「すー……」
ドイッチ、凰、オルコット、シャルロット、ボーデヴィッヒの五人が出撃してから。残った専用機持ちである俺達は、待機していた。
先生達を押しのけて指揮を取っている連中がいる、旅館の大広間とは別室。そこに、俺達『五人』がいた。
「布団とかを掛けなくてもいいのか?」
「大丈夫です。――十分に、温かいですから」
俺と久遠の視線の先には、久遠の膝枕で眠るロブの姿があった。本来なら、ロブも俺達と同じ専用機持ちであり、待機していなければならない。
だけど、流石にまだ子供であるロブを起こす気にもならず。そのまま、寝かしつけているのだった。
「くそう、美少女の膝枕とは……羨ましすぎるぞ、ロバート・クロトー……!」
「貴方は、子供相手に何を嫉妬しているのかしら」
そんなロブを羨ましそうに睨みつけるクラウス、そして呆れた口調のライアン。それは、ある意味でいつもどおりの光景だった。
「ふう……」
俺達は『人数が多すぎる』ということで大広間から移された。唯一、オペレート技能にも長けていた更識のみは残されたけど。
今、果たして戦況がどうなっているのか……。俺達には解らなかった。
「それにしてもまさか、銀の福音が暴走してこの海域に来るなんて思いませんでしたね」
さっきの会議――篠ノ之博士が乱入して来たアレ――にはいなかった久遠だが、よく考えてみれば久遠も米国代表候補生。
だから、銀の福音の事を知らないわけは無かった。でもそうなると、何でライアンだけ呼ばれたんだろうか?
「そうね。……願わくば、出撃していった五人も、そしてナターシャ・ファイルズさんも無事に戻ってきて欲しいけれど」
銀の福音の操縦者と知り合いらしいそのライアンは、物憂げに返事をする。……まあ、当然だろうな。
「大丈夫でしょうか。……彼らは」
彼ら。久遠の口にしたその言葉で、全員が思わず海の方向を向く。そこでは、さっき出撃していった五人が銀の福音と戦っているはずだった。
あと、ついでにドール使い達も。……ああ、ドール使いといえば。
「なあ、クラウス。お前、あの連中の事を知っているんじゃないのか?」
「……」
無言の肯定だった。あのドール使い達が入ってきた時、クラウスとハッセ先生があからさまに顔色を変えた。
少なくとも、あの連中を知っているのは確かだろう。
「何なんだよ、あの連中。……ちょっとだけで良いから、教えてくれないか?」
どうも、知らないのは俺だけらしかった。更識も先生達も、ここにいる三人も顔色を変えたしな。
「……解った。ちょっとだけ、教えてやるよ」
真剣な、でも何処か陰鬱な表情のクラウス。その表情だけで、ちょっとだけ聞くべきじゃなかったかな、と後悔した。
「連中は、カコ・アガピでドール開発途中からその性能試験に付き合っていた連中だ」
「性能試験?」
「ちゃんと性能どおりに動くのか、ミスは無いのか、まあ色々あるけどモルモットだな」
クラウスと同じ、って事か。
「だが、今日来た連中はその中でもちょっと毛色の違うメンバーだ。……元軍人とかを集めた連中なんだ」
「はあ? な、何でそんなのだけ集めたんだ?」
「共通点は『人殺しを躊躇しない事』だ。……だが、本当にやばいのはそれじゃない」
な、何なんだ?
「以前、ラウラ・ボーデヴィッヒが過剰攻撃を仕掛けたときの事、覚えてるか?」
「あ、ああ」
凰とオルコットに、だな。……俺も乱入した一人だから、覚えてるよ。
「ああいう事をやる連中でもある、って事だ。後は、横紙破りも多い。元々準備していた久遠ちゃんとロブを待機にしたのも、それだ」
そうだったな。最初は、一夏達の失敗を受けてロブや久遠も出撃する予定だったらしい。
……正直な話、ここだけはちょっとありがたいと思ったけどな。だって、ロブまで出すなんて危険すぎるだろ。
「そんな感じで付いた渾名が『狂犬』だ。……まあ、こんな所だな」
「そう、なのか」
どおりで、全員が顔色を変えていたわけだ。それが、よく解った。
「だけど、何でそんな連中がこのタイミングで来たんだ? 早すぎないか?」
「さあ、な。一応、別の用件で来た所を偶々こんな事が起きてこっちに来た、みたいだけどな」
自分でもそれを信じていない口調のクラウス。……何だろうか。今日になって、不可解な事だらけだった。
だが、確実なのは。一夏が大怪我を負って、今は意識不明だということ。……それを思うと、気温はそう低くない筈なのに寒気を感じてしまった。
その頃。戦場では、予想外の事態が勃発していた。
「な、何だアレ……!」
「あ、あれが二次形態移行(セカンド・シフト)って奴なのか……」
姿を激変させた銀の福音(シルヴァリオ・ゴスペル)。それを見た残存ドール部隊から、初めて声が漏れた。
隊長であるドレイク・モーガン以外は無人機のように無言であった彼らも、流石に驚きを隠せない。
「La……」
その姿は、先ほどまでとは明らかに違っていた。本来、頭部に一対あっただけのスラスター兼火砲、銀の鐘。
それが消え、代わりに全身を覆いつくせるほどの大きな、そして数多くのエネルギー翼が生えている。
その身を守るように白銀色の焔がうごめき、装甲の隙間には数多の眼があった。
「ええい、敵は一機だ! 集中して攻撃すれば、また倒せる!」
ISとドールのキルレシオは1:5とされている。つまり、IS一機に対してドール五機ならば互角、という計算である。
だがこれは、かつてシャルロットの言葉にもあったようにリヴァイヴシリーズの装備を使用しての数値だった。
つまり専用機、しかも二次形態移行している銀の福音とGアーマードール&レッドキャップドール部隊の戦力比は未知数と言ってよかった。
「……やれやれ、延長戦か」
一方ゴウは、やや冷静だった。この展開も、ありえると踏んでいたからこそだが。
(だが、少しだけ姿が違うな……攻撃を受けて、自己進化でもしたか?)
彼の記憶では、無数の翼は兎も角、身体を包む焔や多数の眼は存在しなかった。その能力は、おそらくは『知識』と同一ではないと推察する。
(まあいい……俺にはまだ、あの時とは違い『手札』が残っているのだからな)
トーナメントにおける『誤算』を思い出し、苦々しい表情になるゴウ。だが、その表情にはまだ余裕が残っていた。
「どうするのだ、貴様はドール部隊に協力するのか? ――二次形態移行した以上、敵戦力は未知数だぞ」
「……まあ、お手並み拝見かな?」
「だ、大丈夫かな?」
「まあ、危険になれば踏み込めばいいさ」
ラウラやシャルロットにも余裕の返答を見せるゴウ。その『切り札』は、まだまだあるのだった。
「せ、二次形態移行……!!」
「……なるほど、これは驚いた。まさか二次形態移行を見られるとは、な」
その映像を旅館でモニタリングしていたIS学園の教師達と更識簪、カコ・アガピの人間も驚きの表情を見せていた。
ようやく福音を倒した、かと思えば二次形態移行。状況は、更に悪化したと言ってよかったが。
「く、駒旗村指令。この状況は、不味いのでは」
「別室に移してある専用機持ち達に、出撃準備をさせたほうがよろしいのでは?」
「慌てるな。モーガン隊長とドール部隊ならば、たとえ敵が二次形態移行したとしても撃墜してくれるだろう」
カコ・アガピの監視員――という名目だが、実際には女性に嫌味を言う以外は何もしていない人物――が焦った声を出す。
それに対し、上官たる駒旗村は威厳を込めてその焦りを封じた。それは一見、部下の動揺を抑える名指揮官のようにも見えたが。
(二次形態移行したとはいえ、所詮は一機。今まで押していたのだ、このまま倒せるだろう)
ただ単純に、事態の推移を理解していないだけであった。――もっとも、それは彼だけではない。
厳密には、現時点で事態の推移を完全に理解している者は、現場にもこの旅館の一室にも一人もいないのだった。
「たとえ二次形態移行したところで、たかがIS一機……! 一斉射撃だ!」
「La……」
ドレイクの声と共にG・アーマードール、レッドキャップ装備ドールが一斉に攻撃をし――福音が回避した。
それは、まるで弾丸が福音を避けているようにも見えた。濃密な攻撃の豪雨の中、福音がその翼を広げて飛び回る。
だが、不思議と攻撃は仕掛けてこない。まるで、飛ぶ事を楽しんでいるようにも見えた――と後に報告書の中に記載される飛び方だった。
「な、何やってるのアレ?」
「……意味不明の行動ですわね?」
その時、突然飛び回っていた福音が静止し。――その体中に出現した眼が、一斉に色々な方向をむき出した。
その直後。五機のレッドキャップ装備ドールが、銀の鐘――密度も威力も増大したそれをうけ、沈黙する。
攻撃のために紅の繭を解除していたとはいえ、一気に五機ものドールが撃墜されたのだった。
「な!?」
「ば、馬鹿な!」
「紅の繭(クリムゾン・コクーン)ならば……な、何だっ!?」
ならば、と紅の繭を展開した一体を、福音が翼で包み込んだ。二次形態移行し、一気に数を増やした翼。
その翼全てで、覆い隠すように包み込んだのだ。そしてそのまま『押し出して』しまう。紅の繭は、銀の鐘の一斉射さえ防ぐ防御力を持つが。
その推進力を防ぐわけではなく、無傷のまま一体のドールが押し出され、海中に没してしまう。
「何のつもりだ、ドールを溺れさせる気か? だが、ドールが溺れる筈が……なっ!?」
ドレイクが絶句する。――何故なら、ドールが上昇しようとした瞬間、海面ギリギリで放たれた銀の鐘がドールを討ったのだった。
そう。――そのドールは急上昇する為に、解除してしまったのだ。防御力の代わりに、機動性を著しく低下させる紅の繭を。
「こ、小細工を……!」
「ちょっとあんたら! いい加減、こっちの力も借りなさいよね!」
「馬鹿を言え、小娘どもの力など借りん!」
鈴の一言を、ドレイクは一蹴した。残るレッドキャップ装備のドールは7機、そして自身を含めたG・アーマードールは3機。
既に戦力は開始時点の半数となっていたが、それでもまだ彼はISに頼る事を良しとしなかった。
「モーガン隊長。今はそれどころではないでしょう。――ねえ、駒旗村司令?」
一方、ドレイクに見切りをつけたゴウは旅館の駒旗村へと通信を繋いだ。
なお、その通信を受けた駒旗村の思考を説明すると、次のようになる。
銀の福音の戦闘力は不明、そしてドール部隊もレッドキャップ装備機は残存数は限られ、G・アーマー装備機も三機のみ。
ならば学園に勝利に貢献したという実績を渡すとしても、戦力を増強し、福音の静止または撃破を優先させるべき。
幸い、学園側も中国の小娘を除けば、全員が欧州連合所属国家の代表候補生、及び所属ISの保持者。
カコ・アガピを納得させられる理由にはなる。自身の功績は目減りするが、敗北するよりも良い。
また、仮に敗北しても責任はドレイク・モーガンに押し付けられるが、場合によってはIS学園側に押し付けられる可能性も出てくる。
――駒旗村の頭の中では、このような計算が瞬時に終わっていた。そして、彼の選択は。
『……モーガン隊長。IS学園の生徒達と強直して銀の福音を討て。これは命令だ!』
「な、何だと……! お、俺が奴らと協力だと!?」
『もう一度言う、命令だ! 軍人ならば、従いたまえ!』
「……了解!」
不承不承、の見本のような声だったがドレイクは従う。――そんな彼に、意外な視線を向けるIS学園の教師達。
「……あの人、意外とあっさりと従いましたね。何か、意外です」
「ああ、山田先生が意外に思うのも当然だろうが。どちらが得か、計算をしたのだろうな。……だが、官僚の計算だ」
「官僚の?」
「軍人の計算――彼我戦力の差を正確に見極めた物ではなく、自身の立場を第一に考えた計算だ。さて、福音相手に計算が通じると良いがな」
期待と侮蔑が混じったような笑みを浮かべる古賀水蓮。その眼は、福音とドール達をしっかりと見据えていた。
とうとう、学園側とドール側は協力して銀の福音に立ち向かう事となった。――だが。
「中国人(チャイニーズ)! 俺の射線に入るな!」
「はあ!? あたしの攻撃の邪魔をしてるのはそっちでしょ!?」
学園生徒同士は、互いの力量を知っている。そしてドールをまとう者達も連携訓練を積んできた。――しかし、互いのコンビネーションは最悪だった。
一応はドレイクが指揮官となったものの、彼はISの力を積極的に使おうとはしない。
結果、遊んでいる戦力が出来てしまい。福音に対し、劣勢のままだった。
「こんな筈ではない、こんな筈ではない! 俺達は、計算上はテンペスタのアリーシャ・ジョセスターフさえ倒せる戦力なのだぞ!」
第二回モンド・グロッソ優勝者のイタリアの国家代表でブリュンヒルデ(※ただし、当人はそう呼ばれるのを拒否)の名を出すドレイク。
だが、そんな彼に集まるのは失望と嫌悪のみだった。
(やれやれ。――所詮はISの出現をカモフラージュに『力量不足で』軍を辞めさせられた男か。ドールの適性は高かったのだが、な)
ゴウは、飽きた玩具を見る視線を向ける。そして、装甲の一部を操作して空間投影ディスプレイを密かに出し。
「……コード、4444を発動要請」
コード4444。それは銀の福音が二次形態移行した場合の最終コードだった。だがそれは、ゴウではなく。
遥か彼方の、ある人物の力を発動要請するものだった。
「ふーん、レッドキャップでは駄目だったか」
その光景をモニターで見ていたのは、ドレイク達を運んできた潜水艦――それに乗っていた、竜虎刺繍の鎧をまとう少年だった。
「なら、生贄を捧げるとしようかな」
(どうするのだ?)
少年に内在する意思が、少年に問いかける。一見、少年が独り言を言っているようにしか見えないが。
その意思は、確かに存在していた。
「G・アーマーのドールを、ISなどとは比べ物にならない、素晴らしい存在の力を宿す寄代とする。福音相手に三体……まあ、十分だね」
(なるほど……)
そして少年は、祝詞のような呪文を口にする。その一つ一つの単語が実体化し、周囲を覆う帯のようになり。――そして。
「いでよ、汝の名は……!」
その少年が名を告げた時。――遥か離れた場所に、異変が起こっていた。
「ぎゃあああああああっ!」
「あぎゃああああああっ!」
「ぐ……がっ!?」
G・アーマードールを纏っていた三人が、揃って悲鳴を上げた。だが、眼前の敵である福音から攻撃を受けたわけではない。
ドレイクはかろうじて呻き声に近いものだが、残る二人は文字通りの絶叫だった。
一瞬、配下のレッドキャップ装備ドール部隊や、IS学園の生徒達が何事かと視線を向けるが。……その異変は、突然始まった。
「な、何アレ!? 装甲が、変形してるの!?」
「まるで、虫の羽化か何かみたい……」
取り付けられたミサイルや各種武装が、切り離され……否、膨らむ装甲によって弾け飛んでいく。
そして、新たなる武装が『生えて』きた。シャルロットの比喩の通り、それは蛹から羽化する昆虫のようにも見えた。
「な、何だアレは……あ、あんな物は聞いていないぞ!?」
「わ、私も聞いていません!」
駒旗村が、人目さえ忘れて絶叫した。彼は、知る由も無かった。ドレイク達を運んできた潜水艦、その中にいた『彼が知らない』者達。
その中の一人が『自身の力』を発動させ、G・アーマーを媒介としてドールを変貌させてしまった事など。
そして、同じような驚愕に包まれる学園教師達の中で。その変貌を、違った感情で眺めている者がいる事など。
「な、何よアレ?」
「ど、ドールが、変身した……?」
「おいおい、聞いてないぞあんなの……!」
「モーガン隊長……!?」
異変は、始まりと同様に唐突に終了したが。代表候補生やドールを纏う者達さえ絶句するほど、G・アーマードールの姿が変貌していた。
『それら』は、頭に二本の角を持つ事くらいしか共通していない者達だった。二体はかろうじて人型だが、残る一体は違う。
まずドレイクの機体は、猛禽類の翼と手首から先が三日月のように曲がった刀と化した腕、蛇頭の尾を持つ黒い悪魔のような姿に変貌し。
残りの二体の片割れも、一方は蝙蝠の羽と細長いゴリラのような腕を持ち、左右の胸部と鳩尾に当たる部位に、光る三つの眼を持つ異形になり。
最後の一体にいたってはザリガニの鋏を持つカブトガニ、という形容しかできない異形と化したのだった。
「G・アーマー……Genesis(※ゲネシス、ラテン語で創造)の名のとおり、創造に成功したね」
(ほう。中々面白い姿になった物だな)
「うん。隊長機は複数の機体の融合型、他の二体は銀の福音に合わせて『悪魔』シリーズにしてみた」
(良い趣味だな)
少年と内在する意思は、共に笑う。それは、自身の能力を発揮できた事を愉しんでいる笑いだった。
「まあ、これで福音は何とかなるんじゃないのかな? 問題は、篠ノ之束だけど」
(人間であれば、あの二人で十分だろう。……どのような死体なのかは、解らんがな)
「そうだね。まあ、どうでもいいか」
そして少年はモニターを切る。それと同時に、合流予定地点へと潜水艦が動き出すのだった。
「力、だ……! 力が、溢れてくる!」
「ははははははは! 弾け飛んじまいそうだぜ!」
G・アーマードールを纏う二人の男が、驚きと歓喜の声を漏らしていた。自身の機体の変異。それが、精神まで影響を与えたかのように。
「……」
一方、ドレイク・モーガンは銀の福音を見つめていた。彼が、その機体と操縦者であるナターシャ・ファイルズを知ったのは、数ヶ月前。
軍の広報誌に、その名と機体が載っていたのである。翼を大きく広げた状態の写真をバックに、ナターシャが語る写真が載っていたのだが。
『この子は、大空を自由に舞う翼。アメリカの象徴である、自由の象徴なのです。
願わくば、いつかあの空の彼方へ――宇宙へも、自由に飛べるようになりたいですね』
という言葉が併記されていた。戦う事への決意も誇りもない、軍に属しながら、戦うことを放棄したような言葉。
それは、生半可な決意で兵器を取り扱う子供のようにも思えたのだ。……勿論、ナターシャ・ファイルズにそんな意図はなかった。
彼女はただ、意を汲んだだけなのだ。――空を飛ぶ事を喜んでいる、銀の福音の中にある『意識』の意を。
「……」
それは、じっと異変を見守っていた。もしかしたら『自分と同じ』なのかと。――しかし間も無く、それは勘違いだと気付く。
ただ、思うが侭に動いている自分とは違い。何か、嫌な物が飛んできて眼前の『腹違いの妹』を変えたのだと解った。
故に、それはもう容赦を捨てた。自分が自分であり続けるには、この場の敵を全て倒すしかない、と悟り。
「おらあああああ!」
「は、速い!」
カブトガニのようになったドール――搭乗者は、まるでゴーカートに乗っている人間のような体勢になっている――が突撃した。
スラスターが後方へと集中配備されなおしたその姿は、アイゼン・ランチェ級の爆発的加速力を誇る。牽制用のビーム砲が放たれる中。
「La……!」
銀の鐘が、それを相殺する。だが。
「捕まえたぁぁぁ!」
ザリガニのような鋏が、福音を捕えようと迫り。その攻撃をあっさりと避けられた。――だが。
「くくく、俺を忘れているな?」
細長い腕を空に掲げ、胴体の三つの眼を光らせる黒い悪魔のようなドール。
その腕の先と三つの眼が、逆さになったA……数学記号の∀(全ての、任意の)のように光るラインで繋がり。
「くたばれ、阿婆擦れがあああああ!!」
その記号の形をした光線が放たれた。込めたエネルギー総量は、先ほどのメガバスタービーム級の攻撃。
それは、福音に命中――する直前で、纏う白銀の焔にかき消された。正確には、体中に纏っていた焔が集まり、白銀の壁となって防いでいる。
「な……あの焔は、対エネルギー防御機構だというのか!?」
「うわあ、やな奴を思い出したわ……」
ラウラが驚きの声をあげ、鈴が嫌な事を思い出す。彼女が思い出したのは、クラス対抗戦時のプロークルサートルだが。
「ならば……」
「直接攻撃だ!」
ドレイクとカブトガニが、曲刀の腕と鋏を振りかざして襲い掛かる。瞬時加速レベルの加速力で、福音に迫るが――。
「La……!」
軽々と、避けられた。それは言うなれば、悪魔の突撃を軽やかに避ける天使。――そして、銀の鐘の豪雨が天罰とばかりに降り注ぐ。
二体は失速し、海面に叩きつけられる。それはまさしく、邪悪な悪魔を打ち落とす天使のようであった。
「ば、馬鹿な……!」
唯一残っていた黒い悪魔は、自分と同じG・アーマー装備ドールの末路に呆然とした。――それは、戦場では致命的な隙。
「La……!」
「ば、馬鹿なあああああ!」
そのドールの腕も光る眼も蝙蝠の翼も、全てが銀の鐘の爆発に消えていく。
先ほど、ドレイクたちの攻撃で福音が海に沈んでいったのをまるでコピーするかのように。
「……えーっと、何なのアレ? 何か仰々しく出てきたと思ったら、あっさりやられたんだけど」
「と、兎も角これでドール部隊は実質的に全滅……あとは、僕達だけでやるしかないよ!」
IS学園の生徒達は、なおも圧倒的な力を見せ付けた福音への畏怖を見せつつも、戦闘体勢に入る。――例外は。
(あの無能どもめ……Gの力を受けながら、この有様か!)
撃墜された三名を心中で罵るゴウだった。だが同時に、福音の見せた『知識』にない装備にも思考は回る。
(福音に、あんな武装が存在するなど……くそ……! これも、篠ノ之束の仕業か!
俺達に福音を撃墜して欲しくない為に、何か更なる干渉をしたな!!)
「皆! 今の攻撃で、白銀の焔が消えかかっている! どうやらあの防壁のエネルギー分も攻撃に転化したようだぞ!」
「……なら、今がチャンスって事!?」
「そうだ!」
ここにはいない『天災』への罵詈雑言。福音の変化で己の真意を隠しつつ、彼は剣を抜き戦闘体勢に入るのだった。
――だが、ゴウの推測はまったくの的外れだった。
それを、はるか彼方より確認していた篠ノ之束の顔に浮かんでいたのは――驚きだった。
「うーん。まさかセカンド・シフトまでしちゃうとは思わなかったねえ。あの変なのが刺激したから、強くなりすぎたかな?
それにしても、目の玉だらけの身体に羽根も生えまくり、かあ。ちょっとグロい二次形態移行だねえ」
そして、視線がドール達に移るが……とたんに、その目の色が冷たくなる。それは徹底した無関心と。
「馬鹿ばっかり、だね。……ISを戦争の道具としか見ていない低脳じゃ、束さんを越える事なんて出来ないよ」
完全に乾ききった笑いだった。10年経っても『自分が何故ISを作ったのか』さえ理解『しようとしない』者達。
白騎士の残光に目を焼かれたままの者達。……それは、束にとって愚かとしか言えなかった。
ふと空を見ると、そこには月が輝いていた。それを見ていた束は、音も無く地面に降り立つ。
「そろそろアレも使おうかな。10年前に取っておいたけど、そろそろ保管するのも面倒だしなあ。――ん?」
ふとその視界に、空を切り裂く軌跡が見えた。それは束にとって見間違うはずも無いもの。
「――出ていった、かあ。……さあ、どうするのかな君は。今夜はおねんねかな?」
束は笑う。……その傍らに、倒れた男達やドールの残骸を従えて。ただ、笑っているのだった。
「……あれ?」
俺は、気がつけば変な場所にいた。照りつける太陽と、それが映る鏡のように澄んだ水面と、青い空、白い砂浜。
それと、幾つかの木しかないような場所。そんな場所だった。
そしてそこは、自分の足が白砂を踏みしめる音、そしてゆっくりと聞こえてくる波の音以外は何もしない、静かな場所だった。
気温は高めで、砂も熱い。だけど風は涼しく、海の香りも心地よかった。
「静か、だな」
……最近は、こんな静かな場所に来た事なんて無かったような気がする。いつも、皆が傍にいたし。寂しさを感じる暇なんて、無かったような――。
「ん?」
その時。砂を踏む音と波の音以外の音が聞こえてきた。それは、歌声。
「~~~~♪」
とても綺麗で、それでいてとても元気な歌声。俺は、その方向へと向かう。いつの間にかズボンの裾が折り返され、靴は脱いだ状態だったが。
そんな事も一瞬で消え、声の方向へとただ向かう。
「~~~~♪」
声の主は、波打ち際にいた。少女、といっていい年頃で、ワンピースも髪の毛の色も、眩いほどの白。
「よっ……と」
俺は、声を掛けようとは思わず、近くにあった白い流木に腰掛けて歌声を聞き続ける。……そのまま、ずっと。聞き続けた。
ドール部隊の実質的な全滅と共に、学生達が戦っていたのだが。――福音を相手にしては、善戦すらできないでいた。
「……くっ! 何なのだ、この加速力は! 先ほどまでとは別物だ!」
「こ、この火力の濃さ……崩山パッケージでも相殺できないっ!」
「す、ストライク・ガンナーでも追いつけませんわ!」
アイゼン・ランチェの加速性。崩山の濃密な弾幕。ストライク・ガンナーの機動力。それぞれの長所を、福音は軽々と越してきていた。
唯一越していないのは、シャルロットのガーデン・カーテンの対物理防御力くらいであったが。
「く……!」
「あたらないなんて……!」
攻撃があたらなければ、防御力は関係ない。オムニポテンス、リヴァイヴカスタムⅡの同時攻撃でも、被弾はゼロだった。
「不味いね、これは……。僕達の機体でも、」
「今更だけど、さっきのドールがいるうちに無理矢理にでも決着をつけた方が良かったわね」
「本当に今更ですわよ、鈴さん。……どの道、連携の取れていない私達では同じでしたわ」
「まあ、そーね」
この時のセシリアと鈴の脳裏に浮かんだのは、自身がノーマルのラファール・リヴァイヴを駆る山田真耶に負けた時の事だった。
あの失敗を経て、トーナメントではそれぞれのパートナーと連携を深められたのだが。
「……まあ、今のあたし達も取れているとは言い辛いわよね」
それ故に。現状での連携は、同じ学生同士とはいえ決して芳しくない事も解ってしまうのだった。
――そして、学園勢が手詰まりになる中。状況を変える一手は、意外なところから現れた。
「死ねえええええええええええええええええええええ! 銀の福音(シルヴァリオ・ゴスペル)ゥゥゥゥゥ!」
ボロボロのG・アーマードールを纏うドレイクが、海中より急浮上して福音に突撃する。だが、それは自暴自棄の一撃。
速度も福音に及ぶ筈は無く、命中するはずの無い攻撃だった。
「……」
だが。何故か福音が、大きく翼を広げ、腕を中空で何かを挟みこむような体勢になった。
その翼より、エネルギーが福音の中心――胸の前で挟みこんだ腕の間に集中する。――そして、光の奔流が迸った。
それは竜巻のごとく回転し、渦を巻きながらドレイクに迫り、後ろにいたドール……
紅の繭を展開していた生き残りのドールもろとも、飲み込んだのだった。
「がばぶべっ!?」
「く、紅の繭が……ぎゃああああああああ!」
そしてその両方のシールドエネルギーを、一気にゼロへと落とし。――強制解除させてしまった。
メガバスターランチャーや先ほどの光線でさえ比べ物にならないほど、強力な破壊光線。それは銀の鐘を集束させ、一気に放った一撃だった。
「ど、ドレイク隊長!」
慌てて僚機のドールがドレイクともう一人を海面激突から救う。……だが、既に銀の福音は次の体勢に入っていた。
「不味い! またあの破壊光線がくるわよ!」
「させるな! あの一撃は危険すぎる!」
ラウラの命令とも取れる一言だったが、それは代表候補生達も同感だった。
この中で最強の防御力を持つであろうガーデン・カーテンさえ、紅の繭をも破るあの一撃を喰らえば無事では済まない。
ならば、と攻撃前にそれを防がんと突撃していくのだが。
「La……」
破壊光線を撃たんとしていた福音は、突然自身を一回転させた。その数多の翼より、羽毛の如き銀の鐘が生成され――。周囲に放たれる。
「う……!」
「ちっ……!」
その全方位攻撃から免れた者はいなかった。全員が差はあれど被弾し、エネルギーを失っている。だが、ダメージよりも衝撃的だったのは。
「ふぇ、フェイント……ですって!?」
「暴走状態でありながら、このような詐術まで使うだと……? こいつ、本当に暴走しているのか?」
暴走しているとは思えない、福音の攻撃だった。そしてISが福音を取り囲むも、手が出せない。
あらゆる能力でこちらを上回っている以上、敵を上回るには連携か、あるいは策に嵌めるしかない。
学年別トーナメントではそれを相手に考えられる側だった専用機持ち達だが、今度は自身がそれを考える側に立たされたのだった。
(……あちらが機動性でも最高速度でも勝る以上、攻撃を当てるのさえ困難だね)
(ならば、速度は関係なしに止めてしまえばいい。その為の手段として、最適なのは)
(シュバルツェア・レーゲンのAIC、ですわね)
シャルロット、鈴、セシリアの視線がラウラに向く。その視線の意味を理解しつつ。ラウラは、ある選択をした。
「……突貫する!」
それだけしかない言葉。だが、専用機持ちとしては彼女が何を言いたいのかは十分だった。
「ボーデヴィッヒさん!」
「援護しますわ!」
今は、これまでの経緯を忘れてシュバルツェア・レーゲンを援護するリヴァイヴとブルー・ティアー。ズ。
銃弾が、レーザーが、砲弾が銀の福音に迫るが――。
「La……!」
福音の回避力の前には、その攻撃さえも意味は無かった。だが、この攻撃は当てる事が目的ではない。
「……止まれ!」
福音を唯一『止める』事が出来るシュバルツェア・レーゲンのAIC。それが福音に届くまでの時間稼ぎだった。
普段、ただ意識を集中させるだけで発動可能なAIC。それが、ラウラの宣告と共に届いた。
「La……!」
自身の動きを封じられた福音が、エネルギーの翼を動かした。AICで動きを封じられる物は、物質のみ。
その翼から構成された光弾、銀の鐘がシュバルツェア・レーゲンへと放たれ――。
「一手、遅かったな!」
その瞬間、オムニポテンスがその鮮血の刃を振るった。既に銀の鐘の発射体勢に入っていた福音に、その一撃を避ける事は出来ない。
「今だ!」
シュバルツェア・レーゲンが瞬時加速を使って退避し、それと同時に残る三機からの攻撃が走る。
スターダスト・シューター、熱殻拡散衝撃砲、そして弾丸の雨。福音が二次形態移行してからの、初めてのクリーンヒットといってよかった。
「よし……!」
「いや、まだだ! ――エクシミオス・ウマーナ、最大出力!」
その宣告と共に、オムニポテンスの速度が上昇した。この機体の纏っているパッケージ、エクシミオス・ウマーナ。
追加装甲と追加スラスター、更には武装も一部変更されているこのパッケージは、凄まじい戦闘力を与えている。
唯一の弱点を考えなければ、この場にいる生徒のISの中では最強と言っても過言ではない。
(姿が多少変わろうと、攻撃パターンは同じか。全方位への散弾攻撃、密着しての翼での抱擁による集中砲火。そして破壊光線だ。
お前は強敵だがな、福音。――手の内を読まれては、何も出来まい?)
そして、福音に更なる追撃を加えるゴウ。出力を最大にしたオムニポテンスの速度は、福音に匹敵していた。
「おおおおおおおおおお!」
手にした鮮血色の両刃が、更に赤みを増す。出力強化されたエネルギーを纏う、エネルギーブレードとでも言うべき形状になったのだ。
そして彼は、一人で福音と戦い始める。速度が違いすぎて、連携が取れない。故に、他のISは牽制レベルの攻撃しか出来ないでいた。
(ははははは! 勝てる! 勝てるぞ!!)
彼にとっては、学年別トーナメント準々決勝においてラウラとシュバルツェア・レーゲンと封殺したのと同じだった。
多少姿は変わったとしても、基本的な性質は変わっていないと判断した。唯一変わっている白銀の焔は、今や消えかかっている。
故に、福音を倒せないわけではない。そう彼は判断した。……それは、確かに間違いとは言い切れない判断だった。
だがそれと同時に、その知識に穴があることは自覚していなかった。
「La……!」
そして、福音が僅かに揺らぎだす。白銀の焔が少しづつ再出現し始めているが、エネルギー翼は半減し。装甲にも、傷が刻み込まれていた。
「凄い……!」
「……まあ、やるじゃないの」
「……」
「ふん」
純粋に喜んでいるのはシャルロットのみ。鈴は不承不承に喜んでやるか、と言ったような口調でありセシリアは無言。
そしてラウラは『倒したわけでもないのに何故騒ぐのか』とでも言いそうな様子だった。
「……」
エネルギー翼の大半を失い、機動力も火力も低下した福音。今の状況なら、確実に倒せる。そう、学生達は信じていた。――だが。
「La……!」
「なっ……!?」
その身に再び現れた白銀の焔が、機体の傷に潜りこんでいった。巻き戻し映像を見ているかのように、破損箇所が修復されていった。
切り落とされた翼が再生し、再び光を放つ。
「な、何だと……機体再生能力、だと!?」
「あ、あの焔は防御機構じゃなかったっていうの!?」
(ば、馬鹿な……! 何故こんな能力が、福音に芽生えているんだ!? 何処でこんなフラグが立ったと言うのだ!?)
ラウラや鈴はおろか、ゴウでさえも驚愕に包まれた。――しかし、ある意味でこれは『予想できる予想外』とでも言うべきものだった。
銀の福音の一次形態に関しては、米軍から提供された物、そして一夏や箒が戦って取得した物という確かなデータがあった。
『知識』においてもハワイ―日本間を二時間で飛行可能→巡航速度はマッハ2レベル、などの推測が出来た。
だが、二次形態移行後の姿に関してはしょせんは書物や映像で得た知識、実際に体験したわけではない。
そして『知識』においては、銀の福音の第二形態データは『数値的なものは何も公開されていない』のだった。
そしてゴウ達は、想定していなかった。自らの知識よりも、眼前にいる銀の福音が強くなるという可能性を――。
「くそっ、ならばもう一度――っ!」
その瞬間、エクシミオス・ウマーナの唯一の弱点が発動した。スラスター光が消え、エネルギーブレードもただの鮮血刃に戻る。
このパッケージの弱点は、燃費の悪さ。最大出力にしてしまえば、三分ほどしかその能力を発動できない。
この弱点があったため、ゴウは最大出力と言う切り札を今まで切れなかったのだ。
「くそ、限界か……何っ!?」
エクシミオス・ウマーナの限界が来たオムニポテンスの代わりに、シュバルツェア・レーゲンが突撃を開始した。
だが、アイゼン・ランチェすらしのぐ加速力を持つ福音。最大出力のエクシミオス・ウマーナにも劣る以上、彼女に勝ち目は無い。その真意は。
(この敵だけは、この敵だけは撃墜せねばならない! ――教官の、汚点となってしまったこいつだけは!!)
自身の犠牲すら厭わぬ、いわゆるバンザイアタックだった。
「La……」
完全に予想外の展開にも、福音は冷静に対応していた。冷静に対応し――シュバルツェア・レーゲンに対し、突撃する。
「……!」
回避よりは、突撃を選んだ。あちらから近づいてくるのならば、まだ逆転の目はある。
そう信じたラウラが、レーザーブレードで切り裂かんと拳を繰り出し――。
「なん……だと!?」
福音が、レーザーブレードを受け止めていた。その手に、銀の鐘のエネルギーを集め。エネルギーグローブ、とでも言うべき物を生成していた。
――皮肉にも、白式・紅椿をはじめとする数々のISやドールとの戦いが、銀の福音を進化させてしまったのだった。
そして、何故福音が突撃を選んだのか。――その翼がシュバルツェア・レーゲンを覆いつくさんと広がった事が、その答えだった。
「やばい! 逃げなさいよ、ボーデヴィッヒ!」
「それを喰らえば、シュバルツェア・レーゲンでもただではすみませんわよ!」
(駄目だ……間に合わんか)
鈴とセシリアの声が届くが、皮肉にも、彼女の黄金の瞳が自身に敗北を理解させた。
福音が銀の鐘を一斉射するまでの時間と、自身が攻撃や回避に必要とする時間。
ほんの僅かだが、前者の方が少ない事が。――嫌でも理解できてしまった。
(教官……申し訳、ありません)
IS学園に来てから、更識楯無に――そしてゴウに敗北したラウラ。その二度とも、彼女にとっては許せない敗北だった。
そして今、自分は福音に負けようとしている。だが、何処か心は穏やかだった。何故か、は彼女自身にさえわからなかった。
自身の視界を光り輝く銀の鐘の弾丸が包み込み、襲いかかろうとするのを見て――。
「!?」
その時。上空より、急降下して福音に襲いかかる者がいた。
全ての銀の鐘――スラスターと火砲とを兼ね備える物――を攻撃に回していたため、回避能力が著しく低下していた福音。
その隙を突いた一撃だった。だがそれは、オムニポテンスでもなく、ブルー・ティアーズでもなく、甲龍でもなく。
ラファール・リヴァイヴカスタムⅡでもなく、シュバルツェア・レーゲンでもなく、ドール部隊でもなかった。
「だ、誰ですの!?」
「今度こそ、一夏!?」
一同の視線が、謎の機体に集まる。……今度こそ、と期待をしているツーテールの少女もいたりしたが。
(な……! 馬鹿な……何故、貴様がここにいる!)
ゴウの心中の叫びの対象。それは、レッドキャップとは異なる赤の装甲を纏い。いつものリボンこそないが、艶やかな黒髪を流し。
操縦者の全身に溢れる闘志を体現したかのように展開装甲を煌かせる、紅椿。――それを纏う、篠ノ之箒だった。