遅咲きの桜の花びらもなくなり、俺達も学生生活に慣れてきた四月末。俺と箒が教室に入ると。
「ねえねえ聞いた? 二組に、転入生が来たんだって!!」
「知ってる知ってる! 二組の子が言ってたわよ、今日から登校だって!」
朝の教室では、転入生の話題が飛び交っていた。昨日まではそんな話題は無かったのに……。
女子の情報網って、伝達速度がすごいな。というか今日来る奴の情報が、もう広まってるのか? でも……
「おはよう。転入生がくるのか? 今の時期にか?」
聞いた話では、このIS学園の転入の条件は厳しいらしい。国や企業の推薦が無ければ転入試験さえ受験できない、って話だった筈だが。
「あ、おはよう織斑君。そうよねえ、それじゃあ転校生は、代表候補生って事よね?」
「うんうん。中国の代表候補生なんだって!」
「中国の……。あらあら、わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」
中国の代表候補生、か。そういえば、セシリアも英国の代表候補生だったよな。それにしても、どんな女子なんだろうな。
代表候補生って事は、セシリアみたいな実力者なんだろうけど。まぁ、二組なんだから直接の関係はあまり無いか。
「気になるのか?」
「ん? ああ、そうだな」
「……」
そう答えた途端に、不機嫌になる箒。……何故だ?
「今のお前に、他のクラスの女子を気にしている余裕はあるのか? 来月にはクラス対抗戦があると言うのに!」
「そうですわ一夏さん! 一夏さんはこのクラスの代表なのですから、しっかりして頂かないといけませんわ!」
「落ち着いてよ、二人とも。二組のクラス代表はもう決まってるみたいだけど、まったく無関係っていうわけじゃ無いわよ。
そのクラス代表に、中国の代表候補生が教えるかもしれないじゃないの。織斑君に対するオルコットさんのように、ね」
そうフォローするのは宇月さん。箒とセシリア、あるいは二人と俺の間に立ってフォローしてくれる。
俺の周りには稀有な、得難い人材だ。もしも彼女がいなかったらと思うと……。うん、多分、今よりも酷いな。
「なるほど、ですが心配は無用ですわ。このわたくしが、きちんと一夏さんにご指導してさしあげていますから。
二組のクラス代表であろうと、他国の代表候補生であろうと、わたくしと一夏さんの敵ではありません!」
自信いっぱいに胸を張るセシリア。確かに最近は、知識面でも実際の操作面でも色々と教えてもらっている。
「まぁ、やれるだけやってみるか」
「やれるだけやる、では困ります! わたくしの教えを受けた以上、一夏さんには勝っていただきませんと!」
「そうだぞ。男たるもの、そのような弱気でどうする!!」
うーん。セシリアに教わっているのは事実だし、凄く助かっているのも事実だが。
……だけど、俺自身がそれをしっかりと吸収しきれていないようなんだよな。知識面では半分、操縦面ではそれ以下じゃないだろうか。
最近はISの基礎操縦でも躓いていて、とてもじゃないがセシリアのような自信に満ちた返答は出来ない。
初めて白式に乗った時は凄く身体に馴染んだあの感覚、それが最近じゃあまり感じられなくなったし。
「でも織斑君、それなりに上達してきてるわよ? まあ、白式の最適化もあるんでしょうけど」
こう言ってくれるのは、宇月さん。彼女の言うとおり、白式の方が俺に合わせた最適化をし続けてくれている。
その分だけは操縦は上達……というか上手くなっているんだが、つまりこれは、機体任せの上達って事になるんだよなあ。
だけど、どうすれば良いんだろうか。俺自身が……いかんいかん、暗くなったな。話題を変えよう。
「そういえばさ。他のクラス代表は、専用機を持ってるのか?」
「ええと……。専用機を持っているクラス代表は、織斑君と四組だけって話だよね?」
「そうね。噂じゃ、その候補生の専用機も未完成の状態らしいしね」
神楽さんや田島さんが言うが……って事は、実質俺だけって事か?
「でも、未完成ってどういう事だ?」
「さあ。噂だと、織斑君の白式と同じ倉持技研の開発らしいんだけど……関係あるのかも」
へえ、白式と同じ所が作ってるのか。兄弟機……っていう奴か?
「まあ何処の開発した機体でも、未完成の機体ならいいじゃないの。むしろ、代表候補生クラスの操る量産機の方が強いよ?」
こう言ったのはフランチェスカ。これは決定戦の後に知った事だが、代表候補生でも必ず専用機を持っているわけではないらしい。
これは当然で、ISの数に上限がある以上それを操る人間は限られるわけで……。と、まあそれは良いか。
「ともかく頑張ってね! 織斑くん!」
「織斑君が勝てば、クラスの皆が幸せだよっ! なにせクラス全員分のデザートパス半年分なんだからっ!」
「実質、専用機は織斑君だけなんだからっ!」
「あ、ああ」
「―――その情報、古いよ」
盛り上がる皆に俺がなんとなく答えると、それを押し切るように教室の入口の方から声が聞こえてくる。
……あれ。この声、何処かで聞き覚えがあるような……?
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」
いつの間にか、ドアに見覚えのある女子がいた。栗色に近い黒髪のツインテールと、八重歯が覗く不敵な笑顔。おいおい、まさか。
「鈴……? お前、鈴なのか!?」
「そうよ。一年二組のクラス代表にして、中国代表候補生、凰 鈴音! 今日は、宣戦布告に来てあげたってわけ!」
凰鈴音。俺の、もう一人の幼馴染み。小五から中二までの間を共に過ごした、性別を越えた友人って感じの奴だった。
だけど、中三に上がる前に家の都合とかで母国である中国に帰ったのに。まさか、その中国の代表候補生? しかも二組のクラス代表?
「ふふん、久しぶりね、一夏。驚いた?」
気どった表情の鈴。もう会えないかもと思ってた人間と再会できるなんて、すっげえ嬉しいし驚いた。……でも、それにしても。
「何やってるんだ? すっげえ似合わないぞ」
気どってるが、鈴っぽくない。と言うか……違和感すらある。
「なあっ!? あ、あんた、何言ってるのよ!? 他に言う事あるでしょ!? たとえば――」
うん、こっちの方が鈴っぽいな。
「凰さん……貴女、いつのまにそんな事になってたのよ」
あ……そうだった、このクラスにはもう一人鈴を知っている人がいたんだった。俺や弾と同じく、鈴と同クラスだった女子が。
「え? あ……あんた、宇月!? あ、あんたも、この学校の生徒なの? しかも一夏と同じクラス!?」
「まあ、ね。織斑君とは違って一般入試突破組だから、貴女が知らなくても無理はないけど」
前述の通り、鈴と宇月さんもクラスメイトだったんだが。この二人は、別に仲は悪くなかったよな?
「そ、そういえばIS学園受験コースの塾に通ってたっけ、あんた。ま、まあ良いわ、あんたなら絶対安全だから。問題ないわね、うん」
安全? 一体何が安全なのだろうか。確かに宇月さんは危険人物ではないが。――あ。ちょうど今、危険人物が鈴の後ろに。
「あいたあっ!? 何す」
「SHRの時間だ。二組に戻れ」
頭を叩かれ、振り向いた鈴だが固まった。何故ならそこにいたのは、千冬姉だったから。
「ち……千冬、さん。お、お、お久し、ぶりです……」
うわあ。ガチガチに固まってるよ。緊張じゃない、別の感情で。
「久しぶりだな、凰鈴音。だがここでは織斑先生と呼べ。それとも、もう一発くらいたいか?」
「す、すいません……。ま、またあとで来るからね! 逃げないでよ一夏!」
鈴、千冬姉が苦手だからなあ。こうなったら、鈴は撤退するしかないだろう。
「うぐっ!?」
「貴様、またつまらん事を考えていたな。……さてと、始めるぞ」
何も言っていないのに、出席簿アタックをくらってしまった。というか、何で解るんだよ……。
一時間目の終わったあとの休憩時間。篠ノ之さんとオルコットさんが、私の前に来た。
「どういう事なのだ、あれは」
「先ほどの方の事、ぜひ教えていただきたいのですが」
「……というか、何故私に聞くの?」
織斑君に、直接聞けば良いじゃないの。
「そ、それはその、だな……」
「い、一夏さんは今はいませんし。その……」
ああ、何となく解るわよ。そもそも聞き出そうにも、織斑君はトイレに向かったし。
男子トイレは数が少ないから、行こうと思ったら全力疾走が必須なのよね。しょうがない、か。
「彼女は……凰さんは、一言で言うと織斑君の幼馴染みよ」
「幼馴染み、だと? そんな筈は無い、あんな奴は知らんぞ」
篠ノ之さん、お願いだからその射殺すような目は止めて。この一月で、多少は慣れたけど。
私は織斑君みたいに耐性もないし、オルコットさんみたいなスルー技術も無いの。……はあ、どうしてこうなったのかしらね。
「確か、小学校五年の時に転校してきて以来の仲って話だったと思うけど」
私と織斑君、そして凰さんは中学一・二年の時に同じクラスだった。だから、彼に片思いをしていた彼女とも知り合いなのだけど。
だからといって、あまり親しかったわけでもない。私は受験勉強に忙しかったし、彼女は彼女で織斑君達とよく遊んでいたし。
そんな仲だから、彼女の事を二人に説明しようにもそんなに出来るわけじゃない。
「なるほど、な。私が小学校四年の三月に転校させられてしまったからな……。入れ替わり、と言う事か」
転校『させられた』って何だろうか。少し気にはなるけど、触れない方が良い気がした。
「そ、それで宇月さん。あの方と一夏さんは……」
「……今の貴女達と、一緒の筈よ」
「なるほど、な。……そうかそうか。よく解ったぞ」
「うふふふふふ……。中国の代表候補生が、まさか……面白い偶然ですわね」
……ねえ。ここで殺気を撒き散らしあわないで。あっちで谷本さんと夜竹さんが怯えて、布仏さんの後ろに隠れちゃったわよ。
布仏さんはいつもどおり、のほほんとしてるけど。……意外と大物ね、彼女。
「ふう、間に合ったぜ。……あれ、何やってるんだ二人とも?」
「いや、何でもないぞ?」
「そうですわよ?」
「何でも無いってことはないように見えるんだが……」
織斑君が帰ってきて、着席する。……その空気は解っても、彼女達の気持ちは解らないのね。
「なあ、何があったんだよ」
「いいえ、女同士の話し合いよ」
……全部、あなたに関わる事だけどね。
「そっか、ならまあいいか。それにしても……なあ」
……? 織斑君の方にも、何かあったのかしら?
授業中。俺は、さっきの休憩時間の事を考えていた。用を足し終え、戻る途中。
「一夏! いたわね!」
「鈴……今度は何だよ」
階段の前で、鈴が待ち構えていた。
「おいおい、こんな人通りの多いところで待ち伏せか?」
「さっきはあまり話せなかったからね」
「勘弁してくれよ、こんな所で。時間もあまり無いぞ? 周囲の女子が、何事かと見てるじゃないか」
「あんたねえ! だいたい、あたしに再会できて――」
「きゃあああっ! 危ない!!」
鈴の言葉を遮り、悲鳴が聞こえた。見ると、テニスボールが上から落ちて来る。それも複数。
跳ねとんだそれらは、ちょうど俺や鈴を直撃するコースをとっており……
「……!」
落ちて来るボールが、やけにスローモーションに見えた。鈴だけは庇おう、と動こうとした瞬間。鈴が腕を翳すのが見えた。
……そして次の瞬間、テニスボールがISの手によって全て掴み止められているのが見えた。
「り、鈴、大丈夫……え?」
「大丈夫に決まってるじゃん。今のあたしは、代表候補生だよ?」
鈴が翳した腕は、赤紫のISの装甲に包まれていた。鈴がISを腕の部分だけ纏い、テニスボールを受け止めたわけだ。
確か、部分展開とかいう技術。ISを身体全体ではなく腕だけなど、一部だけ展開する技術だ。それにしても……。
部分展開の速さ、複数のテニスボールをつかみとる器用さ。それらを一瞬で判断し、実行する決断力。それは鈴の実力の一端を表していた。
確か鈴は、ISに関わりなんて無かった筈だ。……それがたった一年で、ここまで成長したっていうのか?
「……俺は勿論、セシリアよりも上じゃないか?」
「ん、何か言った?」
「い、いや。それより大丈夫か?」
「大丈夫だって言ったでしょ。一夏こそ、大丈夫? 怪我してない?」
「あ、ああ。俺も平気だ、ありがとう。……凄えな、お前」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう……って! そんな事はどうでもいいのよ! それよりも――」
「何をしている、凰」
……今まで格好良かった鈴だが、その声で思いっきり硬直していた。まあ、無理も無いけど。テニスボールも手から落ちてるしな。
「いくら専用機持ちとはいえ、決められた場所以外でのIS展開は禁止されているぞ。知らなかった、とは言わせん」
もはや言うまでも無いが。そこに、千冬姉がいた。
「ま、待った、千……織斑先生。鈴は、俺を助ける為にISを部分展開してくれたんだ。えーーっと、確か……」
「お前の言いたいのは、この学園に置けるIS使用条項、特例1条3項。
『人命救助その他緊急時においては、ISの展開できない場所・状況であっても許可される』だろうが。
それと、3項補則『特殊使用時の事後承認』を下してやる。ちゃんと覚えておけ」
「は、はい」
ああ、それだった。……まあ、鈴がISを展開した理由は解ってくれたみたいだからいいけど。
「織斑、その辺りを片付けて置けよ。お前らも、ボールの管理はしっかりとやれ」
「はい」
「ご、ごめんなさーい!!」
そして、結局転がり落ちたボールを拾い出す。その頃になってようやく張本人たちが降りてきた。そして、鈴もボールを拾い出……って。
「おい、お前はいいよ。守ってくれた上に、ボールまで拾わせたら俺の立つ瀬が無いぜ」
「何言ってるのよ、今更。そもそも、次の授業に遅れたらヤバイでしょうが」
……まあ、そりゃそうだけどな。二組はどうか知らないが、一組は……なあ?
「ねえ、一夏。積もる話もあるからさ、昼に食堂で待ち合わせない?」
「ああ。何なら、今日は奢ってやろうか?」
以前は変な物を買わされたりした時もあったが。今日は、特別だ。
「今日は再会祝いって事で特別に勘弁してあげるわ。――んじゃ、待ってるからね!」
ボールを拾い終えると、鈴は走り出した。そして俺も教室に戻った、のだが。
「……」
鈴は二組のクラス代表になったらしい。と言うことは、クラス対抗戦で俺とも戦う事になる。
クラスの皆は、俺に期待……と言うか大半はデザートパス目当てだろうけど、俺を応援してくれているのに。
「勝てるのか、俺は……」
鈴と再会出来た事は嬉しいが、それが不安だった。俺は、どうすればいいんだろうか。
「ほう、織斑。授業を聞かず独り言と考え事とは余裕だな」
……とりあえずは、この鬼教師の鉄拳を堪える事にしよう。うん。
「……ふふふ」
授業中。あたしは、さっきの事を思い出して小さくガッツポーズをした。一夏と話を、と思って教室を出たら全力疾走する一夏を見て。
何かと思えば『男子トイレは少ないから、走らないと間に合わない』って思わずこけるような理由で。
まあトイレの邪魔しても仕方が無いから、後から追いかけて会う約束でも取り付けようかな、と思ったら……。
予想外の状況で、あたしのISを見せる事になった。まあ、結果はラッキーだったけど。昼に約束できたしね。
「……それにしても、あいつ、やっぱり変わってないわね。あたしを守ろうとしてくれたし」
たった一年だから当然かもしれないけど、一夏は、一夏のままだった。男だからって、変に威張らず。かと言って情けなくもなく。
弾辺りを相手するのと変わらない感じであたしに接してくれている。……逆に言うと、女って見られてないのかもしれないけど。
「……まあ、これからあたしの魅力に気付かせていけば良いわよね」
ポジティブに、そう考える。あたしだって、中二の時とは違う。胸だって、少しは大きくなったし。ただ……。
「……予想してなかったわけじゃないけど、周りにいっぱい女がいたわね」
クラスの皆にちょっとだけ聞いた所によると、一夏と特に親しいのは三人。あの宇月と、篠ノ之箒という女。
そしてセシリア・オルコットと言う英国代表候補生らしい。まあ宇月は良いとしても、残りの二人が問題。
篠ノ之箒。こいつは一夏の幼馴染みだって話だけど、そういえば聞いた事あるような気がする。直接顔は見た事無いけどね。
何でもISの開発者・篠ノ之博士の妹らしいけど、まあそれは関係ないでしょ。
そしてセシリア・オルコット。こいつは英国の代表候補生らしい。それは兎も角、一夏と親しくなる理由が解らない。
見た感じ、プライドの高そうな奴だった。一夏とクラス代表を賭けて戦ったらしいけど、それが何であそこまで親しくなるのよ。
男子が好きな『殴りあった後に友情が出来る』って奴なのかしら? それにこの二人は、一夏と特訓もしてるらしいし……強敵ね。
「……まあ良いわ、誰が相手であれあたしは絶対に負けないんだから!! ……あ」
うん、あたしはここが教室で、今は授業中である事を忘れてた。クラス中の視線が、立ち上がったあたしに集中する。
「~~~~!!」
真っ赤になり、あたしは着席する。くすくす、と言う笑いもした。う~~! 一夏、覚えてなさいよ!!
「待ってたわよ、一夏! ……って」
昼休み、食堂であたしはラーメンの乗ったトレーを持ったまま待っていて……そして一夏が来た。
ちゃんと約束したからか、ラーメンにまだ湯気が立っている時間。それは良いんだけど……。
「何であんたらが一緒なのよ……」
さっきも横に居た女子二人――多分この二人が、篠ノ之箒とセシリア・オルコットなんだろう――がいて。
そして宇月と、他の女子が三人一緒について来ていた。
「え? だって飯は皆で食った方が美味いだろ?」
100%本気で言っているわねコイツ。……あのね、約一年ぶりの再会なんだから。
積もる話もあるだろうあたしと、二人きりになろうって発想は無いわけ!? ……まあ、無いのがコイツなんだけどさ。
「さて、今日は何を食べるかな……」
……ああもう! ムカつく!!
まあ、何はともあれ。あたし達はテーブルについて食事と一年ぶりの会話を始めた。――さっきの? ノーカンよ。
「それにしても鈴が代表候補生か。いつのまにそんな事になったんだよ?」
「まあ、色々とあったのよ。それよりアンタこそ、何で男なのにISを起動させちゃってるのよ? どういうわけ?」
「俺にもわけが解らねえよ。まあこの学園に来たから箒や鈴と再会できたんだし、ISを起動できて良かったのかもな」
……む、何であたしの名前が二番目なのよ。あと、あたしと再会できたんだから良かった『のかもな』じゃなくて良かった、でしょうが。
「あ、そういえば鈴に紹介してなかったな? こっちは――」
「篠ノ之箒だ。一夏の『幼馴染み』だ」
幼馴染み、を強調して言う目の前の女――篠ノ之箒。
「ふうん。あんたも『幼馴染み』なんだ」
「ああ。そういえば箒が引っ越したのが小四の終わりで、鈴が転入してきたのが小五の頭だから……って、鈴。何で不機嫌そうなんだ?」
「別に!」
……こいつは敵だ、って事が解ったからね。
「もう自分で自己紹介したけど……鈴には話した事があるだろ? 俺が通ってた剣術道場の、それと、縁日があった篠ノ之神社の娘だ」
「ああ、アンタがそうなんだ」
篠ノ之、っていう名前はそれだったわけね。あたしにとって、剣術道場はどうでもいいけど、縁日は良い思い出がある。
あたしと一夏と、金魚すくいやら射的で……。弾や一馬もいたっけ。……あ。弾に絡んで、やな事を思い出したわ。
弾が悪いわけじゃないんだけどね、うん。あたし達より一つ下の『あの娘』と出会ったのも、縁日だったわね。
「初めまして、篠ノ之さん。これからよろしくね」
「ああ。こちらこそ」
そう言って、あたし達は笑顔で挨拶を交わす。でも、互いに目は笑ってない。……良い度胸じゃないの。
「おほん……! イギリス代表候補生であるわたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」
そこで絡んできたのは、もう一人の要注意人物であるセシリア・オルコットだった。でも……
「あっそ」
「なっ!! わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? 言う事はそれだけですの!?」
「ごめんね。あたしそういうの興味ないから。他の国の事とか、どうでも良いし」
……あんたが何で一夏と親しいのか、は気になるけどね。
「ど、どうでも良い……!?」
何か言いたそうだけど、まあ放っておこう。……さて、と。
「で、宇月。あんたは何で『私は関係ありません』って言う顔でサンドイッチ食べてるのよ?」
「放って置いてくれて良かったのに……」
何言ってるか解らないわよ。だいたいあんた、中学の時とキャラ変わってない? 前は何でもクールに物事を運んでて。
まあIS学園目指すくらいだから、勉強もスポーツもかなりのモノで。でもそれなりに人間関係こなしてて。
もしこいつが一夏の事を好きだったら、かなりやばそうなライバルになると思った事もあったのに。
「宇月さんは、ある意味俺達のストッパー……良心だからなあ」
「両親?」
……ああ、良心ね? ……。
「あれ、鈴。どうしたんだ?」
「な、何でもないわよ!」
変な所に鋭いのも変わってないわね。そ、それよりも。
「宇月。あんた、苦労してるの?」
「お察しの通りよ」
『良心、とはどういう事だ?』『説明してくださいますか、一夏さん?』と二人に詰め寄られてる一夏を見て。
……あたしは、宇月の今のポジションが何となく解ってしまった。やっぱり、宇月に関しては警戒する必要は無さそうね。
「それよりもさ、一夏。アンタ、一組のクラス代表なんだって?」
「まあな」
「な、ならさ。あたしがISの操縦を見てあげよっか?」
……そういう事なら、一夏と二人っきりになれるし。
「そりゃ助か―――」
「一夏に教えるのは私の役目だ! 頼まれたのは、私だ」
「貴女は二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ」
……ぐ。こいつら、やっぱりあたしの敵だわ。落ち着くためにラーメンのスープまで飲み終えて、あたしは確信する。
「あたしは、一夏に言ってんの。他の人は引っ込んでてよ」
「そうはいかん。私は一夏にどうしても、と頼まれているのだからな」
「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ! 貴女こそ、後から出て来て何を図々しい事を」
「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」
「だ、だったら私の方が早いぞ! それに私は、一夏と何度も夕食を共にしているのだ!」
なるほど、流石は幼馴染みね? ……でもね?
「それなら、あたしもそうよ? 一夏、あたしの家に何度も食事に来たし」
「な、何っ!? 一夏、どういうことだ? 納得のいく説明をしてもらおうか?」
「わたくしもですわ、一夏さん!! 何故お二人だけ!!」
「え? 説明も何も……俺が中学の頃、よく鈴の実家の中華料理屋に行ってたってだけだぞ?
箒の方は、道場仲間の誼で千冬姉と一緒にご馳走になってたってだけだし。何か問題があるのか?」
ああ、何であんたは馬鹿正直に言っちゃうのよ!! ……まあ、篠ノ之の方もあたしと同じ感じみたいだけど。
「な、何だ、店なのか?」
「織斑先生と一緒に、それにお店だったんですの? な、なら何も不自然なことなんてありませんわね」
安堵する二人。……くっ! だったら次は――
「あ、そうだ。中華料理屋で思い出したけど、親父さんとおふくろさんは元気にしてるか?
久しぶりに、あの親父さんの作った中華が食べたくなったぜ。親父さん達も戻ってきてるのか?」
……。あたしは、食べ終えた空の器にレンゲを落としかけた。……よりによって、その話題に触れるの? ま、まずい、え、ええっと。
「どうしたんだよ。親父さん達に、何かあったのか?」
「う、ううん。父さんは元気――――だと思う」
「「……?」」
やばい。一夏と宇月が、変な顔でこっちを見てる。残りの連中は気付いていないみたいだけど……。
一夏は変な所に鋭いし、宇月は洞察力とか観察力が高かった。……わ、話題変えないと!!
「そ、それよりさ。今日の放課後、時間空けなさいよ。久しぶりだし、どこかで……あ、ほらほら。
駅前のファミレスとかで、久しぶりにどう? 学園からそんなに遠くないからさ、時間は――」
「あー。あそこは去年潰れたぞ?」
そ……そう、なんだ。
「じゃ、じゃあ――」
「あいにくだが、一夏と私はISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」
「そうですわ、クラス対抗戦に向けて特訓が必要ですもの。特に私は専用機持ちですから、一夏さんの訓練には欠かせない存在なのですわ」
……ああ、もう! こいつら、さっきからあたしの邪魔ばっかりして!!
「……凰さん。一つ、良い?」
「何よ?」
宇月まで口を挟む気?
「こっちで三人、貴女に相手にしてもらえなくて泣いてるんだけど。何とかして」
「は?」
……宇月の指さす方を見ると。
「ううう~~! 専用機持ちだからって、三人ばっかり相手して~~」
「あたしたちは無視~~!?」
「二人とも~~、泣き止もうよ~~」
カオスだった。女子が二人、もう一人の……何か袖がだらーんとした女子に慰められてる。……ああ、ごめん。忘れてたわ。
「「「……」」」
一夏と残り二人は『何とかしろ』って言ってるし。……しょうがないわね。
「……そこの三人、名前を聞かせてよ」
結局あたしはその三人(布仏 本音、夜竹さゆか、谷本癒子)の三人と自己紹介をしあうのだった。……はあ、何かやる気が削がれたわ。