『○○○○は……ISに殺されたも同然だ!! アレが殺したようなものだ!!』
『■■先生、お願いします! どうか、どうか!! ◎◎◎◎を救ってください!!』
『しかし、もう無理だよ。……ねえ?』
『ええ。我々としても最善を尽くしたつもりです。それにもう、手遅れですよ』
『そんな……。これでは、見殺しではないですか!!』
『人聞きの悪い事を言わないで下さい。これも仕方のないことなんですよ。やむをえない結果、です』
『そう。貴方達の▲▲は、アレに負けたのですから。仕方のないことですよ』
『そんな……!』
『もはや過飽和といってもいい中で、良い▲▲だけを取り上げるのは当然です。』
『それで、どの世界に転生したいの?』
『IS……インフィニット・ストラトスの世界だ』
『良いの? 貴女だったら、相応しいのは自分の▲▲じゃないの?』
『構わない、IS世界に転生させろ。転生が叶うなら、あの世界を……滅茶苦茶にしてやる!』
『ちくしょう……IS……インフィニット・ストラトスさえ無ければ……私達は……』
『……』
『あんな物があったから……私達は。私達の▲▲は!』
『ISと◆◆◆◆を、という方向に進みつつあってね。だから、もうこの▲▲の事は、とりあげられない』
『すいません。実は貴方達には、協力できなくなったんです』
『え? じゃ、じゃあ――!?』
『ええ。こちらの事情で、断るように言われたんです。うちとしては、やはりあちらの▲▲の方を優先させたいって事だったので』
「……けっ、くだらない夢を見たな」
クラス対抗戦に乱入した転生者――ケントルムは、自室のベッドで嫌な目覚め方をした。それは、悪夢だった。
かつて生きていた世界で、自分が口にした言葉、自分に投げかけられた言葉、自分が耳にした言葉。
それらが、時系列がバラバラな状態でフラッシュバックしてくる悪夢。
だが、ケントルム自身にとっては決して『消そうとはしない』憎悪の元であり。忘れようとはしない過去だった。
そして、枕もとの懐中時計――自身のIS・プロークルサートルの待機形態――を握る手にも力が入る。
「……まだだ。まだ、早い」
本当なら、今すぐにでも学園中の人間を皆殺しにして回りたい。だが――それでは不十分だ。何よりも『彼女』がここにはいない。
(篠ノ之束……)
ISを作った女。世界を変えた女。己の望むまま、自由に生きる女。――そして、ケントルムが最も殺したい相手。
(あの女を殺す……それが……私の……)
だが実際には、篠ノ之束自身に対して殺したい理由がある故にそう考えるのではない。
正確に言えば、篠ノ之束を殺す事はケントルムの中では『ある事』と同じだったからこそ殺意を向けるのだ。
そして、それを七夕の日に篠ノ之束本人に見極められてしまったからこそ。
ケントルムは『盆百の殺人犯と同じ殺意』を天災に対して抱いてしまったのだ。
たとえそれがどれほど傍から見て愚かであろうとも。……ケントルムの心は、その思いによって燃えさかり続けているのだった。
「そうだ……だからこそ私は、あの神に頼んだんだ……。あの大ヒットした魔法少女アニメの主人公の姿を持つ、あいつに……!!
そして、あのISのアンチ系SS作品の神にそっくりな対応を示した、あいつに……!!」
その憎悪を燃やしながら、懐中時計を握り締めるケントルム。
だが、彼女は一つだけ忘れ『させられ』ていた。その魔法少女アニメの主人公に関する、ある重要な情報を。
『ちょっと、何アレ。臭いんだけど……お風呂に入ってないの?』
『肩の所、フケだらけじゃない……気持ち悪い……』
『うわ、体重が100㎏くらいありそう……。あそこまで太って、よく外出できるわね』
「……」
一方。ケントルムよりも遅くこの学園にやってきた男、オベド・岸空理・カム・ドイッチ――自称・ゴウ――はゆったりとした目覚め方をした。
現在の所は一人部屋である彼には、気を使うべき同居人もおらず。ゆえに、何の反応もない部屋であった。
「……ふう」
転生前の夢を思い返していたその視線が、机の上に置き曝しにされているプレゼントへと向いた。
四組の女子何人かから送られたそれらは、今朝の夢に見た前世の自分であればもらえなかったであろう物だった。
「女なんて、しょせんは外面しか見ていない……って事か」
臭いのは体臭であり、フケが多いのも太りやすいのも体質だった。親も両方太っていたから、間違いない。
だが今は外見と体質が変わり、そしてこんな物を貰えるようになった。だからこそ、それが愚かな行為にしか見えなかった。
そしてそれは、自身の考えを深める為の薪でしかなかった。
「こんな世界は、歪んでいる。そして俺には、それを正す力がある。それは……」
左腕の、オムニポテンスの待機形態であるフィンガーグローブ。それが、朝日を反射して光った。
ゴウにはそれが、まるで自身の進む道を開く道しるべのようにも見える。
(この世界……それを『本来あるべき姿』に速く変える為に。そう、その為に俺は転生してきたんだ)
自身の境遇を、自分の決めた理由付けで正当化する。それは、ありきたりの歪んでいる妄執ではあるが。ありきたりであるがゆえに共感する者も有り。
個人的な妄執であるケントルムのそれとは異なり、世の中に不平を持つ者たちの中に賛同者を得られる考えだった。
そして、その考えを解き放つ時にいかなる災いが吹き出るのか。それは、解らなかった。
「……それにしても、何故<神>はエンシェント・ダークネス・ライト・ドラゴンの姿だったんだ?
しかも、発言内容やシチュエーションは『笛吹き』で有名だったあのアンチ系SSにそっくりだったしな……」
ゴウが見た、神の姿。それは彼が元いた世界で有名だった、カードゲームアニメの映画のラスボス、その主力モンスターの姿だった。
禍々しい二つの頭を持つドラゴン、という姿には似合わない、有名女性声優を使った事で話題になったキャラクターだったが。
何故その姿の<神>が現れたのか。それは、ゴウにとっても解けない疑問の一つだった。
そして、ゴウは一つだけ忘れ『させられ』ていた。そのドラゴンに関する、重要な情報を……。
<転生。貴女は、生まれ変わるの>
「生まれ変わる……?」
<そう。貴方は転生し、罪を償わなければならない>
そんな事を、少女の姿をした目の前の<神>は告げてくる。それが『彼女』の本日の夢だった。
「……今日もあの子の方が早起き、かあ」
(早起きというか、私達が遅いだけよ)
IS学園の生徒である少女は、空っぽのベッドを見て呟いた。自身はまだベッドの中にいるが、隣のベッドでは既に布団がきちんと畳まれている。
少女はいつも、ルームメイトよりも遅く起きる。その理由は、少女の特殊な境遇にあった。
(もう、それは言わないでよ。これも貴方が転生してきたからなんだからね)
(それを言われると、立つ瀬も無い……。でも転生した時の夢、最近よく見るようになったわね……)
(貴女の知識と関係してるのかもね)
文章では二人の会話にも聞こえるが、電話などをしているわけでもなく、部屋には少女しかいない。
そしてその呼びかける存在こそ、少女が常にルームメイトよりも遅く起床する根本的原因だった。
(でもまあ。日本人の人格が別世界から転生して五歳の私に宿ったなんて、普通に考えたらありえない事だよね。
しかもインフィニット・ストラトス、っていう名のライトノベルがある世界から、だなんて)
(そりゃそうよ。憑依転生は聞いた事あるけど。……というか、まだ起きないの?)
「うわっ、起きないと食堂が閉まっちゃう! 日曜日だからって、寝かせてくれていたのは嬉しいけど~!」
(それにしてもあの神様って、似てたわね……。あの大ヒットゲームのアニメの、メインキャラの一人の巫女さんに……。
対応とかは、神様転生系SSで、作品を問わずあるような感じだったけど……)
少女本人がドタバタと着替え始める中、憑依した人格である彼女は出会った神について追想する。
だが、神の顔は思い出せるのだが。その似ている巫女さんキャラの名前や、アニメの他のキャラクター名。その舞台となる場所の名前。
章のタイトルにもなっている重要キーワード。あるいは、その手に持つ道具の名前などは、何故か思い出せないのだった。
同じ学生寮で目覚める、クラス対抗戦での乱入者を通報した一人――。彼女もまた、憑依した人格を宿すものだった。
「ふああああ……もう、こんな時間かぁ。じゃあ、着替えようかな」
彼女はそういうと、いつものように部屋着に着替え始めた。とても特徴的な肌着なのだが、ルームメイトは既におらず。
何故そんな部屋着なのか、ツッコミを入れる人間もいない。――そう、人間はいない。
(相変わらず、色気も無い格好だよな)
薄手のTシャツ一枚に下着なし、という文字だけ見れば男性の欲情を誘う姿。そして彼女のスタイルも決して悪くはないのだが。
Tシャツに描かれている物が、全てを台無しにしていた。
「むー。誰の影響だと思ってるの? このTシャツだって、貴方の影響なんだよ?」
(それは俺だ)
「解ればよろしい。……これでも、結構スタイルいい方なんだけどなー」
(この学園じゃ、とんでもないスタイルの持ち主が多いからな。おまえも偏差値60はいけるが、70や80がゴロゴロいるし)
「ああ、海外勢はそうだし。一組の篠ノ之さんとか布仏さんとか、日本人離れした人も多いよね。――貴方の記憶通りに」
(まあ、な。俺は別に、誰のファンというわけでもなかったけど……)
この少女もまた、巫女の姿をした神に出会った女性と同じような経緯で宿った別人格を宿しているのだった。
――ただし、その人格は男性である。
(しかしお前、無防備すぎるだろ)
「そうかな? 凛ちゃんとかに比べれば、まだまだだと思うけどな」
(というかお前、織斑一夏や安芸野将隆、四組のゴウとかいう奴だって男として見ていないだろ)
「お互い様だよ、それ」
少女には男性人格が宿っているのだが、既に約十年の付き合いである。
着替えをした回数など、今までに四桁になっているのだから今更羞恥心など無い。そもそも、その男性人格の方も。
(自分の宿っている身体が女だからか、それとも精神疲弊してるのか。欲望とか無くなってきてるんだよな……)
(じゃあ、いつかは女になったりするのかな?)
(ねえよ! というか、何で男の俺を女に転生させたのかを神に問い詰めるまでは、死んでも死にきれねえよ!!)
(……なんか、重いような軽いような言葉だね)
(それよりも、支度しろよ。お前、忙しいんだろ)
(そうなんだよねえ……)
一つの身体に少女と男性の二つの精神を宿す少女。この時はまだ、ただの生徒だった。
後に、伝説の一つとなる少女。この時は、15歳の少女に過ぎなかった。
(……それにしても、あの神。何であの姿だったんだろう? やった事は、あの有名同人ゲームみたいだったけどな)
少女に宿りし男は、そう呟く。その脳裏に移っていたのは、この学園でも上位レベルに入れるであろうスタイルを持ち。
無表情のままに剣を持つ、赤を基調とする制服をまとう、宿主たる今の少女よりも二学年上の、美少女ゲームのキャラクターだった……。
「おーい、中村耀司(なかむら ようじ)君? 何をぼーーっとしてるの?」
俺の名は、今呼ばれたように中村耀司という。今まで生きてきた年月は46年になる、年齢は16歳の高校一年生だ。
……今の俺の解説にツッコミを入れた人は、正常だろう。俺は所謂、転生という物を経験した。
16年前、30になったばかりの俺は死んでしまった。だが死んだ原因、昔の名などはもう忘れた。
前世の記憶も『アレ』がなければ、夢か何かだと思ってしまうほどにあやふやな記憶だ。そして、俺の名前を呼んだ相手は。
「兄をフルネームで呼ぶな」
「いいじゃないの。ところでお兄ちゃん、何でぼーーーっとしてたの?」
ころころと表情を変える少女。俺の血を分けた妹の咲(さき)だ。
俺が元々いた世界でも、この世界でも流行ったライトノベル風に言うなら『こんなに出来の良い美少女が俺の妹の筈が無い』って感じだ。
「別に理由なんてないさ。お前のほうこそ、どうなんだよ」
「うん、今日は少し元気だよ」
「そっか。良かったな」
さて、俺は転生を経験したのだが。その時、ある存在に出会った。自身を神だと自称するそれは、俺に力を与えてくれた。
俺が元々いた世界でもこの世界でも共に大流行したゲーム風に言うと『運命を、自分の望む方向に少しだけ向けられる程度の能力』って所だ。
回数制限も合って、一日五回まで。発動には、その運命を変えたい対象に触る必要があったり、同じ対象には24時間以上経過しないと効果が無かったりと制限も多い。
ただ単純に『ラッキーになる能力が欲しい』って言ったら、こんな能力を貰った。――だけど、効果はかなりあると思う。
たとえばテストだと、選択肢の中から解答を選ぶ場合には有効だ。適当な選択肢を選び、この能力を使えば『偶然』その選択肢が正解、って事にも出来る。ただし記述問題はあるていど書かないと、部分点さえ貰えない。
また、運動系にも使い勝手が微妙だ。野球をすればボールがバットに当たったり偶々グラブでボールをキャッチできたりはするが、相手のエラーを誘うような真似は難しい――ボールに触ればいいのだが、攻撃側がボールに触る事はまずない。
また、俺の意思でどんな幸運が来るのか内容を選べないのも厄介だった。
以前、くじ引きでこの能力を使ったときのこと。一等の最新型テレビを狙っていたのだが、当たったのは三等の日本酒の一升瓶だった。
父親は喜んでくれたが、前世から下戸だった俺にとっては嬉しくなかった。
抽選なら、葉書にこの能力を使用すればかなりの確率で当たった。100%ではなく、70%くらいだが。
宝くじも買ってみたが、せいぜい一枚につき数千円の当たりだった。まあ、それでも元手を考えれば大もうけなんだが。
とまあ、こんな漢字で貰った能力を駆使してそれなりにウハウハな人生を送ってきたんだが。――数ヶ月前、俺の人生は一変した。
後から聞いた話では路面の凍結でスリップしたというトラックが、俺の目の前に突っ込んできたのだ。その時は『ああ、また死ぬのか俺』と思った。
幸運能力は、前述の通り手でふれなければならないが、その時俺は両手に荷物を持っていて。気がついたときには、トラックが目の前にいて。
絶対に、間に合わないと思ったからだ。走馬灯、っていう奴は『今回も』見なかった。代わりに、見たのは。
「え?」
「だい……じょうぶ? お兄、ちゃん」
次の瞬間。俺を突き飛ばし、右足をトラックのタイヤとガードレールの間に挟まれ。顔を真っ青にしながら笑顔を向ける、咲の姿だった。
医師の判断では、よくて片足欠損、悪ければ失血死というレベルの怪我だったが。
俺の能力を、手術で執刀する医師・咲自身・出術室・咲の手術着・俺自身にフル活用し。
何とか、文字通り運命の糸が繋がった。俺の責任だから、せめて手術を見守らせて欲しいと言って許可が出た時には、神様に感謝した。
だけど奇跡の五連発とはいえそう簡単に済む筈も無く、今の咲はリハビリの真っ最中だ。
神経縫合から血管縫合、更には特殊細胞の処置などの大手術だったのだから、当然だ。きっと『この世界じゃなければ』もっと酷かっただろう。
俺のもといた世界よりも、技術レベルがISの影響で向上した、この世界でなければ……。
「ちょっと、お兄ちゃん。あれ、持ってきてくれたの?」
「お、おう。……ほれ、これが買ってきてくれって頼まれていた問題集だ。ちゃんと、持って来たぞ」
「ありがとう」
「それにしても、大丈夫なのか? まだ無理は禁物なんだろ?」
「大丈夫だよ、足はこんな状態だけど、手も頭もほとんど怪我をしてないんだし。それに、二年後にはIS学園の受験だからね!!」
――そう。咲は、ISに憧れる少女の一人なのだ。今はスポーツはおろか歩く事さえ出来ないが、勉強はベッドの上でも出来る。
だから、座学を徹底的にやっているのだ。せっかく入ったIS学園向けの特別コースも休学中である分を、しっかりと埋めるために。
もっとも、代表候補生として選ばれるような少女でない限り、実際に入学試験までISの実機に搭乗する娘なんていないらしいが。
「ま、無理しすぎない程度に頑張れよ」
「……ありがと」
軽く頭を撫でると、咲の全身が淡い青色に輝いた。俺だけにしか見えない光だが、これで幸運能力が発動したのがわかる。
これで、少しは物覚えがよくなってくれるだろうか? ……たぶん、テストには効果があったから有効だと思うんだが。
「んじゃ、俺は帰るよ。明日、母さんが来るって言ってたけど、何か伝言あるか?」
「うーん、別にないよ。じゃ、またね」
「おう」
そのまま、同室の人にも一礼して咲の病室を出る。――今日もいい天気だな。
病院を出ると、退院する患者とその家族が、医者にお礼を言っていた。……あの患者、咲の隣のベッドにいた患者だ。
確か、受けるのは成功率5%以下って手術だった。だけど、何とか成功して退院できる事になったんだったな。良かった。
「……俺がこの力を得て生まれてきた意味は、これなのかもしれないな」
将来なんて、この力があればどうでも良かったが。この力があれば……成功確率の低い手術を、成功させる手助けだとかもできる。
あるいは、他にも成功確率の低い『成功させないとやばい事』を成功に導くだとか。あるいは、不可能を可能にすることもOKだろう。
この力を活かせば、そんな風に生きていくことも出来る。……今回の一件で、つくづくそう感じた。
「……そこまで考えて、神は俺に力をよこしたのかな」
柄でもないが、そんな事を考える。……それにしても、どうしてあんな姿だったのだろう。
あの、ISよりも少し大きいくらいの――スパロボ出演時の表現なら、サイズS――人型兵器と同じ姿、その搭載AIと同じ声の<神>は……。
どうしてハリセンツッコミ少女や三つ編みの天才少女ではなく、あの姿だったのだろう、と。
「お前が、クリスティアン・ローリーか」
「そうだが、何の用事だ」
その男は、カコ・アガピの会長室に突然転移して現れた。ティタンと同系統の能力だな、とクリスティアンは考えていたが。
「俺は万能の力を与えられた男だ。――まずは、俺に跪いてもらおうか」
「……」
男がそういうと、クリスティアンは片膝をついて跪く。まるで、人形か何かのように。
「そっちにいるのは会長の影こと、マオ・ケーダ・ストーニーか。とりあえず、裸になって俺に忠誠を誓ってもらおうか」
下劣な笑みを浮かべ、マオへと命令を下す男。クリスティアンの横にいたマオが、服に手を掛けた。同時に、胸元のボタンが弾けとび――。
「がはあああっ!? め、目があああああ!?」
そのまま、閃光が生じる。跪いているクリスティアンには影響はないが、男がノーガードでその閃光を浴びてしまい、目を押さえ込んで苦しむ中。
「私に命令できるのは、クリスティアン様のみです。身の程を知りなさい」
「ごふっ……」
鳩尾に鉄拳を叩き込まれ、それで下がった顎を打たれた。脳を揺らされ、瞬く間にフラフラな男にクリスティアンが嘲笑を浴びせる。
「マオは、俺が転生する際に頼んだ道具。色々と能力を付け加えてあるが、俺に対する絶対の服従と命令の遵守を命じてある。
俺は、既に命令しているんだよ。――お前に命令する物がいても、俺自身の許可がなければそいつの命令を聞くな、とね」
「ば、馬鹿な……何故、俺の力が通じない!? 俺の力は、あらゆる生命体に通じるはずだ! 神がそう言ったんだからな!」
「ああ、それは多分そうなんだろうな。――お前に与えられたのは、そういう力なんだろうよ」
倒れそうになるのを必死でこらえようとする男だが、それはまるで下手な踊りでも踊っているようだった。
そんな男に、クリスティアンは笑いながら宣告する。
「まあ、どっちみちお前はもう死んだも同然だけどな」
「何!?」
「不思議に思わなかったか? 転生者が多くいる世界で、俺がここまで上り詰められた理由を」
絶対的優位に立つ人間が浮かべる、勝ち誇った笑み。それを浮かべながら、クリスティアンは男に刑罰を告げる。
「俺にはいわゆる『転生者』と言われる人間の能力を封じる力がある。
その発動条件は、俺の前で能力を使うか、あるいは俺の所有物――カコ・アガピグループに対して能力を使うかの自動発動能力(アクティブスキル)だ」
「な、何だと? そ、そんな事は聞いていないぞ!? だいたい、カコ・アガピに使ったときはちゃんと使えたんだ!」
「ああ、その時にお前の能力を俺は感知した。まあ、泳がせただけだ」
「なん、だと……?」
愕然、となる男の表情。それと同時に、膝が砕け崩れ落ちる。
「信じられないか? だが、お前が神に与えられた能力は全て封じているのは事実だ。お前が今使えるのは、自分自身の力だけだ」
「ば、馬鹿な……そんなことは無い! 死ね! 死ね! 死ねえええええええええええええええええええ!」
倒れたままの男が叫ぶが、それは会長室に空しくこだまするだけだった。そんな男を見て、クリスティアンはなおも笑いを深める。
「さて、と。――マオ、こいつは【ブナ】にでも送っておけ」
「使われないのですか?」
「力が大雑把すぎて、あまり使えん。大きすぎる」
「心得ました。――コマンド」
「な、何をする! 離せ! 離せえええええええええええ!」
マオの声と共に、音も無く現れた全身が黒尽くめの人間たち――コマンド、と呼ばれた者達が男を拘束し、クリスティアンとマオの前から連れ去っていく。
その顛末を見届けたクリスティアンの顔に浮かんでいたのは――歪んだ微笑。
「ゾンダーコマンドどもは、よく働くな」
「……クリスティアン様、その名を口にされてはなりません」
「ああ、そうだったか。――元が日本人の俺には、どうも普通に呼べる名前なんでな」
「日本人には特に意味が理解できない名前であっても、ゾンダーコマンドという正式名称はあまり口外すべきではないものです」
「ふん……。面倒だな。だが、俺に指図するな。罰を与える」
「申し訳ありません」
マオの言葉は紛れも無い忠告であり、クリスティアンにとって有益な物である。
だがクリスティアンはそれを指図だと受け止め、マオはそれに対する罰を受ける。歪なる関係。これもまた、神によってこの世界に送り込まれた者の一つの形だった。
『……という顛末になり、学年別トーナメント一年生の部準決勝に、織斑一夏とシャルロット・デュノアが再登場することとなった』
モニターより聞こえるその声は、IS学園一年三組副担任、古賀水蓮の声だった。そしてそれを聞いているのは、銀の福音事件を見守っていた者達。
彼らもまた、転生という経験をした者達だった。
「なるほど。――歴史の修正力、というやつかな。結局は織斑一夏と、ラウラ・ボーデヴィッヒが戦う事になったか」
「しかし、どうなる……? 我々の知る限りでは、VTシステム発動による無効試合だったわけだがそのVTは既にない」
「さらに加えるなら、篠ノ之箒が既に紅椿を得ている。アレの発動は、まだのようだが」
「いや、重要なのは試合結果ではないだろ。これが、そのとおりに行くのかというべき点だ」
「乱入か……」
それは、当然考えられる要素だった。その対象は。
「考えられるのは、カコ・アガピか篠ノ之束……。だが、後者の可能性はあるのか?」
「本来なら、篠ノ之束が学年別トーナメントに干渉する可能性は低い。だが、ゼロではないだろうな」
「そういえば、学年別トーナメントを中断させたあの乱入はカコ・アガピ側で間違いないのか?」
「ああ。篠ノ之束が安芸野将隆や更識簪に興味を抱いている、とは考えづらい。この世界における『ゴーレム』は原作版の『バージョンO』のようだ。
ならば『バージョンT』であるあの機体は、篠ノ之束のものではあるまい。恐らく知識を持つ者が作ったイミテーション、だろう」
その言葉と共に、クラス対抗戦第一の乱入者であるゴーレム、そして学年別トーナメント準決勝での乱入者が映し出された。
そのスペック差は歴然としており、また各種データも同一の開発である可能性を低く計算している。
「あの木っ端微塵っぷりからして、学年別トーナメントの方はドールなんだろうけどな。……にしても、何でこんな風に使ったんだ?」
「データ収集、ではないのか?」
「それにしても、タイミングが分からん。無人化の一端だとして、何故、安芸野将隆や更識簪にぶつける必要があった?」
「開発が遅れた……という理由では弱いな」
『……案外と、ウサ晴らしなのではないのか』
そんな中漏れた、古賀水蓮の一言。その声に、一堂の注目が集まる。
『ドールコアの使い方は、まるで消耗品のごとく使い捨てにされているものがある。ならばあのバージョンTのコアも、それで十分と思われたのではないのか?』
「だが、ウサ晴らしとは……?」
『あの直前、ドイッチが篠ノ之箒に敗れた。紅椿ではなく、打鉄を纏っていた篠ノ之箒にな』
「あの、転生者の可能性が高い男性操縦者か。……やはり、ヘイターか?」
『隠してはいるようだが、言葉の端々からそういった感情は見て取れる。ヘイターだとすれば、篠ノ之箒への敗北など決して認められんだろう。
ああいった人種は《自分が認めていない者への敗北》を忌み嫌うからな』
「そのウサ晴らしのために無人機を乱入させ、トーナメントを中止させた、か。……だが、そうなると元々準備されていたのか?」
『そうなるな。あのタイミングで来た、という点においては予想通りなのかもしれん』
「となると、本来想定されていた相手とは――そのドイッチという男性操縦者か?」
『銀の福音と紅椿、篠ノ之箒と同じだと考えればそうなる。まあ、物証などはないがな』
「……どちらにせよ、まだまだ目が離せんか。倉持技研に出現した連中と、打鉄弐式への混入プログラムもそうだがな……」
「ああ。カコ・アガピへの対策もまだまだだからな……」
『では、私はそろそろ失礼するぞ。――色々と、忙しいのでな』
古賀水蓮が連絡を切り、そして成層圏での会議は終わった。彼らはクリスティアンやゴウとは違い、邪悪ではない。
――だが、絶対的な存在でもないのだった。なぜならば。
「ふーん。これが、すこーりゅんの言っていた『天選者』か」
「はい」
ここは、篠ノ之束の秘密ラボの一角。そこにいたのは篠ノ之束とティタンだった。そして二人の間にある空間ウィンドウに映し出されていた物とは。
『あの木っ端微塵っぷりからして、学年別トーナメントの方はドールなんだろうけどな。……にしても、何でこんな風に使ったんだ?』
『データ収集、ではないのか?』
『それにしても、タイミングが分からん。無人化の一端だとして、何故、安芸野将隆や更識簪にぶつける必要があった?』
『開発が遅れた……という理由では弱いな』
『……案外と、ウサ晴らしなのではないのか』
先ほどまで行われていた、古賀水蓮も参加していた会議の顛末だった。何故、これを盗聴しているのかといえば。
「……おー」
指先を動かす『遊戯』のBGMとして、であった。束が指を動かすたびに、その座っている椅子の一部が動く。
その椅子の動きは小さなハンドツールへと伝わり、束の眼前にある小さな椅子へと伝わる。その小さな椅子の一部が動き、さらに小さなハンドツールへと伝わる。
それらを幾度となく繰り返した先にある、ナノサイズのISのプラモデルが作られていた。これが束の『遊戯』である。
ただ、これは二回目であり。少しは変えてみようか、とBGMを付けたのが会議の盗聴であった。
「あーあ、終わったかあ」
束が立ち上がり、完成したナノサイズのモデルを手に取る。本来は手に取ることなど出来ないサイズだが、束は別だった。
そして椅子を崩し、別の部屋へと向かう。そこには既に完成した、本物のISがあった。
「さて、と。これはもしもの時のためにいっくんと箒ちゃん用に使う気だったけど。あっちを使っちゃったから、どうしようかなー」
黒光りする装甲を持つ、巨大なIS。本来ならば人が納まるスペースがあるべきそれは、全く別のものが置かれていた。
もしそれを見たのならば、IS学園、カコ・アガピ、そして先ほどの会議の参加者全員が顔色を変えるもの。
「ゴーレムⅡ。使わないのもアレだし、試してみるかー」
束がゴーレムⅡと呼んだ、そのIS。それは銀の福音事件の際、福音を使えなくなった場合に代打として用意されていたものであり。
同時に――先ほどの会議の参加者が『バージョンT』と呼んだ物とそっくりなISであった。
「平和ね……」
私は、学校の敷地内にあるカフェでゆっくりとお茶を飲んでいた。その隣には、抹茶ケーキ。――ああ、平和って素敵。
「そうね」
前にいるのは、フランチェスカ。彼女の飲んでいるのはレモネードで、隣にはティラミス。ちょっとだけ貰ったけど、こっちも美味しかった。
「それにしても、香奈枝が放課後に暇だなんて珍しいわね」
「ええ。整備棟は今日は点検とかで使用できなくなってるの。まあ、自主学習とかなら出来なくも無いんだけど……たまには、ね」
「そうなんだ。まあ香奈枝って色々と苦労を背負い込むんだし、一日くらいゆっくりしたってバチは当たらないわよね」
そう、願いたいわね。
「ところで香奈枝。ちょっと変な話を聞いたんだけど」
「変な話?」
「うん。香奈枝が生徒会に誘われてるって話。本当なの?」
「……は?」
ちょ、ちょっと待った。何でそんな話が出てるの?
「だって、布仏さんとか、臨海学校の帰りに彼女を迎えに来た彼女のお姉さんとか、香奈枝と親しいんでしょ?」
「それはそうだけど、それとこれとは話が別じゃない」
「うん。あのお姉さんの方が、香奈枝をスカウトしたがってるんだって話だったんだけど」
「……虚先輩が?」
「あのお姉さんが卒業しちゃったら、あの自由人の会長と、マイペースの布仏さんだけになっちゃうから。香奈枝がいてくれれば安心だ、って事みたいよ」
「……」
ちょっと想像してみる。私が、更識会長や本音さんと一緒に虚先輩がいなくなった後の生徒会をやる……と。
『本音さん、こっちの書類お願い……って、寝てる!?』
『もう食べられないよ~~むにゃむにゃ』
『か、会長は何処っ!? って、何この置き書き!? 【ちょっと織斑君をからかってきます】って何!? って、あああああ~~!
や、山盛りの書類が雪崩を起こして……きゃああああああああああああっ!』
「……」
「ど、どうしたの香奈枝、顔色が真っ青よ?」
「な、何でもないわ」
うん、そんな事になったら確実にストレスで倒れるわ私。以前、疲れが溜まりすぎて倒れたけど。それの再現になりそう。
「ま、まあそんな事無いわよ、きっと。……たぶん。……恐らく。ないと……良いなあ」
「だ、だんだん顔色が悪くなってるわよ香奈枝。ティラミス、もう一口食べない?」
フランチェスカが心配そうに見るけど、私はさっきまで美味しかったお茶を楽しむ余裕もなくなっていた。……ま、まあ杞憂よね、きっと。
「あ、宇月さん、レオーネさん。こんにちわ」
「あら、デュノアさんじゃない」
そこにいたのは、元私達の隣室に居た女生徒、シャルロット・デュノアさんだった。
男装していた頃と変わらないその笑顔は、同性であっても引きつけられそうに眩しい。
「……どうしたの、宇月さん。顔色悪いけど、体調を崩したの? 前に倒れた事がある、って一夏が言ってたけど」
「う、うん。まあ、何でもないのよデュノアさん。変な噂を聞いちゃっただけ」
「変な噂? ――先生とかに相談した方が良いんじゃないかな?」
「ううん。まあ、そこまで話すまでも無い噂なんだけど……」
そして私は、デュノアさんに噂の事を話した。彼女は聞き上手だ、と以前織斑君が言っていたけど。その通りだった。
「生徒会に? へえ、宇月さんもなんだ」
「いや、それは別に本当にスカウトされたってわけじゃなくて、単純にそういう噂が流れているだけであって――」
「ちょっと待って。宇月さん……も、ってどういう事?」
「え?」
あれ、そんな事を言ったっけ? でもフランチェスカの指摘に、デュノアさんの笑顔が曇ってるし。彼女は、本当に誘われてるの?
「……僕も、少しだけ誘われてるって事だよ。でも、あんまり他の人には言わないでね?」
そういうと、彼女は少し困ったような表情になる。何処か、庇護欲を誘いそうな表情だった。
「あれ、シャル? 宇月さんと、フランチェスカもか」
「い、一夏!?」
ただしそれは、織斑君の来訪と共に一瞬で消えた。リボンで纏めていた髪が立ち上がった拍子に揺れて、ご主人様が来て喜ぶ犬の尻尾みたいに動く。
……さて、巻き込まれないようにしないとね。
「まあ、デュノアさんって凄い人だしねえ……誘われても、当然かもしれないわ」
偶然やってきた織斑君についていき、デュノアさんも去っていった。そしてフランチェスカが漏らしたのがこの一言なんだけど……まあ、確かにそうだ。
代表候補生になれるくらいの腕利きで、性格よし、人付き合いもよし、しかもデュノア社のお嬢様で美少女。
……何か、感じちゃいけないんだけど勝手にコンプレックスを感じてしまいそうだわ。
「でも、織斑ガールズの一員なんだよねえ。……それにしても、織斑君の何処がよくて好きになったんだろう」
まあ、彼は中学時代から結構モテていた。顔は悪くないし、運動神経や頭も悪くはない。料理上手だし、性格だって悪いわけではない、けど。
「さあ、ね。でもあの唐変木っぷりでも、まだ好きなんて、ねえ……」
付き合ってください! と言われたら、買い物だな。OK。と言いそうなのが彼だ。はっきり言って、女心は全然分かっていない。
なのに、妙に女子にモテている。……うーん、分からない。
「まあ、好きになる理由なんて人それぞれだし良いんじゃないの? それより、香奈枝はどうなの?」
「私?」
「うん。織斑君と安芸野君、どっちがタイプなの?」
「……ちょっと待ってフランチェスカ、何でそうなるの?」
私にとっては、中学時代からの知り合いと昔遊んだ幼なじみなんだけど?
「だって、織斑君と安芸野君の両方と親しい女子なんてそうそういないよ?」
「そうなの?」
「うん。クラス代表の凰さんとか更識さんなら、少しは安芸野君と親しいし。あるいは剣道部員だったら織斑君とは少し親しくなったけど。
でも、両方からの親密さ合計値なら香奈枝が多分トップだよ」
「……親密さって、合計する物じゃないと思うんだけど」
おかしいでしょ、それ。
「勿体無い、なあ。私達ならそれをフル活用するのに」
「宝の持ち腐れ、ですね」
「……一応聞くけど、何時からいたの二人とも」
「本当、神出鬼没ね」
私達と普通に会話をしているのは、三組の都築恵乃さんと加納空さん。いわずと知れた、ブラックホールコンビだった。
「あ、そうだ。貴女達に聞きたいことがあるんだけど……」
「ほう。宇月さんが聞きたい事がある、とは珍しい」
「貴女から貰った情報ポイント、結構溜まってるからね。大半の情報なら見返りなしで教えられるよ?」
「実はね……」
「ああ、それならデュノアさんの噂の変形ですね」
「まあ、単純な物だよね」
私の質問――私が生徒会に誘われている、とはどういう事なのかを知りたい、と知った二人は、あっさりと回答した。噂の変形?
「噂って言うのはさ、尾鰭がつくものだよね?」
「うん」
その位は、私でも分かるけど。何でデュノアさんの噂が私になるの?
「多分、デュノアさんが誘われた → 他の生徒も誘われるんじゃないか → じゃあ誰だ? → 宇月さんじゃないか? って感じで変形したんだと思うよ」
「もしくは単純に、デュノアさんの部分が宇月さんに変形しただけでしょう」
「はあ……」
なあんだ、そんな物だったんだ。
「ふう、一安心したわ。ありがとう、二人とも」
「いえいえ。こちらこそ、宇月さんにはいつもお世話になっていますから」
「それで、聞きたいのはそれだけかな? 他に聞いても良いよ? まだまだポイントは溜まってるし」
「ううん。今日の所は、これで良いわ」
「そうですか。それでは失礼します」
「じゃあ、またね!」
ブラックホールコンビの二人は、そういうと走り去っていった。……元気だなあ。
「でもこれで一安心ね、香奈枝。良かったじゃない」
「そうね、安心したらお腹すいたわ! 今日はもう一個ケーキを食べる! 倉持技研さんから貰ったお金があるから、フランチェスカにも奢るよ!」
「お、元気出てきたね! それじゃあ遠慮なく!」
そして私達は、揃って二個目のケーキを注文するのだった。……幸せって、こんなささやかな事でいいんだなあと。つくづく思う。
願わくば、この幸せが少しでも長く続きますように――。
……なお、この日の夜。体重計に乗った香奈枝とフランチェスカを襲った悲劇とその顛末は、別の話である。