※今回、ISコアに関する設定がありますが全てオリジナルのものです。
今後何らかの事情でこの設定が原作と矛盾する可能性もありますが、そのまま続けていきます。
※今回のラストは衝撃的かもしれませんが、スルーを推奨します。
「あの、どうして私はここにいるんでしょうか」
「そうだねえ。君が放課後、織斑先生によってここに連れてこられたから、かな?」
私は放課後、新設されたカウンセリングルームにいた。織斑先生に『宇月、ちょっと来い』と連れてこられたこの部屋。
そしてそこに待っていたのは、笑顔を浮かべる海原裕さん……だったっけ? 新しくこの学園にきた、カウンセラーの人が座っていた。
その光景は初めて見るはずなのに、それがごく自然に、当たり前のように感じてしまう雰囲気を持っている。
「あの。これって、強制カウンセリングなんですか?」
「いや、違うな。ただ、織斑先生から『どうしても見てもらいたい生徒がいる』ということでね。まあ、君が嫌ならば帰っても構わないが?」
「そうですか。……まあ、少しだけなら」
そういえば昨日の昼食時、そんな話が出て全員が私を見たっけ。……フランチェスカに大笑いされたけど。
「さて、と。どうだね、そのお茶は。剣術の師範をやっている人に習ったのだが、まだまだかな」
「いいえ、とても美味しいです」
このIS学園には、世界各国からの生徒を受け入れるための豊かなメニューがある。それはどれもこれも一級品で、美味しい物ばかり。
だけど、このお茶もそれに匹敵するほど美味しかった。……でも、剣術の師範の人になんでお茶を習うんだろう?
「それは良かった、口にあって何よりだ。……ふーむ」
「……?」
海原さんは、私をじっと見てきた。こういうと変かもしれないけど、何か見透かされているような感じがした。
「それにしても、こうしてみると君が『今年入学した生徒の中で最も強い生徒』だとは思えないね」
「ぶっ……!」
思わず、美味しいお茶を噴出してしまった。も、勿体無い……じゃなくて。
「な、何ですかそれ」
「とある人が、君を評して言っていた言葉だよ。一般入学者でありながら数多くの専用機持ちと縁を持ち、日本代表候補生・更識簪さんの心を開き。
更には専用機を持たない篠ノ之箒さんをヨーロッパの男性操縦者に勝たせた、最強の女子だといっていたね」
「何か事実から導き出される名称が大きすぎじゃないですか、その話」
というか、何故それで『最も強い』ってなるんですか。私、タッグトーナメントは一回戦敗北ですよ?
「そうかね。こちらでも調べたが、代表候補生との縁や篠ノ之さんの勝利に貢献したのは間違いないようだが?」
「そ、それは、間違いではないですけど」
「中学の同級生の男子がISを動かしたり、同級生だった女子が代表候補生になりこの学園にきたり、あるいは昔の知人がISを動かしたり。
ここまで偶然が重なるというのも面白いが、それだけではなく様々な代表候補生たちと縁を持っているようだね」
「え、ええ」
まあ、確かに。織斑君や凰さん達とはIS学園入学以前からの知り合いだったけど。更識さんや他の人たちとは、この学園で縁を結んだのよね。
「特に織斑一夏君、安芸野将隆君、ロバート・クロトー君。学園に五人しかいない男性操縦者のうち、三人と以前から知り合いというのは意外だね。
まるで、君の元に男性操縦者が集まっているようだ。よりどりみどりだね」
「よりどり……って、そんなんじゃないです。織斑君はクラスメートで寮で隣人、っていう人だし。安芸野君とロブは、昔、遊んだ仲っていう関係ですし」
「男性操縦者であろうとなかろうと、関係ないと? そういえば君は、織斑君がISを動かした時の第一発見者だと聞いたが」
「ええ、そうです。まあ織斑君がISを動かしたのには驚きましたし、私の知人が男性操縦者として二人もやって来たのにも驚かされましたけど」
「なるほど、ね」
私の話を聞いた海原さんは、穏やかに微笑んでいた。ただ、その真意はよくわからない。
その笑みは、私の周囲の人で喩えると、更識会長みたいな笑みだった。
「まあ、何はともあれ君が周囲の人物に恵まれている事は間違いないだろう。しかしその為に色々と大変な目にもあったようだが、大丈夫だったのかい?」
「……まあ、その辺りは何とか」
「本当かね? ――もしも本当に嫌な時は、Noというのも大事だよ?」
「はい、分かっています。最近では、多少は大変な目にあうのも避けられるようにもなりました」
「そうかい。――しかし、考え方によっては織斑君が疫病神になってしまうのかもしれない。私から言って、君達を少し離させて貰おうか?」
海原さんは、少し深刻そうな表情でそう言い始めた。まあ、確かに色々と巻き込まれてはいますけど。
「でも、色々と良い事もあったんですよ?」
私が今、それなりに有名であるのも全て周囲の人物が関係している。織斑君と同級生であったからこそ、彼の事を聞きに来た黛先輩と出会えた。
そして彼のクラス代表決定戦やその訓練に関わったお蔭でデータ解析の経験をつみ、本音さんと一緒に打鉄弐式の建造補助を頼まれた。
それが原因で布仏先輩とも出会い、みっちりと教えを叩き込まれた。その結果、タッグトーナメントでも色々な経験を積めた。
勿論、大変な事や厄介な事も両手両足の指でも足りないほど多かったけれど。私の現在が、周囲の人々のお蔭であることは間違いない。後は……。
「そうなのか。そういえば、倉持技研さんから早くもスカウトを受けていると聞いたのだが、本当かね?」
「は、はい。一応、そうですけど」
今思い出した事、倉持技研さんからの声掛かりの事を海原さんは口にする。何か、心を読まれたみたいにタイミングが一致した。
「臨海学校でも、その結果として白式の二次形態移行を目撃したらしいが。――大丈夫だったかね?」
「大丈夫? いえ、別に怪我とかはしていませんけど」
「いや、そうではないよ。予想もしなかった出来事を目撃して、ショックを受けなかったかという事だよ」
「ああ、そういう事ですか。――私は今年の二月にも、それ以上の衝撃の光景を見ていますから」
「なるほど。織斑君のIS初起動、か。まあ、確かにそれ以上の衝撃などそうはないかな」
あれ異常の衝撃。それがあるとすれば、同じ日にあった――あの海岸での一件だろう。
白式と白騎士。私は詳細を知らない『事件』の裏側。そして私が二月に目撃した光景の、真相。どれもこれも衝撃が大きすぎて麻痺したくらいだ。
「そういえば君は、篠ノ之箒さんの勝利に貢献したらしいが。彼女に、この間まで行われていたタッグトーナメント中の整備を頼まれたのだろう?」
「はい」
そんな事を考えているうちに、話はそちらに移った。まあ、それは確かにそうなのだけど。
「そんな彼女も、七夕の日から専用機を持つようになったわけだが。再開されるという話のタッグトーナメントでは、君が紅椿を整備するのかね?
これから世界の注目の的となる、第四世代とも言われる最新鋭機を扱えるとは、中々のラッキーガールだね」
「い、いえいえ! ちょっと意見を出せるくらいですし! 打鉄やリヴァイヴなら兎も角、紅椿をどうこうなんて出来ませんよ!?」
何か話がグレードアップしすぎですよ、それ!?
「なるほど。意見を出せるのかい。それだけでも、篠ノ之さんが君に対してある程度の信頼を持っているというのが解るね」
「い、いやそれは……」
確かに、彼女にある程度は信頼してもらえているのは間違いない。だからこそ、彼女が私のところまで頼みに来たんだろうし。
でも他の人の口からいわれると、こそばゆいって言うか、なんて言うか……。
「それに更識さんも、君には感謝していたようだね。何でも、倒れるまで彼女の打鉄弐式のために頑張ったらしいじゃないか」
「あれは、その……自分の限界を見極め損ねただけですよ。反省点です」
話が、また変わった。――あの時の事は、未だに反省すべき点だ。
織斑先生や黛先輩達やフランチェスカから何かあると『無理しすぎるな』って言われるしね。
「ふむ、やはり最強たる生徒ということかな」
「え?」
また、私の事を最強だという海原さん。いやだから、私は。
「――自らの力量を的確に判断し、できる事とできない事の判断をつける。自らの周囲の人物の優秀さに媚びるでもなく卑下するでもなく受け入れる。
苦難を、好機として受け入れる。これらがきちんと出来ているというのは中々に『強い』事だね」
「え?」
一瞬、海原さんが何を言っているのか分からなかった。いや、その……。
「え、えっと……?」
「ちなみに、誰が君の事を強いと言っていたのかを教えようか?」
え。だ、誰が、ですか? ……ちょっとだけ、気になるけど。
「い、いいえ、教えてもらわなくても、大丈夫です」
「そうか。ならばそれでも良いかな。――ところで、時間は大丈夫かね?」
「時間ですか? は、はい。今日は別に、予定はないので……」
というか、織斑先生に連れてこられた時点でオールキャンセル確定なんですけどね。
「そうか。――ではここからは、もう少し踏み込んだ話をしようか」
海原さんが、自然に座っていた体勢から一変し。わずかに背もたれに体重を預け、姿勢を崩す。な、何が始まるんだろう?
「君は、好きな人がいるかい?」
「………………え?」
たっぷり数秒間は固まった私は、返事も定まらなかった。い、いや、あの、その。それって。
「せ、セクハラになるんじゃないでしょうか!?」
何故かそんな言葉が出てしまった。自分でも、良くわからない。あ、あれ? 何で、こんな反応になるの? だ、だって私に好きな人なんて……。
「いや失敬。――だが、愛とはいいものだよ。私もよく愛を語り、そして勇美や周囲に突っ込みを入れられてしまうがね」
「そう、なんですか?」
そして、口調も変わる。あれ、これってあの時と同じ?
「ああ。勇美の突っ込みは特に強烈でね。以前は確か、あれくらいある木槌で殴られたかな。ちょっとだけ夫婦の会話を暴露したら、恥ずかしがってね」
「……」
軽やかに笑う海原さんが指差したのは、大きな観葉植物だった。種類は分からないけど、私の身長を越すくらい大きな物。……あれくらいある、木槌?
「……怪我しないんですか、それ?」
「大丈夫だ、愛があるから」
笑顔で言い切る海原さん。さっきは更識会長の笑みにたとえたけど、今は全くの別物だと言える。――うん、この人は変人だ。
この学園には色々と変人がいるけど、その中でもトップクラスの。
「すまなかったね。後半は、私と勇美の愛を語るばかりになってしまって」
「いいえ、大丈夫です」
海原さんと、その奥さん――勇美さんという人の話は、結構面白かった。何故なら、その勇美さんという人が……。
「ああ、最後に一ついいかね?」
「何でしょうか?」
「今、君を一番悩ませているのは何かね? 成績ではなく、IS適性でもなく、整備の技術でもなく、恋愛関係でもなく」
「あの。一体何を」
「――誰にもいえない、何らかの秘密を持っている事、かね?」
「……!?」
まるで私の思考の間隙を突くように。……普通の調子で、海原さんは話しかけてきた。
思わず、私のお父さんくらいの年齢であるという海原さんを驚いた目で見てしまう。
「おや、どうかしたかね?」
「い、いいえ、何でもありません。……そろそろ、失礼します」
「何かあれば、いつでも来るといいよ。それが、私の仕事だからね」
海原さんは、笑顔で私を見送ってくれた。――だけどその笑顔は。更識会長よりも、ずっと恐ろしい『何か』が感じられる笑顔だった。
「それにしても、豪華だね、この学園は」
海原裕は、もう日の落ちた石畳の道を歩いていた。まだ日の長い季節ではあるが、既に夕食時を過ぎている時刻。
七月の暑さが残る石畳を照らす灯りは優しく、彼の気持ちを和らがせていた。
「出来ればこんなムードのいい場所で勇美とデートでもしたいものだが。――まあ、それは暫くは無理かな」
彼は宇月香奈枝と話した後も、何人かの生徒と話をした。血縁者以外の男性が珍しいから来た、という生徒もいれば。
遠い異国で伸び悩んでいる事を、恐る恐るではあるが打ち明けに来た生徒もいた。
男性との付き合い方に悩み、妻帯者である裕にアドバイスを求めに来た生徒もいた。
恋愛の悩みを打ち明け、アドバイスを受けた後に粛々と去ろうとして転んだコメディアンのような生徒もいた。
だが、裕はその全てに穏やかに答えたのである。――最初とは、少しだけ手法を変えながら。
「あれ、裕さん?」
「マジだ……」
そこに、世界でも五人しかいない存在のうちの二人――男性IS操縦者の、織斑一夏と安芸野将隆がやってきた。
ともに私服であり、一夏は薄手のTシャツと短パン。将隆はTシャツは同じだが上に薄手のベストを着ていた。
「おや、織斑君に安芸野君か。二人とも久しぶりだね、元気だったかい?」
「え? 将隆も、知り合いだったのか?」
「おう。ちょっとだけだけどな」
「そうだったね。君がISを動かせる事が分かった直後くらいに、少し話をしたんだったね」
「へえ……。なら将隆、かなり心が楽になったんだろ?」
「お、おう。まあ、な」
その時将隆は、こいつ(一夏)も同じなのか、と考えたという。だが、そこには触れず。
「しかし、貴方がここにカウンセラーとしてくるなんて思わなかったですね」
「ははは、私もつい先日までは予想もしていなかったよ。――おや、誰か来たようだね」
寮の方向からやってきたのは、セシリア・オルコットだった。手には、参考書を持っている。
「い、一夏さん! ここにいましたのね!!」
「お、セシリア。どうしたんだよ」
「そ、それはですね。私が部屋に行ってもいないから、その……」
「え、何か約束してたっけか?」
「い、いいえ。約束をしてはいないのですが。ただ、安芸野さんと寮を出たのを見たという生徒がいたので……」
「迎えに来た、って所だろ。……んじゃ一夏、俺は先に戻ってるわ。お前はオルコットと戻って来いよ」
「え? 一緒に戻ればいいだろ?」
将隆の言葉をまるで理解していない一夏に、セシリアが微かに落胆する。だが、彼女への福音は意外なところより現れた。
「ふむ、では将隆君とそこでちょっと話でもしても良いかな? 色々と、聞きたい事もあるのでね」
「あ、そうなんですか? ……じゃあセシリア、一緒に戻るか」
「は、はい! 二人で戻りましょう!」
一転して満面の笑みを浮かべ、一夏の手をとるセシリア。そのまま彼女は一夏と共に歩き始め。最後に将隆と裕に密かに一礼し、去ったのだった。
「……やれやれ。一夏の奴、全然気付いてないな」
「そのようだね。――それにしても、君はいつもあんな感じで場を外しているのかい?」
「まあ、そうですね。オルコットだけじゃなく、凰とか、篠ノ之とかの場合もありますけど」
「そうかい。ところで、君はどうなんだい?」
「俺、ですか? ……生憎と俺は、そういう関係になれそうな女子はいませんよ。多分、ロブを除けば俺が一番モテませんから」
自虐的な笑いを浮かべながら言う将隆。それに対し、裕は。
「ふむ、そうかもしれないな」
まさかの肯定であった。自身が言った言葉ながら、肯定されると思わなかった将隆はカウンセラーの男性の顔を凝視してしまう。
「だが、重要なのはそこではない。――本当に、心から君を好いてくれる人が一人でもいれば。
あるいは、君の方から誰かを好きになれれば、それでいいのだ。好意を寄せてくれる異性の人数など、関係ないのだよ。大事なのは、質だ」
「……勇美さんみたいに、ですか?」
「その通り! 私もこの年まで色々な女性を見てきたが、勇美以上の女性はいなかった。勿論それだけで彼女を選んだのではない。
否、私が彼女に選ばれたというべきかな。勇美も素晴らしい女性であり、彼女を狙っている男は多かった。
だが私はそんなライバル達を倒し、勇美の心を得られたのだ。――恋は良いものだよ?」
「はいはい、そーですか」
呆れてものも言えない、と言った感じの将隆。そろそろ帰るか、と足を早めかけ。
「ところで君は、宇月香奈枝さんという女生徒を知っているね?」
「!?」
その足を、凍らされた。何を、と振り向くと。
「彼女について、ちょっと聞きたいのだが。――構わないだろうか?」
その時の裕の顔は、将隆から見れば道を照らす灯りの逆光でよく見えなかった。
だが、将隆は初めて裕に対し、畏怖にも近い感情を抱く事となったのだった。
「なるほど。そこの動きは、そうすれば良いのか」
「ええ。この動き方は、代表候補生クラスには必須の動きでしてよ」
一方、一夏とセシリアは彼女の持ってきた参考書を手にベンチでISの機動パターンを勉強していた。何故ここなのか、といえば。
(一夏さんの部屋ですと、誰か来るかもしれませんし……。私の部屋は、今日はルームメイトの勉強会で使えませんし)
外での実働訓練などではなく勉強、というのはセシリアにとってもあまり無い事だった。しかし逆に、それが新鮮でもあり。
(真剣な一夏さんの横顔が、夏の夜の元で灯りに照らし出されて……素敵ですわ!)
まだ知らなかった思い人の表情を知る事が出来たのだった。なお、その表情は他人に見せられないほど緩みまくっているのだが。
「……えい」
そして、セシリアは勝負に出た。横に座っていた一夏に、自分の身体を少しだけ押し付けたのである。
その柔らかい膨らみが一夏の身体にあたり潰れる。
「せ、セシリア?」
「どうかしましたの?」
「い、いやその……さ、寒いのか?」
流石の一夏も『何が起こっているのか』は理解していた。だが、その目的は理解していない。いつもなら、セシリアは落胆の息をつくであろうが。
「……だとしたら、どうですの?」
「え、ええ?」
(ど、どうしたんだセシリア……なんか、いつもと違う……)
今日の彼女は一味違っていた。身体を押し付けたまま、一夏の顔を見上げる。
(い、一夏さんが動じていますわ……。あのカウンセラーの方の言っていたように、効果がある、ということですの?)
思わぬ効果に、セシリアも驚きを隠せなかった。海原裕に助言を求めにいった一人であるセシリア。
水着姿を見せても、ノーリアクションな相手にどうすればいいのか、という恋の相談。それに対して裕は助言をした。
その助言とは『何か新しいアクションをしても、応えない可能性があるね。ならば、そこで諦めずに畳み掛けるのも良いんじゃないかな?
決してくじけず、常に連撃を。押しの一手、というのも重要だよ』だったのだが。
(こ、これは好機ですわ! 臨海学校の海岸でも変わらなかった一夏さんが、動じていらっしゃいますもの!)
更なる追撃を繰り出さんと、セシリアは一歩を踏み出そうとする。……だがここで、裕の助言の外の存在がやってきた。
「あ、織斑君とオルコットさんだ」
「おやおや。奇遇ですね」
「あ……え、えーーと。都築さんと加納さんか!」
「……今、私達の名前がとっさに出てきませんでしたね?」
「私なんて、姉も織斑君には会ってるのにねー」
「ご、ごめんな。こ、こんばんわ。め、珍しいなー、ははは……」
情報通のブラックホールコンビが現れたのである。動揺する一夏は、これ幸いと彼女達に話を向ける。
「あ、そうそう。織斑君、オルコットさん。ニナ・サバラ・ニーニョの事を、見ていないかな?」
「ニナ……ああ、あの赤い髪をしたスペインの代表候補生の娘だろ?」
「……ニーニョさんが、どうかされましたの?」
その時のセシリアの表情は笑顔であったが、目が笑っていなかった。
真意を表現すれば『どうしてこんな絶好のタイミングで邪魔をしますの!?』といった所だろうが。この二人は、そんな怒りには動じない。
「うん、彼女……臨海学校が終わってから、何か変なんだよね。気付けば一人でいるし」
「今日も姿が見えないから、何人かが私達のところに情報を求めに来たのです。それで、何か知らないでしょうか?」
「さあなあ……。セシリア、何か知ってるか?」
「知りませんわ!」
「お、おいおい、何を怒ってるんだ?」
「意地の悪い、神様に対してです!」
「?」
せっかくの機会を邪魔され、お餅のように、と一夏が感じるほどに膨れるセシリア。
だがその頃。話題にのぼった少女、ニナ・サバラ・ニーニョの現状を知れば。膨れっ面など、してはいられなかっただろう。
「やあ、ようこそ」
「先ほど言ったとおり、お前に話がある。ここにいると聞いてやってきたのだが、少々、時間を貰ってもいいか?」
「ああ、構わないよ」
一夏たちの話に出てきた少女、スペイン代表候補生のニナ・サバラ・ニーニョは、寮の一室にいた。
だがそこは、ニナの部屋ではなく。また、彼女を迎え入れたゴウの部屋でもなかった。
「そうか。……ところで、その女子は誰なのだ? ここの部屋の主か?」
「ああ、彼女はこの部屋の住民だ。そして俺の……」
「同類、だな」
といったところでその声は遮られた。懐中時計を懐に握り締めるその女子が、ゴウの言葉を遮ったのだ。
「同類……?」
何のことなのか、ニナには分からなかった。だが、分かるものならば分かる。――その直答にゴウの顔が歪んだのは見て取れた。
(よほど不味い事、なのか? しかし、何故私に?)
「さて、ニナ・サバラ・ニーニョ。話がある、ということだったね」
「ああ。あの紅椿というISが、本当に完全に新規のコア……つまりは468番目だと考えてもいいのか、ということだ」
「そうだね。残念だが、俺にも確定した答えは出せない。――だからこそ、確定した事実を確認するとしよう」
ゴウが端末を操作すると、部屋に置かれたモニターが点灯した。どうやら、端末のデータをそのモニターに写しているらしい……とニナは判断する。
「まず、篠ノ之博士が失踪した際に置かれていたコア。これが最後、だと彼女は断言した。
そしてそれまでのカウントで、467番目であったことは間違いない。
――その後、ドクトル・ズーヘがドールという物を作った以外、ISには『類似品さえ』ない」
「……そうだな」
「ということは、紅椿のコアは篠ノ之博士が禁を破って作ったか。あるいは、467個のコアのうちの1つを再利用したかのいずれかだ。
だが、あの顕示欲の強そうな篠ノ之博士が妹への新型機に既製品のコアを使うだろうか、という疑問がある。
となれば、紅椿のコアは468番目のコア……すなわち『本来ならば君のお姉さんが持つべき筈だったコア』になるね」
「!」
持つべき筈だったコア。それがゴウの言葉となって発せられた瞬間、ニナの心に消えかかっていた傷からの出血があった。
ニナの姉、カリナ・ニーニョはかつてのスペイン代表候補生であり、将来の国家代表も間違いないとされる才女だった。
だが、彼女は二年前に交通事故で死亡した。そしてその際、一部報道では『ISを持っていれば助かったのではないか』などとされた。
――本来、彼女は持っているはずだったのだ。スペインに配布される予定だった、468番目のコアを。
「あの話は、私も聞いた事があるわ。ISコアは、本来500番目まで受け取る国家、あるいは団体が決まっていたという話ね」
「そうだ。だが篠ノ之博士は無責任にも467個で製造をやめてしまった。つまり、33の予定が狂ってしまったという事だ。
それが全て専用機に回された、と考えても33人の操縦者の。
この学園の訓練機のように、不特定多数の使用者が使う場合を考えれば、更に多くの人間の夢を潰したとさえ言えるね。
俺も臨海学校二日目に、ほんの少しだけ篠ノ之博士を見かけたが。――人格的には最低の人物のようだ」
懐中時計を持つ少女が賛同し、ゴウの言葉は次々と紡がれる。そしてニナの心の古傷からの出血も、それに比例して深まっていった。
なお、懐中時計の少女が篠ノ之束の名を聞いた瞬間に顔をゆがめたが、それにはゴウもニナも気付かない。
「そのせいで、君のお姉さんは『本来受け取れるはずだった専用機』を受け取れずに死んでしまったのだからね。
言うなれば、君のお姉さんの死の遠因は、篠ノ之博士にあるとさえ言えるね」
「……それは、言いすぎだろう。姉の死因は、交通事故死だ。泥酔していて道路に出ていたところを、はねられた。――純然たる事故だ」
「そうだね、事故そのものには博士には原因は無い。だがもしも468番目のコアを受け取っていたのならば。……死なずにすんだのかも、しれないね」
ゴウが彫像のような笑みを浮かべ、対するニナは苦痛をこらえるような表情になる。
そんな二人を、冷ややかに見る懐中時計の少女。奇妙な三者の話は、それから三十分ほど続いたのだった。
「まどろっこしいやり方だな」
「そういうなよ、ケントルム。彼女は専用機を持っていないとはいえスペインの代表候補生。それなりの実力者だ。
それがあのモップ批判に回れば、それなりに影響はある。それに、こちらにひきつける餌にもなるのだしな」
ニナの退室後。この部屋の主である懐中時計の少女――プロークルサートルの待機形態を握り締めるケントルムと、ゴウの話はまだ続いていた。
「だが他の代表候補生達は、どちらかと言えばそのモップと親しい人間が多いだろう?」
「この場合は、批判者が増えるという事が大事なんだよ。――姉にねだって専用機を得た、という点を快く思わない人間は意外と多い。
口には出さないだけで内心でそう思っている人間を、実際に口に出す人間に変えられれば良いのさ」
「モップを攻撃するような人間を増やす、という事か」
「そうだ。あのクソモップは、俺に大恥をかかせた挙句、恥知らずにも銀の福音を我が物顔で倒そうとした。――俺は、受けた屈辱は必ず返す」
「ふん……」
私怨を隠さずに言葉にするゴウを、呆れた表情で見るケントルム。その時ゴウは、箒への批判を一度棚上げする必要を思い出した。
「そういえばお前、さっきは何故『同類』などと口にした? ニーニョは、明らかに不思議そうだったぞ」
「どうでもいいだろう。どうせ、分かる筈など無いんだからな」
「だが――」
「あの女もスペインの代表候補生とはいえ、所詮は『キャラクター』にすぎん。私たちの事など解るはずもない……解る筈も無いんだ!」
「……ケントルム?」
元々アニメを嫌っていたケントルム。彼女に限らず、ゴウやクリスティアンなどもこの世界にいる人物を『キャラクター』として蔑む傾向がある。
だが、それらの蔑みとは違う『何か』がケントルムの言葉にはあった。
(奴は、フィッシングやヤヌアリウスの回収に失敗したと聞いたが……。何かあったのか?)
ふと、懸念するような表情になる。だがそれは、ケントルムという『重要な因子』が不安定要素を増す事への懸念だった。
(まあいい、使えないのなら切り捨てればいい。本物のコアナンバー174だけを回収して、な)
そう含み笑いをしながら、ゴウは自らのIS――オムニポテンスの待機形態であるフィンガーグローブを弄る。
先ほどニナに対して口にした『467個のコア』に当てはまらない『プレゼント』であるコアを使っているそれを、ゆっくりと弄るのだった。
「何なんだ、いきなり呼び出しだなんて?」
俺は、いきなり千冬姉に呼び出された。もう夕食も終わり、今日は風呂の日ではないのでシャワーを浴びて寝るか……と思っていた矢先。
談話室に呼び出されたのだった。
「でも、緊急の用事なんだと思う……」
「だよなあ」
俺の横では、私服姿の簪がやや不安そうに歩いている。さっき合流したのだが、彼女も一緒に呼び出されているらしい。用事とは何なんだろうか?
鈴や将隆がいないから、クラス代表を集めてとかじゃない。俺たちの共通点っていうと……。
「――失礼します。織斑と、更識です」
「入れ」
そんなことを考えているうちに談話室に着いたので、ノックをする。千冬姉の声がして、俺達が入ると――。
「織斑一夏さん、更識簪さん、お久しぶりです」
「加納さん……?」
そこにいたのは、倉持技研の加納奈緒美さんだった。以前、宇月さんに臨海学校の間だけ白式の整備を任せたい、と言いに来た時以来か。
見れば、あのときのメンバーは宇月さん以外が皆、この部屋にいる。俺、千冬姉、山田先生、加納さん……。それに簪と、あと一人。
「俺と簪に用事があるのって、加納さんなんですか?」
「はい。更識さんと共に、倉持技研の第一研究所までご足労願えないか、と思いまして」
「倉持技研の、第一研究所?」
「そうです。貴方の白式、そして更識さんの打鉄弐式を扱う部署です。
本来ならば四月にも挨拶をするべきだったのですが、少々こちらの混乱で遅れてしまいました。所長の更迭など、色々とありましたのでね」
何か、あの時よりも鋭い目つきの加納さん。うーん、研究所まで来てくれって事だよな?
「そりゃ、俺は別に良いですけど……」
簪は、どうなんだろうか。打鉄弐式に関する噂は聞いているし、宇月さんからもちょっと聞いた事はあるけど。
「私は……大丈夫、です。日付にもよるけど……」
意外と、大丈夫のようだった。……さて、問題はあと一つ。
「ところで、さっきからずっと気になっていたんだけどな」
「どうしたの、おりむー?」
「いやな。何で、のほほんさんがここにいるんだ?」
平然と、のほほんさんが簪の横にいた。あと一人、とは彼女のことだ。
「酷いよおりむー。かんちゃんのいる所、私ありだよー」
「……本音、そんなの初めて聞いたけど」
うん、俺も簪とのほほんさんが一緒にいる所を見た事がないわけじゃないけど。そんな言葉は初めて聞いたな。
「ひょっとして、加納さんの持ってきた菓子折りが目当てだった、とか?」
「……。そんなこと無いよー、酷いよかんちゃん」
真顔で否定するのほほんさん。うん、答える前にチラリと菓子折りの箱に視線をやらなければ俺もその言葉を信じられたな。
「話を戻しても宜しいでしょうか?」
「あ、すいません」
いかんいかん、こんな事を話している場合じゃなかったな。
「あの、俺と簪が一緒に倉持技研に行って、何をするんでしょうか? データ取りとか、ですか?」
「勿論、それもありますが。そのほかにも色々とあります」
そこで加納さんは、目を細めた。何故かそれが、獲物を狙う肉食獣みたいに見えてしまった。
「例えば――本来は七月七日に頼む予定であった、新武装搭載実験などである、とかですね」
「新武装搭載実験?」
はて、何の事だろうか。
「本来は宇月香奈枝さんに補助を頼み、臨海学校で行って貰うはずだった試験の事です」
「あ……!」
そうだ。あの日、銀の福音がやってこなければ。宇月さんと一緒に、色々と試験をしていたはずなんだよな。
でも銀の福音の一件があって、俺も怪我をしたりでそれどころじゃなかったし。
「本来ならば七日にやって貰うはずべきだった物です。お願いできますか?」
「……はい」
何か押し出されたような気にもなったが。俺は、結局のところそれを受け入れたのだった。
「あの、織斑先生。無言だったけれど、何か、あるんですか……?」
簪がそう訊ねたのは、加納さんが帰った後だった。そう。加納さんが話を始めてから、千冬姉は一度も喋らなかった。
以前の、宇月さんの時は色々と口を出したのに。
「いや。あの話を持ちかけられるのも、想定内だったからな」
「想定内?」
「織斑の白式が二次形態移行した以上、何とかしてそのデータを取得したいと思うのは当然だ。
搭載実験もやるだろうが、基礎スペックデータの習得、新しく発生した新武装『雪羅』の詳細など調べたい事は山のようにあるだろう」
「そうですね。むしろ、遅かったくらいです」
千冬姉の言葉に、山田先生も賛同する。まあ、そうだよなあ。
「まあ、こうなったら一緒に行くか、簪」
「う、うん」
気のせいか、少し顔を赤くして応える簪。……風邪かな? 今の時期は、風邪になると色々辛いのに。
「おりむー、かんちゃんを末永くお願いするねー」
「お、おう?」
「ほ、本音!」
のほほんさんの謎の一言で、更に簪の顔は赤くなった。……何なんだろうか?
「えええええ!? く、倉持技研に簪さんと貴方が?」
「そんなに驚くところかな?」
俺と簪が倉持技研に向かうことを、宇月さんにも一応言ってみると。彼女はとても驚いていた。
「うーん、まあ貴方の方は良いとして。更識さんがどうなのか、よね」
「まあ、本人は大丈夫そうだったし平気だと思うんだけど。……なあ、簪とは宇月さんの方が親しいよな? 彼女について、何か注意する事とかあるか?」
「うーん……。あ、私でも言える事が一つあったわ」
「何だ?」
「そういう事は、本音さんの方が絶対に詳しいから。彼女に聞けば良いんじゃないかしら?」
何か妙に作り笑いの宇月さん。彼女にしては、珍しい笑い方だ。
「まあ、そうなんだけどな。でも、のほほんさんはもう簪のところに行ってるんだ」
「え? な、何で? せっかく押し付け……じゃなかった、頼ろうとしたのに」
「何か、彼女は『かんちゃんにとっての関ヶ原だよー』とか言ってたな」
関ヶ原……天下分け目の一戦、って事か? でも、何が天下なんだろうか?
「あ、あの本音、わ、私は別に、特別な事をするつもりは……」
「かんちゃん、甘いよー」
一夏との倉持技研行きが決まった後、私の部屋に来た本音は、いつもと違っていた。
いつもならお菓子を漁るか、おしゃべりをするか、のんびりと昼寝でもするか位なのに。
「かんちゃんには、こういうのも似合うと思うんだよねー」
「そ、そんな大胆なの……わ、私に似合わないよ……」
箪笥やクローゼットから服を引っ張り出し、私に似合う物はどれかと見定めようとしている。
どうやら私と一夏が倉持技研に一緒に行くのを、チャンスだと思っているらしい。なお、本音が服を貸してくれようとしたが丁重に断った。
デザインとか色合いとかが、私と本音で好みが違っていたのもあるけれど、最大の要因は…………言いたくない。
「ほ、本音、もう良いって……」
「駄目だよー。あのおりむー相手なんだから、もっとどんどん攻めていかないとー」
「――あらあら。散らかしているのね、本音」
その時。鍵を閉めていなかったドアが開き、意外な人の声がした。それは。
「虚さん!? お、織斑先生も……」
「布仏姉が、妹に用事があるというので滞在を許可した。布仏姉、消灯時間までには三年生の寮に帰僚しろよ」
「はい、心得ております」
虚さんが一礼し、織斑先生が去っていく。と、とにかくこれで助かった。本音も虚さんなら簡単にコントロールできる。
溺れているところに、大きな船が助けに来てくれたような安心感が私の中に生まれた。
「それで本音、何をしているのかしら」
「あのねー、かんちゃんが今度、おりむーと一緒に倉持技研の研究所に行くんだけどねー。その準備だよー」
「わ、私は別にそんな、特別な準備は要らないって言っているんですけど……」
「……はあ。本音、貴方という子は」
虚ろさんが、深々とため息をつく。やった、これで……。
「これでは駄目よ。簪様に、似合っていないわ」
……え?
「そうかなー。おりむーとかんちゃんはまだまだ知らない所だらけだから、積極的に意外性をアピールした方が良いと思ったんだけどなー」
「それは逆効果に終わる可能性が高いわ。むしろここは、簪様の良いところを素直に出す方が得策よ」
「うーん……そうなのかなー」
どうやら助けに来てくれた船は、泥舟だったらしい。今のうちに、更識流の逃げ足でこの部屋から逃げ出さないと……!
「何処に行くの、かんちゃん」
「あまり慣れていないのも分かりますが、これも修行と思いお受けください、簪様。
代表候補生としてアイドルやモデル的な仕事を請け負う場合もありますので、それに対しても有効です」
残念ながら、二人も同じことを学んだ間柄だった事を失念していた。それから私は暫くの間、布仏姉妹の着せ替え人形と化していた……。
「ふう……」
「どうしたのですか簪、さっきから疲れた表情をしていますが?」
「大丈夫……」
本音と虚さんが、長い時間を掛けて選んでくれた服装。それは確かにセンスがよく、私自身も納得のコーディネートだった。
私達姉妹の従者として『主人の服装を客観的に判断する』というのは重要らしく、あの二人がそういうのを学んでいるからこそできた事。
そして本音も虚さんも、私の事を本当に心配してくれるからこそ夜遅くまで頑張ってくれた事は分かる。
「それにしても、布仏さんとお姉さんのコーディネートは見事でしたね。……あのようなセンスが、私にもあれば」
悠も、二人のセンスを絶賛している。見事でしたね、の後がちょっと聞こえなかったけど、何て言ったんだろう?
「……それにしても」
一夏の白式が二次形態移行したことで倉持技研が呼び出そうとするのは理解できたけど。まさかそれに、私も一緒に――というのは予想外だった。
私はもう、倉持技研にはあまり関心が無い。打鉄弐式のコアの所有権はあそこだから、データを送ってはいるけれど。
『おりむーと一緒に行ける事を楽しむのも大事だよ、かんちゃん』
『色々と考え込むのも大事ですが、堂々と倉持技研に行かれるのが宜しいかと』
布仏の二人が最後に言っていた言葉が思い出される。――そう、だね。そう、だよね。
「おや、吹っ切れましたか?」
「え?」
「先ほどの疲れた表情ではなく、何処か晴れやかな表情になっていますので」
「そ、そうなの?」
自分では良くわからないけれど。他人から見えると、そんなに変化したんだろうか?
「頑張ってきてくださいね、簪」
「う、うん」
悠が、私を応援してくれた。彼女もドイッチ君に恋をしているみたいだけど、中々上手くいっていない。
それなのに、私の事を応援してくれているのは素直に凄いと思った。
「……さあて、どうした物かな」
海原裕は自室として与えられた職員寮の一室、電気の消された部屋で唯一光っているモニター画面を凝視していた。
それに映し出されているデータとは、今日出会った生徒達のデータ。彼自身が実際に目で見て、会話を交わし、その結果として得られたものである。
「英国代表候補生、セシリア・オルコット。――まあ、彼女に関しては問題は無いだろう」
恋愛相談、という彼女の年頃ならば珍しくはない相談内容であったセシリア。
それに対する助言は、まさに一夏の心をわずかではあるが揺るがしたのだった。
「それにしても、一夏君はどうしてあそこまで女子からの好意に疎いのだろうね?」
心理学を学んだ者として、裕の興味はそちらに移行した。彼なりに、幾つかの推論を立ててみるが。
「自分が女子に好かれる筈はない、という自己評価の低さ? ……いや、そこまで低くはないか。
姉・織斑千冬への憧憬が強いあまり、他の女子を女性として見られない? ……しかし、女性に対する反応はないわけではないらしいな。
女子側からの、アプローチ下手ゆえ、かな? ――しかし、彼を慕う女子の中には一緒に風呂に入っり着替えをしたという強かな女子もいると聞く。
大胆すぎる、といえばそうなるが。ふむ……」
裕の脳裏から様々な推論が浮かんでは消える。暫く目を閉じて思考に没頭していた裕だが、その目がゆっくりと開かれる。
「まあ、彼の恋愛事情に関しては良いだろう。――問題は、彼女だね」
そうして出た空間ウィンドウには、宇月香奈枝が映っていた。
「千冬さんが心配していた、周囲への不満はないようだ。巻き込まれているのを自覚しつつも、それによるメリットとデメリットとを理解している。
まあ、彼女自身の性格もあるのだろうが。無理をし過ぎないように注意していれば、問題はないだろう。――だが」
その瞬間、裕の目が人前では見せられないほどに鋭くなる。その鋭さは、まるで刃のようだった。
「彼女は恐らく、何かの秘密を持っている。織斑君のIS起動や白式の二次形態移行の目撃に匹敵する驚きをもつ、何かを」
彼は、香奈枝の最大の秘密にかなり近づいていた。その、根拠は。
「彼のIS初起動を目撃したと口にしたとき。――彼女の体勢は、無意識のうちに固くなっていた。自衛反応だね。
恐らくは私が受け取ったデータにもない秘密を、持っているため。それを思い出してしまったためだろう。
それに、最後の私のプラフへの反応。――あそこまで簡単に反応してくれては、秘密がありますと言っているような物だ」
微かに笑みを漏らしつつ、裕は香奈枝が秘密を持っていることを確定させた。
「その問題は――さて、何だろうか」
学園の公式な書類にもないデータとなれば、種類は限られる。ごく個人的なことか、あるいは極めて重大な秘密。
しかし、一夏のIS初起動や二次形態移行の目撃にすら匹敵する衝撃ともなれば。
「……何か、知ってはいけない事を知ってしまったのかな? このIS学園に関わる物か、あるいは――」
自身が国際IS機関のエージェント"閑雲"である裕は、その可能性に思い当たった。だが、途中で言葉を止める。
「篠ノ之束博士、か? ……いや、流石にそれは無いかな」
正解目前で、その思考は止まった。束と香奈枝とを結びつける物がなかったのである。正確には、あったのだが。
「彼女と博士を結びつける物があるとすれば、篠ノ之箒さんか織斑千冬さんだが。両名とも、宇月さんを博士に近づけさせるような真似はしないだろうね」
香奈枝と束の接近を結びつける、とは思わなかったのだった。この時、裕は宇月香奈枝という人物をほぼ理解していたのだが。
白式の二次形態移行を目撃したことを切欠に、自ら隠された秘密を知ろうとしたことを、読み取れてはいないのだった。
「まあ、彼女に関してはまたゆっくりと話すとしようか。……おや。もう、こんな時間だな」
時刻は既に日付の変わった後だった。彼も人間、睡眠は必要なのである。
「眠るとしようか。――お休み、勇美」
電気をつけ、彼の背後に飾られていた等身大フィギュアの数々――全てが彼の妻、海原勇美を完全再現した代物――に言葉を掛け。
部屋中に飾られた、彼の妻のポスターや写真――全て、裕の手製――に目を通し。
妻の全身写真が貼られた抱き枕が入れてある布団――その柄は、ディフォルメされた漫画チックな妻の似顔絵の数々――に入り。
天井に飾られた、妻の笑顔写真の数々を最後に視界に入れて、再び電気を消して就寝したのだった。
先ほどまで電気を消していたのは、これらに気を取られないように集中していたためである。
……なお、この部屋に趣味と内部監査を兼ねて侵入した更識楯無が、これらを視界に入れた途端に数秒間絶句した後に即座に退室し。
『もう二度と、あの部屋には行きたくない』と言ったのは余談である。
今回はオリジナル設定が炸裂、次回は一夏と簪が倉持技研に向かいます。今回はそれだけしか言うことはありません。ええ、ありませんとも。