「……」
代表決定戦の後、わたくしはシャワーを浴びていた。色々な事が頭に思い浮かぶ中。……その中で、どうしてもある事が頭から離れない。
「織斑……一夏」
世界で唯一のISを動かせる男。織斑先生の弟。わたくしと代表を争った男。……それだけの筈なのに、気がつけば彼の事を考えてしまう。
なぜ、こんな気持ちになるのかしら。勝って当然の試合を、引き分けてしまったから?
わたくしが得るにも使いこなすにも努力と時間を要した専用機を、使い始めたばかりの彼があそこまで使いこなしたから?
「いいえ、違いますわね」
一番強く思い返せるのは、あの時。一次移行が終わった後の、言葉と瞳。
『俺は、本当に幸せ者だよ。世界で最高の姉さんを持ってるんだからな。その姉に、かっこ悪いとこなんて見せられないし。
協力してくれた箒達の為にも、勝たなくちゃな』
強い意志と重い決意を込めた、力強い一言。自分以外の者の為に戦う、まるで御伽話の勇者のような態度。
『俺も、俺自身の家族を守る!』
家族。――その時わたくしは、両親の事を思い出した。
……父は、彼とはまるで逆の人。名家に婿養子として入ってきた為か、オドオドしていて母の顔色ばかり窺う人。
昔は、あんな情けない人とは結婚しないと誓った事もあった。
一方、母はわたくしの憧れの人。ISの出現以前から、社会が女尊男卑の風潮に染まる前から、女の身でありながらいくつもの会社を経営し。
そして社会的な成功を収めた人。――でも、三年前。
「……っ!!」
越境鉄道の横転事故。死傷者は百人を超える大規模な事故で、父と母は共に……。まだ、思い出すたびに心に痛みがはしる。
「どうして……一緒にいたのですか?」
もう、何度自問したか解らぬ謎。情けない父を母は鬱陶しそうにして、一緒に居る時間は殆どなかったのに。
その日にかぎって、どうして二人が一緒にいたのか。……まだ、その理由は解っていない。
……それからは、あまり思い出したくはない日々。両親の死と同時に、唯一の子であったわたくしには莫大な遺産が残り。
それと同時に、その遺産を狙う者達も現れた。ですが、そんな者達にオルコット家の。
いえ、両親の残した遺産を渡せる筈もなく、私は必死で努力をした。遊ぶ時間も寝る時間も惜しみ、あらゆる事を学んだのだった。
そんな中、試しにと受けてみたIS適性審査でわたくしは高レベルの成績を残し、国家代表候補生に選ばれた。
更にイギリスが開発中であった、第三世代型IS搭載兵器であるブルー・ティアーズへの高い適性も判明し。
わたくしは他の代表候補生と競い合い、ブルー・ティアーズという『力』を得る事が出来た。
国家代表候補生と言う立場が、政府からの様々な優遇措置を引き出し。オルコット家を守るのに有利であったから。迷う事は無かった。
そして、ブルー・ティアーズに更なる進歩の必要があった事から、わたくしはここ……IS学園へと入学した。
主席入学、という第一目標を果たし、次はクラス代表……という所で現れた彼。
「織斑……一夏」
もう一度、その名を口にすると、不思議と胸が熱くなる。熱いのに甘く、切ないのに嬉しく。
「知りたい……」
この思いを。……わたくしの内に生まれた、この思いの意味を。
「あ」
「……うわ」
「あら」
代表決定戦の後。剣道部に向かうという篠ノ之さんや織斑君と別れた私達は、部屋に戻る途中にオルコットさんとばったり会ってしまった。
はっきり言って、気まずい事この上ない。私は彼女には、織斑君の仲間と認識されているだろうし。
というかフランチェスカ、それは拙いって。いくらなんでも「うわ」は言いすぎよ。
「宇月さん、レオーネさん。少し、よろしいかしら」
「えーーっと、拒否権は?」
「ありませんわ」
「常任理事国め……」
何この人、物凄く命令口調なのにそれが似合ってる。……あ、自己紹介のとき英国貴族の家柄とか言ってたわね。
すっかり忘れてたけど。というかフランチェスカ、それは国連ギャグね。日本もイタリアも拒否権無いし。
「どうかしら。イギリスの紅茶、お口に合いませんか?」
「い、いいえ、物凄く美味しいわ。プロに習ったの?」
「確かに、それくらいの腕よね。お菓子も美味しいし♪」
「そうですか。――お母様が、教えてくださったのです。菓子は、本国より取り寄せた物ですわ」
私達は、オルコットさんに紅茶を振舞われていた。世界一料理のまずい国、だとか言われるイギリスだが紅茶は別。
ただ茶葉にせよティーカップにせよ何にせよ、どれだけの値段なのか想像も出来ない事に緊張して、あまりリラックスは出来ないけど。
「ママに? きっと素敵なママなんでしょうね♪ 私もママに電話したくなったわ」
「……ええ。ところで、質問をよろしいかしら?」
……? さっきまでとは別人のようにご機嫌なフランチェスカの言葉に、一瞬オルコットさんの顔が曇ったような……。
まあ、それは置いておこうかしら。
「私に答えられる事なら、どうぞ」
「貴女達や篠ノ之さんは、織斑さんに協力していましたわね。それは、何故ですの?」
何でまた、あらためて聞くのかしら? まあ、良いけど。
「……んー。前にも言ったけど、日本を侮辱されたからかしら」
「私は、ルームメイトへの友情って事で」
篠ノ之さんは違うだろうけど、そういう事にしておく。
「ふう……。わたくしもあの時は言い過ぎましたわ。
クラス代表決定に関してわたくしを無視して話を進められた為か、意地になっていたようです。申し訳ありません」
……あら。随分と素直に頭を下げてきたわね。
「いいえ。私こそ、少し意地になっていたわ。きつい言い方をして、ごめんなさい。発言が、支離滅裂になっていた部分もあるし」
よく考えれば、織斑君も『イギリスだってメシが世界一不味い国』発言をしていた事を完全に忘れていた。
個人を対象とした発言じゃないけど、あれも偏見の一種だろう。そして彼女が素直に謝罪した以上、私も棘のある言い方を謝罪するのが当然だ。
「いいえ。母国を侮辱されれば、苛立つのも当然ですわ」
「まあ、織斑君もそっちの方で苛立ったみたいだしね」
言い返したのは『イギリスだって~』であり、自分が素人でオルコットさんの方がクラス代表に相応しいって事には反論しなかったし。
というか、一つ気になってるんだけど。
「これは、仲直りのティーパーティーと受け取って良いの?」
「ええ、そうですが何か?」
「ならどうして、織斑君や篠ノ之さんを呼ばないの?」
今回の一件に深く関わっている……と言うか、あの二人こそメインだ。私達は二人の隣室なのだから、呼んでこさせても良いのに。
「い、色々とありますのよ。ご、後日招いても構いませんし」
そう。なら良いけど。ちなみにフランチェスカは、お茶菓子を食べ続けてる。
スコーンにたっぷりジャムを付けてるけど、そんな事やってると太るわよ? ウエストがどうとか言ってたけど、それじゃ無理だって。
「それにしてもオルコットさん。貴女も、すごく度胸がある人なのね」
「度胸?」
「ええ。だって、日本代表と日本代表候補生だった人達の前で、日本を公然と侮辱したのよ。凄いと思う」
「……え゛?」
言うまでも無いが、織斑先生はISの元日本代表。そして日本代表候補生だった人、とは山田先生の事だ。
ちなみに山田先生の事は、黛先輩から情報を交換するついでに教えてもらったのだけど……あれ?
「あの。もしかして、気付いてなかったの?」
山田先生の事は兎も角、織斑先生の方は絶対に知ってた筈なのに。
「そそそそ、そんな事はありませんわ! ほほほほほほ……」
うわー。気付いていなかったみたいね。まあ織斑先生はそういう点はスルーしてくれそうだし、山田先生は強く言い出しそうも無いけど。
「あ、あの。ところで、ほかにも幾つか聞きたい事があるのですが」
「何かしら?」
「お、織斑さん達の事なのですけど……わ、わたくしに対して何か仰っていまして?」
ああ、怒ってるかどうか気になるとか?
「別に、彼は怒ってはなかったわよ。まあ『負けられない』とは言ってたけど」
「そうですか……」
……? 何で、ホッとしているのかしら。
「それと篠ノ之さんの事だけど、彼女も別に言ってなかったわよ。
まあ幼馴染みの世話や補助の方で手一杯で、貴女の言った事まで気が回らないんじゃないの?」
そして一通り食べ終えたらしいフランチェスカも続ける。まあ篠ノ之さんについては篠ノ之博士の妹である、と言った事だけだし。
こっちは直後にオルコットさんが謝ってるしね。引き摺るタイプじゃないし、問題ないでしょう。
「まあ、彼女も恋する乙女だしねえ?」
面白そうにフランチェスカが言う。……まあいいか、彼女の気持ちなんて傍から見てたらすぐに解るし。
「恋……?」
「ええ。日本でいうツンデレ……って、知ってるかどうか解らないけど。素直になれそうにない恋心、ね」
あ、中学の時の同級生を思い出したわ。元気でやってるかしらね。
「でもさあ。案外、部屋の中ではラブラブだったりして」
ないない。あの唐変木の織斑君が、それはないわよ。
「ら、ラブラブ?」
「そうそう。キスとか、その先とか……きゃーーー♪」
絶対無いわよ。と言うかフランチェスカ、その辺にしたら? イギリス淑女が真っ赤になってるし。
「う、宇月さん。貴方はどうですの?」
「……私?」
何で誰もが聞いてくるのかしら。……無理ないか、彼はこの学校でただ一人の男子生徒だし。
私は、そんな織斑君と唯一同じ中学から入学した生徒だし。邪推されてもしょうがない立場にいるのは解る。
「私は、彼を好ましい人物だとは思ってるけど。恋愛対象とは見てないわよ」
どうしても合わない所があるからね。
「勿体無いなあ。……それにしても、篠ノ之さんって一度、織斑君と離れたんでしょ?
それからどうして一途に待ち続けられたんだろ? 何処を好きになったのかなあ?」
さあ。ただ一つ言えるのは。
「篠ノ之さんの方は解らないけど。織斑君は、彼女の気持ちに全然気づいて無いって事は間違いないわね」
「うんうん」
フランチェスカも頷く。……あれ?
「オルコットさん、どうしたの?」
「い、いいえ。……恋、とは何なのでしょうね」
……へ? 何を突然?
「ふふふ。恋……それは甘く切ない感情。人生を彩る華であり炎。未来へと時を紡ぐ為の糸。人の感情の真髄の一つ。
時に人に天国の幸福を味わわせ、時に地獄の苦痛に追いやる物。そして……」
あのー、フランチェスカ? 壊れた? 織斑先生のお説教の名残? それともイタリア人って皆そんな感じなの? ……あら。
「ごめんなさい、アラームだわ」
断りを入れ、私は携帯の画面を見る。そこに表示されたのは、そろそろ自室に戻る時間だと言う時刻。
「ごめんなさい、用事があるから。じゃあ、これで。フランチェスカも、行くわよ」
「あらそう? じゃあね、オルコットさん」
「あ……そ、そうですか。では」
そして私達は、自室へと向かったのだけど。オルコットさんの、妙に苦しそうに見える顔が印象に残った。……どうしてだろう?
「……」
わたくしは、ティーセットを片付けてから本国より持って来たベッドに横たわっていた。考えるのは、織斑さんの事。
彼の情報を少しでも得ようと、協力していた宇月さん達を招いた。日本語で表すなら『外堀から埋める』という言い方になるのだろうか。
だけど結局、あまり良い情報は得られなかった。――ただ、別の情報を得てしまったけど。
「篠ノ之さんが……織斑さんに、恋……」
ただの幼なじみに対する感情ではない、とはわかっていた。……恋。それは物語やドラマではよく見る感情。
それはいい。彼女が誰を好きになろうと、それは自由だ。……だけど、何故それを聞いてわたくしの心がざわめくのか。
まさか、わたくしの内に芽生えたそれは、篠ノ之さんと同じ物……? だからこそ、無意識のうちに二人を招く事を避けていた……?
「……」
ここは、落ち着いて考えなければならない。わたくしは、本当に恋をしているのか。誰かに聞けたら……。……そうだ。
「一人だけ、心当たりがありますわね」
……正直な話、このような話は『彼女』にも話しづらくはある。ですが。
「お、女は度胸ですわ!!」
私は意を決し、国際電話の番号を押した。
『……お嬢様、お待たせいたしました』
実家に電話をかけた私は、幼なじみのチェルシー・ブランケットを呼び出した。彼女は年上の幼なじみであり、直属のメイドであり。
そして姉のような人でもある。身近な事の相談相手としては、最も頼れる相手。
「チェルシー、ごめんなさい。仕事中なのに、呼び出してしまって」
『……いいえ、滅相も無い。本日は、如何なる用件でしょうか? 何なりと、お申しつけ下さい』
本国との距離があるから、少しだけ話にタイムラグが出来る。だけど、その声はいつもと同じだった。
「実は……」
……。わたくしは、一通りの事情を彼女に説明した。こ、これで解るのかしら。
『……まあ。そのような事がそちらであったのですか』
「え、ええ……」
クラス代表決定戦の事は、チェルシーには教えていなかった。
まだ入学したばかりでもあるし、そもそもこのような些事を、わざわざ彼女に話す必要は無い。
彼を完膚なきまでに叩きのめした後でも遅くは無い。そう考えていたからだけど。
『……お嬢様。その方の事を、嬉しそうに語られましたね」
「え? う、嬉しそう、に?」
『……はい。それほどまでに嬉しそうなお声を聞くのは、久しぶりです』
とても意外な反応だった。そうなのかしら……?
『お嬢様。織斑様の事を考えると、今はどのようなお気持ちになりますか?』
い、今? あの人の事を?
「そ、それはその……温かくて、ドキドキして、ええと……」
ああ、上手く説明が出来ない。こ、このわたくしが……。
『……お嬢様。それは、恋の始まりなのでしょうね』
「え、ええっ!?」
驚いたとは言え、少々はしたないほどの大声。でも……これが、恋?
「わたくしは、恋をしているのでしょうか……」
『……はい。おめでとうございます』
……。それからチェルシーと、様々な事を話した。国家代表候補生としての訓練した時間を除けば、いつも隣にいた彼女。
その彼女と電話でここまで話すのは、初めてだったかもしれない。……そして、電話は終わった。
「……」
恋心。初めての感情。恥ずかしいような、心地よいような。でもそれを自覚すると同時に、他の女子の事も思い浮かぶ。
それは同室であると言う篠ノ之さん、そして隣室の宇月さん。……ただ、宇月さんは織斑さんには好意は持っていない、という話。
先ほどの会話を聞く限りでは真実なのでしょう。それよりも、今考えるべきは。
「問題は、やはり篠ノ之さんですわね。幼馴染みにして、あの篠ノ之博士の妹。あの方が、現時点での最大のライバルでしょう。
も、もしや既にあの東洋人離れした大きな胸で誘惑を……!」
……そこまで考えて、私は自分の考えの飛躍に真っ赤になる。わ、わたくしとした事が……恥知らずな。このような場所で妄想に浸るなんて。
先ほどのヴィネスさんの言葉の悪影響、それとルームメイトがまだ帰らず、部屋に一人と言う状況のせい。
「そ、そうに決まってますわ!! でも……もしも、二人だったら……?」
『い、一夏……こ、こら、少しは抑えろ……。ここは、学生寮なんだぞ……』
『駄目なんだ。箒を見てると……我慢できない……』
『ひ、卑怯だぞ……。そんな事を言われたら、私は……』
『でも、箒だって我慢できないだろう? ほら、この胸も……』
『そ、そんな……』
『さあ……』
「~~~~~~!! な、何を考えていますのわたくしは!」
ま、まったく。……ただ、問題はわたくしの方にある。
『そうですわね、とんだ時間の無駄でしたわ。……まあ、わたくしは優秀ですから。
どうしても、と言うのであればあなたのような人間にも優しくしてさしあげますわよ?
なにせわたくしは、入試で唯一教官を倒した、エリート中のエリートですから』
『大体、素人の男がクラス代表など良い恥さらしではありませんか!
まさかこのセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰いますの!?
そもそも私は、わざわざ極東の島国までIS技術の修練に来ているのであって、極東の猿とサーカスをする気は毛頭ございません!』
『それにしても、幼馴染みとは言えこのような男に肩入れするなんて。あまり賢い方ではないようですわね』
『セシリア。上に立つ者の言葉と言うのは、時として人の命にさえ関わる事があります。
ですから、言葉はよく考えて選ばねばなりませんよ。一度はいた言葉は、二度と戻らないのですから』
……思い出されるのは、今まで織斑さん達に対しての言葉の数々。かつてお母様の仰った言葉が、今なら嫌と言うほど理解できる。
そして宇月さんにも言われたことだが、自分の中に、特権意識や男性・東洋人への差別意識があった事も恥じねばならない。
これらに関しては、謝罪すべきだろう。……許してくださるのだろうか。宇月さん達は『織斑君達は気にしていない』と言っていたけれど。
「……まずは、謝る事から始めましょう。自らの非を認める事は大切である、とお母様も仰っていましたし」
そして、もう一つの問題に対しても。
「このまま戦わずに引き下がるなど、できる筈もありませんわね」
代表決定戦のように、堂々と戦った結果なら兎も角。あの時のあの方と同じく、戦わずして敗北を選ぶなど、出来るわけはなく。
「『一夏』さん。そして篠ノ之さん。――勝負ですわ」
その名を初めて口にし。わたくしは、決意を固めるのだった。
「それでは、織斑君の健闘を讃えて……かんぱーい」
そして夜になり。1025号室では、祝勝会(?)が行われていた。何故?がつくのかと言えば、引き分けだから。
まあ、実力差や経験値を考えれば引き分けでも勝ちに等しいだろう。織斑先生に言わせれば、まだまだらしいけど。
「箒、宇月さん、フランチェスカ、色々とありがとう。皆の協力が無かったら、俺は負けてた」
「何を言っている。私達はただ補助をしただけだ」
「そうそう。貴方自身の努力の結果よ」
織斑君が深々と頭を下げる。下げすぎよ、そこまでされたらかえって心苦しいわ。
「それにしても、惜しかったよね~。オルコット、多分自分が負けたと思ってたんじゃないの?
自分が絶対完勝する、って思ってただろうし。さっき部屋に呼びだされた時も、様子が変だったしねー」
くすくす、とフランチェスカが人の悪そうな笑みを浮かべる。……この娘、意外と色々な面を持ってるのね。
確かに、オルコットさんの様子は変だったけど。
「あ。そう言えばさあ、今思い出したんだけど。クラス代表って結局どっちになるんだろうね?」
あ。そもそもこの戦いは、それを決める為のものだったわね。
「さあな。引き分けという以上、オルコットと一夏とで、もう一度戦うのではないか?」
「そうなったら、向こうにもこっちの手札がわかるわけだし……少し危ないかもね」
「なあに、今度はこっちだって自分のISで訓練が出来るんだ。今度は勝つぜ!」
その自信は何処から来るんだろう。……まあ、彼らしいといえばらしいけど。
「まあまあ、今は忘れましょう。食べ物も飲み物もいっぱいあるし」
食堂から持ち帰ってきたメニューやデザート、後は私達が日曜日に校外で買ってきたジュースやお菓子が並んでいる。
ちなみにこれらの代金は、織斑君が七割、残りは私達で分割負担した。
彼は全額自腹で払う気だったらしいけれど、流石にそこまでしてもらっては申し訳ない。
特に、勝手に怒ってオルコットさんとトラブルになり、その結果として織斑君に協力しようとした私は。
「じゃあ、今日はこの辺で失礼するわね」
「また明日ね!」
「ああ、色々とありがとうな」
そして、一時間半ほどで祝勝会(?)は終わった。彼も、そして皆も色々と疲れてるし。それに、明日も学校だしね。
「それにしても……。もう、こんなのコリゴリだわ」
部屋に戻って、ベッドに行儀悪く飛び込む。……ああ、思わずこのまま寝てしまいたくなるわ。
今日はシャワーだけ浴びて、寝ようかしら。予習だとかは、一応やっているし……。
「えー? 貴女は楽しくなかったの? 私は結構楽しかったけど」
「ううん、楽しいとか楽しくないとかじゃなくて……。私には、ちょっとね」
と言うか、こういうゴタゴタはもう充分。たった一週間足らずなのに、受験勉強でも終えた後のような疲労感がある。
こういうのは、もう充分だ。私が世話を焼かなくても、後は篠ノ之さんや織斑先生が彼をサポートするだろうし……。
「おやすみなさい、フランチェスカ」
「おやすみ」
眠りそうな目を擦(こす)りながらシャワーを浴び、着替えてベッドに入り、そう言うと同時に。私は眠りにつくのだった。
「……と言うわけで、一年一組のクラス代表は織斑一夏君に決定です。一繋がりで、語呂が良いですね」
そして翌日。いつの間にか、そういう事になっていた。
「あのー、山田先生。俺とセシリアの試合は引き分けだった筈なんですが、どうしてそうなっているのでしょうか」
「それはわたくしが辞退したからですわ」
オルコットさんが、織斑君の推薦に反対した時のように立ち上がって説明したけど……辞退?
「殆どISを扱った事の無い『一夏さん』が、代表候補生であるわたくしと僅かな期間での訓練で引き分けた。その結果を鑑みてですわ。
わたくしはクラス代表になってもあまり変わりは無いでしょうが、一夏さんは経験を積めば飛躍的に伸びる可能性があります。
ですから、クラス対抗戦などでより多くの経験を積めるように、クラス長の座をお譲りしたのですわ」
「いや辞退って、それが許されるなら俺も……」
「オルコットが立候補したのはお前の他薦に納得できなかったからだが、お前を認めた故にそれを引っ込めたのだ。
つまりお前のクラス代表就任に反対する人間はいなくなり、立候補者もお前しかいなくなった。……何か問題があるのか?」
「いえ、無いです」
織斑君が反論しようとするが、一蹴されていた。織斑先生相手じゃしょうがないけど、なるほど。そう言う事情ね。
……って、あれ? オルコットさん、今、織斑君の事を名前で呼んだわよね? 『一夏さん』って。
「それと……。今回の事の発端に関して。わたくしに色々と失礼な言動があった事、謝罪いたしますわ」
「え? あー……。いや、こっちこそ言いすぎたよ。俺はあまりよく知らないけど……。
イギリスだって、サンドイッチとか紅茶とかローストビーフとか。他にも、美味い料理はいっぱいあるよな」
……あらまあ。あのオルコットさんが、皆の前で頭を下げた。織斑君も自分の発言を謝罪したし、これで仲直り、なのかしらね。
「ええ。今度ご馳走いたしますわ。……そ、それでですわね」
ん? 何か言い辛そうな表情だけど、顔は赤い。あの空気、何処かで見たような。あれは確か中学で……。
「わたくしのような、優秀かつエレガント。そしてパーフェクトな人間が、一夏さんにISの操縦を教えるというのは如何でしょう?」
あれ? ひょっとして。
「そうすれば、一夏さんの実力は飛躍的に伸び。日本代表も夢ではありませんわよ?」
……うわあ。英国代表候補生が、日本男子の前に陥落したわ。いいの、これ。
ISランクの高い女性、しかも国家代表候補生ともなればその国家が色々と便宜を図るって聞いた事あるけど。
下手すると英国政府が動くわよ。まあ『世界唯一の男性操縦者を手にいれられるかも知れない』って大喜びかもしれないけど。
「うーん。教えてくれるのはありがたいけど、俺は日本代表とかは」
「せっかくだが!!」
織斑君が何か言い出そうとする前に、篠ノ之さんが机を叩きつけて返事を打ち消して立ち上がった。
また余計な事を言う前に、良いかもしれないが。……はっきり言ってしまえば、かなり怖い雰囲気。
「一夏には、既に私と言うコーチがいるのでな。必要ない」
「あら、貴女はISランクCの篠ノ之さん。何か御用かしら。A+のわたくしよりも、上手く教えられると? 専用機もお持ちでないのに」
うわあ。鬼でも射殺せそうな視線。だけど、それを真っ向から受け流すオルコットさんも凄い。
それにしても、篠ノ之さんのランクはCなの? Bの私よりも低いんだ。
「え、箒ってCなのか?」
「ら、ランクは関係ない! それに、一夏が『どうしても箒に教えて欲しい、お願いだ』と頼んできたのだ! 貴様の出る幕などない!」
今回はさすがに分が悪いのか、先約と勢いで押し切ろうとする篠ノ之さん。うわあ……どうするのかしら、これ。
「黙れ、馬鹿者ども。貴様らの今のランクなんぞ、私からすればゴミだ。殻も破れていないひよっこ同士が競い合うな」
……でも、そんな彼女達すら相手にならない人がいた。言葉はかなり辛辣だが、織斑先生は確か公式ランクS。
世界で数人しかいない、人類の中でのトップレベル。これだけの発言を許される実力の保持者だ。
「う……」
「ぐ……」
さすがに織斑先生には逆らえないらしく、二人とも黙る。
「それと、この際だから言っておくが。この学園では、たとえ代表候補生と言えども一から学んでもらう。
揉め事は十代の特権かもしれんが、これ以上長引かせるな。他の者に迷惑だ。貴様らだけの学校ではないのだからな」
……鶴の一声、ね。まあいいわ、貴女達は織斑君を取り合っててちょうだい。私は、ここで手を引かせてもらうからね。
「ちょっと待った! 大事な人を忘れてないですか!?」
ふ、フランチェスカ? 貴女、この輪に参戦する気なの?
「織斑君の隣にいる香奈枝だって、織斑君の為に頑張ってたのよ! 忘れないで!」
え? な、何で私の事を!? というかあなた、自分自身を何故入れていないの!? 私にとっては、忘れていてよかったのに!!
「む……。確かにそうだな、宇月には色々と助けられた」
「まあ、確かにそうですわね」
篠ノ之さんもオルコットさんも納得しないでよ……。
「あ、あのー。ちょっと良いですか?」
そうそう、ナイスタイミングで介入です山田先生。ここは角が立たないように、貴女か織斑先生がみてくれるのがベストだと思います。
「織斑君は確かにまだまだ未熟ですから、コーチをする人は必要ですよね。でも、それを誰にするかで揉めるのもよくありませんから。
ここは、篠ノ之さんと宇月さんとオルコットさんの三人で補助するというのはどうでしょう?」
ああああああ。山田先生に期待した私が愚かだった。
「……何故でしょうか。今、物凄く酷い事を言われた気がします」
……。こ、ここはクラスの皆に期待しよう!
「えーー、いいなー。三人だけなんて」
「でもしょうがないか。私達、何にもやってないし」
「まあチャンスはまだあるよね」
あの、もう少し抗議しないでいいの? というか、何人かは面白そうに見てるわよね……?
「よし、其処までにしておけ。織斑、何はともあれお前はこのクラスの代表になった。クラスを纏めるのがクラス代表の役目だ。
篠ノ之やオルコットや宇月に手伝ってもらうのもいいが、お前自身もしっかりやれ。解ったな?」
「は、はい!」
……うん、とどめが刺された。そして沸き起こる万雷の拍手。……できれば私も拍手したかったけど、そんな余裕は無いのだった。
「いやー、織斑君には興味あるけど。篠ノ之さんもオルコットさんも怖そうだし、ここはワンクッション置いた方が良いと思ったのよ。
日本語で……搦め手から攻める、って言う奴かしらね」
ちなみに、直後に聞いたルームメイトの言葉はこれだった。うん、絶望したわ。
そう言えばニッコロ=マキャヴェッリは、イタリア・フィレンツェの外交官だったわよね……。
「宇月香奈枝。お前に、織斑一夏と周囲の人物の折衝役を命じる」
――そして更に。クラス代表が決まったその日の夕方、寮長室に呼び出されて言われたのがこの一言だった。……えっと?
「あの、織斑先生。どういう事なんでしょうか?」
「簡単に言うと、奴らのゴタゴタのフォローに入れという事だ。これからも、織斑を中心とした連中で問題が勃発するだろうからな」
「は、はあ……でも、そういうのって……」
「教師の仕事である事は承知している。だからお前には、私や山田先生の補助、あるいは目の届かない場所を見て貰う事になる」
言いたい事は解るんですけど。
「何故、私なんですか?」
「篠ノ之やオルコットが受け入れそうな女子、それがお前だからだ。織斑が代表に決した時、レオーネの言葉に反論が無かったからな」
「あ、あのー。それはそうかもしれませんが、私は普通の一学生なんですけど」
代表候補生でもなく、身内に凄い人がいるわけでもなく、ましてや世界唯一の存在でも無いんですが。
「任せたぞ」
「……はい」
私はさよならを決意した。トラブル無き学園生活への期待と、織斑君に必要以上に関わらないというささやかな希望に。
「……これで、少しは楽が出来そうだな」
ちょっと先生!? 今何か、小声で物凄く気になる事を言いませんでしたか!?
今回はセシリア&香奈枝のダブル視点でした。うーん、主人公が目立たない回だ。
次回は……幕間的な話になります。そろそろ動かしておかねばならぬ事も色々とあるし。