「こ、こんな……」
レッドキャップを失い、簪は茫然自失に近いほど平静さを失っていた。
もしもその時に一人であれば、このまま負けていたであろうほどに。――だが。
「更識、さん」
「ど、ドレさん……あ、あの」
「まだ、試合終了じゃないよ」
「え?」
再び上昇してきたパートナーの笑顔を見て、その平静さを取り戻す事が出来た。
マルグリット自身にもかなり動揺はあり、作り笑顔ではあったが。それは確かに、笑顔だった。
「で、でも私、守るって、言ったのに……」
「それは、仕方がないよ。それに……私にも、策はある」
「策?」
今まで自分の言う事に従うばかりだったマルグリット。そんな彼女の、初めての提案に簪は耳を傾けるが。
「零落白夜は、私が受ける。だから、デュノア君をお願い」
「え? で、でもそれじゃ」
それは、代表候補生である彼女からすれば無謀極まりない策だった。反射的に言い返すが。
「……大丈夫。まだ、あきらめていない、から」
マルグリットの笑みからは、自信が感じられた。それを見て、簪も悟る。
(彼女には、今までずっと私の言う事を聞いてもらってきた……だから、今度は私の番だね)
「解った。じゃあ、そうしよう」
二人の少女は、微笑を交えあうと難敵に向き合った。先ほどの連携を繰り出した二人は、攻撃の機会を窺っていたようだが。
隠し玉を警戒したのか、幸いにもまだ攻撃を仕掛けてこなかった。
「私が、織斑君を止める。……彼なら、止められる」
「うん。任せた、よ」
接近体勢に入る白式、その後ろから援護を狙うリヴァイブカスタムに対し、マルグリットのリヴァイヴが前に出て打鉄弐式が援護に回る。
双方とも今までと同じパターンではあるが、その雰囲気はまるで変わっていた。
そして、先に互いが望む形に持っていったのは――シャルロットと、一夏。
「まずは、君から落とさせてもらう!」
「私だって……そう、やすやすとは落とされない、よ」
雪片弐型を振りかざす一夏に、対物理シールドを展開して防御に回るマルグリット。それに対し。
「一夏があの娘を落とすまで、僕が相手だよ!」
「……っ!」
ラファールシリーズならではの機動性を生かし、簪と一夏・マルグリットの間に回りこみ、簪に攻撃を仕掛けるシャルロット。
それは、二人が望んだ形だった。だが。――もう一人、その形を望んでいる少女がいたのだった。
雪片弐型から、光の刃が生じる。零落白夜。ISのシールドエネルギーを無効化する、まさに絶対に食らってはいけない攻撃。――だが。
「……きた!」
マルグリットは、避ける事も守りを固める事もせず。向かってくる光の刃に、手を差し伸べた。
「これを奪えれば……貴方は、何もできない!!」
「そうはいくかよ!」
雪片弐型の強奪、あるいは取り落とし。マルグリットはそれを狙っているのだと一夏は判断した。
零落白夜は、シールドバリアーを無効化してしまう、元世界最強の技。しかしそれは、雪片弐型なしで使う事はできない。
それを狙っての事、だと思い、その手をかいくぐって光の刃を命中させた――のだが。
「な!?」
マルグリットが光刃の発生している根元……雪片弐型の鍔元を掴み、零落白夜を受け続けた。
一瞬忘我する一夏だが、自らの武器を引っ張られる感覚を感じ取る。
「まさか、このまま雪片弐型を俺の腕から引っこ抜く気か!?」
白い迸りが少女のシールドエネルギーを奪う中で、雪片弐型が引っ張られる。だが、一夏もそうはさせじと雪片弐型を握る力を強めた。
ISでの戦いにおいて、相手が持っている武器を奪う――それは、決して不可能なことではない。
勿論、使用許諾も降りていないマルグリットが雪片弐型を使うことなどできないが、白式にとって武装は雪片弐型しかない。
もしも雪片弐型を失えば、一夏と白式には肉弾戦くらいしか戦術が無くなってしまう。
(一度、収納するか……? いや、それよりも!)
この場合、雪片弐型を機体内に量子変換し収納するという手段もある。だが、それをやった瞬間に零落白夜は終了してしまう。
ならば、一瞬でも早く、全力の零落白夜で相手のシールドエネルギーをゼロにしてしまった方が早い。そう、一夏は判断した。
――それが、目の前のドイツ人の少女の思惑通りだとも知らずに。
「零落白夜、全開だ!」
「……!」
その時、必死で歯を食いしばっていたマルグリットの表情が緩んだ。そして、腕パーツの一部が転げ落ち。
そこから、白式とリヴァイヴを丸々包み込む量の煙が発生した。
「え、煙幕!?」
その時の一夏の脳裏に浮かんだのは、数日前のトーナメント二回戦での煙幕を食らった一幕だった。
この時の相手の狙いは、一夏を煙幕の中に足止めしてシャルロットに対して2対1で当たるためだったが。
「どうして、このタイミングで煙幕を……?」
相手は、自分の武器をつかんでいる。いくら煙幕でも、自分の武器をつかんでいる相手が離れればそれを隠し通すことはできない。
(くそっ、何が狙いだ!?)
一夏は焦り始める。相手の『シールドエネルギー残量も見えないまま』では、中途半端な所で零落白夜を終えてしまうかもしれない。
万が一、マルグリットを落とせずに逃がし、簪とコンビネーションを組まれてシャルロットの方に向かわれたら。
二回戦で春井真美やロミーナ・アウトーリの作戦にひっかかった時のように、彼女を撃墜させられてしまうかもしれない。
「うおおおお!」
そして一夏は、自らの意識を零落白夜の開放に専念した。見る見るうちに、マルグリットのシールドエネルギーが消えていき。
「き、危険域? あ、あっぶねえ……」
煙幕が薄れる中、空間ディスプレイによる表示がでた。相手機のシールドエネルギー全損、機体維持警告域に入りつつあるという表示。
それを見て、一夏は雪片弐型を収納し、零落白夜を即時停止した。そして、マルグリットがボロボロのリヴァイヴで安全域に撤退する。
零落白夜、という一歩間違えば死に至らしめられるかもしれない刃。それでも彼女は、自らに向けられたそれを受け止め続けたのだ。
それを見ていたある少女は『弁慶の仁王立ち』を連想したというが。それも全て、彼女なりの勝算のためだった。
「……私は、もう限界だから。任せたよ、更識さん」
煙幕が晴れていき、マルグリットはアリーナの安全域に下がっていく。
相手を撃墜した一夏だが、その狙いが読めずに狐に摘まれたような表情だった。
「何が狙いだったんだ……?」
最初は雪片弐型を自身の手から奪う事かと考えたのだが、煙幕の意味がわからない。時間稼ぎなのか、それとも……。
「一夏、エネルギーの消耗は大丈夫?」
「え?」
そんな事を考える一夏の元に、シャルロットが降り立った。簪と戦っていた彼女だが、マルグリットが倒されて簪が距離を取り。
追撃を繰り出すよりも、パートナーの現状を確認する事を優先させた為に。
「あの娘のリヴァイヴが機体維持警告域に入りかけたって事は、少し零落白夜を使いすぎたって事でしょ?」
「そうか、あの娘の狙いはシールドエネルギーの消耗を多くすることか……!!」
零落白夜を使っている時、一夏は自機のシールドエネルギーをも消耗し続ける。それは、自分も傷ついているのと同じだった。
勿論、相手が受けるダメージは一夏の消耗の五倍なのだが。力量差や機体性能の差を考えれば五倍でも自らの傷を負う価値はある。
「今の俺の余分な消耗は80くらい、かな。残りを考えると、少しきついかもしれない」
「そう。……それにしても、むちゃくちゃだね彼女は。一歩間違えたら、自殺と変わらないよ」
「だけど、何とか落とせたんだ。後は――更識さんだけ、だな」
「そうだね。でも一夏は、もう零落白夜を使わない方がいいかもしれないね」
「そうだな」
マルグリットに予想以上に使いすぎたため、一夏自身のシールドエネルギーも残りが心もとなくなっていた。
もちろん、自身のエネルギーを全部使う気ならば簪相手でも使えるのだが。
「だけど、いざって時は使うぞ。あの赤い追加パーツが無くなっても、更識さんは強いからな」
「うん。じゃあ、行こうか」
白式とリヴァイヴカスタムⅡが再び打鉄弐式に向かっていく。
この時、観客の何割かはこの試合の結末は読めたと感じていた。――だが、真逆の結末が見えた者もいた。
「ドレさん、強制解除レベルぎりぎりまで粘りましたね。消耗狙いでしょうか」
「いや。もしも私の考えが正しければ――途方もなく無謀をやらかしたぞ、ドレは。
各国の威信と名誉がかかっていたモンド・グロッソでも、あそこまで無茶をやらかす奴はいなかったな」
「え?」
アリーナの管制室で真耶への返事をした千冬の顔に、苦笑いと面白がる笑みの中間のような笑みが浮かぶ。
この時、彼女は気付いていた。この試合の中で唯一専用機を持たない少女の、無謀極まりない狙いに。
「打鉄弐式っ!!」
襲い来る二人の少年(だと簪は思っている)相手に、簪は残る力を全てぶつけてきた。
ミサイルポッドを全開にし、次々とミサイルを放つ。コントロールしている暇などなく、自動追尾型や熱源感知型ばかりだが。
「うおおおおおっ!」
「打ち落とせるっ!」
通常モードの雪片弐型に切り裂かれ、あるいはアサルトライフルで撃墜され。中々、本人達にまで届かない。
だが、簪はもう挫けない。相手に思い出させてもらった事、そしてパートナーに気付かせてもらった事。もう、挫けてはいられない。
「いって!」
荷電粒子砲『春雷』を準備しつつ、新たなるミサイルを放つ。自動追尾式のそのミサイルは、雪片弐型により切り裂かれたが。
「うわっ!?」
「何だ!?」
閃光が、簪に迫っていた二機を包んだ。スタングレネードをミサイルに搭載したそれは、完全に不意打ちとなり視界を封じる。
「距離を取れれば……っ!」
対閃光防護バイザーで閃光を防いでいた簪は、動きが止まった二人を撃ち続けた。
今や一対二となり、流石にここから二人をノックアウトして逆転できる、と考えるほど簪は楽天家ではない。
しかし、一夏のシールドエネルギーを浪費させて散っていったパートナーの為にも、決してこのまま終われはしなかった。
「や、やべっ!」
「一夏、下がって! 後は、僕がやる!!」
その猛攻により、一夏のシールドエネルギーがゼロに近づきつつあった。零落白夜を使いすぎたツケが、ここで返ってきたのだ。
一夏にとってはこのトーナメントで初めての、シールドエネルギーフル状態から始まった試合であり。
その分、使い勝手が変わっていたのも原因である。
「僕だって……!」
シャルロットの可愛らしい容貌が鋭くなった。穏やかな笑みの多い彼女には珍しい表情だが、それは別種の魅力を生んでいる。
ただ、その根底にあるのが少々の焦りの混じった感情であるのだが。
(次の試合は将隆だし、その次はオルコットさんかゴウか、ドイツのあの子……ここで、代表候補生相手に勝てるくらいじゃないと!)
その焦りは、次の試合――あるいは、その次の試合を見据えての焦りだった。
ここまで来れば、たまたま勝ち上がってきた生徒などいない。全て、専用機の存在する相手なのは明らかだった。
しかし、今まで自分達は一般生徒にも苦戦を強いられてきた。隠し玉だった瞬時加速も、三回戦で披露する事になった。
それらの軌跡が、僅かながらに彼女に焦りを生ませていたのだ。
「いくよ、リヴァイヴ!」
武器の取替えの高速技術を生かした技『砂漠の逃げ水』を発動し、アサルトカノン、アサルトライフル、ショットガン。
更には先ほど使ったハルバードまで、様々な間合いの武器を次々と繰り出す。その切り替えは……。
「は、速いっ!」
今までのものよりも、さらに速くなっていた。様々な苦戦を潜り抜ける中で、彼女もまた成長していたのである。
ミサイルを撃墜し、荷電粒子砲を避け、薙刀『夢現』をハルバードで弾き。そして。
「っ!」
打鉄弐式の懐にもぐりこんだ。遠距離重視であるこのISが、敵に懐に潜り込まれる事。それ即ち、敗北。
「いけええええっ!」
次々と繰り出される武器が、そのシールドエネルギーを削り取っていく。閃光、轟音、衝撃。
簪の感覚をシャルロットの攻撃が埋め尽くしていく。
(やっぱり……駄目、なの?)
ここで敗れては、打鉄弐式を取り上げられるかもしれない。だが、もう体が動かない。自分は、やはり情けない存在なのか。
ヒーローにはなれない存在なのか。――だが、そんな彼女を応援する声があった。
「がんばりなさい、更識さんっ!」
「まだ、勝負は終わってないよ!」
ルームメイトの石坂悠をはじめとする、四組生徒達。その声が、聞こえてきた。辺りに響くシャルロットの攻撃の轟音。
あるいは、ほかの生徒達の歓声――シャルロットに対するそれの方が、大きかった――があったにもかかわらず、それは聞こえてきた。
「そうだっ……!」
ヒーローは、こんな所で諦めたりしない。それを、彼女は知っていた。そして。ヒーローでは、ないが。
自身の周囲にいる人間達も、最後まであきらめずに戦っていたのだ。それを、彼女は見てきたのだ。
「うわあああああああああああっ!」
最後の力を振り絞り、簪はミサイルを四方に放つ。――自分が操るそれ、自動追尾式のそれ、熱源感知式のそれ。
それらが、まるで簪の闘志が乗り移ったようにシャルロットに襲い掛かった。
「!」
懐に入っていたシャルロットにとって、それは予想だにしない足掻きだった。あのまま押し切れなかった、自分への不甲斐なさが沸く中。
「やらせるかあああああっ!」
自身を救わんと向かってくる一夏を見た。シールドエネルギーがごく僅かな彼が来ても、ダメージを受けて撃墜されかねないのだが。
シャルロットには、それが自身の危機を省みずに危険に立ち向かう騎士のように見えた。そしてその騎士は、シャルロットにも力を与える。
「一夏は……僕が守る!」
とっさに出た言葉。それは、簪と同種の言葉だった。シャルロット・デュノアと更識簪。
まったくの偶然ではあるが、互いのパートナーに勇気づけられ、力をもらったという点において彼女達は全く同じだった。
「負けないっ!」
「負けられないっ!」
ミサイルが降り注ぐ中、シャルロットも攻撃をやめない。そして、爆音と爆風が二人を包む中。
「そこまで! 試合終了だ!!」
ミサイルの幾つかを切り払った一夏が、そして戦況を見守っていた全ての者達は見た。
ブラッド・スライサーが、簪の眼前まで迫っていた。荷電粒子砲が、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡの真正面を向いていた。
――だが、両者ともにまだ健在だった。
「倒しきれなかった、か……」
「……」
やや結果に不満げではあるが、安堵の息を漏らすシャルロット。そして、かろうじて滞空しながらも俯いた簪。既に、勝敗は明らかだった。
シャルロットのシールドエネルギーは簪よりも多く、マルグリットが撃墜されたのに対して一夏はかろうじて健在。
判定の基準は試合終了時点で残っているシールドエネルギーの平均値であり、既にその結果は明らかだった。
「勝者――更識簪、マルグリット・ドレペア」
「……え?」
だからこそ。その千冬の声には、簪も一夏もシャルロットも、観客全員も唖然とした。
唯一の例外は、アリーナの安全域で戦況を見守っていた、小さくガッツポーズをした少女、マルグリット・ドレただ一人。
「ど、どういう事よこれ?」
「ドレさんが撃墜されて、更識さんはデュノア君よりも残量が下なら、平均値で負ける筈無いのに……」
「あ……もしかして!!」
ざわめく中、何人かはトーナメントのパンフレットを捲り始めた。その中の、ルール説明には。
『判定について、説明する。シールドエネルギーの最終残量値はマルグリット・ドレがゼロ。更識簪が80。
それに対してシャルル・デュノアは250。織斑一夏は……マイナス200。
故に、残量平均値は40対25で更識・マルグリットペアの勝利となる』
「は、はあ!? マイナス!?」
「あ……!」
シールドエネルギーの残量値が、マイナス。それがどういう意味なのか、一夏は解らなかった。
傍らのシャルロットが何故青ざめた顔になり、驚いているのかも解らない。
『なお織斑一夏のマイナスとは、マルグリット・ドレへの過剰攻撃によるシールドエネルギー減少計算によるものである』
「か、過剰攻撃って……あ!」
そして、一夏もようやく気付いた。彼女の機体が、自分の攻撃――零落白夜によって機体維持危険域にまで追い込まれた事を。
機体維持危険域とは、当然ながら必要以上の攻撃を加えた場合にしか到達しない状況である。
そしてそこまで追い込んだ場合、判定には攻撃者のシールドエネルギー残量値から差し引かれて計算される。
そのルールを、思い出したのだった。
『過剰攻撃分は正確には210。それを、織斑一夏のシールドエネルギーの最終残量値の10から引き、マイナス200となる』
「……俺が、やりすぎちゃったって事か。その分を、最終計算のときに引かれた……のか」
「一夏……」
シャルロットにも、かける言葉はなかった。だが、一夏はふと顔を上げる。
「まさか、さっきの煙幕は……! 隠したかったのは、自分の姿じゃなくて……!」
「うん……。私のシールドエネルギーがゼロになったことを、隠したかったんだよ」
「な……」
自身の推測が相手によって肯定され、一夏は顎を外さんばかりに驚いた。だがそれは、周囲も同様であり。
「煙幕で身を隠すのではなく。隠したかったのは、自身のシールドエネルギーが減っていく様子だったのですね」
「も、物凄く無茶ね……」
それは逆転の発想だった。今までの相手は零落白夜をどう避けるか、どうダメージを減らすかを必死で考えてきた。
しかしマルグリットは、零落白夜で過剰ダメージを受ける事により。判定を、有利にしたのだ。
これも『自らのシールドエネルギーを消耗し、その消耗分の五倍のダメージを与える』という零落白夜の特性を逆手に取ったのだ。
「信じられない。零落白夜をあえて受けるなんて……」
何処からかそんな声がしたが、それは大なり小なり全員が持つ感想だった。織斑千冬が生み出し、一夏が受け継いだワンオフアビリティー。
ISのシールドバリアをも貫く、刃。それをあえて受け、自分の機体に過剰ダメージを与えるなどという発想は、今まで誰も思いつかないものだった。
「……追加するなら、一夏や僕はシールドエネルギーが半減した状態で戦い続けてきた。
今までなら、先に一夏のエネルギーが尽きかけるから、過剰攻撃なんて起こりようがなかったけど……。
今回は更識さんがいたから、エネルギーがフルの状態で開始だった。だから、使いすぎちゃったんだね」
シャルロットのあきれ声の混じった指摘が、この大逆転劇の真相だった。
試合開始前にも彼らの間で話題にのぼった、シールドエネルギー上限の違い。それが、勝敗に直結してしまったのだ。
「でも、ドレさん。どうして、こんなアイディアを思いついたの?」
「え、ええっと……。ゴウ君や、石坂さんと戦ったとき、シールドエネルギーが半減じゃなくなると、全然戦い方が違っていたの。
だから、織斑君も、もしかしたらその使い方を間違えるかもしれないって、思って」
「だ、だけど危険すぎるだろ、これ! 幾らなんでも……」
「わ、私だって、意地があるから……。腕でも、機体の性能でも負けていても……し、試合には負けたくなかった。だ、だって……」
そこで一度言葉を切ったマルグリットの表情は、紅葉よりも真っ赤だった。だが恥ずかしさに耐え、さらに言葉をつむぐ。
「わ、私もヒーローって、嫌いじゃ、ないから。……自分の身を捨てても、仲間のために、戦い、たかった」
「で、でも僕と一夏に更識さんが負けていたら、どうするつもりだったの? 更識さんがゼロになっていたら、負けてたんだよ?」
「そ、そこは、信じてた……。更識さんなら、織斑君とデュノア君が相手でも、生き残って判定勝負に持ち込んでくれるって……!」
「ど、ドレさん……」
もともと内気な少女が、精一杯の弁を振るっていた。その言葉はパートナーである簪を赤面させ。
「そっか。そう、なんだな」
「え? ――ええええええっ!?」
「この試合――彼女達の完全勝利だ!」
相手である一夏によって、その右腕を高々と掲げさせた。掲げられたマルグリットの右腕に、一斉に視線が集まる中。
まだ状況がつかみきれていない者もいるアリーナは、一瞬にして静まり返る。
なお、この場にいる残り二名の操縦者――シャルロットと簪は、ある意味で対照的だった。
簪は、相手にすら勝利を認められるパートナーを誇らしげな視線で見つめ。そしてシャルロットは、というと。
(い、一夏! 近いよ、近い! 自分の敗北を認めるのは大事な事だけど、そんな事する必要ないよね!?)
いつも浮かべる笑顔の裏で、嫉妬を芽生えさせていたのだった。
(くだらないな、こんな勝ち方をしやがって。ルールを利用した、弱者の勝ち方だ)
そんな光景を中継画像で見ていたゴウは、そんな感想を得ていた。
確かに簪とマルグリットの勝利は、ポイント制と制限時間のある、学生の試合だからこその勝利だった。
もしも実戦であれば、こうはいかない。そう信じるゴウは、興奮する生徒たちを尻目にアリーナから去ろうとする。
勿論、彼の言うように、クラス対抗戦やトーナメント二日目の乱入者達との闘いの時のように、実戦では不可能な勝ち方だったが。
そこに至るまでに、専用機も持たない少女がどれだけ心をすり減らして勝利を掴んだのかは、理解しようとさえしていなかった。
「ぶ……」
「ぶ?」
「ブラボーです、ドレさん!!」
そしてそのゴウのパートナーで、またアリーナに残っていた石坂悠が、立ち上がって拍手をしていた。
元々彼女は根が単純な所もあり、同時にお人よしでもある。
その心根が、自らを危険にさらしてまで簪の勝利に貢献したい、という戦術で勝ったマルグリットに感銘を受けた故の拍手だった。
そして、その奮戦に感銘を受けた他の生徒も拍手をしだし、それが次第にアリーナ中に広がっていく。
アリーナを中継する光景から聞こえてくる拍手に、ゴウはいっそう苛立ちを強くした。
なお、悠は自身が目指す『大人びた少女』という評価からは、よりいっそう遠ざかってしまったが。それはまた、別の話である。
「は、恥ずかしかった……!」
ピットに戻ってきたマルグリットは、大慌てでリヴァイヴを解除するとそれから離れた。
一夏に掲げられた右腕を左腕で押さえ、胸とで押さえ込む。顔は先ほどよりも更に赤くなり、呼吸も落ち着かなかった。
「でも、すごかったよ、ドレさん」
「あ、ありがとう……」
何処か似た所のある少女達が、笑いあう。――だが、その笑いは意外な人物がとめた。
「ちょっと、いいか? マルグリット・ドレ、だったよな?」
整備課の生徒であり、マルグリットのリヴァイヴを整備した京子だった。
一緒に整備した宇月香奈枝と戸塚留美は次の仕事の為におらず、代わりに友人のフィーがいる。
その先輩二人の表情を見たマルグリットは、羞恥の表情を一瞬で消し。
「……ごめん、なさい」
「まー、あんな狙いだったらそりゃ装甲も削るわな」
その言いたい事を察していたマルグリットは、開口一番に頭を下げた。しかし、京子の声の棘は鈍らない。
「……次はないぞ? つーか、そういうのが狙いなら、最初からそう言え。そういう風に、整備してやるから、よ」
「そうですよ~~」
呆れと怒りが混じった京子の声はいつもよりも鋭く、おっとりした声質は変わらないがいつもよりも低いフィーの声も無茶を諌めるものだった。
「ごめんなさい……思いついたのが、本当にギリギリだったから、間に合いそうになかった、と思ったから、です」
「それでも、だ。幾らなんでも、零落白夜のダメージを増やすためにわざと装甲を削るなんていうのは、無謀すぎる。
私達は、ISを纏った人間に怪我とかして欲しくないから、万が一も起こさない為に整備してるんだぜ?
最悪、こっちの手落ちって事で試合開始を遅らせてもいいんだ。だから、次からは絶対に言え。開始一分前でも、何とかしてやるからよ」
「はい。……ごめんなさい」
「もういい。それより、次の試合の整備内容を考えておいてくれよ」
「あの……それなんですが、実は」
その時、それまで場を見守っていた簪が口を開いた。その内容は。
「ええええええええええええええええええええええええええ!?」
「ほ、本気ですか~~!?」
怒っていた京子とフィーが、その怒りを一気に忘れてしまうほどのものだった。
「さて、と。着替えも終わったし、どうする?」
「そうだね。何処かで観戦してもいいと思うけど……」
「一夏さん、デュノアさん。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「セシリア、鷹月さん……」
「そうか、二人は僕らの後だったね」
更衣室を出た俺達の元にセシリアと鷹月さんがやって来た。シャルロットの言ったとおり、次の試合に出場するためだろう。
「その、ええっと……落ち込む必要はありませんわ。今の試合は、幸運の女神があちらに微笑んだだけの事です」
「そうだよ一夏。あんな戦術、思い当たらなくても仕方がないよ」
セシリアとシャルロット、金髪少女コンビが俺を慰めてくれる。……気持ちは、物凄く有難かったけど。
さっきは、テンションのままにあんな事をしてしまったけど。時間が経つにつれ、負けたという思いが強くなっていった。
「でも多分、千冬姉なら気付いていた。少なくとも、俺より早く」
「一夏、それはそうかもしれないけど……」
「まあ、あの二人のコンビネーションが見事だったって事だよな。……また、やり直しだ」
だけど俺としては、残念な気持ちとともに、何処かすっきりした気持ちもあった。
アイツみたいな暴力に負けたんじゃなく、パートナーの為に必死で自分にやれる事をやりきった女の子に負けた事。
何処か、諦めがつく思いだった。
「一夏さん、あの……」
セシリアが、まだ心配そうな視線を向けてくる。おいおい、そこまで気にしなくてもいいって。それより、も。
「俺の事より、鷹月さんは大丈夫なのか? 相手がクラスメートってだけじゃなく、ルームメイトなのに」
セシリアと鷹月さんのペアが、次のアイツと箒の相手だったが、鷹月さんは、箒のルームメイトでもある。
真面目でしっかり者の彼女は箒と上手くやっているらしいが、もしもこれで箒との仲に罅でも入ったら大変だが……
「それは仕方が無いわ。勝ちあがれば、いつかはこうなるんだし。オルコットさんの足を引っ張らないように、がんばるわよ」
「では一夏さん。わたくし達の勝利を祈っておいてくださいな」
そういうと、二人は俺たちと入れ替わりで更衣室に入っていく。ふう。
「一夏は、やっぱり自分でボーデヴィッヒさんを倒したかったの?」
「うーん……。出来ればそうしたかったけど、なあ」
あの日――鈴とセシリアがアイツにやられた日、この借りを返したければこのトーナメントで返してみろ、と千冬姉に言われた。
だが、それはもう叶わない。出来れば、俺達の方に先に当たって欲しかったが、まあ組み合わせは抽選だから仕方が無いな。
「でもまあ、セシリア達も箒もクラスメートだしな。どっちかを応援するのは、無しだな」
「クラスメート、ね……」
はて、シャルロットが何やら呆れた表情になってるが。俺、そんな変な事を言ったのか?
「ふふ。織斑君らしいねえ」
「黛先輩?」
面白がるような声のした方を向くと、そこには新聞部の黛先輩がいた。はて、俺達に用事だろうか?
「どうしたんですか?」
「うん、ちょっとインタビューをね。ヒーロー談義とかも踏まえて、じっくり聞かせてほしいんだけど」
ヒーロー談義? はて、何の事だ? ……あ。
「ひょっとして、更識さんとやったあの会話の事ですか?」
談義、なんて物のつもりは無かった。ただ、思ったことをそのまま口にしただけなんだが。
「そうそう。いやあ、熱かったねえ。ああいう会話、更識さんとはよくするの?」
「いいえ、ぜんぜん。前に一度、ヒーローについて少し会話したくらいです」
「ふうん、それにしても、あの会話は熱かったねえ。織斑君が、あんなにヒーロー物に対して語れるなんて思わなかったけど」
「いや先輩、あれはほとんど受け売りです。将隆のタッグパートナーで、三組の赤堀さんって女子の……」
「赤堀さん? ああ、なるほどねえ。そういえば彼女、ペナスー先輩とも語ってたっけ」
ペナスー先輩?
「まあ、そっちの方は彼女に聞いてみようかな。ところでデュノア君。……何か目つきが怖いんだけど、どうかした?」
「え?」
「そそそそそ、そんな事ありませんよ!」
俺の後ろにいたシャルロットのほうを向くと。何か慌てた様子で先輩の言葉を否定していた。ふむ、確かにちょっと様子が変だな。
「何か、あったのか?」
目を真正面から合わせようと、少ししゃがむ。彼女の方が俺よりも頭半分ほど背が低いのでやったのだが。
「ふええええええっ!?」
何故か、顔を真っ赤にした。……あれ? どうしたんだろう。
「ふーむ。これはひょっとしたら、例の噂どおりなのかしらねえ?」
黛先輩も、変な事を言っていたが。はて、一体どうしたんだろうか?
「ねえ、オルコットさん。良かったの、織斑君を慰めないで」
更衣室で着替えた――といっても、制服の下に着ていたのでそれを脱ぐだけだった――鷹月静寐の言葉に、セシリアは苦笑いをした。
どちらかと言えば『そういった事』に興味がなさそうな彼女さえ、こういう事を聞いてくるのか、と。
「時間がありませんでしたし、それに――わたくしの一夏さんは、強い方ですもの。
敗北の経験に少しは落ち込んだりするかもしれませんけれど、すぐに、立ち直ってくださいますわ」
「そ、そう」
惚気と乙女心の濃縮したような言葉に、一組の中では随一のしっかり者である少女もたじろいだ。
セシリアの気質はパートナーとして付き合う中で少しは理解していたつもりだったが、それがまるで見込み違いであったのだ。
「それよりも今は、箒さんとドイツのあの方を撃破する事が肝心、ですわ」
「うん」
獲物に狙いを定める狙撃手のような目で、不敵な笑みを浮かべるセシリア。
先ほどの濃縮言語を口にしたのと同一人物とは思えないほど、それは不敵な面構えだったが。
「後、三勝……。三勝すれば、学園内に限るとはいえ希望がかなうのですわ! 箒さん、デュノアさんに次ぐ一夏さんとの同室!
そうすれば、わたくしの魅力で一夏さんもメロメロに……そして二人は、IS学園初の異性カップルとして名を残すのですわ!」
……もう、全てが台無しだった。
「くらえっ!」
「当たりませんわよ!」
「うおおおおおおおっ!」
「くっ、銃弾を掻い潜ってくるの!?」
準々決勝第三試合。セシリア・オルコット&鷹月静寐VSラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒。
前試合同様の、専用機持ち同士の対決は、予想通り――否、それ以上の激戦だった。
レーザーとレールガンが炸裂し、銃弾と近接戦闘用ブレードが唸りをあげる。
互いにシールドエネルギーをフルの状態で始めたのだが、既に箒と静寐は50%以下に。
セシリアは68%、この場では最強であろうラウラさえも75%まで削り取られていた。
そして今、セシリアのブルー・ディアーズがシュバルツェアレーゲンを狙い、レーザーを放っている。
「そのような水滴に、当たりはせん!」
「ならば旋風のごとく舞いなさい、ブルー・ティアーズ!!」
ブルーティーアーズの子機――自在に空を舞い、レーザーを放つそれの速度がさらに上昇する。
それは一夏との戦いでも見せた、速度上昇の技だった。しかし、今のセシリアはビットの子機を二機しか使っていなかった。
「何で二機しか使わないんだろう?」
「ブルー・ティアーズの仕組みはよく解らないけど……。精度を優先させたのかな?
四機全部を扱うよりは、二機だけを扱った方が精度が上がるのかもしれないし」
「そうだな……手数よりは、精密さをって事か」
観客席では、将隆や三組の生徒たちがそんな会話をしていたが。これこそ、あの時は完敗したセシリアがラウラに食い下がっていた理由だった。
今までよりも更に速度を上げている攻撃に、直撃を食らったのも一度や二度ではなく。
更に、威力では子機よりもはるかに上を行く主武装・スターライトMarkⅢの直撃も、一度くらっていた。
「おのれ……あの時は、力を隠していたとでも言うのか!?」
「いいえ。あの時の私は、鈴さんとの連携がまるで取れていませんでしたわ。だからこそ、このトーナメントで磨いたのです。
――人と手を携え、己の力を実力以上に発揮する術を!」
「真の強者には、そんなすべは必要はない!」
ワイヤーブレードを二本展開してセシリアに襲いかからせるラウラ。――すでに彼女には、もう一人の敵の事は頭から消え去っていた。
「くっ……! まさか、この二人の連携がここまでだとは!」
「オルコットさんには近づけさせないよ、篠ノ之さん!」
一方、鷹月静寐と篠ノ之箒――偶然にも打鉄同士、ルームメイト同士の対決となった戦いも、膠着状態だった。
箒の実力は、並みの生徒であれば一対二でも切り伏せられるほど。そして静寐の実力は、それほど高いものではなかった。だが。
「ならば斬り捨てさせてもらう! はあああああああああっ!」
「!」
箒が、ブレード『葵』同士の鍔迫り合いに競り勝ち、静寐の体勢が崩れる。機体性能にそれほど差はなく、単純に箒と静寐の剣の実力の差だ。
「参るっ……ちっ!」
相手が体勢を崩したのを見て、一気に切り崩さんとした箒だが、上空からのレーザーの牽制により動きを阻まれる。
その間に、静寐は体勢を立て直し、反撃に入る。――これが、先ほどから何度か続いていた。
「オルコットさん、ありがとう!」
「いいえ! それよりも、箒さんをこちらに向かわせないでください!」
「うん!」
離れていても、連携をきっちりとこなしているセシリアと静寐。そんな二人を見た箒は、この大会で初めて感じていた。
コンビネーションの違いが、ここまで実力に現れるのか、と。
今までは個々の力量差で押し切ってきたが、押し切れない相手であればここまで苦戦するのか、と。
「いかんな、これは……」
彼女は今まで剣戟特化の装備しかしてこなかった。いかに速く、いかに強い剣を振るえるか。それだけを考えてきた。
もちろん、それも間違いではない。だが――そこに、パートナーであるラウラへの言葉は存在していなかった。
彼女自身が『私一人での戦いだ、装備などは好きにしろ』と言ったとはいえ。もっと、語るべきではなかったのか。
「……この戦いが終わったら、少し話してみる必要があるな」
「負けた後に、ね!」
「むっ!」
体勢を立て直した静寐が、今度は逆に斬りつけてきた。勿論、剣の勝負で劣る箒ではないが。
「ぐっ!?」
いつの間にか、静寐の腰に迫撃砲が取り付けられていた。量子変換してあった武装を取り付けて、自動発射したのだ――と分かったが。
「剣だと絶対に勝てないけど、それ以外なら!」
「やるな……だが私とて、負けられんのだ!」
衝撃に動きが止まりかける箒だが、彼女も剣で全国優勝をつかみ、更に古武術の嗜みもある者。すぐさま、反撃に移るのだった。
「これは……分からなくなってきたな」
「ええ。試合前の予想では、ボーデヴィッヒさんと篠ノ之さんが有利だったんですけど」
アリーナの管制室では、この試合に登場した四人の担任と副担任が状況を見守っていた。
上空で競い合うブルー・ティアーズとシュバルツェア・レーゲン。そして地上を高速移動しながら斬りあう二機の打鉄。
戦況は、元日本代表と元代表候補生である二人から見ても、まだまだ予想の出来ない状況だった。
「タッグマッチとは『個』と『個』をどれだけ合わせられるか、で勝負が決まる。そういう意味では、ボーデヴィッヒと篠ノ之は落第だな」
「ええ。ボーデヴィッヒさんと篠ノ之さんが、最上級に強い個と、強い個でしかないのに対し。
オルコットさんと鷹月さん――強い個と普通の個が交じり合って強い『タッグ』二人が、善戦していますからね」
「そうだな。ボーデヴィッヒは、強い。だが、オルコットに肉薄されている事にかなりの焦りを感じているようだ」
事実、拡大モニターに映るラウラの表情は歪んでいた。それは、彼女が先ほど口にした『真の強者』の物ではない。
「でもオルコットさんと鷹月さん、ここまでコンビネーションを鍛えていたんですね」
「実弾銃を使った回避訓練もやっていたようだし、これまでの試合の苦戦を経験として昇華させている。
あいつらも、このトーナメントを戦う事で成長しているという事だろう」
「鷹月さんもそうですけど……オルコットさんも、努力家ですからね」
「ああ。オルコットは、BT適性とIS適性は高いが努力する一面も強い。自身では天才型のつもりかもしれんが、どちらかといえば努力型・理論型だ。
むしろ、感覚で操縦するタイプである凰の方が天才型だといえる」
ちなみに、二人が一夏に教えた時の様子はセシリアが『防御の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて』であり。
鈴は『感覚よ、感覚!』である。これを両方聞いた彼の感想は『どっちもわけわからん!』であった。
「理論型と天才型といえば……ボーデヴィッヒさんは、どっちなんでしょうか?」
「……天才型の素質と、理論型の知識を持った奴だからな。本来なら、オルコットといえど一蹴されてもおかしくはない。
だが、肝心の精神がお粗末な状態では素質も知識も生かしきれてはいないだろう。……あいつの言葉も、的外れではないな」
『貴女が叱責だけで終わらせて、実際に指導を怠り突き放したからこそ彼女はこのような暴挙に出た。
彼女は貴女を慕っていた、それにもかかわらず貴女が彼女を突き放したからこその結末。俺は、そう考えます』
あの時、ラウラVSセシリア&鈴の戦いの後、ゴウに言われた言葉。それが、千冬の中で蘇ってきていた。
勿論、それでたじろぐような千冬ではない。だが、ラウラに対し、もっと何かをしてやるべきだったのではないか。
一夏に零落白夜の事を教えたように、彼女にも個人指導が必要だったのではないか。……今更だが、そんな事を考えていたのだった。
「あの、織斑先生?」
「いや、何でもない。どうした?」
「い、いえ。何か考え込んでいらしたので、そんなに難しい質問だったのかな、と」
「質問? ……すまん、聞き流していた。もう一度、言ってもらえるか?」
「は、はい。大した質問じゃないんですけど、オルコットさんが理論型、凰さんが天才型。
ボーデヴィッヒさんが天才型の素質と、理論型の知識を持った人なら、篠ノ之さんはどうなのでしょうか……っていう質問です」
「篠ノ之か。あいつは、ある意味では『原石のままでいる原石』だ。さっきのボーデヴィッヒではないが、天才型の素質と理論型に並ぶ知識。
それを得られるかもしれなかったが、結局得られず今に至っている……そんな所だな」
「はあ……」
理論型に並ぶ知識。それは彼女の姉であり、IS開発者・篠ノ之束によるものなのだろうな、と真耶は推測したが。
(天才型の素質……でも、篠ノ之さんはIS適性はCだったはずじゃ?)
もう一方については少し引っかかりを覚えた。勿論、適性だけが素質というわけではないのだが。
適性ランクSである千冬が『天才型』と口にするのに、妙な違和感を感じたのだ。適性ランクがAであるラウラなら、ともかく。
(でも、適性だって不変のものじゃありませんし……織斑先生と篠ノ之さんは昔からの知り合いですから、私の知らない何かがあるのかもしれませんね)
だが、真耶はその疑問を打ち切った。雑談が許されないわけではないが、今は生徒達の試合中であり。
意識を、これ以上思考に向けるわけには行かなかった。
「あ……ボーデヴィッヒさん、動き出しましたよ!」
画面では、シュバルツェア・レーゲンがワイヤーブレード六本を繰り出していた。
今までこの試合では、六本全てを使おうというシーンはなかったのだが。
「オルコットのBTレーザーの狙撃を恐れ、数を絞っていたようだが……痺れを切らしたか」
千冬も真耶も、管制室にいた他の面々もその動きに注目していた。――そしてこれをきっかけに、大きく試合は動き出すのだった。
というわけで、マルグリットの戦術は『零落白夜でオーバーキル狙い』でした。
次回はセシリア・静寐VSラウラ・箒ペアの決着です! さて、どうなるやら。