「ワイヤーブレードを開放してきましたわね」
シュバルツェア・レーゲンから伸びる、六本の蛇のような武器を見たとたん、セシリアの表情が険しくなった。
香奈枝が黛薫子から貰った意見(正確には、更識楯無と彼女の話し合いの中で、両者共通の認識として生まれた意見)の黛プランの中でも。
シュバルツェア・レーゲンの武器の中で最も厄介なものは、AICではなくワイヤーブレードという認識だった。
その理由としては、アリーナの半径以上の有効範囲を持つ長射程。操作性のしやすさ。他の武器との併用も可能な利便性。
そして捕獲・攻撃・牽制など多用途に使える使い勝手のよさがある。
「ですが、このブルー・ティアーズを前にそう易々とは近づいてこないようですわね。ただ蛇のように蠢くだけ、ですか」
セシリアの言葉が示すように、ワイヤーブレードは六匹の蛇のように、蠢いている。だが、襲いかかろうとはしない。
――何故ならブルー・ティアーズは、ある意味ではワイヤーブレードの弱点を補った存在であるからだった。
無敵に見えるワイヤーブレードも、弱点がある。その中のひとつが『ワイヤー部分を切断されると、無用の長物と化す』点だった。
推進能力は先端部のブレード部分のみに存在し、ワイヤー部分はIS用であるとはいえ単なるワイヤーでしかない。
そして当然ながら、長ければ長くなるほどワイヤー部分には当てやすくなる。
トーナメント一回戦においても、作動パターンを解析した宇月香奈枝によりワイヤーブレードは全損している。
操縦に関しては下位レベルの彼女にさえ、容易く全損させられたワイヤーブレード。作動パターンを解析されれば、意外と脆い武器。
そして通常の銃弾ならいざ知らず、文字通り光の速さでワイヤー部分に襲い来るレーザーを避けるのは、ラウラといえど至難の技だった。
(……問題は、どのパターンで来るかですわね)
だがラウラも、弱点をそのままにしておくほど愚かではなかった。
一回戦で素人同然の香奈枝にワイヤーブレードのワイヤー部分を切り裂かれてから、その戦術は変わっていたのだ。
自動プログラムではなく、セシリアがBTを操るように、ラウラ自身がワイヤーブレードを操作するようになったのだ。
勿論、六本もあるワイヤーブレードをラウラ自身で操作すれば、それに意識を取られて本人の機動性が低下してはいたが。
そこは、自動操作との切り替え・あるいは操るワイヤーの数を減らす事で、その戦闘力を生かしていた。
「蠢くだけならば、こちらからお相手しますわよ!」
「近づいてくるだと!?」
スターライトMarkⅢを構えたセシリアの、奇襲とも言える接近。それは、ラウラさえもあまり想定していないケースだった。
ワイヤーブレードが全損しているのならともかく、未だ六本全てが健在であるというのに。
(懐に入り込む気か? ならば――)
ワイヤーブレードが、花弁を開く花のように。あるいは獲物を食らわんと大口を開ける獣のように広がった。
「ワイヤーの二・三本はくれてやる!」
ブルー・ティアーズからの反撃を覚悟し、ワイヤーブレードが全て高速移動するセシリアに向けられた。だが。
「!?」
セシリアは、高速移動していた。――ただし、後ろ向きに。
(し、しまった!)
ものの見事に、フェイントに引っかかってしまったラウラ。だが彼女もただでは終わらず、空振りに終わったワイヤーブレード六本。
それを、全てセシリアに向けた。
「わたくしの、狙い通りですわね!」
「!」
スターライトMarkⅢから、ひときわ大きな光が放たれる。それは、襲い来るワイヤーの幾本かを貫き、アリーナのバリアにあたって消えた。
「貴様、今のは……!」
「ええ。ワイヤーブレードの狙いを、一点に集中させ。少しでも多くのワイヤーブレードを無力化するためですわ」
「ちっ……!」
即座にワイヤーブレードを引き戻す。そして、ラウラの表情に僅かに怒りが見え。
「どうやら貴様は、それなりに厄介のようだ。ならば、こちらも出し惜しみは無しだ」
ラウラの手が、自らの左目を覆う眼帯へと伸びた。そして、躊躇なく一瞬でそれを取り。
「き、金色の瞳……?」
その下に隠されていた秘密を、公の場で明らかにした。そして。
「!?」
次の瞬間、セシリアのすぐ目の前に黒い機体が存在していた。瞬時加速、だと解っていても反応できない。
反応できたときには、その両手に煌々とレーザーブレードが光っていた。
「うぐっ!」
とっさにスターライトMarkⅢを収納し、主武装を失う事だけは避けたものの、
レーザーブレードによって切り刻まれ、シールドエネルギーを大きく削られる。
「そらそらそらっ!!」
今までよりもはるかに早い攻撃。リミッターを解除したような攻撃は、さっきまでの彼女とは別人のようだった。
(あの黄金の瞳をあらわにしただけで、この変化……!)
幾度かビットで牽制するも、そのレーザー光さえ避けられる。――それを見たセシリアは、最後の札を切ることを選んだ。
「ほう、やぶれかぶれの接近戦か? だがそれは私の戦闘領域だ!」
レーザーブレードを振りかざし、迎撃せんとするラウラ。もう少しで、レーザーブレードの間合いに入るその瞬間。
「お行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
その言葉とともに、背中のアーマーの下部が折れ曲がりミサイルビットとなって発射される。
クラス代表決定戦の際、一夏にも食らわせた攻撃だが。――ラウラが右手をかざし、それだけでミサイルビットは停止した。
「ミサイルビットを至近距離から突撃させたか。良い攻撃だ、私以外にならば通じただろうな」
「あら。わたくしの一手は、まだ終わっていませんわよ?」
AICに捉えられ、動きの止まったミサイルビット。その先端部が、突然『内側に向けて』砕けた。
力場により押さえつけられていたが、それは外側だけ。内側に向けての動きまでは、封じられなかったのだ。
「なっ!?」
そしてミサイルビットが割れて、シュヴァルツェア・レーゲンを一筋の光が貫いた。
割れたミサイルビットの中から出てきたのは――フィン型のビット。
「な、何!?」
「AICでは、レーザーは防げない……でしたわね?」
AICでフィン型の動きは止められても、レーザー発射までは防げない。
勿論、牽制目的などの弱いレーザーであれば装甲に施された対ビームコーティングで防げるのだが。
ミサイルビットの殻の中でゆっくりと溜め込まれたエネルギーを一気に開放した
「ぐっ!」
ミサイルビット(と思っていた物)を止めたことで油断していたシュバルツェア・レーゲンの装甲を、容易くレーザーは貫く。
対ビーム兵器用のコーティングも、溜め込まれていた高エネルギーの前には殆ど意味を成さない。
「さて。これはもう、必要ありませんわね」
その言葉と共に、最初から本体に接続されたままになっていたブルー・ティアーズの子機がパージされる。
それは、地面に落ちると真っ二つに割れ。……その中身は、空っぽだった。
「貴様……子機を二機しか使わなかったのは、ダミーを混ぜていたからか!!」
「貴女と戦う事が解っているのに無策であるほど、わたくしは愚かではありませんわ」
この発想は、ラウラが一回戦で戦った、宇月香奈枝の『アサルトライフルに擬装したワイヤーガン』と同じ発想である。
ただの偶然の一致であり、どちらがどちらを真似したわけではないが。――同じ手に、二度引っかかってしまった本人は。
「お、おのれっ!!」
レーザーブレードを振りかざし、襲ってくるラウラ。相変わらず異常ともいえる速度だが、高速ゆえに移動先は読みやすい。
そうセシリアは判断していたのだが。
「先ほどのお返しだ。私も、詐術の一つくらいは使えるぞ」
「え……っ!?」
セシリアの、はるか上方に向けてシュバルツェア・レーゲンが移動していた。その先には。
「び、ビットが!」
「単純な話だ。弱いものから先に倒す、戦術の基本。……今回はそれが弱い『物』だったというだけの話だな」
ビット二機が、レーザーブレードにより破壊された。これで、残るビットは一つだけ。
「ブルー・ティアーズのビットは四機。そのうち二機は破壊した。――さあ、隠してあるもう一機を出してみてはどうだ?」
「くっ……」
怒った振りをして、ビット破壊に成功したラウラ。こうなると、セシリアはとたんに不利になる。
ビットが無くなれば、火力と手数が同時に減り。まだ数本残っているワイヤーブレードの破壊にも、支障をきたすのだ。
「理論値最大稼動のブルー・ティアーズは、レーザーを曲げるという非常識な真似が出来ると噂に聞いたが。撃ってみてはどうだ?」
「……!」
それは、まだBT適性が最も高いとされるセシリアでさえ到達していない領域だった。
BTレーザー……ISコアにエネルギーを与え、その限界点を超えて光として誘導放出されたエネルギーをレーザーとして放つ武器。
その特性として、操縦者の意思により本来曲がらないはずのレーザーを曲げる、偏向射撃といわれる物が可能だとされている。
だがそれは未だ理論上のものでしかなく、セシリアでさえ不可能なものだった。ラウラの言葉は、それを知ったうえでの揶揄だった。
「オルコットさん!」
相棒が不利になりだしたことを悟った鷹月静寐は、救援に向かわんとしていた。だが。
「私を忘れてもらっては、困るな」
「!」
ルームメイトにして今は敵である、箒という壁を乗り越えられない。
「私の今の役目は、お前とセシリアの連携を断つ事だ。これ以上、あちらには行かせん」
「う……」
先ほどまではセシリアの援護攻撃が飛んできたのだが、彼女にその余裕は無くなっていた。
ならば自分が、と援護を試みるも箒によりその隙さえ見えない。
先ほどまで流れはセシリアと静寐にきていたのだが、今やそれは逆転していた。
「どうした。二つ子機を破壊されて、もう打つ手がないのか? この程度で怖気づくとはな」
「くっ……」
セシリアとラウラのにらみ合いが続いていた。勿論セシリアも、怖気づいたわけではない。
だが、打つ手がなかった。レーザー攻撃を仕掛けたとしても今の相手には避けられてしまうであろうし。
逆にパートナーである静寐を助けようと箒に攻撃を仕掛けようとしても、確実にその隙を突いてラウラが攻撃してくる。
「ならば、こちらから行くぞ」
「!」
残っていたワイヤーブレードが、再び蠢き始めた。セシリアに飛び掛るタイミングを見計らっている蛇のような、その刃は。
「え?」
一瞬で伸張し、その刃を――鷹月静寐へと向けた。
「ぼ、ボーデヴィッヒ!?」
静寐と戦っていた箒も、この行動には呆気に取られた。彼女が、箒を助けた事などない。
三回戦で箒が一対二の状況になったときも、静観していたくらいなのだ。だからこそ、完全な奇襲となったのだが。
「おや、何を静観しているのだ? 自分の身が、やはり大事なのか?
流石、情報を見破っている事を隠す為に自国の町への爆撃を防がなかった国は違うな?」
「くっ……」
嘲笑するラウラに、セシリアは何も返せなかった。彼女も、パートナーがラウラに攻撃されたのを見た瞬間、動こうとした。
だがラウラは、静寐に攻撃を仕掛けつつもセシリアから意識をはずしてはいなかった。
だからこそ、セシリアは動けなかった。ここで自分が動き、ラウラの餌食になることは避けなければならなかったから。
「う!」
一方、静寐への攻撃は苛烈を極めていた。どうやらラウラ自身の操作と自動操縦の併用であるらしく、パターンが読めていない。
唯一の救いは、コンビネーションの熟練度が皆無であるため、箒さえ手出しが出来ないという点だった。
「はははははははははっ! 私には、やはりパートナーなど要らない! このシュバルツェア・レーゲン一機があれば!」
「っ!!」
猛攻を必死で防いでいた静寐のシールドエネルギーが、どんどん減少していく中。彼女も必死で反撃を準備していた。
そして量子変換していた武装の中から取り出したのは、その中で最大火力を持つ、ISアーマー用特殊鉄鋼弾を装填可能なランチャー砲。
クラウスがセシリア・鈴を甚振っていたラウラの攻撃に割り込んだ際に使った『天轟』だった。
ワイヤーブレードの猛攻を物理シールドで必死に防ぎ、ラウラにその砲口を向ける。
「これなら……! お願い!!」
「ふん……」
「!?」
鷹月静寐が、相手のワイヤーブレードが自分の持つ『天轟』の砲口に『潜り込んだ』と解ったのは、引き金を引くと同時だった。
バズーカ内部の鉄鋼弾がブレードにより破損、その信管が刺激を受けたことにより爆発する。
その爆発したエネルギーは『天轟』本体の中を荒れ狂い、本体を損壊させた。
「きゃああああっ!!」
「無様だな……」
さらに、ワイヤーブレードの乱舞が打鉄を襲う。――鷹月機のシールドエネルギーがゼロになったのは、わずか5秒後だった。
「雑魚は片付いたか」
「鷹月!? しっかりしろ、おい!!」
「う……」
敵とはいえ、ルームメイトである彼女を放ってはおけずに箒が駆け寄る。試合ではあるのだが、その箒を邪魔する者はいなかった。
ラウラはそもそも箒を戦力としてみておらず。そしてセシリアは、震えていたからだった。
「さてと、次は貴様か。あの時は邪魔が入ったが、今度は入らんぞ」
「何故……」
「ん?」
「何故、鷹月さんにあそこまでなさいましたの。貴女の実力ならば、最後のワイヤーブレードの乱舞攻撃までする必要は無かったのでは?」
セシリアの震える声にも、ラウラはせせら笑う。彼女にすれば、セシリアの言葉は素人と同じものにしか聞こえなかった。
「敵は完膚なきまでに叩き潰す、ただそれだけだが?」
「確かに、反撃する能力を失わせる必要はあるでしょう。――ですが、貴女、愉しんでいましたわよね?」
「だとしたら、どうする?」
「……ノーブレス・オブリージュ」
「何?」
「王侯貴族は、いざというときは民の先頭に立って戦う。――それが出来るからこそ、貴族は貴族として生きていられるのですわ。
先ほどは、力不足のために動けなかった分も――お返しいたしますわ!」
激昂するセシリアの怒りに呼応するように、ブルー・ティアーズの子機が空を舞い始める。
だが、鷹月静寐を撃墜したワイヤーブレードもシュバルツェア・レーゲン本体へと戻り、迎撃せんと蠢いていた。
「行きますわよ!」
そして、先に動いたのはセシリアだった。二機の子機が、獲物に飛び掛る猟犬のように敵に向かっていく。
本人も、スターライトMarkⅢを実体化させ狙いを定める。既に、二機までなら本人と子機の動きとを併用できるようになった彼女。
凡百のパイロットであれば、その子機と彼女自身の動きに惑わされるであろうが。
「ふん、芸のない事だ」
ワイヤーブレードが、子機を落とさんと唸りを上げ始める。そして、ワイヤーのラインと子機が重なりそうになったその瞬間――。
「チャンスは……今ですわ!」
先ほど同様、背中のアーマーの一部が折れ曲がり、ミサイルビットとなって発射された。
だが、それは二機の子機を追うものとは別のワイヤーブレードが叩き落していく。
「愚かな、今更ミサイルビットなどが通じると思ったのか……?」
「ええ、ミサイルは通じないでしょうね」
「!?」
ミサイルビットを迎撃したラウラの視界に、驚くべき光景が飛び込んできた。
今まで自分に飛び掛らんと機を窺っていた筈のブルーティアーズ子機が、スターライトMarkⅢの真横に浮遊していたのだ。
そして、スターライトMarkⅢのエネルギー充填も完了している。何より驚くべきは――セシリアが、自身のすぐ前にいること。
「ば、馬鹿な!?」
「落ちなさい!」
二機の子機、そしてスターライトMarkⅢから発射される閃光が、ラウラを包み込む。
――そして。一瞬後には今の攻撃で『無傷の』シュバルツェア・レーゲンが先ほどよりも上空に立っていた。
「そ、そんな!?」
「とっさに瞬時加速で回避したが……越界の瞳が無ければ、私もやられていたな。
認めてやろう、セシリア・オルコット。貴様は、あの時よりも強くなった――とな。だが、これで終わりだ!」
「!」
レールカノン。シュバルツェア・レーゲンの武器の中で最速・最長射程を誇る武器が、セシリアをロックオンしていた。
同時に仕掛けられたワイヤーブレードのより子機は撃墜され、本人も拘束されてしまう。
そしてシールドエネルギーを失った打鉄に、鉄鋼弾が直撃する。そう。――打鉄に。
「なに……?」
「鷹月!?」
急上昇した打鉄が、僚機への攻撃を防いでいた。そして、限界以上のダメージを受けた打鉄がゆっくりと地面に落ちていく。
「ほう、自らを犠牲にするか。ならばもう一弾を放つだけだ!!」
「――お願い、ブルー・ティアーズ!!」
「!?」
反射的ではあるが、残っていたスターライトMarkⅢから放たれたレーザーがレールカノンの砲口へと飛び込んでいった。
そのまま爆発し、自動的にシュバルツェア・レーゲン本体から切り離される。
「まさかレールカノンを失うとは、な……。日本語では窮鼠猫をかむ、だったか。だが、ここまでだ」
「くっ……」
レーザーブレードが、セシリアに唯一残っていたスターライトMarkⅢを破壊する。そして、追撃とばかりにセシリア自身に襲い掛かる、が。
「え?」
「何……?」
打鉄のブレード・葵を構える箒。その一撃が、レーザーブレードの攻撃をそらしていた。
「貴様、邪魔をする気か」
「……過剰な攻撃は必要ない。今の一撃がなくとも、鷹月のシールドはゼロになっていただろう。彼女をこの場から出すのが先だ」
「そうだな。シールドエネルギーがゼロであるにも拘らず、私の攻撃を阻害した方が悪い。それだけの話だが?」
「――ギブアップですわ!!」
仲間同士とは思えない視線を向けあう箒とラウラ。だが、そのにらみ合いもセシリアの言葉で霧散した。
「セシリア……?」
「鷹月さんにここまでさせてしまった以上、わたくしの負けですわ。降伏いたします」
「ちっ……逃げたか。イギリスの代表候補生だけあってか、逃げるのは上手いな?」
「何とでもお言いなさい。――友人に無理をさせ、傷を負わせた罪は、いかなる罵りを受けようとも拭えませんわ」
「何……っ!?」
その時。ほんの僅かではあるが、シュヴァルツェア・レーゲンが後退した。
セシリアの言葉の気迫。それに、揶揄した筈のラウラが押されたのだが。当人にとっては、ありえない筈の事態だった。
(わ、私が攻撃を仕掛けられたわけでもないのに後退しただと?)
それは彼女にとって、あってはならない事だった。たとえ、ルール上の違反だとしても攻撃を続行しようとレーザーブレードを光らせたが。
『――そこまでだ。試合終了』
「き、教官……!」
『勝者、ボーデヴィッヒ・篠ノ之ペア。なお、鷹月静寐は後で運営委員会まで出頭するように』
織斑千冬の声とともに、何処か終わりきっていない空気の試合も強制終了となった。
そして、互いが互いのピットに戻っていく中。
「ごめんね、私がもっと頑張っていれば……」
「いいえ、わたくしの力不足ですわ。鷹月さんに、あそこまでさせてしまったのですから」
「……」
「……」
互いを庇いあうセシリア・静寐ペアと、無言のまま立ち去るラウラ・箒ペアという対照的な光景が広がっていたのだった。
『何だ? どうした、マルゴー?』
『予定を早める。アレを、明日送れ』
『おいおい、何を言っているんだよ。アレは』
『ラウラ・ボーデヴィッヒがセシリア・オルコットに勝った。そして、次に当たるのは俺だ』
『……なるほど。保険、か』
『そういう事だ。どんなSSでも「アレら」が一緒に出るパターンは皆無に近い。いるかもしれない【同類】への牽制になる』
『仕方がない。またアイツに話をまわすか』
『ああ」
そして、アリーナの外。人目につかない森の中では、そんな会話がプライベート・チャネルを通じて成されていた。
それを終えて。一方的な要請を伝えた二色髪の少年は、立ち去るのだった。
「残り、僅かかあ」
私は、今日の機体整備を終えて寮に戻る道を歩いていた。このトーナメントも、いよいよ大詰め。
一年生は残り四ペア。そして二年生と三年生も、残るは八ペアだ。一年生が準決勝と決勝の連戦。
二年生以上は、それに準々決勝を加えた三連戦になるのだけど。
「……整備も、件数が減る分、無茶振りが増えるって先輩達は言っていたわね」
幾つか、この段階で解禁される武装だとかがあるらしい。そういうのも扱う事になるので、整備もより一層大変になるのだとか。
「まあ、頑張るしかないわね。あと一日なんだし」
「あら、珍しいわね」
独り言のはずが、誰かの声が聞こえてきた。……あれ、この声は?
「アリュマージュ先輩、お久しぶりです」
「久しぶりね、宇月さん。元気だった?」
振り向くと、そこにいたのは、以前クラス対抗戦の際に私と一緒に解説席にいた先輩――アンヌ・アリュマージュ先輩だった。
あの対抗戦の事情聴取の時以来、会ったことはなかったけれど。
「あなたは確か整備課志望だったっけ。ひょっとして、整備課の手伝いをしてたの?」
「ええ、そうです。もう一段落ついたから、今から寮で夕食を取ろうと思っていたんですけど」
「そう。じゃあ、奢ろうか?」
「え?」
「三年生寮に来てみないか、って事よ。夕食、奢るわよ?」
「で、でも良いんですか?」
学生寮に他学年の生徒を招くのは、一応許可はされている。ただし、夕食をご馳走になるとなると話は別だ。
「大丈夫よ。後輩を寮に招く位は、許されているから。それに、色々と話も聞きたいし。ね、良いでしょ?」
「……じゃあ、少しだけお邪魔します」
とはいえ、満面の笑みを浮かべるアリュマージュ先輩の申し出を断る理由も浮かばなかった私は、初めて三年生寮に足を踏み入れるのだった。
「ここが、三年生の寮の食堂ですか……」
初めて訪れたそこは、一年生の寮と基本的には同じだけれど――そこにいる生徒のレベルが、何か違っていた。
足運び、話す内容、美しさ。まだ入学して半年たらずの私達とは、レベルが違うって感じだ。
「あれ、ちょっと怯えちゃった? 皆、トーナメントも佳境でピリピリしてるからね」
先輩は、そんな私の反応を少し違うように捉えたようだけど。
「先輩は、トーナメントの準備とかは大丈夫なんですか?」
「私は、もう負けちゃったから気楽よ。ところで、何を食べましょうか?」
「私は、今日はちょっと多めに野菜を取ろうかと思ってたんですけど……」
「――あ。それなら、これが私のお勧めメニューね」
目の前に二皿置かれたのは、野菜のいっぱい入った料理だった。見た事の無いメニューだけど、これは……?
「宇月さんは、食べるのは初めてかな? ラタトゥイユよ」
「ラタ……トゥイユ?」
「そう。私の故郷、フランスのプロヴァンス地方の料理なんだけど。今日の特別メニューにあったの。
日本の気候ではまだ早いのかもしれないけれど、懐かしくなって頼んだのよ。これを食べると夏が来たー、って感じがするのよね」
「これ、夏の料理なんですか?」
「そりゃあ、使っているのは夏野菜だもの」
……すいません、私は料理の知識はほとんど無いんです。夏野菜といわれても、ピンと来ません。
その料理を見ても、ナス、玉葱、ピーマンなど野菜が大量に入った料理、っていう感じでした。
「パンと一緒に食べると、よりいっそう美味しいわよ。さ、どうぞ」
そういうと、フランスパンが四切れ置かれた皿も私の方へと差し出す。そしてスプーンでラタトゥイユをパンに載せ。
そして一緒に口の中に運んで……っ!
「あ……美味しいですね」
フランスパンとの相性が抜群だった。私としては、ラタトゥイユ単体よりもパンと一緒に食べた方が好みかもしれない。
「口にあって良かったわ。でも、これを知らないって事は……一年生の寮だとラタトゥイユは出なかったの?」
「ええっと……。出たような出なかったような……。私の知り合いだと、知っていそうなのはデュノア君くらいでしょうか」
だけど彼に聞いたら、わかるかも知れない。……まあ、フランス人=フランス料理っていう安易な考えだけど。
「ふーん。でもラタトゥイユは、軍隊とか刑務所でも食べられてた庶民的料理だからねー。シャルル君は食べるのかな?」
「え。そうなんですか?」
刑務所や軍隊……後者はともかく、前者はあまり良いイメージがないですね。
「うん。でも、誤解しないでね? ラタトゥイユ自体は、とても美味しい料理なんだから」
「はい」
それは、さっき食べさせてもらったから解っていますよ。
「あら、宇月さん……? 何故、ここに?」
「あ、布仏先輩。こんばんわ」
「ああ、布仏さん。彼女は私が誘ったのよ。――彼女とは、色々とあったからね」
「なるほど。まあ、構いませんが。あまり、遅くならないようにしてくださいね」
そこにいたのは、もう一人の三年生の知り合い――虚先輩だった。先輩の性格的に、ちょっとまずいかなと思ったけれど。大丈夫みたいね。
「宇月さんも、門限は守らないといけませんよ?」
「はい」
というか、一年生の場合。寮の門限を無断で破ったら、それこそ生死に関わりますから。ええ。
「ところで、一年生は誰が優勝しそうなの?」
おや。また、この話題になるとは思わなかった。
「やっぱり、気になりますか?」
「いやあ、トトカルチョを……って、今の無しね」
「……」
あ。虚先輩がジト目でアリュマージュ先輩を見てる。
「アリュマージュさん。……胴元は、生徒会長ですか?」
「……」
うん。沈黙が、何よりも雄弁に、それが正解である事を語っていたわ。
「一夏、シャルル、ちょっといいか?」
俺達が寮に戻ると、将隆が玄関前にいた。はて、何の用事だろうか?
「どうしたんだよ、将隆。そんなに青い顔をして」
珍しく、青ざめた表情だった。どうしたんだ?
「ガチでヤバいんだ。ちょっと、俺の部屋に来てくれ」
青ざめた将隆は、早足で歩いていく。まあ、もう俺達はトーナメントに敗北したし、別に部屋に行ってもいいだろう。
「シャルルが、女じゃないかって噂が流れてる」
「!?」
俺達が将隆とクラウスの部屋に入り、鍵を閉めた瞬間。将隆は、とんでもない事を口にした。
「そ、そんな噂が流れてるのか?」
「でもそんな噂が、どうして……?」
シャルロットが女だと知っているのは俺と将隆、クラウス、ゴウ、楯無さん。生徒じゃ、それだけの筈だ。
「将隆、誰から聞いたんだ?」
「黛先輩、だっけか? 新聞部の先輩が教えてくれた。こんな噂があるんだけど、どういう事? みたいな感じだったな」
『ふーむ。これはひょっとしたら、例の噂どおりなのかしらねえ?』
「あ……」
そういえば、今日の試合終了後のインタビューで、黛先輩がそんな事を口にしていたような気がする。例の噂って、この事か!?
「むしろ、今までよくばれなかったなと俺は言いたいぞ」
「確かにそうだよね」
杜撰な計画、だとはあの時告白してくれたシャルロット自身が口にしていたが。クラウスやシャルロットが、納得したような表情を見せていた。
「どういうことだ?」
「まあ、シャルル・デュノアなる人間が本当に存在しているのなら、デュノア社も、もう少し騒いでいるだろって事だ。
学園側は黙認しているんだろうけど、生徒達だってそろそろ怪しむ人の一人や二人出て当然だ。
デュノア社との繋がりを辿って、今までシャルル・デュノアなる人間と会った奴を探そうとするだろうし。
その結果、シャルル・デュノアなる人間が存在しないなんてことが判明したら。こういう噂も流れるだろ」
クラウスは、珍しく苦々しい表情だった。……俺達だけで隠そうとしていたシャルロットの秘密。それが、発覚しそうなのか。
「皆、僕のせいだよね。こんなんじゃ、また迷惑を……」
「シャルル。お前、また『僕がこの学園からいなくなれば良いんだ』とか思ってるだろ?」
「まったく。このクラウス・ブローン。一度守ると誓った女性を見捨てるほど腐ったつもりはないぞ」
「え……」
将隆もクラウスも、シャルロットの表情から俺と同じことを感じたようだった。まったく、シャルロットはもう少し我侭になるべきだと思うぞ。
「心配するなよ。また、千冬姉と直談判してくる。……きっと、何か道があるさ」
子犬のように俺を見上げるシャルロットの頭を、軽くなでる。やった後で、まずかったかなと思ったが。
「ありがとう、一夏」
風呂に入っている最中のように、緩んだ笑みを浮かべていた。……はて、何で緩むんだろう?
「……おのれ一夏、あれこそが日本で伝説の『撫でポ』か!」
「何なんだその知識は」
うん、何でクラウスは羨ましそうに俺を見ているんだろうか。わけがわからないぞ。
「あ、おりむーにでゅっちーだ」
「あ……のほほんさん」
俺たち二人が将隆達の部屋を出て、寮長室に向かう途中。のほほんさんと、階段で出会った。
あっちの方が下にいるため、いつもよりも更に小柄に見える。……待てよ、のほほんさん?
以前に俺が楯無さんと話をしたいと言った時に仲介をしてくれた彼女も、生徒会の役員だ。なら、知っている、のか?
「なあ、のほほんさん。……シャルルについて、変な噂があるのを知ってるか?」
「知ってるよー」
制服の袖を振り上げ、子供のように振るのほほんさん。……じゃあ。
「楯無さんと、同じことを知っているのか?」
シャルロットが女だって知っているのか、なんて聞けないのでこう質問する。さて……。
「知ってるよー。あ、おりむーとでゅっちーに伝言があったんだ。大会運営委員会の所にすぐに行ったほうがいいよー」
「は?」
何で俺達が? ……まさか、シャルロットの性別の事か? でも、それなら運営委員会っていうのはおかしいよな。
「あ、メールだ」
メール着信のシグナルが点滅している生徒用端末を開くと、まさにのほほんさんの言ったとおり。
大会運営委員会から、出頭要請のメールが来ていたのだった。
「入ります」
メールに書かれていた、第二アリーナの管制室まで来た俺たちはそこに入る。中にいたのは、千冬姉だった。
「来たか。更識とドレの事は、聞いたか?」
「更識さんと、ドレさん? ……いいえ」
はて、何で彼女達が関係してくるんだろうか?
「あの二人は明日、棄権するかもしれないとの事だ」
「へ?」
ある意味では、シャルロットの正体がばれかかっている……という噂以上のショックだった。な、何でだ?
まさか、俺の過剰攻撃がドレさんに何か悪影響を与えたとかじゃ……!?
「その理由だが。更識が、打鉄弐式を取り上げられるかもしれない、という状況だったのは聞いているか?」
「え!? い、いいえ。俺、ぜんぜん知りませんでした」
何か、次から次へと意外すぎる情報が出てくる。どうなってるんだ?
「そうか。まあ、ドイッチへの二度の敗戦。更には、他に専用機を与えたい人員の台頭などが原因なのだが。
……もしも今日お前たちに敗北していたら、そうなっていた可能性があるという話だった」
『私は、もう勝つしかないのっ!!』
更識さんが、試合中にそんな事を言っていたのを思い出す。あれは、ああいう事だったのか?
「しかし更識がお前達に勝ったため、その可能性が薄れたのだが。どうもゴタゴタしているらしい。
明日、更識は学園を出てその一件に片をつけなければいけなくなるかもしれない。ゆえに、棄権するかもしれない、というわけだ」
「そんな……彼女はせっかく俺達に勝ったのに、それがふいになるかもしれないって事ですか?」
「まあ、試合終了直後にそんな知らせが来ていたらしいが。あいつら自身は、冷静だったようだぞ」
そうなのか? 普通なら、すごいショックを受けそうだけど。
「あいつらも、勝利以上の何かを得たという事だろう。それで、だ。もしも更識とドレが出場できない場合。
お前達が、繰り上がりで準決勝進出となる」
「はあ!?」
「そ、そんな事、良いんですか?」
だって、俺達は彼女達に負けたのに。いくら二人の代わりとはいえ、俺達が勝ち上がるなんて……。
「更識達が棄権した為、このままでは次の試合、相手が不戦勝になる。
まあ、それでもかまわないのだがな。学園側に『そうなった場合、次の試合を不戦勝で終わらせないでくれ』と嘆願書があった」
「……ここって、あらゆる機関・国家から独立しているんじゃないんですか?」
「言ったとおり『嘆願書』だ。学園側としても、試合を不戦勝で終わらせるよりはいいと考えたのさ。
お前達が納得できないのも当然だろうが。更識とドレが出られない場合は、やつらの分まで戦え」
「はい……」
まあ、これ以上俺達が何を言っても無駄だろう。更識さんの用事は、俺達でどうこうできる物じゃないだろうし。
「ところで、機体の損傷状況などには問題はないな?」
「は、はい。大丈夫です」
「では、万が一を考えて明日の試合に備えておけ。連戦になるのだからな」
そう。このトーナメントの一年生の部では、最終日に準決勝と決勝を一気に行うことになっている。
つまり、俺達が次の試合に勝った場合は数時間後にもう一度、決勝戦を戦う事になるわけだ。
「あの。織斑先生。シャルルの噂についてなんですけど、知っていますか?」
管制室横の個室に千冬姉を呼んだ俺は、開口一番にそれを伝えた。千冬姉は、全く表情を変えない。
「噂、か。お前が実は女だった、という噂だな?」
知っていたのか……。
「で、どうする。いっその事、もう全てを公表するというのもありだぞ?」
「千冬姉! それは――あ痛!」
出席簿アタックは、アリーナでも健在だった。……うん、痛みもいつもどおりだ。
「織斑先生、だ。まあ、公表するのならば山田先生に伝えろ。……ああ、彼女は知らないからな、言い方に注意しろよ?」
「え? 山田先生は、まだシャルルの事を知らないんですか?」
「ああ。……色々とあるのさ、こちらもな」
千冬姉は、苦いものでも飲み込んだような表情だった。多分、俺には想像も出来ないようなややこしい事情があるのだろう。
「まあ、お前達もちゃんと明日の準備をしておけ。更識・ドレの状況如何では、お前達が試合に出る事になるのだからな」
「は、はい!」
千冬姉のいつもの表情で、話は終わった。……公表、か。
「一夏、今はその事は考えないでおこう。もしかしたら、僕達が明日戦う事になるかもしれないんだから」
「お、おう」
部屋を出て顔を見たとたん、俺の考えている事を察したのだろうシャルロットの声に、あわてて返事をする。
……そう、だな。今は、明日の事を考えよう。
「よし! じゃあ、まずはどんな対策を立てるかだな!」
「うん! その意気だよ、一夏!」
俺がガッツポーズをとると、シャルロットも合わせてくれた。やっぱり、俺の周囲にはいない稀有なタイプの娘だなあ。
『打鉄弐式の武装全てに、使用許諾を出すだってえ!?』
『ほ、本気ですか~~?』
私が、試合終了直後に先輩達に告げた言葉。それは、ある意味では絶対にありえない事態だった。
打鉄弐式の武装全てに、使用許諾を出す。薙刀型ブレード『夢現』や荷電粒子砲『春雷』だけじゃなく、ミサイルポッド『山嵐』まで。
普通なら、専用機の全武装に使用許諾を出すというのはありえなかった。
例外は、雪片弐型しか武装のない『彼』がデュノア君から武装を貰うケースくらいだろうけれど。
これであっても、六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』には使用許諾は出していない筈だった。
これは、彼女への信頼の証。もしも私がやられても、彼女の火力を高めていられる。それを狙っての事だったけど。
……その直後に日本政府から来た話が、全てを台無しにしていた。
「ど、どうしよう……?」
「ごめんなさい……私のせいで、貴女まで巻き込んでしまって」
「う、ううん。代表候補生ってそういうこともあるんだろうし、仕方がないよ……。二組の凰さんは、中国に帰らされたらしいし」
私達は、あの二人の部屋――1025号室に向かっていた。明日、私に対する最終的な対応が決定する。
それはいいのだけれど、トーナメントが続いているにもかかわらず強制的な私への召喚の可能性がある、との事。
万が一、そうなってしまって私達が明日の準決勝・決勝に出場できない場合。
彼らが、私達の代わりに出場する事になる。それに関して、思うことが無いわけじゃないけれど。
何よりもショックが大きいのは、あそこまで奮闘してくれた隣のドレさんの努力を無駄にしてしまいかねない事だった。
「こ、こんばんわ。ごめんなさい。私のせいで、変な事に巻き込んで……」
私は、彼らの部屋に入ると同時に頭を下げた。
「あ、いや、どうも……」
「え、ええっと。更識さんもドレさんも、部屋に入ってよ」
彼らの困惑も当然だろう。……どうしてこうなったのかな、と思わないわけじゃない。
でも、自分の状況がどれだけ困難でも、必死で立ち向かえば活路も見出せる。それは、ドレさんが教えてくれた大切な事だから。
私はもう、挫けたりなんか出来なかった。
「あの、さ。例の話、俺達も聞いた。更識さんがそんな状況なんて、知らなかったぜ」
彼が口にしたのは、そんな事だった。……相変わらず、ちょっとずれている。
「それは、関係ない。勝負は正々堂々と、だから」
言い終わってから、少し言い過ぎたかと思う。目の前の彼が、目に見えて落ち込んでいるのが解ったから。
「でも、ごめんなさい……私たちのせいでこんな事になるなんて、思わなかった」
「それは良いんだよ。でも、どうなんだ? そっちが明日出られなくなる可能性、どのくらいなんだ?」
「……五分五分、かな」
「五分五分。……って事は、半分くらいって事だよね、一夏?」
「そうだな」
このことに関しては、本当に申し訳なく思う。私の事情に彼らを巻き込んだ事。
更に、それがちゃんと決まっていない事。彼らは今夜、すっきりとしない気持ちで一晩を過ごすんだろうし……。
「まあ、しょうがないか。なら、そのつもりで準備しておくしかないな」
「ふふ、そうだね」
「……え?」
と思っていたら。彼らは、まるで気にせず明日の『準備』をしておくつもりのようだった。
「あ、あの、大丈夫、なの?」
「ああ、機体の状況か? 白式も、リヴァイヴも、明日出る事になっても問題なく戦えるぜ?」
「そ、そうじゃなくて……! こんな宙ぶらりんな状況なのに、平気なの?」
「え、何でだ?」
質問を質問で返されたけれど。彼の表情は、心底不思議そうだった。
まるで、私の質問の方がおかしいんじゃないか、と思うほどの自然な表情。
「だ、だって、こんな事になって、困惑していないの?」
「まあ、そりゃあ最初に聞いた時には驚いたけどな。でも、ある意味でラッキーだと思うことにしたんだ」
「ら、ラッキー?」
「ああ。……俺は、アイツと戦いたかったから。もしかしたら、チャンスが巡ってくるかもしれないからな」
アイツ……。今残っているメンバーの中で、そう言われそうなのは、おそらくはドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
私にも、二度絡んできたことがあった。それ以来、あちらからの接触はないけど。
「……まあ、とにかく。更識さん達は、俺達のことは気にしなくていいぞって事だ。な?」
「そうだよ。試合に出られるなら、思い切り戦ってくれれば良いし。そうでないのなら、僕達が君たちの分まで戦うよ」
二人は、ものすごく自然な笑みを浮かべていた。戦っているときから思ったけれど、この二人は物凄く互いを信頼している。
……その光景は、まるで友情という絆で結ばれた戦隊ヒーロー達のようだった。
「ねえ、一夏。更識さんに言ったアイツ、って。やっぱりボーデヴィッヒさんの事だよね?」
「ああ」
更識さん達が帰った後。僕の質問に、一夏ははっきりと頷いた。
「セシリアと鈴が甚振られたお返しもしたいしな。もし明日の試合に出場できて、準決勝を勝てば。あいつと、戦えるかもしれないんだ」
そう、だね。もっともその場合、ゴウと石坂さんが負ける事になるから。あまり、僕にとっては良い展開じゃないかな?
「シャルロット。もしも、俺達と、あいつと箒のタッグと戦うことになったら。勝てると思うか?」
「……ボーデヴィッヒさんも、篠ノ之さんと協力するタイプじゃない。各個撃破できれば、勝機は十分にあると思うよ」
「そうか」
僕の返事に、一夏は頷いて左手を開いたり閉じたりし始めた。……あ、これって。
『あいつが、左手を閉じたり開いたりした時は特に注意しろ。そういう時は、下らんミスをやらかす事が多いからな』
以前に織斑先生が言っていた、一夏の癖だ。……ということは、一夏はケアレスミスをやりやすい状況になっているって事?
「でも、一夏。まず考えるべきは彼女たちの事じゃないよ。もしも僕達が明日の試合に出るのなら、僕達の最初の相手は」
「ああ。あの二人、だな」
生徒用端末には、準決勝の組み合わせが表示されていた。篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんの名前の横には、ゴウと石坂さんの名前が。
そして更識さん達の横には――将隆と、赤堀さんの名前が表示されていたのだった。
もしも更識さん達が棄権する事になったら。前にも食堂で言っていたとおり、僕達が彼らと戦う事になる。
まさか、こうなるとは思っても見なかったけど。僕を守ってくれる一夏のため、自分に出来る精一杯のことをやろう。そう、心に誓っていた。
さあ、ますます混沌としてくる学年別トーナメント! ここまでややこしい(&長ったらしい)のはこの作品くらいでしょうか。
準決勝の一方はどうなるのか。将隆&唯と戦うのは、簪&マルグリットか、あるいは一夏&シャルなのか! それは……。
2015年まで待ってください(土下座)