すれ違う二人
ともに感じるのは
非力な我が身
配点(相対)
マクデブルク西方で行われていた六護式仏蘭西の武神とM.H.R.R.、P.A.Odaの戦い。
一機の武神が剣を振り上げ、眼前の敵陣を薙ぎ払おうとした瞬間、いきなり剣の柄から先が宙に舞った。
武神の視覚素子はその原因を確かに捉えていた。
槍を携えた男だ。M.H.R.R.の制服の上に陣羽織を纏った男が武神の手首の高さまで跳んで剣を断ち切ったのだ。
P.A.Odaの学生が顕現させた天使を足場として着地し、男の口が言葉を作る。
「名乗らせてもらう。M.H.R.R.、A.H.R.R.S.所属、近接武術師、――亀井・茲矩」
そして槍を構え、更なる攻撃に移るべく身を沈め、
「――!」
弾かれたように視線を西の丘側に向けた。
前田・利家の加賀百万Gの戦士団を越え、五十体程の侍女型自動人形の銃士隊が戦場に加わったのだ。
それを指揮するのは三銃士ではなく、六護式仏蘭西の制服を纏う中年の極東人。
「――くっ……!」
茲矩の表情が目に見えて変化した。
そして彼は天使を踏んで跳躍、銃士隊の前に立ち塞がる。
●
三列になって進攻する自動人形の後方にいた指揮官は茲矩を確認すると部隊を停止させた。
「M.H.R.R.の亀井・茲矩だ。名乗れ」
「……ブロイ伯フランソワ・マリー。六護式仏蘭西のEcole de paris所属だ」
指揮官は微かな躊躇を見せてから名乗り、それを茲矩は嘲った。
「俺の前でも今の名を名乗るか。それとも過去をなかった事にしたいか?」
言葉を切り、一呼吸置く。
「元出雲教導院総長兼生徒会長、尼子・義久」
視線に力を込めて義久を睥睨する。
睨まれたブロイ――義久は沈黙したが、やがて口を開く。
「勝久の事をまだ根に持っているのか?」
それは尼子家の再興活動において旗頭になった人物の名だった。
「当然遺恨はある。あの頃、俺達が復興運動をしていた時、お前は何もしなかったな」
「そう、何もしなかった。敵対せず、何もしなかった。それでは不満か?」
「あの状況で何もしないのは敵対と同義だろうが!」
義久本人が動けずとも解釈次第で幾らでも支援は出来た筈だったのだ。
にも関わらず一切の支援はなく、激戦の中で茲矩達は疲弊していった。
尼子十勇士も一人また一人と力尽き、残ったのは三名のみ。
甘えがあったと言えばそれまでだが、かつての主君から支援がなかったのは心にしこりとして残る。
「牽制にはなっていたと思うが」
「貴様……! 復興運動には尼子家の臣下が大勢いたんだぞ! それを見捨てて……」
茲矩の激昂を、義久は軽く受け流した。
「なあ、茲矩。――いつまでも滅んだ主家を語るのは忠義ではなく陶酔と言うのだ」
「――!」
茲矩は自身の顔が引き攣るのを自覚した。鼓動や血の流れがやけにはっきりと感じられる。
彼には義久の考えが分からない。どうして容易く支配を受け入れられるのか。
支配されれば理不尽に奪われる。それは義久とて理解していると思っていたのだが。
「仏蘭西に下ったのは私だけではない。彼等を守る為には必要な措置だ」
「そして隷属を受け入れたか」
かつてのトップを優遇してみせた上で帰化した者を管理させるのは反乱を防ぐ為の支配者側の常套手段だ。
「滅ぼされた事を屈辱に思い、抵抗する者もいれば、命や生活の為に諦める者もいる。IZUMOへ逃げても再び攻め滅ぼされるのではないかという不安は付き纏う。そんな人々が六護式仏蘭西に亡命したとてそれを非難出来ないだろう」
「だからこそ英国との協力や歴史背景を武器にIZUMOを中立化させた」
「結果論だな。IZUMOが仏蘭西に支配される可能性も十分にあった。それに先日の武蔵との戦いの内容も知っているだろう? 総長エクシヴや副長テュレンヌの猛攻による恐怖は拭えぬ」
「それをさせない為に幸盛殿や正光殿は戦い続けたし、俺も亀井・茲矩を襲名したんだ」
茲矩は語調を強め、双眸に力を込める。
それは自身の半生を否定されては堪らないという半ば意地のようなものだった。
「欧州の覇者となる六護式仏蘭西もその内部は戦費などで財政は崩壊寸前。亡命者は今後真っ先に犠牲となる立場だな」
「……ブロイ伯を襲名する際にアンヌ・ドートリッシュと約定を結び、最低限の生活を確約させた」
「この時代の最低限は0でないというだけだろ」
信念に基づいて互いの論をぶつけ合わせた二人だったが、不意に両者の間で言葉がなくなった。
「これが私とお前の平行線だな」
「ああ、そして境界線はない」
●
茲矩と問答している間、義久は手元に出した小さな鍵盤を叩いて実況通神を行っていた。
これが三銃士や部下の自動人形達なら共通記憶を利用した高速の遣り取りが可能だが、生憎と義久は生身だ。
ブロイ:『面倒な奴が出てきたな。あ、流石に表示枠見てると向こうがぶち切れそうだから質問とかには答えられない』
001:『Tes.』
ブロイ:『尼子家はトップが神の血を引いていた上に拠点が出雲だったから神奏術が盛んだったが、特にあれの祖父である多胡・辰敬は有数の使い手で、代演を利用して多数の神の力を得ていた。加護は多ければ効果が薄れるが、そこは質より量という発想だろう。応用が利くしな。茲矩もかなりの奏者で毛利相手にヒャッハーしてたみたいだな』
021:『誰か当時の戦いの記録の照会を』
032:『押忍。聖譜記述では内政の手腕を評価される武将ですが、戦場でも戦功をあげています。毛利側は殺害を試みたようですが羽柴に行く聖譜記述だったので断念したとか』
047:『織田や羽柴は神奏術の使用にも躊躇がないので厄介だと判断します』
ブロイ:『主校じゃなければ特務、いや副長クラスか。猿から琉球でも貰って引き籠ってればいいものを』
指が最後の字を入力し終えると義久は軽く呼吸を整える。
視線の先では茲矩が膝を曲げ、身を僅かに沈めた。走り出す為の準備動作だ。
やれやれと聖術を使う為の術式契約書を取り出す。
六護式仏蘭西へ下った折りに服従の証として神道からTsirhcの旧派に改宗している。
当初は抵抗があったが、今は何も感じない。人間は慣れる生き物だという事だ。
●
茲矩が飛び出したのと同じタイミングで銃士の自動人形が長銃を構え、術式火薬の光と硝煙、銃声の合唱が大気に放たれる。
狙いは正確だ。こちらに対して全弾命中を考えず、左右に避ければ自分から銃弾に当たりに行くよう弾道を描いている。
この辺りの連携は自動人形ならではか。
しかし、と茲矩は思う。
鹿島神宮の軍神や熱田神宮の剣神から戦闘関係の加護を得ている自分には不十分だ。
槍を斜めに構え、うねらせるように振るえばそれだけで銃弾が弾かれ、逸らされる。
次弾はない。先込め式の長銃は重力制御である程度の連射は可能でも茲矩には遅すぎた。
茲矩の足下に鳥居型の紋章が一瞬生まれ、すぐに弾ける。それと同時に茲矩も跳ぶ。
上というよりは前に。自動人形の頭上ぎりぎりを飛び越え、義久を捉える。視線の先にいる義久の手の中で術式契約書光になって消えるが、構うものか。
着地した段階で両者の距離は至近。あと一歩で槍の間合いに入る。
躊躇わず踏み込み、槍の一撃を放つ。
義久は突きに呼応するように後退しながら腰に下げた太刀を抜刀、迎撃を行う。
返ってきた手応えを吟味しながら茲矩は攻撃の手を休めない。
「――」
突きの連撃は目にも止まらぬという表現が的確で、薙ぎは穂先の銀光が一つに繋がって見える。
身体能力では聖術によって強化した義久が上だったが、手数では茲矩が圧倒していた。
最初こそ的確に対応していた義久も次第に動作に淀みが生まれていく。
そして決壊は程なくして訪れた。
防御術式も制服も容易く貫き、義久の心臓を突き破る。
「が……」
義久は口から吐血し、頭と両手は力なく垂れ下がる。
「……敵将、尼子・義久討ち取ったり」
呆気なさを感じながら茲矩は槍を引き抜く。
だが感慨に浸る事は出来ない。後ろには義久と接近戦を演じていた為に誤射を恐れて待機していた銃士隊がいるのだ。
槍を頭上で回して穂先に付着した血を吹き飛ばしながら反転。
その直後、視界の中央に入れた自動人形の胸部が弾け飛んだ。
……は?
崩れ落ちる自動人形の意味を考えようとした茲矩は、全身に怖気を感じた。
肌で感じる空気の動きと耳元の風切り音、思考より早く体が動いた。
槍を片手で保持して背後に振る。直後、石突きが何かとぶつかった。
素早く振り返った茲矩は有り得ないものを見た。
「……いつの間に不死と再生の力を手に入れた」
「残念だが私は純正の極東人だ」
不敵な笑みを浮かべて義久が立っていたのだ。
胸の部分に穴が空いているが、そこから覗く肌には傷一つない。
義久の言が事実なら何らかの武装か術式の効果であり、茲矩には思い当たるものがあった。
「神格武装、荒身国行か!」
またの名を頼国行。
尼子・義久と家臣である大西・十兵衛の逸話に美化とこじつけという解釈を加えて造られた神格武装。
通常駆動では所持者が負ったダメージを部下に移す効果を持つ。
かつての尼子家の主君は戦闘においては家臣より優れ、また内部に不安を抱えていたのであの神格武装を使う事はなかった。
だが、
……核と記憶素子さえ無事なら幾らでも作り直せる自動人形であれば躊躇せずに使えるという事か!
人に尽くすのが本懐の自動人形なら怨みを持つという事もない。
その時、後方で長銃が構えられる気配があった。
茲矩は咄嗟に前に踏み込み、義久の肩を掴んで位置を入れ替え、楯とする。
……!
刹那、茲矩の経験と直感がその行動は失策だと警告した。
「――っ」
腹部に熱と痛みが走った。
視線を落とすと義久と自分の体の間を銀の刃が貫いていた。
……自身の体ごとか。
剣神による防刃の加護があるし、更に艦船に使われているのと同様、一部のダメージを全体に分散させる防御術式もある。
元々浅い刀傷だった事もあり、全身に浅い切り傷が生まれるだけで済んだ。
……なんて迂闊な。
考えれば当たり前の事だった。自身のダメージを自動人形に移せる義久ならこれくらいする。
異族相手ならこんなミスはしなかっただろう。
「はっ!」
後ろに跳びつつ上半身の力だけで突きの一撃を見舞う。
過たず喉を穿つが、義久は肉が引き千切れるのも厭わずにバックステップ。
義久の肩越しに自動人形が二体、胴体と喉を破損して倒れた。
やっと三体。
能力は把握したし、それに応じて意識も切り換えた。
このまま戦えば勝てるという自信はあるが、あまり時間をかけると竜脈炉の爆発前に撤退出来ない。
義久は因縁のある相手だが心中する程ではないし、自分はまだ六護式仏蘭西の敵でいる必要がある。
……どうするべきか。
決断を迫られた茲矩の目の前に表示枠が現れた。
●
……あー、痛い。
国行を握りながら義久は内心でぼやく。
手中の神格武装のお陰で傷は消えるが痛みのような違和感は残る。おそらくは脳の誤作動だろう。
これが地味に厄介で気が抜けない戦闘中でも容赦なく集中力を奪う。
しかし今は一息つく事が出来た。
茲矩が眼前に表示枠が展開した事で動きを止めていたからだ。
「……くっ!」
通神を一瞥した茲矩は苦虫を噛み潰したような表情を作る。
「……了解した。扇を用意しておくと伝えてくれ」
そう言って表示枠を消し、
「決着は関ヶ原で付けよう。せいぜい竜に食われないよう注意するんだな」
物騒な言葉を残して茲矩は離脱した。
周囲を確認すればM.H.R.R.の包囲戦士団も撤退を始めている。マクデブルクの掠奪が終了に向かっているという事だろう。
部下から追撃を進言されたがとんでもない。
「あのままじゃジリ貧だったな」
柄の部分にある流体燃料の残量を示すメーターを見る。
三回の通常駆動でもそれなりの流体燃料を使用してしまった。
上位駆動ほどではないが通常駆動でも燃費は悪い。
「それにしても関ヶ原か。そこまで私が嫌いか」
けれどそれも仕方ないかと義久は思う。
聖譜記述に則って雲芸和議という尼子家にとって不利な和睦を結んだり家臣を殺したりした。
他者に嫌悪される要素は十二分にある。
故に、だからこそ、
「――歴史再現に守られた貴様が何を言っても無駄と知れ」
……国を滅ぼす暗君の宿命を背負う事になった私の気持ちが分かるものか。
それは亡命者を纏める公の立場として決して言ってはならない私の言葉だ。
自覚はあるのだが、ついつい吐き出したくなる時がある。
……けど今ので愚痴は終わり!
「さあ、行くか。前総長救出の功があれば今後の待遇も安泰だろう」
●
それから間もなく、北西の空に太陽が生まれ、照らし出された月の下、一つの時代が終わりを告げた。
名:亀井・茲矩
属:A.H.R.R.S.
役:対毛利家先鋒
種:近接武術師
特:忠臣
名:尼子・義久
属:Ecole de paris
役:銃士隊長
種:近接武術師
特:尼子家当主
まあ、史実の亀井茲矩は尼子義久に仕えていた訳ではないんだけどね。
やっぱり戦闘シーンは苦手だ。
あと、軍神や剣神の加護って聞くと何だか不安になるよね。