うぉお!ここは天国か!?照り付ける熱い太陽!彼方まで続く白い砂浜!何処までも広く青い大海原!―そして、周囲には小麦色の肌をした渚の天使たち!!!
俺は堪らず、一番近くに居た金髪のボインちゃんに飛びつくっ!へっへっへ、いいじゃねぇかちょっとぐらい。さぁ!俺の太陽よりも情熱的な南国キッスを………。
「ふへへ、ふがっ、…んあっ?」
なぜか急にボインちゃんは消え去り、辺りは薄暗く…。そして俺の目前には南国美女の灼けた肌では無く、穏やかに眠る少女の白い肌と薄く色付いた小さなくちび、る…?
「のわぁあああ!!?」
あっぶねえ!もう少しでマジモンのロリコン犯罪者になるとこだったぜ…。そうか、俺は昨日こいつ―マドツキと名乗る少女と偶然出会って、そしてどんな運命のイタズラか、こいつを引き取る決意をしてしまったのだ。隣で安らかに眠る少女を見て、はぁ~、と溜息を付いてみても、男が一度決めた事だ。ジタバタせず運命に身を委ねるべき、なんだろうな。
にしても俺はいつの間に寝ちまったんだ?昨夜、夜食に取ったルームサービスのピザを食べたとこまでは記憶があるんだが…。
ハッ!?瞬間、俺の脳裏に悪い予感が去来し、慌てて掛け布団を跳ね除け上体を起こす。…ふぅ、良かった…。俺もマドツキもちゃんと服を着ている。最悪の間違いは犯していなかったようだ。いなかのカーチャン、俺はまだまだお日様の下でおまんまを食えるみたいです。
だが自慢のブランドスーツは寝乱れてぐちゃぐちゃだ。やれやれ、マドツキは俺とは対照的に全然服が乱れてねぇな。寝付き同様、寝相もいいらしい。それにしても良く寝るヤツだ。まさか昨日の昼からずっと寝てんのか?
ん、そういや今何時だ?と俺は枕元の時計を見る。げっ、もう10時。こりゃ相当他のヤツらに先越されてるだろうな。俺は手早く新しいスーツに着替えると、マドツキを揺り起こした。
「お~い、マドツキ起きろ~。出掛けんぞ~。」
「んぅ…。せんせい?」
熟睡してたワリにはあっさり目を醒ましたマドツキが、目をこすりながら言う。しかし、こいつは意地でも俺の事を先生と呼びたいらしいな。正直、現時点で医学部にも入れてない俺がそう呼ばれんのはむず痒いんだが。
「今日は色んなとこ行くからな。お前も早く顔洗って着替えて…。」
ここまで言って俺は気付いた。こいつの着替えねぇじゃん。う~む、帰りにデパートにでも寄って買ってやるか。コイツだって女の子なんだし着たきりスズメは嫌だろう、と不思議そうに首を傾げるマドツキを眺めながら思う。一つ行き先が増えちまったなぁ。
幸いマドツキの支度は短時間で済んだ。つうかあんだけ寝といて、寝癖ひとつ付かないとは恐れいったぜ。俺達はエレベーターで一階に降り、ロビーでチェックアウトを済ませる。前払い分は今日までだから、帰ってきたらもっかいチェックインし直す必要があるな。ま、カネはたんまり手に入ったんだし良いか。
マドツキの手を引きながら、片手で携帯を操作して警察署への道順を確認する。ちなみにナビ機能他諸々付き、タッチパネル式の最新モデルだぜ?俺は常に流行の先端を追う男なのだ。…と、急にマドツキがスーツの裾を引っ張った。
「お?どうした?」
「…あのね、今日はこわいゆめ見なかったよ。」
マドツキは俺を見上げて、そんな事を報告してくる。無口なこいつにしては珍しい。
「そっか。今まで怖い夢見てたのか?まぁ、もう見なくなったんなら良かったじゃねぇか。なっ?」
俺がそう答えると、マドツキは少しはにかんだように頷いた。あんまり表情は動かないが、これは喜んでるんだろうか。…夢の事で一喜一憂なんて、お子様は微笑ましくていいよな。俺は今朝の自分の事は棚上げして、そう思った。
しばらく二人でまったりと街を歩き、辿り着いたヨークシン市警本庁舎。その受付ロビーには、一般人に混じってちらほらと、カタギじゃないと思わせる顔が有った。―十中八九同業者だろう。予想はしてたが、昨日の今日でもうこんなに広まってるとは。まったく、ハンターって人種は嫌なくらい鼻が利く。
中にはカネの匂いを嗅ぎ付けただけのアマチュアも多く居るだろうが、…こりゃ昨日俺と居合わせたプロの連中には、相当先を行かれてると見ていいな。俺も急いで受付に向かう。
「はぁい、プロハンターの方ですねぇ。署長が対応しますので少々お待ち下さぁい。」
間延びした口調の婦警は、そう言って俺とマドツキを応接室に案内してくれた。なるほど、受付で待たされてるヤツらは全部アマチュアって事だな。そう考えるとちょっと気分がいい。ふふふ、これがプロとアマの差ということなのだよ諸君。
署長への面会はさほど待たされずに済んだ。俺は先程の婦警に案内され、署長室に通される。ちなみにマドツキも連れてだ。例によってこいつが俺と離れるのを嫌がったので、案内役の婦警に無理を言って許可して貰った。
…しかしその際の婦警の言葉。
「うふふ、可愛い娘さんですねぇ。」
ってのはどう言うことだ!?俺ってやっぱり、そんなに老けて見えんのかなぁ…。がっくり肩を落とす俺の顔を、マドツキが下から心配そうに覗き込む。…え~、誰のせいだと思ってるんだね、キミは。
「ふん、またハンターか。で?俺はまた同じ説明を繰り返さなきゃならんのか?」
部屋に入ると、でっぷりと太った警察署長は開口一番、俺達を伴って来た婦警に向かってねちねちと言い放った。
いかにも裏であくどいことやってます、ってツラだな。マフィアの牛耳るこの街で、警察のトップやってんなら当然か…。不健康そうな油顔を紅潮させ、思うさま婦警に怒鳴り散らしている。
「なぁ署長サンよぉ。話を聞きたいって言ってんのは俺なんだから、その子は早いとこ通常業務に戻らせてやれよ。」
そんな光景を見せられたら、俺だって気の長いほうじゃない。できるだけ不躾な態度でそう言ってやった。
「―まったく何だってヤツらはこんな事件を…。………おお、これはハンターの方。何時から、いらっしゃったのですかな?」
署長は今初めてこちらの存在に気付いた、とでも言うようにゆっくり振り向いて応えた。
「…さて、私は何を話せばいいんで?」
わざとらしく嫌なおっさんだな、チクショウ。…まぁいい。
「分かってんだろ?例の事件についてだ。」
俺がそう言うと、署長は気が乗らない態度でのろのろと資料を開き、説明を始めた。曰く。
組長の遺体は2日の朝6時頃、事務所兼自宅の寝室で、彼を起こしにやって来た腹心の部下によって発見された。第一発見者の彼は現場の状況を見て、最初は何者かによる暗殺だと考え警察に通報した。何故なら、発見時の遺体の状況がこの上なく凄惨なものだったからだ。
組長の遺体は両目が抉りとられ、また、両耳に外傷性の鼓膜穿孔も見られた。更に64歳という年齢にしては豊かだった毛髪も一夜にして全て抜け落ちていた。
―しかし後の司法解剖の結果、両の目と耳は生前、彼自身の手により損傷したものだと判明。毛髪は何らかの理由で自然に抜けた物だと分かった。直接の死因は頚動脈切断による失血死。使用されたのは組長が護身用にと、常に持ち歩いていた短刀だった。
つまり彼は自分の意志で自らの両目を抉り、鼓膜を破いた上で、護身用の短刀でためらい傷もなく己の首を掻き切った、と言う事になる。
担当した医師はこう語った。―何か途轍も無く恐ろしいものを見聞きしていたんじゃないか?それこそ恐怖で髪が抜け落ち、目と耳を潰した方がマシだと思わせる程の、恐ろしいナニカをね、と。
ここまでが第一の犠牲者の情報。
第二の犠牲者は事前の情報通り、最初の遺体の第一発見者。彼は警察の事情聴取に答えた後、同日の正午頃、体の不調を訴え休息を取っていた。しかしその日の夕方、午後5時頃に急遽てんかんに似た発作を起こし、更に十分後、取り押さえようとする複数の組員、警察官を振り切り、事務所の屋上に登ると、そこから身を投げて自殺した。その様子を見ていた人々の証言によると、“まるで見えない怪物から逃げているよう”だったと言う。
そして事件はそれで終わらなかった。第一、第二の現場に居合わせた組員5名と警察官2名、計7名がその後4日間に渡って次々に自殺。いずれも亡くなる当日体調不良を訴え、半日以内に第二の犠牲者と同じような発作を起こし、自殺に及んでいた。そして組長から数えて4番目に亡くなった組員の15歳の息子が、事件から5日後の10月7日―つまり一昨日に自殺して、以後自殺者の報告は無い。
また三番目の犠牲者以下8名は、人間関係のトラブルに悩んでいたり、心療内科の通院歴のある者達であった為、事件の衝撃が引き金となり自殺に到ったものと見られている。
それ以外にも事件直後から丁度一週間後の今日、10月9日に到るまで、組員、捜査員の中から発作を起こし病院に運ばれる者が複数出ている。だが警察はこれらを、事件の影響によるPTSDと判断し、現在はこの一連の事件に対する捜査を打ち切っている。
…う~ん、こりゃ確かに警察が初動段階で、クスリの関与を疑ったのも頷ける。そんくらい無茶な事件だ。俺は手元に取ったメモと睨めっこしながら思わず唸った。
昨日は変化系能力者の犯行かと思っていたが、どうなのだろう。てっきり俺は、もっと分かり易い死体の状況が出てくると思っていたのだ。例えばみんな自分の首を掻き毟って死んだ、とか。それなら毒物や病気ってセンも有り得るだろ?
しかし今聞いた犠牲者達の自殺方法は、どれもてんでバラバラだった。共通点は自殺前の体調不良と何かに怯えたような発作、ぐらいか。
怯えたような、ねぇ。本当に悪霊かなんかの仕業なんじゃねぇの、これ。それか悪霊を具現化した具現化系能力者に違いない。いや待て、変化系の可能性もまだあるな。人から人へと感染する麻薬とか。あれ?それだと操作系でも…。
うがぁー!アタマがこんがらがるぜ!
思考の袋小路に入り込んだ俺に、資料を机にしまい込んだ署長が声を掛ける。
「さ、もういいですかな?私はこう見えても忙しい身分でしてね。気楽なハンターの方々には分からんでしょうが。ささ、どうぞ、そちらのドアからお帰りになられては?」
本当に嫌なヤロウだぜ。ったくよぉ。
長話に退屈したのか、いつの間にか船を漕いでいたマドツキを起こして、俺は言われた通りさっさと部屋を退出しようとした。――しかし、後ろを向く刹那、署長のヤロウが懐からハンカチを取り出したのを俺は見逃さなかった。…何だ?どうしてそんなに汗をかいている?もう十月で室内の温度はさほど高くない。
怪しいぜ?署長サンよぉ。ここは、いっちょカマかけてみっか。
「おいアンタ。まだ隠してることが有るよなぁ?」
俺は再度署長を振り返り、自信たっぷりにそう宣言した。
言われた署長の肩がびくんと震える。
「―――なっ!うぉほんっ、…なんの事ですかな?」
よし、掛かった!
俺は懐からハンターライセンスを取り出して言う。
「知ってっか?この薄っぺらいカードには、アンタのご大層な身分よりも大きな権力が有るって事。」
署長は顔を茹ダコのように真っ赤にして、遠目に見ても大量の汗を流しているのが分かる。もう一押し、か。
「例えば、こいつがあれば礼状無しにアンタをしょっぴく事も出来るんだぜ?叩けば結構なホコリが出て来そうだと思わないか?……署長サンに俺の、ハンターとしての初手柄になって貰うのもアリかもなぁ…。」
「わっ、分かった!言う、言うから!それだけはご勘弁を!!」
顔の色を一転、赤から青に変えた署長は、そう言って俺の前にひれ伏し床に頭を擦り付けた。
ま、交渉の達人レオリオ様に掛かりゃ、ざっとこんなもんよ。
―さぁて、有益な情報を頼むぜ?