「……」
俺は、白い少女の歌をただ聞いていた。時間も忘れ、ただ、聞いていた。
「――力を、欲しますか?」
「え?」
気がつけば、白い少女とは別の女性が俺の傍にいた。波間に立つ、剣を持った騎士のような女性。
顔は上半分は兜(?)に覆われているために年齢とかは解らない。白い少女の歌も止まり、彼女も騎士の女性を見ている。
「力を、欲しますか?」
同じ問いを、再び投げかけてくる。力を欲するか、か。
「――力、か。欲しいよな」
「何故?」
「やっぱり、戦って守るにも力が要るから、かな?」
「守る? ――貴方にそれが、出来るのですか?」
「ああ」
「――貴方は、自身が最強であると思っているのですか?」
「いいや、そんな事は思ってないさ。俺はまだまだ弱いからな。千冬姉には勿論、楯無さんとか、勝てない相手はいっぱいいる。
場合によっては、守りきれないかもしれない」
シャルと一緒に訓練をしてもらった時の彼女を思い出す。生身でも、まるで歯が立たなかった。
ISでも、多分勝てないだろう。いや、セシリアとか鈴とか簪とか、戦った事はないけどシャルにだって勝てないだろう。
「では、なぜ貴方は戦うのですか? ――弱いのに」
「それは違うぜ。弱いからこそ、戦うんだ」
「弱いから、こそ?」
「弱いからこそ、戦って強くなる事が出来る。そしてまずは、強くなろうと決意する事。それが、大事だって聞いたことがあるんだ」
たとえ弱くても、強くなろうと思わなければ何も変われない。――昔、そんな事を聞いたことがあった。
だからこそ、まず決心する。それを貫き通す事が、大事なのだと。そう教わった事がある。
勿論、決心しただけで何かがすぐ変わるわけじゃないけどな。まあ、これは……。
「あれ?」
俺は、誰からそれを聞いたんだろうか。千冬姉か? それとも……。
「では、貴方は何を守りたいのですか?」
「え?」
「貴女の守りたい物、とは何ですか?」
守りたい物、か。
「友達――いや。仲間、かな」
一緒に戦う、仲間を。
「仲間を? 何から、守るのですか?」
「それは――」
思い出すのは、色々な事。一般の生徒に負けて、国から色々といわれていた鈴。正体がばれた時、全てを諦めていたようなシャルロット。
女子からドイッチに負けたことについて色々いわれ、傷ついていたであろう簪。そして――。
「色々な事から、かな。単純な暴力とかだけじゃなく、色々と理不尽な事ってあるしさ」
俺自身も、そうだった。第二回モンド・グロッソの時、俺のせいで決勝戦を放棄した千冬姉。そんな理不尽も、あった。
「だからこそ、そんな事から守る力が欲しいんだ。――俺と、仲間達を」
「その為には、どんなこともすると――言うのですか?」
そう言われた時。以前、ドイッチが雪片のレプリカを使った試合を思い出した。そしてそのドイッチに、箒が勝った光景も。
「どんな事でも、っていうわけじゃないんじゃないかな。やっぱり、やって良い事と悪い事があると思う」
ドイッチの戦い方は俺の周囲でも賛否両論だったけど、箒の戦い方は皆が驚いていた。
勿論、箒が絶対に正しい、なんてわけじゃないだろう。ただ、少なくとも箒の戦い方を『卑怯だ』とか言う人はいなかった。
「貴方の受け継いだ力を、どう使うというのですか?」
受け継いだ……? ああ、零落白夜か。
「まだ、解らない。でもISって、使い方次第で兵器にも人を助ける物にもなる筈なんだ。だったら、やっぱりやり方って言う物があると思う」
思い出すのは、色々な人の言葉。そして、千冬姉から受けついだあの言葉。
『――殺す覚悟と共に『殺さない覚悟』も必要だよ』
『……殺すべき敵と、殺すべきではない敵を見極める力、とも言えるかな』
『ISは、確かに兵器かもしれない。だけど、人殺しの道具が本来の姿なんかじゃない。
すくなくとも、この色紙に感謝の気持ちを記した人や地震の時に助けてもらった人達はそう言うと思うわね』
『あのね。これは、前にお姉ちゃんが言ってたんだけどねー。ISって、ねー?
いっぱい手をかけてあげたら、きちんと『応えて』くれるんだよー。兵器が『応えてくれる』なんて事は無いよねー?』
『布仏さんが、お姉さんから教わった言葉と似てますけど……ISはただの機械ではなく、パートナーだと思ってます。
だから布仏さんのお姉さんが言ったように『ISが応えてくれる』んですよね』
『刀は振るう物。振られるようでは、剣術とは言わない。人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。それが強さ』
だから、俺は。
「守るだけの、力が欲しい。皆を守れるだけの、力が」
そう、言い切れた。
「何なの、あれ……」
「暮桜の模倣品、ですの?」
鈴やセシリアの眼前には、雪片に似たブレードを持つ彫像のように変化したシュバルツェア・レーゲンがあった。
しかし、雪片を握ったまま動こうとはしない。
「ちょっとボーデヴィッヒ、それってまさか――っ!」
鈴が、問おうと近づいたその瞬間。シュバルツェア・レーゲンが、味方のはずの甲龍に牙を剥いた。
予期せぬ攻撃に、熱殻拡散衝撃砲の一門が切り裂かれる。だが、まだ彼女であった故にここまでの軽微な損傷なのだった。
今の一撃であれば、生半可な相手であれば両断されていたのかもしれないのだから。何故なら、それは。
「い、今のって、千冬さんの剣!?」
鈴が中国で、そして代表候補生達が各国で見た、モンドグロッソでの光景――織斑千冬の剣と、同じだったからだ。
だが、それは追撃をしてこなかった。もしも本物であれば、瞬時加速で間合いを詰めて両断されてもおかしくはないのだが。
「……どうやらあれは、自動迎撃システムのような物ですわね。一定空間内に入らなければ、何もしてこないようですわ」
「でも、アレって……」
「うん。どうして、シュバルツェア・レーゲンにアレが……」
シュバルツェア・レーゲンの変異に心当たりのある代表候補生達が、変異した僚機を見定める。
だが、そんなことはお構いなしの存在がいた。
「……!」
福音の攻撃が、再開された。アケノトリによってエネルギーを補給され、再び攻撃を仕掛けたのだ。――そう、シュバルツェア・レーゲンにも。
「!」
その結果。静止していたシュバルツェア・レーゲンが、銀の福音に仕掛ける。暮桜さながらの瞬時加速で切りかかる。
だが、福音はそれをあっさりと回避する。そしてまた攻撃、そして回避。それが、まるで舞踏のように続けられた。
「……どうする?」
「一緒に攻撃……しちゃまずいわよね?」
色々と思うところはあるものの、仮にも仲間である以上、ラウラを攻撃は出来なかった。
ラウラのほうから攻撃を仕掛ければまた別だったのかもしれないが、今の彼女は銀の福音のみを攻撃している。それも、かなり速い。
連携するべきなのだが、銀の福音への攻撃が、先ほどの鈴の接近のようにシュバルツェア・レーゲンへの攻撃とみなされれば。
シュバルツェア・レーゲンが、福音ではなくこちらに斬りかかる可能性もある。だから、動けなかった。
(……アイゼン・ランチェの影響か? 予想よりも、速いな)
ゴウも、戸惑うのが半分だったが現状を把握しようとしていた。自身の知識の中にも、その『模造品』にもない現状。
それを齎したアケノトリに問いただしたい事はあったが、アケノトリは『ISでもドールでもない』ので通信による会話が出来ない。
勿論声に出せば可能だが、他の人間に聞かれる現状では出来ようはずもなかった。
(アケノトリも、必要以上の攻撃はしないだろう。……となれば俺の敵はシュバルツェア・レーゲンと銀の福音か)
既に、状況は自分の予定を大きく外れている事は彼にも解った。ならば、と視線を向けやや顔を顰める。
「先に片付けるのは――無作法な乱入者ですわ!」
セシリアが、主武装のスターダスト・シューターを向けていたからだ。その放たれたレーザーは、アケノトリに命中し……何も起こさなかった。
「な!?」
「えねるぎー系統ノ攻撃ハ、効カヌ」
「ならば、お前の相手は俺がする! ――ファイヤーバード!」
ゴウが、アケノトリへと斬りかかった。物理攻撃もさほど効果が高いわけではないが、これはむしろアケノトリ以外に『見せる』攻撃。
(ナルホド……茶番劇、カ)
(行動不能、までさせる気はない。――だが、開いてはならない札であるお前が出てきた事での迷惑料は払ってもらうぞ)
八百長が、繰り広げられる中。それを眺める者たちのうち、最も厄介な者が動き出そうとしていた。
「……ふむ、中々混沌としてきたねえ。面白くなった、といえばそうだけど。ただそれがあの不細工な代物だっていうのはちょっとアレだね」
束は、冷たい目のままアケノトリや変異したシュバルツェア・レーゲンを見ていた。その後ろに、黒い穴が開かれる。
「――束様」
「ん、何だい戻ってきて」
「観客が舞台に上がったようですので。取り押さえようかと思い、舞い戻りました」
砂浜に再度現れ、王に仕える騎士のような姿勢を崩さないティタン。束は少しだけ考えると、興味を失ったような視線を向け。
「……任せるよ。あの変な鳥と黒いの、ついでに消してきな」
「はい」
「さて、と。束さんもそろそろ動こうかな? ――天選者は、ろくなのがいないし、ねえ」
倒れる襲撃者達を、ゴミでも見るような目で見つめる束。そして、またしても束に近づく者がいた。それを見た束の表情は――。
「え……!?」
それに最初に気付いたのは、シャルロット・デュノアだった。その眼には、空間に開いた黒い穴から出る、黒いISの姿が映っている。
「あ、あれは何? また、乱入者!?」
(……あの時の奴に似ている、か?)
(えっと……どうお伝えしたものでしょうか?)
(クラス対抗戦の時に襲ってきた奴、って言うべき?)
なおティタンの情報については学園上層部である程度の予測は立っていたが、不幸にも情報が共有されていなかった。
つまり、この場で多少なりとも知っているのはセシリアと鈴のみ。箒は似たようなIS、ゴーレムを見ているもののティタンについては知らない。
せめて、学園警備の任に着く(という名目の)シャルロット・デュノアには教えておくべきだった、とはある教師の回想である。
「一体、何を――え!?」
いつものように、突然出現したティタン。まず目標とされたのは――シュバルツェア・レーゲンだった。
銀の福音に高速攻撃を加えんとしたシュバルツェア・レーゲンの眼前に転移し、拳を帯電させるとその横っ面を殴りつける。
シュバルツェア・レーゲンでさえ反応できない高速の転移。そして、敵対していた銀の福音が好機とばかりに翼を大きく広げた。
「……やれやれ。これだから玩具は困る」
それは、IS学園関係者の聴く、ティタンの初めての声だった。だが、そんな事などお構いなしに銀の鐘の光弾が降り注ぐ中。
「――な!?」
銀の鐘の豪雨を、黒い穴が全て飲み込んだ。場が唖然とした雰囲気に包まれる中。
「La……!?」
別座標――福音の直下の空間――にあいた穴から、吸収された銀の鐘が放出された。白銀の焔で防ぐものの、その衝撃は大きい。
ATL……アタック・トランスポート・リフレクトといわれる、和訳すると攻撃転移反射となる能力だった。
「な、何なのよ今の!?」
「攻撃を転移させ、反射させるなんて……!」
「攻撃が効かない奴の次は、反射させる奴!? ったく、次から次へと……!」
ティタンに対して次に仕掛けたのはシュバルツェア・レーゲンだった。
その性質のまま、敵が何であるかも関係なく刃を握る。その太刀が振り下ろされ――。
「……!」
ティタンの片腕が、太刀を握った拳を『弾いて』振り下ろされるそれを弾いた。勿論、本物の暮桜と織斑千冬であればティタンもこんな真似は出来ない。
だが、その太刀筋も刃の形も同じでありながら、それに込められていた魂は違っていた。そして、その太刀筋はあまりにも『同じ』だった。
ボクシング用語におけるテレフォンパンチ、と同様に『どう来るか』が解っている攻撃は、よほど彼我の速度差でもなければ、容易く避けられる。
「……!」
シュバルツェア・レーゲンが、思わぬ対応に大きく揺らぐ。しかし、まるで機械人形のようにもう一度太刀を振るい――今度は、切り裂いた。
黒い穴に吸い込まれた太刀の先端、それを転移で向けられた自身の腹部を。
「!」
この一撃には千冬が、一夏が振るったようにエネルギーを無効化する能力はない。本物であれば、ティタンの黒い穴を打ち破れたであろうが。
「……!」
自身の刃を自身の腹部で受け、うめくように機体を揺るがせるシュバルツェア・レーゲン。
そして、そんな敵を無表情に眺め。――ティタンは、その拳を帯電させて叩き込み、シュバルツェア・レーゲンが沈黙する。
そのまま、高温に融かされる氷のように機体が崩壊し、中からは意識を失ったラウラ・ボーデヴィッヒが排出された。
この間、僅か15秒。学生達や銀の福音、アケノトリが何をする余裕もなく。シュバルツェア・レーゲンが、沈んだのだった。
「……」
ティタンは、無言のまま福音に向き合った。学生達は、ティタンと福音を逃すまいと構える。一方、銀の福音は――。
「La……!」
逃走を選択した。これは、決して臆病な選択ではない。――だが、明らかに失敗の選択であった。
「……」
ティタンは瞬時に転移すると福音の直前に出現した。
いくら福音が高速機動をこなそうと、文字通り距離など関係なく瞬間移動するティタンから逃げられるわけも無い。
「La……!」
「……」
突き出した帯電する拳が、白銀の焔を食い破り本体に命中する。高速飛行してたぶん、回避は難しくなっていた。
それでも大半の攻撃ならば回避できる福音が、この拳は回避できなかったのだ。
(あ、あのISは、あんなに強いのですか……!)
(あの時に向かってこられてたら、生徒会長でもどうにか出来たかどうか怪しいわね……)
その力量を瞬時に理解したセシリアや鈴が、かつての戦いでの『幸運』をかみ締める。そして――ティタンが、予想外の行動に出た。
自身を抱きしめるような、奇妙な体勢を取ったのだ。
「何アレ……え!?」
ティタンを、薄紫色のヴェールが包み。それが銀の福音が存在する空間に転移し、福音がそれに包まれた。
……すると、その機体が上下左右に回転を始める。時折、銀の鐘を放つがヴェールはそれを一つも通さない。
「……ど、どういう事、あれ?」
「福音が、グルグル回ってる?」
シュバルツェア・レーゲンを沈黙させ、銀の福音を奇妙な空間に閉じ込めたティタン。その視線が次に向かった先は――。
「……」
私――ティタンの力を見たIS学園の学生達は、生徒達は困惑しているようだった。
これは『無限空躍界』という連鎖的空間跳躍穴の無限発動、言い換えれば無限ループ空間の檻だ。つまり、出る事が適わない檻のようなもの。
基本的に、物理的な破壊では解除不可能。零落白夜のような例外を除けば、だがな。さて、束様の心を煩わせたあの『黒人形』は接取するとするか。
「シュバルツェア・レーゲンに近づいて……!? ま、待ちなさいよ!」
待て、といわれて待つ奴はいない。その間に、衝撃砲の一発でも撃てばいいだろうに。
「僕のルームメイトを、何処に連れて行くつもりかな?」
だが、私の眼前に立ちはだかる事が出来た者がいた。……フランス代表候補生、シャルロット・デュノアか。
この中で、唯一の第二世代型の専用機。だが操縦者自身の力量は、それなりのものだな。
「……!」
私とは一定の距離を保ちつつ、高速切り替えで様々な銃器を使ってくる。……だが、全てATLではじき返された。
とはいえ、彼女が纏っているのはラファールの防御パッケージ、ガーデン・カーテン。自身の銃器で傷つくほど、柔ではないというわけだ。
「……これなら!」
ふむ、思ったよりも馬鹿なのか。右手に持つ改造を施したと思しきアサルトカノン『ガルム』から放たれたのは、ISアーマー用特殊徹甲弾。
だが、それも反射されるだけだ。通常の銃器や攻撃、あるいはビームなどでは転移され送り返されるだけだというのに……。
「っ!?」
だがその瞬間、シャルロット・デュノアは私が思いもよらない攻撃を仕掛けてきた。ガルムから放たれたISアーマー用特殊徹甲弾。
それが突如自爆し、次の瞬間。左手に出現させた手榴弾が、この転移門――インフィニタース・ポルタを飛び越えて投げつけられた。
「!」
「やっぱり、その技……触れなければ転移させられる事はないみたいだね!」
私は、その洞察力に目をむいた。確かに、この瞬間転移能力――インフィニタース・ポルタ(無限門)はそのような弱点を持つ。
触れさえすれば転移させる事は可能なのだが、その範囲外では何の効果も齎さない。
シュバルツェア・レーゲンと銀の福音相手に多用したとはいえ、それを推察し、真偽を確かめて見抜くとはな。――だが、惜しむらくは。
「え……!?」
番号外(ロストナンバー)である私の力を、見誤ったと言う事だった。――瞬時加速。
転移能力を持つ私が滅多に使わない能力を発動し、瞬時に距離を詰め、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡに一撃を叩き込んだ。
収集したデータによれば、米国の現在の国家代表、イーリス・コーリングに匹敵する速さを持つ一撃だ。代表候補生には、避けられまい。
防御パッケージを纏っていたようだが、関係無い。この、帯電した拳の一撃――突貫破砕は、操縦者を直接攻撃する効果を持つ一撃。
モンド・グロッソなどでは絶対に使えない、実戦でしか活かせない一撃なのだからな。
「かはっ……!」
操縦者が気絶したラファール・リヴァイヴカスタムⅡが崩れおちる。機体にはさほどダメージが無いので、強制解除はされない。
まあ、これでこちらは終わりだ。……そうだな、玩具で騒ぐ子供としゃしゃり出て来た『汚物』の始末を先に済ませてしまうか。
「貴様あ! 何のつもりだ!」
上空から、アケノトリと茶番を繰り広げていたオムニポテンスが近づいてくる。しかし、何のつもりだ、だと?
……まあ、私の参戦は奴らの計画には無かったからな。ある意味では、当然の事か。
だが、何のつもりだと言われればアケノトリのほうが問題だ。あれは、出すべき物ではなかったのだからな。
私の役目は、この混乱した状況を『本筋』に戻す事。ギリシアのデウス・エクス・マキナのようなものだろう。
「くらえ!」
アケノトリに背を向け、両手に持つアサルトライフル『カルブンクルス』からの射撃が放たれる。
だが、それは微妙に私の位置からずれていた。ATLを恐れたか? ……まあ、奴は私の能力についてもある程度の知識があるから、な。
「……ふむ」
オムニポテンスの攻撃にあわせ、紅椿、ブルー・ティアーズ、甲龍がシャルロット・デュノアを奪還しようとしたようだな。
本来ならドイッチ……いやマルゴー、お前もそうするべきなのだぞ? まあ、射線はシャルロット・デュノアから外しているようだがな。
IS自身は解除されていないため、当たったとしても傷つく事はない、と判断したのだろうが。
「……貰った!」
複雑な機動で攻撃コースを惑わしていたオムニポテンスが、突如として瞬時加速に入った。抜き身の赤いブレードが、不気味に光る。
止まった場所はシャルロット・デュノアを傷つけず、なおかつ私に攻撃できる最適の位置。……だがな、一つ忘れているぞ?
それを、私が知っているという事は。
「ぐは!?」
「ど、ドイッチ!」
『何処からお前が攻撃してくるのか』が、私には解っている、という事だ。だからこそこうして、拳での迎撃も適う。
さて、と。お前にも、少々黙っていてもらうとするか。
「――吹き飛べ」
パッケージ『エクシミオス・ウマーナ』を纏ったオムニポテンスに、超圧縮エネルギー弾『連獄飛礫』を放つ。
これは、空間に閉じ込められたエネルギーを何重にも重ねたもの。
「ぐあっ……ぐあああああああああああああああ!」
一発目が爆発し、その直後に空間の檻が解除され二発目の爆発。そして三度目、四度目と続いていく。
全ての爆発が終わったとき。――オムニポテンスは完全に消えうせ、マルゴーは海中に叩きつけられていった。
奴ならばこの程度で死なないと解っているからこそ、だがな。……お前はこの程度では済まさないぞ、アケノトリ。
(てぃたんメ、何故アソコマデ……? コノ干渉ヲ、嫌ッタカ? ダガすこーる・みゅーぜるカ、ソレ以上デナケレバ奴ハ動カセヌ筈……!)
アケノトリの元へ向かうティタン。だが、アケノトリは攻撃を仕掛けない。光線兵器が主武装のアケノトリでは、ATLを打ち破れないためだった。
一方、ティタンの拳はアケノトリに効果がある。だからこそ、ティタンに多少ダメージを負わせられたとしても、何をするのか見定めて撤退……
のつもりだったのだが。ティタンは、その予想の裏を突いていた。
「ナ!?」
「な、何だあれ?」
アケノトリの上空に、今までとは比べ物にならないほど広域の黒円が展開された。同時に、少し離れた海域で突如として渦巻きが発生する。
そして黒円から放出されたのは――轟きをあげながら落下する、大瀑布の如き海水。
「ま、まさかアレは……あそこの海中に穴を開けて、そこから海水を瞬間転移させたって言うの!?」
「グギャアアアアアアアアアアアア!?」
ハイパーセンサーから得られた情報で鈴がほぼ正解を導き出したが、その大量の海水を浴びせられるアケノトリには関係なかった。
アケノトリが身に纏う焔も、生半可な水ならば蒸発させるほどの熱量を秘めていたが、あまりにも大量であり。
海水で、その焔があっという間に消えていく。そして門が閉じられた時、アケノトリの姿は無かった。
なお、瞬間転移する水晶のような物体があったのだが。それを視認したのは、それを知識として持っているティタンのみだった。
「……」
アケノトリを瞬殺したティタンは、ゆっくりとIS学園の残るメンバーへと視線を向ける。
今のアケノトリへの攻撃の合間に、気絶したシャルロットとラウラを鈴が、ISを強制解除させられたゴウをセシリアが救助したのものの。
既に、ティタンに勝つ見込みなどない。それが、残る三人の共通認識だった。
「……さて、どうするか、よね」
「先ほどの福音を見る限り……逃げの一手、も打てませんわね」
「……」
ISを纏った少女のうち残る三人は、次々と敵を撃破したティタンに対して必死で目をそむけないでいた。
ティタンに真っ向から勝てる、などとは思っていない。せめて、山田真耶や更識楯無クラスの増援でも来れば別かもしれないが。
「さーて、どうしようかしら。こっちは三機、あっちは一機。……駄目元で、ぶつかってみる?」
必要以上に陽気な声で、鈴が二人に話しかける。だが、返事は無かった。
「……」
「……」
返事のない事に、鈴は何も返さない。二人が、自身と同じなのは解っていたからだ。ただ、表に出すものが違うだけであり。
どうすればいいのか、解らないという点においては全く同じだったからだ。
「……!」
そして、沈黙を破ったのはティタンが先だった。シャルロットを沈めた時と同じ、瞬時加速からの一撃。それを――紅椿が二刀をもって防ぐ。
「くっ……何という重い一撃だ!」
シャルロットとラウラを抱えている鈴、ゴウを抱えているセシリアには回避するのも難しい。ならば自身が迎撃するしかない。
箒にもそれは解っていたからこそ、そしてシャルロットへの攻撃を見ていたからこそ一撃を防ぐ事が出来た。
だが、その一撃はあまりにも重く。空烈と雨月での攻撃にも入れない。――唯一、事態が好転したと言えば。
「う……ぼ、僕は……?」
「お、目覚めたのね!」
その時、シャルロットが気絶から回復したという一点だけだった。
「んじゃセシリア、パス!」
「わ、わわ!」
「え……り、鈴さん!?」
「やっぱり、こういうのはあたしのタイプじゃないのよね!」
「!」
そして、そのタイミングで攻撃したのは鈴だった。熱殻拡散衝撃砲が火を吹き、ティタンに命中する。
……なお、ラウラが放り投げられたのをセシリアが慌てて受け止めたのは余談である。
シャルロットも、放り出された我が身を慌てて体勢を立て直した。乱暴だが、緊急事態と言うこともあり非難の目はない。
「セシリア! とりあえず、あんたはその二人を連れて戻りなさい!」
「で、ですが、わたくしだけ撤退など……」
「どの道、ドイッチを抱えたままのあんたじゃライフルも使えないんだしロクに戦えないでしょ!」
「う……!」
普段のセシリアであれば、ゴウやラウラを抱えたままブルー・ティアーズの子機での援護も適うのだが。
今の彼女はストライク・ガンナーを装備している。このパッケージの特徴は、ブルーティアーズの子機を接続しスラスターとして使用している点。
最高速度や機動性の上昇と引き換えに、手を使わない状態での攻撃力は失っていたのだった。
「くう……!」
ISの力ならば、二人が二十人であっても運搬する事は出来る。例えば人間が乗れる物――籠や車両等――でも使えば、大勢を一気に輸送できる。
だが『気絶者を腕で抱える』となれば、プロークルサートルのような副腕でも持っていない限りは、限界があるのだった。
「速く逃げて! ここは、僕達が絶対に抑える!」
「……! 皆さん、絶対に帰ってきてくださいまし!」
更に、戦うことを決意したシャルロットの声がかかる。そしてセシリアは退却を決意し。
ストライク・ガンナーの加速力を活かし、撤退していくのだった。
「くらえっ!」
「この!」
鈴とシャルロットの攻撃も加わり、鍔迫り合い状態だった箒とティタンが離れる。
だが、距離を取られる事は死活問題。瞬間転移され、退却中のセシリアを狙われでもしたら悪夢である。故に。
「これ以上好き勝手はさせんぞ、黒人形!」
「いい加減にしておきなさいよね!」
箒も鈴も、接近戦闘を繰り広げている。ティタンは、そんな二人の猛攻を避け、受け、あるいは流していた。――何故なら。
「そこっ!」
二人のタイミングの隙を埋められるシャルロットが、狙いを定めている。
第四世代の紅椿、第三世代の甲龍。それよりも古い第二世代型であるが、シャルロットは何を仕掛けてくるか解らない。
それを知っており、尚且つ『シャルロットの器用さ』を知るティタンは、決して彼女から目を離さなかった。
しかし、その戦況は一瞬で変貌した。攻撃を受け続けていたティタンが一瞬止まると『背後に黒い穴を出現させ』自ら去り。
5キロは離れた海上に出現する。そして。
「……」
まるで誰かの命令を受諾したように無言のまま一礼し、ティタンはこの場から文字通り消えうせた。
その時、まだ箒は二刀を振るおうとし、鈴は衝撃砲を撃とうとしたままだった。後に残るのは、空間の檻に囚われた銀の福音と学生達のISのみ。
そして、この奇妙な戦闘はようやく終わりを迎えたのだった。
「おー、ご苦労様」
「はい」
ティタンの転移した先は、三度(みたび)、束のいる砂浜だった。辺りは、未だ束しか動く者はない。
先ほどと同じように臣下の礼を取るティタンだが、束は先ほどとは違い機嫌がよさそうだった。
「――束様。撤退しても、宜しかったのですか? 私が銀の福音の代役を務めようかと思っていたのですが」
「うん、どうせならあの『白銀の子』を遣おうかと思ったんだよ。せっかく二次形態移行したんだし、ね」
束は、先ほどまでとはうってかわって上機嫌だった。ティタンのハイパーセンサーは、砂浜の足跡が先ほどまでより一つ増えている事に気付く。
既に去ったのか、残した本人の姿はない。それをデータ照合し……ティタンは、束の上機嫌の理由に気付いた。
「では、そのようにします。あの檻も、ご命令どおり『教えて』おきましたが」
「OKOK。それじゃ、君も帰りなよ」
「はい。――それと、スコール・ミューゼルに何か伝えますか? 彼女はまだ動かないようですが」
「ああ、すこーりゅんか。あっちはどうなってたっけ?」
「ゴールデン・ドーンは変わらず。そして件(くだん)の『彼女』も順調に成長しているようです」
「そっかそっか。なら良いよ。もうちょっとだけ、アレらに協力しておいて」
「承知しました」
亡国機業に協力し、ゴウやケントルムともつながりがありながら篠ノ之束を主君と呼ぶティタン。
その真の忠誠は、篠ノ之束にある。だがそれは、亡国機業の中でもごく一部にしか知られていない事実であった。
「ふふふ……さーて、見せてもらうよ。この劇の、終幕を」
そしてティタンが、そして束が砂浜から消えていく。
残されたのは、未だ気絶したままの束を襲った者達と『コアを抜き取られた』ドールの残骸だけだった。
「……ただいま、帰還しました」
「お帰りなさい。――無事で何より、とは言えないけど。未帰還者がいないのは、幸いね」
まるで一日にも感じるような、連戦を繰り広げた専用機持ち達。彼女達は、何とか欠員なく旅館に帰ってくる事が出来た。
「まずは、機体のチェックと貴方達自身のチェックを。古賀先生が準備をしてくださっているから……」
「あの、新野先生。ドール使いの連中って、どうなったんですか? 一応、聞いておきたいんですけど」
「心配ないわ、凰さん。気絶者多数だけど、ドールの防御システムのお陰で重傷者、及び死亡者はゼロよ」
「そう、ですか」
「あの。私の出撃については……」
「それは、古賀先生が許可を取ってくださっているわ。――まあ、色々と言いたい事はあるけどね」
新野智子がまだ何か続けたそうだったが話を止めた。代わりに、こちらに近づいてくる音がして。
「皆さん! ご無事でしたのね!」
先行して退却していたセシリアが、満面の笑みを浮かべて迎えるのだった。
「ふう」
一年三組副担任、古賀水蓮は既に日も落ちた空を見上げていた。暗くなった空は晴れ渡り、夏の星座が浮かび始めている。
「古賀先生。宜しいですか?」
「おや新野先生か、どうしたんだい?」
そんな彼女に近づいたのは、三組担任の新野智子だった。その顔は険しく、まるで戦場に向かう剣客のようだ、と水蓮が喩えるほどに。
「古賀先生は、どうお考えなのかと思いまして」
「どう、とは?」
「今回の騒動です。監督兼プロデューサー兼脚本、篠ノ之束。主演女優、篠ノ之箒と紅椿。……ここまでは読めたんですが、ね。
ここから先が読みきれない。IS学園の他の専用機――特に、白式あたりはどうなのか。ナターシャ・ファイルズと銀の福音はどうなのか。
ドール部隊は予想の範疇なのか。あの乱入者・ティタンやコードネーム『ファイヤーバード』はどうなのか。……意見を伺いのですよ」
新野智子が言ったのは、事情を知らない者たちの共通認識といってよかった。紅椿の受領と福音の暴走。
これが偶然、などとは誰も考えていなかった。だが、今回の要素はそれだけではない。IS学園、ドール部隊、ティタン、アケノトリ。
そしてこれらがすべて同じ脚本である、とするにはあまりにも矛盾点が多かった。
「読みきれない、というのなら予想は出来るんでしょう? ……新野先生のご意見は、どうなんですか?」
「私の予想だと、IS学園と銀の福音はほぼ確定。ドール部隊も、予定通り。……ティタンやファイヤーバードはアドリブ、ですかね」
「ほう。その根拠は何だと仰るのです?」
「ティタンやファイヤーバードの出現が、場当たりすぎるから、かな。ファイヤーバードは福音が倒されようとした瞬間。
そしてティタンはその直後。この二名に関しては。、出番がないパターンもあったのではないか、と思いました」
「ふむ。ではたとえば、福音に関わったものから、ファイヤーバードは送られてきた可能性もありますか?」
「いいえ。それにしては、ファイヤーバードが銀の福音に対してエネルギーを補給してから後は、何もしなかった事が矛盾します。
学園の勢力に攻撃や牽制を仕掛けるわけでもなく、ただドイッチ君と数度打ち合っただけ。
まるで、戦いを長引かせるかのような意図を感じました。むしろ、第三軍的な要素を感じましたね」
「ふむ。……では、IS学園に関してはどうなんです?」
「恐らくは、紅椿の助演……でしょうか。白式の損傷まで読んでいたのかどうかは解りませんが、ね。
第三世代型数期ならば、紅椿の能力を引き立たせる役目には向いているでしょうから」
古賀水蓮は、その考察がほぼ自身と同じである事に舌を巻いていた。彼女も、ティタンやアケノトリ、ドール部隊に関する知識はない。
篠ノ之束が臨海学校に合わせて銀の福音を嗾けたのは疑ってはいなかったが、他の要素に関しては『ある推測』しかできなかった。
「……なるほど、そこまでは私も同じですな」
「同じ、ですか。では……」
「ドール部隊に関してはカコ・アガピの介入でしょうが。問題は『何故彼らがこのタイミングでこられたか』ですね。
学園の臨海学校と銀の福音の演習は元々の予定通りですが、ひょっとしたらドール部隊もそれらに合わせたのかもしれませんな」
「つまり、レッドキャップとG・アーマーの矛先が本来はIS学園側であった……と?」
「推論ですがね。彼らが『篠ノ之束が仕掛けてくる事を知っていた』のならば、銀の福音や紅椿相手だったのかもしれませんが」
「……では、ファイヤーバードやティタンはアドリブではないと?」
「それがどうも解らない。アドリブ、のような気もしますがティタンはクラス対抗戦の乱入者と組んでいた。
仮にこれをAとすると、それに敵対するファイヤーバードはBだと言える。だが、ファイヤーバードが福音を助けたのもよく解らない」
「ファイヤーバードがB……そしてそれが福音を暴走させた存在だという可能性は?」
「それもありえる、かもしれませんね」
実際にはティタンもファイヤーバード(アケノトリ)もカコ・アガピも同じAであるのだが。
ティタンに関してはB――福音を暴走させた篠ノ之束の側にも属している。それが、二人の考えを真実から僅かに逸らしていた。
「あ、あの新野先生、古賀先生。いらっしゃいますか?」
「おや、山田先生。どうしましたか?」
「哨戒していたIS部隊から、連絡です。ここから5キロ離れた海岸で、ドールの残骸を発見した、と」
「ドールの残骸? レッドキャップ装備が、まだいたのか?」
「い、いいえ。まったく未確認のものです。ただ、幾つかの部品がブローン君のプレヒティヒと類似しているため、ドールの物ではないかと……」
「……やれやれ、またわけの分からん要素が出てきましたか」
新野智子は、そういうと山田真耶と共に部屋へと戻る。それを見送る古賀水蓮は、織斑千冬に話しかけた時と同じ表情をしていた。
「この一幕は、ある者がアレを操ろうとしたイベントに別の者が更なる乱入を企てた――二重の乱入劇。
篠ノ之束に乱入しようと試みたか、あるいは篠ノ之束が乱入したのか。それにしても新野先生も、大した見識だ。
私のように『知識』もなくあそこまで食いついてくるとは、な」
自身と彼女の分析の差は、篠ノ之束が銀の福音に関わっていると言う『確信』の有無のみ。
ドール部隊、ティタン、アケノトリなどに関しては新野智子と同レベルの確信しかなかった。
「だが、やはりカコ・アガピには存在するようだな。……私の、同類が」
古賀水蓮。彼女もまた、ゴウやケントルム達と同様の『天選者』なのであった。
「どうしたのよ、箒」
「一体、何事ですの?」
ゴウとラウラが戦闘不能にされるも、何とか戻ってきたIS学園の面々。
銀の福音が『何故か』一定空間で静止した状態であるため、一応は待機と言う事で一室が宛がわれたのだが。
箒が、セシリア・鈴・シャルロットの三名に『話がある』と言い出したのだった。
「実は――。先ほど、あの黒い敵機から、個人秘匿通信(プライベート・チャネル)があったのだ」
「ぷ、プライベート・チャネルが?」
「ああ。それによると……あの福音の動きを封じているあの空間は、あと一時間ほどしか持たないらしい」
「な!」
「ま、マジ? って、何でそれを先生達に言わなかったのよ!?」
「……ひょっとして、先生達に言うとあの檻を即座に解除する、とか言われたの?」
驚きと焦りが混じる鈴だが、冷静なシャルロットが回答を導き出す。箒の沈黙が、それが正解であると告げていた。
「なるほど、ね。……で、あたし達には大丈夫なの? 今あたし達に言った事で檻が解除、なんて洒落にならないわよ?」
「それは問題は無い。――専用機を持っている者達には明かしてもよい、と言われている」
ちなみにこの言葉には、ティタンの『引っかけ』があったりするのだが。箒は気付かないままだった。
「……で、アンタはどうする気なの? それをあたし達に明かした、って事は」
「今からできる限りの専用機を持って、銀の福音を討つ。それが私の策だ」
つまりは無断出撃再び、だった。先ほどは古賀水蓮が許可を無理矢理分捕ったものの、どうなるかは火を見るより明らかだった。
「ったく。専用機持ちって言うのは、そんな勝手気ままが許されるわけじゃないんだけどね」
「……ですけれど、もしも箒さんの言葉が真実ならば。あと一時間足らずで銀の福音が開放されるという事ですわね」
「日本や在日米軍のISは、結局動いてくれていないみたいだし。……その策が、最善だとは思うよ」
国家代表候補生三人は、箒の策にのるつもりでいた。ティタンやアケノトリの妨害さえなければ落とせていた、というのもあるが。
「なら、今動けるのは、一夏とゴウ、ボーデヴィッヒさんを除いた全員だね。IS7機、ドール2機……。だけど、全員を動かせられるかな?」
「……うちのクラスのロブは止めておきましょう。一場も、そういう意味ではヤバイかもね」
「将隆とクラウスなら、手伝ってくれるかな」
生徒達は、既にやる気になっていた。……だがその時、その部屋の襖が大きく音を立てて開かれた。
「気持ちは解らないではないが。流石にそれを見逃せ、という事は出来ないかな>
「こ、古賀先生!」
「話は聞かせてもらった。……まさかあの機体が、個人秘匿通信を使いこなすとは、な>
「……ちょ、ちょっと大丈夫なのコレ。古賀先生に知られたら、あの檻が解除されるんじゃないの?」
専用機を持っている者には明かしても構わない。それは、逆に言えばそれ以外には明かしてはならない、という事になる。
鈴の危惧も当然の物であり、その場にいた少女達にもそれは伝染するが。
「ああ、問題はないだろう。――私も、専用機を預かっているんだからな」
「……はい?」
「え? ……古賀先生が、二人?」
古賀水蓮の後ろから、もう一人古賀水蓮が現れた。鈴の目が、文字通り丸くなる。反応としては、他の少女達も同じであるが。
「これは私の専用機『ドッペルゲンガー』だ。独立機動も可能な、第三世代ISだな」
「よろしく>
後に現れた方の古賀水蓮の言葉に合わせ、先に現れたほうの古賀水蓮が頭を下げる。……その様子は、まったく同一だった。
「……あ、あの。古賀先生。専用機を預かっていると仰いましたけれど、何処のコアを預かっていらっしゃいますの?」
「ああ、このコアはIS委員会からだ」
淑女らしく穏やかに、しかし声の震えを隠せずにセシリアが問う。その答えは、彼女の驚愕を膨らませるものでしかなかったが。
「き、聞いていないですよ!? っていうか、普通そういうのって。あたし達代表候補生にも情報が回ってきそうなのに……」
「ああ、二時間ほど前に預かったのでな、君達にはまだ告げていなかったか」
「あ、貴女は一体……」
「なあに、ただの女教師だ>
ドッペルゲンガー、である古賀水蓮の専用機が笑う。――その笑いを見た箒は、ある事に気付いた。
「ま、まさか先ほど、私や一夏や宇月の前に現れた貴女は……」
「その明察通り、私の方――ドッペルゲンガーだ。あの場から動けなかったのでね、遠隔起動させて貰った>
だからこそ、部屋から一歩も動かずに箒に発破をかけるような真似が出来たのである。
「そ、そんな事が出来るISがあるなんて……」
「おや、君は知っている筈だぞデュノアさん。更識楯無が、織斑一夏と君の部屋に水人形を置いていった事があったが。あれと同じだよ>
「……あ」
彼女の脳裏に、あの時の一幕が思い出された。ラジカセまで使った、仰々しい仕掛け。
シャルロットや一夏からすれば、楯無らしいおふざけかと思っていたのだが。
「……さて、どうするのかな篠ノ之箒。君は――」
「出撃を、許可願います」
言い切らせることすらしない、即答だった。そんな生徒を見ていた双身の女教師は破顔し。
「そうか。では、他の連中は私が呼んでこようかな」
自身の専用機を残し、立ち去るのだった。なお、連れてこられた将隆・クラウス・簪達が驚愕したのは言うまでも無い事である。
「……」
私は、織斑君と同じ部屋にいた。……ただし、現在彼は意識不明。数時間前までは篠ノ之さんがいたんだけど、今はいない。
だけど、今はもう一人、織斑君と同じような状態の女子がいた。
『ぼ、ボーデヴィッヒさん!?』
彼女が連れてこられたのは、ほんの少し前だった。怪我とかはしていないけれど、意識のない彼女。それを、古賀先生が連れてきたのだった。
『すまんが、彼女もこの部屋に移す。見ておいてくれよ』
とだけ言って、彼女を寝かせていったのだった。でも、どうしてボーデヴィッヒさんが? ……ひょっとしたら、織斑君と同じ、なのかな?
「ふう……」
頭がグチャグチャで、一人で考え込んでしまう。知っている人が怪我をするのは初めてじゃない。クラス対抗戦の時の織斑君もそうだった。
……だけど、すぐに会話くらいは出来た。なのに、今は……織斑君に続いて、ボーデヴィッヒさんも、だなんて。
「ISって……兵器、なのかな」
以前『ここの生徒は、ISをアクセサリーか何かと勘違いしている』って言ったのは、そのボーデヴィッヒさんだったっけ。
そしてドイッチ君も、転入生歓迎イベントのステージ上で、そんな事を口にしていた。
他の生徒は兎も角、私はそうだったのかもしれない。……ああ、何でこう暗い考えしか浮かばないんだろう。
「そういえば、篠ノ之さんの事も聞けなかったなあ……」
多分、戦いに行った彼女。どうなったのか、無事なのか。そういう事も聞けなかった。……大丈夫だと良いんだけど。
「……え?」
そんな思考のデフレスパイラルに陥っていた私の背後で、襖が開かれた。そこにいるのは織斑君以外の専用機持ち。しかも、ISを展開している。
今思い浮かべていた篠ノ之さん、そしてオルコットさん、凰さん、デュノアさん、更識さん、タカぼ……安芸野君。
ブローン君と久遠もドールを纏っていた。……これって、結構凄い光景なんだけど。それを堪能している余裕は私にはなかった。
「な、何で皆、ISやドールを展開してるの? それと久遠、ロブはどうしたの?」
「ロブは、二組の生徒に任せてきたから大丈夫ですよ」
「最初の方の問いへの答えだが……行くべき所に、行くからだ。――宇月、一夏とボーデヴィッヒの事を頼むぞ」
謎かけのような回答を示したのは紅椿を身に纏う篠ノ之さん。だけど、その視線の先にある織斑君達を見た途端。謎は解けた。
「あまり、無茶はしないでよね?」
「……いってくる」
かつて彼女に。学年別トーナメント一回戦の時にかけられたのと同じような言葉を、今度は私が口にする。
そして皆もあの時の私と同じく、ちゃんと答えずに。皆と一緒に空へと飛び立ったのだった。