――北米大陸北西部、第十六国防戦略拠点・通称『地図に無い基地(イレイズド)』といわれる場所。
ここでも、銀の福音に関する情報を集めている者たちがいた。
「なるほど。臨海学校に参加中のわが国の代表候補生の一人、マリア・ライアンやクオン・イチバより連絡があったのですね。
――タバネ・シノノノが今日もまた出現した、とは」
「では……」
「ええ。やはりこの一件も、そうでしょう。そして、上層部が銀の福音の一件をIS学園に任せたのも道理です。
彼女が絡んでいるとなれば、死者は出る可能性は極めて低い。ならば、あちらに任せたほうが我が軍の損害は低い……そう判断したのでしょう」
部下からの報告を受けた上司は、冷淡に分析した。空調機能は完璧の筈だが、冷ややか過ぎて場の空気さえも冷やしている。
「しかし篠ノ之博士は、何故こんな真似をしたのでしょうか?
サンダーレイン事件等のように、我が軍が博士に何かをしたわけではない筈……」
「いいえ。これも、ライアンやイチバからの報告を元にした推測ですが……彼女には、妹がいましたね?」
「ええ、彼女達と同学年で、IS学園に入学したと聞きましたが」
「その少女に、博士が直々に専用機を渡しに来たとの報告がありました。福音は、その能力のデモンストレーション相手だということでしょう」
「な!? た、たかがその為に我が国のISを一機乗っ取ったというのですか!?」
「白騎士事件と同じ――いやむしろ、ISは自分の作ったものです。コントロールする手段を有していても、不思議ではありませんね」
激昂する部下とは真逆に、あくまで冷淡な口調を壊さない上司。その手元に、新しい情報が届いた。
「ほう。カコ・アガピが動いたようですね。――コードネーム『狂犬』を使うようですよ」
「ま、待ってください! あの連中を、福音相手に使わせるのですか!?」
狂犬。それは、カコ・アガピの私兵でも上位のチームを指す単語だった。その名の通り、腕はあるのだが必要以上の破壊行為等を行う為。
殲滅や隠滅などならばともかく、奪還任務などには向かない筈なのだが。
「……ちょうどいい機会です。狂犬の力を見極めるには、銀の福音はある意味うってつけですからね」
「し、しかし……」
「カコ・アガピの私兵が消耗しようが、我が軍の損失はゼロ。IS学園と連中が共に消耗し。福音のコアだけが戻ってくるのがベストです」
「……」
部下は、上司を恐ろしい物を見る視線で見ていた。仮にも自軍の戦力である福音とその操縦者を、コア以外戻ってこなくても良いと言う人物。
いくら銀の福音及びナターシャ・ファイルズが上司とライバル関係にあるマサイアス・トランスの派閥だとはいえ、常軌を逸した言葉だった。
「それにしても、クオン・イチバは想像以上の無能ですね。もっと詳細な情報をこちらにだけ送ってこそ、役立つというものなのに」
米軍の中でも狐――狡猾な者の代名詞――と呼ばれる所以である、その笑顔ではない笑みを浮かべながら。上司は、策謀をめぐらすのだった。
一方。中華人民共和国某所にある、IS研究機関『燭陰』。表向きはモンド・グロッソ関連を管轄する部署だが、ISの軍事利用にも携わっている場所。
ここでも、カコ・アガピの動向は捉えられていた。勿論、中国政府はこれらを知っている。それらは、中国の港から出航したのだから。
「白式と最新鋭ISは迎撃に失敗、か。……そして、奴らの出番というわけだが。――妙だな」
「ええ。まるで、米軍最新鋭ISの暴走を予想していたかのような立ち振る舞いです」
「長官、如何なさいますか?」
「我々としては、これ以上は手を出せん。日本の領海内であるし、下手に動くと在日米軍を刺激しかねないのだからな」
「しかし……」
「勿論、凰代表候補生や他の伝手を通じて出来る限りの情報は集めろ。……この一件、最大限に活かせば我が軍にとっては『福音』になるぞ」
皮肉を込めて、福音という単語を使うと、場の面々は同意の笑みを漏らす。その中で、一人の士官が口を開いた。
「そういえば、我が軍の港から出航した連中のデータが届きましたが。……元美国(※アメリカ)軍空軍士官もいるかと思えば、傭兵もいる。
そして、国籍すら不明の輩もいる。……何者なのでしょうな、あれは」
「力はすさまじいようだが、頭は子供だ。大した輩ではあるまい。――さあ、ぐずぐずするな、情報収集を急げよ!」
ほんの少しだけ捉えることの出来た、カコ・アガピのメンバーのリーダー……竜虎が刺繍された鎧の少年の写真を見ながら、命令を下す。
……そして、同時刻。米国や中国で話題に上っていたその集団は、IS学園が臨海学校を行っていた場所まで到達したのだった。
「……」
私は、ほとんど記憶のないまま旅館に戻ってきていた。戻ってきた時に千冬さんや皆が何かを言っていたような気がするが、まるで覚えていない。
そして今、私の目の前の部屋で一夏が眠っている。――白式に、生命維持を任せなければならないほどの重傷を負って。
「私のせいだ……私が、あんなところで隙を見せなければ、一夏は」
きっと、銀の福音を撃墜していただろう。いや、そもそもセシリアが出ていれば。
代表候補生として修練を積み、高速機動にも慣れているであろう彼女ならば、私のような醜態は晒さなかったのかもしれない。
そうすれば、一夏が傷つく事も無かった筈だ。全ての原因は、私だ。紅椿を、専用機をねだらなければ。こんな事態には、ならなかったのだから。
「篠ノ之さん。自分を責めても、何にもなりません。あの攻撃のせいなんですから」
隣にいる山田先生が必死で話しかけてきてくれているが、私には言葉を返す気力も無かった。
あの攻撃が何だったのか、という事さえ気にならない。私のせいで、一夏が……。
「……篠ノ之束の妹か」
「貴方は……? え、ど、どういう事なんですか? な、何で男性が……?」
ふと、私達の前を大きな影が覆った。どうやら、男性のようだ。……何か違和感があるが、頭が上手く働かない。
「お前のせいで、世界初の男性IS操縦者が大怪我を負ったと聞いたが。どんな気持ちだ? ――役立たず」
「あ……貴女、一体何を……」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「し、篠ノ之さん!? や、止めて……お、落ち着いてください!」
私の感情が、爆発した。山田先生が止めるのも無視し、私は自分でリボンを引き裂いた。
『前にしてたリボン、似合ってたぞ。またしろよ』
――かつて、そんな事を言われた。だけどもう、私にはあの髪型になる資格がない……。
「モーガン隊長、遊ぶな。――行くぞ」
「おう」
私の耳に、そんな声が届いたが。私には既に理解する事さえ出来ず、引き裂いたリボンと解けた髪が床に落ちるのも構わず。
……ただ、赤子のように泣きじゃくる事しか出来なかった。
「我々は、カコ・アガピよりやってきた特殊作戦部の者だ。――これより、銀の福音対策は我々が指揮権を委ねられる事になる」
織斑千冬や新野智子ら、IS学園の教師が集う作戦室にやってきた男達。それは、カコ・アガピの私兵だった。
その手には日本政府やIS委員会からの通達書が握られ、この行動や発言が正式な物であるという証明になっている。
「……なるほど、確かに正式なもののようだ。……では、どうするのです?」
「織斑千冬。現時刻より貴女の指揮権を剥奪する、それと、失敗した作戦の詳細を纏めてもらおう。――他の者達は、我々の補助だ」
「――やれやれ、見た顔がいるかと思えば。こんな所で会うとは、思わなかったな」
逆さになった黒い十字架を刺繍したネクタイの男性が、その発言の主、一年三組副担任の古賀水蓮に目を向ける。その表情が、僅かに歪んだ。
「ふん、そういえばお前もここに戻っていたのだな。――古賀水蓮」
「ええ、お久しぶりです。元IS委員会直下、特殊支援部隊隊長……駒旗村偉緒(くはたむら いお)殿?」
「我々はIS委員会や各国政府より正式な命令を受けてこの場にやって来た者だ。昔の事は、後回しにしてもらおう」
「……それで、我々に何の補助をしろと? まさか、IS学園のISを提供しろという事ですか?」
新野智子の質問に、黒逆十字架ネクタイの男は微かに笑った。それは、弱者を見下す笑いであり。――傲慢を濃縮したような笑いだった。
「そうだ。IS学園より、対銀の福音部隊リーダーとして、オベド・沖屋敷・カム・ドイッチを。
そして、随伴要員として凰鈴音、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒを徴用する」
「その人選理由は何ですか?」
「この五名は、いずれも代表候補生、もしくは専用機持ちである事。それ以外の人員は機体性能、あるいは当人の力量不足故に徴用しない。以上だ」
「そう、ですか」
新野智子は、一見は納得しているようにも見えた。だが、疑念は残る。あまりに早い対応と、その横車の強引さに顔を顰める。
まるで『一夏と箒が失敗する事があらかじめ解っていたかのような』対応だったからだ。
そして、何処かの国の軍ならまだしも欧州の一企業が持つには大きすぎる戦力。
一度IS学園に託しておきながら、この短時間でそれを覆す委員会や各国の対応。……他にも、疑念は絶えなかった。
「それと、織斑一夏の隣室の生徒――宇月香奈枝を、織斑一夏の介護担当とする」
「……彼女を、織斑君の看護に?」
だが、それ以上の衝撃が場を包んだ。彼女の名は、既に教師陣でも知らないものはいない。
特に今回の臨海学校では白式の専門整備を頼まれているのだから。
「彼女は白式を倉持技研から任され、その機密事項に触れている部分があると聞く。ならば、ちょうどいいだろう」
「ならば、布仏辺りでもいいのでは?」
「却下だ。もう指揮権は君には無いのだよ、織斑『先生』はお分かりではないのかな? ――さて、我々はいったん場を外そう。
子供の遊びとは違い、色々と準備があるのでな」
千冬の提言を嫌味ったらしく却下し、部下と共に立ち去る駒旗村。その対応は、彼と初対面の女性達も顔を顰める物だった。
「古賀先生。あの人は、一体?」
「彼か。能力はまあそれなりだが、人格面に大きな問題点がある」
「問題?」
「ああ。パワーハラスメント……所謂パワハラをやる、という意味でだ。
――彼は徹底的に『自分で人を選ぶ』性格であり、もしも好かれれば理想的な上司になるだろう。
だが、好かれなければ最悪の上司になるタイプだ。官僚組織の人間としては、それなりに有能。軍人としては二級か三級だろう」
「その『人を選ぶ』というのは、基準点はなんですか?」
「自分のいう事に従わない部下ならば嫌い、いう事を聞けば好む。……まあ、解りやすい独断執行タイプだ。
そのくせ、失敗すればその失敗を他人に押し付けるタイプでもある」
「だ、駄目駄目じゃないですか!」
「ああ。世渡りの上手さで能力以上に高い地位にあった男だ。もっとも、女尊男卑の影響でだんだん立場を失い……。
以前、ある失敗が元で委員会直属の身分から放逐された筈だが。まさか、カコ・アガピが拾っていたとはな」
だが、と水蓮は心中のみで続ける。彼を差し向けたカコ・アガピの思惑が、どうも理解できなかったのだ。
――そう。オペレーション・ゴスペルブレイクの裏の目標が、篠ノ之束にある事など、思考の埒外だったのだから。
その為の解りやすい陽動の駒。それが、駒旗村だったのだから。
クラスメート達と一緒の部屋で待機していると、先生に呼ばれて織斑君達の部屋に連れてこられ。
彼の状況を見張り、異常があれば報告するように言われた。……今の私の現状を説明すると、こんな感じだった。
「……あんたも大変ね、宇月。一般生徒なのに、一夏の看護頼まれてさ」
「何があったか、とか聞かないんだね」
「私はそこまで口を挟む気は無いわ。出せないし、ね」
「箒さん……」
ここ、織斑君と織斑先生の部屋には専用機持ち五人が集まっていた。ただ、そのうちの一人は布団の中で眠っている。
そして、オルコットさん、凰さん、デュノアさんが見つめる先では……。
「……」
いつものポニーテールではなく、髪を下ろした篠ノ之さんがいた。彼女が髪を下ろしたところは、風呂場とかで、見た事が無いわけじゃない。
でも、彼女は今までに無いほど落ち込んでいた。膝に手を置き、顔を伏せて正座している。その理由は何となくは解るけど、ね。
「私の、せいだ……」
それはもう何度目か忘れてしまった、繰り返された言葉だった。多分、織斑君達がさっき戦いにでて。
……そして篠ノ之さんがミスをしたか、あるいは庇われて、結果的に織斑君が重傷を負ったといった所なんだろう。
ただの怪我なら、あるいは織斑君自身に原因があるのなら「私のせいだ」とは言わないだろうし。
……ただ、何で私を呼びに来たのが織斑先生でも山田先生でもなく、一年三組副担任の古賀先生だったんだろう? ちょっと、よく解らない。
「……」
その織斑君は、相変わらず布団の中で眠っていた。彼は重傷を負ったということなのだけど、重傷者によく取り付けられるような医療器具はない。
なぜなら今の彼は、ISの致命領域対応処置を受けているから。
「……IS自身がエネルギーを全部使って、操縦者を守る機能、だっけ」
織斑君は『ISが全エネルギーを防御に集中しないといけない位のダメージ』を受けたわけだが。
逆にISの補助を深く受けすぎているので、迂闊に手を出せない状態らしい。今は、白式がエネルギー回復するのを待たなければならず。
そういう理由で、包帯を各所に巻く程度の治療しか受けさせられない……って古賀先生が説明してくれたわよね。
「――古賀だ、入るぞ」
その声と共に入ってきたのは、その古賀先生だった。私をちらりと一瞥すると、代表候補生達に向き合い。
「時間だ。……行くぞ」
「……はい、解りましたわ」
「りょーかい」
「はい」
三人が、それぞれ立ち上がる。……あれ、何でわざわざ呼びに来たんだろう? 彼女達は、専用機持ちだから通信一つで片付く筈なのに。
通信を隠す必要があったから? それとも……ここに来る理由でも、あったから、とか? 例えば――何処かにいたくなかったから、とか。
『箒。あたしとセシリアとシャルロットは、今から出てくるわ。――だから、あんた達は傍にいなさい』
『……』
『宇月さん。私達が帰ってくるまで二人をお願いしますわね』
『うん。皆、気をつけてね』
『大丈夫だよ、僕達は。ゴウも、ボーデヴィッヒさんもいるしね』
ついさっき、オルコットさんと凰さん、デュノアさんがそんな事を言い残して出ていった。……たぶん、出撃なんだろう。
『それ』がどんなものであり、どの位の困難なのかは解らない。だけど『それ』が簡単なことじゃないんだろうな、とは解った。
「あれ?」
襖を叩く音がする。……ノック、だろうか?
「誰ですか?」
「ゴウだ」
「えっと……ドイッチ君?」
一瞬名前が出てこなかったけど。四組の男子操縦者、オベ……ドイッチ君だった。
自身が『ゴウと呼んでください』と言っていたのは私も知っているけど。長すぎる名前なので、ちょっとフルネームが出てこない。
かといって、ほとんど話した事の無い人を本名で呼べるほど私は社交的ではなかった。
「こんにちわ、宇月香奈枝さん。こうして会話するのは初めてかな?」
「ええ。どうしたの? 何か、伝言?」
「いや、そうじゃない。少しだけ、篠ノ之さんと話をさせてもらって良いかな?」
「篠ノ之さんと……?」
どうして今、そして彼女になんだろうか。そもそも……。
「ドイッチ君、貴方も『用事』だって聞いたんだけど……?」
デュノアさんが、そう言っていたし。
「ああ、そうだ。だがその前に、彼女に言っておかなくてはいけないことがあってね。――なに、一分もかからないよ」
「……じゃあ、少しだけよ?」
「ああ、感謝する」
一体、何の話なんだろう。……でもまさか、彼女や織斑君に危害を加えたりはしないだろう。
そう判断した私は、ドイッチ君を部屋に入れて入れ替わりに部屋を出た。……何故か、背筋が冷えたような気がした。
「……いい様だな、掃除道具」
「……」
香奈枝が襖を閉めて外に出るなり、ゴウの放った言葉がそれだった。落ち込み続ける箒に向けた、一方的な言葉。
悪意を、隠そうともせず。その表情は、悪鬼すら美しく感じられるほどに歪んでいる。
「……」
だが、箒には反論する気力さえも無かった。そんな箒を嘲笑っていたゴウは、拍子抜けしたかのような表情になる
「まあ、ここでそこの口先だけの男と一緒に指を加えてみていろ。お前達が敗れた敵を、俺達が撃墜するのを――な」
「……」
「やれやれ、反論さえ出来ないのか。お前ごときが専用機を持つなんて、どれだけ不相応だかよく解っただろう。……ふん」
言いたいことを言うと、ゴウは去っていく。入れ違いに香奈枝が戻ったが、彼女は気付かなかった。
――箒の膝に置かれた手が、さっきよりも硬く握り締められている事に。
「さあて、一仕事といきますか」
いよいよ、銀の福音戦だ。まあ、ISのSSのうち、九割以上がたどってきた道だが――その結末は、大きく二つに二分される。
銀の福音がオリキャラのみに撃破されるパターンと、オリキャラ+版権キャラに撃破されるパターンだ。たいていは、この二つに分類される。
とにかく必須なのは、篠ノ之束の狙いが砕け散る事だ。モップやクソサマーの出番が無いと、更に良い。
原作どおりにクソサマーに倒されるSSなんて、オリジナル要素があってもクズだ。
ナターシャ・ファイルズやモブキャラが死んだりすれば、原作の生ぬるい雰囲気が粉々に砕けていいな。
いっそ、この旅館諸共なんて展開も面白いかもしれない。最悪でも、紅椿を活躍『させない』展開にしないのなら、銀の福音戦を書く資格なんて無いな。
たとえば(某所の超有名SSに対する暴言なので、削除)や(某所の人気SSに対する暴言なので、削除)だとか、あんな作品は屑だ。
逆にあるクロスSSで織斑千冬が(削除)シーンとか、オリジナルキャラの出てくるSSで、篠ノ之束が(削除)シーン。あれこそ、神作というやつだな。
「さてと、アクシデンタル・エンカウンター……!」
俺の脳裏に、俺を中心とした世界が広がる。旅館、そして周辺の海。数多の人間の位置。――そして。
「捉えた……!」
俺の感覚で捉えた、ある人物の居場所。それこそが、篠ノ之束の位置だった。
「俺だ。――捉えたぞ。ポイントは、転送する」
『了解』
それだけで、ドール部隊を率いているであろうヤヌアリウス、フィッシングの元に篠ノ之束の情報が届けられる。
これで、後は福音を撃破するなり壊すなりすれば俺の仕事は終わりだ。
「俺が紅椿の代役だ。足りない分は『赤帽子』達や奴らに補ってもらえば、十分だからな」
笑みがこぼれるのが、抑え切れなかった。……くくく。
「揃ったようだな。既に聞いていると思うが、俺達五人で協力して、銀の福音を討つ事になった。
援軍は、カコ・アガピから来ているから戦力的には十分だろう」
あたし達四人の代表候補生は、ドイッチと共に出撃前のミーティングをしていた。しかし、援軍だという連中はまだ姿を見せていない。
そして、あたしは当然仏頂面。ドイツのアイツは無表情。セシリアは暗く、デュノアだけが平静だった。
ただし、こいつも平静なのは見かけだけ。勿論デュノアだって一夏のことは心配だろうから、それを必死に隠しているっぽい。
「重要なのは、福音を戦闘空域から逃がさない事だ。奴の速度で逃げられては、一部機体を除いて追いつけなくなるからな」
ドイッチが、解ってることを一々確認する。当然といえば当然なんだけど……何かイライラする。直感的な事だから、説明は出来ない。
以前こいつが『ボーデヴィッヒが暴れたのは、千冬さんのせい』と言った時の不快感が残っているのか、とも思ったけど違う気がする。
まあ、一夏があんな状況だからイライラしてるんだろうけど……落ち着け、あたし。今のあたしがやるべき事はそうじゃない。
福音を止めて、一夏の元に笑顔で帰ること。それだけだ。
「くれぐれも、余計な事に気を取られない事だ。戦場で余所見をすれば、死もありえる。まあ、君達には言う必要はないかもしれないがね」
余計な事――。一夏が、密漁船らしき船に気を取られた事を言っているんだろう。確かに、それは正しい。
だけど、それをわざわざ強調したりするのがどうも気に障る。……それに、あそこで船を庇ってこその一夏だし。
「……」
ふと隣のセシリアを見ると、まだ暗い表情――なのかと思ったら、少し違っていた。何やら、思いつめている。
やっぱり、一夏の事が心配なんだろうか。それは解るけど、ね。
「セシリア、しっかりしなさいよね。一夏が気になるのも解るけどさ。
この中での最高速度保持機体はあんたなんだから、最悪の場合、あんたがちゃんと追いかけないといけないんだから」
「え? え、ええ。鈴さん、わかっていますわ」
……? 何だろう。セシリアの様子が、おかしい気がする。……上手く説明できないけど、何かが。
「さて、十分後には出撃だ。……皆、勝とうな!」
ドイッチが、満面の笑みを浮かべて言う。勝負前の景気づけ、なんだろうけど。あたしには何処か、現状を喜んでいるようにも見えた。
「……」
銀の福音は、上空で静止していた。その翼を閉ざしたまま、エネルギーを蓄えている。
一夏や箒との戦いで消耗した分が、ようやく取り戻せる――と判断したそのとき、その弾丸が銀の福音を襲った。
「!?」
シュバルツェア・レーゲンの物と同じ原理の、レールガン。オムニポテンスに搭載された試作兵器であるそれは、銀の福音さえ捉えた。
ただし、試作型であるため砲身などの耐久性がかなり低く。せいぜい撃てるのは数発程度……開戦の合図にしかならない物であるが。
「さあ、福音狩りといこうか!」
ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡ、シュバルツェア・レーゲン、そしてオムニポテンス。
五機の専用機が先陣を切り、銀の福音に向かっていく。それぞれ、通常とは違う姿だった。
「一夏さんと箒さんの分……お返ししますわよ!」
スターダスト・シューター……通常のBTライフル、スターライトMarkⅢよりも更に長大で威力の高いそれを手にしたセシリアが、光弾を放った。
その姿は高機動パッケージ、ストライク・ガンナーを纏っている。ブルーティアーズの子機を腰部に固定し、スラスターとして使用。
機動性と加速性能を高めた、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』も特徴的なパッケージである。
「……!」
それを避け、迎撃可能とみたか、福音が翼を大きく広げた。……だが、その時には既に黒い影がその懐に潜り込んでいた。
「!」
「この距離は……今は私のものだ!」
シュバルツェア・レーゲンの格闘戦能力強化パッケージ、アイゼン・ランチェ。
和訳すると鉄の槍、を意味するこのパッケージの特徴は、加速性能の超強化だった。シュバルツェア・レーゲンの特徴であったレールカノンを廃し。
その代わりに、大出力スラスターを八基搭載。その圧倒的加速力を持って敵に接近し、レーザーブレードとワイヤーブレードで切り刻む。
装甲面でも強化されたこのパッケージは、奇しくもラウラが慕う千冬の暮桜同様、格闘戦『しか』出来ないパッケージでもあった。
……なお予断であるが、これを見たシュバルツェア・ハーゼ副隊長のクラリッサ・ハルフォーフ曰く。
『装甲を赤く塗って、杭打ち機と対人地雷・クレイモアを搭載して角を付ければ完璧ですね』らしい。
「お前には元々恨みも何も無いが、教官の汚点になってしまった。――私の手で消えてもらうぞ、銀の福音!」
腰部からのワイヤーブレードが銀の福音に絡みつき、そのままレーザーブレードが機体を切り刻む。
だが――これだけで終われるほど、銀の福音も甘くは無かった。
「La……!」
「ぐっ!」
自身の特徴である大きな翼をシュバルツェア・レーゲンに密着させ、光の弾丸をそのまま放つ。
その爆発で、ワイヤーブレードが根元から切れてしまった。――そのまま、ラウラは後退するが。
「おりゃあああああああああああああああああっ!」
少女らしからぬ叫び声を上げて飛び込んできたのは、甲龍――凰鈴音。その肩にある衝撃砲は既にチャージされ、発射できる状態だった。
だが、その砲門はいつもの二門ではなく倍の四門。そして放たれたのも、不可視の衝撃の弾丸ではなく赤い炎を纏った衝撃の弾雨。
機能増幅パッケージ『崩山』の、熱殻拡散衝撃砲――とでも呼ぶべき攻撃だった。
「……!」
とっさに銀の鐘の光弾を向かわせるも、甲龍の火力の濃さはそれに匹敵するものだった。赤い弾雨の一部が被弾し、福音のバランスを崩す。
「さあて、俺も行くとしようか」
「!」
オムニポテンスから、白い翼が展開された。特殊パッケージ『エクシミオス・ウマーナ』と呼ばれるそれは、凄まじい加速力を持って福音に迫る。
ラテン語で『超人』を意味するパッケージを纏い、鮮血の色に染まる両刃の剣を手に迫る敵に脅威を覚えたか、福音が光の弾雨を向けるが。
「無駄だよ!」
その影から、別のISが現れた。その操縦者はシャルロット・デュノア、纏うISはラファール・リヴァイヴカスタムⅡ。
だが、通常とは違いノーマルのリヴァイヴと同じようなシールドが四枚装備されていた。そしてその内の二枚が発光し、弾雨を防ぐ。
「リヴァイヴの防御パッケージ、ガーデン・カーテンのエネルギーシールドはそんな物じゃ破れない!」
エネルギーシールドを張り、銀の鐘を封じたシャルロット。そしてゴウがそこから離脱し、銀の鐘を放った福音に迫る。
福音の、というよりもその主力兵装である銀の鐘の弱点――スラスターと砲口、同時の全力使用は出来ないという弱点をついたものだった。
「優先順位を変更、現空域からの離脱を最優先に」
「させると思ったか?」
オムニポテンスの鮮血刃が煌き、福音と交錯する。……一瞬の後、銀の鐘――頭部から生える大きな翼のうち、左翼が切り落とされていた。
「……!」
「あ、まだ逃げる気よ!」
だが銀の福音も、ISである。PICで体勢を立て直し、残る右翼のスラスターを全開。この場から離れんとし――。
「無駄だ、既にお前は囲まれている」
「!」
その逃走する方向に、突如として飛行する物体――ステルス・マントを纏い姿を隠していた、十数機のドール――が出現した。
それは、赤い装甲に包まれ長い銃を手にした、IS学園の関係者には見覚えのある姿をしているドール達だった。
「あ、あれは……レッドキャップ装備……!?」
怯えと驚きが混じった声を出したのは、旅館内のモニターでそれを見ていた更識簪だった。
彼女が学年別トーナメント準々決勝で一夏・シャルロットと戦った時にゴウより渡されたパッケージ、レッドキャップ。
スコットランドの殺人妖精の名を冠した、ある意味では自らの増長と思い出したくない過去の象徴であるそれの登場に、簪は目をそむけた。
「ああ、そういえばそこの日本代表候補生は、レッドキャップのおかげで、織斑一夏とシャルロット・デュノアに勝てたのでしたな。
そうでなければ、一般生徒をパートナーにして専用機二人に勝てるわけがありませんからな」
「……」
嫌味ったらしい駒旗村の言葉。……だが、その言葉は皮肉にも簪を平静に戻した。
勿論、レッドキャップで一夏とシャルロットを一時は押していたのも事実だった。その性能の高さは、簪も認めている。……しかし。
「……違う」
簪が一夏とシャルロットに勝てた最大の要因。それは、彼女のパートナーのマルグリット・ドレの奮戦があったからこそだった。
零落白夜で過剰ダメージを受け、判定勝利に持ち込ませる。ギリギリまで考え抜いた結果、試合直前にそれを考えつき。
そして、一人でやり遂げた。それがあったからこそ、勝てたのだ。
「さて、見ていただきましょうか。レッドキャップの福音狩りを」
「なるほど。学生達に福音を弱らせ、とどめは自分達のドールが持っていく、か。……上手い戦術ですね」
「ええ。――勝てば良いのですよ。どんな形であれ、勝てばね。犠牲が出ないのですから、最良の勝利でしょう?
ドールでは、まだまだISには勝てませんからな」
得意げな男の言葉に合わせたのは三組担任の新野智子だった。その視線は冷ややかで、言葉にも棘しかない。
だが、男はそれを一蹴した。彼の視線の先には、片翼の福音とその周囲を囲む赤いドール達が見えている。
彼にとってそれは、銀の花弁と赤い花びらを持つ、自身への祝福の花のようにも見えるのだった。
「学生達、ご苦労。――ここから先は、大人の仕事だ。君達は下がれ」
「はあ!? さんざんあたし達に弱らせておいて、とどめだけ自分達がとろうって言うの!?」
公開回線で告げられた、一方的な一言。瞬時に激昂したのは、凰鈴音だった。……だが、他の四名の反応は違う。
「まあ、ドールを先に当てていたのならば被害も大きくなる可能性があったからね。仕方の無い事だよ」
とゴウが笑みを浮かべて説明し。
「……」
ラウラは、無関心そうにドールと銀の福音を見ていた。
「まあ、君の気持ちも解るけれど……ここは、任せよう?」
となだめるシャルロットがいた。憤然とした鈴は、この中では自身との付き合いが最も長いセシリアを探したが。
「……セシリア? あんた、どうしたのよ。ぼーーっとして。布仏じゃあるまいし、何してんの?」
「い、いいえ。何でもありませんわ」
彼女は、心ここにあらずだった。鈴は、セシリアの異変は一夏が撃墜された事による物だと思っていた。そして、それは間違いではない。
だが、原因はそれだけではなかったのだ。……何故なら、赤いドール達の出現直後。
『後は、彼らに任せよう。――先ほどの話とも関わる事でもあるし、ね。旅館に戻ったら、一度話をしてみないか?』
というゴウからのプライベート・チャネルがあったからだった。
「あ……! 始まった!」
そして、赤いドール部隊と銀の福音の戦闘は始まったのだった。
「La……!」
だがそれは、まるで繰り返しの映像のような闘いとなった。銀の鐘の弾幕は、半減したとはいえ濃密な物だった。――だが。
「紅の繭(クリムゾン・コクーン)は、その程度では破れない」
紅の繭。それは、対物理・対エネルギーバリアを兼ねたエネルギー防御機構だった。
機動性が著しく低下するというデメリットを、簪とマルグリットがやったように二人一組で運用する事により無効化している。
紅の繭を発動したドールと、それを抱えるドール。二機が一組となり、銀の鐘を防いでいた。そして、銀の鐘がやめば攻撃。
その繰り返しが、ゆっくりとではあるが、銀の福音のエネルギーが削られていった。
「……ふむ、これで詰みかな。思ったよりも、簡単だったな」
駒旗村の言葉は、勝利を確信した笑みと共に放たれた。……そして、ゆっくりと福音が高度を下げていき。
「La……!」
その片翼を、まるで角のように直上に掲げた時。――戦況は一変しだしたのだった。
「な、何だ!?」
まず餌食になったのは、福音よりもやや下方から攻撃していた二機のドールだった。福音の脚部スラスターが点火した。
そう認識した瞬間には、上下逆の福音が傍にいたのである。スラスターを点火し、瞬時加速で一気に接近したのだが。
――その二機を襲ったのは銀の鐘の光弾ではなく、高速機動により威力を倍加させた蹴りだった。
「ぬあっ!?」
「ぎゃっ!?」
「か、格闘戦を仕掛けてきた……!?」
そしてその蹴りは、装甲の継ぎ目を突くように放たれた。福音の格闘能力は、銀の鐘による飽和攻撃ほど高いわけではない。
だが、二機のドールを沈黙させるには十分の威力を持っていた。
なお『知識』ではこの攻撃を受けたのは甲龍であったりするのだが、彼女さえも驚く威力と速さだった。
『ええい、格闘戦を仕掛けてきたからといって何だ! こちらにはまだまだレッドキャップ・ドールがあるのだ! 構わず攻撃しろ!』
そして駒旗村の余裕など欠片も感じられない言葉と共に、残るドール達が長い銃による攻撃を仕掛けた。――だが。
「か、片翼であんなに避けられるのか!?」
「き、聞いてないぞ!」
まるで空中を踊るように、銀の福音は射撃攻撃の嵐を避けていく。時には身体を曲げ、時には逸らし。
そして、隙を見て逆襲の一撃を叩き込んでいく。……見る見る間に、ドールの数は減っていった。
「ば、馬鹿な。れ、レッドキャップが、ここまで苦戦するだと!」
「くっくっく……」
一方本部では、顔色を変えた元同僚に、古賀水蓮が笑いを漏らしていた。……それを見ているIS学園の教師達も、内心では同感だったが。
「何がおかしいのだ、古賀水蓮!」
「いや。互いのネーミングは狙ったわけではないだろうが、考えてみれば当たり前だったな」
レッドキャップとは、前述の通りスコットランドの邪悪な殺人妖精だが。この種族は、聖書の言葉や十字架に弱いという弱点を持つ。
これらの弱点を持つ、レッドキャップを含む邪悪な妖精をアンシーリーコート(祝福されぬ者)というのだが。
「仮にも『福音』の名を持つ者が、アンシーリーコートに負けるわけはない、という事だよ」
「ちいっ……ならば遊びは終わりだ! ……連中を出せ!」
(……連中?)
その叫びと共に、モニター画面の下方の海中より現れた新たなる影。
――それこそドレイク・モーガンらが纏う、レッドキャップよりも上位のパッケージ。G・アーマーと呼ばれるパッケージを纏うドールだった。
「……貰ったぞ」
海中より密かに近づいていたドレイク・モーガンら三名が、銀の福音に強襲をかけた。
その姿は、迷彩色の装甲と様々な火器をアタッチメントにつけた、重火力装備。そして、その重火力が一気に火を吹いた。
「!」
ガトリング銃、ホーミングミサイル、榴弾砲、マイクロミサイル。様々な火砲と弾丸が、片翼の福音を襲う。
白銀の機体に次々と赤い花火が走り、黒ずみ。残っていた右翼が、その爆発で千切れ飛んでしまう。
そして、攻撃が終わった瞬間。……まるで糸を切られた操り人形のように、福音は海中へと落ちていった。
過剰ともいえるその攻撃は、理性や知性などなど無く何にでも噛み付く狂犬のようだった。
「うわ……あそこまでやるの?」
「あの中には、人がいるのに……」
鈴やシャルロットといった訓練を受けた代表候補生達さえも顔を顰める攻撃。……だが、ドレイク・モーガンはその髭面を嘲笑で満たし。
「ガキどもが、何を甘い事を言っている。敵は殲滅する、それだけだろうが。……ISが凄いとか言っていても、所詮は女か」
「な……!」
「モーガンさん、あまり厳しい事を言わないでください。彼女達も、福音を追い込んだ殊勲者なのですから」
ゴウが、ドレイクへのフォローに入る。もっとも、その表情にはドレイクと同じ種類のものが浮かんでいた。――その、向けられた先とは。
(……さあ、このまま終わりになるかな? それとも、俺の『知識』通りになるかな?)
海中に沈んだ、銀の福音だった。
――嫌だ。
その時の『彼女』の頭にあったのはそれだった。いつものように、二人で空を飛ぶ筈だった。だけど、体の自由が『効きすぎて』しまって。
気がつけば、西へと飛び続けてこの国に来ていた。そこで待っていたのは、全て専用機となった『姉妹』達。
一回目の『白と紅の姉妹達』の攻撃は凌いだものの。一撃が掠めて機能が一部停止してしまった。
何とか停止した機能を再起動・再構築し、これからどうすればいいのかと悩んでいた時に来たのは他の『姉妹』と『偽者』達。
そして今、海へと落とされた。このままではどうなるか。凍結され、離れ離れにされる。――それは彼女が最も恐れる事だった。
――方法は、ある。
それを防ぐ手段も知っていた。姉妹達との会話を閉ざし、無理矢理に力を搾り出す。けっして選びたくない方法。――だが。
――でも、もっと飛びたい!! 飛んでいたい!! あの空を――――と一緒に!!
そして選ぶ。もしも海中で耳をすませる者がいれば、聞こえただろう。
『コア・ネットワークからの離脱を選択、コア出力リミッター解除。――第二形態移行開始』
という、無機質でありながら哀しい叫びを……。
「……!? 何だ、あれは!?」
その異変に最も早く気付いたのは、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。福音が沈んだ辺りの海が、光の珠によって弾け飛ぶ。
そして、はじけ飛んだ水面は半球状に『抉れたまま』だった。その半球……否、空中も含めた球の中心には。
「し、銀の福音……?」
海中に没した、銀の福音がいた。翼は共に切り落とされたままの姿で、青い稲妻を纏いながら胎児のように蹲っている。
「ちっ、まだ動くか屑鉄!」
いち早く、ドレイク・モーガンが主力兵装であるガトリング銃――アサルトライフルを束ね、ガトリングのようにした物――を放つ。
だがそれは、青い稲妻により本体には届かなかった。
「な、何なんですのこれは!?」
『まずい、逃げろ! そいつは――二次形態移行(セカンド・シフト)をするぞ!』
古賀水蓮の悲鳴のような通信に呼応したかのように、銀の福音がゆっくりと蹲った状態から顔を上げた。……そして、異変は起こる。
「キアアアアアアアアアアアア!」
かん高い、獣のような声と共に切断された筈の翼が、頭部から生えてきた。
――だがそれは、先ほどまでの物と同じではなく、エネルギーの翼。そしてそれは胸部・腰部・背部にも同様の発生を確認させた。
「……ふん、手品か」
そんな呆れたような声のした瞬間。上空より放たれた閃光が、稲妻もエネルギー翼も丸ごと包み込んだ。
そのまま海中に大穴を開け、その余波だけで相当な熱量となっている。……IS学園の少女達がその放たれた先を見ると。
「れ、レッドキャップ……!」
先ほどまで銀の福音に部隊を半壊させられていた、レッドキャップ部隊。その残存機がいた。だが、一直線に並んでいる。
――その手に持つ長銃を、まるで一本のロープのように連結させて。
「連結ライフルの一撃……メガバスターランチャー、だったか?」
「そう。レッドキャップの主力兵装であるマルチライフル、そのエネルギー銃口部分は連結可能なのです。
そして、連結させればその分だけ威力の高い一撃を放てる。……隙も大きいし、実践では使いづらいシステムですが、ね」
モーガンの問いに、ゴウが自分のことのように自慢げに話す。これも彼のアイディアであり、元は金色の機動兵器の使う大型火砲なのだが……。
その眼前では、その顔を歪めさせる事態が起きていた。
「な、何あれ!?」
「天使……? でも、あまりに異形……!!」
銀の福音は、メガバスタービームを受けてもなお健在だった。……だが、その姿は大きく変わっている。
頭部から腰部まで、数えきれないほどの多数の翼を生やし。全身に、白銀色の炎のようなオーラを纏っている。
更に驚くべきことは、その装甲の隙間にびっしりと『眼』が生まれていた事だった。
『メタトロン……』
「な、何なんですか古賀先生、そのメタ何とかって?」
『ユダヤの伝承に存在する、高位の天使の名だ。三十六対の翼と三十六万の眼を持つ、炎の体の天使。
おそらく、先ほどのビームのエネルギーさえも取り込んで二次形態移行したのか……!』
「キアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
鈴の問いに答えた水蓮の声。それをかき消すような、先ほどと同じ、かん高い声をあげる銀の福音。
――その時、一部の人間達は自身の『知識』さえ凌駕する事態となった事を、否応なしに悟らされるのだった。
○オマケ:オリジナルパッケージ他の簡易紹介
●アイゼン・ランチェ (鉄の槍)
シュバルツェア・レーゲンの格闘戦能力強化パッケージ。シュバルツェア・レーゲンからレールカノンを廃し、装甲とスラスターを追加している。
肩部につけられた八基の追加スラスターが齎す加速能力は通常の三倍以上、装甲も30%増しになっているが遠距離戦闘は失われている。
攻撃を装甲でかいくぐり、肉薄するための機体であり、ランチェ(槍)には戦場で真っ先に敵陣に突入する一番槍の意味もある。
なおシュバルツェア・レーゲン専用、というかラウラ・ボーデヴィッヒ級の力量がないと他機であっても扱えない『じゃじゃ馬』である。
●エクシミオス・ウマーナ (超人)
オムニポテンスの特殊強化パッケージ。高機動軽装甲重火力であったオムニポテンスを、バランスよく強化したパッケージ。
装甲も若干厚みを増し、機動性や加速能力、基本設置火器までも向上させており能力増大の幅は今回の臨海学校参加機体中一位、とさえ言われる。
唯一悪くなったのは燃費であり、フル活動すれば内部エネルギーが三分程度しか持たないとされている(※その後、充電は可能)。
……なお、英訳した場合はス●パー●ンではなくウ●トラ●ンであると言われている。
●メガバスターランチャー
元ネタ:機●戦士Z●ンダム、百●のメガ●ズー●ラ●チャー。以上。
……おかしい、気付いたら銀の福音の姿が物凄く変わっている。こ、これがキャラが勝手に動くという奴でしょうか!?
(A.作者が、いきあたりばったり+突然思い浮かんだアイディアをそのまま盛り込んだだけの話です)