「……」
僕――シャルロット・デュノアは、思いもよらない人物の来訪に心底驚かされていた。
ISの開発者である篠ノ之束博士。昨日姿を見せていた、という噂があったけれど。まさか今日も姿を見せるだなんて思わなかった。
そして、博士は白騎士事件について語りだした。それは、10年前に起こった、今後の世界史に刻まれるであろう重大事件だった。
事の発端は、日本を攻撃可能なミサイル2341発のコントロール不能と、発射だった。
日本政府は勿論、そのミサイルを所有していた国家全てが混乱と絶望に包まれた時、それは現れた。
コアナンバー001、史上初のIS……白騎士。日本領空に出現したそれは、その名の通り白い騎士のようなISで、大きな翼を持っていた。
そして白騎士は超音速で空を舞い、その手にしたブレードで、ミサイルを次々と斬っていったのだった。
今でこそ、ミサイルを切り裂くISなんていうのは珍しくもないけれど、10年前はそんなわけはなく。人々が唖然としたのは、間違いなかった。
そして、白騎士は総数の半分のミサイルを切り裂くと同時に、残る半数のミサイルを……荷電粒子砲で消し去った。
当時、ビーム兵器はまだ実用化段階にはなく、これが公式に伝えられた世界初のビーム兵器の使用となった。
それだけでも驚いたのだけれど、人々が更に驚いたのは……それを、何もない空間から取り出した事だった。
物体の量子変換と、その展開。僕の『高速切り替え』はそれを一つの技として昇華させたものだけど、それもまた世界初の事例だった。
そして、全てのミサイルを撃墜した白騎士は唐突に消えた。各国は日本政府に情報を求めたけど、日本政府にも返答は出来ず。
各国は、最新鋭機や航空母艦を含む艦隊までも繰り出して白騎士の消えた海域を捜索することとなる。
そして――再度、白騎士は出現した。各国は確保、あるいは撃墜に向けて動き出し――敗北する。
ISの保護システムはあらゆる対重力対策を超え、ブラックアウトすることなく航空機を撃墜し。
シールドバリアーと装甲は、バルカンだろうがミサイルだろうが相手にしなかった。
ハイパーセンサーからの情報で、思考・判断・実行を最適化している為に手の速さで追いつく事さえも出来ず。
戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基。これらを失い、あるいは無力化されてしまった。
他の兵器……例えば潜水艦などではそもそも相手が出来ず、他の艦種や航空機では無視されてしまい。そして各国は認めざるを得なかった。
戦闘機よりも速く、艦隊クラスの攻撃力を有するISこそ、新世紀の覇者たる資格を持つために必要なものである、と。
「そして私のらぶりぃなISは、世界に広がったんだよねぇ。ま、女性優遇とかはどうでも良いんだけどね。
あ、でも隙あらば誘拐・暗殺っていう生活はなかなかエキサイティングだったねー」
……その実行犯として疑われている、というかほぼ間違いないであろう人が、目の前の篠ノ之博士だった。
それは、誰も口にしないだけで所謂『公然の秘密』というもの。もしも口にしたら、博士の不興をかったらどうなるのか。
それを恐れているから、誰も言わないだけだった。この事件は発生の約一ヶ月前、ISを発表しても受け入れられなかった篠ノ之博士の仕業である、と。
「それにしても、誰だったんだろうねー白騎士って」
「知らん」
さっきから独演会のようにしゃべり続けている篠ノ之博士。妹とはまるで違う感じの人物だが、また何かヤバい発言が始まる気がする。
「ふむ。私の予想ではバスト88センチの――」
「やかましい」
「ひ、酷いよちーちゃん! 束さんの頭だって殴られれば痛いんだよ!?」
何か博士が重要な事を言おうとした瞬間、織斑先生が情報端末で博士の頭を殴った。……あれって確か、金属製で重さは2キロくらいあるよな?
それで殴られて普通に立ち上がってくる博士って、一体何者だ? 痛い事は痛いらしいけど、ダメージが感じられない。
「ふむ、バスト88センチか。現在いるメンバーでは、その値に達しているのは――げふっ!」
「安芸野、その馬鹿をそこの馬鹿と一緒に並べておけ」
「はい」
クラウスは博士と同じ一撃を喰らって昏倒したので、俺がじゃまにならないように端っこに寄せる。
ちなみにそこの馬鹿ことハッセ先生は、さっきの一撃でまだ昏倒している。その直ぐ横には、もう誰にも直せないであろう程に破損した携帯端末。
ハッセ先生が昏倒しているのは、やまや先生……じゃなかった、山田先生の胸を揉もうとした博士のご乱行をその端末で録画しようとした結果だが。
誰も起こさない辺り、先生への扱いがどういうものかよく解った。
「まあそれはさておき。あの事件では凄い活躍だったよね、ちーちゃん!」
「そうだな。白騎士が、活躍したな」
……俺でさえ知っているのは、その白騎士というのが織斑先生であろう、ということだ。
『まあ、公然の秘密っていう奴なんだよ』と以前自衛隊にいた頃、安奈さんが教えてくれた。
むしろ、白騎士事件が博士の仕業ではなく、織斑先生が白騎士でなかったら、世界中が驚くレベル……らしい。
「それで束。お前は紅椿を白式の輸送役として使えというのだな?」
「そうだよ」
「……その準備には、どの程度かかるのだ?」
「お、織斑先生!? そんな事、聞く必要はありませんわ!
私と、この『ストライク・ガンナー』を纏ったブルー・ティアーズならば、必ずや一夏さんを福音の元まで運んで見せます!」
織斑先生が博士の提案に興味を持った事で、させじとオルコットが立ち上がる。……気持ちはわかるんだが、相手が悪過ぎないか?
「ストライク・ガンナー、ね。……そのパッケージはもうインストールしてあるのかな? 束さんの見たところ、まだみたいだけど?」
「う……」
冷たい目の博士に睨まれたオルコットが、蛇に睨まれた蛙のように黙った。……正直、俺も少しビビッた。
「どうなのだ、オルコット?」
「ま……まだ、ですわ。ですが、福音到達予想時刻の五十分後までには必ず……!!」
「束、紅椿の準備はどのくらいかかる?」
「七分あれば余裕だね♪」
「な、七分……!?」
それがどんなにとんでもない事なのかは、俺でさえ解る。パッケージのインストールは自衛隊でやった事があるが、とにかく時間がかかった。
それが、七分。コアの性格によっても若干違うらしいが、それを差し引いてもその短時間で準備を可能にするのは博士の力量ゆえなんだろう。
「……しかし、いくら何でも専用機を貰ったばかりの篠ノ之さんには、運搬役は無理なのではないですか?」
「はあ? 誰だよお前、せっかく纏まったんだから口出しするなよ」
すると。今まで無言だったドイッチが、いきなり博士の意見に異を唱えた。……凄い度胸だな。
「博士、黙ってもらえますか。――織斑先生、ここはやはりオルコットさんを出すべきです。
ISの搭乗経験値、適性、高速機動戦闘の経験などでは比較になりません」
「……確かに、そうね。箒は高速機動戦闘の経験なんて無いだろうし。セシリアの20時間は大きいと思うわ」
「パッケージは初使用とはいえ、それは紅椿も同じ。……なら、そちらが得策かもしれない」
凰が不本意そうに、更識が冷静な眼差しでその意見を肯定する。一言で、場の流れが変わっていた。
「……ふふ」
だが、篠ノ之博士は『笑って』いた。それは、理を考えずに夢を述べる子供を見た、大人の笑い。
相手の愚かさを嘲笑う、絶対的上位者の笑いだった。……ちなみに何で俺がこう感じたのかというと、同種の笑みを見た事があるからだ。
……あのタッグトーナメントの対ボーデヴィッヒ・篠ノ之戦で、今、博士の意見に異を唱えた奴の顔で。
「はあ、これだから一を知って十を知らない奴らは困るよ。束さんは一を知って一万を知る事が出来るのにねえ。つまり――」
「束、その辺にしてけ。時間がないのでな」
何故か、織斑先生が博士の言葉を遮る。まあ、確かに時間がないよな。
「あの、質問なんですけど。――そこの束博士に、福音を何とかしてもらうっていうのは駄目なんですか? というか是非恋人にげふっ!?」
「従姉弟同様、一言多いぞ。意見は、的確だがな」
よみがえったクラウスが、まともな意見を出した……と思ったが、錯覚だった。そして先生の拳骨が落ちる。
「さて。福音、お前の手だけで何とかすることは出来るのか?」
「出来るよ? まあ、ちーちゃんが言うならそれでも良いけど……」
「あ、あの!」
何か思いも寄らない方向に話が進みかけたその時。俺のクラスメートのライアンが、慌てて挙手をした。
「ライアン、どうした? 何か言いたいようだが」
「米国代表候補生としての意見ですが、それはちょっとやめてください。どういう結果になるか解らないし。
音速レベルで巡航機動中の銀の福音が突然機能停止とかされたら、ファイルスさんが危険ですし……」
いつも落ち着いている彼女には珍しく、慌てふためく、って感じの言葉。
俺や一夏には理解できなかったが、代表候補生連中が不思議そうにライアンを見ているのは解った。
このとき、マリア・ライアンはある危惧をしていた。
もしも篠ノ之束により銀の福音が停止させられれば、米国(+イスラエル)にとっては操縦者もIS本体も無事という最良の結果になる。
だが『自分の所のISさえコントロール出来ずに暴走させて、開発者に頼んで止めてもらった』という大きな借りができる。
既にIS委員会や学園に伝わっている以上、事態そのものの隠蔽は不可能。
そして反米の国が「自国のISさえ上手くコントロールできなかった米国からコアを没収せよ」などとなっては悪夢である。
ましてや、篠ノ之束は操縦者であるナターシャ・ファイルスや銀の福音(コア除く)には何の感情も無い。
止まったはいいが、福音を『じゃ、貰っていくね』などとされては一大事だった。
事実、軍事利用しているISを篠ノ之束に奪われた『サンダーレイン事件』は悪夢となって米国政府や米軍に刻み付けられている。
故に篠ノ之束が、福音停止に『直接』絡む事は米国にとって絶対に避けたい事態だった。
……たとえ、状況的証拠からして福音暴走に篠ノ之束が絡んでいる可能性が大であるとしても。
束が箒を推している状況では『束は箒が福音撃破に関わる事』を望んでいる、といえる。だからこそ、その望みどおりにしなければいけなかったのだ。
「ふうん、つまりそこの赤髪は束さんの完璧さが信じられないって事かな?」
「え――っ!? ち、違います博士、私は……!」
「お、おいライアン、落ち着けよ」
自身の言葉を思わぬ捉え方をされたマリア・ライアンは将隆が唖然となるほど慌てた様子で否定する。だが、助け舟が出た。
「姉さん、彼女はそういう意味で言ったわけではありません。ただ、銀の福音の操縦者を案じているだけです」
「ふーん……まあ、箒ちゃんが言うならそういう事にしておこうか」
「ふ、ふう……」
「だ、大丈夫かライアン?」
「え、ええ、大丈夫よ安芸野君。……それと篠ノ之さん、本当にありがとう。……命拾いしたわ」
やや大袈裟にも見えるマリアの反応だが、それも当然だった。もしも自身の発言が原因で篠ノ之束の不興をかったとなれば。
彼女の代表候補生資格の剥奪は勿論、国外追放さえありえるのだから当然の反応だった。
「それでちーちゃん、どうする? いっくんと箒ちゃんでも、束さん自身でもどっちでもいいけど?」
「……それに関しては、たった今通達が来た。福音停止には『ISによる撃破』が望ましいとな」
早すぎる通達は、在日米軍からのものだった。手出しはしないのだが、口出しはするという対応である。
「……」
一方ゴウは、自分の意見を完全に無視されたがそれを口にはしなかった。
オペレーション・ゴスペルブレイクは『知識』どおり、一夏と箒の出撃を前提としている。では、何故彼は口にしたのか。
(やはり無能か、この女。試しに言っていたが、最善の策も理解できない脳筋だな)
……単に、言いたいから言っただけだった。
作戦に関しては、変更になってもそれに対する作戦変更は既に考えられているために問題はないのだが。
「ま、待ってください織斑先生! 先ほどドイッチさんが言われたように、ISに関する修練では箒さんよりも私の方が上ですわ!
今日受け取ったばかりのISを使いこなせるとは思えません!」
セシリアは、そう易々と諦めるわけはなかった。……だが、相手が悪すぎた。
「ん? 使いこなしていないのは、お前だって同じでしょ? ――イギリスで一番特殊兵装への適性が高いらしいけど、偏差射撃も出来て無いじゃん」
「な……!」
セシリアの驚き。それは、何故それを、という類の驚きだった。
「自分もちゃんとISを使いこなしていないのに、箒ちゃんにどうこう言うとか中々面白いね」
「そ、それは……」
「そもそも、ブルー・ティアーズだっけ? レーザー……誘導放出放射による光の増幅の理論を基にした、コアからの僅かな光の増幅。
それをコア・ネットワークを応用した伝達システムと融合させる事によるレーザー光の照射を曲げるという発想――ふぎゅっ!」
「それ以上は黙っていろ、英国政府が煩いからな」
「あ……あああ……」
(……今のはブルー・ティアーズの原理説明だったんだろうな。そりゃあ、オルコットが顔面蒼白になるわけだ)
将隆が同情の視線を向けるほど、セシリアの顔は蒼白だった。そして、千冬が決断する。
「織斑、篠ノ之両名は30分後に作戦を開始する。それまでに準備を整えておけ。他の者も、補助などに携わる事。以上だ!」
その宣告とともに、それぞれが動き出した。――異なる結末を、目指すために。
「オルコットさん。大丈夫か?」
「ドイッチさん……?」
私が一夏さんに 高速飛行パッケージでの注意点を教えた後。やってきたのは、ドイッチさんだった。
「酷い目に遭ったね。篠ノ之博士は、人の心を慮る事の出来ない人格破綻者だという説があったが……本当のようだ」
「い、いいえ。気になさらずに。この程度の悪口(あっこう)、社交界では初歩でしてよ」
「だが、ブルー・ティアーズの秘密を暴露するのはあまりにも酷い。
人の触れて欲しくない場所を、易々と他人の前で口にするなど、決して褒められた事ではないだろう」
……彼の表情は、真摯に怒っているようにも見えた。だけど、何故か信用しきれない。……何故?
「……セシリア・オルコット。こんな時に言うのも何なのだが。――IS学園から脱する気はないか?」
「え?」
何を言っているのだろうか。そんな事は出来るわけがない。そんな事をすれば――。
「君の事情は知っている。君がISの道を選んだ理由とは、実家への支援を英国政府から受ける為、だろう?
だが欧州連合は、いまや英国政府に影響を及ぼせるだけの実力を保有している。君の家の事ならば、救えるよ」
「ひ、必要ありませんわ。それに今は――」
「……俺が言いたいのは。君の素質は、ここでは潰されかねないのではないか。そういう事だよ」
「潰、される?」
「そうだ。IS適性A+、そして高いBT適性……これらを持つ君を、英国政府はまるでモルモットのように扱っている。
シュバルツェア・レーゲンに負けた際も、基本的な戦闘フォルムにこだわり、抜本的な見直しを行わなかったようだしね」
……ボーデヴィッヒさんにトーナメントで負けた際の、本国からの叱責を思い出す。
鷹月さんと共に努力はしたけれど、それは認められなかった。……敗北したのだから、叱責は当然だ。それは、理解している。
「欧州連合ならば、BTの為に君があるのではなく、君の為にBTを使うように出来るだろう。どうだろうか?」
「……今ここでお返事を出す事は出来ませんわ。そもそも、それどころではありませんし」
「ああ。即答は求めていないよ。よく、考えて欲しい」
そして去っていくドイッチさん。僅かに、ではあるが。――私の心に、皹が入ったのを感じた。
「……大丈夫ですか、オルコットさん?」
「や、山田先生」
そんな私の元にやって来たのは、一夏さん――ではなく、山田先生だった。勿論、一夏さんが来られるわけはない。
今、白式にシールドエネルギーを充填している最中なのだから。
「さっきの事、あまり、気にしちゃいけませんよ?」
「え?」
「博士の行動は、誰にもとめられない台風のような物。……貴女も代表候補生なら、聞いたことがありますよね?」
「ええ」
日本語ではgenius(天才)と同じ発音のNatural Disaster(天災)だったか。
博士の途方もない英知と、他者を省みぬ行動力。それを評した異名。……実は私は、かすかにだけれど博士に対して尊敬の念を抱いていた。
女子でありながら、世界を変えるという偉業を成し遂げた。それは、男性社会の中でも成功を収めた母と同じだと感じたから。
――だけど、実際に会ってみて、まったくの別物だと理解した。あの人は、まるで……。
「残念ですけど、貴女の力を見せる機会は必ず来ます。だから、焦らずにいてくださいね」
その微笑みは、とても優しく。私と鈴さんをノーマルリヴァイヴで翻弄した実力だけでなく、自然な優しさで溢れていた。
「はい、勿論ですわ。……ありがとうございます、山田先生」
「そ、そんな、お礼を言われるほどの事じゃありませんよ。……織斑先生の、指示なんですよ」
淑女らしく、一礼する。だけど、慌てた口調でなされた返事は意外な内容だった。……織斑先生の?
「はい。オルコットさんへのフォローを、私が任されたんです。……だからお礼は私じゃなく、織斑先生にひゃうっ!?」
「このおっぱいおばけめ、ちーちゃんに何を囁かれていたのかな、何でちーちゃんがお前に囁くのかな」
……突然、山田先生の胸が持ち上げられ。何事かと思えば、篠ノ之博士だった。な、何をしていますの!?
「や、止めてください博士~~!」
「ぐぬぬ、私と同サイズとは生意気な。こうしてやるこうしてやる~~!」
「止めんか馬鹿者」
結局博士は、織斑先生に殴られて引き摺られていった。後には唖然とする私と、乱れた服を慌てて正す山田先生だけが残され。
「ううう、何で私ばっかりこういう目にあうんでしょうか……」
先ほどの先生のように、私がフォローし返してあげたかったけれど。生憎と、その言葉を持ち合わせないのだった。
「くくく……」
馬鹿と『天災』は使いよう、だな。お陰で、セシリアに近づく餌になった。
ああいう形で篠ノ之束とセシリアが絡むとは思わなかったが、俺にとっては良い展開になった。
チョロリアなら、あれでも少しくらいは靡くだろう。――おっと、どうやら彼女が近づいているようだな。
「……あの男が失敗するのを狙え、か。プライベート・チャネルで何を言われるのかと思ったが」
そこに現れたのは、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。……そう。彼女が先ほどの一件で何も発言しなかったのは、俺の要請によるものだった。
「織斑一夏が失敗し、その評価を落とす事は、君にとっても良い結果ではないかな?」
「……だから、私に何も発言するなと言ってきたわけだな」
「その通り。指示を守ってくれた事は、ありがたいよ」
「貴様のためではない。あくまで私自身の判断だ」
「それでも構わないさ」
結果的に俺の指示通りなのだから、構わない。……ただ、俺にも解らない部分があった。
俺の持つ『知識』と、今ラウラがシュバルツェア・レーゲンに搭載しようとしている物――パッケージが違うのだ。
……何処でフラグが立って換わったのかは解らんが……。いや、あるいは『元々』こうなる筈だった、のか? ……まあ、それはいいか。
「さて、そうなると少し戦列を変える必要があるか」
ラウラは『知識』通りなら後衛に回すつもりだったが、こうなったのなら前衛に回せばいい。
後衛はセシリアと『援軍』の一部で十分だろう。……あとは篠ノ之束だが、それは俺の知った事ではないので無視する。
「……ん? そうか、解った。……後、一時間か」
プライベート・チャネルで届けられたのは、俺の待つ『援軍』が日本の領海に入ったという知らせだった。
なお、当然ながら日本政府には通達済みだ。好き勝手にやる『天災』とは違うのだからな。
「織斑。お前には、福音のシールドエネルギーデータをみせておく。零落白夜で削り取るなら、このくらいが必要だという目安だ」
「はい」
俺と白式の準備は、滞りなく済んだ。後は、箒の準備が済めばいつでも出られる状態だった。
そして千冬姉が、俺にデータを見せてくる。逆に言うと、それ以下になってしまったのならば作戦失敗という事だな。
「篠ノ之。お前が一夏を運搬する事になるが……お前はそのISを使っての戦闘経験は皆無だ。くれぐれも、無理はするな」
「はい。ですが、必要な時は私に出来る範囲でのサポートを行います」
「……そうか」
箒の奴、気のせいかいつもよりも高揚……っていうか、はしゃいでいるようにも見える。
普段はそんな事なん微塵も感じさせない奴なのに、今は声の調子も高い。……大丈夫か?
『織斑、聞こえるか』
え? 頭の中に、いきなり千冬姉の声がした。これって、個人秘匿回線(プライベートチャネル)……か?
『そうだ。打鉄の回線から、お前に向けて通信を行っている。……さて、本題だが。
篠ノ之は、どうも平常心ではないようだ。紅椿を駆るのも初めてである分、何らかのミスをやらかす可能性がある』
『俺に、フォローしろって事か?』
『そうだ。……イノシシ頭のお前にしては、珍しく頭を働かせたな』
プライベート・チャネルだけど、千冬姉がニヤリと笑ったような気がした。……うーん、俺ってそんなに猪突猛進だろうか?
(ゴーレムⅡは無駄足になっちゃったかあ。まあ、突っ込んでもいいんだけどね。そこまでしなくてもいいかあ)
誰も予想だにしなかったが、話の流れ次第では束は本当に銀の福音を止める気だった。既に『代打』は用意していたのだ。
福音を停止させたとしても、その時『偶然に』謎のISが出現。束は既に場を離れている――というのが束の第二のシナリオだった。
そしてゴーレムⅡには、銀の福音を倒せるだけの能力を与えてある。無理ならば『ちょっと大事な駒』も使う気であった。
……だが、それらの準備はアメリカ政府の意向により無意味となり。束の最初のシナリオどおりになったのである。
「さあ、ってと。箒ちゃん、しっかりと見せてもらうよ。ふふふ……」
何を、という主語のない言葉。だが、束は笑っていた。心から楽しげに、笑っているのだった。
「なあ、今更だけど。篠ノ之博士にパッケージ入力を手伝って貰えたら良かったんじゃないのか?」
「……安芸野君。残念だけど、それは素人の浅知恵というものよ」
出撃しない俺達が準備をする中、ふと思いついた事。それを聞いたライアンは、ややため息をつくような表情になった。
「え、何かまずいのか?」
「まずい、というか。もしも博士がブルー・ティアーズに関わるとなれば、英国を除く欧州連合、そして全IS保有国が情報公開を求めてくるでしょうね。
博士の助力を得たのではないか、という理由で。IS学園に送ったのに、それでは意味が無いでしょう?」
「でも、IS学園に送っているんなら、確か情報開示義務の例外になるんじゃないのか?」
「法律上はそうなんでしょうけどね。英国以外の全世界の国家が裏から求めてくるのよ? そんなの、いくら外交上手の英国でも防ぎきれないわ」
……建前と本音、って事か。
「パッケージのインストールでも駄目なのか?」
「駄目でしょうね。米国(うち)だって、そうなったらデータを求めてくると思うわ。篠ノ之博士が手を貸したんじゃないかを証明しろ、ってね」
なるほど。
「その場合、この時のデータとそれ以前のデータを開示して証明するしかない。つまり、ブルーティアーズの情報は丸裸ってわけね。
要するに、博士の力をどこかの国が借りたら。その時点で、その国を除く世界中の国が黙っていないって事ね」
ライアンが上手く纏めてくれたのでよく解った。うーん、難しいもんだな。
「じゃあ、紅椿とかいうあの新型機はどうなるんだ?」
「普通なら、日本に世界中からの情報公開請求が殺到するでしょうけど……。
こっちは逆に、IS学園の学生あてに送られてて、日本『にも』情報を公開できないものね。勝手にやったら、博士がどうでるか解らないし。
結局『欲しいけど黙ってみているしかない』んじゃないかな?」
「ややこしいもんだな」
「ちょっとあんたら、暇ならこっち手伝ってよ。万が一を考えて、この建物守るフォーメーションを立ててるんだからね」
「お、おう」
凰に呼ばれて『万が一の備え』ということで、この旅館を防衛するフォーメーションを立てることになった。
実際はシャルロット曰く『遊ばせておくには惜しい戦力の活用』らしい。そんなものなので、あっさりとその組み立ては終わった。
俺のポジションは、中衛。前衛の補助と、後衛――オルコットや更識のガードマンを兼ねたポジションらしいが。
「……ま、無駄に終わってくれれば良いんだけどな」
一夏と篠ノ之が銀の福音を止めてくれれば、俺達はこの旅館で待っているだけになる。それが、間違いなく最善であり。俺が望む事態だった。
事態は二転三転したが。私は、一夏と共に出撃する事となった。セシリアの役目を奪う事となったのは、正直心苦しい。
だが、一夏と共に戦えるという喜びは私の心の中から消えなかった。
「どうかな、箒ちゃん? これで十分でしょ?」
「は、はい。も、問題はありません」
そして今、姉さんの手で紅椿の最終調整が行われている。……その手は、相変わらず神速とでもいうべき速さだった。
「それにしても、箒ちゃんがいっくんをおんぶするのかあ。普通は逆だよね」
「そうですね。女子の上に、男子が乗るなど……あまり良い事とは思えません」
体重や筋肉量などの関係もあるが、普通は男子が女子を背負うべきだろう。
「んー。まあ、それは別に気にしなくていいと思うけどなあ。あ、それとも箒ちゃんは、きじょげふっ」
……何を言いたいのかは解らなかったが、多分とんでもない事を口走りかけたのだろう。千冬さんの拳が、いつもよりも重たそうだったから。
「うう、ちーちゃんの愛が痛い……」
「馬鹿者が。とっとと準備を済ませろ」
「ほいほいっと、これで終了! それじゃ箒ちゃん、いっくんと一緒に頑張って、いっくんとの仲を深めないとね。
あの中にも、金髪ドリルとか、胸無しツインテールみたいに、結構敵が多いみたいだしー」
何の事だ……? と思って視線を送ると、セシリアや鈴がいた。ああ、確かに……ん?
「あの、それを何処で――」
「ほいっと、これでよしと! それじゃあ紅椿の初陣、見せてもらうよっ!」
聞いたのですか、と聞こうとした瞬間にはいなくなっていた。……千冬さん辺りから聞いたのだろうか?
普段の千冬さんならばそういう話をしないだろうが、昨夜はあのような話を私達にしてきたのだし……。
「では一夏、準備は良いな? 私の背に乗るがいい」
「お、おう」
準備は全て終了し、出撃となり。白式を展開した一夏が、私の背に乗る。
通常であれば、男性一人を乗せればそれ相応の重量を感じるであろうが……鴻毛ほどの重さも感じない。
『では織斑、篠ノ之。こちらのカウントと共にタイミングを合わせろ。……いくぞ』
千冬さんがカウントを数えだし、私は飛行準備に入る。……3、2、1。
『ゼロ!』
千冬さんの声と共に、私達は一気に上空まで飛翔した。
「な、何だこれ……これがISの加速なのか!?」
背中から、一夏の驚いた声がした。……内心、私も驚いている。この速度は、打鉄などでは出せない。
以前、私が速度を出しすぎてアリーナのシールドに衝突した事があったが。あれ以上の加速性能だ。
「暫時衛星リンク確立……情報照合完了、目標の現在位置と飛行速度を確認。……よし、行くぞ一夏!」
「おう!」
福音の位置と速度から算出される、予想遭遇地点。そこに向かい、私達は一気に飛び始めるのだった。
「あれか……!」
そして、あっという間に福音の通過予想ポイントへと到達した。そこに向かってくるのは、白銀のIS。
頭部より伸びる、全身を覆えるほどの大きな翼を広げている。間違いない。銀の福音だ。
「一夏、行くぞ! 目標との接触は10秒後だ!」
「おう!」
福音の移動方向に合わせて、私達は突撃する。ここに、零落白夜を叩き込めば……っ!?
「な、何だと!?」
福音が『最高速度のまま』機動を変えた。いくらPICがあるISとはいえ、超音速飛行中に機動を変えるなど……容易いことではない。
「……敵機確認、迎撃モードへ移行。銀の鐘(シルバー・ベル)稼動」
「!」
そして、抑揚のない機械音声がオープンチャネルで聞こえ。福音が、飛行したまま一回転した。……同時にその翼が開かれ、そこから現れたのは。
「砲口……!」
無数の砲口が、私達に向けられていた。……この翼がスラスターというだけではなく、武器であるとは聞いていたが。こういう意味か……!
「La……!」
歌うような声と共に、飛行したままその砲口から羽根のような形をした、無数の光の弾丸が放たれた。
「くっ……避けきれん!」
飛行中の発射というのは、通常であれば狙いを定める事など出来ない。だが、例外がある。――散弾のように、散らばる攻撃。
あるいは、相手に狙って当てようとは考えていない、牽制や範囲掃射を目的とした攻撃であれば。それも、有効なのだ。
「ぐっ……!」
「うおっ……!」
紅椿と白式に一発づつが被弾し、その光の羽根が爆発する。その威力はそれなりのものだが。
「くそっ……なんて発射数と連射速度だ!」
一夏が言ったように、同時に放たれる弾丸の数が多く、次に放たれるまでの時間差が少ない。
戦国時代の長篠の合戦の武田勢も、今の私達のような印象を受けたのだろうか?
「だが……! 速度が落ちたな!」
スラスターであり武器である、ということは。スラスターとして使いながら武器としても使う事は出来ない、という事だ。
「一夏!」
「おう!」
私の背から瞬時加速を発動し、距離を詰めた一夏が雪片弐型を振るう。これで、決まる……!
「なっ!?」
信じられない事に。――銀の福音は、一夏の一撃を回避した。それは瞬時加速などではなく、ただ、体を一回転させただけだった。
速度が落ち、逆にPICの働きによるちょっとした体勢変換が可能になっているとはいえ。それだけで、必殺の一撃を避けたのだ。
蝶のように舞い、などという比喩表現があるが。今の福音は、まさにそれだった。
「ならば、私も仕掛けるだけだ!」
一夏が離れたため、私も攻撃に移れる。一夏の攻撃を避けた福音をめがけて、突撃。それと同時に雨月を振るい、福音を攻撃する。
「!」
この攻撃は予想外だったのか、福音の回避が僅かに遅れた。そこに、突撃した私の攻撃が加わる。
「……!」
ほんのわずかだが、その白い装甲を切り裂く。よし……!
「俺も忘れるなよ!」
そして、一夏が再び瞬時加速で突撃してきた。……だが、その時。福音は、避けることなく大きく翼を開いた。……全方位攻撃か!
「La……!」
まるで歌うような声と共に、翼の砲門から光弾が形成され、放たれる。……しかし、ほんの僅か。
ほんの僅かな光弾の雨の隙間を、ハイパーセンサーが捉えた。それを、一夏にも瞬時に伝える。
「ここならば……!」
多少衝撃が来ても、十分に突撃できる。……そこにもぐりこんだ私は福音に一撃を加え。そして、愕然とした。
私に続いて攻撃する筈の一夏が、何故か、私達のかなり下方まで、下がっていたからだった。被弾したから、というわけではない。
――その下の海域にいる船を、今の攻撃から庇ったのだと解った。
「い、一夏! お前、何をしているんだ!」
「悪い、箒。……反射的に、庇っちまった。この海域は先生達が封鎖しているはずだから、密漁船か何かなんだろうけどな……」
「解っているのか!? 今の私達がするべきことは、目の前のこいつを止めることだぞ! そのチャンスを……!」
待てよ? あの姿、どこかで……。
「あれは……!!」
……私とボーデヴィッヒが、学年別トーナメントでセシリアと鷹月のペアと戦った時の事。セシリアへの過剰攻撃を防ごうとした、鷹月の姿。
それが、今の一夏と重なった。
「それでも、俺は見捨てられなかったんだ」
「……解った。ならば、次善の策だ!」
「次善の策?」
「一撃必殺はもう失敗した、ならば私達『二人で』止めるしかあるまい!
私が、お前が今放てるだけの零落白夜で削りつくせる値まで、あの機体のシールドエネルギーを私が削ってみせる!」
「お、おう!」
そう、零落白夜はまだ使える。シールドエネルギーがフル状態の福音を削り尽くせる事は出来ないが。
これが、例えば私がある程度まで削れられたならば、今の白式のエネルギー総量でも止める事は可能の筈だ。
「逃がすな!! こいつは、途方もなく厄介だぞ!」
「解ってるって!」
一夏に言う私にも、肌身にしみていた。この機体が、絶対に逃してはならない敵である……と。
「うおおおおおお!!」
福音の回避に合わせて展開装甲を自動展開させ、その避け方についていく。完全に、機体に任せた戦い方だった。
普段ならば、あまり選びたくはない戦い方だが、今は違う。この機体に不慣れな私が出来る、最善の一手。
あの時、ドイッチに勝つために剣以外の方法を選んだように。……この敵に、勝つために最善を尽くす!
「一夏、今だ!」
雨月のエネルギー弾が偶発的に福音の左翼に命中した。スラスターであるそれに直撃すれば、当然ながら回避も速度も落ちる。
エネルギーもある程度までは削っている。ここしか、ない!
「……え?」
その時。トーナメントでは何度も見た、シュバルツェア・レーゲンのレールガン並みの速度で私の背後に着弾した一撃があった。
福音ではなく、一夏でもあろう筈のない攻撃。……ダメージは、さほどではない。だが、福音に集中しきっていた私にとって。
その攻撃が与えた衝撃は、実際以上に大きく。そして一夏にとっても、それは同じだった。……そして、災いは更に続いた。
「な、何だ!?」
突如として、雨月と空割が消えていく。そして現れる空間ディスプレイ。エネルギー切れが間近、だと……!?
「箒!」
一夏の声に、我に帰る。だが、それはあまりに致命的な隙であり。そして福音にとってはそれは起死回生の機会だった。
「しまっ……!」
「箒!!」
福音の光弾の雨が、呆けていた私と紅椿を覆う。とっさに腕で頭部を庇ったが、この状況ではどうなるわけもない。
……だが、いつまでたっても衝撃が来ない。
「……一夏?」
頭部を庇っていた腕をどかすと、そこには一夏の姿があった。……私の代わりに、福音の攻撃を受けて。
「よ……う。大丈夫、か。箒?」
無理矢理作った笑顔の一夏。私が対応できないでいると。白式が強制解除され、一夏が落ちていく。
慌てて受け止めたが、一夏からは何の返事もなく。
「一夏ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私の絶叫が、空に響いた。――福音が逃げていくのも、謎の攻撃の事も頭から離れ。そして、私の世界は砕けた。
「命拾いをした、といったところかな」
「……ええ」
一方。一夏によって窮地を脱した密漁船の中では、幾人かの人間がいたが……そこに不釣合いな格好の女性が一人いた。
青いワンピースを纏い、ぬいぐるみをまるでお守りのように抱きしめている20代の女性。
「……あれが、織斑一夏と篠ノ之箒ね」
その女性は、じっと二人を見ていた。……その女性の名は、鴨志田麻里。元は自衛隊の職員の一人であり、IS学園のOG。
そして、安芸野将隆の持つ御影の整備を担当していた一人であり。ドール発表後、行方不明になっているはずの女性だった。
この船が、何処から迷い込んだのか。如何なる人間が乗っていたのか。この日の報告書には、一切不明とだけ記述されるのだった。
「やれやれ。モップ如きに福音を落とされちゃたまらないぜ」
「まあ、練習にはなったな」
ヤヌアリウスとフィッシング。篠ノ之束を討つために先行していた二人が、箒を襲った謎の一撃を放った張本人だった。
二人にとって、この行動は予想外でしかない。たまたま見かけていた戦いの場で、共に持つ『知識』と違う展開を見かけ。
それを打破するための一撃。そしてそれは、箒はレールガンのような、と評したが、それとは全く異なる『力』での一撃だった。
「おい、ついでにあいつらを殺るか?」
「……いや、既に学園の連中が向かってきているようだ。……いくぞ、下僕ども」
ヤヌアリウスの声と共に、全身を黒く染めたステルス使用のドール部隊が無言で続く。
そして学園教師らがたどり着いた時。そこには、倒れた一夏を抱きかかえる箒のみが残っていたのだった。
「……」
俺が気付いた時、全ては終わっていた。巨乳を揺らしていた篠ノ之博士の姿はなく、俺とゲルト姉が落胆したのだが。
そんな落胆など吹き飛ばす出来事が起きた。……一夏達が銀の福音の撃墜に失敗し、逆に一夏が撃墜された事。
それが、致命領域対応処置を受けるレベル――ようは、ISによる生命維持を最大限に発揮しなければならない状況だという事。
共に行った『彼女』が落胆のあまり、茫然自失状態だという事だった。
「……そして俺達は待機、か」
「ええ。……最強の一撃必殺機である白式が沈黙し、紅椿も使えない状態では仕方がないですが」
そして今、俺はゲルト姉と共に旅館の一角にいる。纏っているのがドールである俺は、予備戦力のそのまた予備……予備役みたいな状況だった。
同じドールだが、補給能力を持つ久遠ちゃんはあの少年と一緒に戦うらしい。……麗しい女子を前面に出し、俺が控えているだけというのは心苦しい。
「……! クラウス、悪い知らせと良い知らせがあります。どちらから聞きたいですか?」
その時、ゲルト姉が顔色を変えた。……どうやら、何らかの連絡があったらしい。ただし学園でも米軍でもなく。俺達の本拠、欧州連合から。
「良い知らせから聞かせてくれ」
「……では。まず、援軍としてドール20機以上がこちらに向かっているようです。物資も豊富に積んでいるそうですから、期待できそうですね」
それはいい知らせだな。それにしても、何処から20機も回したんだろうか。今東アジアで持っているのは中国と日本、在亜米軍くらいなんだが。
「じゃあ、悪い知らせっていうのは?」
「その援軍が……彼ら、だという事です」
「彼ら……って、おい!」
ゲルト姉の顔色で、彼らという単語が指す対象を理解した。な、なんであの連中がくるんだ!?
「……どうも、何やらきな臭いようですね。博士の出現といい、早すぎる援軍といい。……奇妙極まりない事態です」
ゲルト姉が、真剣度100%の顔になる。……俺も、同感だった。
「ここで、何が起ころうとしているんだ」
信じてもいない神に、思わず祈りそうになった。……願わくば、何事もなく明日が来て欲しいものだと。
福音への攻撃は皆様も予想していたように失敗しました。そして次回はいよいよ『ほぼ』完全オリジナルの戦闘です!
……もう少し、急いで書き上げたい物ですね。