 その一瞬の浮遊の間に、白髪で、眼鏡をかけたぽっちゃりした誰かを幻視した。 「あ、安西……先生」 見てしまった。見えてしまった。落下する自身の体。 その幻覚が、「諦めたら、そこで試合終了ですよ」なんて語っていた気がした。ついでに親指をサムズアップしていた気がするけど、多分キノセイダ。 ぐっと力がこもる。こんなところで負けていられないし、何よりも安西先生にそんなこといわれたら負けられないではないか。 というかそもそも、ここに来て負けたら幽香の似非波動砲を食らわなきゃいけないということを今更のように思い出した。 「冗談っじゃねぇっ!!」 動かなかった体に活を入れる。ギュルリと身を捻り、眼下で拳を突き出そうとしていた美鈴と視線が重なった。 その光景を見ていた美鈴は、驚きのあまりぎょっとしてしまう。 まさか、アレを食らって空中で身を立て直すなんて……、そんなの、この幻想郷でどれだけの人間が出来ることか? 彼は本当に人間なのだろうか? あの体勢、あの痛打を受けて、落下する体に鞭打って反撃しようと体を捻らせている。 だが、こちらも既に技の体勢は整ってしまっている。こちらも―――引けはしない!! 「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!!」 「―――彩極砲】!!!」 木刀と、拳が交差する。時間の流れが乖離していく。 周りが感じる時間と、二人の感じる時間がずれて、まるでスローモーションのような光景が二人に飛び込んで――― ―――刹那、極彩の光が爆ぜた。 七色に解けた美しい光が、二人を中心に炸裂した。その瞬間に銀時が吹き飛び、10mほど吹き飛ばされてごろごろと転がっていく。 美鈴は、拳を突き上げた状態のまま、ピクリとも動かない。 シンと、辺りが静まり返った。静けさの中で、誰一人として言葉を発するものはいない。 「どうなったの?」 呟いたのは、天子だった。 あまりにも一瞬の交差の上に、美鈴の気を込めた拳の放った七色の光がそれを邪魔してしまっていた。 「……美鈴の勝ちかしら?」 「いえ」 パチュリーの言葉に、不機嫌そうに答えたのは幽香だった。 眼下をの二人を交互に見やり、やがてやれやれといった風に小さくため息をついていた。 「相打ちよ」 そう彼女が言葉にした瞬間、美鈴の体がぐらりと倒れこんだ。 どさりと、美鈴が倒れてあっという間にパニックに陥る妖精メイドたち。 それを大人しくさせようと咲夜が動き、パチュリーは不本意そうに二人の治療のために魔法を使って楽な姿勢のまま移動していく。 「銀さん!!」 「銀ちゃん!!」 テラスから飛び降りる神楽と、階段を使って慌てて駆け下りる新八。 あの刹那、銀時の体に美鈴の崩山彩極砲は間違いなく直撃していた。 その一瞬、そのわずか一瞬に、銀時は身を捻って繰り出した一撃は、美鈴の後頭部を直撃していた。 落下と遠心力を駆使した一撃。なるほど、それなら確かに、あの妖怪の意識を刈り取るぐらいは出来ただろう。 それでも、風見幽香は不機嫌だった。 銀時が引き分けたからではない。ただ単に、あの目が見られなかった。そんな、些細な理由だった。 「驚いた。人間が美鈴と格闘戦で引き分けとはね」 「あら、それじゃそのうちもっと驚くことになるかもね」 レミリアの言葉に、幽香はそんな言葉を紡ぎだした。 あの時の目。あの一瞬の超反応。まだあの男は、本当の意味で全力ではなかったのだろう。 手加減していたのか、それとも無意識のうちの力だったのか、それは想像つかないが……。 「あーあ、あの様子じゃ、明日はよろず屋は休みかしらね」 クスクスと少し残念そうにいいながら、幽香は定春の喉を撫でてやる。 気持ちよさそうに目を細める定春を見て、彼女はまた楽しそうに笑った。 ま、負けてはないから、アレは勘弁してあげましょう。なんて、そんなことを思いながら。 ■あとがき■ 力尽きた。ども白々燈です。 最近仕事で大変なことがいろいろあってもう……、現在モチベーションがやばいことに。 スミマセン、なんか今回の話も熱いバトルが書きたかったのになんかわけのわからん方向に。何だこれ? モチベーションって大事ですね。なんか銀魂分が薄い気もするし。 今回はこの辺で。キャラ紹介は今回お休みにさせてください。ちょっと今、色々きついんですよ^^; それでは、また次回。