「それにしても、白式が生体再生までこなすなんて思わなかったね、ちーちゃ……ん?」
「こいつも連れてきた。文句は聞かん」
「こ、こんばんわ、篠ノ之博士」
うわあ。篠ノ之博士が『何でここにいるんだお前、私達二人の時間を邪魔するな』って目で私を睨んでるわ……。
っていうか、冷たい。織斑先生とかが睨んでくるのとは、質が違う。あれは……たとえば、私が大嫌いなゴキブリを見るような目。
ちなみに何故私が博士の感情を分かったのかというと、織斑ガールズが誰かに乱入された時によく浮かべている表情と同種だからだ。
「何でちーちゃん以外の存在がここにいるのかな。箒ちゃんやいっくんならともかく、何で私とちーちゃんだけじゃないのかな。
私とちーちゃんのラブラブスウィートな時間を邪魔するなんて、命がいらないのか――ぐへっ」
……織斑先生。右拳での心臓打ち→左貫き手の喉突き→後頭部への回転右肘打ちのコンボは普通に危険だと思います。
ちなみに今の一連の攻撃で博士の身体の一部分が大きく揺れたけど、それは確かに姉妹の血縁を感じさせる物だった。
「こいつは、白式の生体再生を見てしまったのでな。毒を食わせたから、皿まで食わせようというわけだ」
「ちぇっ、残念だね~~」
神よ、どうか私に試練を乗り越える力をおあたえ下さい。……思わず、フランチェスカ風に思う。
……というかあの人、何で平然と立ち上がれるんだろう。科学者の筈なのに、耐久力が物凄いんですけど。何か、防御システムでも使ってるの?
「ちーちゃんのお願いだから17個も束さんに集(たか)ってきた『人形』のコアを切り離したのにー。二人っきりにして欲しいなー」
「で、どう思う。――白式の生体再生について、だ」
「んー、そうだねー」
スルーされたことも気にせず、博士は私達に向けて口を開いた。……いや、違う。博士は、先生にしか伝えていない。
私は、その辺の石や木と同じ扱いなんだろう。海岸で紅椿を持ってきた時も、織斑姉弟や篠ノ之さんにしか話しかけなかったし。
……コアがどうしたとか、ちょっとだけ気になる話題ではあるけど。
「ちーちゃんは、どう思うのかな?」
「……白式(びゃくしき)を『しろしき』と読めば、それで正解だろう」
「ふふふ。そうだね、たとえ話だけど『しろきし』の力を受け継ぐ『しろしき』なんてあったら面白いねー」
え? ……今、何と? びゃくしき……しろしき……しろきし……白騎士!? じゃ、じゃあ白式のコアって……!?
た、確か白騎士は、もう機体は分解されて、コアは何処かの研究所に眠っている筈じゃ!?
「ではもう一つ、たとえ話をしてやろう」
「ホント? 嬉しいな」
「例えば、とある天才が一人の男子の高校受験会場を間違わせることができたとする。
そしてその場所に、その時だけ男でも動かせるようにしておいたISを置いておくことができたとする。
――この二つの条件を満たしさえすれば、本来ありえなかった筈の『ISを動かせる男』が誕生することになるわけだ」
……は?
「うん、その通りだね。……でもそれだと、他のISは動かせないよ?」
「そうだな、その天才はすぐに飽きる。だから持続的に手出しをする事はほとんどない。……で、どう思う?
その男子が学園で打鉄を、そして白式を動かせたのは、何故だと思う?」
「うーん、わかんないなあ。正直なところ私もどうして白式達が反応したのかわからないんだよ。
いっくんはIS開発に関わっていない筈なのに、おかしいよね。まあ、いっくんだから良いんだけどね」
……私は冷や汗が止まらなかった。不用意にこの学園の情報を漏らしたら、かなり不味い事くらいは知っている。
だけどこれは、それらすら比較にならないほどの機密情報。……多分、この二人以外の前でこの話を口にした場合、私は。
「まあ、私が関わったわけじゃないのに他にもいるし。良いんじゃないかな」
「安芸野達か。奴らに関しては、お前では無いのだな?」
「私じゃないよー。まあ、どうでもいいし。いっくんを乗せる時のプログラムのオマケかな? ISが選んだのは間違いないけど」
「選んだ、か」
「そうだね。まあいっくんからして変なんだよね。いっくんはIS開発に関わっていない筈なのに、おかしいよね」
「お前が二度いうということは、かなりおかしい事なのだろうな」
……あ、あのー。ここに私が居る事を加味して、もう少し物騒じゃない会話をしていただきたいのですが?
後、今世界中で研究者の皆さんが必死になって考えている問題を、そんなやる気の無い口調で回答しないで下さい。
「……お前は昔からそうだな。火をつけるのは好きだが、後始末をしない。困った奴だ。だから、私達くらいしか相手を出来ん」
「それで充分なんだけどね~」
本音さんと似たような口調で、でも彼女とは絶対に違う『何か』を含ませながら博士は楽しそうに笑う。……ちょっと寒気がしてきた。
「それともう一つ、例え話がある」
まだあるんですか、いい加減にして欲しいんですけど。……まあ、ここは黙って聞いておこう。
「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考えた」
妹って、まさか。それに、さっきの話も合わせると……。
「そこで用意するのは、専用機と事件。リミッター解除の試験稼動にあった新型の高性能ISが、突如暴走して、日本にやって来る。
『たまたま暴走した新型が向かう先に臨海学校に来ていた』その妹に、新型の高性能ISが偶然にも同じタイミングで与えられ。
そして妹と仲間達に、暴走したISに対処するよう命令が下る。そこで妹は専用機を駆って、華々しくデビューするというわけだ」
「ふーん、凄い人がいたもんだねー」
「まあ、最初は失敗したがな。その上、その妹抜きで倒そうと試みれば高性能ISが進化までした」
進化? ……って、ま、まさか二次形態移行!?
「その新型の進化は、お前の仕業か?」
「答えはノーだよ、ちーちゃん。あの『白銀の子』があそこまで成長したのは、あくまで『あの子』の結果だよ。
箒ちゃんやいっくんにやられて成長する可能性は考えてたけどね、まあ、アレはアレで良いと思ってるんだけど。
乱入してきた連中の影響もあるんだろうけどねえ。まあ、どーでもいいかな?」
白銀の子? 白式……じゃないよね? 白銀だし、篠ノ之さんや織斑君にやられて成長する可能性、とか言ってるし。
ということは白式とは別に、もう一つのISがほぼ同時に二次形態移行したって事……? というか、また乱入者がいたんですか?
「それに白式の方も二次形態移行したし。まー、いいかな」
「結局は、全てがお前の望むとおりになった――という事か」
「結果的には、だけどね。あの人形や『不細工なニセモノ』は不本意だったなあ。――あ、その不細工なニセモノの方だけど。
もう、研究所ごと潰してきたからね。勿論、犠牲者はゼロ。赤子の手を捻るより簡単だったよ」
「そうか」
……私の理解力では今一つ解らない事もあるけど、人形や不細工なニセモノ、と言われたように幾つか博士にさえ予想外の出来事があったらしいけど。
間違いないのは――今日の一件を仕組んだのは、全てがそうではないようだけど。
幾つかに関しては、間違いなく目の前にいる篠ノ之博士だという事。そしてそのせいで、私のクラスメート達が傷ついた事だった。
「……あ、あの! ちょっと、良いですか!」
――やってしまった。ヤバい、とは思ったけど。口を挟んでしまった。即座に博士が睨んでくる。
はっきり言えば織斑先生並……いや、それ以上に怖いけど、私はその恐怖に飲み込まれる前に口を開いた。
「は、博士! 貴女は織斑君や篠ノ之さんが、どんな思いをしたのか解ってるんですか!?
織斑君は大怪我をしたし、篠ノ之さんはそれをどれだけ気にしたのか! それが貴女の仕組んだ事だと知ったら――」
「知ったら、何なのかな? それと、そのくらい私が理解していないとでも思っているのかい? 舐められた物だね、束さんも」
……説明不可能。博士の表情は、それだった。ただそれは、ヒトが出来る表情じゃない。それだけは、解った。
「其処までしておけ。――宇月、こいつはこういう奴だ。束、お前も子供の言う事に一々反応するな」
こ、子供って……。まあ、少し感情的過ぎですけど。
「――で、お前はこれからどうする気だ。妹に紅椿を与えて、何を望む」
「んー、暫くはまた姿を隠そうかな。あ、ちーちゃんも一緒に――」
「その気は無い。生憎と、やらねばならん事が山積みでな」
織斑先生の言葉に、私を忘れたような――いや、多分完全に眼中にない態度で反応する博士。
……あれ、気のせいか先生の視線が私に向けられたような気がする? そりゃあ、先生がここでいなくなったら一大事だけど。
「ふうん。……ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」
あっさりと断る先生に、篠ノ之博士は不満そうに。――しかし、ふと顔を背けてそう言った。その時、どうしてだろうか。
篠ノ之博士の言葉である筈なのに、今まで聞いた彼女の言葉とはまるで違うように聞こえてしまう。
「そこそこにな」
「……そうなんだ」
次の瞬間、風が吹いたかと思うと博士は消えていた。……まるで、幻のように。そして約五分後、私はようやく口を開けた。
「……あの、織斑先生。何故、私をここに連れて来てくれたんですか?」
今更だけど、そんな言葉が口から出た。何を言って良いのか解らないから、とりあえず出た言葉だけれど。
殴った云々で私を連れてきてくれるほど、甘い話じゃなかった。それは、織斑先生にもわかっていた筈なのに。
「お前が、偶然にも一夏の起動を誰よりも早く発見したから……では駄目か?」
……ああ、数ヶ月前の私。その部屋に入らないで。お願いだから。というかアレだけでここまで人生変わるの。怖いわ。
「冗談だ。……本当は、誰かに聞いて欲しかったのかも知れんな」
……。その織斑先生の表情は、私の語彙では説明できなかった。こういうと、さっきの博士の表情と同じように聞こえるけど、それとは違う。
ただ、いつもの表情じゃない。それだけは説明できた。
「10年前の事。お前は覚えているか」
「……いえ、あまり」
10年前といえば、白騎士事件の事だろう。当時5歳だった私は、当時の状況をあまり知らない。
ただ、男性と女性の立場が変わり。そして、世界が急に変わっていった事は解った。
「また、世界が変わり始めるのかもしれんな……」
その時世界を変えた張本人である『白騎士』の操縦者であろう女性(ひと)は、そう呟く。ISを動かせる男性達。白騎士のコアを受け継ぐ専用機。
ISに追いつく性能を秘めているかもしれない存在・ドール。そして、数々の事件。……確かにそうかもしれない。
「さて、どうする。これを倉持技研に話すか?」
「こ、これはちょっと……ただ、第二形態移行を私が目撃した事。そして、博士がここにやって来てだけ白式に興味を示した事は話します」
こ、これくらいなら問題ないですよね? ……たぶん。生徒には話しちゃ駄目って言われたけど、倉持さんには駄目って言われてませんし。
「そうか。お前は、束よりもずっと『大人』だな」
「え?」
さっきは子供、と言われましたけど?
「そ、それにしても、どうして博士は妹さんにISを与えたんでしょうねー?」
「篠ノ之が……あいつ自身が、望んだからだ。姉に初めて我がままを言って、な。なんだ、聞いていなかったのか?」
「……はい、聞いていました」
単なる話題変えのためです、すいません。
「お前『も』それが不満か?」
「不満というよりも……ああ、そうだったんだって感じですね」
「そうだろうな。――まあ、奴の気持ちも解らんでもない。――お前こそ、専用機がほしくないのか?」
「……欲しくない、って言い切りたいんですけど。どこかで憧れてる部分はあるのかもしれません。
何の因果か、一年の専用機持ちのほとんど全員と関わってますし」
私と知り合いの専用機持ちって、会長も含めて二桁に達するのよね。……我ながら物凄い状況だわ。
「まあ、今はそれどころじゃないですし。半年前まではここに入学するのが目標でしたけど、今は――」
……白い天使の事を思い出す。
「まあ、今はまだ悩め。悩むのは10代の頃の特権だぞ。私など、悩む暇もない」
「あ、それは聞いた事あります。20を超えたら時間が早く過ぎる、もう若くないんだよーって従姉妹から……あれ?」
どうしたんだろう。織斑先生から、さっきよりも強い殺気が感じられる?
「……そうか。つまり20代半ばの私は、もう若くないと言いたいのか。先ほどの事といい、お前は中々度胸があるな、宇月?」
「ちちちちち違いますっ!?」
……し、しまったあああああああああ!! 神様仏様篠ノ之束様!! 時間を戻してくださいっ!!
もしくは、今の言葉の記憶を織斑先生の頭の中から消し去ってください!!
「ふっ、冗談だ。そこまで怯えなくてもいいだろう」
「や、止めてくださいよ、そういうのは……」
織斑君もとことんジョークのセンスは無い人だけど。織斑先生も、同じであるようだった。
ただ違うのは、今、確実に私の寿命は縮まった。そう断言できる事だった。……今日一日で、私の寿命は結構縮んだ気がする。
「さてと、戻るぞ。――舌をかむなよ」
まるでハンドバックでも持ち上げるように、私を担ぎ上げる先生。……うん、これからの帰路で更に寿命が縮まりそうな気がする。
……学園に帰るまで残っているかな、私の寿命。
「大丈夫か?」
「……へ、平気です」
旅館に着いた瞬間、私は膝から崩れ落ちた。織斑先生は優しく下ろしてくれたんだけど、私自身が自重を支えきれなかったのだ。
……決して、体重が重いからとかいう事はないと断言しておく。
「そういえば宇月。先ほど、白い天使がどうしたとか言っていたな。……連れて行ってやったお釣りではないが、話してもらえるか?」
「え?」
それから私は、織斑姉弟の部屋(織斑君は、不在だった)で白い天使の思い出を話した。以前、三組の戸塚さんには話したことがあったけれど。
「……というわけなんです」
「なるほど、な。その白い天使のような機体を、自分で作り出したいからこそ整備課への道を歩んでいるわけか」
「はい」
私は、はっきりと言い切れた。――すると。
「お、織斑先生?」
先生が、私の肩に手を置く。……ま、まさか、私の肩の骨を握りつぶそうとする気では!?
「その年齢で、しっかりと目標を定めているのはいいことだ。これからも、精進しろよ」
「は、はい!」
「よし、ではご苦労。部屋に戻れ」
鋭さを込めた、でも温かい笑顔で激励してくれた。……ありがとうございます、先生。
「……それと、だな。私とて、必要以上に暴力は振るわんぞ? 肩の骨を握りつぶそう、などとはせん」
「ごごごごご、ごめんなさい!」
……それと貴女って、エスパーなんでしょうか? うん、何で解るんですか!?
「どうして、こうなった……」
「何か言ったか?」
「い、いや。別に、なんでも、ない」
私は、旅館近くの海岸に来ていた。昨日は泳げなかったし、久しぶりに泳ぐのも……と思っていたのだが。
すると、何故か浴衣姿の一夏がいて。その場の流れで、隣同士に座る事になった。
水着で海岸に出る前に、浴衣を羽織っていたために水着を見られることはなかったが。
こ、こういう場合は何を言えばいいのだ? 星の事だろうか? そ、それともISの事でも話せばいいのだろうか?
「そうだ、ちょうどいいから言うけど。――箒、ごめんな」
「な、何故お前が謝るのだ!」
突然の謝罪に、今までの思考は一気に吹き飛んだ。
「いや。お前、俺の怪我のことで、相当落ち込んでいたんだろ? だから……」
「わ、私の心配などはどうでもいいのだ! それよりも、お前が死んだら私は――」
あの時の、絶望的な気持ちが蘇る。思わず、言葉が詰まる。
「……ほんと、悪かったな、心配させて。お前にも、千冬姉にも、皆にも」
「もう、良いんだ。……それに、私も反省すべき点はある。あの程度の衝撃を受けた程度で忘我するなど、まだまだ未熟だった」
あの謎の攻撃を受けたとはいえ、隙を見せたのが私の反省だ。一夏が私を庇ったのも、それが原因なのだから。
「それって、あの攻撃の事か? そういえばあれって、誰だったんだろうな?」
「さあ、な。まだ、あの攻撃の正体は聞いていないが……」
銀の福音でなかった事は確かなのだろうが。落ち込んでいたり、出撃したり、その報告をしたりと忙しかった。
皆も、あの攻撃のことは一切口にしなかったからな。
「まあ、攻撃の正体はともかく、箒が無事で良かったよ。やっぱり、女の子が怪我をするのってよくないからな」
「お、男なら良いというわけではないだろう!」
男の傷は、勲章。そんな言い方もあるし、理解できる部分もある。だが実際に怪我をされたら、そんなものが幻想でしかないと理解できた。
一夏はクラス対抗戦の際も軽傷を負ったが、すぐに話をする事は出来た。しかし今回はそんなものではすまなかった。
「お、落ち着けよ箒。女の子の顔とかに傷でもついたら、一大事だろ?」
「私の言いたいのはそうではない! 私は……!」
「だ、だから落ち着けよ! と、というか、だな……」
……む? 何故一夏は、顔を赤らめているのだ? 熱でもあるのか?
「む、胸が……その、当たって、るんだが」
「!」
見ると、私の大きすぎる胸が、一夏に近づきすぎたためかその腕でつぶれていた。こ、この胸はこんな所でも……!
い、いや、待て、よ? このような状況での対応が、以前、鷹月の貸してくれた雑誌に書いてあった……ぞ?
「ほ、箒!?」
一夏の手を掴み、私の……む、胸に押し当てる。心臓の鼓動が早まり、張り裂けそうになる。
多分、私の顔も一夏と同じかそれ以上に赤くなっていただろう。
「い、一夏。……い、意識するのか?」
「は、はい?」
「わ、私を、異性として意識するのか、と聞いている……」
「……お、おう」
最後は蚊の鳴くような声になってしまったが、何とか言い切れた。そして一夏も同じくらいの大きさだったが。肯定、した。
「そ、そうか。意識、するのだな」
思わずやってしまった事だが、実は不安だった。そして、もう一つの勇気も湧いてくる。
「で、では……これは、どう思う?」
「へ? うわああああああああああああ!?」
私が浴衣を脱ぐと、一夏は慌てて両手で目を隠す。ば、馬鹿者。これは、だな。
「し、下着ではないぞ……!」
「え? ……あ、み、水着か?」
安堵したように、一夏が手をどけた。……う、見られるとやはり恥ずかしい。異性として意識する、と言っていた分、恥ずかしさが増している。
「……お、おかしいか? 私が、こんな水着を選んだのは……」
「そ、そんなことないぞ! に、似合ってる……ぞ」
「う、うむ。そうか」
私がレナンゾスで選んだのは、いわゆる、ビキニタイプの水着だった。縁(ふち)の方に黒いラインの入ったそれは、肌の露出が激しい。
はっきり言ってしまえば、かなり恥ずかしかったが。一夏が似合っている、と言ってくれた。それだけでも、この水着を買った甲斐があったな。
「あ、あら? な、何故ここにいらっしゃいますの、シャルロットさん!」
「ぼ、僕はその、えーーっと……涼みに来ただけだよ?」
「……嘘つき。本当は、一夏を探そうとしてるんでしょ?」
「そういうアンタもそうでしょ、簪」
と。先ほど、風呂場で語り合った四人の声がした。こ、こんな時にも……え?
「い、一夏?」
一夏が、無言で私の手を引っ張る。向かう方向は、岬の方。……人気もない場所だ。
「い、一夏……?」
お、お前、ま、まさか……。
「あ、危なかったな。こんな所見られたら、また騒ぎになりそうだ」
……まあ、一夏だからな。その理由も、当然だろうが。
「あ、大丈夫か箒。いきなり引っ張って、悪かったな」
「大丈夫だ。……ふふ」
何故か、いつもどおりの一夏がいることが嬉しかった。ほんの数時間前、この世の終わりのように落ち込んでいたのが夢のようだった。
「そういえば箒。お前、昨日はあまり海に出なかっただろ?」
「う、うむ、そうだな」
「じゃあさ。夏休みに入ったら、プールとか海にでも行くか? ――皆で」
最後の一言がくるのが解っていたが、それでもわずかに鼓動が早まるのは止められなかった。
だが、一夏が私の事を思って言ってくれているのは解る。――そう。一夏はいつもそうだった。
入学直後、私を昼食に誘ってくれたのもそうだった。それに、その昔にも――。
「――箒!」
「え?」
一夏が私を抱き寄せる。その直後、大きな波が私のいた場所に降り注ぐのがわかった。しぶきが飛び、塩辛い水滴が私達にかかる。
「す、すまん、助かった……っ!」
「あ、お……う、うん」
抱き寄せた事で、私達の距離はほぼ密着といっていい距離になっていた。私の胸が一夏の胸に当たってつぶれている。
筋肉質な感触が、はっきりと解る。それは、私は父親くらいしか知らない『男』の肉体だった。だが、そんな事は頭の片隅でしか考えられず。
「い、一夏……」
私よりも頭半分ほど高い一夏の顔が、目の前に来ていた。……私は、そっと目を閉じた。
何故、そうしたのかはよく解らなかった。千冬さんの言葉の影響か、先ほどの風呂場での一件の影響か……などと思ったのは後の話。
「ほ、箒……」
一夏が口を閉ざし、頭が私の方に向けて動くのが解った。……だが、何かが邪魔をしている。
「何だよ、これ……って」
一夏の声に、何故か恐怖が混じったのが聞こえて私も目を開ける。そこにあったのは、よく見慣れた物。
「ブルー・ティアーズ……」
セシリア本人が纏うそれではなく、それから遠隔操縦される子機の方だった。それが、光を放つ。
一夏がかろうじて避けたが、背後の岩に命中して蒸発するのが見えた。
「ふふふふふふ……」
「二人で、何をやっているのかと思ったら……どういう事かな?」
「抜け駆けは……ずるい」
「やっぱり、大きいほうがいいわけー? ……殺す」
ブルーティアーズ、ラファールリヴァイヴカスタムⅡ、打鉄弐式、甲龍の四機がそこにいた。
既にパッケージは外しているらしく、いつもの姿になっている。
「ほ、箒、逃げるぞ!」
「え? き、きゃあっ!?」
私の口から、私らしからぬ声が漏れるほど驚いていた。白式を展開した一夏が、わ、私を……抱き上げた。
「待ちなさいよ、一夏!」
「どういうことか、説明してもらうよ!」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふ……」
「わ、私の目の前で、他の娘にも……!」
何か言っているようだが、私は良く聞こえなかった。そして、旅館上空付近で呆れ顔でやってきた打鉄装備の新野先生に捕まるまで。
この追いかけっこは続いたのだった。
「お前らは、元気が有り余っているようだな……」
呆れた表情の織斑先生の前には、織斑君達六人がいました。篠ノ之さんは水着。その他の皆さんはIS展開状態。これって……
「山田先生。外出許可を出したのは、貴女ですか?」
「は、はい。全員、外出許可は出していました。気分転換に、と思ったんですけど……」
まさか、こうなるとは思わなかったんですよね。
「なるほど。……だが、何故こうなった? 説明しろ、織斑」
「お、俺ですか? えっと……。ちょっと涼みたくて、許可を貰って海岸に出ました。そしたら、箒と出会って、それで……!」
……あ、あれ? どうして織斑君は顔を真っ赤にしているんでしょうか? ……ま、まさか、その。し、篠ノ之さんと、ふ、ふしだらな事を……!?
「で、篠ノ之。お前は何故、水着姿なのだ?」
「わ、私はその、すこし泳ぎたくて海岸に出ました。一夏と出会って……その、えっと」
し、篠ノ之さんも真っ赤に!? ま、まさか、まさか……。先、越されちゃったんですか?
「なるほど。篠ノ之が水着を見せているところに他のメンバーに見つかっていつもの騒ぎ、と言ったところか」
……え? そ、それだけですか?
「そ、そうだよ千冬姉……ぐが!?」
「お前を私が苗字で呼ぶ時は織斑先生、だ」
「そ、そうです織斑先生……」
「わかった、では解散。……ん、どうしたんだ山田先生?」
「……い、いいえ、何でも」
わ、私って……駄目ですね。くすん。
「……ふう」
私は、他の先生たちと一緒にお風呂に入っていました。もう、日付は変わっている時刻。
後始末に追われて、こんな時間になりましたけど。やっぱり、温泉って良いですよね。
「それにしても、本当に色々な事があった一日でしたね」
一年二組担任のゴールディン先生が、しみじみと呟きます。その言葉は、私達全員に当てはまる物だったでしょう。
突然、篠ノ之博士が尋ねてきて始まった、大騒動。今の一年生が入学してから一昨日までの騒ぎを上回る、大騒ぎでした。
「まあ、負傷者二名ですんだのは僥倖というべきですか……」
「……二名、としていいのかどうかは悩むがな」
新野先生と古賀先生が、そんな事を言いました。二名。それは、ボーデヴィッヒさんとドイッチ君の事。
ボーデヴィッヒさんは織斑先生が今付き添い、旅館の一室で眠っていて。ドイッチ君は、病院に運ばれました。
……正確にはもう一人、同じ病院に体調不良で運ばれたんですけど。彼女に関しては、明日にも退院できると言われたので安心です。
「織斑君の怪我が、一瞬で治った……か。宇月さんからの報告を見たときは、どういうことかと思ったが」
「二次形態移行をし、怪我も治癒するとは。……白式とは、一体なんなんだ?」
白式。織斑君の預かる専用機には、不思議な点がいっぱいありますね。他の先生達が注目するのも、当然です。
「ところで山田先生。君も大変だな」
「え?」
古賀先生が、私を案ずる表情になりました。わ、私……ですか?
「紅椿の一件だけでも委員会が動くレベルの問題だというのに、白式の二次形態移行とシュバルツェア・レーゲンの異変。
書類仕事が、さぞかし山積みになるだろうからな」
……私は、その時まで無意識のうちに忘れようとしていた事を思い出しました。ううう、そうなんですよね。
どれもこれも、一日じゃ終わらないレベルの書類が来そうな予感が……。
「ちょっと、いいか>
「わわわわわわわわ!? ……こ、古賀先生の専用機?」
「どうした、ドッペル」
その時、夜空から古賀先生……いいえ、そっくりの専用機、ドッペルゲンガーが出現しました。
勿論、今入浴中の古賀先生とは違い、ちゃんと服を着ていますが。PICで宙に浮いているのをみると、やっぱりISなんだなって解ります。
「少々気がかりな情報が入った。ドイツで、研究所が消えたという噂が流れている>
「研究所が消えた? ドイツで?」
「どういう事ですか?」
ドイツの研究所? 一体、何の……?
「恐らくは、シュバルツェア・レーゲンの変異。それに関わった研究所ではないかと推察されている>
「シュバルツェア・レーゲンの……!」
じゃあ、まさか『あの研究』をしていた場所……!?
「で、状況は?」
「……消滅だ。犠牲者は、ゼロだと聞いている>
し、消滅? そんな……?
「……篠ノ之博士か?」
「おそらくは、な。サンダーレインや神隠しと同じだろう>
古賀先生と、ドッペル……。そっくりの顔を持つ二人の言葉に、私達も緊張を隠せませんでした。
篠ノ之博士が、ドイツの研究所を消しちゃったんですか……。確かに、前例(と思しきもの)があるとはいえ……。
「そうか。……もしも、我々が紅椿の扱いを間違えればそうなりかねんという事だな」
「ええええええ!?」
古賀先生の言葉に、私は、思わず湯船から飛び上がりそうになりました。あ、IS学園が……?
「落ち着け、山田先生。あくまで最悪の想像というだけだよ」
「で、でも……!」
私は、背筋が寒くなる思いでした。IS学園が、文字通り消される。そんな、最悪の想像に震えてしまいます。
「しかし逆に言えば、楽かもしれないですね。……紅椿には各国が興味を示す。その歯止めくらいには、なるでしょう」
「なるほど。天災の脅威を、逆に利用するか」
新野先生が、落ち着き払った声で告げてくれました。……す、凄い発言ですね。私には、仮に思いついたとしても発言する勇気なんてないです。
「まあ、どちらにせよ紅椿も白式もシュバルツェア・レーゲンも貴女達のクラスだ。しっかりお願いしますよ、山田先生」
「は、はい!」
私は、集中する視線の前ではっきりと言い切りました。そうですよね。織斑君も篠ノ之さんもボーデヴィッヒさんも。
皆、私と織斑先生のクラス……一年一組の学生なんですから。頑張らないと、いけませんよね!
「……それにしても、また大きくなっていないかそれ」
「確かに。水着を見た時も思ったのだが、まだ成長しているようですね」
「ううむ、人体の神秘という奴なのかしら?」
「ど、何処を見ていっているんですか~~!?」
……くすん。どうしていつもこうなるんでしょうか。
『もすもすひねもす~~! やあやあやあ、1時間34分27秒ぶりだねちーちゃん! といっている間に、31秒ぶりだよ!』
旅館の一室では、千冬が束への電話を掛けていた。先ほど出会ったばかりなのに、何故か。それは――ある意味での一番の問題児に関わるゆえだった。
「……束。お前は、あの生徒をどう思った?」
『生徒? 誰かいたっけ?』
束はふざけているのではなく、本気で忘れている。それを知る千冬は、特に何も言うことなく。
「……ああ。白い天使の目撃者を、な」
『……白い天使? ……ああ、それでアレを連れてきたんだ』
「そうだ。……で、どうだった? 私の推論では――」
白い天使。その言葉を聞いた瞬間、束の声の調子が変わった。そして、千冬の推論を聞いた束は一瞬で回答を出す。
『うん、それに関してはちーちゃんの予想通りだね。記憶操作でもしておくべきだったかな?』
「やめろ。……しかし、お前でも予想外の事があったという事だな」
『そうだね。――ああ、今思い出したよ。一度だけメモリに残ってた。遺伝子データも一致したし、間違いないね』
「そうか。だからあの時、あんなものを付け加えたのだな?」
『まあね。それにしても予想通り……いやいや、それ以上だったよ。これからが楽しみだなあ!!』
「……本人の前では言うなよ。また殴られるぞ」
『ふっふっふ。私には許されるのさ!』
自信満々で言い放つ束に、千冬は回答を避けた。……無駄を避けた、とも言う。
『それにしても、ちーちゃんにそこまで気に掛けてもらうなんて、束さんはアレにちょっとじぇらしいを感じちゃうなあ。
それもちーちゃんが変わったから、かな?』
「私が……?」
だが、次の言葉には耳を傾けざるを得なかった。一夏よりも古い付き合いである束。その彼女が、意外な事を言い出したのである。
『自分では気付いてないのかもしれないけど。絶対に、変わったよ。――どうしてかな?』
「さて、な。生憎と、自覚が無いので答えられん」
『ふうん。――じゃあ、またね』
「……またね、か。……珍しい事もあったものだ、あいつがあんな事を口にするなど。……それにしても、私が変わった、か。
付き合いの長いあいつが言う事だ。私が変わったというのなら、そうなのかもしれんが。宇月を同伴させたのも、それがあったからか?」
自問自答するが、答えはない。その時、ふと気付いた。
「あいつの誤解を解かなかったな」
千冬は、言わなかった。香奈枝が、自分の見たものが白騎士事件『以後』であると思っているそれが。実は、白騎士事件『以前』であることを。
「……さて、と。ボーデヴィッヒのやつも、見てやらんとな」
だが、それを香奈枝に伝えることはなく。未だ眼が覚めないドイツの教え子の下へと、向かうのだった。
「う……?」
「ボーデヴィッヒ、気がついたか」
ラウラ・ボーデヴィッヒが気付いた時。視界に入ってきたのは旅館の天井と、自身が尊敬する織斑千冬だった。
一瞬、自身の置かれている状況を理解できずに呆然とするが。……彼女の顔を見た瞬間、自身の現状を理解した。
「教官!? ……ま、またもやこんな醜態を晒してしまうとは!」
「また? ……ああ、そういえばあの時もそうだったな」
あの時――更識楯無との戦いに敗れた時のように、見守っていたのだった。
「まあ、あのときとは違い、ずっとではない。銀の福音がらみの仕事が、今まで残っていたのでな」
「銀の福音……そ、そういえばアレは、どうなったのですか?」
「お前が撃墜された後、数時間後に無事静止した。アレに関しては、お前が心配しなくてもいいぞ」
「そう、ですか。……私の撃墜された理由を、お聞かせ願いますか?」
「そうだな。だが、その前に一つ聞こう。お前は、何処まで覚えている?」
「それは……」
ラウラが、自身の記憶を回顧する。シュバルツェア・レーゲンのパッケージ、アイゼン・ランチェを纏い出撃して銀の福音を攻撃した。
そしてドール部隊の乱入、銀の福音の二次形態移行、ドール部隊の変異、炎の鳥としか形容できない異様な存在の乱入……。
「……あの炎の鳥に、私が攻撃されたところまでです」
「そうか。……お前は、VTシステムを知っているか?」
「は、はい。正式名称は【ヴァルキリー・トレース・システム】といい、モンド・グロッソの部門受賞者の動きを模倣するシステムです。
ですがそれは、アラスカ条約によりどの国家・組織・企業においても、研究・開発・使用すべてが禁止されているものであり……まさか!?」
「そうだ。それが、シュヴァルツェア・レーゲンに積まれていた。そしてお前が撃墜された直後に発動し、周囲に攻撃を開始。
だがその後、敵機によりお前は再度撃墜されて、ここまでオルコットの手によって帰還した。……以上だ」
「……!」
ラウラの顔に、日本に来てから最大級の驚きが現れた。自身の機体に、自身も知らないシステムが組み込まれていた事への純粋な驚き。
そしてそれが、よりにもよってこんな場所で発動してしまった事への軍人としての、危惧を含んだ驚きだった。何故なら。
「あ、あれはIS条約により、どの国家・組織・企業においても、研究・開発・使用すべてが禁止されているものの筈……それが、何故!?」
その何故、には二つの意味があった。どうしてそんなものがシュバルツェア・レーゲンに積まれていたのかという事。
そして、自身がそんな記憶がないにもかかわらず、発動してしまった事。それらへの、疑問符があった。
「何故積まれていたのかは知らんが、機体をチェックした古賀先生曰く……発動にはある条件が必要だったようだな」
「条件……?」
「ダメージレベルD以上の機体ダメージ。操縦者の精神状態。そして、操縦者の意思――つまりはお前自身が願う事、が発動の鍵になっていたようだ」
「……」
その時、ラウラは思い出していた。あの時、自分は確かに願ったのだ。絶対的な、力を。
「映像は、ありますか?」
「……極秘だぞ」
そして、彼女は自身がどうなったのかを知る。……容貌は自身のままだが、持っているのは眼前の教師が振るっていた武器。
「こ、これが……私と、シュバルツェア・レーゲン……?」
「ああ。そして、それに関連して先ほど入ってきた情報なのだがな。――ドイツの研究所が一つ、消滅したようだ」
「しょ、消滅!?」
「原因は不明、だがな。……それとボーデヴィッヒ。もしもお前が帰国を考えているのならば、だが。お前は、ここに残れ」
「え?」
帰国して、情報を集めなければならない。そう考えていたラウラは、自身の思考を読んだような言葉に言葉を失った。
「今のドイツは、VTシステムの発動と研究所の喪失による混乱でどうなるか解らん。
そんな所にお前が戻れば、これ幸いと責任を押し付けられかねんからな」
「し、しかし、私にはきっと国より帰還の命令が出るものと……」
「心配するな。――私とて、伝手はないわけではないからな」
ラウラを、スケープゴートにはさせない。千冬は、そう言っていた。
「それと……」
「織斑先生、よろしいですか?」
「……どうぞ」
千冬の言葉を遮り、新野智子の声がした。招き入れた彼女は、ファイルを片手に部屋に入る。
「どうしました、新野先生」
「ちょうど、ボーデヴィッヒさんも目覚めたようですからこの場で言いますが……。あの『ファイヤーバード』の資料を纏めたものです。
それと、山田先生が紅椿や白式の事でお話があるということでしたので……」
「そうですか、わざわざありがとうございます。……ボーデヴィッヒ、すまんが」
「い、いいえ。私はもう大丈夫です。教官の任務を、妨げはしません!」
大仰なほど自身の平静をアピールするラウラ。それを平静ではないと見抜きながらも、二人の教師は部屋を出る。
そして、一人になった途端に銀髪の少女はうな垂れる。
「……私は、一体どうしたいんだ」
自身の尊敬する折斑千冬になることさえ出来なかった。本物の千冬と暮桜であれば、ティタンも炎の鳥も一刀のもとに切り捨てられた。
だが、VTシステムの力を借りても自身にそれはできなかった。
「……教官」
彼女の心中に、たった今、会話を交わしたばかりであるのに、まるで年単位で離れていたかのように千冬に会いたい感情が湧き出ていた。
彼女の抱える闇もまた、未だ晴れないままであるのだった……。
お、終わらない。7月7日はいつまで続くんだろう。次こそ終わる……筈です、うん。