迷子センターはヨークシン市の表通りに面した一等地に位置していた。ヨークシンには一年を通して数多くの観光客が訪れる。迷子センターがこのような目立つ場所に、それなりに大きな敷地を有しているのは、一般人の家族連れがマフィアの絡む犯罪や抗争に巻き込まれないようにという配慮の為だ。ヨークシンに観光で訪れる子持ちの旅行者の間では、我が子に真っ先にこの場所を覚えさせるのが常識となっている。
そのくらい有名なところなんだがな、と俺は傍らに座る少女を見て考える。あれから迷子センターに辿り着くまで、マドツキは一言も喋らずに、大人しく俺に手を引かれていた。
ここは迷子センターの待合室。我が子を探す若い夫婦や、両親とはぐれて泣きべそをかいている子供たちでごった返している。現在、俺とマドツキは入り口で整理券を受け取り、並んでソファに座り順番を待っているところだ。
着いたのは朝の10時ごろだったのに、もう昼になろうかという時間だ。混んでいるせいか?さっぱり順番が回ってこねえ。俺はイライラと腕に嵌めた時計を見遣る。一方マドツキは静かにぼんやりと虚空を眺めていた。う~ん、この年頃の子供にしちゃコイツは大人しすぎないか?
「番号札1224番でお待ちの方。25番窓口へどうぞ。」
やっと俺たちの番か。俺は隣のマドツキに声を掛ける。
「よし、ほら行くぞ。」
促してやるとマドツキはすぐに立ち上がり、俺の手にしがみついた。なんか随分懐かれちまってんなぁ…。
「さっき表で見つけた子なんだが、こいつの親を見つけてやってくんねえか。」
窓口に座る対応係りに、俺はそう話しかけた。
「かしこまりました。その子のお名前は分かりますか?」
「マドツキって言うらしい。ファミリーネームは分からん。」
いかにもお役所仕事といった感じの慇懃な男性係員に、俺はそう返した。
係員は名前のところでちょっと変な顔をしたが、何も言わずに手元の端末で検索を掛けてくれている。マドツキと二人待つこと数分。係員が再び声を掛けてくる。
「…。マドツキ、という名前のお子さんの迷子届けは現在出ておりません。また、全ヨークシン在住者や宿泊施設滞在者のリストを調べても、該当者は存在しません。本当にそのお名前で合っていますか?」
おいおい何だそりゃ。怪訝に思ってマドツキを見つめると、彼女はきょとん、と首を傾げた。
「おい、マドツキって名前でいいんだよな?」
確認の為に再び尋ねると、マドツキはやはり、確りと頷いた。
「ほら、マドツキで合ってるってよ。ちゃんと検索できてねえんじゃねぇの?ちょっとその機械貸してくれよ。」
そう言って俺は係員の手元の端末に手を伸ばす。
「うわ、止めてください!個人情報保護の為、一般の方にはお見せできません!しつこいと警察を呼びますよ!」
う、それは面倒だな。そういう事なら仕方ねえか。
「あ~、分かったよ。まあいい、とにかくこいつ預かってくれよ。あるんだろ?託児所みたいな場所。」
そもそも俺は、こんなとこで道草食ってる場合じゃ無いのだ。早いとこ事件の調査をしなければ他のやつらに先越されちまう。
「それはできません。」
何だって?俺は思わず係員のスカした顔を睨みつけた。
「入り口の案内図にはちゃんと描いてあったぜ?どうして受け入れできねえんだよ。」
「…居るんですよねぇ。育児が面倒になったからって、うちみたいな施設に子供を捨てていく親が。その子、本当は貴方のお子さんなんじゃないですか?マドツキ、なんて適当な名前でっち上げて。」
そう言って係員はあからさまに俺を疑った態度を見せる。
「なっ…!ちょっと待てよ!俺はこう見えてもまだ19だぞ!こんなでかい子供を持った憶えはねぇ!」
この展開はまずい!俺は慌ててマドツキに弁護を頼んだ。
「な、マドツキ。コイツにちゃんと説明してやれよ。俺とはさっき会ったばかりだってよ。」
するとマドツキは何を勘違いしたのか、ぎゅっと俺の脚に縋り付いて来る。そして心なしか潤んだ瞳で俺を見上げると、とんでもない爆弾を落としていった。
「…せんせぇ。わたしを、おいてかないで…。」
…。
決定的でした。
係員の疑いの視線は完全に軽蔑したそれに変り、俺は半ば追い出されるようにして迷子センターを後にした。
「…ハァ、どうしてこうなった。」
おれは恨めしげに、こうなった原因の張本人を見つめる。
今俺達が居るのは、表通りからちょっと入った路地にある定食屋だ。丁度ハラが減ってたし、あれから俺の足にしがみついて離れないマドツキを落ち着かせる為でもある。
「へいお待ち!ご注文はっ!」
「あ~、サッパの味噌煮定食と、こいつはお子様定食で。」
妙にテンションの高い店員に注文を伝え、俺はマドツキと向かい合った。ごほん。
「お前、もしかしてやっぱり孤児なのか?」
向いの席に座るマドツキに、俺はそう話を切り出した。すると彼女はちょっと考えるような素振りをして答えた。
「…分からない。」
おぅい、分からないってなんだよ!叫びだしそうになるのを堪えて、俺は辛抱強く問い返す。
「あ~、親とか、一緒に住んでる仲間とか、帰る場所とかねえのか?」
この質問に、マドツキはちょっと顔を伏せた。そして弱々しく首を振って、小さい声で。
「…いない。」
……。これは思った以上にハードだぜ。さて、どうすりゃいいか…。
「へいお待ちぃ!サパ味噌、お子定!。」
重い雰囲気が漂う中、さっきの店員が空気を全く読まずに、俺達のテーブルに料理を置いていった。しっかしはええな。さすが「早い!安い!安い!」と評判の店だ。
しょうがねえ。まずは腹ごしらえにするか。俺は結構なボリュームのあるそれに軽く手を合わせ、大口でかっこむ。
半分くらい腹の中に叩き込み、ふと見ると、マドツキが目の前の料理と俺を見比べて不安そうな顔をしている。なんだ、遠慮してんのか?
「どうした?食っていいんだぜ?」
俺がそう促してやると、マドツキはパァーという擬音が出そうなくらい嬉しそうな顔をして、国旗の刺さったチャーハンの器を大事そうに抱え込んだ。さっき会ったばかりとは言え、こいつの表情がこんなに大きく変化するのを初めて見て、俺は少し驚く。
子供らしくねーと思ってたが、こんな顔もできるんだな。俺はちょっと前に別れた、仲間二人の顔を連想した。あいつらもそれぞれ家庭の事情を抱えてるが、こいつもそうなんだろうか?俺は残った味噌煮と白メシを頬張りながら、そんなことを考える。
「あ~食った食った。」
定職を全て平らげた俺はハラを抱え、お決まりのような独り言を呟く。マドツキはと言うと、最後に残ったデザートのゼリーを、それはそれは大切そうにつついていた。そんな様子を見ていると、自分でも思わぬ言葉が口を衝いて出てきた。
「おい…。行くとこ無いんなら、俺んとこ来るか?」
ああっ、なに言ってんだよ俺!もっと良く考えろ!なんでさらっとガキ養う決心してんだよ!19でコブつきになってどうする!
「―――っ!…良い、の?」
「お前が良けりゃあな。」
俺の内心とは裏腹に、あっさりとそんな言葉を吐く俺の口。
…だってしょうがねぇだろ。こんな、さっきの顔よりもっと嬉しそうな、こいつの顔を見ちまったら。やっぱダメだ、なんてこと言えるわけが無い。
……子連れハンターレオリオ、誕生の瞬間だ。
ハァ、俺は心の中でもう一度叫んだ。―どうしてこうなった!!