今回も更新が遅れて申し訳ありませんでした。
その日、私はとんでもない数の視線を浴びていた。――正確には、私が今データを見ているISとそれを纏う黒髪の女生徒に向けられる視線を。
「あれが、紅椿……」
「一年生から聞いていたしあの時にも見たけれど、篠ノ之博士が作った新しいISなんだね」
やはり整備課の先輩達も興味津々のようだ。まあ、それも当然だろう。嫉妬や羨望の視線も、心なしか強い。
……というか、半分以上はそうじゃないだろうか。入手手段が入手手段なだけに、そういう視線も強くなる――って、さっき黛先輩も言ってたし。
そうじゃないのは純粋に技術的に興味のあるであろう先輩達や、自分の国から情報を求められているであろう代表候補生の先輩たちだ。
この人たちから感じるのは好奇心と、心のそこまで見透かされそうなほどの強い――純粋な関心。
あとは『何でそんなISを一年生が整備補助しているのか』って言うのもあるだろう。……いや、私も立場が違ったらそう思うだろうけど。
「宇月、データ収集はもう大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫よ」
危ない危ない。視線に気を取られず、ちゃんとやらないとね。
「それにしてもとんでもないオーバースペックね、これ」
「そうなのか?」
「うん」
改めて、とんでもない物だとわかる。篠ノ之博士が、紅椿は第四世代型だと言ったらしいけれど。確かに、他のISとは違いすぎる能力だった。
加速力を例にたとえれば、瞬時加速に匹敵するだけの推進力を常時出せるというレベル。
全身に配置された『展開装甲』という第四世代型の武装(と博士が言ったらしいもの)は、攻防速のいずれにも切り替え可能な万能さ。
「……世界が驚く筈よね」
そんな紅椿の今のセッティングは、やや近接戦闘よりといった感じのセッティング。
篠ノ之さん曰く、一番最初に博士が弄っていた時から何も変更していないらしいのでこれは篠ノ之博士の直接のセッティングという事になる。
あの時、海岸で見た篠ノ之博士の作業は未だに忘れられないけど、その技術の結晶であるのがこの紅椿。
今更だけど、そんなISをただの一年生である私が扱えるというこの幸運、怖すぎる。
「宇月、どうしたんだ?」
「え? あ……」
気がつくと、思考に没頭していたようだった。いけないいけない。
「うん、ちょっと待って、心臓を落ち着けるから」
あれ、心臓を落ち着けるって日本語が変だっけ? えーーっと。
鼓動が異常に早まっている心臓を、落ち着けるようにするっていうのなら合ってるんだっけ? え、えーーっと。
「宇月、大丈夫か? また何か無理をしたのではないのか?」
私の様子がおかしい=無理をしすぎっていうのは、どうも篠ノ之さんの中で決定付けられているらしい。まあ、しょうがないんだけどね。
「終了したのか、宇月?」
「はい、先生」
紅椿の整備が終わり、篠ノ之さんがアリーナに飛び出すと。待っていたようにそこに現れたのは、織斑先生だった。
「宇月、わかっているとは思うが――」
「はい、これが紅椿から取れた情報です。この情報は、倉持さんにも、何処にも漏らしません」
「良し。……それで良い」
織斑先生は、ニヤッと笑う。ブルー・ティアーズの情報を整理した事だってあるけど、オルコットさん以外には絶対に触れさせなかったからね。
この辺りの情報管理は、しっかりと教え込まれているし。
「ところで、どうだったんだ。――紅椿を弄った感想は」
「凄い、の一言ですね」
こう尋ねたのは織斑先生ではなく、古賀先生だった。我ながら単純すぎるけど、兎に角その言葉しか出てこない。
「攻防一体、どころか加速性や機動性まで自在の、展開装甲……。あんなの、反則ものですよ」
「だが、無敵というわけではないだろう」
「……そうですね」
織斑先生が言うように、あれだけの物を扱うには当然ながらデメリットが存在している。それは――。
「あれだけのエネルギーを使う分、全力で戦える時間は少ないと思います。これ、本音さんが言っていたんですけどね」
「つまり、紅椿はガス欠を狙えばいいということか。ふーむ、篠ノ之博士らしからぬ欠陥機だな」
欠陥機、か。まあ、古賀先生の言う通りだろう。はっきりとしたデータは分からないけど、稼動用エネルギー量は他のISとそれほど大差は無かった。
展開装甲と言うのはどうやら兎に角エネルギーを使うらしく、ちょっと試しに使ってもらっただけでエネルギー量の減少が見て取れた。
本音さんが山田先生達と一緒に織斑君や篠ノ之さんと戦った時も、その弱点を突いたみたいだし。
「他にはあるか?」
「篠ノ之さんの戦い方と、まだ合っていないような気がしました。彼女は近接戦闘タイプなんですけど、紅椿は中距離もこなせる万能タイプ。
だから距離を取っても戦えるんですけど、近接戦闘が多すぎるような気がします」
近接戦闘に持ち込まなくてもいい状況でも、自分から近寄ろうとするようだった。
まあ、戦闘スタイルなんて十人十色なんだから好きにすればいいんだけどね。
「後は、篠ノ之さんって二刀流にも慣れてるって気がしました」
今まで、彼女は主に一本の刀を使っていた。スペアとかは別にすれば、ずっと刀一本だった筈なのに。
「ああ、お前が知らないのも無理はないが、あいつの実家は神社でな。そこで小太刀と扇を使った舞を取得している。その応用だろう」
「そうなんですか」
篠ノ之さんが巫女さん、かあ。確かに似合いそうだ。……と考えた所で、彼女の姉を思い出してしまい、ちょっと身震いした。
「まあ、武装に関してはいずれ彼女自身が戦い方を構築していくだろうな」
「じゃあ、問題はエネルギー分配って事ですよね。……ん?」
あれ、でも、もしかして。
「あの。ひょっとしたら、博士がパッケージを送ってくるとかもあるんでしょうか?」
「パッケージ?」
古賀先生が、その発想は無かった、って感じの顔をしている。いや、だって。
「紅椿のエネルギー問題を解決するパッケージとか、篠ノ之さんのために送ってきてもおかしくないんじゃないですか?」
「まあ、確かにな。博士が欠陥品を送りつけるとは考えづらい。何か『エネルギー問題を解決する』手段がある、と考えるのが適切かも、な」
「二人とも、あの馬鹿の行動にあまり論理性を求めるな。脳の浪費だぞ」
私と古賀先生に、織斑先生が疲れた声で指摘を入れる。……いや、脳の浪費って。
「確かに、天災の考えは凡人の私達では予想できないでしょうね」
いや、何を言ってるんですか古賀先生? 貴女のどの辺りが『凡人』なんです?
「宇月」
「は、はい!」
いきなり呼ばれて、少し驚く。な、何だろう?
「篠ノ之の事を、頼むぞ。――だが、無理はしすぎるな。何かあれば、すぐに誰かに言え」
「はい」
真剣な表情で私に告げる織斑先生。そして私も、同じくらい真剣に返事をするのだった。
「……」
更識簪は、倉持技研へと向かうバスの中で緊張を隠せないでいた。何故なら、一夏と初めて『二人きり』で学校外に出かけるのである。
幼なじみ兼専属メイドであり、一夏のクラスメートである布仏本音から、色々と情報を得ていたのだが。
「あ、あの……い、一夏は、倉持技研に行くのは、初めて、なんだよね?」
「そうだな。白式をそこから預かってるんだけど、実際に行くのは初めてだ。簪は、やっぱり行ったことあるんだよな?」
「う、うん……」
「そっか。どんな所なんだ?」
「ど、どんな……う、うーん。普通の、研究所だよ? 外見は、病院とかにも見えるかもしれないけど」
「そういうもんなのか?」
「う、うん」
「そうか……」
だが、その情報は活かしきれているとは言い難かった。話が上手く続かない。
いつもならば、もう少しは話せたのだが。簪の緊張が話を途絶えさせ、あるいは踏み込めなくしていた。
(ど、どうしよう。何で、昨日は普通に喋れたのに、今日は……)
その戸惑いが更なる緊張を生み、話を続けられず、言い出せない。負の悪循環に陥った簪だったが。
「……なあ、簪。ひょっとして、やっぱり倉持技研に行くのって嫌だったか?」
「え?」
彼らの乗っているバスは中型サイズであり、それをわずか二人で占有している。
駆動音も静かであり、運転手――当然、倉持技研の関係者――に聞こえないよう、小声で一夏が話しかけたのだが。
「そ、そんな事ない、よ。――ちょっと、緊張してるだけ」
「そうか?」
一夏と一緒にいるから、と心の中で呟く簪。そんな少女の心理など思いも寄らない一夏だったが。
「じゃあ、緊張をほぐすために何かやるか。……といっても、何も持ってきてないな。トランプとか、あれば良かったんだけど」
「も、持ってるよ?」
「え、マジか? じゃあ、やるか」
「う、うん」
何だかんだで、簪の緊張はほぐれるのだった。なお、このトランプは布仏本音が持っていくよう勧めたものであり。
この話を聞いた本音が、簪にパフェをねだったのは後日の話である。
――倉持技研の施設内に入って、バスから降りた俺達。そこに、一人の女性が現れた。
「なるほど、君が織斑一夏君か。顔は知っていたし話には聞いていたけれど、実物はまた違うわね」
そこに現れたのは、腰くらいまである長い髪を半ばで纏めた、大人の女性だった。
着ている白衣の下からは、見慣れた紺色のISスーツが覗いている。
眼鏡からこちらを見ている少しつり目気味の目は、俺達の全てを見通そうとしているかのように鋭く強い。だけど威圧的ではなく、何処か優しげでもある。
その手にしているファイルや眼鏡は、身体の一部のように似合っていて。知性的って感じの、いかにも理系の女性といった人だった。
「私は倉持技研第一研究所所の所長、海原勇美。初めまして、織斑一夏君。そしてお久しぶり、更識簪さん」
「は、はい。新しい所長って、貴女だったんですか……?」
「ええ。辞令は一昨日出たばかりで正式な着任は今日からだから、貴女も流石に知らなかったでしょうけどね」
簪はこの人と知り合いらしく、驚いている。いや、俺も驚いているけれど。だって、この人の名前は。
「あ、あの? 海原勇美……って、ひょっとして裕さんの、奥さんですか?」
「ええ、そうよ。夫が、君達とは話をしたことがあるはずだけど」
その人は、見た感じでは千冬姉よりも少し上……三組担任の新野先生とか、二組担任のゴールディン先生と同じくらいに見えた。
でも裕さんは、以前聞いた話だと40を越えていた筈、だよな? まあ、あの人も見かけはそれよりも10歳くらい若く見えたし。
……でも年齢は兎も角、この人の事は聞いた事がある。
「確か、@クルーズのクッキーが好きなんでしたっけ。それに、裕さんを木槌で殴ったとか聞いた事が……」
「……ふう」
勇美さんは、苦虫でも噛み潰したような表情になった。あれ、何でだ?
「いつもながら、どうして私と初対面の人が私の事を熟知しているのかしらね」
「えっと、それは裕さんが20分くらいかけてじっくりと説明してくれたので……」
「わ、私は30分くらいだった……」
いきなり怒涛の如きしゃべり方になったんで、否が応でも覚えてしまったんだよなあ。
「あのバカ夫は、もう……しょうがないわね」
苦笑いと落胆と、でも何処か嬉しそうに言う勇美さん。俺にはよく解らなかったが、これが夫婦の愛情って奴なんだろうか?
「さて、と。……まず初めに、更識簪さん。貴女に、いわなければならない事があります」
「な、何でしょうか?」
所長室、という場所に連れてこられた俺達に、いきなり勇美さんが話しかけた。一体、何だろう?
「貴女のIS――打鉄弐式に関して、だけど。本当に、ごめんなさい」
「え……!」
戸惑う簪に向けて。勇美さんは、深々と頭を下げた。
「織斑君の白式を調べるために、貴女の打鉄弐式に回すべき時間と人材と資金を回してしまったこと。
その結果、貴女の代表候補生としての立場と打鉄弐式のコアに迷惑を掛けてしまったこと、倉持技研第一研究所所長として謝罪します」
「い、いいえ。もう、良いんです。私自身が、自分で作る事を選んだんだし……。本音や、宇月さんや、ドレさんや、石坂さん、周さん。
他にも、色々な人に助けてもらっていた……。それを、知る事ができました」
それは、真摯な謝罪の見本のような謝罪だった。簪も慌ててそれを遮るが、その声には恨み言だとかは微塵も感じなかった。
「そう言ってくれて、ありがとう。――私に出来ることがあれば、何でも言って頂戴ね」
「は、はい」
頭をあげ、簪の手を握って微笑む勇美さん。裕さんの言うように、確かに素晴らしい女性だった。
「それじゃあ、データ収集を始めるわね」
「はい!」
「了解です」
実験棟、というところに移動してきた俺達は、それぞれのISを展開する。
それを見たスタッフから、おお……という感嘆の声があがっていた。
「白式が、まさかこうなるなんて……」
「本当に、二次形態移行したんだな」
ISを起動してハイパーセンサーも稼動しているため、そんな声もクリアーに聞こえる。かなり遠くにいる人の声も、はっきりと。
「あの、今日は俺達は何をやればいいんですか?」
「まずは、こんな所かしら」
俺の疑問に、勇美さんが空間ウィンドウでメニューを教えてくれる。……なるほど。
「さあ、始めるわよ皆! 今日一日で、二機分のデータを調べあげるから!」
パンパン、と勇美さんが手を叩く。……気のせいか、俺はその叩き方に妙に覚えがあるような気がした。
「機動性実験、クリアと。それにしても、白式は本当に変わったわね。じゃあ二人とも。次は、荷電粒子砲を撃ってみてくれる?」
数時間後。屋外の実験場で白式と打鉄弐式のデータを取り続けている俺達に、勇美さんが空間表示された的を示していった。……射撃、か。
「一夏? どうしたの?」
「いやー、あのな。何度か使ってみたんだけど、結構使いづらいんだよ、これ」
「使いづらい? 織斑君、どういうこと?」
「エネルギーは馬鹿食いするし、命中率は悪いんですよ」
あの時、のほほんさんや山田先生達との戦いでも、箒に位置を示してもらって当てられたからなあ。
あの銀の福音に当てられたのだって、今から思えば奇跡だ。
「ふーむ、やっぱり尖がってるわね、白式は。――それにしても、そもそもどうして荷電粒子砲なんか出てきたのかしら。打鉄弐式の影響、かしら?」
「え……? 打鉄弐式、の、ですか?」
「ええ。貴方達は、学年別トーナメントで対戦したんでしょう? 交戦した相手のデータとも考えられるケースもあるのよ?」
「はあ、そうなんですか」
えっと、確か……。学校で使うISの資料集にも、そんな事が書いてあったな。
二次形態移行まで行くかどうかは別だけど、そういったことも経験として学び取るのは確からしい。
「ええ。荷電粒子砲系の武器を使う専用機、なんて学園じゃあ打鉄弐式くらいでしょう? あれ、他にもあるの?」
「……俺の知る限りじゃ、学園内には無いですね」
「ん、どうかしたの? 険しい顔して」
「いいえ、何でもないんです」
ちょうどその時俺が思い出していたのは、クラス対抗戦やトーナメント途中でやってきた四本腕ISの大口径荷電粒子砲だった。
手持ち武器と、内蔵武器。形態は違うけど、あれもまた大口径荷電粒子砲であることには間違いない。
「ふうん。まあ、とりあえず一発撃ってみてくれるかしら。威力、有効射程、エネルギーの溜め時間も必要だし」
「はい」
四本腕ISの影を振り払い、俺は雪羅の荷電粒子砲『月穿』を展開する。そして、的へと狙いを定めるのだった。
「……酷いわね、これは」
月穿の射撃訓練を見た勇美さんが、初めて見る渋い表情をしていた。……まあ、このスコアなら俺だって同じ感想だろう。
「射撃管制システムとかセンサー・リンクシステムは無かったとはいえ。これじゃあ、まず当てられないわね」
「そうなんですよね……」
「となると、接近戦で密接射撃しか、ないんでしょうか……?」
「密接射撃?」
簪、何だそれ?
「距離を本来の射程距離よりも、大幅に狭めて撃つやり方。一夏がタッグトーナメント二回戦で戦った、春井さんとかもやってたよ」
「ああ……」
あの時、シャルに接近してバズーカ砲を撃ってたな。ああいうやり方か。
「幸い、白式の加速能力はかなり高いから密接射撃もやりやすいと思うわ。ただ、二回目からは警戒されるでしょうね」
そういえば春井さんも、あの一回くらいだったな。俺から接近したとき以外は、距離を保っていた。
「まあ、撃ち方も色々あるから考えておくと良いわ。――それか、簪さんに聞くのもいいわね」
「わ、私……ですか?」
そうだな。簪は荷電粒子砲使いだし。色々と、教わるのもいいかもな。
「簪、良いかな?」
「う、うん。……い、良いよ」
「初々しいわねえ……」
俺の問いに、簪は少し俯きながらも賛同してくれた。それにしても、何で俯いてるんだろう?
「お疲れ様。後は、もう少しだけだから頑張ってね」
一休憩入れましょう、という勇美さんの言葉で俺達は休憩を取っていた。
ただし、勇美さん自身も含めて倉持技研のスタッフは働き続けている。
「あの、俺達だけ休んでも大丈夫なんですか?」
「今までのデータを纏めておかないといけないから、むしろ休んでもらった方がありがたいのよ」
と言いつつ、勇美さん自身も四つのウィンドウを開きながら両手でデータ入力をしている。それでいて俺達との会話もしているのだから、正直凄い。
「――ああ、そうだ。白式の、二次形態移行したときについてなのだけど。――織斑君が起きた直後に生じた、ということなのね?」
「はい。……あの、まだ何か話すことがあるんですか?」
銀の福音の事は部外者には話せないので、そういうことにしている。
ただ、シャルやセシリアは『もう既に世界中がある程度の情報を知っている』とか言ってたけどな。
「まあ、貴方も何度か聞かれているとは思うけれど。……できれば、それを目撃したという宇月香奈枝さんにも来て欲しかったのよね」
「宇月さんに、ですか?」
「ええ。貴方以外で実際に目撃したのは、彼女だけなんだし。――ただ、こちらのせいで彼女には色々と迷惑を掛けているし。
貴方同様、彼女も新しく思い出した事も無いようだし。だから、今回は来てもらわなかったの」
「そうなんですか」
「それで、織斑君。――何か、二次形態移行の際に心当たりはないの?」
「うーん……。寝ていて、気がついたら宇月さんがいて。白式を展開しようとしたら、二次形態移行したんですよね」
正直、俺も切欠は分からない。銀の福音に撃墜されたからだろうか、とも思ったけど。
「何か、きっかけがあるはずなんだけどね。それが――警報!?」
とつぜん鳴り響く警報。それを聞いた勇美さんの顔が、一気に険しくなる。
「――暫く、ここで待機しておいてくれるかしら? もしかしたら、貴方達にも協力してもらう事になるかも知れないから」
そういうと、勇美さんは一気に走り出したのだった。……一体、何が起こったんだろうか。
「侵入者?」
「はい、数は一機。各国の公式発表のISに該当する機体ではありません」
倉持技研の管制室では、侵入者の存在が確認されていた。モニターには、全身を装甲に包まれた白いISが映し出されていた。
「どうやって侵入してきたの? 防衛システムは?」
「そ、それが全く破られていません。モニターには、まるで瞬間転移してきたのかのように出現しており……」
かすかに震えながら、警備スタッフが報告する。それが本当ならば、今この場に現れても不思議ではないのだから当然だが。
「……何処の誰なのかはさておき。狙いは織斑君と更識さん、と見るべきなのかしら」
「恐らくは。所長、どうしますか?」
「彼らを出すのも手よね。専用機持ちなんだし」
「ですが……」
「ええ、分かってる。彼らが狙いなら、少なくとも『彼らと互角以上に戦える』力が相手にはあるって事よね」
どうしたものか、と勇美は侵入者を睨みつける。伏兵や増援の存在を危惧していたのだが、神ならざる彼女はまだ知らなかった。
この侵入者――ティタンの持つ、実力を。
「……なあ、どうなってるんだ?」
「分からない、けど……」
一夏と簪は、ISを展開したまま待機していた。屋外実験場では既に研究員が退避をしており、二人しかいない。
『最悪の場合は、貴方達だけ逃げなさい』とは勇美の言葉だったが。
「一夏、イライラしてる?」
「……ちょっとな。事態が分からない、っていうのもあるけど」
「うん。でも、多分勇美さんから連絡が――っ!」
その瞬間、打鉄弐式が白式を突き飛ばした。一夏が何だ、と思った瞬間、今まで彼がいた空間を腕が通過していった。
黒い穴より生える、腕だけが。
「こ、これって……! てぃ、ティタン……!」
そして二人の視界に、上空に静止する白いISが入る。それは、簪の言葉どおりの敵――ティタンだった。
『こいつが……そうなのか? 確か、クラス対抗戦の最後にチラっと見たような気がするけど』
『うん。そして、銀の福音を圧倒し、シュバルツェア・レーゲンや火の鳥を一蹴した敵……』
個人秘匿通信で、一夏もそれが強敵であると知らされる。その表情も緊張の色が高まり、展開した雪片弐型を掴む手にも力がこもる。
自分達が何とか撃退した銀の福音、それを圧倒したと言われては当然だが。
「あいつは、ワープ能力を持ってる……! 一夏、注意して!」
「おう!」
『――聞こえるかしら、二人とも?』
「勇美さん?」
『あの機体、明らかに貴方達が目的だと考えられるわ。くれぐれも、注意して頂戴ね。それと、職員はそのエリアから完全に退避したから遠慮は不要よ』
「はい!」
「了解です!」
通信を終えた二人は、ティタンに向き合う。一方ティタンは、未だ動きを見せないのだった。
「あれが、侵入者ですか……」
「しかし一体、何が目的なのでしょうか? 倉持技研へのテロ攻撃か何か、なのでしょうか」
「それだったら、恐らく今頃この辺りは火の海ね。――でも、織斑君と更識さん目的だとしてもおかしい」
倉持技研の管制室では、一夏、簪、ティタンの三者が映し出されていた。にらみ合ったまま、まだ動きは無い。勇美も、訝しげに映像を見る。
「一度攻撃を仕掛けただけで、何もしてこない。一体、何を狙っているの? まさか――」
「――さて、そろそろか」
「しゃ、喋った?」
ティタンが口を開いた瞬間。一夏の背後に、黒い穴が開いた。そこから現れたのは――あまりにも早い剣閃。
「うああああああああっ!」
「い、一夏!?」
それは白式のスラスターを軽々と切り裂き、吹き飛ばす。ティタンに集中しすぎていたとはいえ、あまりにも大きな痛恨の一撃だった。
「い、一体何が……っ!」
それは、一夏も簪もほんのわずかだが見知った存在だった。クラス対抗戦の際、更識楯無に苦戦するプロークルサートルを援護しに来た機体。
彼らは直接戦わず、わき目にしか見ていない。だが、ロシア国家代表たる更識楯無と互角の戦いをする以上、国家代表レベルなのは理解できていた。
≪久しブリだな≫
そこにいたのは、牙や爪の装飾を持つ黒い装甲を身にまとい、刀剣を振るうIS。学園側のコードネームでは『ブラック』と呼ばれるIS。
その名をアッシュという敵だった。
≪二次形態移行の結果を、見せてもらウトとシヨう≫
特徴的な変声機だが、その意思は明らかだった。
「増援、かあ。……あのISのデータは?」
管制室でも、アッシュの出現は捕えられていた。だが、それを見た海原勇美の表情はさらに険しくなる。
「いいえ、一機目と同じく全くありません」
「ちょっときつくなるかもしれないわね。――アレ、準備できてたわよね?」
「は、はい。……ま、まさか出るつもりですか!?」
「仕方が無いでしょ? ――下手したら、織斑君と更識さん、さらわれちゃうかもしれないし。そうしたら私たち全員、首が飛ぶわよ?」
何処か冗談めいた言い方だが、その目は笑ってはいなかった。そして慌しく人員が動く中、一夏と簪、ティタンとアッシュが映るモニターに視線が向くが。
「頼むから、少しだけもって頂戴よ。――二人とも」
それは、もはや『悲痛』と言ってよいものだった。何故なら……。
「くそっ……!」
《甘イ》
倉持技研研究所上空では、白式とアッシュが戦っていた。だが、アッシュは何も仕掛けない。白式が繰り出す攻撃を避け続けているだけだった。
《こンナ物か? ブリュンヒルデの弟ハ?》
「くっ……」
一夏も、既に分かっていた。アッシュには、自分の攻撃は当たらないと。――だが、彼には戦いつづけざるをえない理由があった。何故なら。
「……」
簪が、ティタンによって捕らえられていた。だが、打鉄弐式には傷一つ無い。それなのに、簪の意識はなく身動きひとつ取れなかった。
銀の福音事件の際、シャルロット・デュノアを一撃で沈めた操縦者を直接攻撃する一撃、突貫破砕。その餌食となったゆえだった。
そして、簪を捕らえたティタンは一夏に告げたのだ。もしも彼がアッシュに一太刀でも入れられれば、自分達は撤退すると。
もしも十分以内になしえなければ、簪を連れ去ると。それゆえに、一夏は『強すぎる敵』との一対一を続けているのだった。
「くそっ……くそっ!」
《どウシた? 仲間無しデワ戦えなイカ?》
アッシュの冷淡な、だがそれゆえに突き刺さる言葉。一夏は、自身の無力さを感じ始めていた。
(俺、こんなに弱かったのかよ……! 一人じゃ何もできないくらい、弱かったのかよ……!)
クラス代表決定戦、クラス対抗戦、タッグトーナメント、そして銀の福音戦。一夏は、全てにおいて一人ではなかった。
クラス代表決定戦では、箒、香奈枝、フランチェスカが力を貸してくれた。クラス対抗戦では、三名に加えてクラスの仲間達が力を貸し。
このアッシュを含む乱入者との戦いでは、鈴、将隆、そして簪とその姉・楯無がともに戦っていた。
タッグトーナメントでの生徒達との戦いはルームメイトだったシャルロットが公私共に協力していた。
銀の福音戦では、数多の専用機持ちとともに戦った。強い敵と戦うとき、仲間がともにいてくれた。――だが、今の一夏は一人きりだった。
「……ふう。久しぶりね、ISを纏うのも」
倉持技研の格納庫の一角。そこには、長い黒髪を鉢鉄のようなヘッドパーツでまとめ、打鉄用ブレード『葵』を手にする海原勇美がいた。
その身には、打鉄をまとっていた。だがそれは、通常の打ち鉄とは少々異なる。特徴的な肩アーマーに青い炎を放つブースター。
腰周りには姿勢制御用のスラスター、など。クラス対抗戦の頃の打鉄弐式――黒金を思わせる外見だった。
「高機動型打鉄試作機・野分(のわき)……出る!」
野を掻き分けるように吹く強風の名を持つ打鉄。――しかしその時、既に一夏は追い込まれつつあったのだった。
(くそっ……このままじゃ、簪が!)
既に時間は七分が経過していた。簪を連れ去られるまでのタイムリミットは、既に二分少々。
《もう諦めタカ?》
「誰が、諦めるか!」
声だけでも抗う一夏。だが、その声の張りも少し薄れつつあった。
《声だケは立派だな。――だが、お前一人でハ、誰も守れない》
「く……!」
一夏の脳裏には、今まで支えてきてくれた人達の顔が浮かんでいた。だが今、この場にはそれらはいない。
簪のみがいるが、捕らわれの身であり意識さえない。
《こレガ強さだ。絶対的な力の差ヲ、思イ知れ》
「違うっ! 強さって言うのは、強さって言うのは……!」
『人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。それが、強さ』
アッシュに言葉だけでも抗う一夏。その脳裏に浮かんだのは、やはりと言うべきか姉の言葉だった。
《お前ノ強さナド、どうデもいい。――オ前は敗れ、仲間を失ウ。それダケだ》
「……それでも、俺は!」
決して屈せず、剣を振るう一夏。それは、あくまで真っ直ぐで美しい物だった。――だが現実は、その行動に成果を齎さない。
(心だけは折れないか。――だが、アッシュと織斑一夏の実力差は歴然としている。一太刀さえも、入れる事は出来まい)
心の折れない一夏にわずかに感心しながらも、その実力差という現実にさめた視線のティタン。それは、ほぼ間違いない現実だといえた。
《――残り、一分だ》
ついに、カウントダウンとなった。その時一夏が、雪片弐型を収納する。
「これしかない、よな」
《ほう、諦メタか? ――おやオヤ》
一夏がアッシュに向けたのは、雪羅の荷電粒子砲『月穿』だった。そして一度距離を取り、砲口をアッシュに向ける。
《剣を諦メタか》
わずかに残念そうな声を漏らすアッシュ。だが、それも一瞬だった。
《――ティタン》
「ああ」
「がふっ……! ……あ、あれ? 私……え、えええ!?」
ティタンが打鉄弐式に活を入れた。その途端、簪の意識が戻る。だが、自身の陥った状況を理解し。一瞬で、その髪よりも顔色を青くする。
「……」
(む……? 撃ってこない、だと?)
だが一夏は、月穿の砲口をアッシュに向けたまま動かなかった。何のつもりなのか、とティタンが訝った次の瞬間。
「いけえええええええっ!」
一夏が、月穿の砲口を向けたまま瞬時加速した。先ほど勇美を含めた三人の会話に出た、密接射撃。
トーナメント三回戦で一夏とシャルロットが戦った、パリス・E・シートンを捕らえたのと同じやり方だった。
《愚かナ》
だが、学生レベルでは通用したその戦術も国家代表レベルの実力者には通用しなかった。――そう。一度の瞬時加速では、アッシュは捕らえられなかった。
「……ここだ!」
《!?》
だからこそ一夏は、間髪入れずに瞬時加速を際発動させた。二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)といわれる、超加速。
そこから迫る、月穿の砲口にアッシュは久しぶりの冷や汗を流す。
《……!》
だが、アッシュの経験は一夏の奇策を破った。そう。奇策が二段階瞬時加速であれば、それは破られていた。――だが。
「まだだあああああ!」
一夏が、再度瞬時加速をした。――それも、二度。つまり、四段階の瞬時加速である。
《ば、馬鹿な!?》
そんな事が、まだ半年にもならない相手に出来る筈もない。その筈、だったのだが。
「捕らえたぜ!」
現実として、アッシュの腹部に月穿の砲口が密接し。そこから、荷電粒子砲が放たれたのだった。
つい数秒前まで無傷だったアッシュの機体は、もはや半壊といってよかった。全身を覆う装甲の半分ほどが焼け焦げ、白煙をあげている。
それはアッシュが自分の機体を預かってから、初めて受けた大ダメージだった。
「一夏……すごい……」
(よもや、あれほどの荒業を成し遂げるとは……。流石、と言うべきか)
《まさカ、な……》
「どうだ!!」
まさかのクリーンヒットに、四者四様の態度を見せる者たち。――だがそこに、五人目が密かに近づいていた。
「むっ!?」
ティタンが、簪を拘束していた片手を離し何も無い空間を攻撃する。だがそこから出てきたのは、砕けた近接ブレード『葵』だった。
「簪さん!」
「は、はい!」
とっさに聞こえた声に合わせ、腕半分だけ開放された簪はミサイルポッドを展開しミサイルを放つ。
ティタンの頭部を掠めたミサイルは、空へと消えたが。
「!」
それは、ミサイルに見せかけた閃光弾だった。トーナメント二回戦で春井真美が一夏に対して使ったレンジ・パニッカーと同系統の武器。
――その効果は、一瞬だけハイパーセンサーを飽和状態に追い込み無力化するもの。それは、ティタンにも有効だった。
「うおおおおおおおっ!」
《チッ……!》
同時に、雪片弐型を再展開し、瞬時加速で動き出した一夏を抑えんとアッシュが動くが、それは透明な『何か』に阻まれる。
そして一夏の得意技とも言える瞬時加速からの零落白夜が、ティタンに向けられた。
「……」
「きゃっ!?」
だが、ティタンの反応がわずかに早かった。ティタンはまだ片腕で捕らえていた簪を、一夏の前に放り出したのだ。まるで、楯のように。
「貰った!」
「な……!」
そして、それこそ一夏の目論見どおりだった。その手に握られた雪片弐型が消えうせ、放り出された簪をしっかりと抱きしめたのだ。
「……!」
そのまま距離を取り、ティタンから簪を奪回する。……この間、アッシュが一夏に攻撃を仕掛けてからわずか二十秒足らずの出来事だった。
「大丈夫か、簪?」
「だだだだだ、大丈夫!」
「いや、大丈夫そうに見えないんだが」
私は、まるで平静ではいられなかった。一夏に抱きしめられている。そんな状況を、望まなかったわけじゃない。
突然訪れたその機会は、戦闘中だというのに我を忘れるほどに甘美だった。
「……やれやれ、若いって良いわね」
そしてそこへ、何処か打鉄弐式と似た感じのISが現れた。それを纏っているのは――勇美さん。
「勇美さん……!」
「何とか、連れ去られずにはすんだわね。ふー、首が繋がったわ」
心底ホッとした表情になる彼女。だけど、その注意は前方のティタン、そして私たちの後ろで刀を展開したままのアッシュに向けられていた。
「……まだやるのかしら。貴方達の目でさえ晦ませたステルスマント、まだまだあるのよ?」
そういうと、彼女は薄い羽衣のような物を何枚も展開して見せた。あれが……? でもここでこんな物作ってるって、聞いた事ないんだけど……?
「そろそろ、潮時か」
《あア。――用事は、終わッた》
そしてティタンとアッシュは、また音もなく去っていく。……彼(女?)らの狙いは、なんだったんだろう。
二次形態移行した一夏の、実力確認? それとも、倉持技研の開発したものの詳細調査?
そして二十分後。もう襲撃はないとふんだのか、私達は地面に降り立ってISを解除した。その途端、勇美さんが息を大きく吐き出す。
「――やっぱり疲れるわ。後で、ケアしないといけないわね」
「あの、勇美さん。助けてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。簪さんも、大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございました」
「いいのよ。――ISに実際に乗ったのは一ヶ月ぶりくらいだったけど、やっぱり少しブランクが空くと辛いわね」
「あの、勇美さんって……?」
「ああ、私は元々、テストパイロットも兼任してたの。一応これでも、ISランクAだし」
――そう。一夏は知らなかったみたいだけど、この人は元々研究者でもあり、テストパイロットでもある。
自身が実際に動かし、組み上げられた装備や理論を実地で試していく。そういう人だった。
「それにしても、あのステルスマント、凄かったですね。――将隆のそれと、同じくらいだった」
確かに。あんなものが量産されたら、凄い事になると思う……。でも、どうしてここでこんなものを?
「ああ、あれ? ここじゃなくて、自衛隊から回ってきたものなんだけど、まだまだ欠陥品よ?」
「け、欠陥品?」
「ええ。性能は確かに良いんだけど、ステルス用の塗料に厄介な問題があってね。作り上げてから、三日しか持たないの」
「み、三日?」
「ええ。量子変換していても、作ってから三日で単なる布キレに化けるわけ。……たまたま昨日作っていたものがあったから、使えたけどね」
作り上げてから、三日しか使えないもの。食品とかなら兎も角、工業製品でそれはアウトだろう。コストとかも、結構かかるだろうし。
「だから実はこれ、もう明日までしか使えないのよ。本当は、後で貴方達の機体にも試してもらおうと思ってたんだけどね……」
こんな状況では、それどころではないだろう。ティタンとアッシュの報告書を作らないといけないだろうから。
「まあ、何もなくてよかったわ。――でも、簪さん」
「何ですか?」
気のせいか、面白そうな物を見つけた表情で私を見る勇美さん。……?
「……ヒーローに助けてもらった今回の襲撃、貴女好みだったかもしれないわね?」
「!」
小声で、そんな事を囁かれた。思わずさっき、抱きしめられた事を思い出してまた赤面する。
「まあそこに、30代半ばのおばさんが混じって助けられちゃったのは、ちょっと不本意だったかな?」
「……え?」
……? えっと。誰が――って、それは勇美さんしかいないよ、ね? でも、えっと。外見年齢では20代後半にしか見えないわけで。……つまり。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「う、嘘……」
「そ、そこまで驚かれるとは思わなかったわね。裕は、年齢は言わなかったの?」
だ、だって……! そんな話、聞いていない……!
「ま、まあ兎に角、後で機体をチェックしないとね。破損とか、あるかもしれないし」
そ、そうだ。まだまだ、やらなければならない事は多いんだった。そう考えた私は、とりあえず目の前の女性の年齢を忘れ。
彼女や一夏と共に、調査室に向かった。
「簪さん! 打鉄弐式を展開して、私に見せてちょうだい!」
「え?」
「早く!」
その調査も終わり、別人のように焦る勇美さんが休憩室にやって来た。その意味は、私にも良くわからなかった。
――そして三十分後。彼女の危惧が的中していた事を、私達は知らされることになった。
「打鉄弐式のシステムに、ウイルス……?」
『ええ。人体でたとえると、ガンのステージ3レベル。かなり厄介な物です』
IS学園にその凶報が届いたのは、襲撃から二時間後だった。海原勇美からの報告を受けたのは、外部通話室にいた新野智子。
「日本政府に、報告はしたのですか?」
『倉持技研(こちら)の方から、既に伝えています』
「そうですか。――生徒二名は、今そちらに?」
『こちらから護衛をつけ、学園に送還します。――本当に、お詫びのしようもありません』
勇美の真摯な謝罪。だが、それを受けた新野智子の考えは目の前の女性とは無縁のものだった。
(今日の襲撃者とは、銀の福音の際にも現れた『ティタン』と対抗戦第三の乱入者である『ブラック』だとしても。――何故、今?)
「それで、当人達の様子はどうなのですか?」
『酷く、落ち込んでいます。――織斑君が』
「そうですか、織斑君が……ん? どういう事なのですか? ウイルスが入ったのは、打鉄弐式なのですよね?」
『そうなのですが。どうやら、更識さんを守りきれなかった事を悔やんでいるようです』
「なるほど」
それは一瞬、聞き間違えたかと思うほどに意外な言葉だった。
だが詳細を聞けば、一夏とはあまり接点のない智子にも、その理屈と光景がはっきりと理解できた。一夏ならば、そうするであろうと。
『では、後の情報はそちらにお送りします』
「ええ、感謝します」
形式的な言葉と共に、倉持技研第一研究所との通信は終わった。その身を椅子に預けた智子の脳裏に浮かぶのは。
「ウイルス、か。……思い出すものがあるな。――タッグトーナメントの時の、甲龍」
まるで呪われたように、と操縦者の凰鈴音が述懐したように生じた、衝撃砲の不調。
その原因が、二日前の夜に乱入してきたプロークルサートルが突き刺した『巨大な錐のようなもの』による物だろうとは理解していたが。
「……あれと同じもの、か? だが、何か違うような気もするが。――まあ、私では考えてもわからないか」
そういうと、智子は自身のクラスの副担任である古賀水蓮に連絡を取る。そして、同時に。――ある事が決定されるのだった。
「ティタン、か>
ティタンはアッシュを送り届けたあと、カコ・アガピの研究所に戻っていた。
そこに待つのは、異形の科学者、ドクトル・ズーヘ。今回は、角の生えた耳まで裂けた口を持つ悪魔の仮面を被り。
右半身は赤く、左半身は青いローブをまとい、背中にはカラスの羽で作ったマントという異形である。
そのローブの胴体部分には少女と薪を融合させたようなものが炎に焼かれる姿が生々しく描かれており、常人なら目を逸らさずにはいられないであろうが。
「ドクトル・ズーヘ。今回のデータを、送っておくぞ」
ティタンは、まるで気にしていない。データディスクを、いつもと変わらない様子で渡しただけだった。
ティタンもISを解除しており、肩から胸を覆う鎧以外は白いローブ姿である。ある意味でズーヘと同類であり、対照的な姿だった。
「ああ。分かっている>
そしてティタンから受け取ったデータを、ズーヘは見つめる。その表情は仮面に隠れ、全く分からない。
「打鉄弐式は、どうなった?>
「そちらの予想通りだ」
「そうか>
ズーヘもティタンも、感情を込めずに反応する。抑揚のない声だけが、ただ闇の中に聞こえるだけ。
「アレは、どの程度作用するものなのだ?」
「今回の物は、甲龍に仕込んだタイプとは異なる。半月ほどで、消える>
「半月か。――タッグトーナメントの再開には、間に合わないという事か」
「そうなるな。既に再開の知らせは世界中に届いている>
「あの時の甲龍と同じか。――だが、今回はある意味で誰もが望んだ結果になるというわけか」
「そうだ。――カコ・アガピにとっても、な>
「奴らは、絡む気か?」
「さあ、な。だが、こちらにも面白い物が出来た。これだ>
「……ほう」
ドクトル・ズーヘの出したデータを見たティタンは、思わず息をのんだ。
「まさか、これを使わせるのか。――あの娘に」
「相応しいだろう。――あの『揺れ動いている雨』には>
ズーヘの返答には、ティタンは反応しなかった。まるでそれが、予定通りであるように。何の反応も、返さないのだった。
前回とはうってかわってシリアスな終了となりました。さて、これからどう戦い抜くかな?(元ネタ:某監督の23話のアニメ)