「どうしたのよ、デュノア君。私に用事なんて、珍しいわね」
学年別トーナメント最終日の夜。本来なら優勝者が決定し、祭りが終わった後の寂寥感に包まれるはずだった夜。
しかし、乱入者によりトーナメントが中断されて中途半端に終わってしまったため、何となく不完全燃焼だった私は、今までの復習をしていた。
そんな私の元に、なぜか隣人のデュノア君がやってきたのだった。
「あの、ね。一夏の事、聞かせてくれないかな……?」
「織斑君のことを?」
はて、どういう風の吹き回しなのかしら。彼の事をまだよく知らない生徒ならともかく、ルームメイトの彼が一体何を聞きたいというのだろう?
「うん、貴女は、中学時代のクラスメートなんだよね? その頃のこととか、詳しく聞きたいんだ」
「……良いけど」
私より中学時代の彼を知っている凰さんは、まだ中国から帰ってきていないから聞けないし。
昔の事なら篠ノ之さんでも良いと思うんだけど、隣人である私の方が聞きやすいのだろうか。
それにしても、どうしてこのタイミングで? さっき彼らが一緒に帰ってきたけれど、それが関係あるんだろうか?
まあ、ルームメイトの事を詳しく知りたいっていうだけだろうし、私が知っている程度の事を教えるのなら、大丈夫だろう。
「ええと、じゃあまずはどこから話そうかしら。……そうね、まずは一年生の頃からにしましょうか」
「お願いします」
にこやかにお礼を言って、フランチェスカのベッドに座るデュノア君。
普通の女子ならドキドキするシチュエーションなんだろうけど、生憎と私はそんな事も無く。織斑君の事を話し始めたのだった。
「ありがとう、宇月さん。もう、この位にしておこうか。勉強の邪魔をして、ごめんね」
「良いのよ」
気がつけば、それから30分くらい話し込んでいた。こんなに長く彼と話したのは初めてだけれど、彼は、人の話を聞くのが上手い。
人を不快にさせずに話を聞ける性格のようだ。……人の心の地雷を無自覚に踏んづけた経験もある私としては、少しうらやましい。
「あれ、デュノア君? どうしたの、私達の部屋に来るなんて」
「ちょっと、宇月さんに質問があったからだよ。――お邪魔しました」
フランチェスカが戻ってきた。すると、さわやかさ100%の笑顔を振りまいて、デュノア君は退室していく。
……気のせいか、慌てて退室したようにも見えたけれど。本当、なんだったんだろう?
「ねえねえ香奈枝、デュノア君とどんなお話をしたの?」
「織斑君の事についてよ。彼も、ルームメイトとの距離を詰めたいんじゃないの?」
「織斑君と? …………ひょっとして、あれかな? 時期が時期だし」
「そうかもね」
一時、彼と織斑君が仲がうまくいかなくなったという噂もあった。だけど、タッグトーナメントを一緒に戦うと決定してその噂は薄れ。
フランチェスカの言うように、もう一ヶ月弱経っているからそんな噂を完全に払拭する為のものなのだろう。
それにしても、さっきの話を聞いている彼の表情。何故か、見覚えがある表情だったような。
「……まさか、ね」
オルコットさんや更識さんと同じような感じがしたけど、彼は男の子なのだからそんなはずは無い。
そう思い込んだ私は、復習を始めた。――その前提条件が間違っているとは、夢にも思わずに。
「シャルロット・デュノアです。――皆さん、改めてよろしくお願いします」
……うん、わけが解らない。昨日、織斑君の事を聞きにきたデュノア君。
彼が、一晩経ったら女の子として再転入してきた。……うん、わけが解らないわ。それは、私だけじゃないみたいだけど。
「え、ええっと、ですね。そういうことですので、デュノア君はデュノアさんだった……という事です」
自分でも良くわかっていない感じの山田先生の説明も、皆の耳には届いていないだろう。
普段なら、悲鳴や驚愕の叫びがこだましそうな一組だけれど。
「まあ、お前達が困惑するのも当然だ。――今回の一件に関しては、こちらから少し説明をしてやろう」
山田先生達の傍らに、織斑先生がいる為に全員が無言で。そして、先生が、話を始めたのだった。
「事の発端は、デュノア社の内部事情によるものだ。デュノアは数年前からISの訓練を受けていたのだが、今年になって状況が変わった」
ああ、織斑君の事ね。
「――デュノア社に、フランス政府から通達が届いた。第三世代機を作れなければ、IS開発の許可を取り消す……とな」
……そっち、だったの。学園の噂で、少しだけ耳にした事はあったけれど。
「そんな中、織斑の一報がフランスにも届いた。ここで、欧州の各国が第三世代機を候補生と共に送ろうとする中。
デュノア社は、シャルロット・デュノアをこちらに派遣しようとした。
15歳で高速切り替えを取得し、第二世代型のラファール・リヴァイヴで第三世代と戦える代表候補生……という名目でな」
「で、ですが何故それが男性として転入してきましたの!? 学園の調査は、どうなっていましたの!!」
「落ち着け、話は終わっていないぞオルコット。――学園側は、女子生徒が男装しているという事情を把握していた。
だが、少々事情が変わり、デュノアは、ボーデヴィッヒや同時期に来たほかの転入生とは異なり、学園への人材派遣として来校したのだ」
人材派遣……? どういう事だろうか。
「人材派遣って、その為にわざわざ代表候補生と専用機を送るって、不自然じゃないですか?」
「だよねえ……」
今度は相川さんと岸原さんが疑問の声を挙げる。まあ、その通りだろう。
「それは、デュノア自身が『枯れた技術』のみで構成された機体の持ち主だからだ」
「え? 枯れた技術って……技術って、水をやらないと駄目になるのか?」
「――布仏、この不勉強なクラス代表に説明してやれ」
「は~~い」
眉間の皺を指で押さえながら、先生は本音さんを指名した。私も、今の一言で唖然となったから先生の気持ちは良くわかる。
織斑君も、入学当初に比べればかなり知識も増えたんだろうけれど……。基礎的な部分をすっ飛ばして来てるから、仕方が無い。
「枯れた技術っていうのはね~~。既存の技術って意味もあるんだけど~~。
ずっと使われてきて、問題がなくなっている安全な技術って意味もあるんだよ~~」
「そういう意味なのか……」
眠気を誘いそうな声だけど、言っていることは正確で解りやすかった。織斑君も納得したようで、頷いている。
「つまりね、でゅっちーのリヴァイヴは、基本的に第二世代の兵器で構成されているけど~~。
これは装甲なども、唯一無二のものじゃなく、既存装甲のカスタマイズ品で~~。
機体の情報が取られても、それほど問題にならないって事だよ~~」
「情報?」
「せっしーのBT技術とか、りんりんの衝撃砲システムとか、らーぽんのAICだとか。
あるいは、くんくんとぶーろーの高速エネルギー補給システムだとかとはまだ明かせない、て事だね~~」
うん、言っている事は正しいんだけど。どうでもいいんだけど、くんくんとぶーろーって……。
間違いなく、久遠とロブの事なのよね。うん、独特すぎるネーミングだわ。
「……でも、言っていることは間違っていないわね」
極端な話、材料さえあれば学園でもデュノアく……じゃない、デュノアさんのリヴァイヴと『全く同じIS』を作るのは簡単だ。
基本的に、彼女のISの部品はワンオフの特注品ではなく、既製品とそのカスタマイズらしいから、この学園でも扱えるものばかり。
勿論、彼女のこれまでの操縦経験は同じには出来ないし、操縦者の腕が一定以上じゃないと同じようには扱えないだろうけど。
……ちなみに、ここまでは黛先輩の受け売りだったりする。
「で、でも織斑先生。デュノアく……えっと、デュノアさんのISがそうだとしても、代表候補生なのは……」
「そ、そうですわ! それに、それが何故男装に繋がりますの!?」
「男子生徒である織斑と同室にするためだ。織斑の、そして男子生徒達のガード役も兼ねていたのでな」
「が、ガード役?」
「クラス対抗戦の一件は、皆が理解しているとおりだ」
「!」
ある意味、デュノアさんの正体発覚よりも大きな衝撃が走った。――あの、クラス対抗戦の乱入者。
それを、先生が公式に認めるような発言をしたからだった。あの一件は、黛先輩によると『基本的に触れるな』という話題であり。
こういう形とはいえ、先生が口にするなんてありえない事だったから。
「ああいう風な不測の事態が起こったための、ガード役だ」
「……一夏は、それを知っていたのですか?」
「織斑には、知らせていなかった。まあ、途中で織斑もデュノアが女であるとは気付いたようだがな」
「……」
「……」
今度は、篠ノ之さんが質問した。そして先生が答えた時、微妙に空気が変わった気がした。どうして織斑君がデュノアさんの正体を知ったのか。
何となく、皆が察したからだろう。まあ、先生がいるから口に出して騒ぐような真似はしないけど。
「まあ、お前達にも、驚きと不満はあるだろうが。――デュノア」
「はい。――どのような理由であれ、僕が皆を騙していた事には変わりはありません。――本当に、ごめんなさい」
深々と頭を下げ、そのままの姿勢を保つデュノアさん。その態度には、真摯な謝罪の意思が感じられた。
「これは、我々学園側の事情ゆえの事態でもある。こんな事を言えた義理ではないが……デュノアを、許してやって欲しい」
「は~~い」
「私としては隣人がそういうのだったのはショックだけど……そういう事なら、しょうがないかな?」
「そうだよね。デュノア君……じゃなかった、デュノアさんは男の子だからって特権を主張したわけじゃないし……」
「ショックだけど、でもあそこまで謝られたら……ねえ」
織斑先生の補足に合わせて本音さんが手を挙げ、フランチェスカがまずデュノアさんを更にフォローし。
そして、ゆっくりとデュノアさんを許すムードが広がっていった。
「……」
ただ一人、ボーデヴィッヒさんだけは無言を貫いている。……ううん、あれは心ここにあらず、って感じかな?
「では、今日から通常授業だ。お前達がトーナメント期間をどう過ごしていたのか、しっかりと見せてもらうぞ」
その声と共に、デュノアさんの事は完全に消えうせる。――そして、またいつもの日常が始まった。
「千冬姉、そろそろかな」
「そうだね」
トーナメントが中断された日の夜。俺達男子生徒が、千冬姉の部屋――寮長室に集められた。
正確にはロブはおらず、そこにシャルロットもいたが。
「やっぱり、シャルルの事かな? 俺とクラウス、一夏にシャルル、それにドイッチって事は……」
「このメンバーだと、それしかないよな」
「――静かにしたまえ。来たようだぞ」
ゴウの声に合わせるように、主である千冬姉が入ってきた。部屋にいる面々を一瞥し、わずかに頷く。
「よし、揃ったようだな。……何故おまえ達が集められたのか、察しているか?」
「はい。彼女の事、ですよね」
「そうだ」
「それで、何の用事でしょうか織斑先生?」
「そう急くな、ドイッチ。お前達を呼び出したのは私だが、用事があるのは私ではない」
「え? どういう意味ですか、先生?」
「将隆。……用事があるのは僕、だよ」
「シャルルが?」
意外な展開に、俺達男子が一斉にシャルロットの方を向く。その視線を浴び、わずかに息を吸い。
「うん。――皆には、先に伝えておくけれど。僕、明日から本名を名乗ろうと思うんだ」
彼女は、とんでもなく大きな爆弾を落とした。……マジ、か。
「本名を名乗るのか?」
「うん。一夏には、もう言ってたけど。――シャルロット・デュノア、だよ」
「シャルロット・デュノア……か。――それが、君の本名なのか」
「そうだよ、将隆。ようやく、君達にも打ち明けられたね」
ようやく秘密を明かせた安堵からか、表情が和らぎ肩の力も抜ける。
ああ、やっぱり何だかんだで気疲れがあったんだろうな。俺も、フォローし切れなかったんだろうか。
「俺は、結局何も出来なかったのかな……」
「そんな事無いよ!!」
おわ!? いきなり、シャルロットが大声を出した。彼女がこんなに声を張り上げるなんて……あ、結構珍しくも無いか。
でも、いきなり声を張り上げる時があるんだよなあ?
「一夏は、僕の正体を知っても何も言わないでいてくれた。ここにいろ、って言ってくれた。それは、とっても嬉しかったんだよ」
「そうだぜ、一夏。それを言ったら、俺なんて、本当に何もしてない。
将隆と一緒にお前らの部屋に行った時に、ちょっとツッコミを入れた位で。後はせいぜい、喋らなかった事くらいだぜ?」
「我々にはデュノアの身柄を救う事は出来た。だが、奴の心の負担を少しでも軽くしたのは一夏、お前だ。それは誇っていい」
「そうそう。それにお前が『何も出来なかった』って思うのは、シャルル……じゃなかった、シャルロットに対しても失礼だろ?
あいつは、お前の言葉に本当に救われたと思ってるんだからな」
千冬姉とクラウスの言葉が、シャルロットの言葉を後押しする。……なんか、照れくさかった。
「……まあ、そうだな。もしもお前が、何か自分に不足していた点があると考えるのなら。――お前は、デュノアの防壁になってやれ。
杞憂に終われば良いが、下らん連中が騒ぐ可能性もある。それを防ぐ、楯になってやれ。……それが、お前への罰だ」
「はい!」
願っても無い一言に、元気よく返事をする。すると、なぜか隣にいるシャルロットの雰囲気が変わった気がした。
「……一夏は、僕の事を守ってくれるって事?」
「ああ、そうだな。まあ、あまり大した事は出来ないかもしれないけど」
「そ、そんな事はないよ!! そ、それで……い、いつまで守ってくれるの? い、い、いっしょ……」
「え? そりゃあ、シャルロットに変なことを言う奴がいる間は守るぜ。だってシャルロットには、世話になったし。
ああ、それと箒とかセシリアとか鈴とか……親しい皆にも声をかけてみるつもりだ。
俺だと、女子更衣室とか風呂とかトイレの中まで守る事は出来ないし……って、どうしたんだ? 何か落ち込んでるけど」
「な、何でもないんだ……あ、あはは……」
「……一夏、お前って奴は」
「言うなクラウス、無駄だ」
はて、シャルロットが乾いた笑いを浮かべ、三組の男子二人が呆れた視線を俺に向ける。何故だろうか?
「では、用件はこれで終わりだ。――解散」
「じゃあ、クラスメートとの勉強会が待っているので俺達はこれで失礼します」
「今日はマーリちゃんの回避技術と、空ちゃんの加速技術の勉強だったな。急ぐぞ」
将隆とクラウスが、解散を許可されるやいなや急いで出て行った。忙しないなあ。
「……でも、俺も負けていられないよな」
将隆は、トーナメントで準決勝まで残った。だけど俺は、準々決勝で負けた。
単純に比較できるものではないし、負けた事には納得しているが。俺も、腕を磨かないとな。
「一夏は、将隆に負けたくないの?」
「将隆に、って言うわけじゃないけど。最初から負けを認めたりはしないぞ」
千冬姉相手、とかなら別だけどな。
「だったら、僕はいつか、織斑先生に勝ちたいな。せめて、並べるくらいにはならないとね」
軽やかな声で言ったシャルロットだったが、内容はとんでもなかった。千冬姉に、並ぶ?
という事は、ブリュンヒルデ――モンドグロッソ総合優勝を目指すって事か? 俺でさえ、それがどれだけ難しいのかは解るのに。
「凄く大きな目標をもったんだな」
「そうだね。うん、物凄く大きな目標だよ。難攻不落の要塞を陥落させようっていうんだから、ね」
要塞? はて、何か例えが変な気がするんだが。要塞って言うと、俺達がトーナメントで戦った『黒吹雪』みたいな感じなのに。
まあ、千冬姉が難攻不落だって言うのは間違っていない気もするけど。……はて、千冬姉は面白そうな表情で俺達を見ているな。
「覚悟してね、一夏」
シャルロットが、可愛らしくウインクをしてきた。この後彼女は、なぜか隣人の宇月さんの部屋に入っていったが。
……うーむ、行動といい発言といい、何故だかさっぱり意味が解らないぞ。
――こんな事があったのが、昨日の夜。というわけなので、俺は出来る限りシャルロットと一緒にいた。
やっぱり、俺達を見る周囲の皆がざわついている。それは当然だが、幸いにも俺達に突撃してくるような女子はいなかった。
「なあ、さっきの話なんだけど。シャルロットが、学園防衛に回るって事なのか?」
「うん。フランスから、代表候補生としてコアごと出向って形になるのかな。期間は、三年間。卒業までだけどね」
三度も乱入者騒ぎがあったからなあ。――代表候補生でもあるシャルロットの力を借りよう、って事か。
「でも、シャルロットはそれでいいのか?」
「うん。一般の生徒よりも、ちょっと外出する事が厳しくなったり、学園の防衛訓練に参加義務が出来るけど。
――僕は、ここにいられるだけで嬉しいよ」
「そっか……それなら、俺は何も言わない。――良かったな、シャルロット」
「うん。これも、一夏のお陰だよ。ありがとう」
「よし、じゃあ少し急ぐか。食堂まで、ひとっ走りだ!」
「うん! それじゃ、二人で……」
「待て、一夏。わ、私も一緒に昼食をとろう」
「私も同伴いたしますわ!」
箒とセシリアが、俺達の行く手を遮るように現れた。よし、じゃあ四人で取るか!
「……はあ。こうなると思っていたけどさあ」
あれ、シャルロットが何故か落ち込んでいるぞ。何でだ?
「あ、デュノア君……じゃなかった、デュノアさんだ……」
「本当に、女子だったんだ……」
食堂に着くと、やはり女子からの視線がシャルロットに集中した。俺達は、彼女を隠すように三角形に立って……え。
「シャルロット?」
「大丈夫、だよ」
シャルロット自身が、俺の隣にやってきた。その態度は、背筋を伸ばし、堂々としている。
その態度には、視線を向けていた女子が逆に気圧されてすらいた。
「やっほー! 黛薫子、ただいま参上! ――シャルロット・デュノアさんにインタビューに来たよ!」
が、当然そんな事にはならない人もいるわけで。そのうちの一人、新聞部の黛先輩がやって来た。
「待たせたかな、デュノアさん?」
「いいえ。――僕も、今ここに来たばかりですから」
あれ? 黛先輩を呼んだのは、シャルロットなのか?
「……さて、と。それで、用事と言うのは何かな? 謝罪かな?」
いつもよりも三割は真剣さを増した黛先輩が、マイク付きボイスレコーダーをシャルロットに向ける。
俺も箒もセシリアも、そして他の女子も固唾を飲んで見守る中。シャルロットは、すうと一息つき。
「はい。僕の事で、ショックを受けている人、不快な感情を抱いている人がいるのは当然だと思います。
――だから僕は、ここで謝罪すると共に。これからの学園生活の中で、贖罪をしていきたいと思います」
きっぱりと、そして視線をそらさずに言った。それを聞いた周囲が、水を打ったように静まりかえる中。
「オッケー、それが君の気持ちだね。――じゃあ、号外として出すから待っててね!」
先輩は、いつものようにダッシュして食堂から出て行った。周囲の女子も動き出す中。
「何か、堂々としてたね……」
「そうだね。……ああ言われたら、もう何もいえないよね」
結構、シャルロットに好意的な声が聞こえてきた。……凄いな。
「シャルロット、凄いな」
「うむ。正々堂々としていたな」
「お見事、ですわね」
「え……あ。えっと。うん。これが僕の、ケジメの一つだよ」
さっきまでとは別人のように、はにかむシャルロット。うーん。
「でも、本当格好良かったぜ!」
「そ、そうかな? ……でも僕は、どうせなら可愛いって言われた方が良いんだけど」
ん? そうかな、の後が良く聞こえなかったんだが。
「……あ、あの!」
あれ? 箒でもセシリアでもシャルロットでもない声が、後ろの方から聞こえてくるぞ。
「い、今から、昼ごはん、なんだよね……? わ、私も、一緒でいい、かな?」
「あれ、更識さんか。珍しいな」
俺の制服の端を、ちょこんと摘んでいる更識さんがいた。はて、どういう風の吹き回しだろうか?
「じゃあ、簪さんも一緒に食うか?」
「う、うん!」
ご主人様に褒められて喜ぶ犬みたいな表情になる更識さん。……はて、俺は何でこんな感想を彼女に対してもったんだろうか?
のほほんさんにもそんな印象を持つ事があるけど、彼女と友人だからだろうか?
「あ、あと、その……簪で、いい」
え? 何だって?
「か、簪、って、呼んで」
「え、呼び捨てで良いのか?」
「う、うん!」
以前、雨に濡れている更識さんをアリーナに連れて行ったとき。名前で呼んだら、思い切り拒絶されたんだが。
まあ、あの時の彼女はゴウに負けてクラスメート達に酷い事を言われたらしいから、平静じゃなかったんだろうけど。
「じゃあ、簪。飯、一緒に食おうぜ!」
「う、うん!」
「お、おのれ……またなのか、またなのか一夏!」
「二人同時だなんて、予想だにしていませんでしたわ!」
「更識さんも、なんだ……」
簪さ……もとい、簪は、満面の笑みを浮かべていた。そんなにお腹が空いていたんだろうか?
それは兎も角。……箒とセシリアとシャルロットは、何を言っているんだろうか?
「……あそこのテーブル、凄いわねえ。専用機持ちが四人も一緒だなんて」
「ここにも、安芸野君がいるけどね~~」
「まあ、そうだな」
俺は、三組の面々――赤堀、アウトーリ、歩堂、ディークシトと共に一夏やシャルロットらの昼食風景を遠くから眺めていた。
一夏、篠ノ之、オルコット、シャルロット、このあたりは解る。……しかしもう一人、四組の更識まで一緒に混じっていた。
「あれってやっぱり、織斑ガールズにデュノアく……もとい、デュノアさんと更識さんが加わったのかな?」
「まあ、間違いないだろうな」
「へえ。これで、今は中国に帰っている凰さんと合わせて、五人かぁ。その内、四人が専用機持ち。……狙ってるのかな?」
「一夏にかぎっては、それは無いな。シャルロットの事も更識の事も、偶然だろ」
一夏が女子を次々と惹きつけていくのは無意識のうちだが、専用機持ちばっかりが惚れていくのは、単なる偶然だろう。
狙っているのなら、一組のもう一人の専用機持ちであるボーデヴィッヒもそうなる事になる。まあ、それは絶対に無いだろうけど。
「ん? 今、何かフラグが立った気がする」
「相変わらずたまにわけのわからないことを言うなあ、赤堀は」
俺の隣で中華定食をほお張っていた赤堀が、変な事を言い出した。……いや、彼女の言動としてはいつもどおりなんだが。
うん、やっぱりわけ解らん。たまに別人みたいに鋭い事を言ったかと思うと、謎の言動をする奴だし。
「そういえば、デュノアさんの本名ってシャルロット・デュノアで良いんだよね?」
「ああ。彼女の本名は、そうらしいな。俺も、彼女が『シャルロット』だと知った時には驚いたもんだが」
俺も昨日明かされたばかりなんだが、もう本人が公表したんだから言っても良いだろう。……あれ? ディークシトが何かジト目だ。
「前々から思ってたんだけど。何か安芸野君って、私達に対して他人行儀だよね」
他人行儀? はて。何故だろうか。
「幼馴染の一場さんとか、デュノアさんは呼び捨てなのに。トーナメントで戦った唯のことも、まだ赤堀さんって呼んでいるし」
…………いや、意味が解らないんだが。何でそこでディークシトがツッコミを入れるんだ?
「うーん、まあそれもそうかもね。いい加減、苗字呼びはやめるべきなんじゃないかな?」
「クラウス君なんて、転入初日から名前+ちゃん付けだったし」
「じゃあ~~。私達も彼の事は名前で呼ぶって事~~?」
「それは、人それぞれで良いんじゃないの? まだ、慣れていない娘もいるし」
「それはそうだね。――じゃあそういう事だね、将隆君」
赤堀の言動はわけ解らん、とさっき思ったが、このテーブルに座っている全員がそのようだった。
いつの間にか、女子を名前で呼ぶ事が俺の意思に関わらず決定しているようだ。
ここで『将隆君』と呼んできた彼女に対して、あえて『解った、赤堀』といえるほど俺は強くない。
うん、これが女尊男卑の世界なのか? 俺の故郷じゃ、そんなに強くなかったが……。
「……あれ、フリーズしちゃったの?」
対面席に座っていた歩堂が、俺を覗き込んでくる。生地の薄い夏服なので、その膨らみが重力に引かれて存在を強調し。
目に相手の姿が映るくらい、近づいている。……無防備というか、無自覚というか。……ええい!
「……解った、唯」
女子を新しく呼び捨てにするなんて、何年ぶりだが忘れたが。俺は、彼女の事を名前で呼んだ。
「お。呼んでくれたね。……でも、意外と良いね。男子に呼び捨てにされる事って、最近はあまり無かったけど」
「言い出しておいてなんだけど。私は、サラでもディークシトでも、どちらでも良いわよ。まあ、私の方は名前で呼ぶけど」
「私も、ロミーナでもロミでもどっちでも良いよ~~。……くー」
「こら、ロミ! 食事中に寝ないの! ……あ、私は凛でいいわ。でも凰さんと発音が一緒だから紛らわしいかな?」
うん、何だこのカオス空間。さっきまで普通に飯を食っていたはずが、どうしてこうなった!?
なお、これを後でクラウスに話したら『裏切ったな! 俺の友情を裏切ったな!
女子から「私の事は名前で呼んで」と言われるなんて、俺には一度も無いぞ!!』と言われた。
……とりあえずクラウス、お前は何故そう言われないのかをもう一度考えた方がいい。
『覚悟してね、一夏』
「クソが」
あの時、あの言葉を聴いた瞬間、腸(はらわた)が煮えくり返るような怒りを覚えた。
茶番。それがこの一幕への俺の感想だった。一夏は大した事を考えていたわけじゃない。
たまたま見知ったシャルロットへの非道に思いつくがままの言葉を投げかけ。孤立無援だった彼女がそれに縋っただけだった。
……そして偶々姉が弟の為に働いただけ。三文芝居でしかなかった。そもそも、卒業したらどうするつもりなんだ?
一時しのぎに過ぎないじゃないか? 問題の本質的な解決になっていない。……まったく、くだらない。
「まあいい。七夕の日に、見せてやるとしよう」
その表紙には『オペレーション・ゴスペル・ブレイク』とあった。
この世界でも『知識』と同じように開発されているという『アレ』を使い、見せてやるとしよう。学生達に、教師達に、専用機持ち達に。
――そして、その日に臨海学校に乱入して来る可能性の高い、世界最悪の女にも。――ISが、本来歩くべき道をな。
「クラウス……貴女には失望しましたよ。シャルル・デュノアが女子である事を見抜けなかったばかりか、私にも隠していたなんて!!」
ゴウが哂いを浮かべていた頃。ゲルト・ハッセとクラウス・ブローンの二人は一年生寮の一角で睨みあっていた。
従姉弟であるこの二人が、睨みあうというのも珍しい事態だが。
その原因は、シャルロット・デュノアの事をクラウスが従姉弟にも秘密にしていたためだった。
「だいたい、偶々裸を見て気付くなど羨ま……ではなかった、情けない! 何故、一目見て女子だと気付かなかったのですか!」
「げ、ゲルト姉だってそうだろ!!」
「ぐ……と、とにかくああいう事がもう一度あったら、すぐに教えてくださいよ」
「ほう、どうするつもりだ?」
「それは勿論、弱みに付け込んであーんな事やこーんなこ、と……を……」
「そうか、ハッセ。以前、私は忠告したな? 生徒に無理やり迫ると判断される可能性もある、と。
だが、どうやらお前はそれを故意に行おうとしたようだな? ――死ね」
出席簿が、一年三組副担任補佐の頭部に叩き込まれる。……その衝撃音は、明らかに出席簿の出す音ではなかったが。
「げ、ゲルト死ぬともエロは死せず……」
耐性がついてきたのか、彼女はまだしっかりと立っていた。叩かれた理由さえ考えなければ、賞賛にすら値する結果である。
「ふむ、しぶといな。ではもう一撃――」
「いやいや、それ以上やったらわりとマジで死にそうですよ!!」
半死半生となる従姉弟の前に立つクラウスも経験者であるがゆえに、その一撃の重さはいやでも理解できた。
そしてクラウス・ブローンは、命を懸けて世界最強の前に立つ。あの時、ラウラの前に立ちはだかったように。
「どけ、ブローン」
「いや、流石にここは……退けないでしょ」
「どけば、私の所有する下着を一枚譲るが?」
「――織斑先生!! 俺は先生に絶対服従を誓います!!」
ユダやブルータスも驚くほどの裏切りを見せた少年は、あっさりと道を譲った。
従姉弟に『また』裏切られたIS学園OGの教師は、がくりと項垂れた。
「く、クラウスの、裏切り者……」
「日頃の行いの報いだな、ハッセ。元教え子を矯正するのも教師の役目だ。――来世では、少しはまともに生まれてこい」
……。しばし後。頭から煙が出て倒れているゲルト・ハッセを尻目に、千冬は約束を果たそうとしていた。
それを見守るクラウスは、子供のように純粋で、そして子供とはまるで違う欲望に満ちた視線で教師の次の言葉を待っている。
「よし、渡してやろう」
「ありがとうございますっ!!」
まるで玉璽でも受け取るように恭しく千冬の取り出したものを受け取るクラウス。
今にも天国に向かうかのようだったその笑顔は――受け取った瞬間、困惑に変わった。それは――。
「あ、あのこれは……?」
「私の所有する下着だが?」
「で、でもこれ……」
ビニールで梱包された、明らかに未使用の下着であった事に起因する。
困惑する生徒に、世界最強の教師は狼のような笑みを浮かべた。
「それは以前、私が日本代表だった頃にメーカーから届いた物だ。既に時代遅れのデザインだが、まだ新品だぞ?
何せ『開封せず、一度も使用していない』のだからな。清潔そのものだ」
「そ、そんな! 先生は、所有している下着を譲ってくれるって……!!」
「私宛に送られてきて、私が受け取った以上は『所有している下着』だろう?」
「ぐ……だ、騙したんですね……」
クラウスが欲したのは『千冬が使用した下着』であり、彼女が未使用であれば意味がない。
これでは、彼が教師に女性用下着を買ってもらったのと同じであるからだ。
「騙したとは人聞きの悪い。貰ったが、趣味が合わなかったので使用しなかった無用の長物。
それを、欲しがる人間がいたから『新品のまま』譲っただけだ。何か問題があるのか?」
その言葉に、クラウスは反論を持たなかった。……もともと、あろう筈もないが。
「――うわあああああああああああああんっ! 織斑先生の馬鹿やろおおおおおおおおおおおおおっ!」
号泣しながら、夢破れた少年は走り去った。それを見守る教師の顔には、苦笑いが生じ。
「珍しいですね。織斑先生が、ああいう風な手段を取るなんて。弟さんが見たら、目を丸くするんじゃないですか?」
「フォローは頼みます、新野先生」
廊下に控えていた三組担任・新野智子が笑いを隠せない様子で現れる。その脇には、気絶した副担任補佐が抱えられていた。
「……ところで織斑先生。どうして、あんな物がパッと出てきたのでしょうか?」
「……」
笑顔で言う智子に、千冬の表情が固まる。その理由は、生徒達には絶対に明かせない秘密。
「寮長室の清掃、今度の休日にでも『また』お手伝いしましょうか」
「……頼みます」
千冬と智子。共に一年生の担任を預かる教師であり、元IS日本代表と、その同時期の代表候補生である二人。
奇縁の果てに同じ職場で働く事となり、将来の夢を目指す少女達(一部例外あり)を導く役目となった二人の女性。
それぞれに優れた点があり、苦手な点が存在しているが。
こと、整理整頓と言った面に関しては、智子 >>>(途中省略)>>> 千冬であった。
「……掛けるしか、ないのか」
私は、送られてきたメールを見ていた。昨日、突然送られてきたそれに記されていた電話番号。それは――私しか知らない番号。
「力を求めるなら……か」
『力を求めるなら、掛けたまえ!』と書かれたメールの下に記されて番号。名前は記さずとも、誰からであるのかは解っていた。
そして、それだけを求めるのがどれだけ愚かしい事なのか。私は知っている。あの時も、そうだ。だが……。
「今のままでは、何も出来ない……!!」
クラス対抗戦の時。私はただ、声をかけることしか出来なかった。セシリアや鈴のように、あるいは安芸野や更識達のように。
突然やって来た更識会長のように、一夏の横で、戦いたかった。眼前で一夏がやられるのを、ただ見ているだけなんて嫌だった。
「専用機があれば、戦えたんだ……!」
学年別トーナメントの乱入者の時も、そうだった。安芸野達と更識達の試合開始直前に来た乱入者。
あの乱入者と戦う事も、一夏やデュノア、セシリアのように避難する人達の誘導を手伝う事も出来ず。ただ、立っているしかなかった。
「あの時だって、そうだ……!」
思い出すのは、タッグトーナメント準々決勝。暴れるボーデヴィッヒを止められなかった。
セシリアや鷹月への執拗な攻撃に対して、私は見ている事しか出来なかった。
セシリアへの一撃をそらすくらいは出来たが、それはボーデヴィッヒが私を無視していたから。
もしも千冬さんの試合終了宣告がなく、彼女に更なる攻撃を仕掛けてきたのなら……あの時の私では、きっと守りきれなかっただろう。
そしてその前にも、シールドエネルギー零の状態でセシリアを庇った鷹月を止める事さえできなかった。
――それが原因となり、彼女は委員会に呼び出されて処分を受ける結果になったという。まじめで、優等生だった彼女に付けられた汚点。
ドイッチ達に勝って、タッグトーナメントの決勝に進出した? 再開されれば、優勝の可能性がある? それに、何の意味がある……!!
「私は……私は……っ!!」
私は決意し、今まで決して押さなかった番号を押した。数回鳴った後。
『やあやあやあ! 久しぶりだねぇ! ずっとずーーーーーっと待ってたよ!!』
何年ぶりかに聞く、実姉・篠ノ之束の声がする。一体、何と言って話を切り出せばよいのだろうか?
「あ、あの、姉さん……」
『うんうん、用件はわかってるよ。欲しいんだよね? 箒ちゃんだけのオンリーワン、専用機が!!』
え……? ど、どうして……。
『勿論用意してあるよ。最高性能にして規格外仕様。そして白と並び立つ者。その機体の名前は――紅椿!!」
あか……つばき? それに、白、とは……?
『近々届けに行くからねっ! それじゃ箒ちゃん! 再会を楽しみにしているよーーーっ!!』
「あ……」
言いたい事だけを言うと、姉さんは電話を切った。私の用件は伝わったのだが、何故、言い出す前に解っていたのだろうか。
疑問が頭を駆け巡るが、回答は浮んでこない。姉妹とはいえ、頭の出来が違うのは自覚していたが……。
「――篠ノ之。何をしている」
「ち、千冬さん!? ――痛っ!?」
私に声をかけてきたのは、千冬さんだった。……そして思わず名前で呼んでしまったため、拳骨をくらったわけだが。
「お前達を苗字で呼ぶ時は織斑先生、だ。あの愚弟でもあるまいし、いい加減に覚えろ」
「す、すいません」
ぐ、やはり強烈だ……。
「それで、お前はこんな所で何をやっている。消灯時間にはまだ早いが、電話なら、自室でも寮内の通話室でも出来るだろう」
「そ、それは……」
「束か?」
「――!?」
心臓を掴まれたような衝撃が走る。ど、どうして……!?
「――で。お前は何を頼んだ?」
「!!」
背筋に氷を詰められたような衝撃に、硬直する。……駄目だ、この人相手に誤魔化す事など出来ない。……だったら。
「あの……」
「――っ!!」
私の言葉を遮り、千冬さんは何かを投げ付けた。私達から五mほど離れた、花壇の上。そこには何もない、筈だったのだが。
「え?」
投げ付けたそれは、何も無い筈の空間に当たって砕けた。そのまま、何かが逃げ去る音だけが聞こえてきた。
「光学迷彩。それも、安芸野の御影レベルの代物、か」
「見張られていた……のですか? しかも、あれは……」
「IS、もしくはドールだろうな。……何処の誰だか知らんが、悪趣味な事だ」
呆然となるが。その時、ある事に気付く。今の監視者があそこにいたと言う事は。
「ま、まさか私の電話は……」
「聞かれていただろうな。……まあ、あいつがこれで足がつくほど簡単な女ではない。気にするな」
き、気にするなと言われましても……。
「寮長室に来い。もう少し、話をしてやる」
問答無用、といった口調で千冬さんがこの場から立ち去る。私は、花壇の上に少し視線を向けて、そこから立ち去った。
「さて、と。何か聞きたそうな顔だな?」
「は、はい。……あの、何故私の電話の事がわかったのでしょうか」
千冬さんは、察しがいい。特に一夏の考えなどは、ほぼ確実に読み取る。まあ、あいつの考えがわかりやすいというのもあるだろうが。
「なあに、タネを明かせば私も先ほどあいつに連絡を取ったからな。そう思っただけだ」
「千……織斑先生が?」
一体、何の用事だというのだろうか。
「お前にも無関係な事ではない、教えておくか。――安芸野と更識達の試合の乱入者の一件。それと、幾つか雑事をな」
「……ま、まさか」
あれにも、一枚噛んでいるのだろうか?
「あの乱入者については、詳しくは説明できないが。――あいつに言わせれば、あれは『紛い物』だそうだ。
まあともかく『準決勝の乱入者には』あいつは関わってはいない。安心しろ」
「そ、そうですか……」
少しだけ安堵できたが。何か、含みのある言い方だったような……?
「そういえば、七月の臨海学校だが。そういえば、二日目――七月七日は、お前の誕生日だったな」
「は、はい」
「……もしかしたら、来るのかもしれんな。あいつが」
姉さんは通話の中で具体的な日付は口にしなかったが、ありえそうな話だ、と思った。だが――。
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
あの卓越した頭脳と引き換えに、常識だとか他人への配慮だとかを置き忘れて生まれてきたような人だ。
あの人がIS学園の公式行事に乱入するような真似をすれば、千冬さんには勿論、他の生徒にも大迷惑になるだろう。
「大丈夫なわけは無いが。あいつが一度決めたら、私達が何を言っても無駄だ。せいぜい『事前に対応策を練る』くらいだろうな。
まあ、杞憂に終わってくれれば一番良いのだが」
「……」
私達が生まれる前からの付き合いだという千冬さんだけに、その言葉には実感と諦観が込められていた。……はあ。思わず溜息をつく。
「――篠ノ之。お前は力を欲するのか?」
「は、はい」
「それは、別に構わん。どうせお前の事だ。今まで奴に甘えた事なぞ殆ど無いだろう?」
甘えた事……か。
「まあ、力は力だ。力を欲するのも理解できる。ましてや、お前は――」
「千冬さん」
「っと――すまん、これは禁句だったな。……いかんな、最近口が滑る事が多い」
珍しくも、千冬さんが頭を掻き毟る。ボーデヴィッヒの事を私に漏らした事といい、最近は調子が悪いのだろうか?
「不思議そうな顔をしているな」
「い、いいえ。それにしても、私にこんな話をしてもいいのでしょうか?」
「良くは無いな」
それで良いのでしょうか。……思わず、そう指摘したくなった。
「だが、お前の性格。そして乱入者などの一件で、鬱憤が溜まっていそうだったからな。少しは、話しても良いと判断した」
「は、はあ……」
「それに九重が、篠ノ之を気にかけておいてくれと言っていたしな」
「こ、九重先輩が?」
「ああ。他にも何人か、似たような事を言っていたがな。……もう少し、柔らかくなれ。変わる事も、大事だぞ。
まあボーデヴィッヒに対して、現状として何もやれていない私が言えた義理ではないがな」
「そうですね――あ痛っ!」
「馬鹿者。そこは嘘でも『そんな事はありませんよ』という所だぞ」
先ほどの拳骨やいつもの出席簿と比べると、真剣とビニール刀ほど違う優しい衝撃が私の頭に走る。
……気がつけば、先ほどまでの鬱屈が少し薄れたような気がした。
「……流石は織斑千冬、といった所か」
クラス対抗戦、第四の乱入者にしてトーナメント一日目の侵入者・ティタンはそう呟いた。
現在位置は、IS学園の上空3000メートル。はるか下方で夜の闇の中で光り輝く学園を見下ろす目からは、感情は認められない。
「もしも攻撃されていたら、ただではすまなかったが。――まあいい、目的が果たせたのだから問題はないか」
篠ノ之箒が電話を掛けた時、それを記録していたティタンは、そう呟くと『穴』を開けて戻っていく。自身の、主の為に。
というわけで、原作二巻の内容は今回でほぼ終わりです。
次回からいよいよ、アニメ第一期クライマックス&原作第三巻の臨海学校編に突入(予定)!!
ハイスピード学園バトルラブコメを原作とするSSなんですが、全くハイスピードでない本作。
新章突入で、少しは速度が上がる……といいなあ(←駄目人間、ここに極まれり)