自身の根幹であり
揺らがないもの
配点(信仰)
「もう我慢出来ません!」
学生寮、四畳二人住まいの狭い部屋に叫びと打撃音が響く。
部屋中央の丸テーブルを叩いて一人の男が立ち上がったのだ。
「総長の女装癖は我々が矯正せねばなりません!」
「……」
部屋の主の片割れであるキアラは緑茶を啜りつつ、相方であるフェレイラの手元のティーカップの液面に生まれた波紋を眺める。
「凄いよなぁ、通神帯のファンクラブとかエロゲとか」
表示枠を展開してフェレイラの方に向ける。
百を優に超えている端(スレ)や「淫ポ搾る」というエロゲが通販ランキングの一位になったという記事が表示されていた。
「総長兼生徒会長ともあろう方が破廉恥な!」
キアラとして場を和ませるおふざけのつもりだったが、結果としてフェレイラの激情に油を注いでしまったようだ。
「フェレイラ君さあ、落ち着きなよ。郷に入りては郷に従え。極東じゃそう女装はそう忌避される事じゃないんだ。歌舞伎にも女形ってあるだろ?」
「いけません! 聖譜はそんな事を認めていないのです! 異性の格好で人を惑わすなど……」
ガチガチの旧派であるフェレイラには受け入れられないのか、身振り手振りで熱演する。
熱心なのは結構だがキアラは釘を刺しておく必要を感じた。
「異性装の禁止はTsirhc教譜の価値観であってそれを押し付けるのはともすれば布教と受け取られる。今の極東は禁教令下だし、布教したら踏み絵ダンスでドナドナだぜ? ってか俺らの親、二十年に布教して搾取しようとした前科があんだし、次はないぜ?」
むしろ隠れという扱いで信仰が認められているだけ感謝しなくては。
もちろん武蔵側も情けだけで見逃している訳ではないだろう。
禁教税という形で増収が見込めるし、そもそも各国からの移住者が多く、交易で成り立つ武蔵で完全な禁教が難しかったという事情もあっただろう。
それでも信仰が許されている事には変わりない。
「まあ、お前が意固地になるのも分かるが……」
「キアラ君、これ以上恥部を他国に喧伝する訳にいかないのです! そして今止めなければ大変な事になる!」
そう言ってフェレイラは部屋を飛び出していった。
●
武蔵に限った話ではないが、同じ場所に長年住んでいれば馴染みのコミュニティやネットワークを持つ事になる。
そこからの情報でフェレイラは葵・トーリが湯屋から出てくる所を補足出来た。
浴衣姿。案の定女装だった。
周囲では男達が膝をついて項垂れている。
「総長!」
「えっと、あなたは確か……」
「フェレイラです。今日は直談判に来ました」
胸に秘めた決意をぶつけるべくフェレイラは葵・トーリを凝視する。
風呂上がりだけあって上気した肌にうっすら浮かんだ汗が光る。
指で突っつけば柔らかく沈みこみそうな瑞々しい頬に水気を帯びて光沢を放つ髪の毛。
布越しでも分かる曲線を描く肢体、見る者を温かな気持ちにするような朗らかな笑顔。
ごくりと、唾が喉を通過する感触と音がやたら大きく響いた。
……落ち着くのです。あれは男、男、男、男、男、男、男、男、男、男。
「と、とにかく女性の格好をするのはやめていただきたいのです」
「何で?」
首を傾げる動作で覗いたうなじにまたしてもフェレイラの感情はかき乱される。
「……非常識です。他者に迷惑だと思わないのですか?」
「誰か迷惑してるの?」
膝をついている男達は視線を逸らす。
「俺らに振るな」彼等は無言でそう語っていた。
「ねえ」
艶かしい声で呟きながらそっと葵・トーリがフェレイラに近付く。
香料の香りが鼻孔をくすぐり、胸部に感じた二つの圧力がフェレイラの頭に衝撃をぶちこむ。
穏やかな瞳と視線が絡み、
「ソ、ソドミーは駄目ですー!」
絶叫してフェレイラを駆け出した。
去っていくフェレイラの背中を男達を生暖かい視線で見送り、
「あらら」
顎に指を当てて困った顔の葵・トーリが残された。
フェレイラの頑張りが足りなかったので片桐君が犠牲になりました。ってかフェレイラって姓もちょっとエロい意味に聞こえるよね。
ポルノ扱いされるラノベ男主人公は生子くらいのものだろうな……