今回も更新が送れて申し訳ありませんでした。……二回連続で言ってますね。これ。
「では今回の物は、甲龍の物と違うというのですか?」
「甲龍の衝撃砲を作動不可能にした実物のデータが100%は無い以上、立証は出来んが。
確実なのは、打鉄弐式が……更識簪とマルグリット・ドレが準決勝に不参加となった事だ」
一夏と簪が倉持技研第一研究所でティタンらと戦闘になり、十時間後。既に深夜となっていたが、IS学園では未だに教師達の話し合いが続いていた。
「どうしようもできないのか?」
「はい。操縦者の更識簪さんには負傷はありません。しかし打鉄弐式自体が起動不可能な状態になっています。参加は許可できません」
「それにしても、どうしてそんなことになったんですか?」
「恐らくは、倉持技研の侵入者が何らかのウイルスを仕込んだ物だと思われます。
ただ、あちらでも学園側でも解析不能な代物である為、詳細は不明です」
現在の所、確定しているのは上記の二つだけだった。打鉄弐式にウイルスが仕込まれ、機動出来ないほどの状態だという事。
それにより、再開される学年別トーナメントへの出場は不可能となったという事だけだった。
「更識簪さんを代用機で出場、という形はでの出場は出来ないんですか?」
「技術的には、可能なのだが。――その為には一度、更識簪と打鉄弐式のリンクを切らねばならないんですよ。
つまり、今まで更識簪と打鉄弐式が積み上げてきたデータを放棄するに等しいわけです」
「なるほど」
この中では最もISに『詳しくない』海原裕が質問を投げかける。だがその質問は、一蹴された。
「というわけで、安芸野将隆と赤堀唯が不戦勝で決勝進出。篠ノ之箒、ラウラ・ボーデヴィッヒと決勝戦を戦うということになるでしょうか」
「そうですね。では明日にでも、四名にその事を通達し――」
「……一つ、良いでしょうか」
「何ですか、織斑先生?」
「準決勝第二試合を安芸野将隆、赤堀唯と織斑一夏、シャルロット・デュノアの組み合わせで行うというのは如何ですか?」
「え、えええ!?」
「敗者復活、か」
纏まりかけた場をぶち壊す千冬の発言。だがそれは、驚きが収まれば意外にも受け入れられた。
「まあ確かに、それも適切だね。もしも織斑一夏らが勝ちあがれば、その時は白式と紅椿が相対(あいたい)するという事だ」
「……まあ、更識さんたちが出場できなければ織斑君たちが出場するという予定でしたからね」
「それならば、エキシビジョンの必要性もなくなるわけだし……」
トーナメント途中、日本政府の方から、簪から打鉄弐式を取り上げるという話も出ていた事があった。
それが丁度準々決勝のタイミングに当たったため、勝ち上がった簪達が準決勝に出場できない可能性もあり。
その場合、一夏とシャルロットが代わりに将隆らと戦うという案も出ていた。実際にはそんな辞退はなく、簪とマルグリットが将隆と唯に相対したのだが。
「では、織斑先生の案で行くという事で宜しいですね?」
千冬の案が捻じ込まれた形となったが、ある意味では全員の納得する結末となった。――だが。それは、根本的な問題の解決にはなっていなかった。
「さて、これで一番得をするのは誰なのかな」
会議終了後。誰が、こんな事を計画したのかを古賀水蓮は考える。しかしその対象は多すぎた。
白式や紅椿の情報を得たい人間、であればIS関係者であれば誰でも該当する。だが、それを実行できそうな人間となると。
「あの転移能力者と、更識楯無が戦った刀剣使いが絡んでいる以上、対抗戦の乱入者側だと考えるのが自然だが」
古賀水蓮は、クラス対抗戦時にはこの学園にはいなかった。だが、そんな彼女でも考える事は出来る。
「あの一件も、七月七日と同様に複数の乱入が重複した物――なのか?」
銀の福音の暴走、狂犬部隊の乱入、ティタンやアケノトリの乱入。それらが重なったのがあの一件だとすれば。
「ゴーレムは篠ノ之束だとばかり思い込んでいたが、実は違う、のか?」
思考の迷路に嵌っていく水蓮。頭がよく、知識もあるが故の混迷だった。――そして彼女は、別の事へと意識を向ける。
「それにしても、二段階瞬時加速の連続使用か。――知識よりも、強くなっていると見るべきか。
やはりこれは『本来』よりも多い数々の戦いが、織斑一夏と白式を想定以上に進化させたと考えるべき、か? ――いや、そもそも」
ティタンらとの戦いで見せた、織斑一夏の成長。それに思い当たった時、水蓮の表情が歪んだ。それは、考えても見れば当然の事。
「そもそも『原作者』は、ISに関しては殆ど具体的なスペックを明かさなかったのだったな。我々の知識も、それほど役に立つものではないという事か。
……さて、戦乙女の紛い物がない今、どうなるか。願わくば、乱入などは無いほうが良いのだがな」
自分でも半ば信じていない口調で、彼女は呟いた。
彼女の持つ『知識』では、学園で起こるイベントの中で過半数以上に『乱入者』がいたのだからそれも当然だったが。
「しかし、これで『本来』の流れになるとはいえ。――納得できない者達はいそうだな」
それがどう動くのか。自分はどう動くべきなのか。水蓮の思考は、それからも続いたのだった。
翌日の朝。寮長室で、一夏とシャルロットに、簪とマルグリットの代わりに学年別トーナメント準決勝に出場する事が正式に決定した、と伝えられた。
それを聞いた二人の表情は、困惑と激昂だった。
「僕達が、更識さんたちの代わりに将隆達と戦うんですか?」
「何なんだよ、それ……!」
「意外と激昂するのだな、織斑。以前、更識らが出られない可能性があると聞いた時にはそこまで激昂しなかったと聞いているのだが」
「俺が、原因だからだよ」
「え? ――っ!?」
シャルロットが一夏へと視線を向けた瞬間。彼は、自身の前にあった机を殴りつけた。
「い、一夏! 何で机を殴りつけるの!?」
「俺が、もう少し早く気付けていれば……!」
「織斑。――打鉄弐式の一件は、お前でもどうしようもできなかっただろう」
「だけど俺は、気付けた筈なんだ! あの時、トーナメント開催中の夜に、クラス対抗戦にもきた四本腕が、同じように変な撤退をしたんだから!
俺にわざわざ時間を与えたり、あっさりと撤退したり……! 明らかに、何かを仕掛けたのを分からなきゃいけなかったんだ!」
血を吐くような声で絶叫する一夏。自分では説得できない、と千冬に視線を向けたシャルロットだが。
「……それについては、可能性は低いとはいえ否定できんな」
「お、織斑先生!? あの一件だって、今回の一件だって、一夏のせいじゃ……!」
まさかの肯定に、目を剥いた。ちなみにシャルロットに関しては、本来ならばあの夜の事は知らなかった。
だが福音事件の際のティタンの情報を伝えていなかったミスを鑑み、あの夜の情報は伝えられているため、千冬は指摘する事はなかった。
一夏の手を必死で押さえ込むシャルロットを尻目に、千冬がしたのは別の指摘。
「――だが織斑。お前が腕を傷つければ、打鉄弐式は回復するのか?」
「え……?」
「お前の自傷行為により打鉄弐式が回復するのならば、それも良いだろう。だがそんな事をしても、自己満足にしかならん。更識も含め、誰も喜ばん」
「そ、そうだよ、一夏!」
「……じゃあ、俺はどうすれば簪達に贖罪できるんだ?」
そこで、ようやく一夏の力が抜けた。赤く腫れた手を握り締め、泣き出しそうな表情で姉であり担任でもある女性に視線を向ける。
だが、それに対する返事は痛烈にして単刀直入。
「簡単な事だ。戦って、勝て。お前とデュノアが安芸野達に、あるいはボーデヴィッヒと篠ノ之に敗れれば、それは更識達の敗北と等しくなる。
お前達が二連勝し、更識たちに優勝と同じ栄誉を与えてやれ。――それが、お前に出来る贖罪だろう」
「そうだよ、一夏! 一緒に、頑張ろう!」
「……」
顔を伏せ、姉の、そしてタッグパートナーの言葉をしっかりと噛み締めていた一夏。そして、その顔が再び上げられたとき。
「ああ。俺達は、簪とドレさんの為にも勝つぜ!」
吹っ切れた一夏は、決意をシャルロットと千冬の前で宣言する。
なお、それを聞いていたタッグパートナーが『僕のためにも勝つ、とか言ってくれないかなあ』と思っていたのは担任にはバレバレであったという。
「お見事、でしたね。彼に対する最良の説き伏せでした」
一夏とシャルロットが退室した後、入れ替わるようにやってきたのは隣室で様子を伺っていた海原裕であった。
もしも千冬の言葉でも説き伏せられなければ、彼の出番だったのだが。
「あの馬鹿の説得には、慣れていますから。簡単な事です」
「いえいえ。彼を慰めず、あくまで現実を叩きつけ、その取るべき道を教える。……見事でしたよ?」
「いつだったか、織斑の奴に『千冬姉は超現実主義だな』と言われた事があります。他の人間にも、似たような事を言われた事もある。ただ、それだけです」
「そうですか」
「それに私も、言葉ではまだ上手くはいかない相手も多い。本来なら、受け持つ生徒全員くらいは何とかしたいものですが」
その相手とは誰なのか。理解しているが、裕は指摘をしない。その代わりに。
「しかし、一人の人材で全てのやり方をカバーしようというのは無理な話です。
貴女は貴女らしいやり方で生徒を導けばいい。それでカバーしきれない生徒は、副担任である山田先生、あるいは他の先生方でも良い。
誰かに任せれば良い。どのような職業であれ、お互いフォローしあえるというのが、良い職場というものでしょう」
「……理想論ですね」
「ええ。だけど、それは忘れてはならないことだろうと思います」
かつて自身がメンタルトレーナーとして関わっていた千冬に、優しい視線を向けた。それは何処か、教え子の成長を喜ぶ教師のようでもあり。
(超現実主義、か。――確かに、そうかもしれないが。彼女も、少しは変わったというべきなのかな)
日本代表時代との変化を感じ取っていたのだった。
「それにしても、まさか勇美が倉持技研第一研究所の所長になった途端、こんな事件が勃発するとは。……勇美の美しさを妬んだ何者かによる犯行でしょうか」
「そんな阿呆な理由で、こんな事をやらかす輩は――あの馬鹿一人で十分です」
いない、と言いかけた千冬の脳裏に浮かんだのは、この間に会ったばかりの天災・篠ノ之束だった。
――実際この瞬間、千冬の脳裏には、微かにその可能性が浮かんでいたのだ。
この一件は、一夏をトーナメントに再出場させて箒の紅椿と白式とをぶつからせたい束の策略ではないか、と。
「ふむ、あの人ですか。……まあ、それならば妬みではないかもしれませんね」
「妬み云々はさておき。やはり、心配ですか?」
「心配?」
てっきり『今すぐ倉持技研に飛んでいき勇美の精神を癒してあげたいんですよ!』とでも言うと思われた裕だが。その反応は、意外にも平静だった。
「はっはっは。――こんな事で勇美は負けませんからね。下手に連絡を取れば『この忙しい状況で来ないで!』と怒られるのが関の山です」
「信じているのですね、奥さんを」
「信じる、というのは人を愛する第一歩ですから」
真顔で言い切る裕に、千冬はまったく別の考えを持った。仲間(とみなした人間)を信じているであろう一夏は、いつか誰かを愛するのだろうか、と。
「ねえ、一夏。怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫だって言われたぞ。骨とかには、異常が無いって話だった。まだ痛いけど、な」
「それは自業自得だよ! もう、心配したんだからね!」
「す、すまん……」
俺は、腕を診てもらった直後、ドアの前でシャルに怒られていた。彼女の言うとおり自業自得なので、謝るしかない。
「まあ、簪とドレさんの分まで頑張らないといけないな」
「そうだね。……そういえば一夏と将隆って、クラス対抗戦以外で戦った事はあるんだっけ?」
「模擬戦はやったことあるけどな。でも、俺の方が結構変わってるからなあ」
「そうだね」
「それにあのステルス機能、ちょっと気を抜くとすぐに何処に行ったのか分からなくなるんだよなあ」
「確か、コア・ネットワークで欺瞞情報を出し続けているんだっけ?」
「らしいな。だからハイパーセンサーでも騙されるらしい」
将隆のISである御影、そのステルス機能は本当に厄介だ。試合だと時間制限ルールがあるから助かるが、無かったら何も出来ないかもしれない。
「シャル、将隆達との試合ではリヴァイヴカスタムに散弾系の武器を多く入れるのか?」
「そうだね。ステルス機能を打ち破る手段として、散弾っていうのは一般的だと思う。後は幾つか、特殊武装を入れようと思ってるけど」
「そっか。俺も、もう少し銃器の腕を磨いたほうがいいのかなあ。荷電粒子砲も出来たし。箒と組んで山田先生たちと戦った時も、あまり当てられなかったしなあ」
「まあ、山田先生は特別だと思うけどね。でも、もしも一夏がやる気なら僕が訓練をしてあげようか?」
「ああ、助かるぜ!」
やっぱりシャルは優しいなあ。そんな彼女だからこそ、色々と事情がありながらも学園に受け入れられたんだろう。……ん?
「あれ、そういえば警備の一件ってどうなるんだ?」
確か、俺や鈴は警備に回るように言われたよな。
「さっきは言われなかったけど、まあ僕も一夏も出場するわけだから、出来なくなるよね」
「千冬姉、言うのを忘れてたのかな?」
「ううん。多分、一夏の代わりになる人がまだ決まっていないからじゃないかな?」
「そっか。俺達は自分の戦いの事を考えてれば良いけど、千冬姉たちはそうじゃないんだよな」
「そうだね。まあ、僕達は将隆達と、それと勝ち上がった場合のボーデヴィッヒさんや篠ノ之さんとの戦いに備えよう」
「おう」
それから俺達は、暫くの間色々と話していた。それはそれでよかったんだが、昼食時にこの事を話すと。
箒、セシリア、鈴、簪が羨ましそうにシャルを見ていた。……何でだ?
「……そうですか」
「うわー、よりにもよってって感じだね」
発表された変更点。簪&マルグリットの代わりに、一夏とシャルロットが敗者復活枠として再開された学年別トーナメントに出場する。
本来勝ち上がった二人が出場できない以上、それは大半の学生達に妥当な判断であると認識された。
そしてこの話題には色々な反応があったが、もっとも大きな反応を示したのは一夏&シャルロットとの対戦が組まれたこの二人だった。
その中で、まず一足先に動き出したのは四人中最弱であると判断される少女。最近になって、延びてきた赤い髪を纏め上げた赤堀唯。
残る六人の一年生の中で、唯一専用機を持たない少女だった。
「ねえ、二人とも、私達が勝てる確率ってどの位ある? ――正直に、言って欲しいな」
彼女の向かった先は、黒髪ボーイッシュな少女・加納空とウェーブの赤髪の少女・都築恵乃。通称、ブラックホールコンビといわれる二人の下だった。
「では、はっきりと申し上げますが」
「んー、1対99であっちの勝ちが優勢だね。正確には0.01対99.99かな。いわゆる、万に一つ、って奴だね」
「そうだろうね。私は運良く生き残ってこれた一般生徒、パートナーは専用機持ちだけど。あっちが両方専用機持ち、片方は代表候補生。
そして、もう片方は二次形態移行しているんだもんね。……と、いう事は。私がデュノア君か織斑君を倒さなきゃ駄目だよね」
あっけらかん、といった様子の唯の言葉。それは、諦めのようにも聞こえるが。彼女の言葉には、諦めではありえない決意が込められていた。
「出来るのかな? 君自身がわかっているであろうけど、両方とも君を遥かに上回る強敵だよ?」
「よほど対策を練らない限りは、無謀でしかありませんよ?」
「四組のドレさんじゃないけど。最初から諦めるのはごめんだよ」
「それは良いけど。――何か、対策でもあるのかな?」
「うん。だからこそ、貴女達に力を貸して欲しいの」
そして唯は『情報収集の手助け』を引き換えに、ブラックホールコンビの伝手を使う事にした。それは――。
「んー、何かな、唯~~?」
次に唯が向かったのは、同じくクラスメートの、金髪ショートカットの眠たげな目をした少女――ロミーナ・アウトーリの所だった。
タッグトーナメント二回戦において、その技量と作戦、パートナーである春井真美との連携を持ってシャルロット・デュノアを撃墜した少女である。
「ロミ、貴女の『雪崩』をちょっと見せて欲しいの」
「見せて、どうする気かなー?」
「できれば、覚えたいの」
「……んー、見せるのは構わないよー。門外不出の技、ってわけじゃないしねー。
でもねー、私だってあの技を覚えるのに苦労したんだからねー。簡単に覚えられると思ったら、困るねー」
いつものようにのんびりとした口調ではあるが、ほんの僅かだけため息をついていた。
だが、唯も真実を隠す気は無い。それゆえに、正直に『覚えたい』と言ったのである。
「それでも、やる気なのー?」
「ええ。――私が、織斑君やデュノア君に勝つために、ね」
「ふー。唯も、甘いねー。悪いけれど、そんな甘い見通しじゃ、簡単に手助けは……」
「甘いかしら。……そうだ、甘いといえばこんなものをお礼として用意してあるんだけど」
彼女は、二リットルのペットボトルを取り出した。中身はさほど重たい音はしない。
「これは、私の伝手で入手した『和苺天国』よ。日本中から集めた苺のエキスを濃縮させ、一口飲めば苺の芳醇な風味が口いっぱいに広がると言われる苺マニア垂涎の品。
これは手付けで、あと九本……合計十本を、貴女にあげるわ」
この和苺天国こそ、ブラックホールコンビの伝手を使って入手した物だった。そして、それを見たロミーナの返答は。
「クラスメートを助けるのは、人として当然だよね~~」
見ていて清々しいほどの手のひら返しであった。ただし、これを聞いた三組の面々は『彼女ならそうなるだろう』と全員が納得したという。
アリーナの予約をクラスメートから譲ってもらった唯は、ロミーナとともに訓練をしていた。唯は打鉄、ロミーナはリヴァイヴでの訓練となったのだが。
「んー、素質はまあまあだねー。これなら、あと数ヶ月修行すれば初歩は掴めると思うよー」
「そう。やっぱり先は長いわね」
ロミーナの予想よりは良い物だったが、これが一夏やシャルロットに通じるのかといえば否だった。
「あのねー。この『雪崩』って技はね、ただの連続攻撃じゃないんだよー。
相手の反撃を封じるほどの圧倒的速度と攻撃の密度、防御の隙を突き続ける精密さも必要だしー。それに、タイミングだって重要なんだよー」
いつもよりも僅かに早口で説明するロミーナ。この雪崩という技は、本来は、代表候補生クラスが使える技であり。
相手がシャルロット・デュノアでなければ、反撃などままならなかった技なのである。
事実、ロミーナはこの技を使って専用機を保持していた安芸野将隆を完膚なきまでに叩き潰した経験もあるのだ。
「さて、まだまだやるかなー?」
「勿論! お願いします!」
「よーし、それじゃあビシバシ行くよ~~」
「このターゲットの中心だけを貫き続けてねー」
「了解!」
「次は速さだよー。一定速度以上で、同じ場所を貫き続けてねー」
「解ったわ!」
「まだまだだよー。次はもっと速くするよー」
「う、うん……」
「ほらほらー、速度が遅くなってきてるよー。ちゃんとしないと、雪崩の取得なんて夢のまた夢だよー」
「……」
「んー、まだやるかなー? そろそろ時間だよー?」
「そう、ね……」
そして、アリーナ使用可能なギリギリまで『雪崩』取得のための訓練を積んだ唯だった。そして、アリーナに戻りISを解除して更衣室に入るやいなや。
「ロミ、正直な話――どう、だった?」
守護の無い問いかけだった。それに対する、ロミーナの感想は。
「んー、今日始めたばっかりにしては、結構良いねー。だけど、これじゃあ間に合わないよー」
「ありがとう。……だけど、明日からも続けてくれるかしら。出来る限りの事はしたいの」
率直なものだった。しかし、唯もそれが分かっているだけに反論は無い。ただ、願いを口にしただけだった。
「良いけど、ねー。でも、これだけじゃ織斑君やデュノアさんには勝てないよー?」
「そうね。……この努力以外にも、何かが必要よね」
「んー。何か無いかなー?」
ISスーツのまま考え込む二人。暫くするうちに、入室者が来ても二人は気付かぬままだった。だが。
「おい、何をしているのだ?」
「あ、先生。実は……」
それは一年三組副担任、古賀水蓮だった。話を聞いた彼女の表情は。
「ほう、面白そうだな」
事態を面白がる、変人のものだった。ゴーレムαのシステムハッキングを一人で解除し、自身の専用機をさらけ出し、この世界の『知識』を持つ変人。
そんな真相は、二人の少女は知る由も無いが。
「ならば、私が力を貸そうか?」
「古賀先生が、ですか?」
唯もロミーナも三組の生徒であり、彼女の技量は良く知っている。それは確かに、手助けとなる事は間違いないであろうが。
「足らぬ力量は、機体で補うしかあるまい。私に任せてもらえれば、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡに負けぬ実力機を用意できるぞ?」
古賀水蓮の怪しい微笑み。普通の人間であれば、一瞬躊躇うであろう怪しさだった。――だが。
「よろしく、お願いします! 古賀先生!」
「よかったね、唯~~」
はっきりとした声で助力を要請する唯と、心底良かったと思っているロミーナ。ここにはあいにくと、変人しかいないのだった。
完全に日が沈み、夜の帳が落ちた時刻。整備室の一角では、古賀水蓮が動き出していた。
「なるほど、これが赤堀君の要望と機動データか。まあ多少手間取るが、私一人でも十分だろう」
赤堀唯の個人データを横目に、織斑一夏やシャルロット・デュノアへの対策を考えている。唯自身の適性、及び要望も考えれば。
「まあ、こんな所かな」
空間ウィンドウに、カスタム案が出る。それは、マトモな思考の持ち主ならばゲテモノとしか思えない案だった。
「さて、赤堀唯を生贄に見せてもらうとしようか。――今の織斑一夏の実力を、な」
「うん、分かってる、よ」
唯は自室で端末を手に話をしていた。ルームメイトがシャワーを浴びているため、窓際に移って話をしている。
ちなみに右手で端末を持っているのだが、左手では突きの練習をしたままという珍妙な光景である。
「今までは使わなかった力も使う。――そう、だよ。それでも、やるしかないからね。――今回は、120%を出すよ。うん。――おっと、電話みたいだね」
電話が入ったため、会話を止め、唯は話し相手を切り替える。その相手とは。
「あ、恵乃か。――はい、もしもし?」
『唯ですか。追加の情報が入ったので、談話室まで来てもらえますか? 織斑先生の許可は、既にとっています』
「了解。それじゃ私、出てくるからー」
「いってらっしゃい」
ルームメイトにドア越しに声を掛け、電話の相手であった都築恵乃の元へと向かう唯。その時彼女は、ベッドの上に端末を置き忘れていた。
ルームメイトも、それを覗き込む事はしなかった。――だが、その端末の着信履歴の『都築恵乃』の前は、二時間前の『ロミーナ・アウトーリ』となっていたのだった。
「クリスティアン様。ドクトル・ズーヘから、IS学園に人員を一人を送って欲しいとの要望が届きました」
IS学園から遠く離れたヨーロッパ。
その中でも有数の観光地であるスイス連邦の一角で、休暇中のカコ・アガピのトップ、クリスティアンにその報告が届いたのは昼過ぎだった。
贅のかぎりを尽くした昼食を貪りながら、クリスティアンは訝る視線を向ける。
「IS学園に? 既に、ドイッチの補助要員を送る予定になってたはずだが」
「その通りです。ですが、IS学園に接取されたドールコアの奪還も兼ねて、こちらから人員を送る事は必要だと思われます」
「……ヤヌアリウスやフィッシングの使っていた、ドールコアの事か」
七月七日、篠ノ之束を強襲したカコ・アガピの刺客であるヤヌアリウスとフィッシング。
だが彼らは敗れ、持っていたドールのコアも篠ノ之束により回収された。それが織斑千冬と布仏虚を経由して、IS学園に渡ったのだ。
狂犬部隊のように『表向きは』カコ・アガピ所有ならば返還要求も出来るのだが、刺客のコアはそうではない。
学年別トーナメント最中に襲ってきた者達のように、輸送途中で奪われたという物でもない。
表向きには『存在していない』筈のコアなのだ。だからこそ、カコ・アガピも返還要求ができないのである。
「ズーヘもドールコア奪還を考えている、ということか。……ならば、それも同時に実行するとしようか」
「承知しました」
この時のマオの予想では、成功率は五分五分といった所だった。だが、クリスティアンがそれを認めた以上、マオに反論はない。
彼女の考えているのは、五分五分である成功率をどうやって上昇させるか、それだけであった。
(しかしテストパイロットの仲でも随一の実力者である『七頭龍』を送るとは。ズーヘもそれだけ本気という事……?)
マオにとってドクトル・ズーヘは、紛れも無い警戒対象である。
だが、その行動が自身の――というよりも、クリスティアンの利益になるのならば。それは、何ら問題のあるものではなかった。
「クリスティアン様。それとたった今、日本から報告があるようです」
「……ほう。繋げ」
「承知しました」
マオの一礼とともに空間ウィンドウが開き、遠く日本で活動中の青年が現れた。
その表情は笑顔であるが、クリスティアンを見る目には怒りと憎悪が混じっている。
「大海賀聡里(おおみが さとり)か。久しぶりだな」
『クリスティアン様には、ご機嫌麗しく』
「で、どうだったんだ在日米軍は」
『マオの予想通り、銀の福音事件ではかなりのフラストレーションが溜まっていたようです』
「そうか。お前の能力で、歪められそうだな。――励めよ」
『はい。ですがそれは、私の今の能力では手間がかかります。部分的開放の要請を――』
「駄目だ」
クリスティアンは、日本からの要請を薄ら笑いを浮かべて否定した。何故なら。
「お前の能力、精神操作は強力すぎる。俺は、自分に牙を剥く可能性のある犬の首輪を外す気は無いんでね」
『滅相も無い。この大海賀聡里、クリスティアン様の為ならば身命を賭して尽くす気でいます』
「言葉だけなら誰でも言える。――引き続き、俺が使う事を許した分だけで使命を遂行しろ。――マオ、切れ」
「はい」
即座にマオが空間ウィンドウを閉じ、通信は終わった。そしてクリスティアンは、ワイングラスを傾けその中身を一気に呷る。
「ふん、奴め。俺の封じた自分の力が、よほど取り戻したいらしいな?」
「それもやむなしかと。確かに、彼者の力を解放すれば全ては簡単に終わるでしょうが……」
「それは奴による統制を認めるようなものだ。だからこそ俺が、あいつの力の大半を封じたのだからな」
「現状では、それで十分でしょう。――他の『天選者』対策として、他の『天選者』の能力を無効化・操作する能力を得たクリスティアン様の先見の明の勝利ですね」
「その通りだな」
マオの世辞に、機嫌よく笑うクリスティアン。彼がゴウやケントルムを含む多くの天選者の中で頂点に立っているのが、その能力ゆえだった。
他の者の能力を操作し、封印する事さえ出来る能力。これゆえに、他の者は彼に逆らえないのだ。
「まあ、天選者にしか使えないのは玉に瑕だがな。……他の連中の能力を使えば、事足りる。さて、俺はペットと寝る。後は任せたぞ」
「承知しました」
仮にも国にさえ影響を動かせる大企業のトップとは思えない、クリスティアンの態度。
だがカコ・アガピは実質的にマオや大幹部達により動かされており。クリスティアンは、それによって齎された富を貪るだけの存在なのだった。
「それは、決定事項なのですか?」
「そうだ。お前を、IS学園に送る>
一方。クリスティアンに連絡をしたドクトル・ズーヘの前にはISスーツ姿の女性がいた。その年の頃は、一夏たちと同じほどか。
全体的に細い身体をしているが、胸部と臀部だけは大きく膨らんでいる。特に胸の大きさは、篠ノ之箒や更識楯無、布仏姉妹に匹敵するサイズである。
「それは構いません。――学園における、私の役目は何でしょう?」
「ドールを駆り、IS操縦者の卵どもを従えよ。既に人員は入り込んでいるが、あまり役には立っていないようだ>
「あのドイツ出身の少年……クラウス・ブローン、でしたか。無能には見えませんでしたが」
「あの者は無能ではない。だが、あの者では今回の任務はこなせない。故に、お前を送るのだ>
淡々と、事実のみを述べるズーヘ。それに対する女性も、似たような物だったが。
「あのシステムは、使えませんか」
「あれは所詮『切り取った』自己進化能力の代用品に過ぎない。――寄代にしかならぬG・アーマーや狂いのレッドキャップよりは使えるが、な>
「あらあら。そういえば、ドールコアが10以上失われたと聞きましたが」
「ヤヌアリウス、フィッシングの両名が原因だ。――まあ、ドールコアなどまた作れば良いだけの話。惜しくも無い>
「各国首脳やIS関係者が聞けば『それなら早く作ってくれ!』と言い出しかねない言葉ですね」
ころころ、と笑う女性。鈴のなるような声、とはこのようなものかと体現したような声だったが。
「ではお前には、これを渡して置こう>
「これは……!」
それまで常に微笑を絶やさなかった少女が、目を見開く。ドクトル・ズーヘより渡されたそれは――ドールのコア。
「クラウス・ブローンや狂犬部隊のデータを元に、進化系として作り出した第二世代型ドールコアだ。――それと同時に、お前の専用機のコアとなる>
そしてドクトル・ズーヘが空間ウィンドウを展開させる。そこに映し出されていたのは、新型のドールの映像。
「この機体の名はウェネーフィカ(VENEFICA)という。重装甲・重機動を両立させた暴れ馬だが、お前にならば扱えるだろう>
「ウェネーフィカ……ラテン語で、魔女でしたか。それで、第二世代型と仰いましたがどのような変更点があるのですか?」
「今までの第一世代型よりも待機形態に戻す時間を短くできる。また、拡張領域やスペックも本物のISと近しいレベルにまで引き上げられた。
ISコアとは違い、ドールのコアにはそれその物に差が生じているのだ>
「改良されたという事ですか。それは喜ばしい事ですね」
微笑を向ける女性だが、ドクトル・ズーヘは何も反応しない。そして女性も、その反応に対して何も言わない。
「ところで、この第二世代型ドールコアはこれだけなのですか?」
「作る事は出来るが、今はそれだけだ。――それと、このウェネーフィカには幾つか新機軸や試作機能を仕込んである>
「どのような、ものですか?」
「ドイツ軍より提供された、ルナーズメタルの改良型の装甲を仕込んである>
「ルナーズメタルといえば、シュバルツェア・レーゲンにも使われている装甲では?」
「そうだ。あの不細工なシロモノの騒ぎに絡み、入手したものだが>
不細工なシロモノ。ある天災と同じ表現をして、VTシステムを評したドクトル・ズーヘ。その言葉の意味する所は。
「では、ウェネーフィカにも?」
「ああ、仕込んである。――くれぐれも、注意せよ>
「留意します」
そういうと、女性はドクトル・ズーヘの前を去る。それは、あくまで優雅に、それでありながらしっかりとした足取りであり。
しかし、中国高官にロボット、と喩えられたマオ・ケーダ・ストーニーの歩き方にも似たものだった。
「うううう……」
「良かったよね~~。かなみーも、そう思うでしょ~?」
「そうね」
私は今、フランチェスカと共に四組のルイーザ・ランクルさんの部屋にいた。何故、私がここにいるのかというと。
簪さんが、本音さんと一緒にここにいるからだった。ちなみに上の反応二つがその二人で、最後が私。
「言ったでしょう、絶対に感動するって!」
「そうだね。これを●年前にスルーしていたのを悔やむよ!」
「まあ、IS学園受験コースの人間の定めだよね……」
何の事かといえば、それほど大したことではない。●年前にヒットしたアニメの、上映会だった。
簪さんが準決勝に出られなくなったため、彼女の事を皆で盛り上がろうと企画したのが彼女のルームメイトの石坂さん。
それに乗りかかったのが、この部屋の主の一方である、同じく四組のランクルさんだったのだ。
そして、主賓である簪さんと本音さんが向かう途中、私とフランチェスカと出会って。結局、この部屋に来てしまったのだけど。
「それにしても、簪さんってヒーローものだけじゃなくて恋愛物も好きだったの?」
彼女はヒーロー物が好きらしいから、映画の上映会って聞いた瞬間、その手のヒーロー映画だと思っていたら。全然違っていた。
「嫌いじゃ、ないけど。……でも、ここまで嵌るとは思わなかった」
簪さんは、ハンカチで目元を押さえている。他の四組の生徒たちも、結構感動しているようだ。……あ、石坂さん、鼻水出てるわよ。
「あれ、かなみーはそれほどジワッとこなかったのかなー?」
そう指摘するのは、意外と鋭い本音さんだった。……う。
「何か、まだ色々と掴めてなくて。最初はコメディっぽかったのに、いきなりあんな展開になるんだもの」
「確かに、そうかもしれない……」
「ストーリーは大まかに知ってたけど、それでも驚きだよねー」
「でも知ってた? この作品、最初はヒロインが憧れる男性がいたらしいわよ。それが立ち位置が変わって、主人公が憧れるあの先輩キャラになったとか」
「……本当ですか、それは?」
「うん。なんでもプロデューサーと監督との意見交換で変わったらしいけど」
ドレさんと一緒に簪さんを手伝った周雪蘭さん、その彼女と学年別トーナメントでタッグを組んでいたソフィー・ソルボンさん。
そして鼻水を拭いた石坂さんが、そんな話をしている。あれ、私の隣にいるフランチェスカは妙に静かだけど、どうしたんだろう。彼女も泣いて……え?
「ふ、フランチェスカ!? あ、あれ!? 何処に行ったの!?」
私の隣にいた筈のフランチェスカはいなかった。すると、洗面室からフランチェスカが出てくる。
「あれ、どうしたの香奈枝。呼んだ?」
「よ、呼んだけど……何処に行ってたの?」
「ちょっと顔を洗ってただけよ。……さ、時間も遅いし帰りましょうか」
部屋の主であるランクルさんや、他の皆に一礼して去っていくフランチェスカ。社交的で、初日から呼び捨てに出来た彼女にしては珍しい態度だった。
「う、うん。――じゃあ皆、おやすみなさい」
「おやすみ~~」
本音さんの間延びした声に送られ、私もランクルさんの部屋を出た。……うーん、どうしたんだろう。
「ねえフランチェスカ、何があったの?」
「……」
自分達の部屋に戻ってきた後。フランチェスカのことが気になり、疑問を口にする。
いつも心配をかけているのは私のほうだから、もしも何かあれば、力になりたい。そう、思ったからだったけど……。フランチェスカの顔色は冴えない。
あれ、もしかして『また』踏み込んではいけない場所に踏み込んじゃったの私? オルコットさんとか、簪さんとか、ボーデヴィッヒさんの時みたいに。
「ねえ、香奈枝。――香奈枝は前世とか守護霊とかって、信じる?」
「前世? 守護霊?」
と思っていたら、何か変な単語が出てきた。……え、えーっと。言葉の意味は何とか判るんだけど。
「前世っていうのは自分が生まれる前の、もう一つの生涯の事で。守護霊っていうのは、その人を守ってくれる幽霊……の事で良いんだっけ?」
女子の中には、そういうのが好きな人もいるけれど、私にはさっぱり分からない世界だった。これで良いのか、正直な話、冷や汗物だった。
「うん、それで間違っていないわ。――香奈枝は、信じる?」
「ええっと。……分からない、わ」
「分からない?」
「ええ。あのね……私には、前世っていうものの記憶なんて無いし、守護霊どころか幽霊全般を見た事もないわ。だからそんな物がある、なんて言えない。
だけど、私が知らないだけで本当はあるのかもしれない。だから、分からないという答えになるの」
……とりあえず、自分の正直な思いを答えた。フランチェスカがどう受け止めるのか、ドキドキしたけれど。――彼女は。
「やっぱり、香奈枝はまっすぐね」
「へ?」
「そのうち、いろいろ話すから」
私が唖然としている間に、フランチェスカはベッドに入ってしまった。後に残された私は、何がなんだか分からない。
「……フランチェスカにも、やっぱり何かあるのかな」
私に話していない、だけど話そうと思う『何か』があるのだろう。……まあ、フランチェスカ自身がその気なら私は如何こう言う気は無い。
本人が話したいと思った時に、話してくれるだろう。だから、それまで待てばいいんだ。
「あれ、もう遅いわね。……寝よ」
寝る前の支度――明日の準備や歯磨き等――をやって、寝てしまおう。そう思った私は、フランチェスカの事を一度頭から外すのだった。
「ふむ。これは、どう受け止めるべきなのかな」
深夜。海原裕は、IS委員会からの報告書を読んでいた。その報告書のタイトルは『前世記憶保持を自称する人間に関する報告書』と書かれている。
「前世の記憶がある、という人間が近年、急増している。まあ、そんな記憶があると自称する人間が昔からいたことは間違いない。
――だがその数が、近年増加傾向にある、というわけだが」
それだけならば、統合失調症や双極性障害の増加などと変わりはなかったかもしれない。だが、その論文によると。
「その前世の記憶を持つ、という人間のうち数パーセントが『予言』にも近い言動をしているとなれば、無視は出来ないか。
しかもインフィニット・ストラトスという少年向け小説が存在する世界が前世、だと言われてはな」
その予言の中には、第二回モンド・グロッソ決勝での異変。男性操縦者が、IS出現より十年の時を経て現れる事。
あるいは、つい最近の銀の福音の一件まで予知した者がいるという。だが、それらは現実になるまで一顧だにされなかった。
正確には、予言に『ズレ』が生じたため信じられなかったというのがある。
例えば、男性操縦者の出現に関して言えば、織斑一夏に関しては的中させた者が――その名前まで――いたが、安芸野将隆やロバート・クロトーらに関してはいなかった。
クラス対抗戦に無人機の乱入者が存在し、織斑一夏と凰鈴音らが戦うと予言した者はいたが、それは最初の一機だけだった。
果ては学年別トーナメント一回戦で一夏らとラウラ達が戦い、その結果VTシステムを発動させる……などと言った者もいた。
結果的には笑われたが、七月七日にシュバルツェア・レーゲンがVTシステムを発動させ、そして今、一夏らとラウラ達に対戦の可能性が出てくると……。
「ふむ。……心理学の範疇ではなさそうはない話だな」
裕は、それを笑い飛ばす事はなかった。何故なら彼も、そういう人間に会った事があるために。
「神様に出会い、転生させてもらった――か。ネット上にアップされるアマチュア小説のような展開だが。しかし、姿が見事にばらばらだな」
裕の出会った『神による転生』を自称する人間に『では、神とはどんな姿をしていたのかね?』と訊ねたところ、返ってきた答えは下のようなものだった。
シャボン玉を吹く、幼い少女。翠の髪をした妖艶な魔女。癖毛の、独特な言葉遣いの人魚。――どれもバラバラだった。
「……女性、という以外はまるで統一感が無いな。まあ、状況からして集団催眠や共謀、あるいは何者かが吹き込んだ可能性は皆無。
となると、本当にそのような事態が起こっている、と考えるのが妥当なのだが。――問題は」
その時の裕の目は、鋭いものになっていた。
「何故『近年になって』増えだしたのか。何か『前世の記憶がある、という人間を増やす要因』でもあったというのか。
あるとすれば――IS、か? だが、もしもISが原因ならば早すぎるか」
転生を自称する者の数は、18年前から増加していた。ISの発表は10年前。18年前は、あの篠ノ之束も6歳である。
「となれば、何か別の要因か。……しかし、何だと言うんだ?」
自身の修めた学問の範疇を超えた疑問を考えるが、答えは出てこない。それも当然だが、裕には一つの危惧があった。
「前世の記憶を持つという人間の中には、良からぬ考えを持つ者もいた。
もしもこのIS学園内に、そんな人間がいるとすれば何をしでかすのか。――自身の思い通りに事を運ぼう、としてもおかしくはない。
この学園の中で今年起きた異変。その中に、この前世の記憶を持つと言う者達が絡んでいるという可能性――捨て切れない、か」
半ば、真相に足を踏み込んでいる裕の思考。だが、彼にさえ全く見当もつかなかった。18年前から、何故それが増えだしたのかという真相を。
「……まあ、良いか。これ以上は、考えてもわかるまい」
思索を打ち切り、裕は寝床に入る事を選択した。いつもどおりの部屋だが、今日は一つ違う場所がある。
「せっかく勇美の送ってくれたアロマキャンドルがあるのだからな。しっかりと眠るとしよう」
自分の全て(By裕自身)である妻より送られたアロマキャンドル――その縁には、裕の書いた勇美の似顔絵付き――に火をともし。
ある意味でIS学園一の変人は、眠りにつくのだった。
香奈枝や本音、簪らが見ていたのは某『2016年の8月末から2017年2月にいたるまで公開中の某アニメ映画』です。
……そしてこれを仕上げるのが遅れた原因です。どうせならSSに活かそう、と思いネタにしました!
今回、オチはまたしても海原裕。うん、乱用しつつありますね。ワンパターン化しつつあります。やばい、やばい、やばいよ……やばい。