「―続いてのニュースです。先日のヨークシンシティ暴力団幹部自さ…」
煩いテレビを消し、静かになったホテルの室内。俺―レオリオ・パラディナイトは通帳を捲り頭を抱えた。
「残高1万29ジェニー…。うがぁー!!」
クラピカと旅団《クモ》の事件から一月、俺は未だにここ、ヨークシンシティに居た。
本調子では無いクラピカの様子を見る為ずるずる滞在を引き延ばしていたら、いつの間にか飛行船の足代まで無くなっていたのである。いや、それどころか今宿泊しているホテル代すら危ういぞ?まだ先払いした分は残っているが、それも明日まで。…つまりこのままだと俺は明後日には宿無しになる。
クラピカに頭を下げて借りるか?…いやいや病み上がりのヤツにカネを無心するのは気がひける。そもそもカネの貸し借りなんて滅茶苦茶嫌がりそうだぞアイツは。例の嫌味たらしい口調で説教されるのが目に見えてる。
センリツ…。これも却下だ。昨日空港で格好良く別れたのに、チケット代が払えませんでした、なんて理由で顔を合わせる時点で気まずい。くぅっ、そうじゃなきゃ一番優しく貸してくれただろうに!
ゼパイル…、は論外。内臓を担保に借金抱えてるヤツにカネせびるとか無茶だろ。
受験用に積み立ててるカネがあるにはあるが、ここから引き出してしまうといざという時困る。それにそのカネは結局補充しなくてはならない。
ハッ!そういやライセンス使えば交通機関タダじゃなかったか?
……いや駄目だ。んなことしたら俺の故郷にライセンス狙いの小悪党が集まっちまう。同じ理由でこのホテルにも、わざわざカネ払って泊まってるんだもんな…。
詰まるところ、今日明日中に即金の仕事を探すしか無いわけで。俺は少し肌寒くなってきたヨークシン市街を、一人とぼとぼと歩いていた。
目指すはハンター協会ヨークシン支部。基本的にメシのタネは自分で探せ、というスタンスのハンター協会だが、手間賃稼ぎ程度の軽い仕事なら各地の窓口で紹介してくれる。手間賃といってもハンター基準なので、一般の日雇い仕事よりも遥かに稼げる。と言うことで折角のライセンスを活かさない手は無いってわけだ。
「ヨォ、俺はレオリオってもんだが…。」
入り口から一番近いカウンターに座る受付嬢に、ライセンスを渡し手続きを済ませる。…関係ねーけどチチでけぇな。あとで番号聞き出そう。
「あ、ハイ。えー、第287期合格のレオリオ・パラディナイトさんですね。どういったご用件でしょうか?」
「ああ、ちょっと仕事の斡旋を頼みたくてよ。」
巨乳の受付嬢からライセンスを受け取りながら答えた。
「かしこまりました。…ハイ、ではこちらが現在ご紹介できるお仕事のリストとなっております。」
そう言って差し出されたタブレット端末の画面を眺める。
ドブ浚い、ペット探し、浮気調査…。どれもこれもダメだな。一番下までスクロールしてもロクな仕事がねえぞ。仕方無く日雇い即金のドブ浚いを選択しようとした時、軽快な電子音と共に画面が書き換わった。
New!という赤い文字と共に新しい依頼が追加されている。なになに?事件調査依頼、ヨークシンシティ怪死事件について。ずいぶんキナ臭いが一応詳細を見ておくか。
案件名:ヨークシンシティ暴力団員連続怪死事件調査依頼
詳細:1999年10月2日早朝、ヨークシン市の指定暴力団ヤマーチ組組長ルッツィアーノ・ヤマーチ氏の遺体が同組員により発見された。氏の遺体には不審な点が多く見られたが、市警による司法解剖の結果自殺と鑑定される。しかし遺体発見当日の夕方、第一発見者の組員が後を追うように自殺したのを皮切りに、他の組員やその家族らが次々と自殺。また、生きている組員らも重度のてんかんに似た神経症状が見られ、市内の病院に搬送された。事態を重く見た市警は、覚醒剤・麻薬等の関与を疑い捜査を行うも、遺体や患者から薬物は検出されなかった。
当協会は本件を念能力者による大規模テロ事件と認定し、同時にその犯人をA級賞金首に指定。協専ハンターを派遣するとともに、一般のプロハンター諸兄姉にも広く本件の捜査協力、及びに犯人の捕縛を依頼する。
報酬:前金;3000万ジェニー(各人)、情報提供報酬;重要度により個別評価、捕縛報酬;80億ジェニー(要犯人の生存)
「はっ、はちじゅうおくぅうう!?」
はっ、やべえ、周りのヤツらに聞かれちまう。にしてもなんだこのべらぼうな金額は。旅団の連中ですらここまでじゃなかったはずだが、協会はこの犯人を旅団の連中以上の実力者と見てるって事か?正直俺の手に負えるとは思えないが、…しかし、前金だけで3000万か…。
「な、なぁネエちゃん。この依頼の前金って返還義務はあんのか?」
とりあえずこれだけ聞いといても損はねぇだろ。
「あ、ハイ。え~、その依頼の前金は実質、調査経費として皆さんに支給されるものです。ですので、たとえ皆さんが情報を提供出来なかったとしても当協会では返還の要求を致しませんっ。」
おいおいまじかよ。ってことは依頼を受けるだけで3000万丸儲け、さらに情報提供だけでそれ以上か…。
…ん?なにやら俄かに周囲が騒がしい。
「おい!この依頼受けるぞ!」
「私もよ!早く手続きして頂戴!」
「待てよ!俺の方が先だ!!」
くっそ。周りの連中しっかり聞き耳立ててやがった!
「ネエちゃん!俺も頼むぜ!」
「くっふふふふ。さ・ん・ぜ・ん・マ・ン。」
通帳に記帳された金額を見つめて思わず顔がニヤける。くぅ~、美味しすぎるぜハンター!
さて、これからどうするか。前金だけ貰ってハイさようならってのもアリっちゃアリだが…。80億、いやその二分の一、いやいや十分の一でも病院建設資金には十分。俺の夢の実現にかなり近づくな…。ちょこっと調査するぐらいならバチは当たんねえんじゃないか?
「おわぁっ!」
やべっ、通帳見ながら歩いてたせいで人とぶつかっちまった。
「すまねえ嬢チャン!大丈夫か?」
俺は急いでぶつかった相手の人物―10歳くらいの少女を助け起こす。栗色のおさげ髪に四角い模様がプリントされたピンク色のシャツ、赤いスカート。眠そうな赤い瞳でぼんやりと俺を見ている。
う~む、惜しい。あと10歳、いやせめて5歳年上だったらな…。ハッ、いやいやそうじゃねえだろ。
んっ?まじまじと俺を見つめていた少女の瞳が、ちょっと驚いたように円く見開く。
「…せん、せい?」
先生?俺はまだそう呼ばれる身分じゃないんだが。誰かと間違えてんのか?周りに少女の保護者らしき人物は見当たらない。てえことは、この子は迷子だと俺は判断した。
「あ~悪りい、おれはその先生って人じゃないが。その人とはぐれちまったのか?」
俺の質問に少女は黙って首を横に振って答える。違うか、なら。
「親父さんやお袋さんは?一緒に来たんだろ?」
これにも少女は首を振って、小さく呟く。
「…いない。」
やっぱり迷子か。どうする?とりあえず迷子センターにでも連れてくか。
「あ~お嬢チャン。俺はレオリオってもんだ。近くに迷子センターが有るから一緒に行こうか。なっ。」
そう言って俺が手を差し伸べると、少女はこくん、と頷き俺の手を握った。やれやれ、と俺が歩き出そうとすると、少女が突然口を開いた。
「わたしはね。マドツキって言うの。」
「マドツキ?あ~、なんつうか。変った名前だな。」
と言うかぶっちゃけ変な名前だ。
「ファミリーネームはなんて言うんだ?」
フルネームが分かれば、迷子センターですぐに親を捜せるだろう、と思ったんだが。生憎、少女―マドツキはこの質問にも首を振った。…参ったな。なにやら複雑な事情がありそうだ。服装は清潔だからストリートチルドレンとは思えないんだがなぁ…。
ハァ、せっかく景気のいい仕事が転がり込んで来たっつうのに幸先が悪い…。そんなことを考えながら、俺はマドツキの手を引いてビル風の舞う市街を歩き出した。